『選ばれし黒衣の救世主』










 赤い世界。
紅い世界。
赤い液体が川のように流れていた。
見えるもの全てに、紅いカーテンがかかっていた。
それは血の赤……それは燃えさかる紅。
そこは地獄だった。
否、地獄というのも生やさしい世界。
そこは絶望の世界だった。




赤と紅の世界のみが、私に許された映像。
その中で、激痛だけが、私に許された感覚。
狂ってしまった世界の中で蠢く幾つもの異形。
私も狂ってしまいたかった。
狂って楽になりたかった。
 一つの異形が、私に向かって爪を振り下ろそうとしている。
だけど、私は何もできない。
もうこの世界で生きているのは私だけだから。そんな中で、私だけが生きていることに何の意味があるの?
きっと私が死ねば、この世界は本当に終わるんだ。
だから終わらせよう。
だって、私の心はもうすでに折れて、死を求めていたのだから。


……。
…………。
………………でも、私を助けてくれたオジさんは生きろと言っていた。
私だけでも生きろ、と。
他にも色んな人が、私なんかを助けてくれた。その人たちは、ただ私に生きろと言った。
なら生き残らないと。
私はみんなの想いを背負ってるんだから、死という安らぎに逃げてはダメだ。
でも……そんな私の想いを踏みにじるかのように、爪は私に向かってくる。
だめ……なの?
私なんかじゃ何もできないの?
私は目をつぶらない。殺されてでも、最後まで抵抗する。
それがみんなに助けてもらった私が、今唯一できることだから。最後まで、意地でも目をつぶってなんかやらない。
私の命を断つ……そして、この世界を終わらせる爪が振り下ろされる。
だけど、その爪は私に届くことはなかった。
赤と紅の世界に、一筋の黒銀の光りが走り、それは私の命とともに、この世界を砕くはずだった爪を受け止めていた。
そして、次の瞬間には異形の方が血をまき散らしながら倒れていた。
何が……起こったの?
ジャリジャリと焼けた土を踏みしめる音。
あたりを包む熱でよく見えないけど……でも見えた。
黒。
黒い服を着た、広い背中の男の人。
ああ、まだこの世界に、私以外に生きている人がいたんだ。私は一人じゃないんだ。

「待っていろ、すぐに終わらせる」

少し低い声で、男の人は言った。
赤く紅い世界で、ただ唯一、黒という色を持っている人。

(この人が救世主……?)

私は男の人の広い背中を見続ける。
その人は、少し変わった剣を持っていた。
見たことがない黒い柄と鍔。刃は普通の剣より短くて、少しだけ黒く、反っていた。そんな、この世界では見たことがない剣。
それを二つ……両手に握っていた。
男の人が持っているその剣が、私にはまるで黒い翼に見える。
その人はゆっくりと異形たちへと向かって行った。







 第二十三章 初任務






「夢……だけど、どんな夢だったっけ?」

救世主クラスの一員、その主席であるリリィは、授業が終わったあと廊下に出て、その窓から学園の庭を見渡しながら呟く。
 今日、夢を見た。
言ってしまえばそれだけのこと。だが、その内容がまるで思い出せない。もっとも、夢というのはそういうものだから、おかしなことではない。
だけど、なぜだか気になるのだ。
断片的に覚えているのは、赤と紅、そして黒。
 なんというか、色だけというのもおかしな感じである。

「まあ、気にしても仕方ないわよね」

 夢は所詮夢でしかないのだから。
だが、この頃似たような夢を見る……正確には見ていると思う。気になるのだが、起きた後だと思い出せない夢。
 そう、それは確か、あの禁書庫から帰って来た日ぐらいから。

「リリィ、何をしてるんだ?」

 窓の外を眺めるリリィに、突然声がかかった。
振り向けば、そこにはいつも通りに全身を黒で包んだ男……恭也がいた。
その姿を見て、一瞬だけ何か違う映像が見え、声が出なくなる。

