「何でここに…」

 

令の顔を見た男…刹那が呟く。その言葉を聞いた令がホッとした表情で安堵の溜め息をついた。

 

「良かった。また会うことが出来て…」

 

心底ホッとしたような表情でそう呟くと、令は180度振り返る。そして、祐巳たち三人を手招きした。それを見て、金縛りが解けたかのように祐巳・志摩子・由乃の三人はそそくさと令と刹那の元へと向かう。顔を現した祐巳たち三人を見ると、刹那は驚いた表情になった。

 

「何だ、一人じゃなかったのか」

 

令に視線を向ける。

 

「ええ」

 

令が頷いた。

 

「…それで? 一体全体何の用だ?」

 

そう、刹那が訊ねると、

 

「実は、お話があって…」

 

と、令が口を開いた。

 

「話?」

「ええ」

「ふーん…」

 

令が頷いたのを確認すると、刹那はどうでも良さそうな返事を返した。が、

 

「…まあ、聞いてみようか。立ち話もなんだから、そこに座りなよ」

 

と、手近な席を指し示した。それに従い、令たち四人は席に腰を下ろす。そして、刹那も席に腰を下ろそうとしたときだった。

 

「ちょっと待ちな」

 

ガッと、肩を掴まれる。何だろうと思って刹那が振り向くと、そこにいたのは令たちにちょっかいを出し、刹那が入ってきてから今の今まで放って置かれた肉体労働者たちだった。

 

「…何だよ」

 

肩に置かれた手を払いのけると、刹那は肉体労働者たちに正対した。

 

「兄ちゃん、途中から割り込むなよ」

「そうそう。あのお嬢ちゃんたちと先にお喋りしてたのは俺たちだぜ?」

「何横から入り込んできてんだよ」

 

酒の匂いに刹那が顔をしかめた。が、男たちには返事を返そうとせずに、後ろに振り返る。

 

「…と、このおっさんたちが言ってるけど、本当か?」

 

その刹那の言葉に、令たち四人はものすごい勢いで首を左右に振った。それを確認すると、刹那は男たちに向き直り、

 

「だとよ」

 

と、小バカにしたように告げた。それを聞いた三人の表情がムッとなり、そのうちの一人が刹那の服の襟を締め上げる。

 

「何だぁ? その人を小バカにした言い方は」

「女の前だからっていい気になるんじゃねえぞ」

「ちょっとこっち来いや」

 

酒の力か、集団心理による錯覚かは知らないが男たちは明らかに気が大きくなっていた。襟首を掴んだまま、刹那を外に連れ出そうとする。

 

「ちょ…」

 

慌てて何か言おうとする令を、刹那が手で制した。不安げな表情で刹那を見ている四人に軽くウインクすると、刹那は襟首を捕まれたまま引き摺られるように店の外へと向かった。

 

 

 

 

 

「ほい、ただいま」

 

ガラガラガラとスライド式のドアを開けて、刹那が店の中に戻ってきた。男たちに店の外へ引き摺られてから三分も経ってない。

 

「大丈夫ですか?」

 

志摩子が心配そうに訊ねた。

 

「ああ。おかげさんでな」

 

刹那はヒラヒラと軽く手を振ると、店長のところに向かった。

 

「おばちゃん、ほい、これ」

 

刹那が上着のポケットから一万円札を出すと、店長にそれを渡した。

 

「? 何だい、これ?」

 

店長が訊ねると、

 

「さっきの酔っ払いたちのお勘定」

 

と、刹那が答えた。

 

「店を騒がせた迷惑料も入ってるってさ」

「へー。まあ、それなら、素直にもらっておこうか」

 

店長は刹那からその一万円札を受け取る。

 

「…そう言えば、あのお客さんたち戻ってこないけど、どうしたんだい?」

 

店長がそう訊ねると、刹那はニヤリと笑いながら、

 

「話し合いの結果、帰ったよ。店で騒ぎを起こして悪かったって言ってた」

「そうかい? それならいいけどねぇ…」

 

