不可思議戦士エンジェルちーちゃん

 第6話 揺れる瞳

    *

「知佳ちゃ〜ん、愛してますわ〜?

「わわわっ!?りっ理恵ちゃん」

「ひゅーひゅー、そのまま押し倒しちまえ」

 頬を紅潮させてわたしに迫る理恵ちゃん。

「あはは〜、悪霊たいさ〜ん。あははは」

「うわっ、薫が壊れたっ!?

 薫さんが笑いながらお兄ちゃんを手刀でびしびしたたいている。普段真面目な分、酔うとあんなになっちゃうのかな。

「あはは、なんか暑いから唯子脱ぐ〜」

「うわっ!?唯子、ちょっと待てっ」

「いいじゃない。真君も細かいことは気にしない」

「全然細かくないだろうっ!!

 暴走したまゆお姉ちゃんに半強制的にお酒を飲まされた唯子ちゃんが、酔っ払って服を脱ぎだした。それに気づいた相川君が慌てて止めようとするけれど、あれは却って状況を混沌とさせそうだ。

「ひどいっ、真一郎は唯子のこと女の子だって思ってくれないんだね」

 ほら、唯子ちゃんが泣き出してしまった。

「そんなことないから脱がれると困るんだよ」

「だったら唯子のこともっと見て。わたし、こんなに大きくなったんだよ」

「だぁ〜〜っ、だから脱ぐな――――っ!!!!

「先輩達楽しそうですね。もう一杯いかがですか?」

「そうですね。あっ、どうも。いただきます」

 さくらちゃんは知ってたけど、ムーンさんも相当お酒に強いらしく、さっきからもう結構な量のお酒を空にしている。いや、それはもう良いから、この状況を何とかしてよ。

「ねえねえルリ、皆どうしちゃったのかな?」

「さあ、わたし、少女ですから」

 純粋に分からないといった様子できょとんとしているリルちゃんに、こちらは無表情で白を切っているっぽいルリちゃん。っていうか、なんでわたしはこんなに冷静に周りを観察してるかな。理恵ちゃんが怪しく迫ってきてるし、本気で逃げないとダメなはずなのに。

「さあ、知佳ちゃん。私達も脱ぎましょう。そして、夢の花園へ……」

「うわ〜、誰か助けて――――――――――――――!!!!!!

    *

 夜も深まり皆が寝静まった頃(宴会で騒ぎすぎて力尽きたともいう)、眼を覚ましたわたしは隣で寝ていたはずのリルちゃんの姿がないことに気づいた。

 トイレにでも行ったのかな。でも、美凪ちゃんは大丈夫だろうけど、他にも襲ってくる人がいたら大変だし、ちょっと探してみようか。

 無理矢理飲まされたお酒のせいで痛む頭を抱えながら、それでも身体を起こして立ち上がる。うー、もう二度とお酒なんて飲まないんだから。

 リビングをざっと見渡すと、縁側に目当ての人物らしい小さな影を見つけることが出来た。

 とりあえず何も起きてなさそうなことにホッとすると、わたしはそこらで寝こけている人たちを踏まないように気をつけながらその人影へと近づいて声を掛ける。

「リルちゃん」

「あっ、お姉ちゃん」

「どうしたの?こんな時間に起き出したりして」

 わたしはリルちゃんの隣に腰掛けると、そっとリルちゃんの頭を撫でながらそう聞いた。

「えへへ、月が綺麗だったから」

「うわ〜、本当だね」

「でしょっ」

 