「リリィ?」

 そんなリリィに、恭也は不思議そうにもう一度声をかけた。

「あ、ああ、ごめんなさい。別に何もしてないわよ、ただ外を眺めてただけ」
「そうか」

恭也は言いながら、リリィの横に立つ。
少しだけ時間が経ったあと、唐突にリリィは口を開いた。

「ねぇ、恭也」
「なんだ?」
「貴方さ、昔、私と会ったことない?」

リリィは、ここしばらく疑問に思っていたことを口にする。

「俺がリリィと?」
「ええ」

大きく頷くが、恭也は眉間に皺を寄せていた。

「いや、ありえないだろう」
「なんでよ!?」

すぐさまありえないと言われ、リリィは思わず怒鳴る。だが、そのために廊下を歩く生徒たちの視線を集めてしまい、顔を真っ赤にした。
だが、すぐに平常心に戻す。
恭也はそれを見てため息をついていた。そんな彼を睨み付けるが、簡単に受け流されてしまっている。何か悔しい。

「考えればわかることじゃないか? 俺はこの世界以外に他の世界へ移動したことはない。リリィだって、自分が生まれた世界とアヴァターしか移動したことはないのだろう?」
「う……」

そういえばそのことを忘れていた。
恭也がリリィの世界の生まれだったとか、アヴァターの住人だったとかいうのなら……かなり低い確率ではあるが……出会っていてた可能性も否定できないが、恭也は他の世界の人間だ。過去に接点などあるわけがない。

「なんでいきなりそんな話をするんだ?」
「それは……」

恭也に問われて、リリィは思わず口ごもってしまう。

「な、なんとなくよ」

何か説明するのが恥ずかしくて、リリィは顔をそらした。
言えるはずがない。
あの時……禁書庫での戦いで、自分を守るために剣を振るっていた恭也の後ろ姿を見て、既視感を覚えたなどとは。
どこかで見たことがある背中だと思った、なんて言えない。
見たことなどないはずなのに、心の中にある黒い大きな背中。
記憶にないはずの記憶。
それを言うのは、なぜかひどく恥ずかしくて……例えるなら、自分を守ってくれる王子様を求める少女のような感覚。
だが現実に、リリィ・シアフィールドはそんなものを求めてはいない。
自分は一人でも……いやいや、それでは昔と変わらない。少なくとも、自分は守られているだけの存在ではないということだ。
とりあえず話をそらそう。
 そう決める。

「そういえばさ」
「今度はなんだ?」
「貴方ってさ、なのはに魔力全部吸い取られたんじゃないの?」
「いきなり何の話だ」

 流石に露骨すぎたかとも思うが、リリィは気にせず会話を続ける。

「だって、あの子の魔力、異常じゃない」
「? なんのことだ?」

恭也はリリィの言葉の意味が本当に理解できないのか、首を傾げていた。

「ア、アンタ、やっぱりあのときの授業も寝てたのね?」
「……なんのことだ?」

 露骨に目を窓の外へとそらしつつ、恭也は同じ言葉を繰り返す。
それはそれなりに前のことだ。魔導学の授業で、恭也の例があったため、その妹ということでなのはの魔力が調べられたのだ。
 それによって、恭也とは別の意味で驚きの結果が弾き出された。
 なのはの潜在的魔力は『常人』の数十倍以上……というとんでもないものである。
 この学園において、教師陣を含めても間違いなくトップだ。
それを説明すると、恭也は感心したように頷いた。

「ほう、それでか……。もしかして、『あれ』を教えたのはリリィか?」
「私だけじゃないわよ。あの娘、いろんな人に教えてもらってるみたい。それこそ教師から、他の科の生徒にまで。だから私にも何ができるのかなんてわからない」
「なるほど」

