『選ばれし黒衣の救世主』
恭也は目をつぶって立っている。
その後ろでは、次の階層に行くために、リコが召喚陣を描いていた。
恭也は、モンスターが出てきたときのために警戒しているのだ。
ここまで何度もモンスターと鉢合わせたが、恭也とリコのタッグを相手に抵抗できるモンスターは皆無であった。
恭也はリコの魔法や戦い方を見て、なぜここまでの力を持っていながら、授業では本気を出さないのか不思議だった。
間違いなく、魔法の威力や詠唱の速さ、さらに経験も、救世主候補主席であるリリィよりも上だ。
そのことを問おうと、口を開こうとする。
「リ……」
「恭也さん……」
だが恭也よりも先に、リコの方が言葉を発した。
第十四章 封印されし書
先に声をかけられ、恭也は言葉を飲み込む。
「なんだ?」
そして、一度口を閉じたあとに返事をする。
「先ほどの話ですが……」
「先ほど?」
「召喚のこと……です」
「あ、ああ」
そうだった。
最初はその事を聞くために、リコに近づいたのだった。
疑われているのに、さらに疑念を増やすような質問であることはわかっていたのだが、それでも聞いておきたかったのだ。
あの不破夏織と名乗る女の素性を知りたくて。
「それがどうかしたか?」
「私の赤の書以外にも……人を異世界から召喚できる書があります」
その言葉に恭也は目を細める。
レティアのことか、と思ったのだ。
「赤の書以外にもあるのか」
知っているのだが、それを感じさせずに恭也は答えた。
「はい……名前は白の書」
「白の……書?」
紅の書ではなかった。
いや、確かレティアも白の書というのがあると言っていた。
それを今更ながら思い出す。
「だが、それは……」
封印されているのでは、と問おうとして、恭也はすぐに口を閉じた。
そんなことを自分が知っているのはおかしいと気づいたのだ。
「なんですか……?」
リコの方を振り返ると、彼女は不思議そうな顔をしているだけで、とくに怪しんでいる様子はなく、心の中で安堵する。
「いや、なんでもない。
それで、その白の書というのも異世界から召喚ができるんだな?」
「はい。しかし、白の書は封印されています」
「そうか」
知っていることなのだが、恭也は頷いてみせた。
「ただ……」
「うん?」
「どんなものでも……時の流れには耐えられません」
「時の流れ?」
「どんなものにも終わりはあるということです……。
それがたとえ……『世界』でも」
リコの言いたいことがわからず、恭也は首を捻る。
それを見て、リコは珍しく苦笑した。
「つまり……封印も時が経てば、その効力が衰える可能性もある……ということです」
「なるほど、つまりその白の書というのも、封印が衰えて、それ自体が解けていなくても、召喚できる可能性はある、ということか」
「はい……封印の中で力を蓄えていれば、二回や三回なら可能かもしれません……ただその場合、時間流の調節などがうまくいかない場合もありますし……召喚陣の問題などもありますが」
つまり、彼女は白の書が召喚した可能性もあるということになる。
そのことについてもう少し話そうと思ったが、目の前にモンスターが現れた。
恭也は静かに抜刀する。
「話は全てが終わってからの方がよさそうだな」
「そう……ですね」
リコも頷いて、召喚陣を描くのを中断し、どこからか書を取り出した。
「今ので48回目ですね」
なのはは疲れた声で言う。
その目の前では、モンスターが光となって消える。
他の救世主候補たちも息を整えていた。
だが、その中にカエデがいない。
カエデは少し前の戦闘で、ベリオを庇って傷を負い、さらに毒を負ったのだ。しかも、その毒が特殊な毒でベリオでも解毒ができずに、大河たちの説得に折れ、先に地上へと戻った。
その後も大河たちは大量のモンスターたちを相手にしながら、下へと進んできたわけである。
「まあ、つまりその分だけ下に来たわけだが」
大河は、腕で汗を拭きながらも辺りを見渡す。
「けど、リコたちは無事でしょうか……」
ベリオは心配そうに呟く。
「大丈夫でしょ、恭也がいるんだし」
