不可思議戦士エンジェルちーちゃん
第3話 リアンの翼
*
とある町の一軒家の庭、そこに箒をもったひとりの男が立っていた。
「美凪は失敗したようだな……」
「ぴこっ」
男の呟きに相槌を打つ謎の毛玉。
「まっ、標的の居場所が解かっただけでもよしとするか。それに美凪は無事みたいだしな」
「ぴこっぴこ」
男の安堵の溜息に毛玉も同意するように頷く。
「ぴこっぴこぴこぴこ」
「おっ?今度はおまえが行ってくれるのか」
「ぴっこ」
「それじゃあ頼んだぞ」
「ぴこっ」
そんなやりとりをしていると、不意に後からメスが飛んできて男の後頭部にヒットした。とても痛そうだ。
「ぐはっ!?聖、おまえは人を殺すきか」
「仕事をさぼっているからだ。それに君はこの程度では死なないだろう?まったくどうしてこんなのが神の一員なのかが未だに理解できん。人間達が知れば皆失望するぞ」
振り向けばそこには切れ長の眼と長い黒髪が印象的な白衣を着た女が立っていた。もちろんメスを投げた張本人である。
「……おまえだって人のこと言えたもんじゃないだろ?俺と同じなくせに」
「国崎くん、君はどうやら本当に闇の中へと葬られたいらしいな」
すかさずメスをちらつかせて脅す女。
「ひぃぃっ、私目が悪うございました。どうかお許しを〜」
メスに怯える男は女の前で平伏する。
「ふん、まあ今日のところはこのくらいで勘弁してやろう。それに君が死んだら雑務係がいなくなってしまうからな」
「はは〜、ありがたきお言葉」
「というわけで、さっさと庭の掃除を終わらせてくれたまえ。君の仕事はまだ残っているのだからな」
そう言い置いて女は去っていった。
「くそ〜、聖の奴め……俺をいいように使いやがって。いつかぎゃふんと言わせてやる〜」
箒を動かしながらぶつくさと不平を漏らしているとどこからともなくメスが飛んできた。
ガスッ!!
「ぎゃふんっ!?」
メスは見事男にヒットした。
こうして男――国崎往人の一日は過ぎていくのだった。
*
うみなり大学のオープンテラス、そこで一人の女性が不機嫌そうに誰かを待っていた。女性の名は仁村真雪。
「たくっ、遠野の奴どこ行ったんだ?野暮用とか言って席を空けたきりもうだいぶ経つぞ」
かなり待たされているのか、さきほどから時計を気にしている。
「美凪さんにも事情があるのでしょう。そもそも私たちのほうが押しかけているんじゃないですか」
真雪の向かい側の席に座る、ツインテールの少女――ホシノ・ルリが冷ややかな眼でそう呟いた。
「あいつがいつもあたしの眼のつく所にいるからだ。あんないじりがいのある奴、ほっとくほうがおかしい。ホシノだってまんざらでもないんだろう?」
そう言って真雪はにやにやしながらルリの頬をつつく。
「あなたに逆らうのが怖いからです」
「なんか言ったか?」
「いえ……」
そんな話をしていると、一人の少女がやってきた。
さきほどから話題になっていた少女――遠野美凪である。
「すみません、少し遅くなりました」
「やっと戻ってきたか……遅いぞ遠野、人をいつまで待たせる気だ」
「別に気にしてません。美凪さんがいなくなった後、ずっと真雪さんに遊ばれてましたから」
「そうでしたか。ではルリさんにはよく耐えましたで賞を進呈」
そう言って茶封筒を手渡す。
「おい遠野、そりゃどういう意味だ?」
真雪は笑顔で美凪の柔らかい頬を餅のようにびろ〜んと引っ張った。
「真雪さん、そんなにほっぺた引っ張ったら何も喋れませんよ」
「おおっ、そうだった」
ルリに言われていかにもわざとらしく驚いて手を離した。
「わたしを待っている間のことです。というわけで真雪さんにも進呈」
「なんだそりゃ?まあいいや。それにしてもおまえの顔ってよく伸びるなー。しかも美味そうだ」
「いくら欲求不満だからって彼女を肴にするのはどうかと思います」
すかさずつっこむルリ。
「そう妬くなって、なんならホシノも一緒にどうだ?」
「そういう問題じゃありません。お供しますけど」
二人の会話を聞いていて美凪は笑顔で小首を傾げた。
「それはつまり三人でパジャマパーティーということですか?それは楽しそうですね」
