『選ばれし黒衣の救世主』










 赤。
赤赤。
赤赤赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
赤く、重く、粘りけのある液体。
それが自分の体中にこびり付く。
目を開ければ、その先の世界すらも赤く変えられる。
赤い世界。
赤に変化した世界で、その顔を正しく認識できないが、その世界を作った男は狂った笑みを見せていた。
それは今でも忘れられない光景。
我が母を殺し、父を目の前で惨殺した男。
拙者は……違う、自分はこれから別の世界へ行くでござ……いやいや、行くのだ。
……これからはクールにと決めた。
別の世界で己を鍛える。
そして、いつかきっとあの男を……。






第八章 新たなる救世主候補……二人






学園の闘技場。
そこには、恭也に倒された多くのモンスターだけが倒れている。
他の救世主候補たちが持つ召喚器でモンスターなどを倒すと、光となって消えてしまうのだが、恭也の武器は召喚器ではないため、その死体はそのまま世界に残される。
その恭也は傷を負ったので、ベリオに癒してもらっていた。

「き、救世主クラスをなめんな」

息を整えながらも大河が胸を張る。

「その救世主クラスの人たちが、なぜ無断で闘技場のモンスターたちと戦っているのかしら」

いきなり彼ら後ろから声が響いてくる。

「学園長!?」

振り向けばミュリエルが冷たい表情で、救世主クラス全員を眺めていた。
ミュリエルはため息をついてから口を開く。

「リコ以外が召喚の塔に集まらないと聞いて探してみれば」
「お、お義母様……こ、これは」
「いくら救世主候補といえど、やっていいことと悪いことがあるというのがわかりませんか?」

ミュリエルの冷ややかな視線と言葉が全員を貫く。
彼らとて子供ではない、そのぐらいはわかっているのだが。

「こ、これには訳が」
「どんな訳があるというのです?」

ミュリエルに聞かれ、全員が先ほどクレアが逃げて行った方向に視線を向ける。

「なに!? あいつ、いねぇ!」

大河がさらに辺りを見渡しながらも叫ぶ。

「どこに何があるのですか?」

クレアがいない以上何も言い返せない。
全員が押し黙り、ミュリエルは彼らを見渡す。
そんな中、恭也が口を開こうとするが、その前に彼女は気づいてしまった。

「なのはさん、それは……」

そう、なのはが持つ白い小太刀に。
それに恭也は内心で舌打ちした。
救世主候補たちだけならまだどうにか出来たかもしれないが、彼女に見つかってしまうとどんな言い訳も通じそうにない。

「召喚器……ですか?」
「え、えっと……」

なのはもどう言っていいのかわからずに言葉を濁している。
ミュリエルはなぜか短いため息をつく。

「とにかく、恭也さんとなのはさんを残して他の人たちは召喚の塔に向かいなさい」
「は、はい」

ミュリエルの言葉に逆らえるわけもなく、恭也となのはだけが闘技場に残り、他の者たちはトボトボと闘技場を出ていく。

「学園長、彼らは処罰しないでください。責任は俺にありますから、処罰は全て俺が受けます」

恭也は、先ほど言いかけた言葉を今度こそミュリエルに告げる。
クレアに案内をすると言い出したのは自分なので、その責任は全て自分にあると恭也は考えていた。

「その件についてはもうかまいません。それよりも今は……」

だが、ミュリエルはあっさりとそれを流した。
そしてもう一度、なのはの召喚器を見る。

「召喚器……なのですね?」
「はい。たぶん、そうだと思います」

さすがにもう言い逃れはできそうにないので、恭也は素直にそのことを認めた。

「まさか、なのはさんが召喚器を呼び出すなんて」

恭也としては、その資質があることを聞かされていたので、呼ばせるつもりなどなかったのだ。それがまさか、こんなところで現れてしまうとは。
それも自分のせいである。

「とにかく、なのはさんには救世主クラスに入ってもらいます」
「なっ!? ちょっと待ってください!」

ミュリエルの突然の言葉に、恭也は目を見開いて叫ぶ。
なのはを戦いの場に置かせるなど恭也にはできないのだ。

「なのはに戦いは無理です!」
「とはいえ彼女は召喚器を呼び出しました。ならば救世主クラスに入ってもらわなくてはいけません。
なのはさんが救世主である可能性もあるのです。もし、彼女が救世主であって戦わなかった場合は、破滅にこの世界を滅ぼされるのですよ?」
「ですが、なのはは戦いなんて無縁で……」
「それは未亜さんと大河君も同じことなのです」