リリィとて、なのはの才能に嫉妬しなかったわけではない。最初に彼女のことを知ったときは、かなり嫉妬したものだ。
だが、彼女はその才能に胡座をかいておらず、ちゃんと努力をしている。そういう努力をしている人間を、リリィは嫌いではないし、否定などしない。

「おかしな話よね。兄の方は常人以下どころか、まったくと言ってもいいほど魔力がなくて、妹の方は異常とも言えるぐらいの魔力を有してる。貴方たち本当に兄妹?」

 リリィは少し笑いながらも、そんな冗談を口にする。
 だが恭也はそれを聞いて、目を瞬かせたあとに、なぜか苦笑した。

「どうだろうな」

 その答えを聞いて、リリィは慌てたように恭也の顔を見た。

「まあ、何十分の一という確率ぐらいでなら、それもありえるかもしれない、と言ったところだ」
「そ、それってどういう意味よ」

 冗談で言った言葉に、そんな返答をされて、リリィはさすがに戸惑った。
 だが、恭也は苦笑しながらも、軽く肩を竦めてみせた。

「俺も父さんも色々とあったし、俺たち家族も複雑だからな。可能性としてなら、ないわけでもない」

 恭也はそう言ったあと、魔力でそんな結果も出た訳だしな、と続けた。
魔力というのは、その人の努力によって伸ばすこともできるが、やはり才能というものが大きい。恭也のように、元々無いに等しい魔力では伸ばしようがない。有能な者が、どう努力しても、元の倍になることもない。
 元の魔力の量で重要なのが遺伝だ。
両親の魔力が大きければ、それは遺伝する確率が高い。
 兄弟二人で、その魔力に隔たりがあるというのもおかしいことではないが、恭也となのはほどの差を持つ兄弟というのもそういないだろう。

「気にするな、ただの戯れ言だ。どんなことになろうとも、なのはが俺にとって何よりも大切な妹であることには変わりない。それに血の繋がりなど関係ないさ」

苦笑を消して、恭也は言う。
それは当たり前のことを当たり前に言っているだけ。

「そう」

 リリィは、これ以上は自分が何かを言うべきことではないと思い、簡単に返した。だが、その心のどこかに引っかかるものを感じていた。
 何となく沈黙が流れる。
 そのときだった。

「おにーちゃん、リリィさん」

 そんな声が聞こえた。 
 二人が声のした方向に視線を向けると、やはりなのはがこちらに駆け寄って来ていた。
 何というか、実にタイムリーな登場だ。
 リリィは思わず顔を強ばらせる。

「なのは、どうした」

 だが恭也はいつもと変わらず、表情も変えずに問う。

「うん、救世主候補たちは全員、学園長室に集合だって」
「学園長室?」
「なんか話があるみたい」

 なのはの話に、恭也とリリィは顔を見合わせたのだった。




 学園長室には救世主候補たちと、教師であるダウニーがいた。そして部屋の主であり、彼らを呼び集めたミュリエル。

「今回、王室から直々に協力要請が来ました」
「王室?」

この学園は王立だから、そういったのが来てもおかしくはないが。

「協力要請でござるか?」
「そうよ、行ってもらえるかしら?」

 それを聞いて、恭也は眉を寄せた。
 この学園が建てられた意味と、王室から救世主クラスへの要請。

「破滅ですか?」

 恭也の言葉に、それぞれが顔を強ばらせた。

「まだ破滅と決まった訳ではありません」

 ミュリエルは否定するが、その表情には苦悩の色があった。

「しかし、この任務を遂行すれば、今後あなた方が本物の破滅の軍団と戦う為に、またとない経験となるでしょう」

 そう言いながら、ミュリエルは恭也を見た。ある意味、彼が一番良い例と言える。救世主クラスの中で……いや、この学園の中でも屈指の経験を誇る剣士。
 彼を見ていれば、どれだけ経験というものが大切なのかは自ずとわかることだろう。

