『選ばれし黒衣の救世主』





その部屋は本当に何もなかった。それなりの大きさであるのに、その部屋の右隅にベッドが一つあるだけ。それだけに、元々広い部屋がさらに広く感じさせる。
そこに二人の少女がいた。
一人は白の精と呼ばれるイムニティ。
もう一人は黒髪を長くのばし、それを後ろでまとめた少女。年の頃はだいたい十四、五ほとだろうか。
その少女は部屋の唯一の家具であるベッドに腰掛け、イムニティに向けて可愛らしく首を傾げた。

「私が行っちゃっていいの?」
「ええ、構わないわよ」
「どういう風の吹き回し? 今までは簡単に動くなって言ってたくせに」

少女の問いに、イムニティは肩にかかっていた長い髪を払いながら薄く笑う。

「元々そういう契約で『ここ』に来てもらったわけだし、そろそろあなたの我慢も限界そうだから。後になって勝手に動かれたら困るもの。主幹たちの了解も得ているわ」
「何だか子供扱いされてるみたいで気に入らないかな」
「私から見たら誰も子供よ」

少女はその言葉に確かにそうかもと内心で頷いた。
イムニティは見た目通りの少女ではない。すでに何万という時を生きている存在だ。その彼女からしたら誰も子供に見えるのかもしれない。

「ふふ、まあ行かせてくれるならどうだっていいけどね。『彼』は別にどうなっても構わないよね?」
「そういう約束だったからね。ただ救世主クラスの者たちが来るかの保証はしないわよ。あくまで可能性の話だから。それと戦うなとは言わないけど、一番の目的は忘れないように」

肩を顰めて言うイムニティに、少女は笑いながら頷いた。そしてベッドから立ち上がり、彼女の横を抜ける。

「じゃあ、任せたわよ」

イムニティは自らの横を通り抜けていく少女に、小さく言った。
だがそんな言葉には答えず、少女は部屋から出ていく。
部屋を出る瞬間、少女が浮かべていた表情は、まるでこれから恋人に会いにいくような、そんな美しい微笑だった。





第三十九章 化かし合い





アンデットの掃討が終わり、救世主候補たちと耕介たちは学園長室に来ていた。ナナシは眠いから帰ると言っていたので、おそらく今頃地下墓地で眠っているのだろう。その前にミュリエルと何かを話していたようだったが。
ミュリエルはいつもの通りに机の前に座り、その横にはダリアが立っていた。
まだ深夜であり、夜も明けていないため、部屋はいくつかあるランプの光で満たされている。
こうしてここに集まったのは、耕介たちのことを説明するためだ。

「さて……」

ミュリエルはそう呟いて、どこか鋭い視線を恭也へと向けた。
それを向けられた恭也はとくに反応を示さず、ただ黙って受け入れていた。
その二人の態度に、訳がわからないと救世主候補たちは二人の顔を交互に見ている。

「恭也さん、耕介さんたちには戦う力はなかったのでは?」
「俺たちはそんなことを言った覚えはありませんが?」

恭也はミュリエルの鋭い言葉にすぐさま返した。
恭也の声は淡々としているものの、どこか攻撃的に感じ、やはり救世主候補たちは困惑する。

「私もお義兄ちゃんも、試験を……帯剣の儀でしたっけ? それを受けないと言っただけで、戦えないとは言ってはいませんよ?」
「それは……」

そう、ミュリエルに知佳たちがこの世界に来た理由を……嘘を並べ立てただけのものだが……話した時、別に戦えないなどとは言っていなかった。試験を受けないかと聞かれ、それを断っただけだ。
つまり、別に戦う能力がないなどとは言っていない。
半ば屁理屈ではあるが。

「では、それを隠していた理由は?」
「学園長と同じように、俺たちもまたあなた『たち』を信じていなかった、ということです」

恭也はそう言って、軽く笑った。それは皮肉げな笑い。
そんな初めて見る恭也の表情に、救世主候補たちはやはり驚いていた。実際にはなのはや知佳、耕介たちとて驚いているのだが、彼女らは何となく演技なのだろうと気付いていたので、表情には出していない。
ここで表情を出してしまってはまずいのだ。何と言っても、今回は事前に学園長を言いくるめる方法まで話し合っている時間がなかったのだ。せいぜいクレアに力を借りるかもというぐらいのことしか決めていない。つまりここはアドリブで何とかしないといけない。
恭也たちとミュリエルの間にある緊張感のせいで、救世主候補たちもまた口を挟めない。だがリコだけは何かを悟ったのか、恭也の顔を少しだけ見つめた。