それを言われれば恭也としても反論しづらい。
大河はともかく、未亜も最初は帰りたいと言っていたらしい。おそらく今も戦いたいとも、救世主になりたいとも思ってはいないだろう。
それでも召喚器を手に入れたからここにいるのだ。もっとも、大河がいるからという方が理由としては大きいのだろうが。

「おにーちゃん、私、救世主クラスに入るよ」
「なのは!?」
「だって、召喚器を手に入れちゃったんだもん。私だけ戦いたくないなんて言えないよ」

なのはの性格なんて恭也が一番わかってる。
この状況になって、なのはが何を選択するかも理解していた。

「それに、おに〜ちゃんが守ってくれるもんね?」

本当に笑顔で言うなのは。
こう言われては、恭也は本当に何も言えない。
どんな場所、どんな理由であれ、自分がなのはを守れないなどとは、口が裂けても言うわけにはいかない。

「ああ、わかったよ。なのはは俺が守る。だから、お前も絶対に無茶はするな」

言いながら、恭也はなのはの頭を撫でる。

「うん」

なのはは戦うこと認めてもらえたからなのか、それとも撫でたられたからなのか、それ以外の理由なのかはわからないが、嬉しそうに頷いた。

「よろしいですね?」
「ええ」
「はい」

今度は二人揃って頷く。

「では私は戻ります。あなたたちはここで待機していてください」
「なぜですか?」
「他の救世主クラスの生徒たちがここに戻ってくるでしょう」
「ここで何かするんですか?」
「恭也さんにしたテストとは少々違いますが、新しい救世主候補のテストのために模擬戦をここで行うのです。無論、なのはさんもですが」
「わ、私もですか!?」
「ええ」

救世主クラスに入ると決めたとはいえ、いきなり模擬戦と言われ、なのははかなり驚いた顔をしていた。

「とりあえず頑張ってね、なのはさん」

ミュリエルは少しだけ優しげな笑みを見せたあと、闘技場から出ていった。
残された二人は、同時にお互いの顔を見合う。

「ど、どうしよう、おに〜ちゃん」

かなりオロオロしてきたなのは。

「ふむ」

逆に落ち着いてしまった恭也。

「まず聞きたいのだが、その召喚器は小太刀のようだが、戦い方は接近戦ではなかったな」
「あ、うん」

そう言われて、なのはは自分の召喚器……白琴に視線を向けた。

「白琴は接近戦の武器じゃないって言ってた」
「召喚器と会話ができるのか?」

かなり驚いた表情で恭也は聞いた。

「ううん。必要なことだけ教えてくれるっていうか、イメージで教えてくれるって感じかな」

なのはは考えながらも話す。

「そうか」
「うん。それで白琴の特性は疑似魔法にあるって」
「疑似魔法?」
「そう。なのはが魔法を使うんじゃなくて、白琴から送られて来た魔力をなのはがイメージして、白琴が発現させるの。そのために必要なのがあの魔法陣。
 魔法陣は魔法を世界に発現させる呪文の代わりみたいなものなんだって。
 でもイメージしたからって、何でも発現できるわけじゃないみたい。色々と制約もあるみたいだし。白琴がアドバイスしてくれたからさっきは何とかなったけど」

召喚器を持たず、魔法を使えない恭也には漠然としていて首を傾ける。
イメージ辺りは霊力の扱いに似ているような感じではあるのだが、霊力はどちらかというと、力が一カ所に集まるイメージをして、その力を溜めて、それを一気に放出するような感じなのでまた違うのだろう。

