『選ばれし黒衣の救世主』
残された救世主候補一同は、心配そうに役場を見つめていた。
「さて、と」
そんな中で大河はトレイターを呼び出し、屈伸運動を始めた。
「お兄ちゃん?」
大河の行動の意味がわからず、未亜は首を傾げる。
「みんな、準備しとけ。何かあるかもしれねぇぞ」
「え?」
大河の言葉に、リコとリリィ、なのは以外の者たちが不思議そうな声を上げた。
「たぶん、恭也さんには……何か考えが……あったんだと思います」
「ええ。何かに気づいた、と考えるのが妥当よね」
「まあ、おにーちゃんですから、危険だから自分が行った、というのもあると思いますけど」
そのリコたちの言葉でも理解できないのか、カエデたちはやはり首を傾げていた。
それに大河は肩を竦める。
「実際、俺とリリィのどっちかでもよかったんだよ。俺はトレイターを置いていっても、呼べば手元に来るからな」
「え、そうなんですか!?」
それは恭也以外は知らないことだったので、リリィが治癒魔法を覚えていたと聞いた時のように、全員が驚いていた。
そして同時に、なぜ大河が侵入に立候補したのかを理解する。
「恭也はそのこと知ってたんだよな」
「私のライテウスも問題がないのはわかってたはずよね」
「それでも、自ら赴いたわけでごさるな」
ならば、それでも恭也が行ったことには、何か意味があるのではないか、ということ。
「でも、それって恭也さんが危ないんじゃ。武器も置いていっちゃったし」
未亜が、なのはの持つ八景と紅月を見ながら、心配そうに言う。
だが、大河は苦笑で返した。
「心配ねぇよ。あいつ、小太刀がなくてもむちゃくちゃ強いから」
「え?」
「格闘術もできるからな。それにあいつ、あのコートの中にボロボロと隠し武器持ってるんだぜ?」
恭也は、大河に色々な戦い方を見せるために、格闘術だけで戦ったり、暗器を多用して戦うなんていうことまでしている。
そのため、恭也は小太刀がなくても戦えることを、大河はよく知っていた。無論、一番とんでもないのは、小太刀を持っているときだが。
「そういう意味では、恭也が行っても問題ないと言えば問題ないんだよな。召喚器なしでほぼ人外の強さだし」
「まあ、確かに恭也って規格外だものね」
大河とリリィがあんまりな言葉を出すが、他の者たちは苦笑するだけで、異は唱えない。言い過ぎの所はあるが、それでも恭也が人並み外れているのは理解している。
「でも……用心しておいたほうがいいです」
リコは役場を見つめながら言う。
それにそれぞれが頷いて、召喚器を呼び出した。
第二十五章 信じる力
しばらくすると、いきなり何かが割れるような音が響いた。
それは建物の奥の方、ここからは見えない場所からだった。
「今のは!?」
「たぶん、窓が割れる音!」
「やはり何かありましたか……」
「向こうですね!」
全員で音がする方に向かおうとするが、さらに数回、窓が割れる音が響く。
それは最初に聞こえた場所よりも、近くから聞こえてきた。
「最初のは合図だ!」
恭也が窓を割って戻ってきている意味を理解し、すぐさま大河はトレイターを爆弾に変えた。
「みんな! 恭也が出てきたら集中攻撃かけるぞ!」
大河が呼びかけるが、その中でベリオが叫ぶようにして言う。
「ですが、人質が!」
下手に大きな攻撃を放って、建物に何かあれば人質たちもどうなるかわからない。さらに敵が一体とは限らないのだ。人質を監視しているモンスターがいたならば。
「人質はいません!」
「どうしてわかるのよ!?」
恭也の小太刀二本を左腕で抱えながら、白琴を構えて断言するなのはに、リリィもライテウスを突き出したまま、視線だけを彼女に向けて聞く。
それになのはは少しだけ笑って答えた。
「人質がいたら、おにーちゃんが逃げてくるわけがない!」
「って、そんな、確証になってないわ!」
ベリオの言う通り、なのはの言うことには確証がない。
ただなのはとて、何の考えもなしに言っているわけではない。
恭也が、この合図で自分たちが集中攻撃をしかけようとすることを考えていないとは思えない。