「……美凪さんはもっと人を疑うことを知ってください」
「ああ、同感だな……」
一人笑顔の美凪に二人は深い溜息を吐いた。
「まっまあそれはともかく、二人ともうちに来るだろ?」
「ええ、おじゃまさせていただきます」
「はい、とても楽しみです」
「あはは、うちは客人は大歓迎だからな。あっでも最初はびっくりするかもな、うちの奴らは騒ぐのが好きだからな」
自分のことはすっかり棚に上げている真雪だった。
*
わたし達は美凪ちゃんとの戦闘の後、さざなみ寮へと帰ってきていた。
道中、ムーンさんからいろいろと話を聞くことが出来た。
「え〜と、それじゃあ何からお話しましょうか?」
「まずはムーンさん達が住んでる世界ってどんな所なんですか?」
「私達の世界はあらゆる生物が共に助け合い生きている緑豊かな世界です。争いのない実に平和で穏やかな世界ですよ。この世界のように無機的な物はそう多くはありません。神々が降臨する神殿と、物を売り買いする市場、聖奏者達が演奏する講堂くらいです」
「えっ、じゃあリルちゃん達にはお家とかってないの?」
「いいえ、世界そのものがそこに生きる全てのものにとっての家なんです。といっても人間のような高等生物には特別に“癒しの籠”と言って繭状の部屋が一人一人に用意されていて、そこで眠るんです」
「とっても気持ちいいんだよ」
隣を歩いていたリルちゃんが話しに加わってきた。
「へえ、なんだか神話の世界みたいだね」
「しんわ?」
聞きなれない言葉にムーンさんとリルちゃんが頭にハテナをつけて眼をぱちくりさせる。
「人間が想像して作った神様のお話のことだよ」
「この世界には神の世界を知る術がないのですか?」
「うん、神様なんているもんかって、思ってる人もいるしね」
「そうなのですか、なかなか複雑な世界ですね。わたし達の世界では直接そこへ行くことはできなくても様子を知ることはできるんですよ。それにリルのような聖奏者ならば直接赴くこともできるんです」
「そういえばずっと気になってたんですけど、聖奏者って何なんですか?それにさっきわたしが使った宝石はいったい……」
わたしの問いにしばらく考え込んでいたムーンさん。
でも、やがて決心したのか頷いて口を開いた。
「そうですね。これからのこともありますし、知佳さんにはちゃんと話しておいたほうがいいですね。まずは聖奏者について話しますね。聖奏者とは“楽園の柱”と呼ばれる神から授けられた、人々に安らぎと祝福を与える楽器を操る人間のことです。聖奏者は神々によって選ばれ、時が熟した時に託されるものなんです。聖奏者の使命は託された楽器を他の聖奏者と共に演奏すること。使命といっても一日に数回演奏するだけですからそんなに煩わされることはありません」
「なるほど、あっ、そういえばリルちゃんも聖奏者だってムーンさん言ってましたよね。リルちゃんは何を担当してるんですか?」
自分も音楽業界に携わる人間として興味がある。
「わたしは“木漏れ日の鈴”って言って皆の演奏に合わせて歌うの。とっても楽しいよ」
リルちゃんが嬉しそうに説明してくれた。
「つまり知佳さんと同じです」
「あっあはは……」
ムーンさんに熱のこもった視線で見られてちょっとたじろいでしまった。
「あっでも、リルの翼は“リアンの翼”は彼女だけのものなんですよ」
「えっへん」
自慢したいのかリルちゃんは自分の翼を大きく広げて胸を張る。
「綺麗な羽だね」
「リアンの翼は世界と繋がっているんです。だから世界のあらゆるものにやどる精霊や妖精達と話ができるんです。そしてリアンの翼は持ち主の心によってその力の特性を大きく変えるんです」
「それってもしかして……」
わたしは一瞬、昔の自分を思い出してしまった。
「察しの通り心は不動のものではありません。平静であればどんな方向にも安定した力を発揮します。心が負の感情で染まっていれば、それは世界を滅ぼすほどの力ともなるんです。だから、神様は永遠に純粋である存在、“星の神姫(しんき)”であるリルを選ばれたんです。彼女は私達の世界を遥か昔から見守り続けてきました。彼女がいつ生まれたのかは誰も知りません。永遠に生き続けると神様からは言われています。だけど、誰もそんなことは気にしませんでした。私たちはみんな彼女の優しさに癒されていましたし、なにより彼女のことが好きですから」