「例えばね、風の魔法なんかはなのはにはたぶん無理」
「なぜだ?」
「風って目に見えないからイメージがしづらいの。
炎とかなら、紅い、熱いとかで、視覚的なものから、その効力までイメージしやいすいけど、風は触感しか伝わってこないから。
 そういう意味では回復魔法とかも無理。お医者さんの心得とか知識があればできるかもしれないけど。
それに魔力の関係で、使えないようなイメージもたくさんあるし、たぶん威力っていう意味で言えば、最初に使った光の塊が最大かな。
 このへんが『疑似』っていう理由だと思う。なのはのイメージ次第では色々できるようになると思うけど。でも他の人が使う魔法の再現って言うのは無理かもしれない」
「なるほど」

何とか恭也は理解できた。
なのはは色々と無理があると言っているが、ある意味、大河のトレイター並に万能な能力かもしれない。

「近接武器としての力はまったくないどころか……」

なのはは言いながら、白琴の刃を自分の手に押し当てる。

「お、おい」

恭也が止める間もなく、なのははその刃を引く。
だが血がでることも、切れることもなかった。

「ね? 切れないの」
「わ、わかったから、そういうことは口で説明してくれ」

刃物の危険さがよくわかっているからこそ、恭也は頭を抱えていた。

「にゃ、ごめんなさい」

なのはは舌を出しながら謝る。
とりあえず、恭也は気を取り直した。

「つまり儀式用の剣のようなものか」
「たぶん」
「完全に後衛だな」
「うん。まあ、防御くらいはできるけど、白琴自体での攻撃はあまり意味がないと思う」

それを聞いて、恭也は心の中で安堵していた。
戦うことにはかわりないかもしれない。だが、なのはにあんな感触を感じさせたくなかった。
生き物を斬る感触。
あれは違うのだ。
どんな戦い方でも、刃物を持つ者しか感じない感触。
 傷つけるのは一緒と思うかもしれないが、恭也からすれば全然違う。
その感触は一度感じてしまえば、二度と離れることはない。
その感触で色々な方向に狂ってしまう者もいる。
そんな感触をなのはに感じてほしくなかったのだ。
だからこそ、なのはが後衛であることに恭也は安心していた。
なのはが後衛ならば、前衛の自分が守ってやればいいのだから。



このとき恭也は取り違えていた。
 レティアが言っていたことを。
本来、世界を救うはずの救世主。それになれば最悪だとレティアは言っていた。
もしなのはが救世主になれば、先頭に立って破滅と戦わなくてはいけない。だから、彼女は危険な立場に立たされることになるかもしれない。
恭也はレティアの言う最悪を、そういう意味で解釈していたのである。
だから恭也は考えた。
 ならば救世主候補になろうと、救世主になろうと、自らが壁になってなのはを守ってやればいい、と。
それが間違った考えであるとは気づかずに。
そのことを恭也が後悔する日が来るのか……それはまだわからない。



「まあ、落ち着いてやれば問題ないさ。別に怪我をさせることを目的にしてやるわけじゃないしな」
「うん、そうだね」

というよりも、怪我なんてさせられるようなら、恭也は神速を使ってでも割って入る。
これはもう完全な決定事項である。
 なのはと恭也がそんな会話をしていると、ぞろぞろと救世主候補たちとダリアが現れた。その中には見覚えのない少女が一人いる。
 おそらく彼女がヒイラギ・カエデだろう。
よく見てみると、なぜかリコがいない。
そこで、未亜が慌てたように恭也たちの方に走って来た。

「が、学園長からなのはちゃんも救世主クラスに入るって聞いたんだけど。
 本当なの、恭也さん?」
「ああ。そういうことになってしまった」

恭也はため息混じりで頷く。

「なのはちゃん、いいの?」

未亜は視線をなのはに移す。
それになのはは少しだけ笑って頷いた。

「はい。私も召喚器を手に入れてしまったんだから、私だけ戦いたくないなんて言えません。何もできないかもしれないけど、がんばります」

そんな力強い言葉を発したなのはを、未亜は驚きながらも見ていた。
だが、すぐにその目線を下へと向ける。

「なのはちゃん、強いんだね」
「はにゃにゃ! そんなことないですよ! 本当はすごく怖いです!
でも、おに〜ちゃんが守ってくれるって言ってくれましたから、だから大丈夫です!」

