『選ばれし黒衣の救世主』
闇ではなく、黒の世界。
そこに恭也はいた。
そしてその前には、恭也が尊敬する男がいる。
「良くやったな、恭也」
士郎は少し笑ってそう言った。
「お前はちゃんと守ったんだ」
それに恭也は首を振る。
「俺一人じゃ何もできなかった。俺を守ってくれたみんなの想いがあったから、俺を救うために大河たちが俺を止めようとしてくれていたから、だから勝てた」
「それを不甲斐なく思うか?」
自分一人で守れなかったことを不甲斐なく思うか、そう士郎は聞いた。
だがそれにも恭也は首を振った。
「俺は一人で何でもできるとは思っていない。一人で何でもできれば一番いいのかもしれないが、な」
そう言って、恭也は笑う。
「でも、それでも足掻いてみる。みんなを守れるように。
だけど昔みたいに間違えない。俺は一人じゃないから。間違えても、問答無用で道を修正してくれる仲間がいるみたいだしな」
今回止めてくれたように、恭也には仲間がいる、守りたい人たちがいる。
このアヴァターでも、元の世界でも。
だからきっと、もう間違えることはない。
「本当に、強くなったな」
士郎はその答えを聞いて、苦笑したあと恭也の頭を撫でた。
恭也は士郎が生きていた時に、そんなことをされた覚えはほとんどなかった。
この歳で頭を撫でられるのは、かなり気恥ずかしいのだが、それでも恭也は黙って撫でられていた。
士郎はすぐに恭也の頭から手を離す。
「そろそろ戻ってやれ。お前の仲間となのはが心配してるだろうからな」
それに頷いて、恭也は一歩士郎から離れた。
「恭也、最後にこの言葉をお前に贈ろう」
いきなり笑みを崩し、真剣な顔で言う士郎に、恭也は少し首を傾げた。
「ハーレムだ」
「は?」
恭也には本気で何を言われたのかわからなかった。
「全員モノにしろ!」
「な、何を?」
「お前ならできる! 僧侶の娘と忍者の娘、あとゾンビっぽい娘は難しいかもしれんが、その他の子ならば! さらに元の世界に帰れば完全ハーレムとなる!
お前になのはをやるのは父親としてかなり……というかぶち殺したいぐらい心苦しいものがあるが、他の男……とくにお前を小さくしたような変な杖を持った小僧にくれてやるよりはいくらかマシというものだ!
恭也、大いに間違えろ!」
親指を立てて、とっても良い笑顔を見せながら言う士郎。
先程までの親子の会話はなんだったんだ、とでも言いたくなるほどの言葉だ。
「ま、待て! 訳がわからん! 第一なのはは妹……」
「だから大いに間違えろと言っただろう。最悪、戸籍なんて改竄するなり、新しく作るなりなんなりすればいいんだ! 妹だなんて気にするな!」
「気にするわ!」
「ええい! 偉大なる父の言葉が聞けんのか!?」
恭也の言葉でさらにヒートアップする士郎。
士郎の言う意味はあまりわからないものの、恭也もここで押し切られる訳にはいかないというのはわかった。
「アンタの言っていることの意味がそもそも理解できん!」
「この超絶鈍感男が! 普通わかるだろうが!? っていうかお前、なんで男共から後ろから刺されん!? 俺なら刺すぞ! というか奥義かますぞ!?」
「さっきから言ってることが支離滅裂だ!」
「わからんのは愚息のお前だけだ! 他のヤツならば、その細部まで理解できるわ! 俺の息子だというのに、なんて嘆かわしい!」
ああ、そういえばこういう人だったかもしれない、とか恭也は思い始めていた。
美化って恐ろしい。
「む、そろそろ戻さないと本当になのはが泣いてしまうかもしれん。愚息はどうでもいいが、なのはが泣くのはいかん。
というわけで飛べ、恭也!」
「飛べ?」
恭也が聞き返すと、いきなり目の前に飛び込んでくる漆黒の小太刀。名を斬神。
それを手に握るのは士郎。
っていうか、恭也以外に扱わせないとか言っておいて、自分が扱ってるし。
士郎は斬神の峰で恭也を文字通り吹っ飛ばす。
「このクソ親父があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