「つまり相手は、破滅かも知れないモンスターですか?」

 未亜の問いに、ミュリエルは頷いて返す。

「それで敵はどういった……」
「それは私から説明しよう」

 ベリオが続きを問おうとすると、後ろから他の……幼い声が聞こえてきた。
 それに驚く一同。恭也だけは気配を察知していたのか驚きはない。
 だが現れた少女を見て、カエデ以外が再び驚いた。

「クレア……だったか? あん時はいきなり消えやがって」

 現れたのは大河の言う通り、あのとき闘技場から消えたクレアだった。
 ある意味、なのはに白琴を持たせることになってしまった人物。

「すまぬな、あの日は午後から学園長との会合を予定しておったのだ」

クレアの言葉に、それぞれどういう意味なのかわからずに首を傾げる。

「この方は46代目王位継承者にして選定姫、クレシーダ・バーンフリート王女殿下です」

その紹介に、恭也とカエデ以外が息を呑む。

「だから、一体誰なんで……」
「長くて言いづらい名前だな」

 二人して場違いな言葉を漏らす。

「お、お前らちょっと待て。とくに恭也、反応する場所はそこか?」

 さすがの大河も、顔を引きつらせてつっこむ。

「うそ、王女様?」
「ク、クレアさんが王女様?」
「そ、そんなクレシーダ王女が、こんな子供?」

 それぞれ複雑な反応を見せるが、クレアは笑いながら大河と恭也を見た。

「過日は世話になったな、恭也、大河。特に恭也、あのときの怪我の方はもうよいのか?」
「む? もう問題ないぞ」
「そうか」

 微妙な空気が流れる中、大河は恭也の顔を見た。

「恭也」
「うむ」

 師弟関係に近いものとなり、以心伝心に磨きがかかったのか、恭也は大河の短い言葉と目を見て、言いたいことを理解する。
二人はゆっくりとクレアへと近づき、恭也がクレアの頭の右側に、そして大河が左側に、それぞれ拳を丸めこんで添えた。

「む、なんだ?」

 クレアは二人の行動の意味がわからずに聞く。
 二人はそんなクレアには応えず、その手に力を込め、グリグリと拳を動かした。

「いたたっ!?」

 二人からの合体攻撃。
 本来は一人でやるものだが。

「た、大河君!? 恭也さん!?」
「当真君! 高町君!? 何ということを!」
 
ミュリエルとダウニーの叫びを聞いて、恭也は大河に視線を向ける。
 もういいか? ということだ。それに大河は黙って頷く。そうして二人の手がクレアの頭から離れた。

「あうう」

クレアは、頭を押さえながら呻く。
救世主候補たちからも何やら声が上がったが、二人は無視した。

「いきなりいなくなんな、バカ」
「そういうことだ。心配したんだぞ」

 二人の言葉に、痛みに呻いていたクレアも、救世主候補たちも目を丸くした。

「お前が迷子だってんで、一生懸命探してやったのによ」
「いなくなるならちゃんと言っていけ、別に責めるつもりなどなかったのだから」
「いや、だからあれは……」

二人の言葉にクレアは口ごもる。
 そんなクリアよりも、他の救世主候補たちが声を上げていた。

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
「お兄ちゃん、その人は」
「王女様だろ?」

 大河は軽く方を竦めて答える。
 恭也もそれがどうした、と言った感じである。

「王女だろうが何だろうが関係ない。心配したのは本当だし、王女の前にクレアなんだ、ちゃんと言っておかねばな」
「そういうこった。立場なんか知ったことじゃねぇぞ。俺はいつか救世主になるんだから、その後じゃ目下のもんを叩くわけにはいかねぇからな。けど今回はムカついたし、俺もちっと心配したしな。
 ったく、王女様だろうが近所のガキだろうが、子供ってのは勝手で困る。そういう分にはなのはは真面目だわな」
「あれでもたまに融通がきかないときがあるぞ」

 恭也は無表情ではあるものの、世間話でもするかのような気軽さで話す男二人。
この二人の場合、クレアの立場などどうでもいいのかもしれない。王女である以前に、この前知り合った女の子、ということなのだろう。