ふと寂しさに似た想いが脳裏を過ぎった。永遠を生きるってどんな感じなんだろう。
「リルちゃんはずっと今の姿のまま暮らしてきたの?」
「うん、そうだよ。わたしも百年以上前のことは忘れちゃった。ただ世界がずっと穏やかだったことは覚えてるよ。それに皆優しくしてくれたから寂しくなかったよ」
「そっか」
わたしはリルちゃんの頭を優しく撫でてあげた。
「聖奏者の話はこのくらいにしておきましょう。次はさっき知佳さんに渡した力についてですね」
「うん、あれはいったい何なんですか?」
「あれは“導きの星”と言って、人が持っている強い思念、つまり想いを力に変えるものです。想いが強ければ強いほどより大きな力を発揮する。ですが、これには意思があって、受け取った想いがどれだけ強いか見定めて、力を貸してもいいと思ったら、その力を発動させるんです。あの時の知佳さんにはそれだけ強い想いが込められていたんですね」
面と向かって言われると何だか照れちゃうな。
「そういえば知佳さんにも羽がありましたよね」
「わたしの羽は、リルちゃんみたいに本物じゃないですよ」
そう言ってわたしは羽を広げた。
「わたしの羽は病気の副作用なんです」
「えっ!?お姉ちゃん病気なの」
「病気といってもちゃんと薬を使って抑えてやれば全然問題ないんだけどね」
そう言って、わたしは二人に簡単にHGSについて説明した。
「ふーん、なんだか残念」
そう言ってリルちゃんはちょっと寂しそうに笑うと、わたしの羽に触ろうとした。
「あっ、触らないほうがいいと思うよ。この羽光合成してるからたぶん熱いと思う」
「ううん、そんなことないよ。あったかくて気持ち良い」
そのままリルちゃんはしばらくうっとりとしていた。
「話が逸れてしまいましたがこれでだいたいのことは説明しましたけど、他に何か聞きたいことはありますか?」
「う〜ん……。あっ、そうだっ!!導きの星を使ったときに服が変わったんだけど、あれは?」
「あ〜、あれは。使用者を守るための防御壁です。あれがあるとないとではかなり違うんですよ」
「それにしたってあれはどうにかならないんですか?なんかスカートの裾がひらひらしてるし」
「防御壁の形状は導きの星の意思が決定するものですから私に言われても困ります」
「つまりあれはこれの意思の趣味だって言うのね?」
「あっあはは……まあそういうことになりますね」
「お姉ちゃんとっても似合ってたよ」
「……ほんとは他にもいろいろとあるんですけどね」
「何か言った?」
「いえっ、なんでもありません」
そう言ってムーンさんはそそくさとリルちゃんの後に隠れてしまった。
「怪しいな〜」
「まっ、まあまあ。そっ、そんなことより……」
「そんなことよりなんですか?」
ムーンさんが困惑した表情で指をさす。
わたしはしかたなく指の後を追っていって、思わず固まってしまった。
「よう、知佳じゃないか」
「お……お姉ちゃん」
指の先に立っていたのは、いかにも嬉しそうなしまりのない笑みを浮かべた姉の姿だった。
あとがき
こんにちは、堀江紀衣です。今回は解説編でした。でも最後に一番会いたくない人に出くわしてしまいましたね〜。
知佳「あんたのせいでしょっ!!」
紀衣「いやいや、神の啓示ですよ」
知佳「そんな大嘘つかない」
紀衣「どっちみち誤魔化せるものじゃないと思いますけど。それに彼女を懐柔すれば他の人達に説明するのが楽になるでしょ」
知佳「開き直るな」
紀衣「まあ、何はともあれ次回は宴会です。大暴れです」
知佳「ああ、また嫌な予感が……」
紀衣「それでは次回もお楽しみに」
真雪とばったり。
美姫 「はたして、次回はどうなることやら」
美凪も一緒にいるんだよな。
美姫 「本当にどうなるのかしらね」
地獄絵図が展開される…。
美姫 「酒地獄?」
いやいや、本当にどうなるんだろうか。
美姫 「次回を待っていますね」
待っています。