不可思議戦士エンジェルちーちゃん

第2話 密かな陰謀

   *

 わたしはさがなみ寮の裏山の道を歩いていた。

 何故そんなことをしているのかというと。

「ねえねえ知佳お姉ちゃん、この世界のこともっと知りたい」

「で、でも、見つかるといろいろと問題があるし」

「ねっ、いい子にしてるから。ちょっとだけ、そこの山の中を歩いてみたいの」

「まあ、裏山ならあんまり人もいないだろうし、いいか」

「やった〜♪お姉ちゃんありがとう」

「あっあはは……」

 この笑顔には逆らえないなとつくづく思った。

 そして今に至るわけである。

「るーるー♪ねえ、ムーン。ここは変わったものが多いね。でも、このフクって言うのちょっと着心地悪いかも」

「私達の世界と文明が大きく異なるみたいだからね。それに慣れないものは最初は違和感があるかもしれないけど、慣れれば平気よ」

 二人は楽しそうに話しながら隣を歩いていた。

 リルちゃんは珍しいのだろう。わたしが着せた服を興味津々にいじっている。

 一方、ムーンさんは宝石に閉じ込められていたのをリルちゃんにだしてもらったみたい。

 実際のムーンさんはわたしが知っている妖精そのもので、優しそうなお姉さんだった。

「はあ、これからどうなるんだろう。……あっ、作詞……どうしよう」

 結局、あの後、しばらく考えてテレポートでさざなみに帰ることにした。

 幸い寮内には誰もいなかったので助かった。

 リルちゃんには今わたしが小さい頃に着てた服を着てもらってる。

 これからのことを考えてみたけどしばらくして諦めた。まあなんとかなるだろう。

皆のことだからちゃんと説明すれば受け入れてくれるだろう。

わたしや十六夜さんがそうだったように。

 わたしは半ば諦めたように溜息を吐いた。

 そんな時不意にリルちゃんが足を止めた。

「どうしたの?」

「……何かが来る、嫌な感じ。木の精霊さんが言ってた。気をつけなさいって」

「……確かに邪悪な気を感じる。だんだんこちらに近づいている」

 リルちゃんが身を震わせ、ムーンさんが険しい顔をして呟いた。

「ねえ、どうしたの二人とも」

 わたしが尋ねようとしたとき、不意に強烈な悪寒が背中を走った。

 ――何かが来る。

 リルちゃんの言った通り、とても嫌な感じがする。

 その気配がいっそう強くなった瞬間、背後から殺気を感じた。

「……っ!?

 わたしはとっさに張った念動フィールドでそれを防いだ。

 それは炎の球だった。

 爆発するかと思ったそれはフィールドと激しくぶつかり合い、やがて霧散していった。

「びっくり、防がれてしまいました」

 一瞬おくれてそんな場違いな穏やかな声が聞こえてきた。

「誰っ!!

「はじめまして、私は遠野美凪といいます。以後よろしくおねがいします、ぺこり。それと、お近づきの印にお米券進呈」

 そう言って差し出された茶封筒をわたしは反射的に受け取ってしまった。

「ど、どうも」

 中身は本当にお米券だった。

「突然の襲撃で申し訳ありませんがそちらの方を渡してもらいます」

 そう言って遠野美凪と名乗った少女は何故か天体望遠鏡を構えた。

 ちらりとリルちゃんのほうを見ると、当然というか困惑した表情を浮かべていた。

「この人……どうして?とっても優しい心を持ってるのに、すごく嫌な感じがする。嫌だよ、こんなの。優しいは優しいままでいてほしいのに」

 そう言ってリルちゃんはその場にへたりこんでしまった。

 わたしはその時気付いた。

 ――この娘は純粋すぎる。

 初めて出会ったときに感じたものが確信に変わった。だからわたしは首を横に振った。

「そうですか、残念です。ですがこれだけは覚えておいてください。その少女はこの世界を滅ぼすほどの力を秘めています。地球がぴんちです」

「でもその力をあなたは利用しようとしているんでしょ」

「はい、これはわたしの大切な人の願いですから。私はその人の為に全てを尽くすのです。たとえ間違っていてもです」

 そう言って望遠鏡を構える彼女は、とても強いと思った。

 わたしは人の心の強さを知っているから。だからこの人の想いも痛いほどに解かる。

 大切な人の為。そんなまっすぐな気持ちをわたしは受け止めた。

「あなたのその気持ち、とても素敵だと思う。あなたを否定したりしない、だってそんな大事な想いを否定されるのは悲しいもの。だけどこの娘を、リルちゃんを傷つけることはわたしが許さない」