「ふふ……」

 今まで痛がっていたクレアだったが、そんな二人を見ていて、突如として笑った。

「ふふふ、やはりお前たちは面白いの」
「何かあまり嬉しくなれない表現だな」
「バカにされてるのか? こっちは怒ってるんだが」

二人は顔を顰めながら呟く。
その反応を見て、クレアは手を振ってみせた。

「ああ、すまなかったな。お前たちには心配をかけたようだ。恭也には怪我をさせてしまったしの」
「俺たちだけに謝っても仕方ねぇだろ?」
「あの時、あの場にいたのは俺たちだけではないからな」

 クリアはそれに頷いたあと、他の救世主候補たちに向き直る。

「皆もすまなかったな」
「あ、いえ……その……」

 他の者たちは、恭也たちと違って恐縮してしまっている。

「と、とにかく、話を続けてもいいでしょうか?」

 このままでは話が進まないとわかったのか、ミュリエルがどこか表情を引きつらせてクレアに聞いた。

「ん? 話?」
「なんだっけ?」
「おお、すっかり忘れていたぞ」

 そんな三人の反応に、深々とため息をつく苦労人のミュリエルであった。



とにかくクレアの説明によると、レッドカーパス州とアルブ州の州境にある村をモンスターが襲い、人質を取って立てこもっているということだった。
 アルブは自然に囲まれた州ではあるが、今回のようにモンスターが徒党を組んで襲ってくるようなことはなかった。さらにモンスターが人質まで取ってきた。そのめたに破滅の影響である可能性が高いという判断になったらしい。
 王宮としても人質がいる以上、そう簡単には動けないとのことだった。 
 軍が動けないならば、少数部隊の派遣を、ということで、この世界では間違いなく精鋭揃いである救世主クラスに話が回ってきたのだ。

「わ、私たちが人質救出と破滅のモンスターの退治をやるんですか?」

 なのはは驚いたように聞く。
 
「そうです。これは訓練ではなく実戦。それも王宮直々の依頼による作戦です。
これに成功すればあなた方救世主承認への大きな実績になります。心して……」

 ミュリエルの言葉の途中で、ダウニーが彼女へと詰め寄った。

「学園長! 本当に、彼らにそのような重大な任務を? 時期尚早と存じます」

 その反論に、大河が怒りを覚えたのか、一歩前に踏み出そうとしたが、隣にいた恭也が肩を掴んで止めた。

「ダウニー先生が言っていることは、あながち間違いではない」
「恭也!」

恭也は大河の肩から手を離し、再び口を開く。

「元々救出作戦というのは、多大な経験が必要な作戦だ。相手の陣形や動きを読み、どの程度の人質がいるのかなど、把握しなければならないことが多い。そういう意味では、救世主クラスの者たちは経験が少ない。誰かの命がかかっている以上、戦闘能力だけではどうにもならないこともある」
「だけどよ!」
「わかってる。あながち間違いではない、と言っただけで、行かないとは言っていない。そういうことも頭に叩き込んでおけ、ということだ。意識の問題の話はしただろう、ただ戦えばいい問題ではないということだ」

 それは止める、ということではなく、大河に戦いを教える意味で言った言葉だった。
 それに気づいたのか、大河は頷いた。

「経験が能力の全てに勝るものではない。逆に、能力の全てが経験に勝るものでもない。それを覚えておけ」
「ああ」

 大河が頷いたのを見て、恭也はダウニーへと向き直った。

「ということで、俺はこの話、受けさせてもらいます」
「ですが、高町君」

恭也はダウニーの言葉を聞きながらも、他の救世主候補たちに視線を向けた。つまり『お前たちはどうする?』と聞いているのである。
 それに大河は力強く頷く。他の者たちも真剣な表情で頷いたのを見て、恭也も頷いて返す。