「俺たちとて、自分たちが怪しい存在であることはわかっていますからね」
「ちょっと待ちなさいよ、それってどういうこと?」

さすがに聞いているだけでは話についていけず、リリィが思わず口を挟んだ。

「見る者によっては、俺たちはこの上なく怪しい存在だということだ」
「どういうことだよ?」
「大河、お前たちの召喚もそれなりに謎があるらしいが、俺はそれ以上に謎だ。少なくともお前は赤の書に呼ばれたわけだが、俺はそうですらない。つまりこの世界に来た方法が未だに不明だ」

実際にはすでに答えの出ていることではあるが、それを言う訳にはいかない。
救世主候補たちも今までそのことを忘れていたのか、少しだけ声を上げた。
それを見てから知佳が続ける。

「それで恭也君の知り合いである私たちまで、未知の力でこの世界に来てしまった」
「確か、知佳さんが何か特別な力を持っていて、それが暴走したという話でしたが」

ベリオが言った通り、救世主候補たちにはミュリエルに言った嘘を簡単にして伝えてあった。
つまり先ほどの翼がその特別な力なのだろうと、救世主候補たちは考えた。知佳の翼をすでに見ていて、さらに魔法ではない何かの力を彼女が使っていたのを見たので、真実味が深まった。
このへんはミュリエルと一緒だ。彼女にはテレポートを見せていた。

「だけどそうなると、俺たちの立場は微妙なんだよね」
「私たちははっきりと素性の知れない者になってしまいますから」

耕介となのはの言葉に恭也はゆっくりと頷く。
突然召喚された大河と未亜、元々この世界にいたリコと、ミュリエルがこの世界に連れてきたリリィ。そして正規の手段でこの世界に来たベリオとカエデ。
大河と未亜はともかく、リコの場合は元々この世界の住人とされているから問題はないし、リリィはミュリエルが義母であるから、やはり素性は証明されている。ベリオとカエデも、赤の書がだいたいの素性を調べてあった。
大河と未亜とて、少なくとも赤の書によって召喚されていることには違いないのだ。今までの赤の書の働きを考えれば、突発自体が起こったと考える方が妥当であり、そうなれば少なくとも怪しい素性ではない。
だが恭也の場合はそういう怪しくないという確証がまったくないのだ。そこに元の世界から彼を追うようにこの世界に仲間が現れた。こちらもアヴァターにはない技術で世界を渡ったという。
それらを説明すると、大河たちも確かにと頷いた。だが、それは恭也たち自体を怪しんでるわけではない。救世主候補たちにとっては、彼らはそんな素性など関係なく信頼している人たちだ。ただそう言われると確かに、というだけである。

「まあ、恭也君は怪しくて、俺たちは都合が良すぎるんだよね。俺たちはまるで何かに協力するために現れたかのようにも見える」

と、耕介は客観的に言うが、これもやはりあながち間違いではない。元々耕介は、恭也に霊力の扱い方を教えるために連れてこられるはずだった。つまり恭也に協力するためにこの世界へと来たのだ。はっきり言ってしまえば、知佳やなのはたちはおまけだ。
もっとも最初から耕介や知佳たちは一緒に破滅と戦うつもりだし、なのはは救世主候補になってしまっているが。

「だから学園長は俺たちを疑っていた……もしかしたら俺たちが破滅の仲間なのかもしれないと」
「そんな!」

恭也の言葉に未亜は悲鳴のような声を上げた。さらに大河もまるでミュリエルを睨むように見つめ、ベリオや義娘であるリリィまで目を見開いてミュリエルを見ていた。リコはとくに表情は変えていない。

「学園長殿! まさか本当に老師たちが破滅の一員だと思っているのでござるか!? それはあまりにも……」
「カエデ、いいから」

カエデが一番最初に食ってかかろうとしたが、それを止めたのは疑われているはずの恭也であった。

「学園長がおにーちゃんや私たちを疑うのは仕方ありませんから」
「上に立つ者としては当然だよ」
「そういうこと」

なのはたちも口々に言う。
それは上に立つ者の責任なのだ。それがわかるからこそ、恭也たちもそれを否定はしない。もちろん疑惑を受ける身としてはとっととなくなってほしくはあるが。
ここは普通の学校ではないが、それでもその生徒は子供である。普通、学校の中にいる素性がまったくわからない者に注意をかけない学長などいない。
もっとも普通の学校ならばそんな人間を入学させたり、雇ったりしないだろうが。それこそこの学校が特異であるという証拠でもある。