らしくない絶叫を残して、恭也は消えていった。
「偉大なる父親をクソ親父とは、育て方をやはり間違ったか」
眉を顰めてそんなことを言う士郎だが、恭也が消えていった方向を真剣な表情で見る。
「なのはを頼むぞ……息子。何、また会える。そのときの俺は、今の俺ではないかもしれないけどな」
士郎はそう呟いて笑ったあと、斬神と共に恭也の世界に溶け込んでいった。
……もっとも最後だけ格好よくしても締まらないのだが。
第三十三章 悪夢が終わって
「はあ」
未亜は人の流れを眺めながらもため息をもらした。
ここは調査をする際に拠点としていた町だ。
あの後、どうにかこの町まで戻ってきた。
あれから二日が経つが、未だ恭也は目覚めない。最初は学園に戻るという案もあったのだが、医者に一応身体に問題はないが、意識が戻らないのなら馬車で移動するのは止めた方がいいと言われ、この町に滞在しているのだ。もっとももうすぐ目を覚ますだろうとも言われているが。
とりあえず大河も含めた全員で恭也の看病をしている。
未亜は交代となり町に出たのだ。しかしすることもなく、余計に恭也が心配になるだけだった。
だが、それ以上に……。
「また、何もできなかったな」
どこか沈み気味に言ったあと、未亜は首を振った。
「覚悟だけはなくしちゃだめ」
強くならないといけないと誓ったのだ。だから心が沈んでも覚悟だけはなくしてはいけない。
「でも……本当に」
何もできなかった。
恭也を止められたのは、大河となのはのおかげだと未亜は思っている。あの二人が頑張ったからこそ、恭也はデザイアに打ち勝ったと。
「未亜」
「え?」
突然背後から名を呼ばれ、振り返ると未亜の兄である大河がいた。
「お兄ちゃん」
大河は返事のために手を挙げてから、未亜の隣に立った。そして、未亜と同じように人の流れを眺める。
「なんか後ろから見てて哀愁漂ってたぞ」
「そ、そうかな」
別に何をしていたというわけでもなく、人の流れを見ていただけ。いや、それすらも視界に入っていただけで見ていなかったかもしれない。
改めて考えると変な人ではないだろうか。
そう考えて、少し未亜の顔が赤くなった。
そんな未亜に気付いているのかいないのか、大河はいつも通りに声をかけてくる。
「何考えてたんだ?」
たぶん大河は気づいてる。
それでもなお聞いてきていることが未亜にはわかる。
だから未亜は口を開いた。
「私、何もできてないなって」
「…………」
「戦う覚悟もできたつもりだし、それをなくさないようにもしてるけど、でも結局私は何もできてない」
覚悟ができても、それに身体が追いついてくれない。身体が心に追いつかない。だから心が身体に引っ張られ、心すらも弱くなる。そんな悪循環。
だから、今回も役に立てなかった。
「アホ」
大河は嘆息をもらしながら、いきなり未亜の頭を叩いた。
「お前が何もできてないわけないだろ」
「でも、私役に立たなかったよ?」
別に痛くないのだが、未亜は叩かれた頭を押さえながら大河を下から見上げる。
「そう思ってるのはお前だけだ。お前はよくやってた。というよりも、今回はみんなよくやったって、俺は思ってる」
「みんな?」
「ああ。未亜も、リリィも、なのはも、ベリオも、カエデも、リコも、俺も……恭也も、な」
大河は真っ直ぐに前を見ながらそんなふうに言った。
「みんなが頑張ったから、恭也は勝った。誰が足りなくても、たぶん恭也は完全に飲み込まれてた。
俺たちが全員揃って、時間を稼げたから、俺たちが頑張ってる姿を見たから、恭也は戻ってこれたんだと思うぞ。それに未亜が援護してくれなかったら、正直速攻でやられてた」
「そうか……な?」
自信がなさそうに未亜が聞き返すと、大河は笑って頷く。
「当たり前だろ。はっきり言うけど、俺たちの中で一番援護がうまいのはお前なんだよ。なのはなんかもうまいと思うけど、正直あの場所じゃなのはを含めて他のヤツらの攻撃力は調節しても大きすぎるんだ。未亜のは火とか炎とか乗せなければ普通の矢だからな、そのへんお前もわかってたんだろ? お前の援護が一番的確で、威力的にも丁度よかった」
