『選ばれし黒衣の救世主』









「しっ!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

本来ならば動くことはない屍の群の中央で、二人の剣士がその剣を閃かせる。
恭也は細かく、速く、その骨を斬り裂く。
耕介は力強く、速く、その骨を一刀両断にしていく。
二人は背中を合わせ、お互いフォローしながら、だが確実に骸骨……スケルトンたちを行動不能にする。

「すごい……」

援護しながらも、その二人を見て、リリィはポツリと呟いた。
明らかに二人とも場慣れしている。そしてアンデットという何より死の恐怖を感じさせるモノたちの中央にいながら、その精神は揺らぎも見せない。
耕介は強い。
剣の腕は、傭兵科の者たちを軽く上回っている。力強い剣だが、大河のような力任せの剣ではなく、そこには強弱と緩急が付けられている。それが見ているだけのリリィにもわかった。
そして恭也が強いのはリリィも知っていた。
だが、二人の姿を見てリリィが感嘆の声を上げたのは、そんなことが要因ではなかった。
その二人の連携にリリィは見惚れたのだ。
恭也は耕介というパートナーを得て、さらなる力を見せつけていた。
耕介が剣を振りかぶった瞬間、鋼糸を使い三体のスケルトンを縛り上げ、それを耕介がその力強い剣でまとめて叩き伏せ、さらに粉々にするかのように振り下ろした剣をすぐさま斜めに斬り上げて、その骨をさらに砕く。
今度は耕介が、スケルトンの腕を剣ごと斬り落とし、そのさいに恭也が複数の斬撃で無防備となったスケルトンの身体をバラバラにする。
前衛二人による連携。まるで相手が何をしたいのか、そのために何をすればいいのか、完全に理解しているかのような行動。
その連携により、二人の力はさらに引き出されていた。だが、一歩間違えれば大惨事となるものだ。お互いがお互いの力を理解し、何より信頼しているからこそできる芸当。
こんな連携、恭也と組んでも大河とカエデにはできないだろう。大河たちは恭也を信頼していても、完全には恭也の力と行動を理解できていないから。

「本当に凄いですね」

リコもリリィの呟きを聞きながら、ほんの少しの驚きと、僅かな嫉妬を耕介に向けていた。彼女も耕介のようなことはできないから。あそこまで、恭也と連携を組むことはできない。
だからこその嫉妬。それはリリィも同じだ。

「あの二人は私の自慢のお義兄ちゃんと、自慢の好きな人だからね」

二人の言葉を聞き、知佳は嬉しそうに言う。

「す、好きな人って!」

リリィが知佳の方へと振り返って叫ぶが、彼女は軽く舌を出す。

「宣戦布告、だよ」

知佳はそう言って笑い、そして……。

「じゃあ、私もいこうかな」
「え?」

知佳が呟いた瞬間、その背に一対の翼が現れた。

「夜だから、あまり思いっきりやっちゃうわけにもいかないんだけど。昼間のうちに光合成しといて良かった」

その背の翼を見て驚いている二人に、そんな冗談のような言葉を漏らし、知佳はすぐに真剣な表情をとる。

「サンダーブレイクッ!」

たったそれだけの言葉。
それだけの言葉が引き金になり、恭也と耕介の周りにいたスケルトンたちに向かって、突如現れた雷球から発生した雷が降り注いだ。





第三十八章 それぞれの力 





恭也と耕介は、同時に剣を鞘へと戻した。その周りには、バラバラになり動かなくなった骨と、炭化してしまった骨であったものが散らばっている。だがそれも、まるで土に還るかのように、粉塵となって消えていく。

「なんでこんなに……」

多すぎると、恭也は眉を寄せて呟く。
次から次へと現れるアンデット……スケルトンやらゾンビの集団。
すでに中庭から離れたが、場所を関係なしに本当にどこから湧いてくるのか、きりがない程現れる。

「いくら何でも多すぎるわよ」

リリィも恭也へと近づいて言うが、その視線は翼を消した知佳に向かっている。だが、その説明を求めるのは後回しにしたようだ。
現れたアンデットの規模からして、二手だけでは足りなかった。すでにアンデットたちは校舎内にすら侵入しているようだ。

「さらに二手に分かれた方がいいね」

知佳の言葉に、リリィは同時に頷く。

「あと応援もほしいわね」

正直、敵の数が多すぎて救世主クラスだけでは手が足りない。そういう意味では知佳たちの援軍は助かったと言えるが、それでも足りないのだ。
ここまで膨大なアンデットが現れるのは想定外だったのと、救世主クラスの者たちと連携が取れる者など恭也ぐらい……いや、恭也たちぐらいしかいないため、他のクラスの者たちは今回の件では動いていないのだ。
数でこられるなら、こちらも数を用意しなければ対応できない。なので救世主との連携ができなくとも構わないので、応援を呼ぶべきだろう。