さらに人質がいたならば、自分の身が危うかろうと恭也がこのような手段をとるわけがない。もっと慎重に行動するはずだ。だが、実際に恭也はこういう行動に出た。それはつまり、恭也の方に人質がいないという確証があるはず。
それに今叫んだことも、なのはの本心だ。
「人質がいて、何かあったら、責任は私がとります!」
だが、そんなことを説明している暇があるわけもないし、実際にそれが正しいという確証はやはりない。
だがそれでも……なのはは恭也を信じている。
なのはの言葉を聞いて、再び全員が召喚器を構え……いや、ベリオだけが構えていなかった。
「ベリオ、いいから準備しなさい!」
「でも!」
リリィの言われても、ベリオはなおも躊躇する。彼女は心の底から人質となった人たちを心配しているのだ。それもやはり正しい反応である。
だがリリィは、そんなベリオを睨み付けた。
「恭也となのはは仲間でしょうが! 仲間を信じないでどうするのよ!?」
昔のリリィであれば、絶対に出なかったであろう言葉。
「私も何かあったら責任をとるから!」
それに未亜が続く。
「それならば私も責任を負いましょう……もっとも、私は恭也さんを信じていますが」
リコは珍しく少し笑いながら。
そして、さらに大河が笑う。
「だったら俺もだ。仲間は連帯責任だからな。ま、んな心配いらないだろうけどよ」
さらにカエデも頷いて口を開く。
「拙者も師匠と、師匠の師匠を信じるでござるよ!」
次々と上がる仲間の言葉に、ベリオは驚いたあと、彼らと同じく笑ってみせた。
「そうでした。私たちは仲間ですものね……信じるのが当然ですよね」
そう言って、今度こそユーフォニアを構えた。
恭也は途中でいくつかの窓を割り、外にいる仲間たちへと合図を送りながら走る。
さすがの恭也でも、離れた場所にいる者たちに、自分の情報を正確に伝えるようなことはできない。だから、行動で伝えるしかないのだ。
この合図の意味を、みんなは理解してくれているだろうか。
少なくとも、何かがあったことだけは伝わっているはず、それだけでも構わない。
人質がすでにいないことを大河たちは知らない。となると、この建物に向けて攻撃を放つことはできないだろう。
だが、もし……行動の意味を理解し、自分を信じてくれたならば、恭也が外に出た瞬間、総攻撃が可能だ。相手が何であれ、彼らの総攻撃を不意打ちで受ければ、無傷というのはありえない。
もし人質がいると考え、迷い、攻撃ができなかったとしても、それはそれで構わない。そのときは人質がいないことを口で伝えて、全員で戦えばいいだけだ。
安全策で言えば、後者を取るのが無難な方法ではある。だが前者であれば、敵に反撃の暇も与えず、誰も傷を負うことなく滅ぼすことができるかもしれない。
「……信じてくれることを信じればいいか」
きっと、彼らは信じてくれると信じている。
後ろから追ってくるモンスターを感じながらも恭也は走る。
大河たちが開けたのか、開いている出入り口の扉が見えた。
そして、その向こうには、全員が召喚器を持ち、待ち構えていた。
大河が爆弾を構え、未亜は光る矢を番え、リリィは火球を生みだし、カエデは燃える手を突きだし、ベリオはロッドの先端に光を集め、リコは上空に腕を上げて、なのははすでに魔法陣を描き終えている。
そんな、いつでも攻撃可能な彼らの姿を見て、恭也は苦笑した。
自分は信じてもらえたらしい、と。
恭也は外に出て、そのまま飛び上がり、大河たちの後方へ着地する。
それと同時に、恭也を追ってきたモンスターが、その巨体で建物を壊しながら、姿を現した。
「やれ!!」
恭也が叫ぶのと同時に、全員がそれぞれの攻撃を放つ。
大河の爆弾が爆裂し、リリィの火球とカエデの生み出した炎が燃え上がり、未亜の光の矢とベリオのロッドから放たれた光線が閃光のように輝き、リコの魔法の雷が辺りを蹂躙し、なのはの光の塊が全てを飲み込む。
救世主候補たちの全力の集中攻撃は、役場さえも巻き込み、爆風を生む。
「す、すげ」
