『選ばれし黒衣の救世主』










私がいつ生み出されたのか、それは私も知らない。
私という存在はいつのまにか生まれていた。
私という自我はいつのまにか芽生えていた。
 私は、この世で最も上位なモノに生み出された。
ある一つの目的のために作り出された。
長い……永遠とも言える長い時を私は待ち続けた。
ただ待ち続けていた。
私の主であると同時に、私のパートナーとなる存在を。
私を作り出した存在には苦痛の象徴なのかもしれないが、私にはそれが唯一の楽しみだった。
その心待ちにしていた時がとうとう来た。
 生まれたての命。
 彼は私の色の象徴、そのものだった。
 たった一度だけ会った彼は、私の指を掴んで離さない。
 彼は生まれてすぐに、すでに親に捨てられるという悲しみの体験をしていた。
だけど私は、彼のそばにいることはできない。
だから見続けた。
 見守っていた。
私の主となるべく生まれた彼は、酷く不器用で、でも優しくて、とても強い人。
何度、悲しい目にあった彼を慰めたいと思ったか。
しかし、それはできなかった。
けれど、とうとう来た。
彼と出会う時が。
 彼に自分の存在を認めてもらうときが。






第二章 紅の精






「三度目の出会いだけど、一応……初めまして、マスター」

そこには、窓辺に座る長く紅い髪をした少女が微笑んでいた。
紅く長い髪をなびかせて、紅い瞳を持ち、やはり紅い服を着た少女。
 その少女は、どこか神秘的な雰囲気をまとわせて恭也を眺めている。
 少女を見て恭也は目を瞬かせる。
間違いない。
先ほどの不思議な時間に現れた少女だった。

「君は……?」

先ほどと同じ質問。
その質問に、少女は今まで以上に笑みを深める。

「私は紅の精」
「アカの……精?」
「あ、言っとくけど赤の精じゃなくて紅の精だからね。そのへん間違えないでよ」

神秘性を失わせるような早口で言ってくる少女。

「いや、アカの精とアカの精ってどこか違うんだ?」
「だから、あっちの赤の精は、赤、白、黄色の赤。私は紅(くれない)って書いて紅の精。どうしても判別しにくいなら、それの通りに紅(くれない)の精とでも呼んで」
「そ、そうか」

恭也はよくわかっていないようだったがそれでもうなずく。

「だいたい、あっちがパクッてきたのよね、私の方が早く生まれてるわけなんだから。
 あれってあいつが創ったとしても敵と認識していいのかしら、敵対してくるんならギタギタにするけど」

少女は何やらボソボソと言っている。
そんな彼女に恭也は言葉をかける。

「しかし、紅の精とは変わった名前だな」
「…………」

紅の精と名乗った少女は何とも言えない表情となる。

「そういえば、マスターってそういう人だったわね」

そう言って少女はため息をつく。
 マスターとか、色々と不可思議なことを言う少女に、恭也は何かを問いかけようとするが、その前の少女の方が口を開く。

「私の名前はレティアよ」
「レティア? さっきの紅の精というのは?」
「あれは役職名みたいなものよ。というか、普通に考えればそんなの名前だなんて思わないでしょ?」
「す、すまん」

恭也は本気でそう思っていたらしい。
見た目はリコとそう変わらないぐらいの年に見えるのだが、恭也は年上と話している気分になっていた。

「それと、私にさん付けはやめてね。マスターって初めてあった女の子には、だいたい敬語とさん付けだし」

その言葉で恭也は気づいた。

「何かさっきから、レティアの言いようだと前から俺を知っているみたいに聞こえるな」
「知ってるわよ」
「なに?」

レティアは笑う。
 さっきのように神秘的な微笑みではなく、妖艶に。

「高町恭也。旧姓、不破。
 父親は幼い時に仕事で死亡。現在の家族は、母親の桃子、義理の妹の美由希、異母兄妹のなのは。さらに妹的存在が二人に姉的存在が一人いる。
幼い頃から御神流の修行をしていて、今は師範代。弟子はさっき言った妹である美由希。
 ちなみに、その御神の一派は龍の爆弾テロによって全滅。現在、御神流を扱うのは、マスターと弟子の美由希。そして、マスターの叔母で、美由希の母親である御神美沙斗のみ。
今は海鳴大学の三年生。大学に通いながらも、リスティ・槙原から来る依頼でボディガードをこなしている。その筋では双剣の死神とか、黒い衝撃とか呼ばれて恐れられてるわね」