「耕介さん、知佳さん、リコの三人は予定通りに校舎周りと寮周りの敵を掃討しつつ、応援を呼んできてください」

恭也の言葉にすぐさま頷く三人。

「リリィは俺と遊撃でいいな?」
「ええ」

話は決まり、すぐさま散会する。耕介たちは学園側へ。恭也たちは図書館、礼拝堂方面へ。
恭也とリリィは肩を並べながら、深夜ということもあり多少肌寒さを感じながらも警戒しつつも早足で歩く。

「一応大河たちの方も見に行った方がいいかしら?」
「ああ。できればあっちも少数で広範囲に動いてもらった方がいいしな」

どこから出現してくるかわからない以上、散らばったアンデットたちを叩いていくしかない。大人数で一カ所に集まっていては、それはやりづらい。
二人が向かう先に大河たちも向かったので、どこかで合流できるだろう。
そんなことを話していると、アンデットたちが現れた。すぐさま恭也は抜刀し、リリィも魔力を高める。
恭也はリリィに言葉をかけることなく、アンデットの群に飛び込み、まるで竜巻のように身体を回転させながら、次々とスケルトン、ゾンビたちを斬り刻んでいく。
その間も、リリィはただ魔力を溜め込んでいた。
恭也は小太刀を鞘に戻し、すぐさま両手を複雑に操る。そして次の瞬間、残った数体のスケルトンたちはまとめて鋼糸によって縛られ、一カ所に集められた。

「リリィ!」

そして恭也はただ彼女の名を叫びながら、一気に後ろへと下がる。それと同時にリリィのライテウスから極太の雷が数本放たれ、スケルトンたちを巻き込みながら複雑に暴れ回った。
バラバラになる骨と炭化していく穢れた肉が、次の瞬間には光となって消えていく。やはり召喚器を通して倒されると、アンデットもこうして消えていくようだ。
それを見て、自分に倒されて土に還るのと、光になっていくのはどちらがいいのかと益体もないことを考えながらも、恭也はまだ警戒を解かず辺りを見渡すが、アンデットの増援が現れないのがわかると戦闘状態を一時解除した。

「結構いいわね」

そんな恭也に、リリィは少し嬉しそうに笑いながら言った。

「ん? 何がだ?」
「私とアンタの連携……っていうか、コンビって感じかしら」

恭也が敵の相手をしている間に、リリィが魔力を溜め、さらに呪文を紡ぐ。事前にそんな役割を決めていたわけでもなく、二人は自然としてそうしていた。
恭也はリリィが何の援護もしてこなかった理由がわかっていたし、リリィも恭也が名前を呼んできた時が最良のタイミングだとわかった。
ある意味以心伝心と言える。
それは先ほどの耕介との連携にも負けていない。ただリリィが後衛であったというだけ。

「そうだな」

恭也もそれがわかり頷いた。
二人はそんな話をしながらも、森の方へと向かっていく。途中、何度もアンデットたちが襲いかかってきたが、恭也とリリィのコンビにはそれほどの脅威ではなく、次々と打ち倒していく。
何回目かの遭遇戦。それも最終的に、リリィの炎がアンデットを一掃して終わる。
それが終わると二人はまたも歩きだす。

「そういえば、知佳さんのあれってなに? 雷を使ってたけど、呪文も唱えてなかったから魔法じゃないみたいだし、他にも力があったみたいだけど」

リリィが今思い出したように言う。

「それにあの翼って、もしかして召喚器?」

リリィがあの翼……フィンを召喚器と見間違えたのも仕方がないだろう。どこからともなく背に現れた翼。見ようによっては確かに召喚器のようにも見える。

「召喚器ではない。まあ詳しいことは今回のことが終わったら説明する。学園長や他のみんなにも話さないといけないしな」
「そう……ね」

知佳の能力については、ミュリエルにはある程度話してあるのだが、戦闘が可能だとまでは言っていないし、本当に触り程度しか話していない。だから、どうせ説明するにしても関係者が集まってからの方が手間が少ない。

「あと、耕介さんと久遠も、知佳さんのあれと似たような特別な力を持ってる」
「久遠って、あの狐も!?」
「ああ。というよりも、久遠は俺たちの中でも本当に一番強い。俺では勝てんし、耕介さんも何とか対抗できるぐらいだろう。知佳さんも無理だな」
「そう……って、え!?」

ただの狐である久遠が特別な力を持っているという驚きが後に引いていたのと、恭也があまりにもさらりと言ったため流しそうになったが、そのとてつもない言葉にリリィは慌てたように恭也の顔を見る。
だが恭也はいつも通りの無愛想。

