『選ばれし黒衣の救世主』










無色の風が木々を揺らす。
 それによって落ちる葉。
その舞い落ちる木の葉の中に恭也はいた。
 ただ無造作に立つ恭也。
恭也の手元が一瞬揺らめいたかと思った瞬間、彼の目の前を通り過ぎようとした木の葉が真二つに裂けたあと、すぐに粉々に砕けて、まるで粉雪のように風に乗って飛んでいく。
それを見届けることもなく、恭也は深々とため息をつく。
そして、本当にいつの間にか抜いていた八景を見つめた。

「……駄目、か」

あの時デザイアを砕くために自身が放った技。
突如として目の前に現れた光。その光に小太刀を滑らせた。
 あれは間違いないはずだ。

御神流斬式・奥義之極 閃

 かつてにも一度だけ放ったことがある究極の斬撃。
今放った、あんな速さと力任せな紛い物ではない、絶対不可避の剣。

「一度や二度使えた所で体得できるものではない、ということか」

まぐれで使えただけの斬撃。
 奥義之極……やはり御神の最奥はそう容易く体得できるものではないらしい。
あの光すら、すでに見ることはできない。
恭也は少しだけ苦笑したあと、八景を鞘に戻して歩き出した。
 今日は他にしなければ……聞かなければならないことがある。





第三十四章 主と精霊の一日





「マスター……」

 リコは自分の部屋のベッドに座り、膝を抱えながら最愛の主を呼んだ。

「マスターの役割……」

彼女は全てではないかもしれないが、それに近いほどのことを知った。
だがそれは……。
 
「私は……」

 リコは顔を膝に埋め、弱々しく呟いた。




それはデザイアと戦った次の日。
 リコは手に赤い書を持ち、誰もいない痩せこけた木しかない森の中にいた。
その手に持つ書は、強く輝いていた。まるでこの場で全ての力を放出させようとしているかのように。
 さらに書は強く輝き、とうとうリコの身体すらも光で包み込む。
リコは苦しげな表情をとりながらも、その光を消そうとはしない。
 光はさらに大きくなっていき、その度にリコは激痛に耐えるかのように苦悶の表情をとる。
 そして、

「あなた何考えてるの?」

唐突に声が聞こえ、リコが振り返れば、そこには炎のように紅い服を着た、やはり炎のように紅く長い髪を持つ可憐な少女が、その姿に似つかわしくない表情を張り付けて立っていた。
その姿を見て、リコはようやく魔力を押さえ、光を打ち消した。

「世界に散らばる赤の書を同時に使って何をしたいわけ? 探索? 人捜し?
 どちらにしろあんなことしてたらページをすぐに使い切るわよ」

唐突に現れたレティアは、どこか無表情に、だが怒気を含ませた声をリコに向けた。
 赤の書一冊一冊がリコ自身でありと、その本体とも言えるこの世界のリコと繋がっているものの、さすがの彼女でも膨大にあるその全ての書を同時に把握することはできない。そのために世界に散らばる赤の書には、リコを元としたかなり薄い自己が持たされている。
だがリコは先程まで、アヴァターを根幹とする世界の数だけある赤の書へと同時に本体である自身に繋げていた。
一冊ずつならともかく、膨大な数が存在する赤の書全てに繋げ、幾つもの世界の様子を探る。人間で言えば、脳の中へと膨大な量の映像や音、情報を同時に叩き込むようなものだ。
 普通の人間なら発狂する。
 さらに数が多くなればそれだけ魔力も使うし、彼女を構成するページさえ使われてしまう。
 それがわかっているからこそ、彼女の前に現れたレティアは怒りをみせていたのだ。
だがリコも無表情にレティアを見つめた。

「あなたがどこの世界にいるのかわかりませんから、こういう方法を取りました。どちらにしろああやればあなたは絶対に気付く。あれに生み出されたあなたは、世界の異変を感じる力は私と同じくらい強いと思ったので。膨大な数の赤の書が同時に使われればあなたが気付かないわけがない」