そのなのはの言葉に恭也は照れたようで、顔を横に向けていた。
そんな恭也に、なのはと未亜は顔を見合わせて苦笑する。

「それよりもテストをすると聞いたが、新しい救世主候補の人の相手は決まってるのか?」

まるで話をそらすようにして恭也は聞いた。

「あ、はい。お兄ちゃんが相手になりました」
「大河が?」

またダリアがダイスで決めるものと思っていたので、恭也は少し首を捻っていた。
 前衛という話だから、恭也も戦ってみたいと思っていたのだが。

「またあのバカがセクハラかましたのよ」

リリィがどこか不機嫌な様子で恭也に言ってきた。

「……なるほど」

恭也はその言葉で多くを理解した。リリィと大河がまたやり合ってたであろうことまでも。

「あとはなのはちゃんの相手と、テストの順番を決めないとね〜」

ダリアは間延びした声で言いながらも、懐から二つのダイスを取り出した。
それを見て、恭也はやはりと言った感じでため息をつく。
そんな恭也を気にもせずに、ダリアはゆっくりとダイスを振る。

「えっと、まずは……なのはちゃんからね」
「はにゃ!? 私からですか!?」
「そうよ〜」

なのはがまたオロオロしはじめた。
だが、ダリアはやはり気にしない。

「さ、次は相手よん」

再びダイスが振られる。
地面に落ちたダイスを全員が見つめる。
いや、見つめていたのは恭也となのはだけだった。
カエデを含めて他の者たちは、どこか一歩引いて恭也を見ていた。
恭也から殺気が放たれていたのだ。
かなり露骨に。
暗に、誰であろうとなのはを傷つけたら許さん、と態度で語っている。
 そんな恭也を見てなのか、いつもなら挑戦的な顔をしているだろうリリィも、どこか嫌そうにダイスを見る。ベリオと未亜などは、今までこれ以上必死に祈ったことがあるだろうか、と思わせるぐらいの表情で天に祈っている。
その三人の横で、なのはとは戦わなくていいので、どこかホッとした表情をしている大河。
さらにその横では、今までクールだったカエデが、殺気立つ恭也を見て顔を引きつらせていた。

「これはこれは」

ダリアは、ダイスを見ながら含み笑いを見せる。

「なのはちゃんの相手は……なんと恭也君で〜す!」
「なに!?」
「うえ!?」

同時に声を上げる恭也となのは。
その横では、リリィたちがあからさまにホッと息を吐いている。

「兄妹対決、おもしろいカードよねぇ」

ダリアの言葉を無視して、恭也となのははお互いの顔を見合わせる。

「恭也、頑張れよ」

と、大河は本当に良い笑顔を見せて言いながら、恭也の肩を叩いて、その場から離れていく。
次いで離れていく救世主候補たちも、次々と何も言わずに恭也の肩を叩いていく。なんとあのカエデまでも。
残された恭也となのは。
未だ恭也の方など現実に帰ってきていない。
だが、無情にも時は進む。

「それじゃ、始め〜」

ダリアの言葉が響く。
その言葉と同時になのはが白琴を構えた。
だが、恭也は顔を少し引きつらせて抜刀しようとしない。
それはそうだ、恭也にとってなのはとは守るという者の中でも、その象徴のようなものである。その彼女に刃を向ける、それは恭也にとって禁忌に等しい。

「おにーちゃん! なんで抜かないの!?」

そんな恭也の心情など気づかずに、なのはが大声で聞いてくる。

「いや、抜けと言われてもな」
「おねーちゃんにはちゃんと抜いてたでしょ?」
「それはそうだが」

美由希となのはでは、恭也の中での位置づけが正反対のようなものだ。
別に悪い意味で言っているのではない。
美由希は恭也と背を合わせて一緒に戦う存在。そして、なのはは何としてでも守る存在。
なのはは、そんな恭也を見つめながら白琴を空に振るう。
空中に現れる魔法陣から、高スピードで氷の矢が放たれる。
恭也はそれに驚いた表情を浮かべながらも、ほとんど反射的に右へと飛んでかわす。

「おにーちゃん、なのはは……私は戦うって決めたんだよ?」
「それは……」
「おにーちゃんから見たら……おにーちゃんの覚悟に比べれば、私の覚悟なんて遊びに見えるかもしれない。
今だって凄く怖いし、破滅を見たら逃げだしちゃうかもしれない」