未亜としては、別に深く考えていたわけでもない。大河とカエデが動きやすいように援護するならば、普通の矢にするべきだと思っただけだ。
だが、それこそが彼女の才能の一つというべきなのかもしれない。
魔力を強く乗せれば、彼女も他の救世主候補並の攻撃力、破壊力を出すことはできる。だが同時に彼女は、極端にまで力を押さえることができた。つまり力の調節が一番うまいのだ。
これは援護役には適した才能と言える。場面、場所に拘らず援護できるのだから。
「自信持っていいぞ。お前は役に立ってる。
というかリリィ程とは言わないけど、もっと自信持て。お前は役に立ってるどころか、お前がいてくれなきゃ、俺たちは思いっきり戦えないんだ。もちろん個人としての能力だって劣ってるわけじゃない」
そう言って、大河は未亜の頭を撫でた。
久しぶりに感じる大河の手の平を感じながら、未亜は頷いた。だがそこで気づく。なぜだか最後に大河に撫でられた時とは、その感触が違うような、何かゴツゴツしてるような。
「お兄ちゃん、その手……」
「ん? ああ、恭也と訓練してるからな。やっぱ何度も剣とか斧振ってると皮が固くなるんだわ」
大河は自分の固くなりはじめた手の平を、なぜか笑いながら見つめた。
「なんかお兄ちゃん、嬉しそう」
「まあ、な。今までにない嬉しさって感じかな」
「どういうこと?」
「なんか手があいつに近づくだけ、それだけ俺が強くなってるって感じがするんだよ。もちろん、そんな簡単なことじゃないっていうのはわかるけどよ」
そう言う大河は、やはり嬉しそうだった。
未亜は知っている。大河はいつも未亜を守ることに一生懸命で、それほどの趣味は持ち合わせていなかったことを。未亜の知っている趣味と言えば、ナンパ……これは本気で止めさせたいが……とラノベというのを読むことぐらいだったと思う。
つまり大河は本気で打ち込めるようなものはなかったのだ。
だがこの世界に来たことで、恭也と出会ったことで、たぶんそれを見つけた。
最初は未亜を守るために始めた恭也との訓練は、今ではそれだけが理由ではなくなっている。
そんな大河を未亜は正直羨ましいと思っていた。
「お前さ、んなこと考えてる暇があったらもうちょっとアタックした方がいいんじゃねぇか? じゃねーとリコかリリィに取られるぞ。あ、知佳さんも危ないか」
「な、な、な、な、なに言ってるの、お兄ちゃん!? そ、それは確かに恭也さんのことは好きだけど、それは仲間として……」
「俺は恭也なんて一言も言ってねぇぞ」
「あう……」
墓穴だった。
そんな未亜に苦笑する大河。
「隠せてるとでも思ってるのかよ。や、まあ恭也は気付いてないけど、俺からしたら全員揃ってバレバレだぞ」
大河も十分鈍いほうではあるのだが、恭也ほどではない。
とくに未亜とリリィ、リコの三人が恭也に好意を寄せているというのは、その行動でよくわかるだろう。それに恭也と深く係わってからの三人は、あからさまに考え方や雰囲気が変わっている。
「何にしろゆっくりと……とは言えない状況だな。とにかく確実に一歩ずつ行こうぜ。強くになるにしても、恭也を振り向かせるにしても、な」
本当に優しく言いながら頭を撫でてくる大河に、未亜は微笑んで頷いた。
「ふう」
ベリオはこの町にあった教会から出ると大きく息を吐いた。
「殺す剣……」
そして一言呟く。
恭也が持つ剣……いや、剣術。それを初めて見た時、ベリオは何となく『彼』に近いものを感じていた。
だからこそ、あの時なのはに恭也について聞いたのかもしれない。
しかしそれは正しくもあり、間違ってもいた。
「恭也さんは……正しいことにそれを使ってる」
自らが持つ剣の特質を知りながらも、それでも間違えずに、正しいことのために使っている。
武器にも、技にも振り回されることのない心。
その心は、最終的には救世主すらも勝てなかったモノを退けた。
おそらくそれは、今のベリオに足りないものだろう。
(アタシは正しくないってかい?)