だが、リリィは気軽に答えてみせた。
「間違いなく恭也さんもいることがわかりましたし、恭也さんがいるなら大丈夫だと思うけど」
さすがに疲れているのか、先ほどのような雰囲気は出さずに未亜が言う。
「へ? なんで恭也がいるのまでわかるんだよ?」
未亜の言葉を聞いて、大河は不思議そうだった。
それに、リリィはバカにしたような表情になる。
なのはも苦笑して説明する。
「さっきからモンスターの死体がいくつかあるじゃないですか。
おにーちゃんは召喚器を持ってないから、モンスターを倒しても消えないんですよ」
「ああ、なるほど。
でも、隠し階段とか開けられた形跡とかなかったけど」
「リコなら似たような構造が続くこの場所なら、結界を突き抜けて飛べるのかもしれないわ」
リリィの説明にも、大河はなるほどといった感じで頷く。
「でもおにーちゃん、膝、大丈夫かなぁ」
「そうね。あっちはどのくらいの戦闘をしてるのかわからないけど、長時間の戦闘は膝に響きそうね」
なのはは、自分の呟いたことをリリィに返答されて、驚いた顔を浮かべる。
「膝のことなら聞いてるわよ」
「そうなんですか」
そんな二人の会話を聞いて、残された三人が不思議そうな表情をみせた。
「恭也さんの膝がどうかしたんですか?」
ベリオに聞かれて、話していいものかと悩むなのはだが、これからも一緒に戦う仲間なら、兄の傷を知ってもらっていた方がいいかもしれない、と決定づける。
本当は恭也の口から言ったほうがいいのだろうが。
「おにーちゃん、昔、右膝を砕いていて、お医者さんから激しい動きとか、長時間の戦闘は止められてるんです」
なのはの言葉に大河たちが目を丸くする。
「って、無茶苦茶激しく動きまくってたじゃないか」
「あれって激しい動きに入らないのかな」
「十分激しいと思いますが」
三人の言葉を聞いて、なのはは苦笑した。
「まあ、大丈夫だとは思いますけど。元の世界でも、姉と休憩なしで五、六時間通して戦闘訓練をしたりとかしてますし」
「ご、五、六時間って」
これにはリリィも驚いた表情をとった。
「心配なことは心配です。おにーちゃん、誰かを守るためならすぐに無茶しますし」
言外にリコを守るためならなんでもするだろう、と告げる。
「そのへんはここで話してても意味ないな。とりあえず今は二人に追いつくことを考えようぜ」
「アンタにしては良いこと言うじゃない」
「にしてはって言うのは余計だっての」
「とにかく、今は先に進みましょう」
二人が言い合いになりそうだったので、未亜が割って入った。
それに渋々頷く二人。
「それではそろそろ先に……っ」
ベリオが歩き出そうとしたが、その身体がいきなりよろめいた。そして、そのまま倒れそうになるのだが、何とか大河が受け止める。
「大丈夫か……って無茶苦茶熱いじゃないか!?」
受け止めたベリオが異常な熱を持っていることに大河は気づく。
「この怪我……」
なのはが指さした腕の傷は、ひどく小さいものであったが、その傷の周りが薄紫色に変化し始めていた。
「毒だわ」
「すぐに解毒しないと」
「でも解毒の魔法を使えるのはベリオとリコだけなのよ」
「お前はダメなのか、リリィ?」
「ゴメン、覚えている最中。回復魔法なら何とか使えると思うけど、まだ解毒の魔法は……」
「っ、今使えなきゃ意味ねぇだろ」
大河は苛立たしげに髪の毛を掻きむしる。
それにリリィは悔しそうに顔を歪めた。
「お兄ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ。誰にだって何でもできるんじゃないんだし」
未亜に言われて、大河は冷静さを取り戻す。
「誰かが上まで運ばないと」
「戦力的には私か未亜さんですね」
なのはがすぐにそう答える。
「そうだね。お兄ちゃんやリリィさんがここで抜けるわけにはいかないし。万能さで言えば、私よりもなのちゃんのは方が対処できることが多いだろうから、私がベリオさんを地上まで連れていくよ」
「わかりました」
