『選ばれし黒衣の救世主』










支配した個体の身体的特徴を把握。
 同時に記憶の検索を開始。
武器の扱い方を理解。
戦闘技術の検索を完了。
経験を理解。
………………。
…………。
……。
 目の前にいる個体群の名称、身体的特徴と能力の検索を開始。
 当真大河を認識。
 当真未亜を認識。
 ベリオ・トロープを認識。
 リリィ・シアフィールドを認識。
 ヒイラギ・カエデを認識。
 高町なのはを認識。
 リコ・リスを認識……但し本体の記録にある、過去に支配した幾つかの個体より認識した、個体名オルタラと類似。
 個体名リコ・リスに関連する記憶を検索。
……………………検索終了。
 これまで同様、個体名オルタラと同一の個体と認識。
以上の検索結果より、前方の敵勢力を殲滅するために必要な武器と技術を選別。
 戦闘技術、永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術、及び裏・不破流……前回支配した個体時に敵対、及び協定を結んだ個体群の中、三つの個体が同種の戦闘技術を所持していた記録が本体に……今回の戦闘に関係がない為、不必要。
 武器・紅月使用時にのみ、霊力の使用を許可。 
 本体の形状を変化。
 支配した個体高町恭也の身体的特徴及び情報により、使用武器の形状は小太刀が有効。 本体の形状を小太刀へと変化。
 さらに戦闘区域の情報の解析へ移行する。





 第三十一章 黒衣の死神






 恭也が目を開いて、全員が身体を固くしていたが、未だ彼は動く気配を見せない。

「どうするんですか?」

 ベリオは全身を少し震わせながらも皆に聞いた。

「どうするたって……」

 震えているのは彼女だけではない。全員が微かに震えている。それだけ今の恭也が恐いのだ。今まで彼が見せたことのない、あの目が。
目に込められた負の感情。
ただ、ただ恐い。

「とにかく、恭也を止めるしかないでしょ。捕まえて、動けないようにしてから、あのデザイアっていうのから助ける方法を考えるしかないわよ」

 リリィは震える腕をもう片方の手で押さえ込み、その恐怖の源たる魔剣を睨む。
確かに全員が今の恭也を恐いと思っている。
 それは別に恭也が強いから、というわけではなく、あの負の感情を向けられるのが恐いだけなのだ。それは人の根元的な恐怖とでも言えばいいのか。
 こちらは救世主候補が七人もいるのだ。いくら恭也の身体を使っているとはいえ、捕まえられないはずがない。
 そう全員が決めた時、さらなる変化が現れる。
 恭也が手にした剣が、唐突にその形を変えていく。

「げっ」

 その形を見て、大河は思わず呻いた。
 デザイアが先程までの長剣から小太刀へと姿を変えたのだ。
武器がどれだけ重要かを、恭也との特訓で大河はよく思い知らされていた。そして、恭也が一番得意とする得物は小太刀。
はっきり言ってやりにくくなった。

「あれがデザイアに残された最後の能力です」
「どういうこと、リコ」
「デザイアは身体の持ち主ができることは全てできます。そして、その人にあった武器へと変化するんです」

 武器への変化は近接武器のみという制限もあったはずだが、結局は恭也が得意とするのは小太刀なのだから、その範疇に入ってしまっている。

「ということは、恭也さんの技とか全部使えるってことですか?」

 未亜はできれば首を横に振ってほしいという感じで問うが、リコは首を縦に振った。
正直、恭也の技は救世主候補たち全員がよくわかっていないのだ。それは訓練を受けている大河も同様である。
どんなものなのか、幾つあるのか、まるでわからない。
 
「最悪、老師を大きく動かして、膝に負担を与えるしかないのではござらんか」

 すでに全員が恭也の膝の事は聞き及んでいる。さすがに膝を直接狙うわけにはいかないが、長時間戦えば膝の痛みで動きが鈍るはず、その隙に捕縛すべきではないかということだ。
 さすがにその案にはなのはが賛成できる訳がなく、反論しようとするが、その前にリコが今度は首を横に振った。