「ええ、私はあなたたちを疑っています。破滅の一員かもしれないというのもそうですが、それ以外の目的があるかもしれないと。救世主伝説を良く思っていない人は確かに存在しますから、そういった方向の諜報員、工作員ではないかとも」

さすがにここまで言われては否定するつもりもないのか、ミュリエルは案外簡単に認めた。

「それをあなたたちは……」
「最初から疑われているのは理解していました。俺が学園長と同じ立場ならはまず間違いなく疑いますから」
「疑われているからこそ私たちも学園長を信用するわけにはいかなかった」
「信用されていないから信用できない」
「いつ私が実力行使に出るかわからなかったから?」

そのミュリエルの言葉に恭也たちは頷く。
怪しい存在を、いつまでミュリエルが黙って見ているかわからなかった。実力で排除にかかってくる可能性を捨てきるわけにはいかなかった。

「すでに戦う力を晒してしまっていた俺はともかく、知佳さんたちの手札をそんなあなた『たち』にさらしたくなかったというのが一つ。それとなのはが召喚器を手にしてしまうとは思っていなかったので、もしものときは耕介さんたちにはなのはを守ってほしかったんですよ」
「なるほど。それに最初からそちらの二人が戦う力を有しているとわかれば、疑惑は増すと思ったというのもあるのでしょうね」
「ええ」

そこで両者は沈黙した。ミュリエルは両手を合わせて目をつぶり、何かを考えている。対して恭也たちは何も言わず、そんな彼女を見つめていた。
まだ緊張は続いていて、救世主候補たちはまた口を挟めなくなった。
しばらくしてミュリエルは目を開ける。

「では、今回あなたたちが力を晒したのはなぜです? 私があなたたちを信用したと判断したから?」
「いえ、まだあなたは俺たちを信用していないでしょう。それこそ俺たち……いや、俺がこの世界に来た方法が本当の意味でわからない限り、あなたは俺を本当の意味で信用することはないはずだ。どれだけ信用しても、心のどこかでは疑うでしょう」
「ではなぜ?」

恭也の言葉をまったく否定せずにミュリエルが聞いたため、大河は小声で『嘘でも信用してるぐらい言えよ』などと呟いて、たまたま聞こえた未亜が肘で突っついて止めた。

「それは単純に俺の我が儘ですよ」

と、耕介が言ったとき、彼の剣から十六夜が現れた。その唐突な登場にミュリエルやダリアも含めて目を見開く。
目は見えなくとも、それを感じているだろうに、十六夜はそれについては何も告げず、

「私の我が儘でもあります」

いつものように微笑んで言った。

「か、彼女は……」

さすがの女傑ミュリエルも驚き、目を見開いたまま聞く。
とりあえず恭也たちはミュリエルや救世主候補たちに、耕介が自分たちの世界で退魔士をしていること、十六夜のことを簡単に説明した。
この世界に来てからというのは伏せておいたが、恭也の霊力技の師が耕介と十六夜であることを話すと、救世主候補たちはさらに驚いていた。

「退魔士に、剣に宿った魂……ですか」
「ほ、本当に恭也さんと出会ってから自分の世界の常識が崩れてく」

退魔士と近い僧侶であるベリオが感慨深く言い、そして同じ世界の出身である未亜が、さらに常識を崩されて疲れた表情を見せている。
大河は十六夜を見て暴走しそうになったが、その前にリリィの裏拳をくらい、転がっていた。

「話を戻しますけど、元の世界で俺は退魔士をしていましたから、こういう事件は放っておけなかったんですよ」
「私も耕介様と同じです。神咲の霊剣十六夜として、このような件を無視することはできませんでした」

アンデットであろうと、それを鎮めるのは自分たちの仕事……いや使命と言ってものだと言って、今回はそのために恭也たちに無理を言って介入させてもらったと二人は話す。
それを聞いて、ベリオなどはいたく感心している。

「なるほど」

納得したのかしていないのか、それは表情から窺うことはできないが、それでもミュリエルは頷いた。
それから彼女は、子狐に戻ってなのはの腕の中にいる久遠を見つめた。久遠はそれに怖々として、なのはの腕の中に顔を埋めてしまう。

「それではその子狐は」
「久遠は妖狐です」

かつて久遠が祟神であったことは省き、その正体を説明する。そして……その力は確実にこの中でも最強に近いことも伝えた。それは半ば脅しでもある。
さらに続けて、知佳の能力についても話しておいた。もっともこちらは戦闘も可能であるというだけで、どのような力があるのかは完全には伝えなかった。
恭也たちは、その力を完全に晒す所と、晒さない所をしっかりと選び、武器としているのだ。
恭也たちの説明にミュリエルとダリア以外は、全員が驚きの表情を作り、固まっている。
最初ほど表情を変えていないミュリエルとダリアも驚いていないということはないだろうが、表面上はそれを見せることはない。