なのはは普通通りに返答しているが、いつのまにか自らの意思を強く発言している未亜に、大河とリリィは驚いていた。
「どうしたの?」
そんな二人に、未亜は不思議そうな顔を向けた。
「いや、なんか未亜が強くなったと思ってな」
「さっき言ったでしょ、流されるのはやめるって、これが私の最善だと思っただけだよ」
未亜は苦笑しながらも、ベリオを背負う。
「じゃあ、大丈夫だと思うけど、がんばってね」
「はい」
「私がいるんだから大丈夫よ」
「未亜も気をつけて帰れよ」
未亜は三人の言葉に笑顔で頷く。
「ベリオさん、もう少し頑張ってくださいね」
三人は、戻っていく未亜をしばらく見送ったあとに、再び下へと向かって歩き出した。
恭也は目の前にいる人狼を切り捨てる。
そして、すぐに後ろへと下がった。
恭也が下がると同時に、リコの魔法が発動し、残りの人狼に雷撃が落ちる。
その魔法で、残った人狼も全て滅ぼされた。
恭也は息を吐いてから小太刀を鞘に収める。
「リコ! 恭也!」
そこに、いきなり大河の声が響いてきた。
それに驚いて、二人は振り返る。
すると、大河、なのは、リリィが駆け寄って来ていた。
「お前たち、どうして」
恭也は驚きながらも三人に声をかけた。
「二人が心配だからに決まってるだろ」
「それに導きの書を取ってこないといけないし」
大河となのはは二人に会えたためなのか、笑って答えた。
「でも、ここは危険な場所なのに」
「突破してきたのよ……みんなで」
「みんな?」
リリィの言葉に、リコと恭也は不思議そうに聞く。
どう見ても三人しかいない。
「他のヤツらは色々とあってリタイヤしちまった。でも安心しろよ、俺たちが来たからには絶対導きの書までたどり着いてみせるからよ」
「……余計なこと……しないで……」
「おい、リコ」
大河の言葉に冷たく言い放つリコに、恭也は咎めるような視線と声を向けるが、彼女はそれを無視する。
「召喚陣は私が直すから……三人は上で待っていて……」
「導きの書は救世主になるのに必要なものなのよ。そんな大事なものをリコだけになんて任せておけないわよ」
「俺もいるのだが」
「アンタは黙ってなさい」
「むう」
恭也も自己主張するのだが、リリィによって綺麗に流された。
「違う……」
「え?」
「あれは……そんな」
リコがさらに何かを言おうとしたのだが、その前に恭也が突如振り返りながらも、手を動かして飛針を放つ。
それはいつのまにか背後に、多数集まっていた人狼の一匹に向かっていき、正確に眉間へと刺さる。
その人狼は、そのまま後ろへと倒れた。
「話はあとにしよう。まずは先にこのモンスターたちを倒すのが先決だ」
恭也の言葉に、四人はそれぞれ頷いて返す。
そして、恭也と大河がいっきに人狼たちへと向かっていく。
リコとリリィも呪文の詠唱をはじめ、なのはも空中に魔法陣を描く。
まず恭也が一匹を切り捨てる。
その横から現れたもう一匹は、なのはの魔法陣から飛び出した光の塊に飲み込まれる。
大河も斧の形態で二匹まとめて人狼を切り裂く。
その背後から近寄ろうとしていた人狼も、リコの雷撃を受けて動かなくなった。
後方から援護しているなのはたちの方にも、人狼が近寄ろうとするが、それはリリィの生み出す炎によって燃え尽くされた。
恭也たちの連携によって、大量に現れた人狼たちは、彼らにほとんどダメージを与えることなく滅ぼされた。
それでも、その体力は減らされ、恭也以外が肩で息をしている。恭也も顔には疲労の色が見えた。
その彼らの前に、さらに剣を持った骸骨、アンデットのモンスターたちが大量に現れる。
「ぞろぞろと」
「限度ってもんを知らねぇのか?」
言いながらも、恭也と大河が攻撃をしかけようとする。
「……リエル……本気なのね」
リコはか細い声で言いながらも、魔法を撃つために、呪文の詠唱を始めた。
「リリィさん! 後ろ!」
なのはがたまたま振り返ったとき、その背後にいたリリィに向けて、一体のガイコツが自らの骨なのかはわからないが、大きい骨の一部をリリィに向けて降り上げていた。
「え?」
なのはの叫びで、リリィも後ろを振り返り、何が起こっているのかを理解する。