「恭也が勝てない?」
「ああ」

リリィが聞き返すと恭也はやはり軽く頷いた。
確かに先ほど耕介たちが自分よりも強いと恭也は言った。だが決して恭也はあの二人に『勝てない』とは言っていない。自分より『強い』と『勝てない』ではその意味が全く異なる。
それを身をもってリリィに教えたのは恭也だ。

「やはり長くなるから今は詳細を省くが、相性的に俺では久遠には勝てない」

そう、相性である。久遠の戦い方、その能力は恭也の戦い方にとって最悪の相手なのだ。さらに言うなら知佳もそうである。ただ知佳の場合は神速を用いれば、おそらくは勝てる。だが久遠相手では神速を使用しても勝つのは無理だろう。
子供の状態であれば勝つこともできるだろうが、大人になられればまず勝てない。
大人の状態になれば身体能力は救世主候補たちを越えるし、感覚と勘もかなり鋭い。この感覚と勘は神速すらも捉える。そして何より雷だ。これはリコたち後衛組たちの魔法以上に強力な上、効果範囲も大きく、呪文の詠唱など必要ないというとんでもない代物だ。周囲全てに雷を展開させられれば、恭也では近づくことすらかなわないし、どこかに身を潜め、隙を狙おうとしても、辺り一帯にまとめて雷を降らされれば隠れていた所で終わりなのだ。
つまり御神の剣士としての特性を全て力業で覆されてしまう。
そしてこれらはだいたい知佳も一緒だ。ただ彼女の場合は神速が通用するし、身体能力などでは恭也が勝っている。戦いが始まった瞬間に神速を使用すれば勝てるし、思考を読まれても対策を施される前に斬ることも可能だろう。知佳の場合は、リコと戦ったときと似ているかもしれない。
無論、この考えは恭也の観察からくるものであり、本当に勝負することになったらどうなるかわからない。ただ久遠の場合は、子供の状態の時でなければ……つまりいきなり大人の状態になられたら勝てる芽はほとんどないというのは、祟りが憑いていた時の彼女と戦った時からわかっている。

「あの狐が……」
 
リリィは目を見開いて驚いている。

「確かこの世界には獣人というのがいるという話だったな。久遠はそれと似たようなものだ。能力は別物だがな」

詳しい説明は後だ、と恭也は締め括り、歩調を早める。リリィもとりあえず納得して後ろから恭也についていく。
そして礼拝堂近く、森の入り口付近で戦っている大河たちを見つけ、二人は駆け寄っていく。

「老師?」
「恭也、こっちに来てくれたのか?」
「ああ、そっちはどうだ?」

大河の言葉に、恭也は周りのアンデットたちを蹴散らしながら聞く。

「いくら倒しも出てくるよぉ」

なのはが疲れたような表情で言うと、ベリオも未亜もやはり似たような表情で頷く。ベリオに至っては、僧侶であるはずなのにそういうのが苦手らしく、青白い表情になってしまっている。
久遠はまだ狐の状態のままなので、おそらくまだその力を見せていないのだろう。このへんはなのはの指示か。
久遠を見つめながらそんなことを考えていた恭也に、ベリオと未亜が疑問を口にする。

「リコはどうしたんですか?」
「知佳さんたちも」
「ああ、学園周りの掃討と応援を呼びに行ってもらった」

恭也はそう言って、これからどうするかを考える。
こっちも二手に分かれさせようと考えていたが、アンデットの数はさらに増えている。下手に少人数で動くと孤立してしまいかねない。
しかし敵の数も減らしておきたい。
ならば、

「久遠、力を貸してくれ」
「くう?」

なのはの後ろについていた久遠が何かを問いかけるように首を傾げる。
その久遠に恭也は頷いた。

「人間の姿になって構わない」

恭也がそう言うと、久遠は軽い音を響かせ、その姿を少女へと変える。
それを見ていた大河たちは目を見開いて驚いている。それは少しだけ話を聞いていたリリィも同じだ。さすがに人間の姿になれるとは思っていなかったのだろう。

「あ、その娘って、あの時の!?」

真っ先のその少女が、初めて耕介たちと顔を合わせた時に現れた少女だとわかったのか、未亜が口に手を当てて驚きの声をあげた。
その未亜に、恭也は疑問を遮るように手を向ける。

「すまん、説明は後だ。お前たちは耕介さんたちと合流してくれ。俺は久遠と一緒に敵を引きつける」
「何するつもりだ?」
「いいから早くいけ。このままここでじっとしていても囲まれるだけだ。何をするかも説明している時間ももったいない」

