不可思議戦士エンジェルちーちゃん

 第1話 はじまり

    *

 ――“チキュウ”。

 それは緑豊かな、全てが共に歩んでいた理想の星――

 わたしは今日も妖精や動物達と一緒に空を飛んでいた。

風を切って飛ぶのは楽しい。とても気持ちいい。

 わたしの背中には羽がある。どこまでも飛んでいける羽がある。

 わたしは歌が好き。真っ直ぐな気持ちを伝えられる歌が好き。

 わたしは皆が好き。

空も風も動物も人も、みんなみんな輝いている。

 だけどわたしを呼ぶ声がとても不吉に思えるのはどうしてだろう?

 空の下で誰かの悲鳴を聞いた気がする。

 わたしはこのまま空を目指していいの?

 不意に誰かに手を引かれた気がした。

 そこでわたしの意識は途絶えてしまった。

    *

 とあるスタジオ、張り詰めた空気の中で一人の少女が歌を歌っていた。

なんのことはない。これはCDの収録現場である。

 少女が一通り歌い終え、しばらくの静寂のあとちょび髭をはやした中年の男が口を開いた。

「はい、オッケーですっ!!お疲れ様でした」

 その声が聞こえるなり、張り詰めた空気は一転して脱力した穏やかなものになった。

「ふう、やっと終わりか〜」

「知佳ちゃん、お疲れ様でした」

 歌い終えた少女、仁村知佳は友人の佐伯理恵に声をかけられ、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

「やっぱり収録は何度やっても緊張するよ〜」

「でもいつ聞いても知佳ちゃんの歌は素敵ですわ。さすが“天使の歌声”と呼ばれるだけのことはありますわ」

 “天使の歌声”とは知佳の歌を歌う声の美しさを詠った異名である。

つまるところ彼女は現在女子高生でありながら世界に羽ばたくトップアーティストなのである。

彼女の歌声は国内外ともに絶大な人気を誇る。

 それが祟ってか、身内には内緒にしておきたい知佳はどうやって誤魔化そうかというのが悩みの種となっている模様。

 尤もバレてないと思っているだけで、実はほとんどの寮生には既に知られているのだが。

 そのことに気付いていないのは本人と事情をしる彼女の恋人、そして知佳が住む女子寮のオーナーくらいのものだった。

「あはは、ありがとう。でもまだまだだよ、もっと練習しなくちゃ」

「そんなことありませんわ。知佳ちゃんの歌声は世界が認めるんですもの。もっと自分に自信を持ってください」

「そうよ知佳ちゃん。あなたはもっと自信を持ったほうがいいわ」

 話に割り込んできたのは知佳のマネージャーの小鳥遊玲(たかなしれい)である。

 知佳をいろいろな面で補佐してくれる頼れるお姉さんである。

 年がそんなに離れていないせいか知佳とは何かと気が合う。

「自信を持つことは大事よ。何事にも大きく構えていられるようになるし、自信があるからこそ輝くものだってあるのよ。貴方はこれからもっと大きくなるんだから少し自慢するくらいの自信は持っていてもいいと思うわよ」