何とか飛び退こうとするが、間に合わず、振り下ろされた骨はリリィの左肩に直撃した。
さらに骸骨がリリィに追撃しようとするが、なのはの炎が魔法陣から現れて、骸骨を燃やし尽くす。
「なのは! リリィを頼む!」
「うん!」
恭也に答えながらも、なのははリリィのそばについて、近寄るモンスターたちに白琴が生み出す魔法をぶつける。
恭也たちも二人に近づけないように、疲労も忘れて猛然と攻撃していく。
そして、恭也の斬撃とリコの魔法によって、骸骨たちが一カ所に集められた。
「恭也! 退け!」
大河の叫びに、恭也は頷くまでもなく後方へと下がる。
その直後に大河はトレイターを爆弾に変化させて、敵の中央に投げつけた。
それが爆発し、骸骨たちはいっきに倒される。
しばらく警戒するが、新たなモンスターたちが現れる様子はなく、恭也と大河は後方にいるリリィたちに駆け寄っていった。
リリィは立ち上がろうとするも、苦痛の表情をみせて再び膝をついてしまう。
「無茶しないで、リリィさん」
なのはは心配そうにリリィを見る。
リリィの怪我を診ていたリコが、怪我の具合を言う。
「左の鎖骨とアバラが……折れてます」
今すぐにどうなるような怪我ではなかったが、戦うというのはどう考えても無理である。
それを聞いて、恭也は座り込んでいるリリィに目を合わせるように、膝立ちになる。
「リリィ、その怪我じゃこれ以上は無理だ。ここは俺たちに任せて地上に戻れ」
「なっ!?」
リリィは反論しようとしたが、恭也の真剣な目を見て押し黙しかなかった。
そして、ため息をつく。
「そうね、わかったわよ。今の私じゃ役に立てなさそうだし、それどころか足を引っ張りかねない」
リリィは苦痛に顔を歪めながらも喋る。
「逆召喚で……送ります」
リリィは頷いたあとに、もう一度恭也を見た。
「恭也、任せたからね。ちゃんと書を持ち帰ってきてよ」
「ああ」
「まあ、バカ大河のほうは期待しないでおくわ」
「お前、そんなになっても憎まれ口は忘れないのな」
大河は、呆れつつも苦笑する。
「なのはも頼んだわよ」
「はい」
リリィは汗を流し、さらに激痛に顔を歪める。
それを見て、リコは逆召喚を急ぐ。
しばらくして、リコの逆召喚によって、リリィはその場から姿を消した。
「さてと、それじゃあ、俺たちも……」
と、大河がみんなを先導しようするが、その前にリコが口を開く。
「大河さんとなのはさんも……帰る気はありませんか?」
「ああ、いいぜ」
すぐにそう返事を返した大河になのはは驚き、何かを言おうとするが、その前に彼は続きを語る。
「ただし、リコと恭也も一緒に帰るならな」
「それは……出来ません」
リコは淡々とした口調で答え、首を振った。
「なら、私たちも帰れません。
おにーちゃんとリコさんを行かせて、このまま帰ったら何をしに来たのかわかりませんし……」
「それに、ここまでみんなと力を合わせて来たんだ。あいつらのためにも、何もしないで帰るわけにはいかない」
なのはと大河は真剣な表情でリコを見ていた。
「リコ、あきらめろ。
なのはと大河は一度言ったことを、そう簡単に撤回しないぞ」
恭也にまで言われ、リコはほんの少しだけため息をついた。
「わかりました……知りませんから……ね」
リコが渋々ながら認めると、四人は再び歩き出す。
だが、すぐに新たなモンスターたちが現れ、恭也と大河、なのははそれぞれの武器を取り出した。
しかし、リコが彼らの前に立ち、呪文を唱える。
そして呪文が完成すると、雷の雨がモンスターを飲み込み、一撃ですべて倒してしまった。
「すげぇ」
大河は目を大きく開いて驚いている。
それはなのはも一緒だ。
だが、すでにリコの本気を真正面から見ていた恭也は、それほど驚いてはいない。
リコの操る魔法が、間違いなく主席であるリリィよりも上であることは、大河となのはにもわかった。
「なあリコ、恭也とやり合ったときにも思ったんだけどよ。どうしていつもはその力を使わないんだ?」
「確かに、訓練でも今の魔法を使えばリコさんが一番……って、おに〜ちゃんはそれに勝ってるんだった」