不意に聞こえてきた言葉、もう一人のベリオの言葉。
大河のおかげで、和解とまではいかないが、それでも受け止めることができたもう一人の自分。
(そうは言ってないわ)
そのもう一人の自分に返事をする。
(まあ、恭也のあれを見たら、アタシも少しは考えさせられたけどね)
ある意味恭也は、ベリオと『彼』とは正反対の人物。
奪うための技術を自身のために使う『彼』と、かつてのもう一人のベリオ。
奪うための技術を他の誰かのために使う恭也。
「道具や技術を使うのは自分自身。それをどう使うかは、やっぱり自分自身で決めることなのよね」
そして、『彼』とかつてのベリオは自身の欲に負けた。
だからこそ、恭也が羨ましいと思うのだろう。
だが、ベリオとてこれからだ。
大河と恭也に出会い、ベリオは色々なことに気づけた。だからこれからが重要なのだ。
そんなことを考えていた時、
「ベリオ殿」
名を呼ばれ、声が聞こえた方を向けばカエデがいた。
「お祈りでござるか?」
「ええ」
ベリオは微笑みながらもカエデを見る。
ベリオと一緒で、カエデも先程恭也の看病をリリィたちと変わった。それから何をしていたのかベリオも知らないが、やはり彼女も何かを考えていたのだろう。
そこでこの前から疑問に思っていたことを、ベリオはカエデに聞くことにした。
「カエデさん、この前大河君や恭也さんが血を流していたけど、大丈夫だったの?」
それを聞くとカエデは複雑な表情をとった。
「あの時は師匠が危なかったでござるから、無我夢中だったでござるよ」
恭也の小太刀が大河の身体を傷つけ、血を舞い散らせた。その時カエデは確かに恐怖で気絶しそうになった。だがその師を傷つけていた刃が、心臓に撃ち込まれそうになった瞬間、カエデはそれをほぼ無意識に押し込んだ。
そして未亜と共にクナイを投げつけたわけだが、その後から血は目に入っていなかった。つまり意識している暇などなかった。あの恭也を相手に少しでも隙をみせれば自分が、ひいては他の誰か、そして彼女の師が傷つき、死ぬことになると思ったのだろう。
後になってそれを思い出し、克服したのだと思ったのだが、
「先程、少しためしてみたのでござるが、駄目でござった」
顔面を蒼白にしてそう言うカエデ。
ベリオがよく見れば、カエデの指には何重にも巻かれた包帯。おそらくクナイか何かで、浅く切ったか、刺すなりして血を出したのだろう。
「火事場の馬鹿力だったのでござろうか」
項垂れるようにして言うカエデに、ベリオは苦笑してみせた。
「きっとどうにかなるわ。一度は耐えられた……というのもおかしいですけど、とにかく大丈夫だったのだから」
「そうでござるな。また後で知佳殿にも相談して、手伝ってもらうでござる」
それを聞いてベリオは知佳という人を思い出す。
知佳は恭也と同じ世界から来た女性で、あの学園の食堂でウェイトレス兼調理補助をしている人。
そして彼女とその義兄のコックの人は、生徒たちの相談に乗ったり、話相手になってくれたりと信頼されている。
ある意味その二人と恭也は学園の生徒たちより歳が離れているが、離れすぎているわけでもなく、生徒たちの兄や姉のように慕われている。教師の中にも歳が近いものはいるが、それでも彼らは教師なのだ。知佳たちとは慕われる理由が違う。
「しかし、まだまだ師匠と老師には敵わないでござる」
ベリオとカエデの脳裏に二人の姿が浮かぶ。
デザイアの剣を不格好に受け止め、それでもそんな剣は受け止められないわけがないと叫ぶかのような大河の姿と、その剣を否定した言葉。
自身の剣で血塗れになりながら、それでも真っ直ぐに立ち上がり、デザイアを打ち砕いた恭也の姿と、その手に握った黒き剣。
「大丈夫よ。時間は一杯ある……とは言えないですけど、それでも考える時間と成長する時間はあると思うから」
「で、ござるな」
そう言い合って、ベリオとカエデはお互いの顔を見て笑った。
「なのは、貴方大丈夫なの?」
リリィは目の前で甲斐甲斐しく恭也の世話をするなのはに聞いた。
「え、何がですか?」
なのはは恭也の顔を拭いていたタオルを持ったまま首を傾げる。
その姿を見て、イスに座ってリリィは苦笑した。
なのはは救世主候補たちの中でも、献身的に恭也の世話をしている。それこそ寝る間を惜しんでまで。だが、その顔にはそれほど疲れの色はなく、逆に嬉しそうな顔すら見せている。