「やはり都合が良すぎますか?」

恭也が無表情に聞くと、ミュリエルは少し息を吐いた後に言う。

「ええ。良すぎますね。まるで戦闘ができる者をこの世界に連れてきたようにも見えますし、その中でただ一人だけ戦闘ができないはずのなのはさんまで召喚器を手にした」
「一見戦力を整えるための陳腐な方法にも見えるけどねぇ。でも、やっぱり私も都合が良すぎると思うわよぉ?」

ミュリエルの隣に立つダリアまでそんなことを言ったため、今度こそ大河が何かを言おうとしたが、それを耕介が止める。

「確かに陳腐ですね。だからこそそう見えても仕方ないです」

そしてその間に、知佳が笑って肯定してしまった。
だが十六夜が真面目な表情で続ける。

「ですが、私たちは何もする気はありません。というよりもできません。私たちには戦う手段はあっても、後ろ盾がありませんから」

つまり、ここを追い出されれば行き場所がないということ。まあ、クレアにある程度話せば、それも手に入れることができるかもしれないが、わざわざそんなことを言うつもりはない。
遠回しに、自分たちは別にこの学園、この世界へ自らの意思で侵入したわけではないとも含ませている。
そこでミュリエルはリコの方を向いた。

「リコ・リス、召喚士としてあなたはどう思いますか?」

ミュリエルも召喚士ではあるが、召喚士としての才能があったというだけであり、どちらかという魔導士寄りで、召喚士としてのレベルはリコには遠く及ばない。そのため彼女の意見を聞いたのだろう。
耕介たちの戦闘能力までは聞いていなかったが、だがリコはすでに答えを知っている一人だ。それも恭也を自らの主としている。その彼女が恭也の立場を危険にすることを言うわけがない。
そして、リコはこの質問がいずれ来ると予測していた。そのため言い訳など幾らでも思いつく。

「確かに恭也さんがこの世界に来た方法は不明です。ですが、恭也さんは同時にこの世界のことを何も知りませんでした。つまり恭也さんの意思でこの世界に来たわけではありません。何かの意思によってこの世界に連れてこられたにしろ、少なくとも恭也さんが、それに悪意があった場合従うとは思えません」

そう説明するが、その表情がどこか不機嫌そうなのが、付き合いの長い救世主クラスの者たちにはわかった。
恭也が悪く言われているからだろうと全員が思っていたのだが、恭也はただ一人内心でため息を吐く。

(そんなにレティアが気に入らないか)

リコが不機嫌なのはそういうことだ。だからこそ、何かの意思とか、悪意とかいう場所だけに力を入れていたわけである。彼女も別にレティアが悪意はないというのがわかっているのにも関わらずに。
相性の問題なのか、リコとレティアの仲はすこぶる悪い。
恭也がそんなことを考えている間もリコは続ける。

「知佳さんたちの方は、間違いなく彼女たちが言うように事故でしょう」

事故ではないことを、やはりすでに恭也から聞いているにも関わらず、リコはそう断言する。

「なぜそう言い切れるのですか?」
「恭也さんがこの世界に来たときは、私はそれに気づきました。それは少なくとも恭也さんがこの世界に来た方法が召喚術……もしくはそれに近いものだったからです。ですが、私は知佳さんたちの方は気づきませんでした。学園長も気付かなかったはずです」

やはりどこか気に入らないというような表情のリコ。もっともその表情の変化も付き合いが長い者たちにしかわからないが。
今度の機嫌の悪さは、気付かなかったということにだろう。レティアが連れて来たにも関わらずに、赤の精である自分が気付かなかったことが気にくわないということだ。レティアへの対抗心と言ったところ。
それがわかるので、恭也はやはりもう一度内心でため息を吐く。

「ですから、知佳さんたちの言うことは矛盾してはいません。世界は広く、その中に世界を渡る特異な力が、召喚術以外にあってもおかしくはないです」

真実と嘘を交えながらのリコの言葉。そして彼女が強力な召喚士であるため、その説明はそれなりに説得力がある。
説明はそれで終わりだと、リコは一歩後ろに下がる。
恭也が目だけで礼をすると、リコはミュリエルたちにはわからないように、僅かに笑って返した。
そしてリコの話を聞いて何かを考えているミュリエルに、恭也は視線を向ける。正直穴だらけであるのは理解している。

