『選ばれし黒衣の救世主』
この世には、知らなかった、では許されない罪がある。
それはまさしく、私のことを言っているのだろう。
だって、私は知らなかったから。
私の家族が引き起こしていた罪を知らずに、私はただ一人、幸せだと思っていた。
けど、私に与えられた幸せは、人の不幸によって……いえ、血と死によって作りだされていたものだった。
知らなかった、では許されない罪。
その懺悔のために、神に身を捧げたつもりだった。
だけど、私はまた逃げて、繰り返してしまった。
自らの闇から逃げた……。
でも、その闇を照らしてくれる人もいた。
その人のおかげで、私は私の闇と向き合うだけの覚悟をもらった。
だけど……。
それでも、私の罪が消えたわけではない。
第二十一章 追想
ベリオは、目の前で息を整えながら休んでいる少女を感嘆とした様子で眺めていた。
少女の名前は高町なのは。
今の今まで、この闘技場で二人は訓練をしていた。
まさかここまでとは……。
二人がしていたのは自主訓練。
あの召喚の塔爆破の事件から、訓練に関しては、救世主クラスの者たちには、今まで以上の特権が与えられていた。その中でも、闘技場の自由使用がある。もっとも、色々と禁止事項もあるが。
そして、ベリオはなのはに訓練の相手を頼まれたのだ。
その話を聞いたとき、ベリオは当然の疑問があった。
なぜ自分なのか、だ。
なのはが使うのは正式な魔法ではないが、それに近いものだ。ならば、相手にするならば系統的に近い魔法を使うリリィの方がいいだろう、と思っていたのだ。
それをベリオが問うと、彼女は言った。
『リリィさんには他のことを手伝ってもらってるんで。それに、この訓練はベリオさんが相手じゃないとダメなんです』
その言葉の意味、今ならばわかる。
たぶん、相手が自分でなければ、ここに立っていられる者は、リコぐらいしかいなかったはずだ。いや、リコのテレポートも咄嗟には使えない。となると、彼女でもどうにもならない可能性が高いだろう。
そもそもなのはがベリオに向けて放ったあれは、間違いなく手加減されていたはずだ。
(短期間でこんな……)
初めてなのはの戦闘を見た時から才能があると思っていたが、彼女はそれを突き抜けていた。ある種の大河と同じく天才と言えるほどに。
ベリオは、まだ幼さが残る少女に、畏敬の念すら浮かべていた。
「なのはさん」
ベリオは自然と口を開く。
それに息を整えていたなのはは顔を上げた。
「はい?」
「いつのまにこんな?」
「えっと、前から考えてはいたんですけど」
なのははちょっと苦笑って答えた。
考えていた。
ああ、そう。彼女は天才にして天性の策士だった。
「凄いわね」
「そんなことないですよ。準備に時間がかかりますし、たぶん、おにーちゃんなら『あれ』もかわします」
と、断言してみせるなのはを見て、ベリオは先ほどの攻撃を思い出す。
あれをかわすことができる?