「あなたはどうして出会ったばかりのその少女を守るのですか?」

「出会っちゃったからこそ守るんだよ。わたしは沢山の人に優しくしてもらったから。だから、一人でも多くの人にこの優しさを、今度はわたしがあげたいんだよ」

「お優しい方ですね。できればお友達になりたかったのですが残念です」

「今からだって遅くはないよ。ねっ、こんなことはやめてどこかへ遊びに行こうよ」

「それはできません。あの人の願いが叶うまでは私達は止まれないんです。だから力づくでもその少女を渡してもらいます」

「他に方法はないの?その人の願いごとを叶えるのに」

「他の道など私達には見つけられませんでした。あの人ですらこれを選ぶしか方法を見出せなかった。だから、主神にも逆らって禁忌に触れようとしたんです」

「そんな……」

「では今度こそ……いきます」

 そう言って美凪ちゃんは望遠鏡から光線を放った。

 わたしはそれをフィールドで迎えうつ。

 光線とフィールドがぶつかり合って火花を散らした。

「守ってばかりでは私は倒せませんよ。かといってこのままでは埒があきませんね。では」

 そう言って美凪ちゃんは何やら杖を取り出し呪文を唱え始めた。

「ちるちるマジック・なんでも変身。何でも写す鏡にな〜れ」

 すて〜ん。

 わたしは思わず思いっきりこけてしまった。

「なっ、なんなのよ〜」

「魔法の呪文です」

「いやそういう問題じゃなくて……ああ、頭が痛くなってきた」

「それではいきます。せーの」

 そういって美凪ちゃんが杖を振ると、衝撃波が飛んできてフィールドを破壊した。

「うそっ……!?

 わたしは一瞬唖然としてしまった。

 トラックの衝突ですら耐える強固な念動フィールドが一瞬で破壊されてしまった。

「えっへん、成功です」

 美凪ちゃんはそれに満足げに笑った。

「それでは続いていっちゃいましょう」

 そう言ってまた衝撃波が放たれた。わたしは慌ててフィールドで迎撃する。

「う〜ん、やはり鏡では埒があきません。そろそろ終わらせたいので次で決めます」

 そう言ってまた呪文を唱え始めた。

「ちるちるマジック・天体観測。あなたもお空の星になりませんか?」

 そういい終えると美凪ちゃんの頭上に巨大な光球が現れた。それを杖を一振りして放つ。

 わたしはいっそう強く念じてフィールドを展開した。

「はああああぁぁぁぁぁーっ!!

 激しい火花を散らして両者がぶつかりあう。

 そのまま二つの力はしばらく拮抗していたけれど、やがてフィールドが押され始めた。

「っ!!ちょっとまずいかも……」

 もうもたないと思った瞬間。

 パリンッ!!

「きゃあっ!?

「知佳さんっ!!

「お姉ちゃんっ!!

 わたしは気付けば木に叩きつけられていた。

 全身に走る痛みに顔を顰めながら、わたしはふらつく頭を振ってどうにか立ち上がる。

「びっくり、まだ立てるんですね。それでは仕方ないので完全に眠ってもらいます。ちょっと痛いですけど死なないので安心してください」

 そう言って美凪ちゃんはまた違う呪文を唱え始めた。

「ちるちるマジック・お注射です、これであなたも安楽睡眠」

 杖が巨大な注射器に変わった。

 彼女には大切な人が、そのために曲げられない思いがあるって言った。

 けど、わたしだってリルちゃんを守りたいの。

 ――お願い、わたしの翼。わたしに力を、この子を守れるだけの力をわたしに貸して!