「俺は大河たちを仲間だと思っていますし、この学園も、そこにいる人たちも気に入っています」
「それが?」
「それらの人たちに危害を加えるつもりはありません」

恭也はただミュリエルの目を見つめ、ミュリエルも黙って恭也を見つめ返す。
だがそこには暖かいものはなく、お互いが相手の思考を読みとろうとするだけのものでしかない。
ミュリエルとて、別に恭也たちをただ放っておいたわけではない。それなりに監視をしていたし、その行動を目に追っていた。ダリアから恭也の報告も聞いていた。恭也たちの人となりはそれなりにわかっている。

「信頼はできませんが、信用はしましょう」

それはあなたたちもそうでしょうがと、ミュリエルは内心で呟きながら言う。

「ありがとうございます」

ミュリエルの言葉に、恭也たちが同時に言うと 今まであった緊張感が多少軟化した。
言葉の攻防はここまで、お互い……表面上は……信用はするということで落ち着いたのだ。
緊張感が軟化したためか、大河がズズイと前に出る。

「で、やっぱり今後はみんな救世主クラスに来るのか!? 知佳さんとか十六夜さんとか大人久遠は大歓迎だぞ!」
「俺は歓迎してくれないのね」

大河の言葉に、耕介は乾いた笑みを見せながらも言うのだが、男性唯一の救世主候補は聞いてもいない。
とにかく実力的には救世主候補レベルであるし、すでに恭也という前例があるため救世主クラスに組み込まれてもおかしくはない。
だが、

「私たちは今まで通りだよ」
「え?」

知佳の返答に大河だけでなく、他の救世主候補たちも驚いた表情を浮かべる。

「もちろん何かあったら力は貸すけどね」

知佳は微笑んで彼らにそう言うとミュリエルの方へと向き直る。

「そうですよね、学園長?」
「ええ。あなた方にはこれまで通り食堂で働いてもらいます」

ミュリエルはそれに簡単に頷いてしまい、さらに救世主候補たちは困惑する。
恭也は救世主クラスに入れたのになぜだ、ということだ。だがミュリエルはそれに答えない。

「俺としても、耕介さんに食堂から抜けられたら和食がなくなるから嫌だぞ」
「それはいけません」
「それは駄目でござるよ。耕介殿の和食は美味でござるからな」

恭也の言葉に、絶対反対というように顔を顰めるリコ。カエデも恭也と似たような食事の好みを持つため、反対の意見を出す。

「こ、耕介さんの戦闘能力より料理の方が重要なの?」

ベリオが呆れたように言うのだが、当の耕介は、

「俺はそっちの方が嬉しいかな」

本当に嬉しそうに返した。
これで救世主候補たちの疑問は流され、結局耕介たちは食堂勤務のままとなった。


◇◇◇


すでに深夜を越え、もうすぐ朝となるような時刻になっていたため、恭也たちと救世主候補たちは寮に戻るとすぐに解散となり、皆すぐにでも寝たいと部屋に戻っていった。
だがなのはと知佳の部屋だけは、未だ明かりが点いている。
そしてそこには、恭也たちとリコだけが集まっていた。全員が一度部屋に戻り、少し時間を空けて再び集まったのだ。色々な秘密を共有する者たちだけが。

「あれで良かったですか、恭也さん?」
「ああ、助かった。ありがとう、リコ」

集まってすぐに聞いてきたリコに、恭也は礼を言うとその頭を軽く撫でる。それに知佳たちが少しむっとした表情を見せるのだが、何かを言う前に、恭也はリコの頭から手を離してしまった。
それから恭也は腕を組んだ。

「大河たちには悪いことをしたな」
「交渉の材料に使っちゃったもんね」

恭也の呟きに、知佳もどこかすまなそうに言った。
恭也たちは救世主候補たちを交渉の材料にした。最後に仲間だと思っていると言ったのもそうだが、あの場に彼らがいたこと自体がそれに当たった。
もしあそこで恭也たちを危険とし、学園から排除しようとすれば救世主候補たちは確実に反発するだろう。それだけの信頼をすでに恭也たちは得ている。いや、恭也たちは気付いていないが、他クラスからの信頼もだ。
ミュリエルもさすがにそんな複数の生徒たちの反発を買いたくないだろう。
もっとも信用はするというのも本気で言っていたはずだ。だが信頼はできないからこそ、知佳たちを救世主クラスに所属させたくなかった。それがわかったからこそ、知佳からいつも通りだと告げた。
そして知佳たちも救世主クラスに入るつもりは元々なかった。知佳は情報収集の時間が削られるし、耕介もその知佳を守らなければならない。
そして、知佳には一つ確認しなければならないことがあった。