なのはは恭也の目を真剣に見つめて語る。

「でも……それでも、私は大切な人を守るために戦うって決めたんだ。
 そのために、今、おにーちゃんと戦う覚悟もある」

本当に心の底から言っている言葉だとわかる。
恭也が何度か見た、なのはの真剣で真っ直ぐな瞳。
それは美由希とも似て、また違う瞳。
なのはは覚悟を決めたのだ。
恭也は一度だけ息を吐き、そして目をつぶる。
また深呼吸。
そうして恭也は目を開いた。
そこにはもう迷いはなかった。
ただ真剣に、先ほどのなのはよりも苛烈で、だけど優しさと覚悟を含んだ視線をなのはへと向けていた。

「お前の想いはわかったよ、なのは。
なら、俺の覚悟を見せよう。だが、それでもお前が俺の中で守る者であることには変わりない。例えどのようなことがあろうとも、お前は俺が守る。
今、ここでお前に剣を向けても、お前は俺が守る」

どこか矛盾している言葉かもしれない。
だけど、恭也はそう宣言した。
それが恭也の覚悟だから。

「うん!」

なのはも笑顔で恭也の言葉に頷いた。
恭也もいつもより優しい笑みを一度見せたあとに、本当に真剣な表情へと変え、右手を八景へと持っていき、それをゆっくりと鞘から抜いた。

「いくぞ、なのは」
「はい!」

そして、今度こそ二人はお互いの武器を向け合った。




二人の会話を聞いていた救世主候補たち。
二人の言葉は、他の救世主候補たちも、心が揺さぶられるものがあったようだった。

「やっぱりなのはちゃん、強いよ」

今は真剣に向かい合う二人を見ながら未亜は呟いた。

「恭也もな」

大河はいつものおちゃらけた表情ではなく、真剣に二人を眺めていた。

「私たち、あの二人みたいな覚悟があるのかな?」
「わからん」

恭也となのはは、大河と未亜と同じなのだ。
突然この世界に来て、救世主候補になり、今、ここにいる。
だが、あの覚悟が当真兄妹との決定的な差であった。
恭也たちは状況に流されてはいない。明確なビジョンとして、恭也は大切な人を守るために破滅と戦うことを目指し、なのはもそのための覚悟を決めた。
無論、大河とて、破滅と戦うことにそれなりの覚悟はあった。だが大河が、あの二人と同じ覚悟があるのか? と問われれば、おそらく頷けないだろう。
とくに未亜は、大河に引きずられて救世主候補になったようなものだ。破滅と戦うという覚悟はほとんどない。ただ、大河に怪我をしてほしくない、危険な目にあってほしくない、それだけだった。
だけど、あの二人を見ていると、そんな自分がひどくちっぽけに見えてしまうのだ。
未亜は思う。
もしあの状況に自分がいたなら……兄、大河と戦うことになったら、あの二人のような覚悟を決められただろうか?
大河に武器を向けられただろうか?
おそらく今の自分には無理だ。
だからこそ、今、二人から目を離すわけにはいかなかった。
二人の戦いを見れば、もしかしたら自分も同じ覚悟を持てるかもしれない。
ただ、流されるのではなく、二人と同じ覚悟を。
だから未亜は、闘技場の真ん中で気高く武器を向け合う二人を真剣に見つめた。




なのはは、さきほど使った六つの魔法陣を作り出す。そこから、やはり六つの炎が巻き起こり、恭也へと一直線に向かっていく。
二つの炎を恭也は身をよじってかわす。
 さらに襲い来る四つの炎を前にして上空へと飛び上がる。炎たちは恭也がいた場所を素通りして、後方へと着弾し爆炎を上げた。
恭也が着地したところに、今度は白い光の奔流が向かってきた。
恭也は、それもギリギリでかわすと、なのはへと突っ込んでいく。
八景の刃を翻して、峰を向けるとなのはに斬りかかる。
しかし、なのははその一瞬で魔法陣を書き上げる。恭也の剣は魔法陣に当たり、そのまま弾かれた。
 攻撃ではなく防御用の魔法陣。
恭也の剣が弾かれたと同時に、なのははさらに三つの小さな魔法陣を描く。
そこから、先ほどの光の塊よりも小さい光線が、三つ伸びてくる。
恭也はそれを後ろへと跳びながら何とかかわすが、一つが肩をかすめ、皮膚が裂けて血が滲む。
それを見て、なのはの表情が苦悩に歪む。
だが恭也の方は、そんなことには気にせず、なのはに向かって剣を振り下ろす。
なのはは転ぶ様にして後方へと逃げ、その刃から逃れる。
また距離ができる二人。
なのはは恭也の傷を辛そうに見ていた。
まだ、人を傷つける覚悟はなかったのだろう。それも相手は何より大切な兄なのだ。

