あとがき物語 二つの伝説 5−B
*
「うわ〜……」
「へえ〜……」
わたしと由衣は目の前に広がるその光景に思わず感嘆の息を漏らした。
「なかなかええとこやろ?」
そんなわたしたちに、柚菜が得意げに笑った。そうここは柚菜の家の私有地なのだった。
ことの始まりはあの地獄の脱走劇から一週間、期末テストが終わって(無事に終わったのが不思議に思う)数日後のことだった。
わたしがいつものように休憩時間を利用して本を読んでいると、隣から情けない声が聞こえてきた。
「毎度のことながら、夏はたまらんわ〜。こう暑いと脳が溶けてまう」
「夏なんだから、暑いのは当然でしょ。むしろ暑くないほうがおかしいんだよ」
声の主は柚菜だった。ちなみに柚菜は何かのレポートのようなものをまとめていた。
「せやけど、暑いもんは暑いんや〜」
「そんなに我慢できないなら図書室でも行ってくれば。あそこならクーラーもきいてるし」
「いやや、紀衣がおらんとこなんていってもつまらへんもん」
「あのね……」
「それにしても、メガネを掛けた紀衣も理知的でええな〜」
「あ〜、はいはい。ありがとう」
わたしは本を読むときはいつもメガネをかけている、伊達だけど。
「メガネといえばドジっ子とか委員長とかの標準装備やけど、紀衣やったらなんでも装備できるからなあ、ああええなええな。メガネの奥に光る知的な瞳。でもその実態は完全無欠の究極ドジッ子、こう上目遣いで見上げられたら……ああ、あかんそんなんあかん」
「はあぁ〜……」
何を想像してか赤面して悶える柚菜を見て、わたしは額を押さえた。なんか「萌え萌え〜」とか奇声を発してるし……。
「どこかに静かで落ち着ける場所はないかな……」
「それならうちの別荘にでもいくか?」
「うわっ!?」
今までの変人ぶりがどこへやら元に戻った柚菜がそう言った。
「別荘って海の?」
「あっちもええけど、落ち着くんなら山のほうがええな」
「山?柚菜んとこって山なんて持ってたっけ」
「それがあるんよ。しかもとっておきの場所に♪」
よほど気に入っているのか柚菜はとても嬉しそうだ。
「じゃあ、夏休みになったら招待してもらっちゃおうかな」
「おう、任しとき。そや、どうせやから由衣ちゃんも誘って泊りがけで3人でパーッと遊ぼ!」
「賛成」
*
そして今にいたる。
「それにしてもさすが私有地だね、静かで落ち着けるよ」
ここは私有地のため、関係者以外は立ち入り禁止である。ここまで登ってくる途中でまったく人に出くわさなかったのはそのためだ。麓でここを管理している人に会ったくらいで他には一切あっていない。
「こんだけ静かやと大声だしても誰にも気づかれへんよ♪」
さりげなく不穏な発言をする柚菜は無視。そういえば途中に熊に注意という看板があったけど、別にどうということはないだろう。遭遇すれば今夜のおかずが増えるだけだ。
「そう言えば途中に小川がありましたけど、行ってみませんか?」
「その前にお昼にせえへん?」
そういう柚菜のお腹がきゅうと可愛らしく空腹を訴えた。
*
「気持ちい〜」
由衣が水に足を突っ込んで歓声を上げる。
「おお、お魚も泳いどるで」
柚菜が小川の一点を指差して言った。
「そうだ、せっかくだから泳ぎませんか?ここそんなに深くないみたいですし」
「でもわたし達水着持ってきてないよ?それに着替えだって」
何か嫌な予感がするけど、一応尋ねる。
「そんなの脱いじゃいましょ。着て水の中に入ったら動きづらいですからね」
つまりそれはここで全裸になれということだ。
「ちょっとちょっと、誰かが通りかかったらどうするの?」
「それなら問題あらへによ。ここは私有地やし、それにここらへんは熊がよう出るから人はあんまり近づかへんから」
「えっ、そうなの!?」
「なら、問題ありませんね。ほらほらさっさと脱いじゃいましょう〜♪」
「問題ありまくりでしょっ!!」
「大丈夫ですよ、熊は学校の皆じゃないんだから発情して襲ってきたりしませんよ。ほらっ、柚菜先輩も紀衣さん脱がすの手伝ってください」
「おし、任せとき」
「何がおしだよ――――――――!!!!!!」
*
「あはは☆気持ちいい♪」
「せやな、やっぱこの開放感がたまらんな〜」
「紀衣さんもそんな隅っこにいないで一緒に泳ぎましょうよ」
「そやで、うちら以外だ〜れもおらへんのやからのびのびといこや」
「……二人とも、人の気も知らないで」
目の前には全裸の少女が二人、その素肌を惜しげもなくさらしている。人目を憚ることなく無邪気に戯れるその姿は精神的に男(だいぶ意識的に薄れてきてるけど)であるわたしには目の毒以外の何者でもなかった。
わたしがそんなことを考えていると不意に頭から冷水をかけられた。
「わっ!?なっなにするんだよ」
わたしはぶるぶると頭を振って水を振り払うと、何事かと目を開けた。
「わわわっ!!!!」
慌てて眼を閉じた。
眼の前には仁王立ちする由衣。わたしは屈んでいたから自然と見上げる形になってしまった。
これはヤバイよ……、何がヤバイかって?そりゃこのアングルが……。
「もう、紀衣さんがぼーっとしてるからいけないんですよ。って、なんで眼瞑ってるんですか?」
「いいから少し離れて」
わたしは顔に熱さを感じながら立ち上がってそこでふと思い至る。
「こうすればよかったんだ」
「なんのことですか?」
苦笑するわたしに不思議そうに小首を傾げる由衣。それに別にその気になったっていいんだよね?