「意味がありません」
「どういうこと?」

ベリオがそう聞き返すと、リリィが言いにくそうに口を開く。

「恭也の膝、もうほとんど治ってる」
「は?」

 全員が彼女の言う言葉が理解できなかった。

「病院できちんと調べた訳ではありませんが、恭也さんの膝はほとんど治ってます。恭也さん自身、この頃はもうほとんど痛みがないから、戦い方を少し変えると言ってました」

リリィとリコ……リリィは練習台と言い張るが……の治癒魔法と恭也自身の霊力治療を続けた結果、膝はほとんど完治したらしい。とくに治癒魔法に関しては、恭也がいいと言っても、リコとリリィが張り合うように日に何度か施していた。
無論、きちんと調べた訳ではないので、絶対と言い切ることはできない。だが、今までの膝に負担をかけないような、膝を庇うような戦い方でない戦い方を考えることができるぐらいには回復しているのは確からしい。
 恭也の治ったなどという言葉はあまり信用できるものではない、というのはリリィとリコもなんとなくわかっているが、そこまで言うのだから本当なのだと思って、二人とも喜んでいたのだ。

「ってことは、恭也、もう弱点なしかよ」

 普段ならば喜ぶ所であろうが、今の状況で聞かされ、大河は思わず顔を引きつらせた。

「でも私たちが止めないと」

 なのはは負の感情を目に込める恭也を、顔を苦渋で歪めながら見つめた。
あんな目をする兄はイヤだ。
せっかく膝が治ったという嬉しい事を聞けたのに。

「とにかく、今は恭也さんを捕まえる、それでいいですね?」

 未亜はジャスティを呼び出して全員に聞く。
 皆が頷いて、それぞれ召喚器を呼び出した。
それに反応するかのように、恭也が少しだけ動く。

「一応俺が一番恭也とは戦い慣れてるし、俺が主軸でいいな?」
「今回ばっかりはね」

 リリィはライテウスに魔力を込めながら頷く。
 召喚器……いや、武器を持ったことで、全員恐怖は薄らいできている。
 なんとかなる。いや、なんとかする。
 自分たちが恭也を助けなければいけないのだから。


まだ完全に動かない恭也に向かって大河が駆けだした。
 だが、いきなりその目標の姿が消える。

「え?」

 いや、消えた訳ではない。動いている姿は見えるが、それはまるでコマ送りの映像を見ているかのように、消えては現れを繰り返し、大河へと近づいてきた。

「なっ!?」

 そして、唐突に目の前へと現れた恭也の剣を、大河はなんとか受け止める。
が、次の瞬間には、恭也の姿はまたも消えていた。
そして次に現れたのはカエデの隣。

「くっ!」

的確に首へと狙ってきた斬撃を、カエデは何とか頭をずらして回避……が、そこに左の拳が伸びてきていた。
カエデに直撃すると思われた拳は、リコが下から繰り出した掌底によって弾かれる。しかし恭也はまだ止まらず、デザイアを引き戻してリコの頭部へと向かわせた。それを背後から戻ってきた大河がトレイターで受け止め、同時に蹴りを放つが、恭也はすぐに後ろへと跳ぶ。
またも恭也の姿がコマ送りとなり、いつのまにか救世主候補たちから距離を取っていた。

「何なんだ、あの動きは?」

 大河は舌打ちしながら体勢を整える。
先程から恭也の動きがまるでわからない。神速とも思ったのだが、違う。
 神速は救世主候補たちでも完全には目で追いきれない。だが、今の恭也の動きは見えないのではなく、わからない。
 現れては消え、消えては現れる。
 消えた場所から現れた場所への間隔からして、移動スピード自体はそれほどのものではないはずだ。
だがわからない。その移動する姿が認識できないのだ。
大河もあんな動きを知らない。今までの特訓で、恭也があんな動きを見せたことはなかった。

「裏の技ってやつ……か?」

 大河にはよくわからないが、恭也には普段はあまり使わない裏の技がある、という話を彼自身から聞いたことがあった。
 使わない理由は……。

「ちっ! みんな気ぃ抜くな! 気を抜いたら一気に殺されるぞ!」

理由は……殺してしまうから。
 大河の言葉に驚いた表情を見せる一同だが、大河はそんなことを気にしている暇はなかった。
 普段、恭也は自身を過小評価する傾向にあり、戦闘にかけても過大に誇張することはなく、事実を告げるだけ。そして、彼はそれを言い切ったのだ。
殺すための意思と殺すためだけの技だから、下手に使うと訓練であろうと殺してしまう、と。