…………確かに恭也ならばかわしそうだ。いや、それよりも前に彼女の策に気づきそうである。
彼は間違いなく、今の救世主クラスの中では唯一完成された戦闘者。
そして、なんとくなくではあるが、まだ彼は一度も本気になってはいないようにベリオは思えるのだ。
「なのはさんは、救世主を目指しているわけではないのよね?」
ベリオがそう聞くと、なのはは頷いてみせた。
「ならどうして強くなろうと思ったの?」
「救世主になるつもりはないですけど、でも破滅とは戦うつもりですから」
なのはは真っ直ぐに答える。
「私が強くならないと、おにーちゃんの足手まといになってしまいます。それだけはしたくないんです。この前みたいなことは、もう……」
彼女と話していると、会話の中に何度もおにーちゃんという単語が出てくる。それだけ、彼女が兄を大切にしているということなのだろう。それは未亜にも言えることだ。
だから……。
だからこそ、ベリオは聞きたくなった。
「なのはさん、例えば……例えばの話なんですけどね」
「はい」
「もし恭也さんが……殺人鬼だったとしたら……なのはさんはどうします?」
ベリオは、なのはにそう聞いた。
「もし恭也さんが……殺人鬼だったとしたら……なのはさんはどうします?」
その言葉を聞いた時、なのはの心臓が、ドクンッ、と一度高鳴った。
違う……。
違う、違う。
兄は違う。
殺人鬼なんかじゃない。
だって……だって、あんなに寂しそうだった。
だって、あんなに悲しそうだった。
「なのはさん?」
ベリオの不思議そうな声で、なのはは目を見開いて、自分を取り戻す。
そんななのはを見て、ベリオは慌てたように手を振った。
「あ、もしもの話よ? 恭也さんが殺人鬼なわけないですから」
「は、はい」
何とか自分を落ち着ける。
そう、もしの話であって、あの時の話ではない。
そして、もしの話であったとしても、なのはの答えはすでに決まっていた。
「気にしません」
なのはは、そうはっきりと言い放った。
それはずっと昔のことというわけではないが、幾分が前のこと。
恭也が大学に入学し、さらに護衛の仕事を始めて、それなりに時間が経ったときの話。
その日、なのはは嬉しかった。
なぜなら兄が帰ってくる。
ここ二週間ほど、リスティから回ってきた仕事のため、大学を休み、恭也は護衛の仕事に出かけていた。そしてその仕事が終わり、今日帰ってくると連絡があったのだ。
だからなのはは嬉しかった。
二週間という時間は長かった。
やっと兄に会える。
その日は、友人との約束もキャンセルして、すぐさま家に帰って兄を待っていた。
きっと、また頭の一つでも撫でてくれる。
ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい。
大きな怪我もしていないと言っていたし、甘えても大丈夫だ。
そんなふうに、まるでどこか恋人を待つかのような気分で、なのはは恭也の帰りを待っていた。もっとも、それはなのはだけではなく、他の家族もそうであったが。
そして、恭也が帰ってきた。
「ただいま」
いつも通りの声。
それが響いて、なのはだけではなく、美由希たちも玄関へと向かう。
次々とみんながおかえり、と挨拶する。
だけど、なぜだかなのはだけはその言葉が言えなかった。
違和感。
なのはは、恭也に違和感を覚えていた。
何か、いつもと違う、と。
「ただいま、なのは」
いつものように薄い笑顔。
なのに、何かが違って見えて……。
なぜか、その笑顔がいつも以上に……ひどく儚く見えて……。
「おかえり、おにーちゃん」
自分がそう言えば、いつも兄は頭を撫でてくれるのに、その日は撫でてくれなくて……。
違和感は消えなかった。
眠れなかった。
いつもは布団に入れば、すぐに寝付くことができたのに。時間はすでに深夜に入っているが、まったく眠れなかった。
兄が帰ってきてくれたから……それもある。
だけどそれ以上に、違和感が彼女の胸を締め上げていた。
帰って来た兄。
その兄から感じる違和感。
だけど違和感の正体がなのはにはわからない。だが、その違和感は、なのはの胸を締め付けた。
他の家族もそれに気づいているのか……それはわからない。もしかしたら自分しか気づいていないのかもしれないし、自分の勘違いというのもありえる。