つまりリコはレティアを見つける……いや、呼ぶためだけにあれだけ無茶なことをしていた。

「それに……」

 そこで一端言葉を切り、リコは無表情を止め、目を鋭くしてレティアを睨み付けた。

「何を考えてる? その言葉はそのままあなたにお返しします」
「何言ってるのよ」
 
 レティアは本当に言われてる意味がわからないらしく、目を瞬かせて不思議そうに聞く。

「本当に……何も知らないんですか」
「だから何を」
「恭也さんが……マスターがあんなに危ない目にあったのに! あなたは何をしていたんですか!?」

その言葉を聞いて、レティアは多少驚いた表情を浮かべたものの、すぐに元に戻る。

「何かあったみたいね」

それは本当に冷静な声。
それにリコは思わず目を見開いてしまう。主が危険な目にあったというのに、どうしてそんなに冷静でいられるのか。

「何かって……それでけ……ですか?」
「他に何を言えばいいの?」
「あなたは! あなたは自分の主をなんだと思っているんですか!?」

 リコは激昂し、その怒りに反応するかのように魔力が暴走して、あたりに強風を巻き起こす。
その強風を正面から受け止めて、長い髪をなびかせながらも、レティアはやはり表情を変えない。

「私はマスターを信じてるもの、どんなものと相対しても絶対に負けないって」
「そんなの理由になりません! 主が危険な目にあっているのに、その従者がのうのうと……」
「あなたに何がわかるって言うのよ!」

リコがさら叫ぶ前に、レティアはそれ以上の叫び声で、その続きを遮った。

「ええ、あなたはいいわよね! マスターの傍にいられるんだもの! 私はそれすら許されない! 使命だとかなんだとかそんなもののために、私はマスターと一緒にいられない! それでも! それでも私はマスターとマスターの大切な人たちを守るためにそれを受け入れた!
 それがなかったら、今すぐにでもあの人の傍に行ってるわよ! マスターを傷つけるものは何であろうと無に返してやるわ!」

初めて、レティアは激情に任せて叫ぶ。
 それはリコだけではなく、恭也すらも見たことがない激しい感情の渦。

「でもまだ私には無理なのよ! 私が傍にいれば、全てが台無しになるかもしれない。マスターという存在はばれていなくても、私という存在はすでにばれてる。私はアイツにマークされてるかもしれない。その確証はなくても、可能性はある。
 マスターと会う、そのためだけに、私はいつも細心の注意を払って会わなくちゃいけない。そのために一緒にいられる時間すらも計算して。このぐらいの時間なら感づかれない、大丈夫って、もう少し一緒にいたいけど、でも駄目だって言い聞かせて。
 だから私はあの人の傍にいられない。全てを知れば、あの人だってそんなこと望まない……だから私は私のできることをしてる。その間は、マスターを信じることしかできない」

 悲しみの表情をみせながらも、レティアはリコを見た。

「だからマスターをあなたに任せた」
「あ……」

その言葉を聞いて、リコは思い出した。

『赤の精……一応、マスターのことを頼むわよ』

言われたではないか、彼女からマスターを頼むと。そしてリコはそれに言われるまでもないと答えた。
確かに言われるまでもないというのは、リコの中では今でも変わっていない。
 だが、

(私には……何も言うことはできないんですね)

 そう、リコは傍に居ながら結局主を危険な目に合わせ、助けることすらできなかった。
 だから何も言う権利などなかったのだ。
 そして、それはレティアも同じだ。傍で守れない彼女に、リコを責める権利はない。
お互いが最初から責める権利など持ち得ていなかったのだ。

「それで何があったの?」

 その言葉とともに今まで通りの表情……どこか外見以上に大人っぽい笑みをみせるレティア。その裏にどれだけの葛藤があるのかはわからない。
 リコも何とか自分を落ち着ける。聞きたいことはまだあるのだ。
 それを考えて、リコは先日あったことを包み隠さず、全て話した。
レティアもデザイアの事は知っていたらしく、説明は簡単だった。
だが恭也が自身の身体能力を上げ、環境と運を味方に付けていたことを話すとレティアも驚いていた。
 全てを話終えると、レティアは難しい表情をみせる。