そう言っている間にも、新たなアンデットたちが次々と現れ、大群となって恭也たちを囲んでいく。

「大河さん、行きましょう。おにーちゃんとくーちゃんなら大丈夫ですから」

恭也が何を考えているのか理解したなのはがすぐさま言う。それに久遠の変化の驚きやら何やらで、頭が混乱している一同も何とか頷いた。
そんな彼らを見ながらも、恭也は紅月を抜刀。

「道を作るから、お前たちはそこを通って学園の方へいけ。久遠、悪いがそれも手伝ってくれ」
「うん」

久遠が頷いたと同時に、恭也は紅月に霊力を纏わせる。

「洸桜刃!」

そしてその黒い霊力を、アンデットの大群の一角、学園に向かう道を塞いでいる方向へと解き放つ。

「雷!」

恭也に続き、久遠も雷をその黒い光が通った後に降らせ、その周囲のアンデットたちを駆逐していく。
黒い光と雷が通ったあとには、朽ち果てた肉塊と砕けた骨。通るには嫌な道であろうが、そんなことを気にしてもらっている暇はない。

「行け!」

その恭也の叫びに大河たちは従い、二人が作り出した屍の道を駆け出す。
彼らを追おうとするアンデットたちは、久遠の雷と恭也の剣に邪魔されて、それを諦めざるを得なかった。そもそもアンデットは機敏ではない。救世主候補たちの速度には追いつけない。
そのため残った恭也と久遠に狙いをつけたのか、敵は出来たばかりの道を塞ぎ、ゆっくりと二人との間合いを詰め始めた。
腐敗した肉の塊に、カタカタと全身から音を立てて動くスケルトンに囲まれる。一生夢に見そうな光景と体験であり、普通の人なら恐怖で動けなくなってしまいそうな現状だが、恭也と久遠はまるで気にした風でもない。

「久遠、いいか、積極的に倒さなくていい」
「くぅ? たおさない?」
「ああ、まだな。まずはこいつらを引きつける。ここにいるやつらだけじゃない、なるべく多くのやつを……」

そこまで言って、恭也は顔を上げ、そこから見える闘技場の外壁を軽く指さした。

「あそこまで誘導するぞ。そこで全力で雷を降らしてくれ」
「ぜんりょくでいいの?」

先ほど全力にはなるなと言っていたので、久遠は首を傾げて問いかける。

「ああ、あれは撤回する。それにあそこでならば問題はない」
「わかった」
「まずは適当に戦いながら、うまく闘技場まで誘導するぞ」
「うん」

それから二人はゾンビとスケルトンの間を縫うように駆ける。
恭也と久遠から見ても、やはりアンデットたちの動きは遅く、鈍い。脅威なのはその物量。しかしそれさえも、二人は機動力で捌き、さらにはアンデットたちを踏み台にし、飛び跳ねて群の中から抜け出た。
そしてそのまま簡単な迎撃をしながらも、アンデットたちを闘技場へと誘導していく。
付かず離れずでアンデットたちを動かす。途中で合流してくる群も加わり、アンデットの数は膨大なものになっていた。
すでにアンデットたちは思考力などないのだろう。二人に誘導されているということにも気付いていない。
アンデットたちはノソノソとゆっくりとした動作で二人を追いかける。端から見ると本当に気持ち悪く、夢に見るどころか卒倒してしまいそうな光景だ。
だがやはり二人はそんなこともお構いなしに闘技場へと突き進んでいった。





大河はトレイターをランスに変えて、目の前のアンデットを見ながら、恭也の講義を思い出す。

『いいか、本来ランスというのは馬上で使うものだ。それ以外の場所でならば他の武器を持った方がいいという代物だ』

基本的にランスは馬上で使われるもので、地上では使えたものではないと大河は教えられた。
長くて重いため、馬でなければ運べないというのが一つ。そして人間の力だけでランスを突き出してもパワー不足、馬の突進力があって初めて使えるものになるというという。
だから、馬がなくてはトレイターがランスに変化した所で、本来は使えたものではない。

『だが、これはお前には当てはまらない』

大河は救世主候補。その突進力は馬のそれを大きく上回る。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

大河はランスを突き出し、そのまま突進する。
その勢いは、まるで弾丸……いや、砲弾のようだ
数体のスケルトンをバラバラにしながら、ゾンビを跳ね飛ばしながら、辺りにいるアンデットたちを巻き込みながら、一直線に進む。
そして目標の全てを倒すと、足を地面に滑らせながら止まる。
ランスの一直線の突進では倒しきれなかったアンデットたちが、大河の目の前に動く壁のように迫ってきていた。

『同時にランスは、槍ではあるが突き『刺す』武器ではない。突き『倒す』武器でしかない。さらにその重さから腕だけでは突くこともできないし、突けたとしても力不足だ。それに叩いた所で重心が手元近くにあるせいで、大したダメージが与えられない。だから乱戦には向かない武器だ』