爆弾を投げ終わった大河が、その威力に驚き、思わず呟いた。
救世主候補たちの攻撃は、モンスターだけでは飽きたらず、役場をほぼ半壊にさせていた。
だが、
「って、まだ生きてやがる!」
大河の言うとおり、モンスターはあの攻撃の中でも生きていた。
とんでも生命力である。
もっとも本当に虫の息で、体中を覆っていた甲羅もなくなっており、元の姿がわからないくらいに原型を留めていない。触手の腕もほぼ炭と化していて、まだかろうじて動いているのが二本ほど。その二本の触手も、本当に弱々しく、震えるようにして動いているだけだった。
「いや、終わりだ」
そう呟いたのは、地面に着地した恭也だった。
恭也は、なのはから小太刀を受け取ると、紅月を静かに抜刀する。
「神我封滅……」
恭也は、そのまま霊力を纏わせ、深く構える。
「洸桜刃!!」
紅月が振るわれ、纏われた霊力が一直線に伸びていく。
独特の黒い霊力は、ほぼ炭の塊となっていたモンスターを飲み込んだ。
それを見届けて、一拍の間を置いたあと、恭也は紅月を鞘へと戻した。
それから、全員の方へと振り向く。
「……恭也さん、人質の方々は?」
ベリオに問われ、恭也は静かに首を横へと振った。
「そうですか」
それを見て、ベリオは悲しそうに俯いた。
「ベリオ、お前が気にすることじゃねぇよ。ベリオが悪いわけじゃないんだからな」
大河は慰めるように、ベリオの肩を叩く。
「はい……」
まだ幾分か暗い感じではあるが、ベリオは少しだけ笑いながら頷いた。
それを見てから、恭也は口を開いた。
「信じてくれてありがとう」
中であったことは何も言わず、恭也はただそれだけを告げた。
それに全員も中であったことは聞かずに、笑ってみせた。
「アンタが言ったんじゃない、仲間を頼れって。アンタは仲間……なんでしょ?」
リリィは笑いながらも顔を赤くして、肩を竦めて言う。
「恭也さんも、私たちのこと信じてくれたんだよね?」
未亜が微笑みながら聞いてくる。
それに恭也も笑って頷いた。
それらを見ていた大河も、鼻を手で擦りながら笑う。
「仲間の信じる力の勝利、ってやつかね?」
「なんだか大河君には似合わない言葉ですね」
「お兄ちゃんは信じられるときと、信じられないときが極端だから」
「アンタが言うと胡散臭くなるわね。それにアンタの場合、女の子が信じた瞬間に押し倒しそうよ」
「そ、それが仲間にかける言葉か!?」
「拙者は師匠を信じてるでござるよ」
「おお、弟子よ!」
全員が冗談で言っているのがわかるのだろう、大河を中心に苦笑がもれる。
その中で、リコとなのはは恭也へと近づいた。
「マス……恭也さん、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
「おにーちゃんのそういう意味での大丈夫は、なのはは信用できません」
「……本当に大丈夫だ」
なのはのあんまりな言葉……否定はできないが……に、恭也は憮然とした表情で返す。
ようやくいつも通りの救世主クラスに戻り、これでこの初任務も終わり……かと思われた。
「グルァァァァァァァァァァッ!!」
それは人間では出せない声量。
人間ではないモノの雄叫び。
それが聞こえた瞬間には、全員が顔を引き締め、再び武器を取り出していた。
「まだ何か残っていたんですか?」
「役場にはいなかったはずだが。どこかに隠れていた、もしくは隠していた、と言ったところか」
「どこに隠れていたのでござろうか?」
「フン、そんなのどうでもいいわよ、ようは倒せばいいんだからね」
「今回は俺もリリィに賛成だぜ」
そんな会話をしていると、雄叫びを上げていたモンスターが、周りの建物を破壊しながら目の前に姿を現した。
その姿は……
「なんか、さっきのとほとんど変わらなくねぇか?」
「確かに」
そう、先程のラウルの姿に化けていたモンスターと、ほとんど変わらない姿形をしたモンスター。
巨体で、亀のような姿に、その両手が無数の触手。