「確かに、契約段階を上げたから権限が発動する可能性はあったけど、デザイアに乗っ取られていた時になんて……ああ、なるほど、それならありえるわ」

 そんなことを呟きながら何かを考えている。

「権限……やはり恭也さんは『殺す』権限を持ってるんですね」

 レティアの言葉の中にあった権限という単語を聞き、リコはやはりという感じで言う。
 だが、

「何言ってるの?」

 レティアは心底不思議そうな顔でそんな風に聞き返した。

「だから恭也さんにも『 』と同じく権限が与えられているじゃないんですか?」
「それには肯定するわ。だけどマスターに与えられたのは『殺す』なんてものじゃないわ。もっと曖昧な権限よ」
「曖昧?」

レティアの言う意味を正しく理解できず、リコは首を傾げる。

「ええ。どちらにしろ『殺す』なんていう権限が生まれる余地はなかったと思うわよ。システムの感情からして『消す』っていうのならありえたかもしれないけどね」
「システムとは?」

言葉通りの意味ではないだろうと、リコがそれについて聞くと、レティアは少し考えてから答える。

「あなたがどういう呼び方をしているかは知らないけど『あれ』のことを私はそう呼んでるのよ」
「システム……集合体ですか」
「正確な呼び名ではないでしょうけどね。複数の要素があるわけでもないし、集合体というのもまた変な感じで、どちらかというと個に近いと思うけど、基本的に決まったことをやるだけだからそう呼んでるの。単純に意思と呼ぶには意思がなさすぎるから」

レティアはそこで一度言葉を切る。

「話を戻すけど、結局マスターに与えられたのは、もっと曖昧なものになった。『殺す』とか『消す』とかそんな限定的なものだったならよかったんだけど」

レティアはそこで肩を竦める。
つまりはリコが辿り着いた答えの一部を否定。

「もしそれほど限定的な権限であったなら、その時は絶対に権限は発動し得ない。曖昧であるからこそ、あなたたちを相手にも権限が発動してしまった。
デザイアは確かに乗っ取った人間が持つ能力を全て使えるけど、これだけは別。デザイアだろうが何だろが、マスター……高町恭也という意思がなければ絶対に発動しない。言ってしまえば誤作動……いえ、勘違いしたとでも言えばいいのかしらね。ただそれが悪い方向に向かってしまった」
「誤作動……勘違い?」

 先程から訳のわからない単語ばかりで、リコは目を大きく開く。
それを見ていたレティアはやはり何かを考え、

「そう……ね。あなたには話しておいた方がいいかもしれない。
 できれば、今後しばらく……破滅との戦いが本格化するまでは発動してほしくないし。まああれはあくまで武器のようなものとして用意されたものだけど」
「武器ですか」
「そうよ。権限は私と一緒であくまで補助。本当の切り札はマスター自身だもの。それでも『殺す』とか『消す』とかだったならそっちの方が簡単だったんでしょうね」

そう言って、レティアは語り出す。
 恭也に与えられた力についてを。




 あのときのことを思い出してリコは再びため息をついた。
レティアの説明で、デザイアに侵食された恭也があそこまで戦闘力を上げた理由は理解できた。確かに、恭也にそのような力が与えられているのなら、あのときその力が発動してもおかしくはない。
だが、レティアは恭也自身が切り札である理由は語らなかった。
それも今はいい。
 ただ今まで忘れていたこと。
 恭也はいつかあの存在と戦うことになる。その時、自身は役に立てるのかとリコは思い始めていた。
あのデザイアの時とて、役に立てなかったというのに。

「ダメ……ですね」

 リコは、自分はいつからこんなに弱くのなったのかと自問する。
 今までいた幾人もの主たち。そのとき自身が主のために存在しているということを疑ったことなどないし、今でも彼女らの役に立てていたと思っている。
 最後には、そのほとんどの者たちが死してしまったとしても、それでもリコは主のためにと行動してきた。
主と協力し、様々な困難を切り抜けてきたのだ。
 今回とて同じはず。似たようなことはいくらでもあったし、似たような失敗だってあった。なのに今回だけは、自身が許せなくてたまらない。
際限なく落ち込んでしまう。
 