「覚悟が……あるのだろう?」
「っ!?」
「覚悟があるのなら、俺を傷つけたぐらいで迷うな」
「……はい!」

恭也の言葉になのはは力強く頷く。
これはもう救世主候補としてのテストとかではなくなっていた。
なのはが恭也に戦う覚悟を見せるテスト。
 恭也がなのはを戦わせる覚悟をするテスト。

「いくぞ」

恭也はまたもなのはとの距離を詰め、剣を下から切り上げる。
なのはは恭也の剣を白琴で受け止める。だが、いくら召喚器の力で身体能力が上がっていても、なのはでは恭也の力にはかなわなかったらしく、威力を殺せず上空に吹き飛ぶ。
空中へと投げ出されたなのはは、その体勢で魔法陣を描く。
またも先ほどと同じ小さな光線が一つ、魔法陣から飛び出る。しかし、先ほどとはその動きが違った。
空中から放たれたそれは、先ほどは一直線に恭也へと向かって行ったのに対し、今度は楕円を描き、上空から突き刺さるように恭也へと向かう。
恭也は後ろに跳んでそれをかわす。だが、光線は地面にぶつかる瞬間に、再び浮かび上がって恭也に向かっていく。
どうやら狙った相手を追尾するらしい。
恭也はそれに驚きながらも、今度は横へと跳んで避ける。
やはりと言うべきか、光線はかわされたあとに、またもその軌道を変えて、恭也へと向かっていく。
恭也が光線を相手にしているあいだに、なのは地面に着地して、次の魔法陣を準備する。
先ほどの最大威力の光の奔流。
それが魔法陣より現れ、恭也へと向かっていく。
それに気づいた恭也は、自らその巨大な光に突っ込んでいく。
その行動になのはは驚いた表情を見せる。
恭也が光線と巨大な白い光に挟まれる。その距離がほとんどなくなった瞬間に、彼は上へと跳躍する。
敵を失った巨大な光は、前方から向かってきた光線を飲み込んで、後方へと飛んでいき、壁にあたって爆発する。
着地した恭也はそのままなのはへと向かった。
そして、そのまま八景を振り下ろす。
だが、またも魔法陣に防がれる。しかし、今度は左の小太刀……紅月を抜き放つ。
八景が弾かれた勢いを利用して、身体を高速で回転させる。そして、魔法陣のないなのはの横から紅月を薙いだ。
それに思わずなのはは目を閉じた。
しかし、衝撃はいつまでたってもなのはには伝わらなかった。
ゆっくりと目を開ける。
そこには紅い小太刀を構える恭也の姿。
恭也は紅月をなのはに突きつけていた。

「降参か?」
「うん……」

 なのはは笑いながら頷いた。
そして、そのまま地面に座り込んでしまった。

「こ、怖かった〜」
「そうか」

恭也は薄く笑いながらも、なのはの頭を撫でた。
撫でられながらも、なのはは恭也を見上げる。

「おにーちゃん、なのは、合格かな?」
「ああ」

なのはの覚悟はよくわかった。
そして、恭也も覚悟を決めたのだ。

「肩、大丈夫?」

なのはは未だ血が流れている恭也の肩を眺め、心配そうに問う。

「問題ない。
しかし、まさかなのはに一撃入れられとはな。元の世界に戻ったら御神流を習うか? もしかしたら美由希よりも強くなれるかもしれん」
「はにゃっ!? 無理だよ! 今回は白琴の力があったからだもん!」