どちらにしろ切り捨てられなかった。
「何か飲もう」
なのはは、その違和感を忘れるためになのか、わざわざ口に出してそう言った。
部屋を出て一階にまで下りる。
そこで兄の部屋の扉が見えた。
気になるなら話しかければいい。
そう考えて、台所に向かうはずだった足を恭也の部屋へと向かわせる。
扉の前にきて、なのはは少々困惑した。
いつもならばドアの前に立つと、恭也はそれを感じとって、眠っていても、起きて話かけてきていたはずなのだ。
仕事帰りだから疲れてて気づかないのかと考える。
それならば起こすのは申し訳ない。
だが、それ以上に兄の寝顔を見てみたいという好奇心もあった。
うんうんと迷うも、結局好奇心が勝り、なのははそっと扉を引いた。
中を覗き込み、そして……。
「っ……」
息を呑んだ。
結論から言えば、恭也は寝ていなかった。それどころか布団に入ってさえいない。
昼と夜という違いはあるものの、いつものように縁側に座っている。そしてその視線は、若干雲が懸かる月に向かっていた。
なのははその姿を見て、またも胸が締め付けられた。
一瞬、恭也が消えて無くなってしまうのではないかという恐怖に駆られたのだ。
やはりおかしい。
なのはは、その違和感を確かめるべく、恭也へと近づく。
「おにーちゃん?」
なのはが声をかけると、恭也の身体がビクリと震え、なのはの方に振り返った。
恭也の顔に、一瞬ではあるが驚きの色が見えた。それを見てなのはは、本当に兄が今の今まで自分の存在に気づいていなかったことを確信した。
いつもならば絶対にありえない。
振り返った恭也には、もう驚きの色はない。
「なのは、どうしたんだ? もう夜中だぞ、寝た方がいい」
「……うん、でも眠れなくて、それで……」
なのは自身、眠れない理由が言いづらくて口ごもってしまう。
「そうか……」
だが、恭也もそれ以上深くは聞かず、そのまま視線を夜空に移してしまった。
なのはは何かを言おうと必死になるが、何も出てこない。だからせめて兄の傍にいようと、縁側にまで移動し、恭也の隣に腰を下ろす。
恭也も特に何も言わずに、好きにさせた。
なのはも恭也と同じく夜空を見上げた。
ゆっくりとした時間。
だが、なのはの心はさらに軋む。
こうして傍にいると、余計に思ってしまう。
やはり、今の兄はおかしいと。
「おにーちゃん……」
「なんだ?」
なのはが呼ぶと、恭也は視線を動かさずに応える。
それはどこか、なのはを直視するのを嫌がっているかのようにも感じて。
「今日のおにーちゃん、なんかおかしいよ」
なのはは、自分が感じていることをはっきりと言った。
「そんなことはない。そう感じるのなら、たぶん疲れているからだろう」
恭也は、少しだけ驚いた表情をみせながらも、そんなふうに返した。
「なのは、もう寝たほうがいい」
どこか話を打ち切るかのように恭也は言ってくる。
別になのはも恭也を困らせたいわけではない。だから頷こうと思った。
その前に恭也の手が伸びてくる。おそらくなのはの頭を撫でようとしているのだろう。
しかし、その手はなのはの頭に置かれることはなかった。
なぜかそれはピタリと止まり、そのまま下ろされてしまった。
そして、なのはは気づいてしまった。
なのはの頭に触れそうにになった自分の手を見て、恭也の顔が一瞬だけ歪んだことに。
それがなのはに確信を持たせた。
「おにーちゃん……やっぱりおかしいよ……」
「……なのはの気のせいだ。兄はいつも通りだぞ」
「絶対に違うよ!」
なのはは思わず立ち上がって、大声を上げてしまう。
「なのは、みんなが起きる」
こんなところはいつも通りなのに。
なのはは、ゆっくりともう一度縁側に座り直す。
また、少しだけ沈黙が流れる。
いつもなら苦痛にもなりはしないはずの時間。
恭也といられる時間なら、なのはは何も語らずとも、嬉しくて、楽しい時間であったはずであった。だが、今日はその沈黙が酷く重苦しい。
なのはは自分のパジャマを握りしめながら、やっと口を開いた。
「なのはには……言えないことなの……?」
「…………」
「なのはがまだ子供だから……話せないのかな」
「……そういうことじゃない」
だが、恭也がおかしい……もしくは何か悩んでいることは理解できたのだ。