「ああ、なんつーかあれか、色違いモンスター? うむ、同じ種類が無数にいるっていうのはザコの証拠」
大河が緊張感なく言ったその言葉が、モンスターを怒らせたのか、ある意味戦闘の始まりの合図となった。
モンスターはすぐさま左腕の触手を、恭也たちに向かって伸ばす。
恭也たちは飛び上がったり、後方に下がるなどして避ける。
やはりモンスターは大河の言葉に怒りを覚えていたのか、すぐに彼を狙い、右の触手で襲いかかった。
その触手の数は、十本以上。それが色々な方向、様々な速度で大河に向かう。
「はん!」
だが大河は鼻を鳴らし、そのすべてを剣で捌く。
恭也の斬撃に比べれば、こんなものは児戯に等しい。彼の剣は二本だが、もっと速く、この触手よりも、大量の斬撃を一瞬で放ってくるのだ。
この程度の攻撃を捌くなど、恭也の斬撃に慣れた今となっては、造作もないことである。
そして、その恭也も反対側……左の触手を捌いていた。
二人が左右の触手を捌いている間に、カエデが飛び上がり、その身体に拳を叩き込む。
「クッ、堅い」
亀のような甲羅を覆うその身体は、見た目通りに堅く、砕くことができなかった。
それを理解して、カエデはその身体から離れた。
リリィやベリオ、リコ、なのはや未亜も、後方から三人の支援をしつつも、攻撃を加えていく。
そんな彼らを、恭也は触手を捌きながら見ていた。
おそらく、この敵を倒すのに一番有効な方法は、徹か雷徹を使うことだろう。あれが甲羅である以上、その中は普通の強度にすぎないはずだ。ならば、内部に破壊力を浸透させる徹や雷徹が一番有効なはず。ある意味、内部がすべて石でできていたゴーレムよりは、与し易い相手である。
だが、恭也はそれをすぐには行わなかった。
本来、敵ならば倒せる時に倒すのが恭也だ。だが今回は、救世主候補たちにとって貴重な経験となる戦い。救世主候補たちは団体で戦うのは初めてのことなのだから。そして、おそらくは今後も似たような戦いになることもあるはずだ。
ならば、今回は彼らに任せようと考えていた。
彼らには、恭也にはない能力がある、圧倒的な破壊力がある。
それらを最大限に活かし、そして力を合わせて戦えば、この程度の敵に勝てない道理はない。ならば自分は、成長を促すために、今回の戦いではフォローに徹すると決めた。
恭也は触手をいくつか斬ると、後方へと下がる。そしてもう一度、全員の戦いをそれぞれ見ていく。
大河は、触手を捌くのにも飽きたのか、トレイターを斧に変えて、一気に断ち切る。さらに次の瞬間には、ランスに変化させ突っ込んだ。
ランスは堅い甲羅に阻まれたが、すぐさま剣に戻し、露出している頭を狙った。だが、モンスターが不気味に顔を動かしたため、人間で言うところの頬辺りに、ほんの少し傷をつけるだけになってしまった。
大河は、恭也の指摘したトレイターの弱点……武器を変化させる際にできるわずかな隙、それを見事に改善していた。
トレイターの変化のさせ方は、どの武器になれ、と考えるだけ。ならば、攻撃をする前に、次に何へと変化させるかを決めて、変化にかかる時間を僅かに減らしていた。つまり思考の方の速度を上げたのだ。
ただ、今までは相手の動きを見て、武器を変えていればよかったが、この方法だと、二手、三手先を読まなくてはならない。
だが、大河はそれを『なんとなく』で変化させている。なんとなく、敵は次にこう動くのではないか、こうした方がいいのではないか、とのことである。
それを聞いたとき、恭也は流石に呆れた。
その無茶な読み方に、ではなく、大河の才能に。
なぜなら彼の読みは、なんとなくであるはずなのに、的確に読んでいるのだから。
恭也の勘も人並み外れているが、それは血の滲む……いや、本当に血を流しながらの鍛錬と、何度も死にそうになりながら切り抜けてきた実戦の中、その経験によって培われた所が大きい。
対して大河の勘は、生まれ持った天性のものだった。
無論、信憑性という意味では、恭也の勘の方が高いだろう。彼の勘と読みは、経験によって裏打ちされているものなのだから。