 もう一度リコがため息をついたとき、唐突に部屋のドアがノックされた。
 この部屋に訪れる者などほとんどいない。今までもそうだったし、これからもそうだろうと思っていた。彼女はその生涯のほとんどを……主がいないその間は、孤独に過ごしてきたのだから。
 リコは出ようとも思ったのだが、どうにも誰にも合いたくないと気持ちがあり、そのノックを無視しようとした。
 だが、

「リコ? いないのか?」

そのドアの向こう側から聞こえてきた声に、リコはハッと顔を上げる。

「きょ、恭也さん!?」

その声を聞いた時点で、無視などというのは忘却の彼方となり、すぐさまベッドから立ち上がる。
 そして救世主候補に与えられる大きな部屋を駆けるのだが、ずっと座っていたためか、足がもつれて転んだ。
そりゃあもう顔面からビターンと思いっきり。

「あう!」
「リ、リコ!? 何かあったのか!?」

リコの声と転んだ音が聞こえたのだろう、ドアの向こうから恭也の慌てたような声が聞こえてくる。

「な、なんでもありません、大丈夫です」

見られたわけでもないが、何か猛烈に恥ずかしくなり、リコは顔を赤くしてから、彼女自らドアを開けた。
 そこにはいつも通り黒い服を纏った恭也がいる。
 その姿を見て、リコはなぜだか安堵した。

「リコ、少し鼻が赤いのだが」
「なんでもありません」

転んだ時にぶつけたであろう鼻を意識しながら、リコは答えた。
そのリコを見て、恭也は苦笑する。

「マスター……」

 リコは笑われたからなのか、照れ隠しなのか、憮然とした表情で恭也を下から睨む。

「いや、すまない」

謝りながらも恭也は苦笑を消さず、そのままリコの頭を撫でる。

「それとマスターではないだろう」
「今は誰もいません」
「それはそうだが」
「二人きりの時はいいと言ってたじゃないですか」
「わかったよ」

やはり苦笑したまま、恭也はリコの頭から手を離す。
リコはそれが少し寂しかったりするのだが、恭也はやはり気づかない。
だがすぐにリコは真面目な表情になって恭也を見た。

「それでマスター、私に何か用が?」
「そうなんだが……ふむ、そうだな。たまには一緒にでかけないか?」
「……え?」

何を言われたのかが理解できなくて、リコは目を瞬かせる。

「リコとどこかに出かけたことはなかっただろう? 今日は休みだし、たまには出かけないか? 話はその途中にでもすればいい」

それは俗に言うデートでは?
 とリコはそんなことを考え、

「行きます!」

 答えを考える間もなく、リコの口は勝手に動いていたのであった。




 町に出て、二人は色々と店などを見て歩く。
 恭也はあまり詳しくないので、リコに聞いていたのだが、彼女自身あまり詳しい方ではないらしい。
 だがまあ、恭也はそれでも構わなかった。
どちらかというと散歩のようになってしまっていたが、それでもリコは嬉しそうだ。
 最初恭也は、リコに聞きたいことがあっただけなのだが、彼女と会ってみるとなぜか少し沈んでいるよう見えたのだ。
 だから、恭也は彼女の気分転換を兼ねて誘った。
もっともリコは恭也と一緒だから嬉しいのであって、これが一人だったり、他の者が相手であったりなら、こうまで嬉しそうな顔は見せなかっただろう。
それから二人は食べ物を買い込み……リコのために大量に……展望台へと移動した。
そしてそこで二人は食事を採り始める。
リコの食事を見ていると、普通の者は食欲をなくしそうなものだが、恭也は別段気にした様子もなく食事している。
 恭也自身も普通の者よりはよく食べる。

「美味いな」
「はい」

二人は微笑みながら会話をし、食料を胃に収めていく。
 二人の食べる量からして、すべての食料がなくなるのにさしたる時間はかからなかった。
 そうして二人は展望台から見える町並みを眺め始めた。
だがリコは、町から視線を離し、恭也の横顔を見た。