もしかしたら、他の家族たちは気づいていたのかもしれない、恭也が何か悩んでいることを。だが、その内容を察したのか……いや、恭也ならば一人でも解決できると信頼していたのかもしれない。
だけど、なのはには堪えられなかった。
恭也一人だけを悩ませておくなんて。たぶん、今の恭也を目の前にすれば、家族みんなが同じように思うはずだ。
「話せないこと……なの……?」
「…………」
恭也は何も答えない。
だが、なのはももはや引く気はなかった。
しばらく、また沈黙が流れる。
ただ月の光だけが二人に降り注ぐ。
「なのはは……」
どのくらいの時間が流れたのか、恭也がぽつりと言った。
「なに?」
「なのはは、御神流をどう思う」
「はにゃ? 御神流?」
さすがにそんなことを聞かれるとは思わなくて、なのはは目を丸くした。
「え、えっと、おにーちゃんとおねーちゃんがやってる剣で……誰かを守るための剣……だよね?」
「……そうだな」
なのはは御神流を習っていないが、そういうことは理解できている。
そして色々な約束や誓い、絆が御神流にはある、ということも何となくわかっていた。
「俺は今、護衛の仕事をしているな」
「うん」
恭也はその仕事から、今日帰って来たのだ。護衛という仕事も、もう何度かこなしている。
「護衛をする以上……いや、剣を握る以上、覚悟しなければならないことがある」
「覚悟?」
なのはが聞き返すと、恭也は頷き返した。
「一つは殺される覚悟……」
「そんな……!」
そんなのは嫌だ。
兄が死ぬなんて、なのはには許容できない。
自分の父が同じ仕事で亡くなったことは知っている。だけど、恭也にはそうなってほしくない。
そんな叫びも、恭也はとくに答えない。
「もう一つは……殺す覚悟だ」
「殺す……覚悟」
つい今までの熱がふっと冷めていくのがわかる。
だけど、なのはには理解できない覚悟だった。
そして恭也は無表情に、次の言葉を言い放った。
「……人を殺したんだ」
その言葉は、先ほどの覚悟云々よりも……本当に現実味のない言葉だった。
なぜなら、なのはは普通の少女だったから。
周囲には変わった人たちが多いが、それでも彼女自身はごく普通の少女だった。母の跡を継ぐという、ごくごく普通の夢を持った少女にすぎなかった。
普通ではないところと言えば、絶対に叶わない想いを持っていること。
だが、彼女の唯一の普通ではない想いも、恭也が無表情に呟いた言葉に、現実味を与えてはくれなかった。
「少し覚悟をつけすぎたのか……それとも俺が冷酷だったからなのか……何も感じないんだ」
そう言って、恭也は自分の手を見つめた。
「人を殺しても……何も感じない……後悔も……恐れも……何もない。そのあとも、いつも通りに小太刀を鞘にしまって、報告をして……それで仕事も終わった」
人を殺す覚悟なんて、なのはにはわからない。
人を殺すことなんて、なのはには想像もつかない。
だけど、一つだけ否定できる。
「おにーちゃんは……冷酷なんかじゃない!」
いや、できるではなく、否定しなくてはならなかった。
なのはの叫びを聞いて、恭也は先ほどのように窘めたりはしなかったが、目を瞬かせて驚いていた。
「だって、おにーちゃんは守るためにがんばってるんだよ、それは私が……私たちがよくわかってる。それなのに冷酷なわけないよ。
きっとおにーちゃんが……その……殺しちゃった人は悪い人なんでしょ? おにーちゃんが守ろうとしていた人を……がんばってる人を傷つけるために……ううん、殺そうとしてたのかも、そんな人より……ずっとずっと、おにーちゃんの方が……」
何を言いたいのかわからない、支離滅裂になってしまう言葉。
だけど恭也は目をつぶって、本当に薄く微笑んだ。
「ありがとう、なのは……」
それは本当に小さい声量だった。だけど、二人以外誰もいないこの月夜の縁側で、なのはにははっきりと聞こえた。
いや、たとえどんなに周りがうるさかったとしても、今の言葉なら絶対になのはは聞き取れた自信があった。
恭也は目を開けて、再び月を見上げる。
「本当は怖かったんだ」
「え?」
「人を殺したことは全然怖くなかったのに……この家の前まで帰って来たら、突然怖くなった」
人を殺したことは怖くないのに、なぜ家に帰ってきて怖くなる必要があるのか。それがわからなくて、なのはは首を傾げた。
