『選ばれし黒衣の救世主』











森から響く剣戟の音……だけでなく、まるで戦争でもしてるのか、と聞きたくなるような爆発音まで響いてくる。
しばらくすると、その音は止まった。

「ぜーはー! ぜーはー!」

音を出していた原因の一人だった大河は、地面に突っ伏して息を吐き続けている。
その目の前では、それほど疲れているようには見えない恭也が、ゆっくりと小太刀を鞘に戻す。

「だから……お前の体力は……いったい……どうなってんだ?」

大河はまだまだ余裕がありそうな恭也を、ほとんど睨むようにして見ながら、息を整えつつ問う。

「何事も慣れだ」

恭也の答えは、微妙に答えになっていなかった。
大河はもはや何も言うことができずに顔を伏せる。
そのときだった。

「大丈夫ですの?」
「俺はもう全然大丈夫だぜ、お嬢さん! というわけで、これからデートに……」

大河はいきなり聞こえた可愛らしい声に反応し、条件反射のようにして立ち上がった。





第十九章 登場 ゾンビ?娘





大河の目の前にいたのは、手足に包帯を巻いているところがどこかおかしいが、確かに可愛らしい少女だった。
しかしその顔を確認して、大河はがっくりと肩を落とした。

「なんだよ、ナナ子じゃねぇか」

知り合いだったのか、大河はため息をつく。
 だが少女は、彼の周りを嬉しそうに飛び跳ねていた。その様はまるで子犬のように見え、見ているだけで、周りを和ませてくれるような感じである。

「ダーリン! デート、デートですの〜!」
「なんでお前とデートせねばならんのだ」
「ほへ? だってダーリン、俺とデートにって言ってくれたんですの」

大河にナナ子と呼ばれた少女は、飛び跳ねるのをやめて、可愛らしく小首を傾げる。

「ああ、話の途中にすまないが、大河、その方は誰なんだ?」

一人置いてきぼりにされていた恭也が、おずおずと聞く。

「ダーリン、この人は誰ですの?」

少女の意識が恭也に向く。それに大河はどこかホッとした表情をとった。

「助け船、サンキュー」
「何のことだ?」
「わからないなら気にするな」

なぜかにこやかに言う大河を不審がりながらも、恭也は二人に近づく。
しかし恭也は、少女を見ながら何度も首を捻っていた。

「恭也、こいつはナナシだ。んで、ナナシ、こいつが恭也」

大河がお互いを紹介する。
恭也も首を捻るのをやめて、とりあえず頭を下げる。

「はじめまして、ナナシさん。俺は高町恭也と言います」

恭也の自己紹介に、大河はなぜか疲れたように首を振る。

「恭也、こいつにさん付けと敬語はやめとけ、恐ろしく合わない」
「合わないとか、そういう問題か?」
「こいつはそんなこと気にしねぇよ。なあ?」

同意を求めるように大河はナナシの顔を見る。
それにナナシは笑って頷いた。

「はいですの。ナナシのことは、ナナシでいいですの」
「そうか、わかった、ナナシ」
「よろしくですの、恭也ちゃん」

そのナナシの言葉で、一瞬時が止まった。
しばらくして、大河が口に手を当てて笑い始める。
対して恭也は頬を引きつらせていた。

「ナ、ナナシ、その呼び方は勘弁してくれ」

さすがに年下と思われる少女に、ちゃん付けで呼ばれるのはどうにも体裁が悪い。実際大河は大笑いだ。
すでに二十歳を超えている恭也には、少しばかり酷な呼ばれ方である。

「恭也ちゃんじゃだめですの? じゃあ、恭ちゃんですの〜」
「それも激しく待て」

恭也は疲れたように肩を落として、手を前方に向けて言う。
恭ちゃん、という響きは慣れてはいるのだが、どうにも妹以外に言われて、その恥ずかしさを再認識させられてしまった。
恭也は元の世界に戻ったら、美由希に呼び方を変えさせるか本気で悩む。

「どうしたんですの、恭ちゃん?」

ナナシは、恭也と大河の態度の意味がわからないのか、しきりに首を傾げている。

「俺のことは呼び捨てでいいから」
「それはダメですの」

意外にも、ナナシははっきりと拒否してみせた。
その反応に大河も笑うのをやめて驚いている。

「女の子は旦那様しか呼び捨てにしてはいけないんですの〜」
「は?」

どうやら彼女はなかなか古風な思考をしているらしい。

「というわけで、ダーリンと結婚するまでは、ナナシは男の人を呼び捨てにするわけにはいきませんの」
「ちょっと待てい! 俺がお前と結婚することなどない!」

大河の思いっきりの否定に、恭也は思わず目を丸くした。
恭也でもナナシが美少女であることはわかる。その彼女にモーションをかけられているのに、女好きである大河が嫌がるのが不思議なのだ。