「リコちゃん」
「はい」
「M・アイスバーク、知ってるよね?」
「っ!?」

知佳の口から出てきた名前に、恭也たちは聞き覚えがなく首を傾げるものの、リコは驚いた顔を見せた。
そのリコの反応に、知佳は少しため息を吐く。

「その反応だと、間違いないのかな?」
「……どうして」
「この前、クレアちゃんと情報交換していた時にちょっとね」

この頃知佳は秘密裏にクレアと会い、情報交換を行っている。さらには二人で協力して新たな情報を手に入れようとしていた。

「知佳、その人がどうかしたのか?」

耕介が二人の会話についていけず、思わず聞く。

「M・アイスバーク……千年前に召喚器ライテウスを持ち、強大な力を誇り、さらには召喚魔法まで操る天才魔導士にして救世主候補」
「ライテウス……リリィのですか?」
「そうだよ、恭也君……M・アイスバーグという名前は魔法関係の書物にはよく出てくる有名人みたい。だけどね、その本名は不明だった」

その知佳の言葉に、リコを抜かしてこの中では一番魔法に精通しているなのはが頷く。
それを確認して、恭也は知佳に先を促した。

「見つけたよ、その本名が書かれた書物。その名前はミュリエル……ミュリエル・アイスバーグ」

その名を聞いて、さすがに恭也たちも驚きで目を見開いた。
ミュリエルという名前。それだけで繋がるのは一つだけだ。

「学園長?」

なのはの呟きに、知佳は静かに頷く。
ミュリエルという名前が、この世界、もしくは他世界で多い名前なのかはわからない。もしかしたらこの学園の学園長であるミュリエル・シアフィールドとは関係ないのかもしれない。だができすぎだ。
同名であり、同じ強力な魔導士であり、召喚士であり、その義娘が同じ召喚器を持っている。
そして、

「千年前の救世主候補。だけどこれは学園長ならおかしくない」
「学園長もリリィと同じく、千年前の人間。召喚術によって、時間流を受けてこの時代に、ということですか?」
「どうかな、リコちゃん?」

知佳は、恭也の質問をリコに向かわせる。
リコは赤の精。千年前の救世主候補たちを知っている。だからこそだ。
リコはどう言うか迷っているようだったが、恭也が自らの目を見つめて、真実を知りたがっていることがわかり、ため息を吐く。

「……はい。彼女は千年前のメサイアパーティーの一人です。そして、この学園を創設した人物でもあります」

リコの肯定に、ある程度予想していたとはいえ、全員がそれぞれ複雑な表情を浮かべた。

「少し疑問があるのですが」

その中で、十六夜が真剣な表情で口を開く。

「なぜミュリエル様は、そのことを公表しないのでしょうか?」

十六夜の言うことはもっともだ。
千年前の救世主候補。これは大きなニュースになる。
千年という時が経ち、救世主候補や破滅とは半ば言い伝え、伝説となっている。そして、当時の戦争の記録はほとんど残っていないと言っていい。
そのため千年前の戦争を経験した人物の情報は貴重だ。そんなことミュリエル自身もわかっているだろう。
もちろん、千年前の人間などというのは、本来は信じられるものではないだろうが、このアヴァターではその現象はありえると伝わっているし、リリィという生き証人がいる。だからこそ証明は簡単なのだ。
だがそれをあえて公表しない。

「私もクレアちゃんもそれが気になってたんだ。千年前の戦争を経験している以上、リコちゃんたちを除いて救世主のことや破滅ことに一番近い場所にいるのに、その情報を一切下ろさない。何をしようとしているかがまったく見えないんだよ」

そう言いながら、知佳はちらりとリコを見るが、彼女は微動だにせず、救世主のことに関しては何も言えないと態度で語っていた。

「だから俺と大河に気を許すなと?」
「うん」

ミュリエルが恭也たちを疑っている理由の一つに、目的がわからないからというのがある。だがそれは同時に彼女にも当てはまることになってしまっているのだ。
彼女が一体何を求めているのか。
自らのことを一切伝えていない以上、何らかの思惑がある。それもこの学園の長になっていることからして、それは救世主に関わっている可能性が高い。だからこそあの時クレアは、恭也よりも大河のほうへと強く警告したのだろう。