「マスター、何か話があったのですよね?」
「ああ」

恭也は少し考えて、それから口を開く。

「リコはレティアと連絡をつける方法を知らないか?」
「紅の精と……ですか」

 それを聞いて、リコは我知らずに落胆する。
 つまり恭也はレティアに会いたい。そして、何かを聞きたいのだろう。
それがわかり、リコは手に力を込める。

「私では……役に立たないことなんでしょうか……」
「ん? そんなことはないが」
「では、なんで紅の精なんですか?」
「いや、レティアはリコよりも長く生きているというから、あいつなら知ってるのではないかと思ってな」

恭也の聞きたいこと。
 それはある意味、この世界では謎とされていることだ。だからリコも知らないだろうと思って、レティアと連絡を取りたかった。

「それは私は聞いてはいけないことですか? 役には立てないことですか!?」

 リコは思わず叫ぶ。
 まるでレティアの方が役に立っている恭也に言われているようで……。

「リコ」

その剣幕に、恭也の方が驚いていた。
 まさか叫ばれるとは思っていなかった。
少しリコの事を考えていないような言動であったかもしれない。

「すまない。リコが役に立たないとか、リコに話せないというわけではないんだ」
「それなら、私にも相談……してください。私はマスターの僕なのですから、マスターの役にたちたいんです」

恭也はその言葉を聞いて、言いたいことがあったが、今は止めた。

「じゃあ、聞いてくれるか?」
「はい」

リコが頷いたのを見てから恭也は話し始めた。
あのときからずっと考えていたこと。

「召喚器は、元は人間じゃないか、と思ってな」
「召喚器が……人間?」
「ああ」

デザイアに支配された恭也。そのとき恭也はデザイアと繋がった。
 そうしてその時に見てしまった。
 はっきりとしてものではなかったし、酷く曖昧な映像と消えそうな感情のようなものでしかなかった。それでも……。

「デザイアは人だったんだと思う」

 そこには人としての意思があった。
 いや、デザイア自体には意思というよりも、本能だけだったが、そのときに視た映像は人だった。

「彼女が人であったとき、何かを大きく憎んでいた。何かを求めていた。何かを欲していた。何かに絶望していた。そして戦って戦って、何かを得ようとしていた。
 その程度のことしかわからなかったが、それでも彼女は人間として生きていた」
「なぜ人がデザイアに……」

リコも召喚器についてはよくわからない所が多い。
 召喚器は彼女が生まれる前からあったし、彼女としては救世主を選別するための道具としか思っていなかったのだ。
 それが人であったなど思いもしなかった。

「そこまではわからなかった。ただ彼女は幸せになりたかった。幸せを求めてた。そんなどこまでも人間としての欲望しか持ち合わせていなかった。それは俺たちと何ら変わらない。人が人として存在するなら、絶対に持っている欲望、それだけ。だけど戦い続けることで、その元の欲望がわからなくなり、ただ何もかも手に入れようとしていた。
 だが結局最後まで何も手に入れることができなかった」

恭也がデザイアと繋がったことでわかったのは、その程度のことだけ。
 それでもそれは人間だった。
 どこまでも人だった。
悲しいまでに人間で、何か大切なものがあって、それを守りたくて、手に入れたくて、そして幸せなりたかった。それは純粋なものであったはずなのに、戦い続けることでゆっくりと歪んでいった。
最後には、守りたかった人も殺し、全てを壊し尽くした。
それが今、なぜ元とはいえ召喚器として存在しているのかが、恭也にもわからないのだ。そこまでは視ることができなかった。
だからレティアに聞こうと思ったのだ。

「デザイアが元は人だったというのなら、召喚器は全て……」
「ああ、俺もそう思った。最初は斬神に聞こうと思ったのだが、眠っているせいなのか、全く応えてくれない。だからレティアに聞こうと考えたんだ」

リコはそんな恭也の言葉を聞きながらも、深く考えていた。
 召喚器の正体が人。
 確かに召喚器には意思がある。だがその意思がまさか人としての意思だったとは。
 なぜ人が召喚器になるのかまではリコにもわからない。
そうまで考えて、リコは唇を噛み締めた。
 結局、役に立てないではないか。
 知識は大量にあるはずなのに、それなのに今それが役に立てていない。彼女が知らないこと。
 役にたちたいなどと言って、この体たらくだ。
 最初に恭也がレティアに相談しようとしたのも頷ける。