ランスはあくまで重量と突進力という威力で倒すものだから、一撃を与えてすぐに逃げる。一撃離脱の武器である。
故に、乱戦では捨てた方がいいくらいであり、大人数は相手にするべきではない。

『だが、やはりこれもお前には当てはまらない』

救世主候補であるが故に、力が大きく普通の人を上回る大河には、やはりそれは当てはまらない。
人の力を越えた力を持つ彼は、腕の力だけでランスを突くことができる。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

手首から肩までの力、たったそれだけの力で、大河はランスを突く。
一度では止まらず、何度も突く。
突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。
突いては引き戻し、引き戻しては突く。それがただの一瞬の間で行われ、幾度となく繰り返される。
本来ランスではできない使用法を、大河は使う。
突き刺す武器でなくとも、その形上から、速度と力さえあれば突き刺すことは十分に可能なのだ。無論、こんなことできる人間は大河の他にはいないだろうが。

アンデットたちは、その雨のような突きに何度も身体を穿たれ、スケルトンの身体は砕けていき、ゾンビは大きな穴を幾つも開けられて倒れていく。

「おっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そして、大河はランスを大きく払い、目の前の穴を穿たれて、倒れようとしているアンデットたちを吹き飛ばした。
重量があって横に攻撃しづらい上、重心が手元部分であるために、上から叩いても、横から叩いても……つまり払っても大したダメージを与えられないランス。だが、大河の力によって極限のスピードで払われたそれは、十分に凶器であった。




「お兄ちゃん、凄い……」

目の前でほとんどのアンデットを倒してしまった大河を見て、未亜は思わず呟いた。
恭也に言われた通り、知佳たちと合流するため校舎の方へ向かう途中、中庭で現れたアンデットの新たな群。それに大河はランスで突っ込み、今のように倒してしまった。
残った少数のアンデットを、リリィたちが倒し尽くすが、やはり彼女たちも驚いている。

「アイツ、いつのまにこんな」
「先ほどまで、凄く強くなってるとは思いましたけど、ここまでなんて」
「さすが師匠でござるよ!」
「本当に凄いですねー」

そんなことをリリィたちが口々に言っている間、大河がひょこひょこと戻ってくる。

「よし、とっとと行こうぜ」
「え、あ、うん」

大河の力に驚いていたが、それを自慢してこない兄に未亜はさらに驚いていたりした。
とりあえず全員が再び歩き出すのだが、カエデがすぐに大河の横へと出る。

「しかし、凄いでごさるなあ師匠。一体いつあのような戦い方を?」
「凄いって言ったって、全然恭也に効かなかったしなぁ」
「恭也さんに効かなかったって、あれがですか?」

ベリオの問いに、大河はため息混じりで頷き、そのときのことを思い出す。



「必殺!」
「ん?」
「乱れ突き!」

と、大河は乱突きを放ったのだが、恭也は幾つかかわした後、小太刀を振るう。それは大河のランスをすり抜けて、彼の腹に峰を直撃させた。
すぐに大河は倒れ、腹を押さえてのたうち回る。

「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉぉ! せ、折角開発した必殺技が簡単に!」
「阿呆。一人を相手に出すには無駄が多すぎだ」



まあ、そんなことがあったため、大河も自慢できないのである。普通に考えればかなり凄いものであるのだが、恭也に簡単に返されたため、凄いものと感じられないのだろう。
だが、改良すれば複数の敵を相手にする時に使えると恭也に言われていたので、今回使っただけである。
まあ、そんなこと一々は話すこともない。
それよりも早く知佳たちとの合流した方がいい。
すぐに大河たちは校舎の方へと駆け出そうとする。
そんなときだった。
いきなり轟音が聞こえた。
それに全員が驚き、音が聞こえた方向を振り返る。
そこは闘技場。その闘技場に閃光とともに光りの筋が何度も落ちていた。それは巨大な雷だ。巨大な雷が豪雨のように降り注いでいる。

「な、何あれ?」

その巨大な雷に、未亜は目を見開いて呆然とした声を上げた。

「やっぱり、くーちゃんと残ったのはこのためだったんだ」
「くーちゃん……ってなのはさん、あれって、まさか!?」
「はい。あれはくーちゃんが降らせてるんです」
「うっそだろ」
「とんでもないでござるな」
「恭也が勝てない……って、あんなの誰も勝てないわよ」

ここから闘技場まではそれなりに距離がある。それなのに大きさがよくわかる。あの雷がどれだけとんでもないのかが、彼らにもわかった。
あんな雷、魔法使いだって使うことはできない。
久遠のことは皆がそれほど説明を受けているわけではないが、人の姿に取れたのだ。他に何か別の力を持っていても不思議はない。
その力を見て、思わず足を止めてしまっていた一同の前に、新たなアンデットたちが現れる。
雷に見とれている暇はないと、それぞれが召喚器を構えようとした時、