刹那の説明に今一つ納得のいかない感じの店長だが、かと言って深く追究しようともしなかった。ちなみにそれは正解で、店の外には漫画よろしくピクピクと全身を引きつらせながら伸びているさっきの三人の姿があった。身体を使って丹念に話し合いを重ねた結果である。

刹那は店長に一万円を渡すと、リリアンのお嬢様方が待つ自分の席に戻っていった。

 

「よ、お待たせ」

 

軽く手を挙げて答えると、椅子を引き自分の席に座った。

 

「あの、大丈夫でしたか?」

 

開口一番、志摩子がそう訊ねた。

 

「? 大丈夫って、何が?」

 

刹那がそう訊ね返す。

 

「さっきのことです。その、酔っ払った三人に連れて行かれて…」

「…ああ」

 

志摩子が何が言いたいのかわかったのか、刹那がゆっくりと頷いた。

 

「大丈夫だよ」

「ほ、本当ですか?」

 

恐る恐るといった感じで祐巳が訊ねる。

 

「見りゃわかるだろ?」

 

刹那が軽く肩をすくめた。確かに外傷はないし、無理してやせ我慢をしているようにも見えない。それを理解すると、祐巳は心底ホッとしたように表情を崩して溜め息をついた。

 

「良かったぁ…」

「おいおい、大げさだな…」

 

祐巳の様子を見て刹那は苦笑した。が、

 

「そんなことないですよ」

 

そう言ったのは由乃だった。

 

「ああやって連れて行かれれば、誰だって心配します。わ…私だって、心配したんですからね…」

 

そう言うとそっぽを向いてしまう。語尾は小さくなったが、それでもハッキリと聞こえたその言葉に刹那は苦笑した。

 

「そうかい。そいつは悪かったな」

「まあ、無事だったんだからいいですよ」

 

令が静かに微笑む。

 

「ああ。そういうことにしといてくれ」

 

刹那がそう返した。令はその言葉に頷くと、

 

「ところで…」

 

と、早速話を切り出した。

 

「ん?」

「実は、あなたにお話があってきたのですが…」

「話?」

 

令の言葉に、刹那は首を傾げた。

 

「はい」

 

ゆっくりと頷く。

 

「いいぜ。何の話かわからないけど、取り敢えず話してみなよ。あんたたちには幾つか借りがあるからな」

「わかりました」

 

令が頷いて話をしようとしたところに、

 

「はいよ、お待たせ」

 

店長がラーメン丼を持ってやってきた。そして、それを刹那の前に置く。

 

「おっ! 来た来た!」

 

嬉しそうに刹那が表情を崩した。本題に入ろうとしたところで思わぬ横槍が入り、令は溜め息をつく。そして、何とはなくそのラーメンを見て、ぎょっとした。祐巳・志摩子・由乃も似たような表情をしている。

 

「明太ワサビ入りキムチラーメン、大盛りね」

 

そして四人はそのラーメンの名前を聞き、再びぎょっとした。

 

(め、明太…)

(ワサビ入り…)

(キムチラーメンって!)

(……)

 

四人はそのラーメンの名前を聞き呆然としていたが、刹那は

 

「これこれ♪」

 

と、本当に嬉しそうにそれを覗き込むと割り箸を手にした。そして、更にその上に胡椒をかける。

 

(うわぁ…)

(あ、あんなに胡椒を…)

(この上でまだ、味を重ねるの!?)

(身体に悪そ…)

 

四人は更に呆然としたが、刹那はそれに気づいてないのか、あるいは気付いても無視しているのかはわからないが、割り箸を割ると顔の前で手を合わせて拝んだ。

 

「頂きま〜す♪」

 

嬉しそうにそう食前の挨拶をすると、呆然と自分を見ている山百合会の少女たちを放ってラーメンを食べ始めた。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

満足そうな表情になって刹那が腹を擦る。大盛りの明太ワサビ入りキムチラーメンはものの十分と経たずに刹那の胃袋へと消えていった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

唖然とした表情のままラーメン丼と刹那の顔を交互に見る山百合会の乙女たち。彼女たちにとっては刹那の食欲もさることながら、あの間違いなく辛いであろうラーメンを平然と平らげたことに驚いていた。

 

「…ん?」

 

そんな四人の視線に気が付いたのか、刹那が少し身を乗り出す。

 