彼女は、本当に親しい者ぐらいしか知らない事柄をスラスラと語った。
本来ならば警戒するはずなのだが、彼女相手だとそんな気にはならなかった。だが、一応聞いておくことにした。

「なんそこまでで知ってるんだ?」

恭也がそう言うと、レティアは妖艶な笑顔は引っ込めて、今度はどこか子供がイタズラに成功したような純粋で無邪気な笑顔になる。

「マスターのことならなんでも知ってるわよ。それこそ家族や親しい者、マスター自身でも知らないことまでね」
「だから、どうして?」
「クスクス、内緒……って言いたいけど、簡単よ。ただ私がずっとマスターを見ていたから、それだけ。まあ、四六時中見てたってわけじゃないけどね」
「俺を見ていた?」
「そ。マスターが生まれてから、今までずっとね」
「ずっと……」
「さっきは初めましてって言ったけど、今とさっきの戦闘中以外にも私たちは会ったことがあるのよ」

そう言われて、過去の記憶を掘り返してみるが心当たりがない。無論、忘れている可能性もあるが、こんなにも見事な紅い炎のような髪を見ていて、まったく心に残らないというのもおかしい。

「何か悩んでるみたいだけど、思い出せないわよ」
「なぜだ?」
「正確には覚えているわけがないってこと」
「どういう意味だ?」
「私とマスターが初めて会ったのって、マスターが生まれてすぐの時だもの」
「いや、ちょっと待て」

先ほどから彼女の言っていることはおかしい。

「君はどう見ても俺よりも年下だ。俺が生まれた時に初めて会ったというのは、どう考えてもおかしいだろう?」

それを聞いて、やはりレティアは笑った。

「簡単よ。だって、私は人間じゃないもの」
「人間じゃない? 自動人形かなにかなのか?」

 人間ではないということで、その他にも該当するものは浮かぶ。

「それもはずれ。ちなみにマスターが考えているものとも、マスターの周りにいる人たちとも違うわ」

レティアは本当のおかしそうに笑っている。からかうような口調であるのだが、恭也には怒りという感情はまったく浮かんでこなかった。
 むしろ、なぜか安心している自分がいることに恭也は気づいた。
身体が、心が……恭也という存在のすべてが、彼女は自分の絶対の味方であると肯定していた。

「君はいったい……」
「ごめんなさい、マスター。まだ、全てを語る時ではないの。本当はすくにでも全てを教えたいけど、それをするには時間が足りない。
 今、こうして話している、それ自体が危険だったりしてるの」

彼女はそう言って、急に真面目な顔になる。
それを見て、恭也は少しだけ考えたあとに開く。

「じゃあ、そのマスターというのはなんなんだ? 俺のことみたいだが」

レティアはそれを聞いて、今度は嬉しくて仕方がないと言うような、本当に綺麗な笑顔を見せる。
それを見て、恭也は少し顔を赤らめたりしているが、暗かったためレティアは気づいていない。

「それは簡単よ。私がマスターのモノということ」
「は?」
「私はマスターの力。私の全てはマスターのために存在している。言い換えれば、マスターは私の主で、私は従者と言った感じかしら。もしくはパートナー……かな」
「やはり、どういうことなのかわからないのだが」