 そう言ってリルちゃんは満面の笑みを浮かべた。

「……寂しいのは嫌い」

「えっ?」

 不意にリルちゃんが呟いた。わたしは横を見て思わずドキッとしてしまった。その横顔は外見に似合わずとても大人びていたから。彼女の瞳は憂いを帯びていた。

「寂しさは誤魔化せない。忘れようとしても忘れさせてくれない」

「それって……」

「ねえ、お姉ちゃん。“約束”は優しいの?」

 わたしはリルちゃんの“蒼い瞳”を見た瞬間、息を呑んだ。そこには何か得体の知れない質感を持ったモノが存在していた。

「約束は永遠じゃない。流れていく時間の中で少しずつ薄れていってしまう」

 何も言えないわたしに構わずリルちゃんは続ける。

 わたしは思った。この子も心に傷を負っているんだなって。

 いくら世界が優しくても、自分と共にある温もりはいつかは消えてしまうから。

 彼女は永遠を生きるが故にその温もりと同じ場所にはいられない。いくら百年以上前の記憶がなくてもその百年の中でいったいどれだけの別れを繰り返してきたのだろう。

 だからわたしは彼女を抱きしめてこう言った。

「約束は確かに辛いよ。信じていても不安になる、胸がいっぱいになって押し潰されそうになることだってあるよ」

 リルちゃんは身じろぎ一つせずに空を見上げたまま。

「でもね、それでも約束は生きる糧になるんだよ。人はそんなに弱くない、信じているから頑張れるんだよ」

 しばらくしてリルちゃんはそっとわたしの腕から抜け出て振り返った。

「なら、わたしもお姉ちゃんを信じる」

 笑った。そこにもう先程の憂いはなくて、わたしはそっと胸を撫で下ろすと溜息を漏らす。

 でも、何だろう。こっちを見上げてくるリルちゃんの瞳はいつもと同じはずなのに、何か違う気がして。

「どうしたの?」

 違和感に眉を顰めるわたしを見て、リルちゃんが不思議そうに小首を傾げる。

「ううん、なんでもないよ。……気のせいだよね」

わたしは誤魔化すように笑ってそう言うと、リルちゃんの頭を優しく撫でた。

    *

深夜の国守山にある湖。

 その異変に最初に気づいたのはこの湖で眠る魔神ザカラだった。

 それは自分と同じ性質の存在だった。だが、ザカラにとってはどうでも良い。ザカラにとってはこの湖で共に眠る雪女がその身に宿した新たな命、自分が求めてきた存在かもしれない――のほうがよほど重要だったからだ。

 しかし、向こうはどうやら自分に用があるらしく、それは湖に向かって言葉を投げかけてきた。

「ぴこっ」

 …………。

「ぴこっぴこ」

 ……………………。

「ぴーこぴこっ!」

 ザカラは思った。

 ――これはなんだ?

「ぴこぴこっぴこぴこ」

 なおもそれは呼びかけてくる。しかしザカラにはそれの言語を解する術を持ち合わせていなかった。だから無視することにした。

「ぴこっぴこぴこ……ぴこっ!」

 しばらくしてソレは語気を強めて奇声を発すると大きく口を開けて。

 ――何っ!?我を取り込もうというのか。

 ザカラは驚愕に表情を歪めた。

 ――屈辱だ、屈辱以外の何者でもない。こんな毛玉に取り込まれてたまるものかっ!

 吸い込もうとする毛玉の周囲の闇が一瞬その濃さを増した。

「ぴこ――――――――っ!?

 闇に響き渡る毛玉の奇声。

 そして、闇が元の濃さを取り戻した頃にはそこに先程の奇怪な生物の姿はなかった。

 ――ふん、なんと他愛のない。ぴこっ?

 ザカラはすぐにその異変に気づいた。

 ――ぴこっぴこぴこ(なんだこれは)!?我があのような者に遅れをとるとでもいうのか。くっ、体の自由がきかぬ。ぴこっぴこぴこ。

 屈辱に表情を歪めながらザカラの意識は闇の中へと沈んでいった。後に残ったのはその身を闇色に染めた毛玉のみだった。

「ほう、これはまたずいぶんと大物を平らげたものだな」

 いつからそこにいたのか、白衣を着た女が感嘆の息を漏らす。

「ぴこぴこっ」

 毛玉は得意げに飛び跳ねる。女もそれに頷いて腕を振る。その手には鈍く光る数本のメス。

「さて、準備も整ったことだし、軽くご挨拶といこうか。……くくく、せいぜい退屈させないでくれよ」

 毛玉と女は不気味な笑いを残して闇の中へと消えていった。

    *

 そこは腐海の森だった。

「……毎度のことながら」

 わたしはリビングに入り辺りを見回して深い溜息を吐いた。そこには辺りに散らかった空き缶の山、締め切られていたせいか辺りには強烈なお酒の匂いが漂っていた。弱い人ならこの匂いを嗅いだだけでつぶれてしまいそうだ。

