『青砥縞花紅彩画』
第四幕 浜松屋奥座敷の場
平舞台で戸棚や鏡戸、暖簾口、呉服や絹を入れた葛篭等も後ろにある。そして前では日本駄右衛門や忠信利平達が幸兵衛や宗之助達の接待を受け酒や御馳走に囲まれている。
幸兵「ささ、どうぞどうぞ」
日本「うむ」
幸兵「そちら様も」
忠信「よいのかな。この様な宴を開いてもらって」
幸兵「はい、貴方様方は我々の恩人です故。遠慮なくどうぞ」
そして酌をしようとする。
幸兵「男ばかりで申し訳ありませぬが」
日本「いやいや、そんなことはないぞ」
忠信「左様、この様な馳走まで。何と言ってよいかわからぬ」
日本「それで拙者もこちらの者は深くは食べぬ。気にするな」
幸兵「しかし」
ここで赤星が左手から入って来る。
赤星「旦那様」
幸兵「おお、何じゃ」
赤星「お土産の用意が出来ました」
幸兵「おお、そうじゃったか。では持って来てくれ」
赤星「はい」
一旦左手に下がる。そして白台に何かを置いてそれを持って戻って来る。
幸兵「さてお侍様方(赤星を従えて二人の前に来る)」
日本「何じゃ」
幸兵「ほんの心づくしにございます(そう言ってその白台を二人に差し出す)」
日本「それは一体」
幸兵「私共のほんの感謝の気持ちでございます故。どうかお受け取り下さい」
日本「(首を横に振り)その気持ちは有り難いがな」
幸兵「何故でございまするか」
日本「我等は当然のことをしたまで。謝礼を受けるいわれはない」
忠信「その通り、そもそも我等は武士として当然の勤めを果たしたまでであるからな」
幸兵「いや、そのようなことを仰らずに」
宗之「こちらも商家の誇りがございます。恩人に報いぬとあっては我が家の名折れでございます」
日本「(それを聞いて考え込む)ううむ」
忠信「如何致しましょう」
日本「わかった。それでは頂こうか」
幸兵「(それを聞いて嬉しそうに)畏まりました。何でも申し上げ下さい」
日本「よいのか」
幸兵「勿論です」
日本「わかった。では金子を頂きたい」
幸兵「はい、これがそうでございます。どうかお受け取りを」
ここでその白台を再び差し出す。だが駄右衛門はそれを受け取らない。
幸兵「(それを見て不思議そうに)如何なさいました?」
日本「これには及ばぬ」
宗之「と言いますると」
忠信「箱ごと有り金全部貰い受けたい」
ここで二人やにわに怖ろしい顔になる。
幸兵「えっ」
宗之「ご冗談を」
日本「冗談ではない」
忠信「これがその証拠」
そして二人は刀を抜く。幸兵衛と宗之助はそれを見て真っ青になる。
幸兵「こ、これ」
宗之「佐兵衛さん、人を呼んで」
赤星「(にやりと笑いながら)わかりました」
そして立つ。左手に顔を向けて名を呼ぶ。
赤星「南郷の兄貴、弁天」
二人「何っ」
それを聞いてさらにギョッとする。駄右衛門と忠信はその前でニヤリと笑う。
南郷「(左手の入口の陰から)おう」
弁天「(同じく陰から)赤星、こっちは上手くいったぜ」
赤星「そうか」
弁天小僧と南郷力丸が与九や丁稚、小僧達を縛り上げて出て来る。そして中に入って来る。
日本「店は完全に閉じたな」
南郷「へい」
弁天「錠を下ろして出入りも止めやした」
日本「そうか。それは何より」
幸兵「何と、盗人であったとは」
宗之「これは何ということ」
日本「驚いたか」
幸兵「如何にも。まさか玉島殿までそうであったとは」
日本「そういうことだ。ところでだ(ここで忠信に顔を向ける)」
忠信「はい、後は縛っている者をどうするかですな」
日本「うむ、とりあえず押し入れにでも放り込んでおけ」
忠信「わかりました。では連れて行こうぞ」
三人「おう」
四人は与九達をそのまま左手へ連れて行く。そして暫く経ってまた出て来た。
忠信「頭、御言葉通り押入れに放り込んでおきました」
日本「うむ」
南郷「そして締めておきましたので。もう何の心配もございやせんぜ」
日本「御苦労。手荒なことはしなかったであろうな」
赤星「それはもう」
弁天「まあきつく縛ってはおりやすがね」