 恭也は腕を組んで考えるも、レティアの言いたいことはわからない。

「まだあまり深く考えなくてもいいわ。いずれわかることだし」

そう言うとレティアは窓辺から下りて、恭也の前に立った。

「今日は挨拶と簡単な説明……それと契約段階を上げにに来ただけだから」
「契約?」
「そ、私たちは契約を結んでいる」
「そんな覚えはないぞ」
「それも当然よ。マスターが生まれた、それ自体が契約の肯定。
 マスターには悪いのだけど拒否権はなかったの」
「よくわからないが、拒否できないというのはひどくないか」
「それは私が謝ることではないけど、一応謝っておくわ、ごめんなさい」

レティアは丁寧に頭を下げる。
恭也は状況がよくわかっていないため、謝られてもどう反応していいのかわからない。
彼女は顔を上げ、もう一度恭也の顔を見る。

「そして、もう一つ謝らないといけない。それは本当に私がしたことだから……」
「……なんだ?」
「あなたをこの世界に送ったのは、この私。だからそれも謝るわ、ごめんなさい」

レティアは先ほどよりも深々と頭を下げる。
恭也は、それには本当に驚いた顔をさせた。
だが、すぐに元の表情に戻ると、頭を下げているレティアの肩に自らの手を優しく置いた。

「それは謝られることじゃない。ここに来なければ破滅のことは知りようがなかった。破滅から、俺の大切な人たちを守ることができなかった。だから……」

自らの肩に置かれる主の手を少し見たあと、レティアは顔を上げる。

「ありがとう、でもね……私は最初、そのマスターの大切な人たちも巻き込もうとしたのよ?」
「え?」
「マスターの周りには、色々な人がいる。
マスターと同じ強力な剣士。HGS。夜の一族。退魔士。それだけじゃない、挙げればきりがないくらいの特別な力を持つ人たちが。
 それも、その人たちは、この世界にいる救世主候補たちにすら負けない力がある」

それは恭也自身も自覚している、普通の人より少し変わった自分と周りの人たちのこと。

「この人たちなら、マスターの力になってくれるかもしれない。マスターが傷つくべきところで、それを救ってくれるかもしれない。そう思って、本当はマスターだけでなく、それらの人たちも送ろうと思っていた」
「それは……」
「私は本当に迷ったのよ?
マスターの大切な人たちを巻き込もうとしたの。そんな私をマスターは許せるの? 信じられるの?」

レティアは今までのような笑みではなく、どこか怖々とした表情……その姿通りにまるで親に怒られるのを恐れる子供のような表情をしていた。
それを見たときには、恭也の手は彼女の肩から、頭の上に移動していた。
そして、たまに末っ子や、その友人にしているように頭を撫でた。

「キミが迷ったのは、俺のためなんだろう?」

彼女は言った。迷ったのは恭也の力になってくれるかもしれないから、救ってくれるかもしれないからだと。
彼女の目的はわからないが、それは自身のためではなく、恭也のため。

「実際には俺だけなんだろう? 結局、キミは誰も巻き込まなかった。俺自身は逆に感謝している。ならば、やはりキミが気にすることでもないし、謝ることでもない。
 それにみんなを巻き込もうとしたことを……本当なら話さなくてもいいことを俺に話した。だから、キミは信用できる」

恭也がそう言うと、レティアは少しだけキョトンとしたあと、おかしそうに笑った。

「本当にマスターっておもしろいわね」
「む、それは褒めていないな」
「そんなことないわよ」
「まあ、納得しておこう」

レティアは頷いたあとに、自分の頭を未だ撫で続けている腕を眺めた。

「で、いつまでそうしてるの?」
「ん? 嫌だったか?」
「べ、別に、そ、そんなことないけど」

真っ赤になりつつも否定している。
とりあえず恭也はもう一度だけ撫でると、手を彼女の頭から離した。

「あ……」
「ん?」

レティアは、自分の頭から離された手をじっと見つめている。

「何だ?」
「な、何でもないっ」
「?」

恭也が不思議そうな顔をしている前で、レティアはなにやらボソボソと言っている。が、それは恭也にはほとんど聞こえない。ときおり『鈍感』だとか、『朴念仁』だとかいう言葉は聞こえてくるが。