「よしっ!やるか」

 何故か全裸で毛布にくるまっている理恵ちゃんは無視して、わたしは気合を入れるとゴミ袋を片手に空き缶を拾い始めた。どうせこの中にまだ誰か埋まっているのだろうから。

「おお……相変わらずすごい惨状だな」

 しばらく片付けを続けているとリビングにエプロン姿のお兄ちゃんがやってきた。

「おはようお兄ちゃん。いつものことだからね、もう慣れた」

「ははは……。悪いないつも片付け任せちゃって、俺も手伝うよ」

「大丈夫、お兄ちゃん朝食の支度してたんでしょ?こっちは任せて支度してきて」

「あらかた終わったから問題ないさ。それにまだ皆寝てるし、この惨状を作った一因でもあるんだから俺も手伝うよ」

 そう言って苦笑しながらお兄ちゃんは空き缶を拾い始めた。

「それにしても我ながらよくもまあこんなに飲んだもんだな」

「でもこれの大半はまゆお姉ちゃんとさくらちゃんとムーンさんなんだよね。はあ、さくらちゃんまだ未成年なのに」

「ははは……ずいぶんと飲んでたからなあ。あの三人」

「挙句の果てにリルちゃんにまでお酒勧めるし」

 わたしは空き缶を拾いながら大きく溜息を吐いた。

「あの子……リルちゃんのこと、ずいぶんと気にかけてるみたいだな」

「えっ?」

 わたしは思わず顔を上げると真面目な顔をしたお兄ちゃんがいた。

「異世界から来たって言ってたけど、見たところまだほんの子供だし。いくらムーンさんがいるからって言っても慣れない世界に不安だろうに」

「うん……。リルちゃんはすごく真っ直ぐで優しくて、沢山の人に愛されて優しい世界で生きてきたんだって。でもあの子にも癒されない心の傷があって、それでも皆に無邪気に笑いかけてくれる。だからわたしはリルちゃんを守りたいの。この世界は優しくないから」

「そっか」

 お兄ちゃんはそれ以上は何も言わず優しくわたしの頭を撫でてくれた。

    *

 腐海の森と格闘すること数十分後、宴会の後片付けがようやく終わった頃に愛お姉ちゃんとみなみちゃん、美緒ちゃん、望ちゃん(昨夜は泊まっていた)、相川君、リスティ、リルちゃん、ルリちゃん、美凪ちゃんが眠そうに眼を擦りながらリビングへと集まってきた。宴会からの帰還者である。ちなみに腐海の森から発掘されたまゆお姉ちゃん、薫さん、さくらちゃん、唯子ちゃん、小鳥ちゃんは熟睡しているためタオルケットをかけて川の字に並べておいた。ムーンさんは発掘されなかったところをみるとよほどの酒豪なのだろう。辺りを見回していないということはどこかで風にでもあたっているのだろうか?

 わたしが首を傾げていると難しい顔をしたリスティが話しかけてきた。

「知佳、昨夜何かあった?」

「えっ?宴会やったじゃない。もしかして飲みすぎて忘れちゃった」

「いや、そうじゃなくて、……知佳は何も感じないのかい?」

「なんのこと?」

 わたしは意味がわからず問い返す。

「感じないならいいんだ。きっとボクの気のせいだ」

 そう言って食卓につくリスティはどうにも腑に落ちないといった表情をしていた。

「なんだったんだろう?」

 わたしが首を傾げていると、今度は美凪ちゃんが険しい顔をしてやってきた。

「あの、知佳さん。昨夜何かありましたか?大きな力の残痕を縁側から感じたのですが」

 それを聞いてわたしはハッとしたように窓際に駆け寄り、それからリルちゃんの瞳の色を確認した。

「黒か……」

「くろ?」

 美凪ちゃんが不思議そうに小首を傾げる。

「昨日の夜。皆が寝静まった後にわたし、リルちゃんとここでお話してたの。その時のリルちゃんの瞳が蒼かったの。もしかしたらそれと何か関係があるのかも……。でも一瞬だったから本当かどうかは分からないんだけど」

「……ルナの蒼月眼(そうげつがん)」

「えっ?」

 わたしは驚いて振り向くと神妙な面持ちのムーンさんが佇んでいた。

「人の心とその結びつきを映す蒼き瞳。それがルナの蒼月眼です。今朝から気になっていたのですが知佳さんの話を聞いてはっきりとしました。知佳さんが昨日見たリルの蒼い眼はそれです」

「やはりそうですか……」

 美凪ちゃんがそれを聞いて困った顔をする。

「お二人とも気をつけてください。近くにわたしと同質の気配をかんじます」

「それって……」

 美凪ちゃんと同質の気配。それが何を意味するのか。

「知佳さん、リルは純粋な存在であるが故に心に迷いや怒りが生じた時、リアンの翼の力を抑えるために心をリセットするんです。まあ一種の精神安定剤だと思っていただければいいと思います。その役目を持っているのがルナの蒼月眼です。おそらく美凪さんが感じたものはリアンの翼が放出した負の力の残滓でしょう。本来ならこの世界に飛ばされてきた時点で発動すべきだったのでしょうけど、リルがそれを拒んでしまったのですね。それで溜まったものが限界を超えて発動したのでしょう。あの子は元々、蒼月眼を嫌っていましたから……」