そんな彼女の考えがわかったのだろう、恭也はゆっくりと続ける。
「人殺しの俺なんかが、この家に帰ってきてよかったのか……と思って、怖くなった」
「おにーちゃん……」
「血で汚れたこの手で……みんなに触れてしまったら、みんなも汚してしまいそうで……
何より、こんな俺を見てみんながどう思うのかが怖かった」
言いながら、恭也は自らの手を月へと伸ばす。
それは恭也にとっては、血と死で汚れてしまった自らの手を確認すための行動だったのかもしれないが、月明かりに照らされたその姿は本当に優美で、なのはは心の底から見惚れた。
「本当は、それも覚悟していたはずなのに……それでも怖くてしかたがなかった」
兄から初めて聞く弱音。
だが、戦闘能力は人並みはずれているが、彼は人なのだ。
どんなに心が強くても怖くなる、それが人間だ。
今までとて、何度も辛い目にもあっただろう。だが、彼は家族に心配させまいと隠してきたはずだ。
だけどなのはには……どうして話してくれたのかはわからないが……今、恭也が自分にそんな弱音を吐いてくれたことが、たまらなく嬉しかった。自分に話してくれたことが嬉しかった。
なのはは、月に翳された恭也の手を自分の両手で取り、まるで慈しむように、大事に、大事に包み込んだ。
「私には……人を殺すとかわからない。
けど、どんなに変わっちゃっても、どんなことをしても、なのはにとっては、おにーちゃんはおにーちゃんだよ」
「なのは」
「おにーちゃんが殺しちゃった人よりも……世界中のどんな人よりも……私はおにーちゃんの方が大事だよ。
私は……おにーちゃんがどんなになっても、怖がったりしない、汚れたりしない……ううん、おにーちゃんになら汚されたっていいよ」
なのはは、包み込んでいた恭也の手を優しく握った。
「ありがとう」
恭也は微笑んで、もう一度、そう言った。
その次の日から、恭也はいつも通りだった。
真顔で冗談を言ったり、意地悪をしたり、逆に桃子にからかわれたり、美由希と鍛錬をしたり……本当にいつも通りだった。
そんな彼を見て、ホッとした表情をみせていた家族を見ると、やはり気づいていたのは自分だけではなかったのだ、となのはは思った。
ただ、みんなが恭也を信頼していただけ、きっと立ち直ってくれる、と。
しかし今回、なのはがそれの手伝いをしたことは、誰にもわからなかっただろう。
この時、なのはは心に決めたのだ。
自分の身は、絶対に兄が守ってくれる。ならば、自分は兄の心を護ろうと。
たとえ世界の全てが敵になったとしても……たとえ世界中の誰もが兄を否定したとしても、どんなに兄が変わってしまったとしても、常に自分だけは傍にいようと。
自分だけは兄の絶対の味方でいようと。
だけど、そのとき同時に圧倒的な恐怖も刻まれた。
自分がどれだけ望んでも、決して一番にはなれないという、常になのはに付きまとっていた恐怖が拡大し、胸を抉った。
どれだけ傍にいたいと思っても、兄が最愛の人を見つけたとき、自分は傍にいられるのか、いさせてもらえるのか。
おそらくは、そう遠くないであろう未来を想像し、なのはは恐れたのである。
過去を思いだしながら、なのはは自らの胸を掴む。
あのときの複雑な痛みが、ベリオの質問で再び疼きだしたのだ。
「え、えっと……気にしないの?」
なのはの心情に気づけるわけもないベリオは、彼女から飛び出てきた言葉に目を丸くしながら聞き返した。
「はい」
なのはは、胸の痛みをなんとか誤魔化しながら頷いた。
「もし、おにーちゃんが殺人鬼って呼ばれても、それにはきっと理由があると思うから」
「でも、どんなに理由があっても……」
「わかってます。どんな理由があっても人を殺すのはダメだってことは……でも、それでも絶対におにーちゃんは意味もなく人を殺したりしません。何か守るものがあったはずです」
もし、の話なのに、なのはは真剣に仮の未来を予測していた。
「他に……殺す以外の方法があったら、おにーちゃんはそれを迷わずとるはず。それでも、殺人鬼と呼ばれるようになってしまったのなら、それ以外に方法がなかったはずです」
なのはの真剣な表情に、ベリオは驚くよりも圧倒されていた。
それは先ほどの模擬戦のときよりも、ずっとずっと強く。