日本「それは我慢してもらおう。さて(ここで幸兵衛と宗之助に顔を向ける)」
日本「お主等わしが誰だかわかったであろう」
幸兵「忠信利平に赤星十三郎、そして弁天小僧に南郷力丸を従えるといえば」
宗之「まさかあの」
日本「(不敵に笑って)そうよ、わしが日本駄右衛門よ」
二人「やはり」
日本駄右衛門はここできっと身構える。
日本「駿遠三から美濃尾張、江州きっての子供にまでその名を知られた義賊の張本、天にかわって窮民を救うというもおこがましいが、ちっと違った盗人で小前の者の家へは入らず、千と二千有り金のあるを見込んで盗み取り、箱を砕いて包みから難儀な者に施す故、少しは天の恵みもあるが、探偵がまわってこれまでと覚悟を信濃の大難も、遁れて越路出羽奥州、積もる悪事も筑紫潟、凡そ日本六十余州盗みに入らぬ国もなく、誰言うとなく日本と肩名に呼ばるる頭株、二人を玉に暮合いからまんまと首尾も宵の中、時刻を計った今夜の仕事、有り金残らず出さっせい」
ここで見得を切る。他の四人は彼の周りを固めるように位置して同じく見得。
幸兵「何と、五人男が一度に来るとは」
宗之「これは何ということじゃ」
日本「さて、我等の名を出したからにはわかっておろう」
忠信「早く有り金全て差し出すがよい」
幸兵「は、はい(宗之助に目配せする)あれを」
宗之「わかりました」
彼は一旦右手へ消える。そして千両箱を三個持って戻って来る。かなり重そうである。
宗之「こちらに」
日本「むっ」
南郷「御苦労さんだな。さて」
ここで南郷は駄右衛門に顔を向ける。
南郷「帰りやすか」
日本「そうじゃな。では者共」
四人「はっ」
日本「引き揚げじゃ。亭主、邪魔したな」
五人は駄右衛門を先頭に立ち去ろうとする。だがここであるものに気付く。
日本「(左に顔を向けて)むっ」
赤星「頭、如何しやした」
日本「うむ。これじゃが」
彼はここで足下に落ちている幼子の服を拾う。それは三つ亀甲の紋付がある黒地の袖の継布であった。
日本「おい亭主(幸兵衛に向き直る)」
幸兵「へい」
日本「これは一体何じゃ」
ここで彼は中央に戻り彼にその服を見せる。四人はその後ろにつく。幸兵衛はそれを受け取る。
幸兵「これは倅のですが」
日本「そちらの若旦那のか」
幸兵「そうです。実は継子でありまして」
日本「継子!?」
宗之「はい、まことです(そう言って頷く)」
日本「おい赤星の」
赤星「はい」
日本「それは聞いておらんぞ」
赤星「私も今はじめて知りました」
日本「そうか。これは一体どういうことじゃ」
幸兵「そうでございましょう。これは私共だけの秘密でしたから」
日本「秘密とな」
幸兵「はい、私は恥ずかしながら三十路を越えるまで子がなく何とかして子宝を授かろうと初瀬寺の観世音に祈願をかけたのでございます」
日本「初瀬寺とな」
弁天「(ぎょっとして)何と」
幸兵「毎日願をかけましたところようやく一子を授かりました」
日本「してその子は」
幸兵「(悲しそうな顔をして)それが」
日本「亡くなったのか」
幸兵「なくなってはおりません。ですが」
忠信「ですが」
幸兵「その子を連れて寺参りをしたところ騒動に巻き込まれまして。そしてその間にその子を失ってしまったのでございます」
南郷「何てこった」
赤星「むごい話じゃ」
幸兵「そしてその時にすがりついてくる幼子を見つけまして。それを我が子として育てたのでごじあます」
宗之「そしてそれが拙者でございます」
忠信「そうであったのか。何ともむごい話じゃのう」
南郷「だが問題は御前さんの実の親だな(ここで宗之助に顔を向ける)」
宗之「はい。一体何処におられるのか。それが気になって仕方がありません」
幸兵「探せども見つからず。こうして月日が経つばかりでございます」
日本「お知りになりたいか」
幸兵「それはもう」
宗之「是非」
日本「(それを聞いて)わかった。では言おう」
幸兵「御存知なのですか」
宗之「それは一体」
ここで駄右衛門は羽織を脱ぐ。そこに宗之助のものと全く同じ家紋がある。