「楓陣刃ぁっ!」
「サンダーブレイクッ!」
「レイダット・アダマー!」

一陣の光が、放電する雷球が、極大の雷が、大河たちの前に現れたアンデットたちを蹂躙していく。

「耕介さん、知佳さん!」
「リコ!」

その攻撃を放ったのが誰なのかわかったなのはとリリィは、すぐさま振り返る。
そこにいたのは、やはり耕介とリコ、そして背に翼を展開している知佳である。

「今のってまさか、霊力?」
「それに知佳殿の背にある翼は?」
「ま、ま、ま、まさか天使!?」
「おおう! 知佳さんに翼! すっげえ似合ってる! ってことで、その翼で抱きしめて!」

先ほど知佳の翼を見ていたリリィはそれほど驚いていないが、耕介の霊力に未亜が驚き、知佳の翼にカエデもやはり驚いていて、神に仕えるベリオはどこか顔を真っ青にしている。そして知佳に飛びつこうとしていた大河は、全員に吹っ飛ばされた。
そんな彼らを見て、呆れのため息が一つと笑い声が一つ。

「お義母様!?」
「ダリア先生!」

耕介たちの後ろから現れたのは、学園長のミュリエルと自分たちの担任であるダリアであった。




「久遠、大丈夫か?」
「うん。もうちょっと大丈夫だと思う」

恭也の質問に、大人の姿になっていた久遠は、笑いながら頷いた。
この闘技場にアンデットたちを誘い込んで、久遠は大人の姿になり、その強力な雷を何度も落としていた。ここならば久遠が大きな力を使っても被害はでないのだ。
ただ、久遠もあまり力を使いすぎると大人の状態でいられなくなる。そもそも大人の状態でいることこそ燃費が悪いのだ。
もちろん恭也とて何もしていないわけではない。久遠の雷は周囲に放っているため、彼女の傍から離れるわけにはいかないが、霊力を放ったり、たまに近くまで来てしまったアンデットを斬ったりしている。
そのおかげでアンデットの数は大分減った。おそらく学園内のはだいたいこの闘技場に集まっているだろうし、集まったのも半分以上が久遠の雷と恭也の攻撃で倒された。
それでもまだかなりの数のアンデットが残されている。
久遠もさすがにこれだけの雷をコントロールするのが難しいのか、いくつかが観客席に落ちる。だが、そんなことを気にしている暇はない。
と、思っていたのだが、

「うっきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ですのー!」

そんな声と共に、観客席から何かが落下してくる。さらにそれはゴロゴロと転がって恭也たちの足下に倒れ込んだのだった。




大河たちは闘技場まで駆けていた。
あそこで耕介たちと応援に来たミュリエルらと合流し、彼らから校舎側の方のアンデットは掃討したと聞いた。もう闘技場以外の場所の敵はほぼ倒しただろうということも。
ならばと大河たちは恭也と久遠が戦っているであろう闘技場に向かったのだ。
もちろん全員が耕介の霊力と知佳の翼のことを聞きたそうな表情をしていたが、今は戦闘中だ。説明などはそれが終わってからでいい。
とそのとき、

「うっきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ですのー!」

そんな悲鳴が、闘技場の中から聞こえてきた。
ですのー、という間延びした悲鳴のために酷く緊張感が湧かない。
その悲鳴を聞いて、なのはと未亜が目を瞬かせた。

「あの、今のですのーって」
「えっと、ナナシさん、かな」

あの語尾は、救世主候補たちも耕介たちも聞き覚えがある。とくにあの食堂での戦いを思い出したのか、大河と耕介は顔を引きつらせている。

「あのゾンビ娘、他のアンデットたちと一緒に誘われたの?」
「で、でも一応悲鳴を上げてますし」
「しかし、まったく緊張感がない悲鳴でござるなー」
「なぜか力が抜けます……」
「な、なんでなのかなー。悲鳴のはずなのに、こうガクッとくるね」
「あー、なんかすんごい嫌な予感すんなぁ」
「ああ、大河君も? 何か俺もあの子なら何か起こしそうな気がして怖いよ」

救世主候補たちも、耕介たちも少しは脱力気味。

「あらん、内緒話はよくないわよぉ」
「今の悲鳴がなんだと言うんです?」

よくわかっていないのはダリアとミュリエルだけだった。




「うう、せっかくいい気持ちで寝ていたのにですのー」
「いや、よくあの轟音の中で寝ていられたな。というか腕が取れているぞ、ナナシ」
「とってくださいですの、恭ちゃん」
「やはりその呼び方か」

