あとがき物語 二つの伝説 5−A
*
どこまでも広がる蒼い海、目が眩みそうになるほどに真っ白な砂浜。そして……。
「おい、見ろよ。あの娘、すっげー美人だぞ!」
「本当だ。隣にいる娘もなかなかの美人だぜ」
「反対側の娘も可愛いな」
周囲から注がれる視線、視線、視線視線視線視線しせん死線視線シセン…………。
途中で漢字が違うとかひらがなが混じったとかそんな些細なツッコミはやめてほしい。
今わたしはそれどころではないのだから。
「うわ〜、けっこう混んでますね〜」
「そりゃあ、夏真っ盛りやからな。皆考えとることは同じっちゅうことや」
「それにしても……皆見てますね〜」
「見てるな〜」
わたしは二人してにやりと笑う柚菜と由衣を睨みつけた。
「二人とも絶対分かっててやってるでしょ」
「さてなんのことやら、うちにはさっぱり分からへんで。なあ由衣ちゃん?」
「そうですよ。それよりせっかく久しぶりに海に来たんですからおもいっきり楽しみましょうよ」
「わたしはとてもそんな気にはなれないんだけど……」
男女問わず視線が殺到するのはいつものことだから慣れてきたけど……。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
淀みのない青空とは対照的にわたしの心はどんよりと暗くなる一方だった。
*
「海に行きませんか?」
ことの発端は朝の教室に由衣がやってきたことから始まった。
「海?」
「そう言えば、ここ数年海には行っとらへんかったっけ」
「そう言えばそうだね」
ふと考えてみれば海に行った記憶なんて数えるくらいしかなかった。
「丁度来週から夏休みですし、お弁当作って三人で行きましょうよ〜」
「そうだね、久しぶりにいってみよっか、柚菜は?」
「……ふふふ」
「ゆ、柚菜?」
隣で怪しく笑う柚菜にわたしは嫌な予感がした。
「海と言えば若い男女が刺激を求めて熱く激しく踊る灼熱の舞台、今年もまた散っては生まれる無数の恋」
「海を勝手に不純な場所にしないでくれる」
「そして、なにより熱き獣達を潤す最高のオアシスっ!」
拳を握り締めて熱く語る柚菜。
柚菜ってこんな性格だったっけ?
でも嫌な予感がするのには変わりない。そして、次の瞬間、その嫌な予感は見事に的中した。
「水着やーっ!!」
「おお、柚菜先輩が萌えてます」
「はあ……、予想ができるのが悲しい」
拳を突き上げて叫ぶ柚菜に、わたしは額に手を当てて大きな溜息を吐いた。
「そうと決まれば善は急げや。由衣ちゃん、今日の放課後空いとる?」
「はいっ!もちろんです」
なにやら由衣も合点がいったようで、嬉しそうに返事をした。
「紀衣は?」
「えっ?とくにはないけど……」
「よっしゃ、ほな放課後デパートへ水着選びにレッツゴーや」
「おーっ!」
「やっぱりそうなるか――――っ!!!!」
*
放課後。
わたし達はこの街で一番大きいデパートへとやってきていた。
ここに来ればだいたいの物は手に入る。
時間が時間だけに、店内はかなりの人でごったがえしていた。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
わたしは切実な問題にぶつかっていたのだ。
「………」
見渡す限りの水着水着水着……。
「おお、さすがに色々揃っとるなー」
「あっ、先輩見てください。これこのブランドの最新作ですよ」
「へえ、もう入荷されとったんか」
「わたしにはどれも同じにしか見えないんだけど……」
こーゆー部分はまだ男として残っているようだ。
なんだかライフラインを確保できたようでほっとする。
「あっ、これなんか紀衣に似合うんとちゃう?」
そう言って柚菜が見るからに生地の少ないビキニを指差した。
「……どうしても水着着なきゃいけないの?」
「往生際が悪いで。それに紀衣は飾り甲斐のあるええ体しとるんやし、女の子なんやからオシャレせなもったいないで」
「そうですよ。学園では紀衣さんは今や不動のアイドルなんですからもっとオシャレして自分を磨きましょうよ」