「しかし、俺をこの世界に送ったのは、俺に破滅と戦わせたいからなのか?」

とりあえず、まだ小声で何か言っているレティアに聞く。
すると彼女は、やっと気づいたように顔を上げる。

「破滅との戦いというのは、私にとっては前哨戦ね」
「前哨戦? 他にも何かあるというのか?」
「そう。私の……私たちの敵との戦い……」

レティアは視線を下げて、声量すらも下げての、呟くぐらいの言葉だったが恭也にはっきりと聞こえた。

「その戦いが私の存在理由……」
「その戦いに……俺も関係があるということか」
「ええ。このことに関しては、私はマスターに謝れない。マスターもその相手に縛られているから。
 そして、マスターにも戦ってもらわないと……どんなことをしても勝てない」

レティアの言葉で、部屋に度し難い沈黙が降りた。
その沈黙が、レティアの言葉の意味がわからない恭也にも、彼女の言う敵というのがひどく脅威に感じさせていた。

「それは、破滅よりも危険なのか?」
「ええ」

レティアは簡単にうなずいてみせる。
世界を滅ぼすという破滅よりも危険。

「まだ詳しくは話せない。けど、その敵を倒すことは必要なことよ。
卑怯な言い方をさせてもらうけど、マスターが大切な人たちを守りたいのなら、倒さなきゃいけないし、まだマスターの存在はばれていないけど、放っておけばいずれマスターも狙われるかもしれない」

恭也は目をつぶり、何かを考え込む。
だが、すぐにその目を開けた。

「わかった」

恭也は何を考えていたのか、レティアに頷いてみせた。

「その敵がなんなのかはわからないし、レティアが何者なのかもわからない。けど、俺はレティアを信用した。だから、最後までキミを信用する。
その戦いに俺の大切な人たちの命運も関わるのならば、俺はキミに協力しよう」

自分も狙われるという言葉は無視して、恭也は自分の考えをレティアに告げる。
その言葉にレティアは少しだけ驚いた顔をするが、やはりすぐに笑顔を見せた。

「ありがとう、マスター」
「いや」

恭也も笑顔で首を振る。
そこで、またも沈黙が降りるのだが、先ほどとは違い重くもなく、ただ優しいだけの沈黙だった。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

「そういえば、何か契約段階を上げるとか、何とか言っていたが、他に用があるんじゃないのか?」

恭也の問いに、今思い出したとばかりにレティアは手を叩く。

「あ、そうそう。このままじゃマスターが危なそうだから、契約段階上げないと」
「危ない?」
「そ。今のマスターの立場ってかなり微妙なのよ」
「そうか? そんなことはないと思うが」
「あのね……」

恭也の言葉に、レティアは呆れたような言葉を出す。

「マスターだっていきなり背後に武器を持った人間が現れたら、襲ってこなくても警戒ぐらいするでしょ?」
「それは当然だが」
「今のマスターの立場がまさにそれなの」
「俺はそんなことしてないぞ」
「ああ、もう! ちゃんと説明するからよく聞いてよ!」
「あ、ああ」

いきなり目の前にレティアが顔を突き出してきてので、少し後方に待避しながら恭也は頷いた。

「まず、マスターがこの世界に来た方法が謎なの」
「それはレティアが……」
「そう、私が呼んだ。けど、マスターはそれを誰かに言ったりしたらダメ」
「なぜだ?」
「私の紅の書の存在なんて誰も知らないのよ。下手に私の説明なんかしたら、それこそ赤の精や白の精たちをすぐに敵に回してしまうかもしれないわ。
 もしかしたら、いつか敵対することになるかもしれないけど、今の段階ではまだダメなの」
「白の精?」
「そのへんはまだ知らなくてもいいわ。
 とにかく私の存在は、まだ誰にも知られちゃいけない。わかった?」
「ああ」