その問いにはたぶん今という状況が答えてくれるだろう。わたしはもう一度微笑んで二人を見つめる。
「よしっ、泳ごう。せっかく遊びに来たんだから楽しまなくちゃ損だよね」
そう言ってわたしは由衣の手を引っ張った。
「えっ?あっはい」
由衣は一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐに満面の笑みを浮かべる。そんなわたし達を優しい笑みで柚菜は見つめていた。
*
「はあ〜、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいです」
「あはは、まああれだけはしゃげば無理もないよ」
小川の辺に腰掛けたわたしは隣で軽く息を吐く由衣に苦笑した。
気がつけば日が傾いていた。
さすがにこれ以上は風邪を引きかねないので小川から上がることにした。
「それにしてもなんで水着がなくてバスタオルはあるかな……」
わたしは濡れた身体をタオルで拭きながら溜息を吐いた。
「そないな細かいことは気にしな〜い」
「そうですよ。それにこんなこと滅多にできないんですから、よかったじゃないですか」
二人のニヤついた顔を見ていたら絶対意図的にやったとしか思えない。
「はあ〜、まあいいんだけどね。……ん?」
わたしは服を着ようとしてふと手を止めた。殺気を感じて小川の反対側に眼を向ける。
「どうしたんですか?あっ」
「熊やな、しかもなんやごつそうな面構えやし」
怪訝に思った二人がわたしの視線の先を見て眉を顰める。
そう、熊である。片目に斜めに走る傷を持つ、なかなか風格のある熊だ。
「な、なんかあの熊唸ってますよ?」
「ほんまに紀衣の魅力で発情してもうたんやろか」
「冗談言ってる場合じゃないでしょっ!!」
対人ならいざしらず、対熊戦は明らかにこっちが不利だ。わたし一人ならなんとかなるかもしれないけど、今は由衣や柚菜がいる。いったいどうすればいいんだ。
わたしが苦悩している間にも、今にも飛び掛らんといわんばかりに熊が体を深く屈めていた。
「ガオッ!!」
「くっ……」
熊が飛び出した瞬間、わたしは二人を庇うように抱きしめて眼を強く瞑った。
「グガアッ!?」
しかし想像していた衝撃は襲ってこなかった。変わりに熊の奇妙な呻き声が聞こえてきた。
「えっ……」
わたしは不思議に思って恐る恐る眼を開けた。そこにいたのは……。
あとがきのあとがき
麗奈「なんか刺激が少なくない?」
佐祐理「あはは、そうですね」
知佳「たまにはそんな日もないと紀衣さんが現実逃避しちゃうよ」
真雪「まっ、逃避なんかしてる暇なんてないだろうがな」
知佳「そういえば熊に襲われてるけど、この後どうなっちゃうの?」
麗奈「熊に美味しく頂かれるっていうのもいいけど、絵にならないからとりあえず却下ね」
紀衣「絵になるならないの問題じゃないと思うんですけど」
佐祐理「寸でのところで助かったんですからいいじゃないですか」
紀衣「そうそう、わたし達がどうして助かったのか」
麗奈「まっ、今回は運がよかっただけよ。でも次はないと思いなさい、これからだんだんと雲行きが怪しくなってくるんだから」
真雪「おっ、こんな奴にもシリアスがあるのか?」
紀衣「真雪さん、こんな奴はひどいです〜」
こっちはこっちでピンチ!
美姫 「でも、何やら助かったみたいだけれど」
うーん、どうして助かったんだろうか。
美姫 「こっちでもまた、何かが起こるのかしらね」
それはまた次回で〜、って事だな。
美姫 「みたいね。次回をお待ちしてますね〜」