「俺はそういったことにも経験がないわけではないです。それに、隠密という意味ではカエデに勝る者はいないでしょうし、ベリオたちがいれば人質に怪我人がいても対処ができます」

それでもダウニーは渋面を崩さない。

「しかしですね」
「ダウニー先生。王宮から……いえ、殿下からの強い要請なのです」
「学園長……」
「私も、彼らの能力をつい先日見せてもらった。彼らならばやってくれると信じておる」
「殿下……」

 学園町と王女からそう言われては何も言いかえせないのか、ダウニーは押し黙った。

「彼ら、救世主候補たちが承諾した場合、私でさえも引き止める強制力は持たないのです」
 
 そうミュリエルが言い、話を締めくくると、クレアは頭を下げた。

「申し訳ないな、学園長。少し、スマートではなかった」
「いえ、ここはアヴァター王室によって建立された学園です。殿下のなさりようは正しいかと」
「正しいと、快いは異なろう?」
「…………」

 ミュリエルとクレアの間に、妙な緊張ができあがったことを、恭也は見逃さなかった。

(色々と上の方は複雑なようだな)

 そもそもこの話が学園……救世主クラスに来るのに二日。
 早いようにも思えるが、実際の所は遅すぎる。人質がいるためそう簡単に動けないと言っていたが、こういった人質の救出に重要なのはスピード。時間が空けば人質の命は危うくなるし、敵にも体勢を整える時間を与えてしまうのだ。無論、慎重さも重要な要素ではあるが、慎重にと何もしないとではまったく意味が違う。
 村から王宮への距離を考えるに、その話が伝わるのに半日もかからないだろう。
 それなのに二日も経ってから。事の詳細やモンスターについてなどの説明がされていないところからして、おそらくはまだ現場の確認も、敵の規模の確認も何もされてはいないはずだ。
王宮の上の方では、救世主というものを信じていない者たちも多いのだろう。結局、そういった話で引き延ばされた時間が、この二日という時間なのだと恭也は思っていた。
早い話が、現場を知らない政治家たちが、ただ論争にかけた時間だったということだ。
 今回の場合、学園のことや、救世主のこと、急にモンスターが知的な行動をとったことなど、色々と複雑な所もあるのだろうが、それでもやれることはあったはずだ。
 その中で、この幼い少女が頑張っているのだと思うと、この作戦は絶対に成功させたいとも思う。ここで失敗でもすれば、クレアの立場が悪くなるであろう。おそらく二日ですんだのも、この少女のおかげだろう。
さらにこの学園の長として、ミュリエルも何かしら思うところがあるはずだ。

「出発は明日の早朝です。各自それまでに遠征の準備をしておきなさい」

 ミュリエルのその言葉で、この場は解散となった。




学園長室を出て、寮に戻るため、校舎を後にする救世主クラス一同たち。
だが、恭也と大河以外の足取りが随分と重い。

「おいおい、どうしたんだよ。さっきまでキリキリしてたのに」
「大河、やめておけ」
「恭也までどうしたんだ? もしかして、みんなビビってるのか?」

それは発破をかける言葉だったのだろう。

「そうですよ」

 だがなのはが、やはり重たい表情で頷いた。

「戦う覚悟はできてます。だけど怖さはなくなってくれないんです。もしかしたら死ぬかもしれないって」

なのはは、かつて兄に聞いた言葉、死ぬ覚悟、それを重く受け止め始めていた。兄のために戦う覚悟はできていても、死ぬ覚悟なんてそうできるものではないのだ。
それは皆も同じなのだろう。
 恭也はなのはの頭を黙って撫でてやる。
 結局、あの禁書庫では彼女を危険に晒した。それは、恭也にとっては何よりも辛いことだった。
戦うと決めたなのはを止める気はない。戦う意志があり、それを貫き通すつもりがあるのなら、すでに彼女の戦いでもあるのだから。だが、今度はあんな目には合わせないと誓う。
 