「恭也をあまり動かせるな! あの動きは厄介すぎる!」

それを聞いて、ベリオがユーフォリアの前に光をため込み、なのはが魔法陣を描く。そして未亜が光の矢を弦に番えた。
それを同時に放つ。
杖と魔法陣から生まれる二種類の光の渦。その中央には光の矢。
それは並ぶようにして恭也へと向かっていく。
 これをかわすには横に出るしかない。それに対応するため、大河とカエデが左右に分かれた。かわされた所に攻撃をしかけようというのだ。
 左右に分かれれば、そのどちらかには、恭也は自分から飛び込んでくる。
 だが恭也は左手で紅月を抜刀。その刃には黒い炎がまとわりついていた。
黒い炎……霊力をベリオの魔法へと放ち、相殺。
 さらにデザイアでなのはの疑似魔法を切り裂く。
切り裂かれた光は二手に分かれ、後方へと飛んでいく。
 同時に振り下ろした紅月を、今度は振り上げて光の矢を弾き飛ばす。
それらは、ほとんど一瞬と言っていいほどの時間の中で行われた。

「冗談でしょ!?」
「あれに対応するなんて、さすがと言うより……ほとんどデタラメですね」

叫びながらもリリィは雷撃を、リコは魔力弾を放つ。
やはり雷撃はかわされ魔力弾は弾かれる。だがそれで十分。
 本来はかわした所に攻撃をしかけるため二手に分かれた大河とカエデだったが、その二つに恭也が意識を取られている間に挟撃へと変更する。
大河はトレイターをランスへと変えて突っ込み、カエデは直前に飛び上がり、拳に雷を纏わせて落下していく。
しかし恭也はそれにも対応してみせる。
大河のランスの先にデザイアを叩きつけ、その力を散らし、方向をずらす。さらに回転して身体の向きを変えると、拳を構えてがら空きになったカエデの鳩尾へと蹴りを向かわせた。
大河はすぐさまランスより衝撃を受け止めやすい剣へと戻し、弾かれた勢いを止める。カエデも何とか右手で蹴りを受け止めるが、その威力まで殺しきれず、そのまま飛ばされてしまう。
一人残った大河は、トレイターで攻撃を繰り出そうとするが、その前に恭也に斬撃が向かってくる。
 顔、首、心臓、腹部……急所という急所へと延びてくる灰と紅の刃。
大河はトレイターをナックルへと変えて、それを弾き飛ばしていく。訓練では剣でも対応できていたが、これは無理だと本能的に理解し、西洋剣よりも取り回しがいいナックルで防御を固めたのだ。

「クソッ……タレ!」

だが次々に繰り出されてくる斬撃は完全に弾き飛ばすことができず、少しずつ大河の身体に傷が刻まれる。
そしてナックルで弾き飛ばすはずだった突きが、その防御を通り過ぎてきた。それはそのまま大河の心臓へ……。

「お兄ちゃん!」
「師匠!」

だが真横から飛び出てきた未亜が矢の束を一気に放ち、同じく反対の横から飛び出てきたカエデがクナイを複数乱射する。
恭也は大河を絶命させるはずだった刃をすぐさま翻してカエデのクナイを、そして反対の刃で未亜の矢を弾く。
その間に大河は後方へと飛び退いた。

「大河君!」

ベリオがすぐに大河へと近づき、その傷を癒していく。
 未亜とカエデも集まってくる。

「どうなってんのよ。さすがにこれはないでしょ?」

 リリィが顔を歪めて呟く。
 こちらは七人いるのだ。それも全員が救世主候補。それなのにこちらが押されている。
 無論、そのうちの半分以上は後衛で、前衛に影響を与えないように援護するのはかなり難しいことだし、強力な魔法を放つには場所も狭すぎる。だがさすがにここまで押し切れるものではないはずだ。