無論、恭也が心配であることには変わりはないだろうが、医者からは身体に問題はないと言われているし、今日にも目を覚ますかもしれないとも言われていた。
「身体よ。あまり眠ってないんでしょ?」
「はい。ですけど大丈夫です」
そう言って、なのはは恭也の方に向き直り、その頬を撫でた。
「私、おにーちゃんのお世話をしたことなんてほとんどないから、不謹慎かもしれないけど、少し嬉しいんです」
「まあ恭也って病気とかあまりしなそうだからね」
「怪我は、いっぱい……本当にいつも心配になるぐらいしてるんですけどね」
そう言ってなのははふっと、少し大人っぽい雰囲気を出して寂しそうな顔をみせる。
それとともに、リリィも恭也の体中に刻まれた傷を思い出す。
全身に刻まれた傷。いくつか致命傷に近いものすらあった。
最初は平和ボケした世界から来たと思っていた男が、そこまで傷を負っていた。
今ならリリィにもわかる。つまり恭也は大河たちのように、平和に生きている人たちを守るために、そのためにあそこまで強くなり、傷ついた。平和に生きる人たちを影ながら守ってきた。
今の自分はどうなのだろうと、リリィが自問した時、
「あまり気にしない方がいいですよ」
「え?」
いつのまにかなのはが恭也の元を離れ、リリィの隣に腰掛けていた。
「おにーちゃんが誰かのために無茶をするのはいつものことだから」
寂しそうな笑みを見せながらなのはは言う。
「リリィさんの今の気持ち、なんとなくわかります」
「なのは」
「今回は私だってあの剣が変だってわかってたのに、おにーちゃんにあの剣を持たせちゃったし。でも結局、最後には同じことになってたと思います」
「そうかしら」
「だっておにーちゃんですから、あんな剣を他の人に持たせるぐらいなら自分で持つって考えたと思います。だったら結局最後には同じことになってましたよ。私たちの任務を考えるなら」
それはつまり危険は全部自分で背負い込むということだ。
それがわかってリリィは少し腹が立った。
「なによ、私には頼ってもいいとか言っておいて、結局自分は誰にも頼らないんじゃない」
そんなリリィの言葉を聞いて、なのはは苦笑する。
「それも違いますよ」
「そう? 私にはそう聞こえるわよ」
「おにーちゃん、自分にできることとできないことを理解してるからみんなを頼ってます。けど、本当に危険な時になるとそれを忘れちゃうんです。自分が何でもできるから頼らないんじゃなくて、自分のことを軽く見てる所があるから」
「自分を軽く見てる?」
「自分の全てをです」
なのははやはり寂しそうに言う。
以前から漠然とわかっていたが、なのはがそれを完全に意識したのは、恭也が初めて人を殺した時。それからはよりわかるようになったのだ。
自分の全てを……命すら無視して、大切な人たちのために。大切な人たちを守れるなら自分など惜しくはないかのように。
「たぶん、そうしちゃったのは私たちでもあって、環境でも、立場でもあったんだと思います。私たち家族の中ではたった一人の男の人だったし。
でもおにーちゃんはそれを受け入れてしまった、受け入れざるを得なかった。だから頼り方がよくわからないんですよ。どちらかというと頼られる立場だったから。頼ってはいるんだけど、結局その頼る人の危険と自分の危険だと自分の危険を選んじゃう。自分を犠牲にしちゃう。不器用なんですよね」
「……なるほどね」
どこか要領の得ない説明ではあったが、それでもリリィは何となく納得した。
リリィも頼り方がよくわらないというのが理解できるからだ。彼女は逆に誰も頼らずに生きてきたから。
恭也は普段は頼っているが、いざ危険になれば他の人の方がうまくできることでも、自分が行ってしまう。それがほとんど条件反射の域にまでなってしまっている。
「でも、それならそれでいいんです。たぶんそう話しても、おにーちゃんはそんなことないって言うだけだから。だから……」
なのはは恭也を愛おしげに見ながら言う。
「私がおにーちゃんを護る。肉体的には無理でも、その他のことを。今回は無理だったけど、でも次は同じになんかさせない。私にできることなら、次は私が何とかする。私に気付けることなら、次は私が気付いてみせる。おにーちゃんより早く行動する。おにーちゃんにできないことを、私ができるようになってみせる。