幸兵「何と」
宗之「それはまさか」
日本「左様、これでおわかりですな」
幸兵「はい」
宗之「それでは貴方が」
日本「そうじゃ。わしがお主の本当の父なのじゃ」
赤星「頭が」
弁天「またこれはえらい話だ」
他の四人もかなり驚いている。
日本「まさか実の倅のいる家に盗みに入るとはな。何という因果じゃ。これも白浪への罰ということか」
忠信「何という話か」
南郷「むげえことだ」
日本「あの時は妻に先立たれ蓄えもなく、我が子を寺に置こうとしてそれを咎められ騒動に至ったのでござる。そこで行方をくらまし盗人になったのでござるが」
幸兵「そうだったのですか」
日本「はい。今までどうしておるか、それを案じぬ日はありませんでした」
赤星「そしてここで巡り合ったということか」
弁天「親子の縁ってのも不思議なもんだ」
日本「拙者はむごい親でござる。今こうして倅を前にしても何も言うことはできませぬ」
幸兵「御心お察し致します」
日本「かたじけない。ところでご亭主」
幸兵「はい」
日本「そのご亭主のなくされたご子息のことでござるが」
幸兵「はい」
日本「何か手懸かりはござらぬか。それがしは日本中を歩いておりまする。それなりに見聞きしたこともあります故力になれるかも知れませぬぞ」
幸兵「左様ですか」
日本「はい。宜しければ是非」
幸兵「わかり申した、ではお話致します」
日本「はい」
こうして幸兵は話をはじめる。
幸兵「その子の守りですが鴛鴦布でした。その中には観音様の御肖像に私の子であると書いておりまする」
ここで弁天はっとなって腰から御守りを取り出す。
弁天「もし」
幸兵「はい」
弁天「それはこれではござらぬか(そしてその御守りを幸兵に手渡す。彼はそれを受けて大いに驚く)」
幸兵「これは何と」
日本「ということは」
弁天「はい、わしがその倅でございましょう。この御守りはわしが子供の頃より付けていたものです」
幸兵「何と。ここで実の子に巡り合うとは」
弁天「面目ない。実の親の家に盗みに入るとは」
幸兵「いや。それにしても何故このような」
ここで南郷が出て来る。
南郷「それはわしがお話しましょう」
幸兵「貴方が」
南郷「へい。その夜弁天を拾ってきたのはわしの親父でした。漁師で初瀬の観音様を信心していやした。それでその夜も参っていたんです」
幸兵「そうだったのですか」
南郷「それでこいつを拾いやして。捨てるのも不憫ということでわしと一緒に育てて岩本の院に頼まれて寺小姓に出したんでやす。この通りの顔立ちですから」
弁天「そっから元々の性質の悪さからぐれまして。遂には弁天小僧と名乗って盗人の仲間となった次第です」
幸兵「そうであったか」
弁天「お許し下さい、全てはわしの性質の悪さ故です」
ここで頭を下げる。だが幸兵衛は言う。
幸兵「これもさだめ、致し方なかろう」
弁天「しかし」
幸兵「商人がさだめなら盗人もさだめ、それだけじゃ。ましてや我が子、許す許さぬは関係ない」
弁天「(申し訳なさそうに)かたじけのうございます」
幸兵「駄右衛門殿」
日本「はい」
幸兵「これも何かの縁、この三千両をもって盗みを止めて下さらぬか」
日本「生憎ですが我等の手下はもう一千人あまり、もうこれを潰すこともできませぬ」
幸兵「左様ですか」
日本「それだけでなく旧悪により何時かは天の網にかかりこの首を野にさらすさだめ、最早止めることはできませぬ」
弁天「我等が裁きを受ける時は親子の誼、念仏でも唱えて下され」
幸兵「では命のあるうちは」
弁天「御会いすることもないでしょう。これが今生の別れでございます」
幸兵「折角おうたのに」
宗之「何と無情なことでありましょうか」
日本「倅よ(ここで彼は宗之助に声をかける)」
宗之「はい」
日本「わしは非道の盗人、親と思うでないぞ」
宗之「しかし」
日本「そなたの親は今まで手塩にかけて育ててくれたその幸兵衛殿じゃ。それはよく覚えておくようにな」
宗之助は言おうとしたがそれを止めた。