「恭也が……いや、あのデザイアってのが俺たちを殺す気だからだろ」

 大河はベリオに傷を治してもらいながらも言った。

「どういうことですか?」

 言葉の意味が理解できないなのはが聞き返すと、大河はため息をつく。

「前に恭也に教わったんだが、目的意識の違いだ。あいつは俺たちを殺すことが目的だから、全力で戦えるんだよ。だけど俺たちは……」
「我々は捕縛を目的とする故に、無意識に加減しているということでござるか?」

実際に、後衛組の魔法などはほとんど無意識に手加減されてしまっていた。でなければ、いくなんでもあそこまで簡単に相殺したり、斬ったりなどできる訳がない。
そして救世主候補たちには、できれば恭也を傷つけたくないという想いがある。だが今の恭也にそれがない。
それが決定的な両者の違いなのだ。

「ああ。それにこれも前に恭也自身に聞いたことなんだが、元々恭也の使う剣は殺人剣。だから殺すときこそ本領を発揮するって」

恭也にどうして自身の剣は教えられないのか問いかけた時に聞いた答えだった。無論、大河も別に習いたいから聞いた訳ではなく、純粋な好奇心からだったが。
 そのとき恭也はそう答えのだ。
 だから教えることはできない。お前にはそんな剣は必要ない、と。

「殺す力……」


 矛盾している。
 それとも真に人間らしいとでも言うべきか。
大河の話を聞き、リコはそう思った。
彼女のマスターは暖かい心を持ち、仲間を大切にする。間違いなく赤の主に相応しい心を持っている。
だが、その技は相手を殺す力。
無慈悲に相手の生を刈り取る死神の如き技。
おそらくデザイアに支配されていなくとも、恭也は優しい心を封印して、殺す意志だけの思考になることも可能なのだろう。
それは支配の力。
相対したものへ強制的にして、絶対的な死を与える。
殺すということは、白の理の中でもっともそれを表しているとも言えるものだ。
それを……赤の主である高町恭也は持っている。
赤の心と何かを守る術を持ちながら、白の意志と何かを殺す技を持つ。
もし……もしも、イムニティが彼のその側面を知っていて、召喚器を所持していることがわかっていたならば、おそらく彼女も彼を選んだのではないだろうか。
リコはすぐさま首を振った。
今、考えるのはそんなことではないはずだ。
自分が考えなければならないのは、最愛のマスターをどうやって救うかだ。



なのはは、動かずこちらを観察するように眺めてきている恭也を悲しげに見つめた。

「違う」

 そして大河の言葉をなのはは否定した。

「御神の剣は違う。一番本領を発揮するのは……一番強くなるのは殺す時なんかじゃない。守る時です。お兄ちゃんはいつも守るために剣を振るってるんです! だから、そんなの違う!」

いや、大河の言葉ではなく恭也自身が言った言葉を、なのはが大声で否定した。
かつて兄だって言っていた言葉だ。御神の剣は守る剣だと。

「そうね。なのはの言うとおりよ。恭也自身が言ったからって、そんなの認められないわ。
 ふん、上等じゃない。本気にもなってないのに私たち全員を倒せるって思われるなんて、屈辱以外の何物でもないわよ。ギタギタにしてやるわ」
「恭也さん自身が守るために剣を持ってるって言ってたのに、殺すために強くなるわけない」
「剣は所詮道具。剣術は技術にすぎない。恭也さんは殺す事ができるだけで、それが恭也さんの在り方な訳ではありません」

 リリィと未亜、リコが次々になのはの言葉に同意していく。

「それにあんな恭也さん、似合わないわよね」
「老師に一番似合う姿はお茶を飲んでる時でござるよ」
 
 ベリオとカエデも、少し悪戯っぽく笑った。
それらの言葉を聞いて、大河も笑ってしまった。

「確かにな。あんなの恭也じゃねぇ。それにいいハンデだぜ。あっちは俺たちを殺せる、だけど俺たちは殺さない、捕まえるんだ! んで、思いっきりぶん殴って元に戻してやろうぜ!」