「当たり前だよ。そんなのわたしだって嫌だよ。そんな悲しすぎる」

 わたしはあの時見せたリルちゃんの悲しそうな顔の本当の意味を悟った。

    *

「ねえねえ、これなんかどうかな?」

「そうですね、よく似合うと思います」

「美凪ちゃんもそう思う?でもこっちも捨て難いんだよねえ。う〜んどうしよ」

「いっそのこと全部買っていくというのはどうでしょう?」

「そうしたいけどお財布の中身が悲鳴を上げてるから無理っぽい」

「困りましたね」

 わたしと美凪ちゃんは大量の服を抱えて溜息を吐いた。今わたし達はどこにいるかというと、リルちゃんの服を買いにわたしとお兄ちゃん、美凪ちゃん、リルちゃん、ルリちゃん、ムーンさんで海鳴で一番大きいデパートに来ているのだった。ちなみにまゆお姉ちゃんも来たがってたけどお仕事の締め切りが迫っているのであえなく断念。

「ねえねえお兄ちゃんはどれが似合うと思う?」

「俺にはよくわからんから知佳達に任せるよ」

 わたしがひらひらのワンピースを持ってお兄ちゃんに話題を振ってみると、ちょっと疲れた笑顔を浮かべて手をひらひらと振ってきた。

「そう?あっ、これもよさそう!リルちゃんこんどはこれ着てみよう」

「知佳さん、これなんかもよさそうですよ」

「ほんとだ、じゃあこれも着てみよう」

 そう言ってわたしと美凪ちゃんはリルちゃんを連れて試着室へと入っていく。ルリちゃんにも服を見繕ってあげようかと思ったんだけど断られてしまった。まあそっちまたの機会ということで。今日は徹底的にリルちゃんをコーディネートするぞ〜!!

    *

 空がオレンジ色に染まり始めた頃、わたし達は大きな買い物袋を両手に抱えてデパートを後にした。リルちゃんはわたしと美凪ちゃんの両手にぶら下がって上機嫌だ。

「今日はすっごく楽しかった。いろんなフクがあっていっぱいお姉ちゃん達に買ってもらって。わたし大事にするね」

「よかったわねリル」

 はしゃぐリルちゃんを優しい笑顔を浮かべてムーンさんが見ている。

「またどこか行きたい」

「そうだね、今度はお姉ちゃん達も一緒に」

「そうですね、遊園地とかよさそうですね」

「ゆうえんち?なにそれ」

「それはですね」

 聞きなれない単語に興味津々のリルちゃんに美凪ちゃんが嬉しそうに説明しようとした時だった。

「ずいぶんと楽しそうだね。遠野さん」

 突然前方からかけられた声に美凪ちゃんがハッとした表情で前を見た。そこに立っていたのは長い黒髪の白衣を着た女性だった。

「聖さん……」




 あとがき

 こんにちわ、堀江紀衣です。今回は宴会地獄の後半戦です。

知佳「まさに地獄だったよ」

紀衣「それはそれはご愁傷様でした」

知佳「誰のせいだと思ってるの?しかも理恵ちゃんが翌朝全裸だったし」

理恵「まあ知佳ちゃん、あの時のことを覚えてらっしゃらないんですか!?

知佳「わたし何もしてないよ?」

理恵「ひどいですわ!抵抗する私を無理矢理全裸にしてあんなことやこんなことまでさせられたのに……」

知佳「あ〜はいはい、そーゆー話は別の場所でしましょうね」

 知佳、嘘泣きする理恵の頭をぽんぽんと撫でる。

紀衣「どんどん理恵さんの扱いに慣れていってますね」

理恵「つまらないですわ」

知佳「まあそれは置いといて。なんだか新キャラ登場みたいだけど?」

紀衣「まあ美凪さんが出てきた時点で予想されていたと思いますが」

美凪「あの人は強いですよ。次回はポテトも大活躍です。知佳さん頑張っちゃってください」

紀衣「というわけで、次回はバトルです。はたして知佳さんは黒きメス使いに勝てるのかっ!?

知佳「それは次回のお楽しみ」





白い毛玉、もといポテトが強い。
美姫 「ザカラを吸収するなんてね」
いやはや、次回のバトルが楽しみだな。
美姫 「一体どんなバトルを見せてくれるのかしらね」
次回を待ってます。
美姫 「待ってま〜す」



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