とりあえず、彼女を信用すると決めたのでうなずく。

「私の存在を話さない以上、マスターがここに来た方法が謎になってしまう。それはそれで微妙な立場なの」
「ちなみになぜだ?」
「このアヴァターを根幹とする世界の中で、世界を渡り歩くことができるのは、召喚士の力しかない。または赤や白の書、もしくは私の紅の書の力を使うしかないわ」
「さっきリコたちが言っていたやつか」

先ほどの召喚の塔でのやり取りを思い出す。
レティアもそれに頷く。

「でもマスターは召喚士じゃない。けれど赤の書は関与していない」
「では、白の書というのに呼ばれたということにしておけば……」
「ダメ。白の書も今は封印されてるし、マスター自身が私の書……紅の書を見たって言っちゃったんでしょ?」
「そうだったな」

今更、あれは見間違いだった、と言うことはできないだろう。余計に疑惑を増やしてしまうだけかもしれない。
 ならば下手に言い換えるのはまずい。

「そういうことだから、マスターはいきなり理由もなく現れた異端者ということになるわ。そして、その戦闘能力を見せてしまった」
「さっきの試験か」
「そう。あれで、かなりの戦闘能力があると見せつけてしまった。
 まあ、そういうふうに促したのは私だけど」
「しかし、あのぐらいのことをできる人は俺の周りは結構いるが」

例えば、恭也の叔母もあの程度できるだろうし、弟子も一撃でというのは無理かもしれないが、倒すのは不可能ではないだろう。さらに、彼に仕事の仲介をしてくれる女性や自分の主治医、妹の友人の妖狐など、その気になればあのぐらい……というか、倒すことはできる。
正直、救世主候補たちの本当の実力はわからないが、自分と似たようなことというのならば、上げればきりがないくらいである。

「だから、マスターの周りが異常なのよ」
「むう」

ひどい言われようではあるが、自分でもたまにそうなのかもしれない、とか思っていたので反論できない。

「この世界では、ほとんどの人が世界で一番強いのは救世主だと思っている。だから、必然的に救世主候補が最強と思われてるのよ。
その救世主候補たちだって、あのゴーレムを一撃で倒すのは難しいわ。そうなるとマスターは召喚器なし……つまり救世主候補でないのに、それに近いどころか、それより上の力を持っていることになる」

恭也はレティアが言いたいことをまとめる。

「つまり、俺はどうやって来たのかわからない上に、この世界で言う最強レベルと思われている者たちと同列の力を持っているから、一部からかなり警戒されている、ということか?」

レティアは恭也の答えに軽く頷いて返した。

「そういうこと。
 さすがに気づかれるのがわかってるからなのか、監視とかはないみたいだけど。でも、少しでも怪しい姿をみせれば、下手したら全てを敵に回すことになるかもしれないわ」
「怪しまれないようにすればいいんじゃないか?」
「まあ、そうするしかないけど、どんな行動が怪しまれる原因になるかわからないでしょ? それがマスターの意図した行動じゃなくても」
「確かにな」

恭也にはたいしたことのない行動でも、それが他人にどうとられるかなどわからない。

「ということで、マスターはかなり微妙な立場ってことなの。
 本当は召喚器を手にできなくて、傭兵科あたりにスカウトされるのを待つつもりだったんだけど、裏目に出て救世主科に入っちゃうんだもの」
「す、すまん」

思わず頭を下げるが、レティアは構わないとばかりに手を振ってみせる。

「別にマスターが悪いわけじゃないもの。でも救世主クラスに入ってしまったのが少し痛いわ。
 救世主クラスに、わざわざマスターを入れたことには、何かしらの裏もあるでしょうし」
「この学園ということには変わりないだろう」
「その重要度が違うの。つまり監視もしやすいし、周りの目も自然と集めてしまうし、なにより彼女がいるし」
「彼女?」

誰なのかわからず、恭也は首を傾げる。

「まあ、あまり深くは説明しないけど、リコ・リスにはとくに私のことは話してはダメ」
「リコに?」
「ある意味、彼女が一番危険。下手に話せばすぐに敵対しかねないわよ」