大河が再びトレイターを構えて叫ぶと、それに全員が大きく頷いた。
そう殺せないのではない、殺さないのだ。
仕切り直しだ。
 これからが本当の戦いの始まり。




 闇に埋め尽くされた世界。
 高町恭也という世界が、闇に堕ちていた。
その闇の中央に、恭也は立っていた。彼を閉じこめるかのように、その周りには薄いガラスのようなので覆われている。
 そこが闇の埋め尽くされ、覆い尽くされた自己の世界の中に唯一、侵されていない場所。唯一、高町恭也という精神がいられる場所だった。
 だが、それは偶然でもなければ慈悲でもない。
なぜなら彼には見えるから。
守りたい者たちを自らで傷つける様を見せつけられているから。

「やめろ……」
 
自らが大河の身体に傷を刻む。
自らがカエデの身体に飛針を突き刺す。

「やめろ……」

自らが霊力でベリオと未亜を吹き飛ばす。
自らがリリィとリコの身体に蹴りを撃ち込む。
 
「やめろ……!」

 自らが……なのはに向かって拳を叩き込む。

「やめろ!!」

何度も自らを覆う透明な壁を殴りつける。
だけど、そんなものは意味をなさなくて、力一杯に殴りつけているのに罅すら入らず、恭也の拳も傷つかない。
自分が傷つけている。
 御神の剣と不破の技術を使って、大切な人たちを、守りたい人たちを傷つけている。
彼らは恭也の使う不破の移動術、月影に翻弄されている。
だが恭也は彼らを傷つけるために、そんな術を学んだのではない。

「こんな!」

大切な人たちを傷つけるために、剣を握ってるんじゃない。

彼らは恭也を捕まえようとしている。
 そんなことはしなくていい、自分など殺してしまってかまわない。大切な人たちを傷つけるぐらいなら死んだほうがマシだ。
そう言ってやりたい。
 だけどそう言えたとしても、彼らはそんなことはしないだろう。

「くそ!」

 あの剣がどんなものであったのか、それはその剣と繋がったことで何となく理解していた。
 だが今はそんなことはどうでもいい。
今はここから抜け出さなくては。
 守らないといけない。
 彼らを、自分自身から守らないと。
守りたいと思う者たちを傷つけるなどあってはならない。
 守る、守らないと。
ただ守りたいと、恭也は念じ続けることしかできなかった。それが今の彼にできる精一杯の抵抗だったのかもしれない。
 



「や、何度もおめぇ人間捨ててるだろ、とか思ったことがあったけど、これは捨てすぎだろ」

ボロボロになった身体で、そんなことを笑いながら呟く大河。
 その横では、ベリオが再び彼に治癒魔法を施していた。さらにその後ろではリコが未亜の傷を癒している。
その前方ではカエデ、リリィ、なのはが恭也を止めるために奮闘していた。
 こちらの方が人数が多いので二つに役割を分けたのだ。
 戦うのは三人か四人で十分だとわかった。援護する人間ばかり多くてもあまりに意味がない。下手に全員で援護などすれば、前衛の二人を巻き込みかねないからだ。
だからとて手の空いている者を遊ばせておける状況ではない。だから二つ分かれ、傷や疲れを癒す組と、戦う組に分かれた。
 少なくともこれならば長時間でも戦えるし、恭也の体力を削げる。
 
「恭也さん、六時間でも戦えるのよね」

 ベリオの呟きを聞き、大河はまたもため息をついた。
 それが唯一の懸念。恭也の体力は救世主候補たちすらも上回っている。いつまで戦えばいいのかわからないのだ。
こちらとて恭也にダメージは与えている。
 見れば救世主候補たち同様に、血も流していた。
それでも彼の動きが鈍ることはない。

「それよりもあの動きをどうにかしてぇよ」
「確かに」

 あの大河たちにはわからない動き。
神速とはまた違う歩法術だろう。あれを使わせないために、今ではカエデと大河がなるべく離れないように戦うことにしている。

「ベリオ、もういいよ。俺も行ってくる」
「ダメよ! このまま行ったとしても足手まといになるだけ!」

そろそろ戦線に復帰しようと言っても、ベリオは大河の身体を癒すのを止めない。
先程から大河の怪我が一番酷いのだ。それだけ彼が恭也を助けるために無茶をしているという証だ。