「どうした? 雁首揃えて狐に摘ままれたような顔して?」

「あ…いや…その…」

 

バツが悪くなったのか、祐巳が言葉を濁す。

 

「皆、ビックリしてるんですよ」

 

後を継いだのは由乃だった。

 

「? 何が?」

「何って…あんなにいっぱいあって、その上あんなに辛そうなラーメンを瞬く間に食べちゃった刹那さんにです」

「そうかぁ? 健全な男なら、あれぐらいは余裕だろ?」

「量はともかくとしても、味の方ですね。あんなに刺激物がいっぱいあって、辛くないんですか?」

「いや」

 

志摩子の言葉に首を左右に振る。

 

「俺は激辛党でもあり、激甘党でもあるからな。あの程度大したことないし、練乳とチョコクリームと蜂蜜かけたショートケーキでも余裕で食えるぞ」

「それもちょっと…」

 

苦笑いする令。令とて甘いものは好きだが、そこまで甘さを重ねるとさすがに気持ち悪くなるので、もはや笑うしかなかった。

 

「何にせよ、健康的な食生活でないことだけは確かですね」

「自覚はしてる。とは言え、個人の嗜好だからな。変える気はさらさらない」

 

刹那の言葉に四人は苦笑するしかなかった。

 

「ま、いいですけど」

 

令が頷くと、

 

「さて…」

 

と、刹那が立った。

 

「話があんだろ? ここじゃ何だし、場所変えようや」

「わかりました」

 

山百合会の乙女たちも次々と立ち上がった。

 

「おばちゃん、おあいそ」

「はいよ」

 

精算を済ませると刹那は店を出て行く。それに続いて四人も店を後にした。ちなみにオレンジジュースの代金を払ったのは刹那である。一向は刹那を先頭に歩き出した。

 

 

 

 

 

「さて…と」

 

らーめん 火の車を出てから少し歩いたところにある割と大き目の公園。その公園の中の木で出来た丸いテーブルの周りに設置されている簡素な木造の椅子に腰を下ろし、刹那が口を開いた。山百合会の乙女たちもテーブルを取り囲むようにそれぞれ腰を降ろしている。

 

「それじゃあ聞こうか。話ってのは何だ?」

 

刹那がそう言うと、四人はお互いに顔を見合わせてうんと頷いた。そして令が口を開く。

 

「お話っていうのは他でもありません。祥子のことです」

「誰それ」

 

間髪入れずに刹那が訊ね返す。その一言に、四人は再び顔を見合わせた。

 

「あの…本当にわからないんですか?」

「って言ってもなぁ…」

 

刹那がボリボリと頭を掻く。

 

「俺とあんたたちの接点って、あの助けてもらったときのだけだろ? それを考えれば、あんたたちを含めたあのときのお嬢ちゃんのうちの誰かってことになるんだろうが、そもそも俺、あんたたちの名前も知らないからな。知ってるっていえば、黒髪おかっぱの一番落ち着いた雰囲気のお嬢ちゃんが蓉子って名前だってことぐらいだからな」

『あ…』

 

全員の声が重なる。最初に会ったときのインパクトが強かったのと、さっきまで緊張していたのが重なり、名乗ってなかったのを忘れていたのだ。むろん、一回こっきりの行きずりの出逢いで終わる可能性だったあったわけだから、仕方のないことであった。

 

「そういえば、そうでしたね。失礼しました」

 

令が頭を下げる。

 

「では、遅ればせながらですが自己紹介させてもらいます。私はリリアン女学園の二年生で、支倉令と申します」

「令?」

 

令の名前を聞き、刹那がわずかに眉を顰めた。

 

「はい。…あの、何か?」

 

刹那の表情が変わったのを見て、令が訊ねる。

 

「いや、大したことじゃないんだ」

 

刹那が手をヒラヒラと左右に振った。

 

「ただ、俺もあんたと同じ名前だからさ」

「えっ?」

 

驚いた表情で首を傾げる令に向かって刹那が口を開く。

 

「俺も零っていうんだよ。刹那零」

「へえ…」

「令ちゃんと同じ名前なんですね」

 