先ほどの探るように見つめてくるリコの視線を思い出すと、あながち間違いには聞こえない。なぜレティアのことを話すと敵対することになるのかはわからないが。

「別にリコに注意しろというだけで、普通に接するのは構わないのだろう?」
「それは、ね」

 レティアは曖昧ながらも頷く。
 恭也としては、疑われているからといって邪険にはしたくないのだ。

「ま、どんな状況になっても、マスターなら戦って勝つなり、逃げるなりできると思うけど、一応契約段階を上げておくわ。そうすればある程度の戦力は手にはいるはずだから」
「契約というのが何なのかよくわからないが、わかった」
「じゃ、ちょっとそのままでいてね」
「ああ」

恭也が頷くと、レティアはなぜか両手で彼の頬を掴む。
とりあえず彼女のことは信じたので、そのまま任せておくと、なぜか彼女の顔が近づいてくる。

(ち、ちょっと待て!)

心で叫びながらも、後ろへと逃げようとするが、レティアの頬を掴む力が強くなって、それができなかった上に、彼女の顔が近づくスピードがいきなり速くなった。
そして、次の瞬間には、二人の唇が重なりあっていた。
一秒。
二秒。
三秒。
ここに来て、恭也の顔から脂汗が流れ始める。
さらに五秒が経った時点で、顔中が真っ赤となる。
そして、十秒経ったときレティアの顔が離れていった。

「ああ、これがキス。なんて甘美なの」

なぜかレティアは、頬を手で押さえながらトリップしていた。

「お、お、お、お……」

 対して恭也は、なぜか青ざめた表情をしている。

「お?」
「お前、何してるんだ?」
「だからキス」
「なんで!?」
「契約段階上げるため、さっき言ったじゃない」
「それでキスが必要なのか?」
「ええ」

いとも簡単に頷くレティア。
恭也は落ち着けと念じる。

(考えてもみろ。お前の姉も再会のたびに似たようなことをするだろう? つまり挨拶と一緒だ。
というか、それで納得しておけ)
 
 そこまで考えて、何とか自分を落ち着かせる。

「なぜかいきなり疲れた」
「まあまあ、私のファーストキッスってやつだから、とりあえず嬉しがっときなさいよ」

随分と軽く言い放つレティアを見て、本当に深々とため息をつく。
レティアはニコニコとしていたが、いきなり真顔になって、恭也の全体をジロジロと眺める。

「どうした?」

赤らめていた顔をなんとか戻して聞く。

「あー、ちょっと……いや、かなり私のシナリオから、また大幅にはずれたみたい」
「は?」

レティアは、なぜか頭を抱えていた。

「ありえない。なんで? 
 一段階目って最初の段階アップなんだから、普通は身体能力の向上とか、潜在能力とかの向上じゃないわけ?」

 またも独り言を呟いているレティア。
彼女は眉間に皺を寄せて、その寄った皺に人差し指をグリグリと押しつける。

「何を言ってるんだ?」

恭也の質問か聞こえたのか、レティアは指を離して、なぜか疲れた表情で彼の顔を見る。
 それはまさしく、今さっきの立場が逆転したかのようだった。

「あー、一応、契約段階が一段階目になったわ」
「ふむ、そう言われても俺にはよくわからないのだが、何か変わったのか?」

 自らの全身を眺める。
 だが、恭也自身には、何が変わったかなどわからない。
 すると、レティアは疲れた声をだした。

「変わったわよ」
「どこがだ?」
「膨大なぐらい霊力が溢れてる」
「は?」

この反応、何度目だろうとか思いながらも同じ反応をしてしまう。

「だから、霊力が増えてるとかいう次元じゃなくて、もう身体に納まらないぐらいに溢れ出てる」
「俺にはわからないんだが」
「それが問題なのよぉ。
というか、たぶん、これって枷がはずれただけじゃない」
「枷とはなんだ?」
「あー、マスターって普通とは結構違うのよ。今までも普通じゃなかったけど。
 まあ、マスターに与えられた権限は一つだけだから、霊力の許容量がおおいっていうのは剣の腕前と一緒でただの才能の一つだと思うけど、私にも正確にはわからないわ」
 