「それに、自分の心配だけじゃない。仲間が、大切な人が、そういう目にあうかもしれないんだよ?」

 なのはに続いて、未亜が呟く。
 彼女は禁書庫での戦いで、他の者たちと違い怪我はしなかった。だが、目の前で大河が死にそうになる場面を目撃していた。
 それによって、できはじめていた覚悟が、また少し薄らいできているのだろう。

「大丈夫だ」

全員が暗い表情をする中、恭也はそう力強く言った。

「あれからみんな努力していた。それは自分自身がよくわかってるだろう?」
「それは……」
「それにあれはいい経験になったはずだ。少なくとも、今回は初の実戦ではないんだ。一度実戦を積んだことで得られたものは大きい。それぞれ、あれで色々と学んだことも多いはずだからな。あとは訓練通りにやればいい。誰かがどうしようもなくなったら、他の誰かがフォローすればいいんだ。無論、俺もできるだけのフォローはする」

 その恭也の言葉に、大河も大きく頷く。

「そういうこった。下手に緊張なんかしても身体が堅くなるだけだぜ。今回もいい経験になる、そのぐらいの考えでいいんじゃねぇの?」

 大河とて、あのとき大きな怪我を負った。だが、そのことをしっかりと受け止めて、それでもなお戦うことを決めていた。
 そんな二人の言葉を聞いて、他の者たちの表情が少しだけ和らいできた。

「そうですね、今回はモンスターだけではなく、村の人の命がかかってるんですし」
「緊張や臆病風に吹かれると、普段の実力の半分も出せないことを、拙者はよく知ってるでござる」
「私は……恭也さんについて行きます」
「うん。おにーちゃんがいるもんね。だから大丈夫」
「……そうだね、自分で戦うって決めたんだから、ちゃんと最後までお兄ちゃんや恭也さんの足手まといにならないようについて行くよ」

 それぞれが自らに言い聞かせるように呟く。
 それを確認してから、恭也はリリィに視線を向けた。

「リリィは大丈夫か?」

 それは今回の件だけではなく、破滅に対しての問いであることだとわかるのは、彼女と恭也だけ。
 ミュリエルたちとの会話の間も、なのはたちとは違う意味で、リリィが緊張していたことに恭也は気づいていた。

「ふん、当たり前でしょう。私は救世主候補主席なのよ。破滅なんて消し炭にしてやるわよ」

 恭也の心配をよそに、リリィは不敵に笑って言い放ったのだった。

「そうか」

 その不敵な笑みに、恭也は苦笑で返した。
 こうして、それぞれにどこか不安の種はあるものの、救世主候補たちの初任務は始まるのであった。






あとがき

というわけで、新たに話が動き始めました。
エリス「っていうか本編通り?」
 色々と本編と違う状況になってるけど。
エリス「それにしても、また間を空けたね」
 うう、入院していたんだから勘弁してくれ。
エリス「まあ書けなかったんだから仕方ないけど、これからビジバシ書かせるからね!」
 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
エリス「で、他の話はどうなってるの?」
 大河編が三、四割。アハトさんの堕ち鴉設定、赤と黒 二度目と出会いと別れの続きが五、六割。他にも書いてるけど、それほどは。
エリス「ちょっと、それって退院する前とほとんど変わってないんじゃない?」
 勘弁してくれ! 入院している間に色々やらないといけないことがたまってしまったんだ! 
エリス「ああもう、早く書く!」
 了解であります!
エリス「続きは馬車馬のように書かせますので、皆さんまた次の話で」
 そ、それではー。 
 

 




まずは退院おめでとうございまーす。
美姫 「おめでと〜」
さてさて、いよいよ物語りは破滅のモンスターとの初対戦?
美姫 「一体、何が待ち構えているのかしらね」
いやはや、楽しみですな〜。
美姫 「次回はどんな話になっているのかしら?」
あ、次回〜次回〜♪



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