「すみません……私には……」

 リコは顔を伏せて、悔しそうに言う。
だが恭也は、

「いいんだ」

 そんなリコに気にするなとばかりに言う。

「レティアに聞くのももういい」
「ですが……」
「リコに聞いてもらえただけで良かった」
「そんな!」

召喚器が人であった。
 それはきっと重要なことだ。レティアがその意味を知っているかどうかはリコにもわからないが、それでも知っている可能性はある。
 それが恭也の役にたつというのなら、リコはレティアを呼ぶつもりだった。
 あの危険な方法で。

「いや、いいんだ。ほとんど俺の興味のようなものだからな」

それでも恭也は少し笑って言う。
 だが、それが嘘だとリコにはわかった。興味だけで恭也がそんなことを聞いてくるとは思えないのだ。
 有益な情報になるかもしれないという感じなのかもしれない。

「すみません……私、まったく役にたてていませんね……」

リコは唇を噛み締めて、そう漏らす。
だが恭也は優しくリコの頭を撫でて首を振った。

「俺はリコを僕だとは思ってない」
「…………」

恭也のその言葉を聞いて、リコは見放されたと思い、目の前が真っ暗になった。
僕であることを、主の従者であることを否定されたのだ。それはつまり……。
 だが、恭也はすぐに続きの言葉をリコに言う。

「それにいつも俺はリコに助けられている。ある意味パートナーのようなものだと思っているが、それなのに俺の方がリコを助けてやれてるかどうか」
「マス……ター……?」

パートナーという言葉を聞いて、リコは呆然と恭也の顔を見た。
 恭也はリコとの関係はそういうものだと思っていた。初めてレティアと出会った時、彼女がそんなことを言っていたためだ。
レティアがパートナーであるならば、リコとて同じようなものではないかと考えたのだ。
 その彼女をここまで落ち込ませていたと、恭也は気付いていなかった。
 だがおそらくデザイアに取り込まれた時のことで、リコに何かしら責任を感じさせてしまっていることに、恭也も気付いていた。
リコの言葉を聞く限り、彼女が役にたてなかったと思ってしまっていることもわかった。
しかしあれはあくまで自分の責任で、そのせいで他の仲間たちに迷惑をかけてしまったと恭也は思っている。
リコには何の責もない。

「あの時のことを何かしら気にしているのかもしれないが、リコは何も悪くない。それにリコだって、俺を助けるために頑張ってくれただろう? 俺はそれだけ十分だ」
「マスター……」
「俺の方こそ、リコの役にはたてていない。リコに何の恩返しもできていないさ」
「そ、そんなことありません!」

リコは慌てて首を振り、隣に立つ恭也の手を握った。
 それに恭也は驚くものの、リコの好きなようにさせる。

「私はマスターの傍にいさせてもらえれば、それで十分です」

そう言葉にしながら、リコは恭也の手を強く握った。
 それにやはり少し驚きながも、恭也は笑った。

「なら、俺も同じだ」

そう言いながら、リコの手を握り返す。

「俺はリコが傍にいてくれるだけで、心強いと思っている」

 その答えは、リコが傍にいたいという想いとはまた違うものだ。
 だが、リコにはそれで十分だった。

「ありがとう……ございます、マスター」
「礼を言われることじゃない。しかし仲間であるかにらこそ、パートナーであるからこそ、たぶんそれだけでいいんだ」

迷惑をかけたなら謝る。本当に感謝しているのなら、ありがとうと。
だから恭也はあの時、意識を失う前に謝り、目覚めてから礼を言った。
そして仲間たちもそれを受け入れてくれた。