「リコ」

恭也は彼女の名を呼んだ。そして、その目をただ見つめる。
その目を見てリコはまたもため息を吐いた。彼女は救世主関係以外のことであるならば、主に問われて何も答えないということはできない。

「おそらくミュリエルの目的は救世主の抹殺でしょう」
「救世主の……抹殺?」

彼女は恭也たちが救世主を良く思わない者たちの諜報員、工作員ではないかと疑っていると言っていたが、彼女自身がそうだということだ。

「はい。だからこそ言えないのです。今の世界には救世主伝説がありますから。下手をすれば色々なものを敵に回してしまう」

救世主の抹殺と聞いて恭也たちは驚いた顔を浮かべるものの、この場いる者たちは多少とはいえ救世主のことを知っている。
それはリコからもたらされた断片的な情報ではあるが、アヴァターに伝わるものは正しいものではない。破滅を滅ぼすようなものではないとわかっていた。
それは世界の運命を決める存在。このへんが抽象的であるため、恭也たちにはわからない所だ。だが、そのあたりにミュリエルの目的に関係あるのかもしれない。
そして、赤の精であるリコ自身も救世主の誕生を望んでいない。

「私が救世主を選びたくないと思っていたのと同じように、彼女はそれが現れたなら殺すことを選んだ。もっとも私はマスターを選びましたから、目的が多少変わりましたが」

つまり千年前の救世主候補であり、おそらくは救世主の真実に近いことを知っているミュリエルは、救世主誕生に止めたいのだ。
なるほど、と全員が頷く。そんな彼女が救世主を育成する学園の学園長。それはつまり一番救世主に近い場所にいるということだ。
だが、そこでなのはが気付いた。

「で、でもそれで言ったら、おにーちゃんが危ないんじゃないですか?」
「あ!」

今、救世主に一番近い場所にいるのは救世主候補ではない。召喚器がないとされている恭也だ。彼はリコと契約し、赤の主となっているのだから。
つまりそれがばれたら、やはりミュリエルが完全に敵対してくるということだ。

「ミュリエルは、恭也さんが赤の主だとは気付いてしませんし、その方向では疑ってもいません。だから召喚器を呼ばない限り大丈夫だと思います」
「それはそうだけど。そういえば学園長、リコちゃんのこと……赤の精のことを知らないのかい?」
「いえ、私も千年前のメサイアパーティーの一員ですから知っています。ただし『リコ・リス』が赤の精であることには気付いていないはずです」

耕介の質問に答えたリコの妙な言い回しに、それぞれが不思議そうな様子を見せる。
千年前に出会っている。そして赤の精のことは知っているのに、リコが赤の精であることは知らないというのは、言葉遊びに聞こえる。

「当時私はオルタラという名前を名乗っていました。いえ、当時というよりもだいたいの時代でそう名乗っていましたが、今回はミュリエルがいたので一応名前を変えたのです」
「姿は同じではないのか?」
「まあ、せいぜい髪を縛っていなかった、というぐらいでしょうか」

その返答を聞いて知佳や十六夜が苦笑う。

「な、なんで学園長気付いてないんだろう?」
「気付いていないという演技では?」

とりあえずリコは十六夜の言葉は否定し、間違いなく気付いていないと告げる。
結局わかったのは、やはりミュリエルを完全に信頼することはできないということだ。もちろんあちら同様にある程度信用はするが。
そして恭也が赤の主だとミュリエルにばれてはいけないということ。
この情報はかなりの収穫だ。
とりあえずもう少し今後のことを話したあと、それぞれ恭也と耕介、リコの三人は部屋へと戻っていった。



恭也と耕介は足音を立てないようにゆっくりと屋根裏部屋と戻っていく。
その途中で、深夜ということもあり、耕介が小さく恭也へと喋りかけた。

「さっき言うの忘れてたけど、ナナシちゃん、彼女たぶんゾンビとかじゃないと思うんだ」
「ナナシが、ですか?」
「ああ。今日戦ったアンデットってやつとはどこか違う。もちろん他の種類のアンデットなのかもしれない。けど少なくとも彼女は何か違うんだ。これは十六夜さんも同じ見解だ」
「では彼女は」

ナナシはゾンビではない。
今日戦ったゾンビのほとんどは腐乱していたが、確かにナナシは外見上だけならば、その手のものには見えない。だが、それでも彼女は身体がバラバラになっても死ぬことはない。少なくとも生きている人間には不可能なことだ。
では彼女は何なのか。