刹那…零が令の隣に視線を移した。

 

「どうも。私は島津由乃って言います。令ちゃんの『妹』です」

「妹?」

 

再び零が眉を顰めた。

 

「はい」

「嘘だろ? だって全然似てないし、苗字も違うじゃねえか。腹違いとか、そういうオチか?」

「あ、それは…」

 

零の疑問に令がリリアンのスール制度を説明して答えた。

 

「ふーん…」

 

物珍しそうな顔で零が頷いた。

 

「さすがお嬢さま学校ってわけか。そんな制度があるとはな。でも、部外者から見れば変な制度に見えるけどな」

「かもしれませんけど、スール制はうちの特色の一つですから」

「わかってるよ。別に否定するつもりもないしな。部外者があーだこーだ口出すのは、それこそお門違いってもんだろ」

 

頷くと、今度は零は残った二人の方に顔を向けた。

 

「で、あんたたちは?」

「は、はい。藤堂志摩子。『白薔薇の蕾』です」

「福沢祐巳です。『赤薔薇の蕾の妹』です」

「藤堂さんに福沢さんね」

「あ、その…」

 

自分の名前を呟いた零に志摩子が呟いた。

 

「何?」

「その…よろしければ苗字ではなく名前で呼んでくれませんか? リリアンでは名前で呼ぶのが普通なので、苗字で呼ばれるとどうも落ち着かなくて…」

「…まあ、俺は別にいいんだけど、そっちはそれでいいのか?」

「はい」

「…わかった。それじゃあ、志摩子でいいか? 年下にさん付けってのもなんだし、かと言って、もう子供でもないのにちゃん付けだと尚更変な気がするんで」

「はい」

 

志摩子が頷くと、他の三人からも同じ提案があった。断る理由もなかったので、零は頷いてそれを了承した。

 

「さて、なんだかんだで前置きが長くなっちまったな。そろそろ本題に入るか」

 

零の言葉に四人が頷く。

 

「それで、なんだっけ?」

「祥子のことです」

「ああ、そうだっけ」

 

再び零が頷いた。

 

「でも、名前言われても誰のことかわからないんだけどな」

「ちょっと待ってください」

 

そう言うと、令が上着の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そして、それを零に見せる。映っていたのは、現山百合会の八人の姿だった。

 

「この子です」

 

そう言って、令が指差した先にいたのは長い黒髪のストレートヘアーの子だった。

 

(こいつは…)

 

その顔には見覚えと、そして確かな印象があった。山百合会と初めて会ったときのことを思い出す。そのとき、尋問してくるお嬢ちゃんがたの中、ただ一人何も言わなかった…そして、ずっとこっちを見ていたお嬢ちゃんの姿だった。あのときの何かを探るような、値踏みするような視線を思い出す。

 

「…名前は?」

 

しばらく写真を見ていた零が不意に口を開いた。

 

「祥子です。小笠原祥子」

「小笠原…」

(小笠原…小笠原…)

 

記憶の糸を手繰る。その表情を、令たち四人がジッと見ていた。下手に感情を表に出せないなと考えながら、零は記憶の糸を手繰っていった。

 

(小笠原…小笠原…おがさわ…!)

 

思考を重ね、やがて零はあることに辿り着いた。が、それを表情に出さないようにすると、令に写真を返した。

 

「…それで、この子がどうかしたのか?」

 

零が訊ねると、四人が同時に頷いた。そして令が口を開く。

 

「刹那さん」

「何だよ?」

「短刀直入に伺います。あなた、祥子とお会いしたことありませんか?」

「…どうしてそう思う?」

 

零が訊ねた。

 

「あなたに会った日から、なんとなく祥子の様子がおかしいんです」

「…続けて」

 

先を促す。

 

「あの日、意識を失っているあなたを発見して保護しようと言ったのは私なんです。でも、他の方たちは私の意見に賛成してはくれませんでした。当然ですよね、意識を失っているとは言え、女子高に正体不明の男の人がいたんですから。どんな目的があるかもわからないのに、保護しようという方がおかしいんです。私もそれがわかっていましたから無理矢理自分の意見を押し通すつもりはありませんでした。そんな中で、唯一私の味方になってくれたのが祥子さまだったんです。そして、それは私たちにはにわかには信じられないことでした」