「大丈夫、リリィたちのことを信じてあげて」

目の前で恭也を助けるために戦っている三人を見て、大河は苦笑した。

「そうだな、悪い。もう少し休ませてくれ」
「ええ」

大河は少し息をついて、ベリオへともたれかかった。
 それにベリオは驚いたものの、微笑を見せたのだった。



カエデはすでに恭也が使う、消えたように……いや、認識できない動きの原理は掴めていた。

(だが、対策の施しようがないでごさるよ)

 あの動きがカエデの考えている通りのものであるならば、カエデには対応策はない。なぜならば、それは恭也の方が戦闘中の気殺、無音の移動に長けているということだから。
それに、恭也のあの動きだけに注意を向けて入ればいいというものでもない。
 今の恭也は今まで以上にとんでもないのだ。
天井や壁を蹴って多面的に動き、こちらの攻撃を悉くかわし、少しでも隙を見せれば的確に殺しにくる。
立体的な空間を利用しての動きに関しては、カエデも似たようなことはできるが、それは戦闘時でなければの話だ。
 天井や壁を利用する、この難度は想像を絶するものだ。
 人は重力に縛られ、天井を歩けない、壁を歩けない。だから壁はともかく、天井を蹴るというのは想像の埒外なのだ。訓練を重ねればできるかもしれないが、戦闘中にまでその想像力を働かせるのは難しい。恭也はこういった戦闘に慣れているのだ。
当然想像の埒外故に、それに対応するのもひどく難しい。
どれだけの修練と実戦を積み重ねればこんなことができるのか。
そんなことを考えている間に、紅の刃がカエデに迫ってきていた。
が、それは唐突に止まり、恭也自身が後ろへと飛び退く。
 それに一瞬遅れて、先程まで恭也がいた場所を炎が駆け抜けていった。
 炎が現れた場所にカエデが視線を送れば、消えていく魔法陣が見えた。
 なのはがいつのまにか仕掛けた遅延させた疑似魔法だ。

「勘も老師のままでごさるか」

 あれが恭也に見えていたとも、気づいていたとも思えない。ならば彼は勘だけであれをかわしたのだ。
まさか勘や危機回避能力まで奪うとは。

下がった恭也に向かって、リリィが手を向けるが、その前に恭也が手を軽く振る。
 一瞬だけ炎に照らされて光る銀糸。
それがリリィの腕に絡まり、強制的に上へと向けられる。その瞬間に、恭也へと向かうはずだった火球が発射口をずらされ、天井へと向かっていった。
恭也がさらにリリィを自身の元へ引っ張り込もうとするが、カエデはすぐさま駆け込んで黒曜をつけた左腕の手刀で銀糸……鋼糸を断ち切る。
今度はそのカエデに向かって、恭也が両の剣で幾つもの剣刃を繰り出す。
 前に授業の時に使った技、花菱。
繰り出される紅と灰の刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃。
だが、

「それは一度見てるでござる!」

カエデは後ろへと下がりながらその技をギリギリの所でかわしていく。
 一度見た技だ。いつかテストの時の相手として恭也と戦うかもしれないと思い、カエデは何度もこの技をイメージの中でかわしている。
いくら多くの斬撃が繰り出されるとはいえ、無限ではない。必ず終わりがくる。そしてそのときこそが隙ができるとき。
そして恭也の斬撃を、カエデは見事に全てかわしきった。
両の剣を振り切ってしまった恭也は、もう死に体だ。反撃もできず、かわすこともできない。
 この瞬間に恭也に一撃を入れ、戦闘不能にする。
 カエデは手加減してはこちらがやられると自身に言い聞かせ、全力を込めた拳を恭也へと撃ち込もうとした。
だが、いきなり服の後ろを思い切り引っ張れる。
 その力は思いの外強力で、そのままカエデの身体は後ろへと倒れた。
 瞬間、カエデの目の前で火花が散った。それと同時に紅の光が先程までカエデの首があった場所を通り抜けていく。