 間に何やら失礼なことを挟みながらも説明してくる。

「やはり、よくわからんが、昔、退魔士の人に、俺にはほとんど霊力はないと言われていたのだが」

長女の友人で、ボケっぷりを発揮している巫女と、その姉の言葉を思い出す。
 過去に彼女たちは、恭也は一般人よりも霊力が少なく、ほとんど生きるために必要な霊力量ギリギリだ、と不思議そうに語っていた。

「それが枷なのよ。早い話、マスターの霊力は封印されてたの。それで、さっき契約段階のアップで外れたのよ。まだ完全に封印が解けてるわけじゃないみたいだけど」
「なんで封印なんかされてたんだ?」
「こんな膨大な霊力、あいつに自分はここにいますって言ってるようなものよ。だから、それを隠すために封印してあったんでしょ。まあ、この世界ならあっちの世界よりおおくあるマナとか、他の人が持つ召喚器の力とかで隠せるし、さっき言ったとおり、まだ完全には枷が解けてないから、このくらいはある程度は問題ないけど。
あ、言っとくけど、あいつって誰だって質問はなしよ。どうせいずれはわかることだから、今は聞かないほうがいいわ」
「わかった」

聞いても答えてくれないだろうということはわかっているので、大人しく頷いておく。
 いずれわかるというのなら、そのときまで待てばいい。これは、今までの周りの人たちから学んだことでもある。

「で、霊力が増えたのはいいが、戦力としてはどうなんだ?」
「まったくかわりなし」
「なぜだ?」
「だってマスター、霊力の使い方なんてわからないじゃない」
「あ……」

確かに、知り合いの退魔士たちの戦いを見たことはあるし、模擬戦などもしたことがあるが、その霊力での攻撃がどういう原理で行われていたかなどわからない。
 どんなに霊力が大きくなったとしても、自分の意志で操れないのなら何の意味もない。

「まあ、その霊力のおかげで自然治癒能力とかは上がってるだろうけど。正直、それだけって感じねぇ」
「どうするんだ? まあ、俺はさっきまでもあまり危機感は感じていなかったが」
「お願いだから感じてよ」

 彼女は、頭を軽く抱えていた。

「とはいえ、今はこれ以上契約段階上げると、間違いなく気づかれるし」

レティアは少し考えたあと、ため息をつく。

「しょうがない。やっぱりマスターには霊力の扱い方を覚えてもらうしかないか」
「どうやって覚えろというんだ?」
「知識としては私もあるから、教えて上げられるんだけど。正直、私がマスターに接触していれる時間ってかなり限られてるし、というか、今も少しオーバーしてるぐらいだから。
だから……何とか自力で頑張って」

 本当に笑顔で言ってくれた。

「無理に決まっているだろ」
「そんなことないわよ。神咲を作った人だって、最初は誰かに習ったのかもしれないけど、それをたどっていけば、いずれは自分で霊力の扱い方を体得した人がいるってことなのよ?」
「無茶苦茶な理論だな」

恭也はさすがに呆れたようだ。

「わかったわよ。何とか次に会うときまでには考えておく」
「そうか」

レティアは恭也の前から一歩下がる。

「とりあえず、なんかほとんど失敗した感じだけど、そろそろ私は行くわ」
「また来るのか?」
「もちろん」

レティアは笑顔で頷く。

「あ、そうそう。何か必要なものない? アヴァターの人間に気づかれないように、マスターの世界から送ってあげるけど?」

それを聞いて、少しだけ考えるとすぐに浮かぶものがあった。

「なら、俺の完全武装を頼めるか? 正直、今の装備じゃ心許ない。小太刀と太めの鋼糸と数本の飛針しかないんだ」
「病院帰りで、なんでそれだけのものを持っていたのかが疑問なんだけど。
ま、わかったわ、すぐに送るから」
「ああ、頼む」