「何故?」

「祥子さまって、凄い男嫌いなんです。男の人を見るだけで嫌そうな顔をするし、ご自分から話しかけたりすることなんてほぼ絶対にありえません。そんな祥子さまが、気絶している得体の知れない男の人を保護しようって言うんですよ?」

「それに、あのときお姉さまは御自分のハンカチを刹那さんにあてがわれてました。普段なら絶対にそんなことを…それも男の人相手なら絶対に絶対にしないことです。それを刹那さんにはしたんです」

「私たちが尋問している間、不思議と祥子だけは口を開かなかったし、それに何より、刹那さんに会ってからというもの、祥子の様子がおかしいんです。今まではそんなことがなかったのに、ぼーっとしていることが多くなって。…これらのことから考えるに、祥子とあなたの間に何か…良いことか悪いことか、あるいはもっと別なことはわかりませんが…があったんじゃないかと、そう思って今日は訊ねさせてもらったんです」

「成る程ねぇ…」

 

四人の話を聞き終え、零がふっと一息ついた。

 

「…お嬢ちゃんがたの言いたいことは良くわかった」

「! じゃあ、やっぱり何か!?」

「いや…」

 

零が首を左右に振る。そして、

 

「見当違いだ」

 

と、立ち上がって歩き出した。慌てて四人もその後を追う。零は少し歩いたところにあるベンチに腰を下ろすと、両腕を背もたれに投げ出した。四人は零に追いつくと、立ったまま零を見下ろしている。今零がベンチに座っているため、普段とは違って山百合会が零を見下ろし、零が山百合会を見上げる形になった。

 

「…見当違いとは、どういうことです?」

 

令が語りかける。心なしか、切れ長の目がいつもより鋭くなっているような気がした。まるで、嘘や騙しは通用しないぞと言っているかのように。だが、

 

「言葉通りの意味だよ」

 

と、四人を見据えながら零が答えた。四人の真っ直ぐな視線を正面から受け止め、尚且つ全く怯む様子がない。

 

「タイミングからみたら、確かにその小笠原のお嬢ちゃんがおかしくなったのは俺が何かしら関係しているのかもしれない。けど、それはあくまで状況証拠…推論にしかすぎないわけだ。確たる証拠があるわけでもないんだろ?」

「それは…そうですけど」

 

令の歯切れが悪くなる。零の言ったことにも一理あると思ってるからだろう。それがわかってかどうかは知らないが、零が言葉を続ける。

 

「俺を助けたのだって、お嬢様特有の気まぐれかもしれないぜ? ハンカチをあてがってくれたのだって、状況が状況だけに男が嫌いだの何だの言ってる場合じゃないって思ったのかもしれないし、尋問に参加しなかったのは俺が何をしても対応できるように全身の全神経を俺に向けていたから参加できなかったのかもしれない。勿論、これは俺が勝手に考えていることだから、他に本人なりの理由があるかもしれないがな」

 

「そ、それは…」

「その…」

「あう…」

 

由乃・祐巳・志摩子の三人も口を噤む。彼女たちもわかっているのだ、自分たちが縋っているのがとても頼りないものだということを。ただそれでも、一縷の望みをかけて今日ここに来た。しかし人生経験の差だろうか、真っ向から理詰めで諭されると反論することは出来なかった。

 

「…確かに、刹那さんの仰る通りですね」

 

口を開いたのは令だった。

 

「私たちが言ったのは確かに推論です。ですから、本当は刹那さんの仰った通り祥子の異変はあなたとは何の関係もないのかもしれない。偶然重なっただけで」

「だろ?」

「…でも」

 

言葉を続ける。

 

「それは逆に言えば、私たちの推論が外れているという証拠にも決してならないと言うことではないですか? 確かに私たちの推論は外れているかもしれませんが、当たっているということもありえるんですから。刹那さんの言われた通りに状況証拠しかないですけど」

「ま、確かにな」

 

零が頷いた。

 