宗之「はい」
日本「そうじゃ。それでよい」
弁天「そしてわしもこの家の子ではござらぬ」
幸兵「何と」
弁天「この家の子は宗之助殿じゃ。幸兵衛殿のお子は宗之助殿以外にはおらぬ。よろしいですな」
幸兵衛はこれ以上言おうとしなかった。
幸兵「わかった。その通りじゃ」
弁天「(それを見て満足そうに頷く)はい。これでよいのじゃ」
日本「そうじゃ。所詮我等は盗人じゃからな」
幸兵「いえ、とてもそうは思えませぬ」
日本「というと」
幸兵「仁義をお知りの方もお見受けします。よろしければ御身の身の上をお聞きしたいのですが」
日本「実は遠州の郷士の生まれでござる。槍持ちでした」
幸兵「左様でござっかた。実は私もかっては武家でありました」
日本「といいますると」
幸兵「実は小田の家にお仕えしておりました」
赤星「何と」
忠信「また因果な」
幸兵「御二人共如何致しました」
赤星「実はそれがし共は信田の家にお仕えしていたのです」
忠信「まさかそちらの御家の方でござったとは」
幸兵「またここでも因果が」
赤星「ところで何故こちらにおられるのですかな」
忠信「信田の家はともかく小田の家はまだ健在の筈でござるが」
幸兵「仔細あり浪人となりまして縁あってこの店を開いたのでござる」
忠信「左様でござるか」
赤星「それも人の世の流れでございますな」
幸兵「しかし帰参の念はあり申して」
赤星「そうでござろうな」
忠信「さもありなん」
幸兵「つてを求めて頼みましたところ一つの功を立てよとこことでございました」
忠信「功といっても色々ありまするが」
赤星「してそれは」
幸兵「はい、考えましたところ先程紛失したという胡蝶の香合を差し出そうと思い立ちまして。これを何とかして見つけ出そうと思っております」
赤星「(それを聞き)何と」
忠信「香合でございますか。これはまた何という因果か」
幸兵「何か御存知なのでしょうか」
赤星「知っているも何も」
忠信「それがし共が持っております故」
幸兵「(これを聞いて大いに驚いて)まことですか!?」
赤星「如何にも」
忠信「何ならお渡し致しましょうか。他ならぬ幸兵衛殿の為なら」
幸兵「お願い致す、是が非でも」
日本「そういうことなら話が早い。では後日人を送りますので」
幸兵「はい。是非お願い致しまする」
ここで外から何やら物音がして来る。
日本「むっ!?」
四人「一体何事か」
そこで太鼓の音までして来る。
忠信「頭、これは間違いありやせんぜ」
南郷「そうです。そういえば奉行が変わったと聞いていやす。何でもかなりの腕利きだとか」
日本「青砥藤綱じゃな。知っておるぞ。さては我等の動きを掴んでおったな」
赤星「わし等の動きを掴むとはやりおる」
弁天「しかし頭、ここで捕まるわけにはいかねえぞ」
日本「わかっておる。それでは者共引き揚げるぞ」
四人「おう」
そして五人は左手へ去ろうとする。駄右衛門は振り返る。
日本「後日香合はお渡し致します故。御安心を」
幸兵「ではその時に小袖を。楽しみにしておいて下さいませ」
日本「うむ、期待しておるぞ。では(四人に向き直る)」
四人「へい、わかっていやす」
忠信「我等五人、盃を交わした中ならば」
南郷「死ぬ時も場所も共にあらん」
赤星「白浪の尽きる時が来ようとも」
弁天「絆は永遠に消えはせぬ」
日本「そうじゃ。ならばここは去ろうぞ」
四人「へい」
弁天「親父、さらばだ」
日本「倅よ、元気でな」
こうして五人は左手に消えていく。遠くから捕り手の声や太鼓の音。その中で悲しい顔でたたずむ幸兵衛と宗之助の親子。ここで幕が下りる。
何と言う因果。
美姫 「まさにまさに世の中は狭しよね」
にしても、ここまでとは。
美姫 「次はどんな展開なのかしらね」
本作のタイトルである”青砥”という名を持つ奉行も出てきたし。
美姫 「一体、どうなるのか楽しみね」
うんうん。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。