と呟きながらも、恭也は目の前に落ちていたナナシの腕の拾って渡してやると、彼女はありがとうございます、ですのー、などと言いながら受け取った。

「恭也、知り合い?」
「あー、まあな」

久遠に聞かれ、どこか疲れた表情で返す恭也。
何というか、緊張感が失われてしまい、久遠も雷を止めてしまっていた。
ちょうどそのとき大河たちが闘技場の中に突入してきた。そしてそのまま辺りのアンデットたちを蹴散らして二人の傍による。

「恭也君!」
「おにーちゃん、くーちゃん!」
「マス……恭也さん、大丈夫ですか!?」

知佳、なのは、リコが同時に言葉をかける。
だがすぐに恭也の隣に立つ美女に皆さん視線がいき、リリィ、未亜、リコの視線が鋭くなる。知佳やなのははもちろんその正体を知っているので、何とも思わないのだが。
だがもっとも反応したのは……。

「きょ、恭也、誰なんだそのスタイル抜群な美女は!? ってか獣耳に尻尾、しかもなんか巫女さんっぽい服だが、太股ばっちり見える扇情的な格好はもう俺を誘ってるとしか思えませんよ!」

大河、状況を忘れて暴走。というか今日はよく暴走する日だ。

「彼女は久遠だ。あと言葉遣いが変だぞ」

大河はそんな恭也の冷静な返答を聞いてさらに騒ぎ出す。

「子狐から少女へ、少女から大人へ二段変身!? なんだその一粒で三度美味しいステキ設定は! 天使美女の知佳さんといいお前の周りはそんなのばっかりか!? っていうか天使なら真っ裸が基本だろ! ついでにやっぱり狐の変身シーンは一瞬でも真っ裸になったりするのか!? ならば美女変身バージョンをぜひ見せてくれ!」
「暴走するのは後にしろ」
「うぉぉぉぉぉぉぉ! だからって突っ込みに飛針は反則! 頭冷やす前に突き刺さるわ!」
「ちゃんと反応して避けたな」
「なんだその成長したな的な頷きは!? ここはそんな成長を嬉しがるような場面なのか!?」

状況を忘れて漫才を始める二人のおかげで、リリィたちの態度は元に戻った。もっとも美女の正体が久遠とわかり、驚いているのだが。

「まさか、あれが……」

その中で驚いた顔を見せたミュリエルが、久遠ではなく大河の腕に縋り付いてたナナシを見つめている。

「ダーリン、ダリーン、ナナシ腕が取れちゃったんですの、くっつけてくださいですのー」
「だー! お前も後にしろ! 今取り込み中だ!」
「アンタの取り込み中って、知佳さんたちのことなのか、恭也との漫才なのか、アンデットたちのことなのか、どれなのよ?」
「全部だ! いや、漫才は心底どうでもいいが!」

さらに騒ぐナナシと大河、突っ込むリリィ。
何かもう滅茶苦茶だ。
そんな緊張感が根こそぎ奪われた時、いきなり地面がボコリと盛り上がる。

「ちっ、大河! 新手だ!」

恭也が叫んだ瞬間、地中から数体のスケルトンが再び現れた。一体は大河の真後ろ、もう何体かは恭也と久遠目の前に現れる。
大河は舌打ちしながら隣にいたナナシを抱えながら前へと飛んで、いきなり現れたスケルトンの攻撃をかわす。
恭也と久遠も、そのまま後方へと下がる。
恭也と久遠、リリィたち、そして大河とナナシ、完全に分断されてしまう。
それと同時に周りにいたアンデットたちがゆっくりと包囲網を狭めてきた。

「久遠!」
「ダメ! 雷を落としたらなのはたちを巻き込む!」

恭也の呼びかけの意味を正しく理解した久遠は、すぐさま返答する。
元々威力が大きすぎるからこの場所を選んだ。だが味方たちと分断され、彼らが効果範囲に入ってしまった。そしてそれは魔法使いたちの強力な魔法も同じだ。

「仕方がない。全員各個撃破だ! 大河はナナシを守れ!」

増援分を合わせて相当な量のアンデットたちがいる。だがこちらも人数は多くなったし、それぞれが相当な使い手だ。そう簡単に倒されるものではない。
……ナナシとダリア以外……全員が恭也の言葉に頷き、次々と周りにいるアンデットたちを屠っていき、その数を少しずつ減らしていく。ちなみにダリアはなぜかキャーキャー言いながら逃げ回っているのだが、その表情はいつも通りに緩い笑顔だ。