「そして、私は自分の…自分たちの推論が当たっているという自信があります」

「へえ…なんでそう思うんだい?」

「それは…普段の祥子を見ていますから」

 

令が呟く。

 

「祥子はいかなる理由があろうと、初対面の男性にたとえ消極的にでも接することは出来ません。出来ないと言うよりは、しないと言った方が正しいですかね。そんな祥子が、初対面であるにも関わらず刹那さんにそれなりにとはいえ関わったというのは、よっぽどのことがあると思うのです。だから…」

「…だから、俺とその祥子っていうお嬢ちゃんは何かしらの関係がある…と?」

 

零がそう言うと、令はゆっくりと頷いた。それを見た零が苦笑する。

 

「よっぽどなんだな、そのお嬢ちゃんの男嫌いってのは」

「ええ。場合によっては私たちも苦労するぐらいですから」

「ははっ、大変だな」

 

再び零が苦笑を浮かべた。だが、それも一瞬。すぐに真面目な顔になる。

 

「でもな、やっぱり見当違いなんだよ。俺はあのお嬢ちゃんに会ったのはあのときが初めてだからな」

「本当ですか…?」

 

訝しげに令が訊ねる。だが、零もさるもの、その令の訝しい視線を受けながらも表情を崩すことなく、ジッと真正面から令の視線をまともに受け止めていた。

 

「本当だよ。…まあ、こればっかりは信じてもらう他ないがな」

「そうですか…」

 

令は溜め息をつくと脇に振り返った。そして隣にいる由乃たちに自身の顔を近づける。自然、由乃たちも令に顔を寄せることになる。四人はお互いに近づくと、声を潜めて話し始めた。

 

(どう思う?)

(う〜ん、難しいところですね…)

(確かに刹那さんの言い分にも一理ありますけど…)

(でもやっぱり、あの祥子さまが見ず知らずの男の人を気遣ったことを考えれば、怪しいんだよね)

(それは確かにね)

(結局、決め手がないんですよね)

(向こうにも、そしてこちらにもね…)

(でも、それじゃあどうします?)

(う〜ん…)

(薔薇さまがたが戦果を期待しているみたいですし、手ぶらで帰るわけにはいきませんからね)

(かといって、これ以上どうやって話を持ってく?)

(それは…)

(う〜ん…)

 

その後も額をあわせながら四人は議論を続けていく。その姿を見ながら、零はふっと息を吐いた。

 

(愛されてるんだなぁ…)

 

自然とそう思う。今日び、友達のためにここまでやる連中はいないだろう。そう考えると、自然と微笑ましくなった。

 

(とはいえ、お嬢ちゃんたちの望むような結果をくれてやるわけにはいかねえからな。しらを切り通さにゃ)

 

改めてそう決心する。と、話し合いが終わったのだろうか、四人が離れた。

 

「では刹那さん、もう一度聞きますけど、本当にあなたは祥子と面識はないのですね?」

「ああ」

 

令の問いに、零ははっきりと頷いた。

 

「わかりました」

 

零の答えを聞き、令も頷く。

 

「どうやら、私たちの勘違いだったようです」

「わかってくれりゃいいさ。それに、『あの』小笠原のお嬢様と俺なんかに接点があるわけないだろ?」

 

零のその言葉を聞き、令は他の人間には気付かれないほど僅かながら眉を動かした。しかし、それを周りに悟られないように、

 

「…ですね」

 

と、簡潔に答えた。それを聞くと満足そうな顔になりベンチを立ち上がる。

 

「それじゃ、俺はこれで」

 

そう言ってしゅたっと手を挙げてその場を立ち去ろうとする零。だが、それは許されなかった。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

令がその足を止めたのだ。その言葉に従い、零が足を止める。

 

「何だ? まだ何かあるのか?」

「はい。一つお願いがあるのですが」

「お願い?」

「ええ」

 

頷くと、令は口を開きそのお願いを零に伝えた。





刹那へと質問をするも。
美姫 「のらりくらりと躱されて〜」
最後に令が伝えたお願いって何なんだろうか。
美姫 「刹那と祥子を繋ぐ何かがあるのか」
次回も舞ってます。
美姫 「いや、待ってるだから」
冗談だ。



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