実に楽しそうに力説する二人。
「二人共絶対楽しんでるでしょ」
「あっこれなんかどうですか?ちょっと大胆ですけど」
「おお、これはなかなか……。でも、これは他の誰かに見せるには勿体ないからお楽しみ用やな♪」
「ですね?」
「って、お楽しみ用って何っ!?」
「「それは着てのお・た・の・し・み」」
「二人でハモらないでよ」
「あっ、あれもよさそうですよ」
「えっ、どれどれ?」
「二人とも人の話聞いてないし……」
とても楽しそうにはしゃぐ二人をわたしはげっそりとした表情で眺めていた。
*
そして当日。
「……ついに来てしまった」
「もう、往生際が悪いで紀衣」
「そうですよ、それにせっかく久しぶりに海に来たんですから楽しみましょうよ」
「そやそや♪さ、着替えに行こか」
柚菜は意気揚々と更衣室を目指す。
「どうしても水着をきなくちゃいけないのだろうか……」
確かに学校でも水泳の授業はある。水着を着る機会はいくらでもあった。
だけど、それとこれとはわけが違うのだ。
「学校じゃあんなの着ないよ?」
「そりゃ学校やからなあ。でもアレ着たら学校の皆興奮して授業にならへんやろうけどな♪」
「さらりと怖いこと言わないでよ……」
うちの学校の場合は本当にあり得そうで怖い。
「まあ最初は違和感あるやろうけどすぐに慣れるって」
「そうそう、人間慣れれば怖いものなんてありませんからね」
「ほんとかな……」
わたしは大きな不安を抱えて渋々更衣室へと入っていった。
*
「はぁ〜……」
わたしはレジャーシートに腰掛けて深い溜息を吐いた。
もはや出てくるものは深い溜息しかなかった。
柚菜も由衣も慣れれば大丈夫とか言うけど、これにはたぶん一生慣れたくはない。
覚悟を決めてビキニに腕を通して更衣室から出てきたまではよかった。問題はそこからだ。
道行く先々で見知らぬ人に声を掛けられるのだ。
「ねえねえ君達、俺達と遊ばない?」
「遠慮しときます」
「そこのお姉さん達、僕達と遊ぼうよ」
「ナンパなら他をあたってください」
「ヘイッ。そこのナイスなレディ達、ミーと一緒に熱いダンスを踊らないかい?」
「あっあはは……」
最後のイカれたアロハシャツは笑ってスルー。
何でこんなに男がよってくるんだ。皆鼻のした伸ばしてるし。
しかも、向けられる視線はどれもこれも露骨なものばかりなものだから堪らない。
もう羞恥心が煽られまくって危うく恥ずかしさで死にそうだった。
そういえば、ウサギは寂しくなると死ぬっていうけど、似たようなものなのだろうか?
ちなみに前屈みになって海へ入っていく男の集団は見なかったことにしよう。
「皆さん、すっかり紀衣の魅力に当てられとるな〜」
「そうですね〜♪」
「ふたりとも、楽しんでるね。……はぁ〜」
本当に口を開けば溜息しか出てこない。
「ふふふ、さすがにちょう紀衣をいじりすぎたかな。気分転換にあそこに行ってみいへん?」
そう言って柚菜が指差したのは森の中にそびえ立つ高台だった。
「ああ、あそこは穴場ですから人は少ないと思いますよ」
「人が少ない?じゃあ行ってみようかな」
ナンパされなくて落ち着ける場所があるならぜひ行きたい。
「せっかくですから、お昼もあそこで食べましょうよ」
「お、いいね」
「じゃ、決まりやね。ほないこか」
こうしてわたし達は高台を目指して歩き出した。
その先に待っているものが何であるかも知らずに……。
*
「確かこっちの方だったと思うんだけど……」
「なあ紀衣、この辺さっきも通らへんかった?」
「そう言えばそうですね……」
迷わないように印を付けた木を由衣が指差して頷いた。
「どうやら完全に迷っちゃったみたいだね」
「雲行きも怪しくなってもうたし……どないしよ」
不安げに柚菜がわたしの手を握ってくる。
「うーん」
舗装された道が途切れた時点で引き返したほうがよかったのかもしれない。
ケータイも圏外のようで助けを呼ぶこともできないでいた。
「とりあえず、もう少し歩いてみましょうよ。舗装された道にさえ出られればなんとかなると思いますから」