なのはにあったのは、信頼、それだけだった。
「だから、私は気にしません。世界中の人たちが、おにーちゃんを殺人鬼と呼んで蔑み、距離を置いたとしても、否定したとしても……私だけはおにーちゃんの傍で、おにーちゃんを肯定し続けます」
なのはは、本当に毅然と言い切った。
正しいことではない、と理解してなお、恭也の味方でいることを誓う。
「本当に……なのはさんは強いのね」
「はにゃにゃ、そんなことないですよぉ!」
なのはは照れたように笑い、手を振る。
そして、何とか誤魔化すように口を開く。
「それよりも、本当にありがとうございました」
「いえ、仲間の戦力アップですからね、つき合うのは当然よ」
ベリオも笑って首を振る。
「それじゃあ、今日はここまでにしましょうか?」
「はい」
ベリオの終了の言葉に、なのはは笑って頷く。
「なのはさんはこれからどうするの?」
「えっと、まだすることがあっておに〜ちゃんのところに」
「恭也さんの?」
「はい。することって言うか、手伝ってもらうっていうか、私が手伝うというか……うーん、自分でもなんて言っていいのかわからないんですけど」
なのはは本当にどう説明していいのかわからず、曖昧に説明する。
ベリオは顔に?マークをつけて、何度も首を傾げていた。
それになのはは苦笑して、気にしないでください、と言った。
そうして、まだ闘技場に残るというベリオ残し、なのはは嬉しそうな顔を見せながら、恭也がいる部屋まで向かっていくのだった。
恭也へと会いに闘技場を出ていくなのはを見て、ベリオは苦笑した。
だって、その姿は本当に年相応で、嬉しそうで。
先程までの表情とはギャップが大きすぎた。
でも……。
毅然と兄の味方でいる、と言い切ったなのはが、本当にうらやましくて。
「本当に……強いわね」
わかっている。彼女と自分……そして、彼女の兄と彼とではまったく立場が違うことは。
だけど、あの強さは自分にはないものだから。
例えば、なのはと自分の立場が逆だったとしても、たぶんあんなふうには言えないから。
「私は……」
いつか、全てを受け入れて、彼女のようになれるときがくるのだろうか……。
ベリオは、闘技場の中央で、晴れ渡る青空を見上げた。
あとがき
やっと過去話。
エリス「なのはと恭也の過去?」
そのとおりです。別名恭也君、ちょっと弱音を吐くの巻。やっぱり少しぐらい弱音を吐かないと人は壊れてしまいますからね。もっとも、ここになのはが現れなくても、恭也なら一人で解決したでしょうが。
エリス「にしても、なのはの想いがある意味強烈すぎない?」
かもしれないけど、一緒に送った狂愛モノよりはましだぞ。あのなのはは自分で書いといてとんでもない。まあ、あれでも投稿するから、ちょっとだけ丸くしたんだけど。
エリス「ああ、あれね。あれはすごかったね」
本当は恭也のほうの心理面もやりたかった。なんでなのはに話したのか、など。だけど書いてて変になったからやめた。
エリス「にしても、今回送った話全部重いね」
うん、確かに。というか、二つがなのはの話で、その性格がまったく違うし。しかも三つとも月夜が舞台。
エリス「で、次の話はちゃんと進むの?」
はっはっは、なのはと来たら次は決まってるでしょ?
エリス「あんた、まだ話を進めないわけ?」
まあそうなんだけど、元々やるつもりの話だったから。ホントはなのはとまとめてやるはずだったんだけど、それは無理だったから。
エリス「それじゃあ、とっとと書いて投稿!」
したいけど、相変わらずネット環境はないからねぇ。しかも、今回は三作品同時投稿、今までの最速で仕上げたぞ。
エリス「あんたね! いいから早く書いて送りなよ!」
了解であります。
エリス「それではまた次回で」
それでは〜。
うーん、良いね〜。
美姫 「しみじみ」
恭也となのはのやり取り、とっても良いです!
美姫 「なのはの強い想いがよく分かるわね」
うんうん。この話はかなり気に入っちゃいましたよ、もう本当に。
素晴らしい、テンさん。
美姫 「どうどう」
って、俺は馬かよ!
美姫 「はいはい。さーて、次はどんなお話が待っているのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」