そしておにーちゃんの心を護ってみせる。今回、たぶんおにーちゃんは傷ついてる。だから次は絶対に護ってみせる」
何度も自身に言い聞かせるようにしてなのはは言う。
次は、次はと。
今回のことを教訓にして、次を考えている。
「なのは、貴方……」
その姿を見て、リリィは気付いてしまった。
ずっと家族として、兄としてだと思い込んでいた。
……いや、たぶんもっと前から気付いていた。
だからあのとき、恭也からなのはと血の繋がりがあるかわからないと聞いた時、何かが引っかかった。
なのはは恭也が好きなのだ。兄としてではなく、男として。
もし血の繋がりがなかったとしたら、彼女はどうするのだろうと、あのとき引っかかったのだ。
何となく、それは嫌だと。
「そっか……私も」
小声でリリィは呟き、そうして彼女もあることを認めた。
なぜこんなにも力になれなかったことが悔しいのか、引きずっていたのか。簡単に次はと考えられるなのはを羨ましいと思うのか。
「そうね、次は私もうまくやってみせるわ。無理矢理でも頼らせてやる」
だからなのはに負けるのは嫌で、何より自身のために、リリィはなのはに言った。
「リリィさん?」
「なんでもないわよ。ただあなたに負けるのが嫌なだけ」
「負けるって」
リリィが何を考えているのかわからないなのはは、勝ち負けなのかな、と首を傾げる。
それにリリィが苦笑したその時、
「このクソ親父があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり二人が聞いたこともないような絶叫とともに、恭也が上半身を起こした。
そうして恭也は辺りを見渡した。
そんな恭也を見て、リリィとなのはは何度も目を瞬かせていた。二人とも何が起こったのかわかっていないのだ。
士郎は間接的にここまで影響を与えていた。
辺りを見渡していた恭也と目が合い、ようやく二人は再起動。
「う、あ、え、えっと、私みんなを呼んでくるわ!」
恭也に何かを言う前にリリィは部屋を飛び出してしまった。
残されたのはなのはと……起きたばかりの恭也。
恭也は少し眉を寄せて首を傾げる。
「ああ、その、どうなってるんだ?」
「ええと、それはなのはのセリフかなぁ?」
なんというか、起きたら抱きつくぐらいすると思っていたのだが、どうもその機を逃したらしく、なのはは苦笑して返した。
今、恭也の目の前に仲間たちがいた。
なのはから自身が二日の間眠っていたと聞いている。
そして何よりその前のこと。操られていた身体が何をしたのか、それを覚えている。
仲間たちはどこか心配そうに、だがそれ以上に嬉しそうに恭也を見ていた。
あのときはすまないと言った。だが、一番に恭也が言わなければならなかった言葉はそんなものではなかった。
そしてたぶん、彼らも謝罪は求めていない。
だから、
「ありがとう、みんな」
恭也は微笑んで、そう言った。
それに仲間たちも笑みを見せ、大きく頷いた。
欲望。
今彼女の目の前にある、小太刀の柄だけになった剣はそれを冠している。
「ふふ、ある意味人間そのものを現してるのかな」
欲。
それは人だけがもつ、本能とは違うもの。
支配する欲望、支配される欲望、性への欲望、食への欲望、睡眠への欲望。
本能と似通いながらも、それは人が感じると欲となる。
だがそれは端から見て、綺麗と思えるものすらも欲とする。
誰かを愛しているということも、誰かを助けたいという思いも、力になりたいという思いも……守りたいという思いも。
自分ではない誰かに向けながらもそれは自身の欲に、他人から見て綺麗な欲になる。
欲望があるからこそ、人は人なのだ。
だから、
「私のこの憎しみも」
彼女が感じる憎しみという思いも、それを果たしたいという思いも、欲望。
ああ、そういえば憎しみは愛情の裏返しと聞く。
だが違う、憎しみは愛情の裏返しではない。
同じものなのだ。
「私はあなたを愛してるよ、高町恭也」
憎しみという感情で愛している。
寝ても覚めても考えるのはあの男のことだけ。それを考えれば愛していると言えるのだ。
ただの一瞬たりとも、彼女は目の前にある剣を打ち砕いた男を忘れたことはない。
これを愛と言わずに何と言う?