そんな中で、大河はナナシを庇いながらアンデットを相手にしていた。

「うあー、守りながら戦うってのは難しいな! たくっ、恭也のやつ、仕事の時はいつもこんなふうに戦ってんのか?」

さすがにこんな混戦の中で、守りながら戦うという経験は恭也もないのだが、大河はそんなこと知らないので、やっぱあいつは凄いわ、とか思っていた。

「ダーリン、ダーリン、ガイコツさんたちとダンスですの?」
「おまーは俺が剣やら何やらをブンブン振り回してんのが見えんのか!? というか生前が美女だったとしても骨だけになった女とのダンスなんてごめんだ!」


大河はアンデットたちを切り飛ばしながら、律儀に背後のナナシへと叫ぶ。
だがナナシは緊張感なく首を傾げた。

「えっと要するに、このガイコツさんたちに、おいとましていただきたいという訳なのですねー?」
「ああ、ああ、おいとまでも、叩き出すでも何でもいいからどうにかしたいんだよ!」
「それなら、ナナシにおっまかせー、ですのー」
「は? お前、何言って……?」

ナナシの訳のわからない言葉に大河が思わず振り返ろうとした瞬間、その横をナナシが駆けだした。

「ばっ……!」

バカと叫ぼうとした時にはすでに遅かった。
見えるのは、アンデットの間をすり抜けながら駆けるナナシの背中。
何とかナナシを止めようと大河も走り出そうとするが、スケルトンが邪魔をする。

「クソッ、邪魔だ!」

叫んでも目の前のスケルトンは退かない。大河は目の前のスケルトンと戦いながらも、ナナシを目で追いかける。
彼女はいつのまにか中央にいた。全ての戦場の中央、闘技場の中央。だが、中央だからこそアンデットたちはナナシへと殺到した。

「ナナシ!」

大河が彼女の名を……自分がつけてやった名を叫んだ瞬間、閃光が広がった。
思わず大河に限らず、その場にいた全員が一瞬だけ目を瞑った。そして、次に目を開いた時には、目の前にいたスケルトンを含め、全てのアンデットが粉砕されていた。

「なん、だ?」

その光景に大河はポカンと口を大きく開けて呟くが、それはその場にいたほとんどが同じような感じであった。
大河はその口を閉じて、視線を足下に下げる。

「お前、何やったんだ?」
「んふふー、ダリーンとナナシの愛のコラボレーションですのー」
「いや、俺なにもしてないし」
「そんなことよりも拾ってくださいですのー」

今まで大河が話かけていたのは、足下に転がっていたナナシの『頭』である。
なぜかバラバラになったアンデットたちとともに、ナナシの身体もバラバラになり、その頭が大河の足下に転がっていたわけである。
生首が話している姿というのは、見ていてあまり気持ちのいいものではない。
とりあえず大河は、仲間たちを見渡し、

「あー全員、アンデットたちの残骸の中からナナ子のパーツを見つけてくれー」

とどこか疲れた声で言った。
言われた仲間たちは、ゆっくりと土に還ろうとしているアンデットたちの一部を眺めながら、凄く嫌そうな顔を見せたのであった。


こうして耕介たちも交えた学園内でのアンデット掃討戦は終わった。それもあまりよくわからない終わり方であった。
しかし、耕介たちのその実力を確かに救世主候補やミュリエルたちに見せつけた。







あとがき

また会話ばっかりの話でしたが、耕介たち参戦でした。まあほんの少しですが。
エリス「遅いのか早いのか」
遅いだろうねぇ。
エリス「にしても、大河が強くなってるねぇ」
そだね。とは言っても今のところ多対戦特化型、もしくはモンスター戦特化型。さらにランスのあんな使い方は大河にしかできないけど。普通なら手首やら腕やらおかしくなる上に、攻撃にすらならないだろうけどね。
エリス「救世主候補だからできるってことだね」
そうだよん。剣の使い方はやったし、ナックルはまあ説明不要だし、今回はランス。次は斧だなぁ。これはこれで面倒だ。大河だからこそできる使い方をさせたいけど。
エリス「三節混とかピコピコハンマーとか爆弾は?」
あー、ピコピコハンマーはたぶん戦闘では使わない。いつか恭也への突っ込みで使わせたいけど。爆弾は投げるだけっていうか、自分が近代兵器やら爆発物系の知識がない。三節混はわかるけど、でもやるかはわからない。ってか三節混とかピコピコハンマーなんて作中ではまだ一回も使わせてないし。
エリス「まあ、とりあえず今回でナナシも出てきたし、早く次へといきなさい」
了解。
エリス「それでは、ありがとうごさましたー」
ではー。







アンデットの方は無事に解決だな。
美姫 「耕介たちの力も見せてしまったけれどね」
果たして、この事が良かったのかどうか。
美姫 「まあ、恭也編では隠しておく必要もそうないような気もするけれどね」
さてさて、次回はどんなお話になるのかな。
美姫 「楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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