「え〜、なんでですの、ダーリン?」
「確かにかなり美味しい話だ。ああ、そりゃあもう、できることならば受けたい! だが何が悲しゅうて死体と……」
「大河」

何やら変な方向で言い争いを始めそうな二人を止め、恭也は大河を引っ張り、ナナシには聞こえないように小声で話しかける。

「彼女は何者だ?」

恭也は、彼女が現れたときから疑問に思っていたことを聞く。

「は? 何者って?」

しかし、それだけでは正しく意味が大河には伝わらなかった。

「どうも彼女の気配がおかしい」
「いや、あいつがおかしいのはいつものことだが」

大河はなかなかに失礼なことを言う。
だが、恭也はそれに首を振ってみせた。

「彼女の言動とかではなくて」

その言葉は、彼女の言動がおかしいという肯定である。恭也も無自覚になかなか失礼である。
まあ、ここに他の者がいても同じ答えになりそうではあるが。

「なんていうのか、気配が薄い。別に消しているようではないのだが」

これが最初ナナシが現れたときに、恭也が首を捻っていた理由だった。
彼女が接近していたことには気づいていたが、どうも気配が薄くて、感知したのがかなり近づいてからのことであったのだ。
最初は気配を消して近づいて来たのだと思っていたが、こうして喋っていても、彼女の気配は常人よりも薄いのだ。
それを説明すると、大河は手を叩いてみせた。

「ああ、なるほど。それはたぶんあいつが死んでるからだろ」
「死んでる?」

今度は恭也が不思議そうな顔をする。
大河の説明によると、彼女は元々アンデット……つまりゾンビであるということだった。
それを聞いて恭也は驚きながらも、もう一度ナナシの姿を見るが、まるでそんな感じには見えない。

「ナナ子、ちょっと来い」

そこで論より証拠などと呟いて、大河がナナシを呼びかける。

「なんですの、ダーリン?」

大河に呼ばれて、ナナシは嬉しそうに、飛び跳ねながら彼へと近づく。
やはりその様子は子犬と言っていいような感じである。
隣に歩いてきた彼女の右腕を、大河は無造作に掴む。
すると、スポッ、というマヌケな音が聞こえそうなほど、簡単にナナシの腕が取れた。

「なっ!?」

そんな非現実的な光景を見て、恭也の方もさすがに驚いた表情をみせる。
しかし、ナナシの方も別に痛がっているようでもない。それどころかなぜか顔を赤くして、残った左腕を自らの頬に添えた。何か恥ずかしがっているようだ。


「きゃん、ダーリンのエッチ」
「なんでやねん!」

ナナシの身体をくねらせながらの言葉に、大河は突っ込んでみせる。
とりあえず大河がナナシに腕を返すと、彼女はそのまま腕を元のようにくっつけてしまった。
その腕はちゃんと再び動いている。

「な?」

大河は疲れたような表情をとりながらも、肩を竦めて言ってきた。

「あ、ああ」

驚いた表情を消せないまま、恭也は頷いて返す。
どうやら本当にゾンビらしい。
耕介になんとかしてもらった方がいいか、とも思ったが、彼らが主に扱うのは霊だ。アンデットもその範疇に入るものなのか、どちらかというとベリオの分野かもしれない。
どうしたものかと思案する恭也。

「どしたんですの、恭ちゃん?」
「いや、すでにその呼び名で確定してしまったのか?」

考え事を止め、すぐさま返答する。

「何がですの?」

 ナナシはニコニコと笑っているだけで、邪気はない。
邪気がないだけに、何とも言えない。

「もういい」

結局、先に恭也の方が折れてしまった。
恭也、この世界でも恭ちゃんと呼ばれることが決定。

「それで、ダーリンと恭ちゃんは何してたんですの?」
「訓練だよ、訓練」
「訓練?」
「そうだ。戦闘訓練。というわけで俺は忙しい、散った散った」

まるで厄介払いをするように、大河は手をヒラヒラと振る。

「いや、そろそろ訓練は終わりにしようと思っているが」

と、恭也が告げると、先ほどまでバテていたはずの大河が、驚いた感じで向き直る。

「いやいやいや、まだまだ続けられるぞ」

大河は、何か続けたいというより、続けてほしいという感じで言う。
だが、恭也は首を振ってみせた。

「そろそろ日が暮れる」

そう言いながら、恭也は指を空に向けた。
すでに日は沈み始め、もうすぐ夜になる。
恭也は夜間の鍛錬をしているので、本来は問題ない。だが、大河の方がまだ夜の戦いに慣れていない。そのうち慣れさせるつもりではあるが、いきなり夜間の実戦訓練は危険だと判断していた。
というわけで、先の鍛錬で、恭也は今日の分は終了と考えていたのだ。