なのはは言いつつ恭也を見る。
その目は、どこまで自分の兄は人間離れしていくんだろう、と語っている。
それに恭也も気づくが、眉を寄せるだけで何も言わない。
「興味……ありません」
リコの素っ気ない返答に、今度は恭也が不思議そうな顔をする。
「リコも救世主になるために、救世主クラスに入ったんじゃないのか?」
恭也の言葉に、リコは何も答えは返さなかった。それは無視しているというよりも、どう答えるか迷っているように見える。
その姿に、三人は首を傾げた。
なのはは首を傾げるのを止めると、恭也を見上げる。
「そういえばおに〜ちゃん、膝は大丈夫?」
「ん、ああ。まあ、痛みがないわけではないが、問題ない」
なのはに問われ、恭也は膝を少し触りながら答えた。
「そういえば、右膝を砕いたんだっけか?」
大河に聞かれ、恭也はなぜ知っているのかを疑問に思いなのはを見ると、彼女は舌を出し、言っちゃった、と態度で告げた。
「膝を……壊した?」
リコが驚いたような表情で、恭也を見ている。
「まあ、昔な」
恭也がそう答えても、リコはしばらく驚いた表情をとっていた。
それは、膝を壊してあれだけの戦闘をしていた……というよりも、他に理由があるように見えた。
だが、リコは普段どおりの表情に戻る。
そんなことがありながらも、とりあえずさらに先に進もうとしたときだった。
「お兄ちゃん! 恭也さん!」
いきなり背後から声が聞こえ、それぞれ足を止めて振り返る。
すると、未亜が階段から下りてきて、駆け寄ってきていた。
「未亜!? どうして!?」
未亜は、四人の前で立ち止まり、息を整える。
「ベリオさんを上まで運んで、すぐに追いかけてきたの。みんなが先に倒してたから、モンスターもほとんど出なかったし」
「追いかけてきたって」
「私は怪我とかしてないから、少しは力になれると思って」
息を整えながらも言う未亜に、大河たちは顔を見合わせる。
「なんか、ホントに成長したな、未亜」
大河は少しだけ嬉しそうに笑う。
「そうかな?」
「ああ」
未亜が照れたように聞くと、大河は笑ったまま頷いた。
「よし、じゃ、五人で行こうぜ」
それにリコ以外が頷き、さらに先へと進んでいった。
途中、なぜリコが導きの書がここにあることを知っているのか、とか色々な疑問が出たが、五人はとうとう目的の場所と思われる所にたどり着いた。
そこの祭壇には、書が鎖に幾重にも縛り付けられていた。
「アレがその書なのか?」
大河の問いにリコは頷いて返す。
「この世の森羅万象全てが記されている書です。その書を手に取るものは、世界を決めると言われています」
「また大仰な書だな」
「そうだね」
「そうか? 世界を決められるって、なんかこうゾクゾクしないか?」
「そんなの、この中ではお兄ちゃんぐらいだよ」
リコは重く返答するが、残り四人は何とも暢気だった。
「では、封印を外します。覚悟はよろしいですね」
「ああ、とっととやってくれ」
大河が答え、恭也となのは、未亜も頷く。
そして、五人が祭壇に近づいた。
すると、書の上空の空間が歪み、そこから巨体が現れる。
今まで見たことがないほど、大きな体をもったモンスター。
まるで異種混合したかのように、ライオンに竜、山羊の顔をもち、尻尾は蛇、さらに黒い羽まで生やしている。
「これが覚悟ということか」
「はい……導きの書の守護者です」
こんなのが現れても冷静に問う恭也に、リコは頷く。
「RPGとかに出てくるキメラみたいな感じかな」
「なんかそれっぽいな」
なのはと大河もそれほど驚いてはおらず、どこか感心したように守護者を眺めている。
とりあえず、召喚器を呼び出しておくのは忘れていない。
「なんか緊張感がないなぁ」
未亜は二人を見ながらため息をつきつつも、ジャスティを呼び出す。
「来ます……」
リコの言葉と同時に、竜の口から炎が吐き出される。
それを五人は同時に飛び上がってかわす。
恭也は着地すると同時に竜の顔に、大河は山羊の顔に、それぞれもう一度飛び上がって斬りかかる。