「なっ」

 その光は恭也の小太刀。死に体であったはずの彼が放った斬撃。

「気を抜くなって言ったろ」

 カエデを背後から引っ張った大河は、倒れ込んできたカエデの身体を支えながら言った。
大河が助けなければ、今頃カエデの首は宙に飛んでいただろう。
大河はカエデを抱えて、恭也から距離をとる。

「師匠」
「あいつの流派の技なのか、それともあいつがアレンジしたのかは知らねぇけど、かわされた後のことを考えてあるんだよ。
 俺も似たようなことしようとしたことあったけど、今ので思いっきり返された」
「今のは?」
 
 死に体のはずだったのに、どうやって恭也は剣を振り上げたのかカエデにはわからなかった。

「元々最後の斬撃の片方は、力を緩めていて完全に振り切ってない。だからすぐに方向転換ができるらしい。
 それでも相手の攻撃に間に合わない。だからそれでもう片方の剣を弾き飛ばし、振り切った力を散らして、さらにそっちも方向転換。弾いた勢いと腕の力でスピードをつけ、隙をついてきた相手を狙うんだそうだ」

となるなと、先程の火花は剣を打ち付けあった時にできたものか。
 隙をつこうとした相手が、逆に隙をつかれることになる。

「とんでもないでこざるな」
「俺はイヤって言うほどその言葉を心の中で言ってきたぞ」

説明するのと実践ではまた違う。弾いたとしても、どんな方向にいってしまうのかを正確に調節できるものなのか。
少なくとも二刀流の使い手が他にいたとしても、同じことができるとは二人には思えなかった。しかし、それが恭也の流派の技だというのなら、彼以外にも同じことができる者たちがいるということなのだ。

「師匠、助けて頂きありがとうございます」
「いや」

大河がカエデの身体を離し、二人は同時に構えをとった。

「カエデ、悪いけどもう少し休みなしでいけるか?」
「大丈夫でござる」

 カエデは、背後に後衛の全員がいることに気づいた。

「また全員ででござるか?」
「ああ。そろそろ決めないと、こっちの方がやばそうだ」

 それにカエデは頷いた。
全員がすでに集中力の限界にきていた。このまま戦い続ければ、致命的なミスが起こる。相手がモンスターなどならともかく、この恭也が相手では少しのミスが死に繋がってしまう。
目の前の恭也はまるで集中を切らしてはいない。
 この場合、恭也の集中力が凄いのか、それとも支配している剣の力によるものか。

「あっちが一撃一撃殺しに来るなら、こっちはそれをさせないために手数と火力で押すしかない。今までもその戦い方だったけど、このままだとジリ貧だ。だから一気に勝負をかける。
 悪いが俺たちも味方の攻撃が当たるかもしれないっていう覚悟はしといてくれ」
「了解でこざる」

カエデの答えを聞いて、大河は恭也をもう一度眺めた。
そして、

「行くぞ! みんな!」

大河のかけ声で全員が大きく頷く。
 再び全員での戦いが始まる。







 あとがき

うわぁ、なんか戦闘ばっかの章だったなぁ。しかもまだ終わってないし。戦闘ばっかだとあんまり面白くないかなぁ。
エリス「っていうかさ、洞窟で後衛組があんなにドンパチやったら崩落しない?」
 ……あまり気にしないように。
エリス「うわ」
 と、とにかく次回も続きです。あと少しだけおつき合いを。というかどうも思ったように書けず、長くなってる。本当は今回で戦いは終わりのはずだったのに。
エリス「アンタの話を長引かせる癖がまた出てきてるね」
うぐ、なんとか次回は簡潔に……できるといいなぁ。
エリス「今回は短めに。ではでは次回でお会いしましょう」
 それではー。
 






おお。何か熱いバトルが。
美姫 「くぅぅ〜〜、良いわね〜」
いやいや、いい加減バトルに反応するのもどうよ。
美姫 「どんな決着の着き方をするのか楽しみだわ」
確かに、それは楽しみだな。
恭也の持っている幾つかの手がこれで晒された事にもなるんだが。
美姫 「ああ、もう次回が気になるわ」
気になる次回はこの後すぐ!
美姫 「連続投稿に感謝ね♪」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る