「いや、そこをなんとか」
「しかし、そろそろ食堂にいかなければ夕食が抜きになるぞ」

食堂の七時閉店でラストオーダーは六時までてある。かなり早い閉店時間ではあるが、学園の食堂ということで、あまり長時間の運営は意味がないし、風紀上の問題がある。
 それに間に合わなかったとしても、救世主候補たちの部屋には台所が用意されているし、他の科の棟にも台所は用意されている。
ただ、恭也と大河は別である。何しろ住んでいるのが屋根裏部屋だ。そんな部屋に台所などあるわけがなく、食堂で食い損ねれば、その日の夕食はなしのようなものだ。最悪の場合には、妹たちの部屋にある台所を借りるという手もあるが。

「まあまあ、後一戦だけだからよ」
「いや、それは構わないが、なんでそんなに鍛錬したいんだ? いつもそれぐらいならいいのだが」
「気にするな」

なぜか言いながらも、大河はナナシをチラチラと見ている。
おそらく、何とか彼女をこの場からいなくならせたいのだろう。恭也はそのことに気づいていないが、頷いて、もう一度八景を抜刀した。
大河はトレイターを出す前にナナシの方を見る。

「というわけで、ナナ子、俺はまだ特訓が残ってる。お前は早く墓場でも何でもいいから、家に戻れ」

大河がそう言うと、ナナシは首を振ってみせた。

「ナナシはダーリンの格好いいところを見学していますの」
「む? そういうことならいいだろう」

目立つの大好き大河君。
そして、相手はゾンビであろうと可愛い少女であることには違いない。
ナナシの一言で、あっさり今までの心境を覆した。
そして、トレイターを呼び出す。

「それじゃ、やろうぜ。恭也」
「ああ」

二人は同時に走り出した。




やっぱり訓練が終わると、大河は地に倒れてへばっていた。
力任せな戦い方である大河は、恭也以上に体力の消費が激しい上に、恭也よりも体力が少なかったりするのだから、当然の結果であるともいえる。
もっとも、恭也の場合は戦闘中でありながらも、多少なら体力を回復させるような術も知っているので、技術的な面もある。ついでに精神面の問題も。
それでも大河の成長は早い。しかし、恭也にはまだまだ敵わないようだ。
どうも大河は突撃に偏りすぎている。
 攻撃力という意味でなら、大河の突撃系の攻撃は救世主候補たちの中でもトップクラスに入るだろう。対して恭也は攻撃力という意味では、救世主候補たちに遠く及ばない。
だが、戦闘は攻撃力や破壊力がすべてではない。
例えば大河が爆弾を使って敵をバラバラにするのと、恭也が剣を一閃にして首を飛ばしたとしても結果は同じだ。
無論、モンスター相手……それも大群を相手にするのならば、大河の方が有用だろうが、一対一になればそうもいかない。それに恭也とて、多対一でさえどうにかできる技がある。
大河の突撃攻撃というのは、御神流の射抜のように派生するならともかく、結局一直線での攻撃でしかない、普通の人間ならば、そのスピードで反応する間もなくやれてしまうだろうが、恭也は大河が突撃しよとした瞬間には、それを読み、射線軸から出てかわす。
 早い話単調なので、突撃直前に一歩分でも横に退いてしまえばかわすことは簡単なのだ。
 銃弾をかわすのと一緒だ。銃弾は発射された後にかわすのはまず不可能。ならば発射される前に射線軸から逃れるのが一番有効な方法。そのために指と銃口に注意を払う。
 大河の突撃の場合は溜めが入るので、さらににかわしやすい。
その上力を溜めているときと、かわされたあとの隙が大きい。
そう言った欠点の多い突撃に頼る傾向にある大河は、恭也からすればいい的にすぎないのだ。相性的に今の戦い方では大河の方が不利なのである。
今はそれを矯正させている最中だった。槍やナックルなどは別に突撃しなくても、有用な武器であるのだから。
勿論突撃攻撃とて、使い方、技術によっては大きな武器である。その良い例が御神流の射抜だ。
 大河は状況判断がまだ甘いので、それをまだ完全に使いこなせていないということである。