 光があふれる。

「この光、なんて強い力なの。でも、これなら……」

 そう言ってムーンさんはわたしに何かを放り投げた。

「これは……ムーンさんの宝石?」

「念じて、思い描いてください。あなたの求める力の形。奇跡の姿を!」

「力の形……奇跡の姿……」

「さすればそれは必ずあなたに答えてくれます。さあ、早く!」

「うん」

 ムーンさんの言葉と一緒にわたしの中にそれとは違う何かが流れ込んできた。

 それはとても暖かい、優しい光。本当に奇跡すら起こせそうな希望に満ちた輝き……。

 わたしは心に浮かんだそのままに、声を、詩を紡いでいた。

 ――汝、想いを体現させしものよ。

 我、ここに汝に願う。

 天には星の輝きを。

 風には優しき歌声を。

 そして、舞い降りる翼に希望の光を……。

「カルディア!」

 その瞬間、辺りは眩い光に包まれた。

 わたしの思いに答えるように背中に二対四枚の羽根が広がる。

 そして、手の中には見たこともない刃渡り1メートルくらいの細身の剣。

 何故か初めて握ったはずなのに、それはとてもしっくりと手に馴染む。

 わたしはその剣を真っ直ぐ前に突き出すと巨大注射器を片手に呆然と立ち尽くしている美凪ちゃんへと向かって跳んだ。

「あなたの思いを否定したりはしないけど、これは壊させてもらうね」

 そう言うと、わたしは彼女の注射器になっている杖を剣で貫いた。

「がっくり。わたしの負けですね。ここは退くとしましょう」

 そんな言葉を残して美凪ちゃんはその場から掻き消えた。

「終わった……のかな?」

「そのようですね。もう邪悪な気は感じません」

「ふう、終わったか〜……」

「お疲れ様でした」

 わたしは思いっきり脱力した。

「ねえ、知佳お姉ちゃん……」

 ぽつりと呟いたリルちゃんにわたしは視線を向けてはっとした。

 たぶん純粋すぎる彼女には美凪ちゃんの心を理解できなかったんだと思う。

 彼女は全てを真っ直ぐに受け止めるから。

 このいろいろな意味で歪んだ世界では彼女はやっていけないのかもしれない。

「わたし、すごく怖かった。優しいが歪んでた。優しいっていうのは皆を暖かくしてくれるものだって思ってたから」

「リルちゃんの言っていることは解かるよ。でもねそれが人の心なんだよ。確かに皆が皆リルちゃんの言う優しいだけを持っていれば争いなんて起きないと思うし平和に暮らせると思う。でもね人は大勢よりもたった一人のために全てを投げ出せる。そんな生き物なんだよ」

「たった一人に全てを賭ける……“相愛者”のことだね。わたしの世界にもそういう人達はいるよ。だけどさっきのはそれと違うんだよ。すごくドロドロしてて、わたしが知ってるのはもっとあったかいものなんだよっ!!

 そう言ってリルちゃんは泣き崩れてしまった。

 わたしはそんなリルちゃんを抱きしめて優しく諭すように語った。

 今のわたしが知っている“こころ”というものを。

「人間っていうのはね、そんなに強くないの。できることはそんなにおおくない。だけど想いは、人の心はどんなものにも負けない強さを持ってるんだよ。過ちすらも恐れずに進んでいける力になるの。美凪ちゃんもそう。あの子は大切な人のためにそれが間違っていてもそれしか選べなかったから、だから選んだんだと思うよ。わたしだって同じ立場なら同じことをすると思う」

「そんな」

「わたしも人間だもん。神様じゃないんだから間違いだって一杯してきたと思う。だけどね、間違いは気づいたならやり直せばいいの。自分じゃ止められないなら、止められる誰かがそれを止めてあげればいいの。もういいんだよって、よく頑張ったねって」

「お姉ちゃん……」

「自分の想いをしっかり持つのは大事なことだと思うけど、人は一人として同じじゃないから。皆それぞれの想いがあって今を精一杯いきてるの。だからそれを完全に否定するのはしないでほしいな。間違っていてもその人にとってはすごく大切なことだから。リルちゃんにはそんな想いを優しく受け止めてくれる女の子になってほしいな」

 わたしはそう言ってリルちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「……わたし、もっとこの世界のこと知りたい。本当の優しいって何なのか見つけたい。お姉ちゃんみたいにあったかい人になりたい」

 そのときリルちゃんの瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。

 代わりにあったのは強い決意と誓いだった。

 



 あとがき

 こんにちは堀江紀衣です。今回は知佳さんが魔法少女に初挑戦です。なんだか不思議な人も出てきてこれから楽しくなりそうですね。

知佳「何が楽しくなりそうですねよっ!!どうしてくれるのよ、わたしもういい歳なんだからこんな羞恥プレイは勘弁してよ。誰かに見られたりしたらもうお嫁にいけなくなっちゃう」

紀衣「ここでの知佳さんは17歳なんだし大丈夫ですよ。それにとても似合ってましたよ」

知佳「いや、似合ってるとかそういう問題じゃなくって……」

紀衣「大丈夫ですよ、さざなみの皆さんは心の広い人ばかりですから」

知佳「こんな恥ずかしい格好皆の前でできるかーっ!!

紀衣「とまあ、こんな感じで次回もお楽しみに」

知佳「勝手に締めくくるなーっ!!

 





大丈夫、奥様だって魔法少女をする時代だし。
美姫 「それ、何か違うと思うけれど…」
違わない、違わないって。
にしても、敵(?)らしき者が彼女とは。
美姫 「一体全体何がどうなっているのかしらね」
まだまだ始まったばかりだから、謎だらけ。
美姫 「次回もとっても気になります」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「それでは〜」



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