ライオンの顔には、未亜の矢が飛んでいく。
恭也の刃は竜の眉間に当たるのだが、まるで鉄を斬ったかのような甲高い音が響いて、簡単に弾き返された。鱗がかなり硬いようだ。
大河の方も、山羊の角に邪魔されて頭部を斬れない。
ライオンは未亜の矢を口で受け止めて、そのまま噛み砕いてしまった。
恭也と大河は着地すると、すぐに守護者から離れる。
それと同時に、リコの雷撃となのはの光の塊が守護者に放たれる。
だが、雷撃は巨体に見合わない俊敏さで、後方に飛び退いてかわされ、光の塊はライオンの口から薄緑のブレスが吐き出され、見事にかき消された。
だが、その間に恭也が再び守護者に近づく。
その恭也に蛇の尻尾が襲いかかろうとするが、未亜の光の矢が飛んできて、尻尾の付け根を打ち抜き、地面へと落ちた。
恭也はそのまま腹を十字に斬る。
緑色の血が恭也の服を汚すが、そんなことを気にしている余裕はない。
大河もトレイターを斧に変えて、もう一度、山羊に向かって振り上げる。
トレイターは見事に山羊の頭を首から落とす。
だが、大河は前足に打ちつけられて、吹き飛ばれた。
呻き声を上げながらも大河はすぐに立ち上がる。
恭也は、もう一度飛び上がり、今度は斬を込めて竜に斬りかかるが、竜は頭をうまく動かしてかわそうとする。
そのために狙いがずれ、右側の角だけを切り落とした。
しかし、残された左の角を恭也に向けて突き出す。
恭也は左の紅月で受け流すが、完全には受け流せず、脇腹をかすめ血が滲む。
そんな二人を心配そうに見ながらも、なのはは魔法陣を描く。
そこから、光線が飛び出し一直線に竜の頭に向かう。
それは完全に竜の頭を貫いた。
さらに、リコが隕石を召喚する。
それがライオンに直撃し、その頭を粉砕。
そうして、ようやく守護者は床に身体を沈めた。
それを確認して、恭也と大河は後方のリコたちの方に戻っていく。
すると、守護者の傷ついた身体が再生をはじめた。
「なっ!?」
それにリコ以外の者たちが驚きの声を上げた。
その彼らの前で、守護者が急速に元へと再生していく。
断ち切られた山羊の頭と蛇の尻尾がくっつき、腹の傷が消え、竜の角さえも元に戻り、打ち抜かれた頭部も修復される。ライオンの頭部も見事に復元された。
「おいおい」
「無茶苦茶だな」
「そんな……」
「不死身……?」
それぞれが呆然と呟く。
「不死身ではありません、ですが……限りなくそれに近い存在です」
「倒れるまでやれ、ということか」
「……はい」
恭也はやれやれとばかり首を振って、再び小太刀を抜刀する。
それを見て、他の者たちもすぐに表情を引き締める。
だが、恭也たちが動くよりも早く、守護者は飛びかかってきた。
恭也たちは同時に飛び退くが、なのはだけは反応が遅く、何とか転がって避ける。
「なのは!」
そのなのはに蛇の尻尾が絡みつき、彼女の小さな身体を空中に持ち上げて締め上げていく。
一番近くに着地した大河が、慌ててなのはの方に駆け寄って行くが、その彼を守護者は前足で踏みつけた。
「がはっ!」
その巨大な足に潰されて、大河は呻き声を上げる。
「お兄ちゃん!」
未亜が叫びながら弓を放つが、それは山羊の角に阻まれた。
恭也も二人を助けようと駆け寄るが、竜の口からも炎が吐き出されて邪魔される。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
二人が痛みで声を張り上げた。
そしてほとんど同時に意識が落ちて、ぐったりとしてしまう。
それを見て、恭也の目が大きく見開かれた。
(殺す)
内に殺意を込めて守護者を見る。
その激情を内に秘めながらも、恭也は冷静に動きだそうとする。
だが、その前に意識を失った大河に向かって、ライオンが口を開けて止めを刺そうとしていた。
その口が大河に向かおうとした瞬間、彼は目を見開く。そして、トレイターをランスに変えた。
大河はランスの柄を地面につけて、そのまま固定する。
ライオンは頭を止めることができず、そのまま自分からランスに突き刺さった。