「ダーリンも恭ちゃんも凄いですの」

見学していたナナシは、どこか嬉しそうに言う。

「おお〜」

それに大河は、へばったまま片腕を上げて応えた。
少し情けない。
恭也の方は特に応えず、八景をしまう。
そして、空を見上げた。

「これは……完全に夕食は抜きだな」

少しだけ息を吐いて、そんなことを言う。
どうも最後だからなのか、それともナナシが見ていて、大河が逆にやる気を出したせいなのか、妙に熱が入り、時間を忘れてしまっていた。
すでに日は落ちて、森の中は真っ暗になっていた。
もう食堂はラストオーダーどころか、閉店ギリギリだろう。

「げっ、飯抜きかよ」

恭也の言葉を聞いて、今までへばっていた大河が慌てて立ち上がる。
 
「だから言っただろう」
「俺、かなり腹減ってるんだが」

 大河はうへぇ、と舌を出しながらも腹をさする。

「未亜に作ってもらったらどうだ? 俺もなのはと知佳さんの部屋の台所を借りようかと思う」

恭也はさすがに家の料理人たち程ではないが……妹兼弟子とは違って……食べられるものは作れる。とは言っても、なのはと知佳の部屋を借りれば、二人が作ろうとしそうだが。
大河も今までの家庭環境のおかげで、得意とは言えないが料理はできるし、さらにこちらも、頼まなくとも未亜が作りそうである。

「それしかないか」

二人が夕食をどうするか話し合っていると、ナナシがのほほんと笑いながら大河の前に出てきた。

「ダーリン。ダーリンのお夕飯はナナシが作りますの」
「へ? ナナ子が?」

突然の……それもある意味では、料理とはついぞ縁のなさそうな少女からの一言に、大河は口を大きく開け、目を丸くさせる。
恭也の方は、まだ付き合いが短いだけに大きな反応はなかった。だが一度だけ頷いて大河の方を見た。

「お言葉に甘えたらどうだ?」
「う、まあ、そうだな」

なかなか嫌な予感がするのだが、大河は頷いてみせた。

「んじゃあ、頼めるか、ナナシ?」

それにナナシは嬉しそうに頷いたのだった。






あとがき

なぜか幕間なのに前後編。表記はないけど。
エリス「なんで二つに分けたわけ?」
いや、今回も手書きなんだけど、手書きなのになぜかとんでもない文章量になってしまった、ここまで字を書いたのは久しぶり だというぐらいに、今回の話も恭也と大河の鍛錬とか結構削ってる。とりあえず、途中で前後編に分けようと決めた。
エリス「それで二つに分けたんだ」
そういうこと。
エリス「ところで、なんでもうナナシの名前が決まってるの?」
い、いや、まあ、すでに大河が名付けていたとでも思っておいてくれ。というか、ここからは似たような事件は起きるけど、原作通りに話が進むかわからないから、今のうち彼女の名前は決まっていてくれてないと困る。
エリス「なるほどね。そういえば大河編となのは編は?」
うん、とりあえず投票の結果、大河編に決まりました。なのは編に投票して下さった方々、申し訳ありません。
エリス「それじゃあ、とっとと大河編を書く」
そうなんだけど、まだパソコン買ってない。
エリス「なんで」
 忘れていたのだよ、今月は結婚式があることを。
エリス「めでたいことだよ」
 しかし、その結婚式が二件だぞ!? とんもねぇ! 確かにめでたい! 祝わせてもらおう! だが移動費とご祝儀と二次会費やら何やらで十近くは飛ぶぞ!
エリス「錯乱しないでよ」
 あうう。申し訳ないです。とにかくまだパソを手に入れておりません。とりあえず、パソを手に入れて、データが復元できるかどうか、できなければ一から書き直します。とりあえず速やかに新しいのを手に入れるので、もう少しお待ちください。その前にこちらの続きの方が先にできそうですが。
エリス「はあ、早くしなよ?」
はい。
エリス「それでは、また次回の話で」
ありがとうございました。






ナナシの登場〜。
美姫 「そして、次回はナナシの手料理なのね」
……。
美姫 「今、何を考えた?」
多分、お前と同じことだと思うぞ。
美姫 「ナナシの手料理?」
ああ。本当に手が入ってそうだな、と。
美姫 「手とまでいかなくても、指は入っているかもね」
うっ。想像したら、ちょっと怖いな。
美姫 「この店は何をいれてるんじゃー! とか言って摘み上げたら指」
うわー、こえぇぇぇ。
美姫 「えっと、まだそうと決まった訳じゃないしね」
ま、まあ、そうだな。
美姫 「さて、次回はどんなお話になるのかしらね」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「待ってま〜す」



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