由衣が来たところとは別の方向を指差して曖昧な笑みを浮かべた。
由衣もかなり疲れているようだ。
無理もない。あれからもう、数時間は歩きっぱなしなのだから。
それから更にしばらく歩くとわたしたちは前方に巨大な洞窟を見つけた。
「ちょうどいい、あそこで少し休もう。雨も降りそうだし」
言ってるそばから空からぽつぽつと冷たい粒が落ちてきた。
わたし達は頷き合うと急いで洞窟の中へと入った。
それとほぼ同時に本格的に雨が降り始める。
「うわ〜、このぶんやと当分はそとに出られへんな」
そう言って柚菜が軽く身震いする。
いくらパーカーを羽織っているとはいえ、水着のまま出てきたのだから無理もない。
「奥へ行こう。ここよりは少しは暖かいだろうから」
リュックの中をあさって懐中電灯を取り出しと、わたしはふたりを促した。
*
「ねえ、何か聞こえない?」
先程から周囲が小刻みに揺れている。
「地震でしょうか?」
「それにしてはなんや音がだんだん大きくなってへん?」
「やっぱり引き返そう。何かの弾みに天井が崩れでもしたら大変だ」
わたしがそう言った瞬間、不意に足場が消えた。
「きゃ―――――――――っ!!!!」
*
「どうやら時は来てしまったようね……」
辺りを闇に包まれたとある場所。そこに少女は立っていた。
少女が覗いているのは淡く輝く水晶に映し出された三人の少女の姿だった。
「これ以上は危険ね……。彼女がアレを手にしてしまった以上、覚醒するのも時間の問題というもの。覚醒されてしまうと面倒だし、憂いは早々に絶たないと」
少女は眼を細めると手に握った巨大な鎌を軽く振った。
「それにしても……あの子は命令を無視していったい何をやっているのかしら。そうだわあの子にもお仕置きしないとね。この際、主従関係をはっきりと解からせておかないと。ふふふ」
少女はフードを翻すと闇の中へと溶け込むようにその場を去っていった。
辺りには不気味な笑い声だけが木霊していた。
*
あとがきのあとがき
麗奈「なんかずいぶんと久しぶりな気がするのは気のせいかしら?」
紀衣「き、気のせいですよ。あはは……」
佐祐理「いけませんよ紀衣さん。サボりは」
知佳「しかもなんか怪しい人も出てきたし」
真雪「あれでさくっとやられるんだろ」
麗奈「そうね、こんなふうに」
麗奈、言いながら鎌を構える。
紀衣「うわっ、そんな物騒なもどこからっていうかなんでわたしに向けてるんですかっ!?」
麗奈「すぐに楽にしてあげるからね〜……ふふふ」
紀衣「眼が笑ってないよー。ひぃ〜、誰か助けてー」
佐祐理「あはは、なんだか楽しそうですね。佐祐理も混ぜてください」
佐祐理、どこからともなく鎌を取り出す。
紀衣「混ざらなくていいから!鎌をしまって」
真雪「面白そうだからあたしも」
紀衣「なんで皆鎌もってるの!?」
知佳「さあ、なんでだろう。このあとがきがネタでできてるからとか」
紀衣「そんなのは嫌だ――――!!!!」
麗奈「そういうことだから、覚悟はいいかしら?」
紀衣「いやちょっと待って、わたしは何も悪いことしてませんよ」
真雪「うるせえ、ごちゃごちゃ言ってないでネタのためにさっさと切られやがれ」
紀衣「うわ〜んっ、やっぱりネタなんだ―――――!!」
佐祐理「逃げても無駄ですよ」
麗奈「どこへ逃げようと地の果てまで追いかけるわよ」
真雪「てめえの体を頂くまではな」
紀衣「ひいぃぃっ、なんか言ってることが最初と違うし。でもどっちもいやだ――――――!!!!」
麗奈「逃がさないわよ」
麗奈、佐祐理、真雪、逃走する紀衣を追って退場。
知佳「あっあはは……。とりあえず皆いなくなっちゃったんで今回はこのへんで」
真雪「次はおまえの番な」
知佳「えっ?」
ほのぼのと進むのかと思いきや。
美姫 「最後に怪しげな人影が」
一体、何者!?
美姫 「また、その口にした言葉の意味は」
うーん、予想外の展開になるのかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。