そんな会話をしていた二人のそばに、見学していた救世主候補たちがよってくる。

「すごいわ、なのはさん。初めて戦ったとは思えない」

ベリオがどこか興奮気味になのはに言いながらも、恭也の傷を癒し始める。
恭也もそれに礼を言う。

「ま、少しは認めてあげるわよ。けど、私にはまだまだ及ばないけどね」

リリィは一応魔法系ではあるからこそ、なのはを認めた……のかもしれない。

「というか、あの攻撃をかわしまくった恭也も異常だと思うのだが」
「確かに」

当真兄妹はどこか苦笑気味だった。

「召喚器があると、その魔力で魔法をそれなりに軽減できるとは聞いているが、俺は持っていないからな。あんな魔法が直撃したら一撃で戦闘不能だ。意地でも避ける」

恭也も苦笑してそう答えた。

「さて、次は大河の番だな、がんばれよ」
「おう」

恭也の声に大河は腕を振って答える。
そして、今度は大河とカエデを残して、全員が闘技場の中央から離れていく。

「来い! トレイター!」

大河が叫び、手を掲げると光が集まり、それが剣の形となる。

「来たれ! 黒曜!」

カエデも黒い手甲型の召喚器……黒耀を召喚し、構えをとった。

「あんな試合を見たあとだからな、わりぃがマジメに本気でいかせてもらうぜ!」

大河はいつになくマジメな顔でトレイターを構える。

「では、はじめ〜」

そんな二人の雰囲気とは裏腹に、ダリアの間延びする声で試合は開始された。
それと同時に二人は駆け出す。
大河はいきなりトレイターを振り下ろすが、カエデはそれを身体を横にずらし、おそらくは意識して紙一重でかわす。
カエデは、そのまま大河に向かって拳を打ちつける。
だが、大河はトレイターを回転させてガードする。
トレイターと黒曜がぶつかり甲高い音が響く。
その衝撃を利用して、お互い少しだけ距離をとった。
大河はトレイターをナックルへと変形させる。
それに一瞬だけカエデが驚いた表情を見せる。
しかし、大河はそんなことを気にせずに、腰を深く構え、大地を蹴ってカエデへと突っ込んでいく。
そのスピードは高スピードではあったが、カエデは上空に跳んでかわす。
だが、大河はすぐにトレイターをランスへと変形させ、空中へと跳んでカエデへと突進する。
カエデは空中で体勢を整えると、身を捻ってランスをかわし、大河の胸に蹴りを放つ。
蹴りが直撃し、大河は地面に落ちて身体を叩きつけられる。
そこにカエデが拳に稲妻を纏わせて落下してくる。
大河は痛みで顔を歪めながらも、すぐに立ち上がりバックステップでそれをかわす。
 拳が叩きつけられた地面は抉られている。
二人は前衛系だったが、そのスピードは完全にカエデの方が上、力では大河の方が上のようだった。
大河は、トレイターを基本である剣の形態に戻す。
地面に叩きつけられた痛みは抜けてはいないが、まだまだ動ける状態だった。
そして、二人は再びぶつかり合う。
カエデが回し蹴りを放ち、大河は左腕でそれを受け止めると、右手でトレイターを切り上げる。カエデはそれを身を反らして避ける。
そのまま無造作に腕を突き出してくる。
今までと違い、少しスピードが遅い。
だが、大河は悪寒を感じてすぐさま上空へと飛び上がる。
その瞬間、カエデの手から炎が飛び出した。

「さすがは忍者。さっきの雷撃といい、忍術まで使うんかい」

そんな軽口を叩いていると、カエデも空中に跳んでくる。そして、懐から何やら取り出すと、それを大河へと投げつけてくる。
それは複数のクナイだった。
大河はそれをトレイターの大降りで弾き飛ばす。
両者は同時に地面へと降り立つ。
すぐさま大河は、カエデへと突進してトレイターを振り下ろす。
だが、それは今までよりも大振りで雑な動きだった。
それをカエデが見逃すわけもなく、軽々とかわしながら、黒曜をつけた左手で大河の腹を殴りつける。
だが、それをまるで予期していたように、大河は腹筋に力を入れて耐えていた。
そして、ニヤリと笑って見せる。
どうやら大振りの動きは、彼女の攻撃を腹へと誘うためだったようだ。
大河はすぐさまトレイターをナックルへと変化させ、ほぼ零距離から足の力だけを使って、カエデをナックルで殴りつけた。
カエデは、それをまともに喰らって闘技場の壁に打ちつけられた。
それでカエデは戦闘不能に陥っていた。