「ごめん、彼女が何なのかまではわからない」

耕介は頬を掻きながらすまなそうに告げた。だが彼はちらりと手に持っている十六夜を見て、まるで彼女の変わりのように続ける。

「ただ十六夜さんが、何か自分と似ているような気がするって」
「十六夜さんとって」

恭也は僅かに驚きながら、その視線を同じく霊剣・十六夜に持っていく。
十六夜は霊剣に宿る魂。その彼女とナナシが似ているというのはどういうことなのか。

「十六夜さんも何となくそう思うだけだから正確にはわからないってさ。彼女は少なくとも霊剣に宿っているわけじゃないし、けど十六夜さんの言うことだから意味がありそうだよなぁ」

耕介が眉を寄せて、不可解だとでも言いたげの表情を取った時、丁度二人の部屋へと辿りつき、そのまま恭也たちは中へと入った。

「とりあえず、このへんは俺と知佳、十六夜さんで調べてみるから」

とにかくもう遅い……というよりも、もうすぐ耕介は仕込みの時間だ。恭也とて授業がある。話はこのへんにして、ある程度でも仮眠を取っておいた方がいいと、二人は眠ることにした。
ベッドは交代で使っていて、今回は恭也がベッドだった。
二人はすぐに横になるのだが、恭也は床に布団を敷いて横になっている耕介に気付かれないように……だが深くため息を吐いた。

この所、次から次へと面倒なことが起きる。それはさらなる謎を残していく。小さなこと、わからないことを含めればそれこそ数え切れない。そしてそれは全て救世主というものに直結している。
だが、同時にそれは同じ場所に向かっているだけに、絡まり合ってしまっていてどのように繋がっているのかわからないのだ。
今回だけでアンデットの騒動。ミュリエルの正体。ナナシの謎。それこそ小さなものまで上げればきりがなくなる。
そして、それは恭也たちを縛り上げて、動きづらくしていく。それはミュリエルが恭也たちに疑いを持つのと同様に、恭也たちも疑わなくてはならないから。

(こういうのは得意ではないのだがな)

恭也は探偵ではないのだ。本来ならば謎なんてものは、それ事切り裂いてしまうことの方が自分には向いていると思っている。おそらく知佳たちが来なければ、ここまで真剣に謎について考えることなどなかっただろうし、ミュリエルのこともここまで警戒はしなかった。
それは守る者が傍いるからこそ、今は気が抜けないということだ。
そこまで考えて今度は内心でため息を吐き、恭也は目を閉じた。
戦闘の後ということもあり、すぐに睡魔は押し寄せてきた。






あとがき

また長くなりました。しかもまたほとんど会話。
エリス「確かに」
地の文で流そうかなとも思ったのですが。というか、昔の書き方を忘れて、地の文での流し方をほとんど忘れている(汗)
エリス「確かにそのへん下手になってるね。だから無駄に話が長くなってる。狂想みたいにばばっ流せばいいのに」
だから、なぜかそれができない。とりあえずそのへんは複雑恋愛でリハビリ中。
エリス「今回は話し合いが中心か。また話が進んでない。テンポも悪いし、なんか内容もただ長いだけじゃない?」
ごめんなさい。
エリス「まあとりあえず精進あるのみ」
はい。
それで今回は自分も悩んでいたことが。
エリス「なに?」
なんでミュリエルはリコに気付かなかったのか。
エリス「そういえばなんでだろう?」
赤の書とか知ってるのに、ミュリエルがリコに注意を向けていなかったのはなぜなのか、まったくわからない。姿が違うのかと思ったけど、イムニティだってリコと同じ姿だし。
エリス「えっと、うっかり?」
どうなんだろう。まあこの話では、一応リコはこの時代より前は髪を縛っていなかったってことで。
エリス「とりあえず次回は進むんだよね?」
というか進める。無理矢理でも進める。
エリス「とりあえず次回へ」
では。





リコに気付かないのは、ほら、正義の味方が顔を丸出しにしてても正体がばれないという理屈と一緒で。
やっぱり、根源の世界がそうだったから、枝の世界にもそのルールが適用されてるんだね、うんうん。
美姫 「って、勝手な上に滅茶苦茶な解釈をするな!」
ぶべらっ!
美姫 「さて、今回はミュリエルとの、正に化かし合い」
互いに最も隠しておきたいカードの存在は秘密にしたまま、小出しに手を出していく。
美姫 「こういう化かし合いは結構好きよ」
陰険な性格だからか?
ぶべらっ!
美姫 「今回の件で、信用されつつも更なる疑惑が生まれたかもね。今後の展開が楽しみだわ」
次回はどうなっているのかな?
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



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