その間に、リコが自らに雷のフィールドを纏わせて、大河を押さえている前足に突っ込む。
さらに恭也が、いっきに守護者へと近づいて大河を助け出す。
未亜はもう一度、光りの矢を放って蛇の尻尾を打ち落とした。
一緒に地面へと落ちたなのはは、その衝撃で目を覚ましたのか、のろのろと立ち上がり、朦朧とした意識のまま、白琴で魔法陣を描き上げた。
至近距離から光の塊が放たれ、それは守護者の身体に大きな穴を開けた。
それを確認することもなく、なのはは再び気を失う。
恭也はすぐになのはに駆け寄りたかったが、それよりも先に山羊の頭を切り飛ばす。
未亜の矢も竜の目に突き刺さる。
その間に、リコが竜の首の増したに召喚陣を描き、そこから黒い剣が伸びて、竜の頭を落とした。
止めとばかりに、恭也が紅月に霊力を纏わせて、洸桜刃を放つ。
それは潰されたライオンの頭に直撃し、爆発し、その身体を四散させる。
守護者が再び沈黙すると、再生するよりも早く、恭也はなのはを抱き上げてリコたちの元に戻る。
その間に、リコは大河の具合を見ていた。
「命には問題ありませんが、アバラ数本と左腕の骨が折れてます」
あの巨体に踏み潰されて、それだけですんだのも奇跡だ。
恭也がなのはを寝かせると、リコは彼女を診る。
「なのはさんは大丈夫です。たぶん、酸欠で意識を失ったんだと思います」
怪我をした大河とその妹の未亜には悪いが、恭也は胸をなで下ろす。
「お兄ちゃんを治療しないと」
未亜は心配そうに、再び意識をなくした大河を見ている。
「すまん、リコ。疲れてるとは思うが、二人……いや、三人を逆召喚で地上に戻してくれ」
その言葉に未亜は驚いた顔をみせた。
「きょ、恭也さん、確かにお兄ちゃんは心配だよ。だけど、命には問題ないんだから、私も残ったほうが」
未亜はまだ再生をはじめていない守護者を見ながら言う。
本当は大河を心配して、一緒に戻りたいはずなのだろうが、同時に残される恭也とリコも心配なのだろう。
「いや、二人とも意識を失ってるし、もし逆召喚された場所に誰もいなかったら、なのははともかく大河はまずい」
命に別状がないとはいえ、それでもかなりの重傷であることには違いないのだ。
送られた先に誰もおらず、そのまま放っておけるものではない。
ならば意識がある者を一緒に送らないといけない。
「あ……で、でも、恭也さんは」
「俺はまだ大丈夫だ。リコもいるしな」
「……わかりました」
未亜は申し訳なさそうに頷く。
それを確認して、恭也はリコに頼む。
三人であるために、時間を要したが無事に送られた。
だが、その間も守護者が起きあがることはなかった。最悪、恭也一人で時間を稼ぐ覚悟をしていたのだが。
「死んだ……のか?」
「そんな……このぐらいで滅びるわけが……」
リコがそう呟いた瞬間に、守護者の死体が消えた。
それはまるで召喚器で滅ぼされたかのように。
「なっ」
それに二人は驚きの声を上げた。
「こ、これは死んだと思っていいのか?」
「……おそらくは、でも……なんで」
リコも訳がわからないのか、呆然と守護者がいた場所を眺めている。
「とりあえず、気にはなるが今はそれよりも重要なことがある」
「……そう……ですね」
リコは納得はできないものの、今は他に重要なことがあるために頷いて返した。
そして、二人は再び封印された書の前に立った。
あとがき
とうとう送ってしまった問題なところ。
エリス「なにが?」
それは次章と、さらに次の章を読んでもらえばわかる。
エリス「にしても、また中途半端なところで切った上に、大分端折ってるね」
ここは一つに繋げられる長さじゃないよ。
エリス「確かにそうだけど」
とりあえず、今回はこのへんで」
エリス「それでは、また次回に」
ああ、次回の話からは反応が怖い。
遂に導きの書まで辿り着いたな。
美姫 「そして、次回は一体どうなるのかしら」
ワクワクドキドキ。
美姫 「一体、何が待っているのかしらね」
次回を非常に楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。