だが、もっと大河が経験を積んで、この勘を伸ばしていったのなら、それは間違いなく武器になる。
カエデもそのスピードで、襲ってくる触手を攪乱しながら突き進み、攻撃を加えたり、大河との連携もこなしている。
リコは、前衛がいるため大きな攻撃こそ使わないが、見事に色々な魔法や召喚術を駆使していた。元々、彼女は大技だけでなく、小技も長けているのだから当然かもしれない。
リリィも体術を使いながら、懐から魔法を仕掛けるなどという大胆な戦い方をしているが、見事なやり方であった。
ベリオは、障壁を作り出して、敵の進行を妨げたり、攻撃を防いだりし、さらに攻撃魔法も使っている。援護をしながらの攻撃、ある意味、彼女が一番先を見て戦っているはずだ。
それぞれが的確に、自分がすべきこと、自分にできること、仲間にできることを選んでいる。
そしてなのは。彼女は白琴で次々と魔法陣を生み出して攻撃している。モンスターの辺りを走り回り、色んな方向より攻撃。さらに何度も飛び上がって空中で魔法陣を描き、上空からの攻撃まで行っていた。
だが、
(なんだ?)
そのなのはの戦い方を見て、恭也は再び触手を捌きつつも、違和感を覚えていた。
なのはの攻撃は的確だ。ちゃんと前衛の二人と自分を見て、それに影響を与えない場所へと攻撃をしている。そのために走り回っているはずだ。
(何を言ってるんだ?)
なのはは、何かをブツブツと呟きながら魔法陣を描いている。
口が動いているのはわかるが、その内容はわからない。恭也は読唇術も使えるが、それでもその意味が理解できない。
もしや何かしらの呪文か、とも思った。だが、白琴から放たれる魔法は疑似魔法であり、呪文は必要としない。魔法陣が呪文の変わりと言っていたのだから、間違いないはずだ。ならば、なのはが戦闘中に呪文を唱える意味がない。
だが、本当の違和感はこれではない。
(振る回数が多い……)
恭也はすぐに違和感の正体に辿り着いた。
なのはは、何度も白琴を振るって魔法陣を描いているが、その数と白琴を振るう回数が合わない。
今も『四つ』の炎が魔法陣から飛び出た。
だが、なのはが白琴を振るった回数とその軌跡を考えるに、魔法陣は『六つ』描かれていた。残りの二つは魔法陣としてすら現れてはいない。
上空に描かれた三つの魔法陣から放たれる氷の槍。だが描かれていた魔法陣の数は四つのはず。
見えている魔法陣の数と、白琴で描いている魔法陣の数が間違いなく合っていない。
さらには一個だけを描いるはずなのに、魔法陣も効果も現れないことすらあった。
ミスか、とも考えるが、今までそんなことはなかったし、ミスとするならば多すぎる。ほぼ三分の一の魔法陣が、その効果を発揮していないことになってしまう。
恭也は、なのはを意識しながらも、モンスターの尻尾を切り落とす。
その横では、大河がトレイターをナックルに変えたあと、カエデに視線を向けていた。
大河が何を言いたいのかを理解したらしく、カエデは黙って頷く。
それと同時に、二人は飛び上がる。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「雷神!!」
大河は落下のスピードと腰の回転を加え、カエデは雷を纏わせ、それぞれ右と左の拳を同時にモンスターの甲羅へと叩きつける。
その二人の攻撃を受けて、モンスターの甲羅に罅が入った。
二人がモンスターから離れると同時に、恭也もモンスターから離れる。
そして、リコが小型の隕石を召喚し、さらに甲羅へと叩き落とす。
それによって、罅か大きくなった。
「ブレイズノン!!」
「レイライン!!」
「当たって!」
さらにリリィの火球とベリオの光線、未亜の大量の矢が甲羅へと直撃し、甲羅が完全に砕け散る。
「皆さん、離れてください!」
なのはが、後方より全員に向かって叫ぶ。
彼女が何をしようとしているかはわからないものの、全員がそれに従い、なのはの後ろへと下がる。
「ディスペル!」
全員が下がったのを確認すると、なのははその言葉を叫んだ。
それと同時に現れる数十もの魔法陣。