たとえその想いの向き方が憎しみと言えど、これは憎悪という形の愛だ。
「この剣に支配されてたらつまらなくなってたかも。でもよかった。あなたがあなたのままで」
だって……。
「あなたを絶望に染めるのは、こんな剣じゃなくて、私の役目なんだから」
そう彼女は呟く。
彼女が憎しみという愛情で恭也を想っていたその時、目の前の剣が輝いた。
それに彼女は驚き、剣を見つめ続ける。
光が消えていくと、小太刀の柄だったものが灰色の剣になっていた。いや、正確には灰色の剣に戻っていた。
「なるほどね。少なくとも変化した後の刀身が砕かれても問題はないんだ。力とか弱まってる可能性はあるけど」
彼女はさも楽しそうに笑い、どこからともなくガラスでできているかのような、透明に近い盾を取りだした。
「一応目的は果たせるけど、ロベリアもこんなこと私にさせるなんて。男のムドウかシェザルにでもやらせればいいのに」
そう言って少女は気付く。
「どうして高町恭也は支配されたのかな?」
デザイアは男を支配できないと聞いている。なのになぜ高町恭也は支配されたのか。
そんなことを考えたが、彼女はどうでもいいかと思い直す。
高町恭也が高町恭也として今もあるならば、他のことなどどうでもいい。
「お願い、私の…………」
彼女が愛おしげに盾を撫でると甲高い音が響く。そして目の前にあった灰色の剣が薄い透明な壁に囲まれる。
彼女は礼を言ってから盾を『消し』、それから透明な壁を掴んで持ち上げる。デザイアはまるで箱の中にでも入ってるかのようで、彼女自身はまったくデザイアに触れないですむ。
「本来の使い方とは違うけどね」
彼女はクスクスと笑いながら言う。
「さて、帰ろうかな。ホントなら今すぐ高町恭也の所に行きたいけど、でもゆっくりと絶望させたいし」
彼女は自身に言い聞かせるように呟き、ゆっくりと歩き出す。
「でも……もうすぐだよ。もうすぐ、私はあなたの前に現れる」
彼女は思い人のこと考えながらもう一度笑う。
そうして彼女は洞窟を後にした。
あとがき
やっとオリジナル話は終了です。
エリス「色々引っ張りすぎ」
構成の甘さが露呈しました。元からかもしれませんが。ってか自分の場合、思い通りにいく話ってほとんどなかったり。前回の話だって当初は精神世界で士郎が恭也と戦うはずだったんですが、デザイアの壁との戦いになりました。
エリス「物書きとしてそれはどう?」
あ、あはは。なんか書いてるとキャラが勝手に動き始めちゃうんです。前回は士郎が恭也の味方になってしまい、今回も士郎がいきなり暴走した。いや、士郎が戦うって言っても味方ではあったんですが。
エリス「最初の士郎との会話と、他キャラの話の重さが全然違うんだけど」
士郎が、士郎が勝手に! ギャグに走れ、ギャグに走れと!
エリス「そのへんは精進しなさい。とりあえず次回から本編の話に戻るの?」
いや、次回は幕間。少し重要な話と、恭也とあるキャラとの話になる。
エリス「ああ、そういえば今回ほとんど……というか全然出番のないキャラが」
気にするな……いや、気にするなと言うと可哀想だけど、とりあえず多少はいい目を見てもらうから。
エリス「まあいっか。とにかくまた次回ね」
もうできてるけどね。とりあえず区切りのいいここまで送ることにしといたから。
エリス「それではまた次回で」
ありがとうございましたー。
あははっは〜。まあ、最初に思い描いたのとは違うってパターンは偶にあるかな。
美姫 「しょっちゅうじゃないの?」
違う、違うんや。テンさんも言ってるように、勝手に、勝手にキャラが動き出すんや〜。
そうなると、もう俺自身でも収拾がつかなく。
美姫 「迷惑な話ね」
そうでもないぞ。その状態になると、どんどんと筆が進む、進む!
美姫 「むむ。なら黒魔術でも使って、キャラを動かして…」
それ違う、絶対に違うから!
美姫 「うーん、生贄が必要よね」
って、聞いてお願いだから。と言うか、その流れで行くとパターン的にその生贄って……。
美姫 「アンタよーー!」
うぎゃぁぁぁっ! やっぱりかよ! 期待を裏切らない行動をありがとう!
って、何で礼なんぞ言わなければならないんだよ!
美姫 「もう、煩いわね。
オリジナルのお話はこれにて終わりみたいだけれど、次回はどうなるのかしらね。
いや、急に元に戻るなよ。だが、確かに気になるな。
一体、どんな展開を見せてくれるのかな。
美姫 「時間の流れを一秒、一秒噛み締めつつ、次回を待て!」
ではでは。