「どうだ! 骨を切らせて肉を断つ作戦!」

大河はフラフラとしながらも、カエデを指さしながら叫ぶ。

「大河、逆だ。肉を切らせて骨を断つ、だ」
「お兄ちゃん……」

勝負は終わったと判断した他の者たちが大河に近づいたのだが、彼の言葉を聞いてほんどの者が苦笑する。未亜は情けないと言った感じだが。
そんな中、ダリアが口を開く。

「やるわね〜、大河君。カエデちゃんも、見たところかなりの使い手だったのに」
「確かに、かなりレベルの高い試合でした」

 ダリアの言葉に恭也も感心したようにうなずく。

「ふ、ふん。あの程度の試合なら、私だって」
「そうですね。リリィにも出来ると思いますよ」

気に入らないとばかりに口を開いたリリィにベリオが肯定する。

「そ、そうよ!」
「大河と同じぐらいの良い試合がな」

続きをどこか意地悪そうな顔をした恭也が言った。

「う……」

それを見ながら、なのははまた兄の意地悪なところが出たなあ、とか考えている。

「そ、それより、カエデさん、怪我しちゃってますよ」
「……えっ?」
「あ、本当ね。駄目じゃない、大河くん。女の子キズモノにしちゃあ〜」

カエデの頬から、一筋の血が流れていた。

「キ、キズモノ……出血……ぐふっ」
「え?」
「おいおい」
「これこれ、怪我人相手に何を興奮しているのよ。
ほら、こっち向いて、カエデちゃん」
「あ、私のハンカチ使ってください」

そう言ってなのははポケットからハンカチを取り出して、ダリアに渡した。
ダリアはそれを受け取ると、カエデの頬に当てた。

「医務室に連れていったほうがいいのではないか?」
「そうですね。じゃあ、私が……って、え?」
「あ……あぁぁ……あ……」

恭也の言葉にベリオが答えていると、カエデは何やら呆然とした後に急に地面へと倒れてしまったのだった。




ちなみに、その頃の食堂。

「あううううう。つ、疲れたよぉぉぉぉぉ」
「は、はは。お、お疲れ、知佳」

激動の昼休みを乗り切り、知佳は完全にダウンし、耕介がそれを労っていた。







あとがき

なぜだ。またも予定と違うぞ。
エリス「今度はなに?」
 カエデはかなり好きなキャラだから目立たせようと思っていたのに、なぜか今度はなのはが目立ちまくっている。
エリス「というか、今回の主役がほとんどなのはになってるね」
あー、なんか自分が目立たせようと思うと、いつも目立たなくなるな。
エリス「それはアンタが何も考えずに書くからだよ」
 ま、とりあえずさっさと次にいきなさい」
了解っす。
ただ、次回からしばらく独白っていうか、冒頭のモノローグはなしにする。
エリス「なんでいきなり」
や、本当は救世主たちや主要キャラは一通りやろうと思ってたんだが、そのモノローグの人物がストーリーに出てこないのはおかしいでしょ?
エリス「それは確かに」
正直、これから何度か話によって出てこないキャラとかいるし、そのキャラの独白を入れても仕方ないし、同じキャラを何度もやってやっぱり仕方ないから。
エリス、まあ、とりあえずわかったよ」
いつかは復活させるかもしれないけどね、とりあえずそれだけ報告を。
エリス「それではまた次回で」
今回もありがとうございました。



なのは強い!
美姫 「本当よね。召還器のお陰とは言え、美由希とどっちが上かしらね」
おいおい。にしても、なのはも救世主候補になってしまったか。
美姫 「これを知ったら、レティアはどういう反応を見せるかしらね」
その辺も楽しみだな。
美姫 「さて、今回は連続投稿だから、すぐに続きが読めるのよね♪」
何て嬉しいことだろうか。
美姫 「それじゃあ、さっそく次回へ」
レッツラゴ〜。



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