「なっ!?」
その膨大な数に、ベリオ以外の者たちが驚きの声を上げた。
モンスターを囲むようにして、あらゆる方向、あらゆる場所に描かれた魔法陣。それは白琴が生み出すはずのもの。
「いけぇぇぇぇぇぇ!!」
そのなのはの叫びに応えるかのように、魔法陣は輝きだす。
そして、魔法陣から現れる疑似魔法。
いくつもの炎が、光線が、氷の槍が、光の塊が、雷撃が……次々とモンスターを飲み込むかのように向かっていく。
全方位からの攻撃に、モンスターはかわすことなどできるはずもない。全ての魔法は、モンスターに直撃した。
それによって、先程救世主候補たちが集中攻撃を行ったときのように砂塵を生む。
それもしばらくしてゆっくりと晴れていく。
砂塵が晴れ、モンスターがいた場所……そこに残されていたのは、甲羅の破片など、モンスターの一部であったもの。
「……マ、マジか?」
「うそ……」
「やっぱりあのときは手加減されていましたか……」
「な、なのはちゃん、凄い」
「さすがは……恭也さんの妹……?」
「ふむ、これを狙っていたのか。しかし原理がわからんな」
そのとんでもない攻撃……あらゆる範囲からの波状攻撃……を見て、一同はさすがに驚きを隠せなかった。
そして、なのはは一度息を吐いてから、そんな彼らの方に振り向く。
「終わりましたよ」
にっこりと、まだあどけなさの残る表情で、微笑みを向ける。
だが、そんな彼女にほとんどの者が唖然とした表情を返すことしかできなかった。
戦闘が終わり、村の中を一通り確認したものの、やはり生存者を見つけることはできなかった。
結局、救世主クラスの者たちができたのは、モンスターを倒すことだけ。誰も救うことはできなかったのだ。
さすがに帰りは、全員が重い表情であった。
恭也と大河の励ましで、何とかいつも通りに戻ったが、それぞれやはり思うことはあるだろう。
多少後味が悪いものの、こうして彼らは初めての破滅との戦いを終えたのだった。
あとがき
はい、偽村長、いいとこなし。毒イベントもなく、さっさとやられてしまいましたー。
エリス「すでにリリィがそっち系を覚えているのはばらしてるからね」
んで、なのはがとんでもないことに。
エリス「というか、何の説明もしてないんだけど。あれなんなの? 確か白琴の魔力の関係で、強力なのとか、幾つも同時にとかはできないんじゃなかった?」
ブツブツと何かを言っていてたのがポイントです。まあ、すぐにネタばらしはします。今までも色々言ってるから、すでに気づいた人もいるかもしれないし。
エリス「とりあえず、本編だとチームワークでの勝利だったけど、この話だとちょっと違うみたいだね」
意識して変えてみました。あとちなみに、恭也は救世主クラスのリーダーではありません。彼はどちらかというとみんなの頼れるお兄さんです。
エリス「なにそれ?」
いや、今回の件で、恭也がリーダーみたいな感じに見えるから、とりあえず違いますよー、と。どうにもならないときや、自分しかできないことなどでは率先して動くけど、他はとりあえず成長を促すために見守る、みたいな。
エリス「似たようなものだと思うけど」
あうう。
エリス「それになんか終わり方が暗い」
す、すいません。
エリス「まあ、こっちも一段落したんだから、とりあえず大河編にいきさなさい」
はい、というかもうできているので、次回で送ります。
エリス「よろしい。では、今回はこのへんで」
ありがとうございました。
いやいや、なのは凄いの一言だな。
美姫 「本当に。あれはどんな仕組みなのかしらね」
ポイントの一つは、何かを呟いていた事。
美姫 「もう一つのポイントは、訓練でリリィにも何かを手伝ってもらっていたって所かしら」
いやー、これが明かされるのが楽しみだな。
美姫 「本当ね。今回ラストでは、恭也と大河を覗いては少し落ち込み気味みたいね」
次回以降の展開が楽しみです!
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。、