「リコ、いつもありがとう」

恭也もいつも傍にいてくれるパートナーにたった一言、礼を言う。

「はい」

 その言葉にリコは、今日一番の笑顔で頷いたのだった。




二人は学園に戻り、そして寮の前まで辿り着く。

「マスター、私は私でできる限りことをします」

 リコは突然そう恭也に言った。
 意味はわからないが、それでも恭也は頷いて返す。

「そしてマスター、あなたことは絶対に私が守ります。常に私はあなたの傍にいます」

リコはそう宣言して、恭也の首に自分の手を絡めると強引に彼の顔を下に向かせ……。

「んっ……」

恭也の唇に口づけた。
恭也は突然の行動に固まってしまっていた。
 それでもリコは恭也の唇から、己の唇を離さない。
どれだけの時間二人は口づけほしていたのかはわからない。だが、リコはゆっくりとその唇を恭也の唇から離していく。
 まるで名残惜しむかのように、二人の唇の間に透明な糸が引いていた。
リコは少しだけ微笑むと恭也に向かって頭を下げた。

「マスター、今日はありがとうございました」

それだけを残して、リコは寮の中へと駆けていった。

「…………」

 そして寮の目の前には、呆然としたままの恭也だけが残されたのであった。




それは新たな契約……いや、自分への誓い。
赤の精としては何の関係もない、リコ・リスとしての誓い。
絶対にマスターの傍から離れず、彼を守っていく。
 離れることになってしまっても、必ずまた傍にいく。
そんな誓い。
 主である恭也は知ることのない、ただのリコ・リスだけが知り、己に課した誓いだ。
その誓いが果たされることになるのか、それはまだわからない。
だがリコ・リスは、その誓いを破ることはない。
 赤の精としてではなく、リコ・リスとして、絶対に破ることはないだろう。
 






あとがき

リコと恭也のデート、デート自体は凄く短いですが。それと所々に重要な話という感じでした。
エリス「ところで冒頭、恭也が落ち葉に使った技ってなに? 閃を使えるように鍛錬してたみたいだけど」
 あれは紛い物の閃です。
エリス「世界に二人で出てきたやつ?」
 そう。神速を発動後、超高速で抜刀。それに斬と徹を同時に込めた斬撃。正確に言うと紛い物というか、閃を体得するべく鍛錬を重ねていたときに、恭也が作り出した技。
 単純に速くて、破壊力のある斬撃なだけだし、神速に引き斬る斬撃と浸透性の斬撃という相反するものを刃に込めるので腕に負担をかける上、やっぱりそうとうに集中が必要。そのため実戦ではあんまり使えない。
エリス「閃を体得しようとしてたんだ」
 一応設定としては美沙斗との戦いのときに、恭也は一度だけ閃を撃ってます。小説版に近い感じかな。
 完全に使えるように鍛錬したけど、結局その後は撃つことはできず、その間にあの紛い物ができるようになったという感じ。
エリス「この前使った斬撃も閃だったけど、やっぱりまだ使えるようにはなってない、と」 そういうことです。
エリス「そういえばアンタってホント会話文が多すぎない?」
 気にしてることを。確かに地の分をうまく使えば会話文は随分と減るけど、会話を書くのが楽しいんだ。心理描写の次に会話文を書くのが好きなんだよ。っていうか昔は地の文ばっかりだったんだけど、これではおもしろくないって指摘を受けたことがあって、それからこっちに。まあ、最終的に書く人も読む人も、どっちがいいかなんて個人の好き嫌いになってしまうだろうけど。
エリス「だからダラダラと長くなるんだと思うけど。もう三十章を越えてるのにあまり話が進んでないでしょ?」
ぐっ、確かにこのままだと百章越えそうで恐い。この頃一章分もだいたい一万文字前後だと思うし。今度友人の家に持っていって文字カウントしてもらおう。
エリス「それで次回は?」
 寄り道が多いかもしれないけど、次回も話自体は進みません。
エリス「ホント寄り道多いなぁ」
 いや、まあ裏側も書いていかないとさ。
エリス「とりあえず早く進めるように」
 あい。
エリス「それでは皆さん、また次回で」
 それではー。





百章、どんとこい!
美姫 「もうドンドン来ちゃってください」
さてさて、今回恭也は何気に鋭い指摘を。
美姫 「結局は謎のままで終わったけれどね」
これが今後に何かあるのか、ないのか。
美姫 「とは言え、やっぱりこの章はリコ自身が書の精霊としてではなく、個人として決意した誓いよね」
うんうん。良い感じだな〜。
美姫 「もう次回も待ち遠しいわね」
いや、本当に。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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