レティアは、先ほど座っていた窓辺に足をかけた。
一瞬、どこから出ていくつもりだ、とか考えたが、自分にはわからないような方法で帰るのだろうと結論づけた。
と、そこでレティアがもう一度振り返った。

「そういえば、もう一つ言い忘れてた」
「ん?」
「別に女の子をいくら墜としてもいいけど……赤の精と白の精に浮気したらギタギタにするからね」

レティアは、今日一番の極上の笑顔を見せる。
恭也は言っている意味はまったく理解できなかったが、自分の顔が引きつっていることだけは理解できた。
それほど怖く輝いた笑顔だった。そして、元の世界でも自分の近くに女性たちが、何度か見せたことがある笑顔だった。

「それじゃあ、またね。マスター」

レティアはそんな素晴らしい笑顔を見せた後、窓の外に向かって飛び出した。そして、落下運動が始まる前にその身体が輝き、それが途絶えると、もうそこには誰もいなかった。
恭也は、本当に今日何度目になるかわからないため息をついた。
ちなみにそのあと、もう一度眠ろうとしたのだが、最後に彼女が見せた笑顔を思い出すと背中が寒くなって、さらに眠れなくなったということを追記しておく。






あとがき

 というわけで第二章しゅ……
エリス「アホかあっ!」
ぐばっ!
エリス「あんた何考えてんの!?」
殴ったね!? 親父にも殴られまくりなのに!
エリス「そんなことはどうでもいいの! 今回、デュエルのキャラ出てないでしょうが!」
はい、すみません(土下座)
エリス「みなさん、すみません」
いや、入れようとは思ったのよ、ホント。けど、そうなるとまたへんな所で切らないといけなくなったから。
エリス「だからって、オリキャラとの会話、それも一シーンだけで終わらせるなんて」
これでもかなり削ったんだって。元は下手するとこの二倍はあった。
エリス「とりあえず許してあげるとして、あのレティアって娘は何?」
 詳しい正体はいずれ。
エリス「それもおいおいか。で、続きは書いてるの?」
…………。
エリス「あんた……」
い、いや、ちょっと遊んじゃって。いやいや、前回言ったように、次の話はもうできてるんだよ。あとは削って修正。
エリス「んで、そのあとの話は書かずに進んでいないと」
ええと、ぶっちゃけると書いてはいた。
エリス「どういうこと?」
いや、次と、その次の話、まあ試験と指導ということになるのだが。書いてあったぶんを修正していたら、この話って他のキャラでもいけんじゃねぇ? とか思って。早い話、試験の相手と指導の相手を変えてもいけるのでは、と。
エリス「で?」
ははは、他のキャラ版書いちゃった。そのせいで続きはまったく書いてない。
エリス「やっぱ一回滅却されとく?」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。いや、書いてたら、楽しくなっちゃって。
エリス「実際、増やしたって誰なの?」
大河版とリリィ版。でも話の展開は本来あったのとほとんど変わらず。変わるのは会話の内容とちょっとした細部、あとキャラの心情。
エリス「大河でほとんど変わらないって……」
まあ、そのへんはご想像にお任せする。
エリス「っていうか、同じ章を三つも書いてどうするの?」
二つはお蔵入り、というか自分が書いて楽しんだだけ。
エリス「とっとと続き書きなさい、いい? じゃないと完全滅却するよ?」
は、はい。
エリス「それではみなさん、また次回」
次回はちゃんとデュエルのキャラが出てきます。



謎の少女の正体が少しだけ明らかに。
美姫 「レティアはどんな位置にいる少女なのかしらね」
うんうん。
美姫 「次回も楽しみよね〜」
非常に楽しみだよ〜。
美姫 「次回も首を長くして待ってますね〜」
待ってます。



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