「は〜い。精進します」

「うん、頑張って。それから今後のスケジュールなんだけど、番組の主題歌用に一曲歌ってほしいって依頼があるの。もちろん受けるわよね?」

「はいっ、喜んで」

「で、曲のほうなんだけどプロデューサーとも話し合って知佳ちゃんが作詞をするのはどうかってことになったの」

「作詞か〜。……ずいぶん久しぶりだな」

「そうね。今までは提供してもらうことが多かったし、知佳ちゃんももう二年になるんだから、そろそろ次のステップへ進むべきでしょう。というわけで、作詞頑張ってね」

「もう、簡単に言ってくれるんだから〜」

    *

 こうして知佳の受難は始まった。

「う〜ん……うまくいかないな〜」

 知佳の作詞は難航していた。

「う〜ん、……ダメ気分転換に散歩でもしてこよっと」

 悩んでも出ないものは出ないのだから仕方ない。

 そういうときは部屋にこもってないで、外の空気を吸ったほうが精神衛生的にもずっと良いはずだ。

 それに思いもよらないところでいい文が思い浮かぶかもしれない。

 知佳はジャケットを羽織り、バッグを手に取ると、出かけることにした。

    *

 山の中で家族と遊んでいた次郎は、その異変に気付いた。

 小虎もそれにきづいたようだ。

 ――何かよくないことが起こる。

 野生の勘がそう告げていた。

 それは以前この国守山に魔剣ざからが現れたときと同じ感じだった。

 風が騒いでいる。

 この街をまたあのような怪物が襲うのだろうか。

 どちらにしても次郎は祈ることしかできなかった。

 非力な猫でしかない彼に、他に何が出来ようか。

    *

 気付けばそこは見たこともない場所だった。

 辺りは茂みで覆われていて遠くには見たこともない建物が建っている。

 なぜかそこにいる人々は不思議な格好をしていた。

「ここ……どこ?……あれ、ムーンがいない。一緒にいたはずなのに」

 ムーンはいつも一緒に遊んでいる風の妖精さん。

 わたしは少し不安になり、すぐ近くにあった木に聞いてみることにした。

「(ねえ、木の精霊さん。ここどこ?)」

 わたしはいつものように木に向かって“こえ”をかけた。

「(おや、こんな時代に珍しいのう。おまえさん、ワシのことが解かるのかい?)」

「(うん、わかるよ。草の精霊さんも土の精霊さんも、みんな見えるもん。わたしは皆大好き)」

「(そうかい。それは嬉しいのう、じゃがおまえさんがこの世界の人間ではないのが惜しいのう)」

「(やっぱりわたし、違うところに来ちゃってたんだね)」

「(うむ。おまえさんは恐らく“世界の狭間”に飲み込まれたのじゃろう)」

「(世界の狭間?)」

「(うむ、精霊界ではな、異世界と異世界を繋ぐ扉をそう呼んでおるんじゃ)」

「(あっ、それムーンに聞いたことがある。わたし達が住んでいる世界は沢山ある世界のひとつで、精霊さん達が管理している“ゲート”を使えば他の世界へ行くことができるって)」

「(まさしくそれが世界の狭間じゃ。普段は許可がなければ狭間の扉は開かないようになっているんじゃが。ところが最近よからぬ噂があってな。おまえさん、天界というのを知っておるか。わし等や人間達が住んでいる“地上界”とは別に“天界”と言うところがあってな。そこにはわしらを作られた神様が大勢おるんじゃが)」

「(あっ、それはわたしのところと同じだね。わたしの世界は時々空から神様が降りてきてね、いろいろなお話をしてくれるの、とっても面白いんだよ)」

「(そうか、おまえさんの世界は神様と人間が会うことを許されているのじゃな。うらやましいのう。ここははっきりと世界が分断されておるからそういうことはかなわないんじゃ。特別な者のみがその接触を許されておる)」

「(そうなんだ。ちょっと残念だね。それでその天界がどうかしたの?)」

「(うむ、その天界でな神様同士で争いがあったらしいのじゃ。最高神に仕えておった上級神が何人かの下級神を従えて反旗を翻して戦いを挑んだそうなんじゃ。もっともその戦いは当然上級神の負けで、天界を追放されたらしい)」

「(どうしてそんなことしたの?)」

「(さあな、わしにも解からぬ。権力が欲しかったのではないかのう。神様といえども位があるし、低俗な神様だっておる。そのあたりは人間と同じじゃ)」

「(誰が一番偉いかなんてどうでもいいじゃない。……みんな同じなのに。自分とちょっと違うところがあるだけで)」

「(おまえさんは優しいのう。そんなふうに皆が思っていれば争いなぞ起きんのだがのう)」

「(そうだよ。神様だってみんな仲良くしなくちゃ。みんなで遊ぶのはとっても楽しいよ)」

「(じゃが、この世界ではそうはいかんのじゃよ。人間も神様ですらそんな争いを好む者がおるんじゃ。この世界では争いが絶えぬ。一部の心無い者のために多くの平和に暮らしている者達が犠牲になっている。嘆かわしいことじゃ)」

「(悲しいね。わたしの世界じゃそんなことなかったから……きっと恵まれてたんだね)」

「(うむ。じゃがその気持ちは忘れないでほしい。その暖かい心がある限り、世界は絶望しない)」

「(うん。ありがとう)」

「(ああ、話がそれてしまったな。話を戻そう。それで敗北した上級神たちがまた力をつけてきたらしいのじゃ。その証拠に狭間の門が勝手に開かれておったんじゃ)」

「(でもその世界の狭間は精霊さんたちが管理してるんでしょ?)」

「(神の力は絶大じゃ。わしらの力では太刀打ちできん。門をこじ開けることなどたやすいのじゃ。おそらくおまえさんがここに流されたのも、上級神の手引きじゃろうな。……むっ!?)」

「(どうしたの?)」

 わたしが尋ねようとしたとき、ふと黒い気配を感じた。

    *

 知佳は商店街でウインドウショッピングを楽しんでいた。

「あっ、もう春ものの服がでてる。早いなあ、少し前までは冬もので一杯だったのに……」

 自分も春がくれば卒業だ。そう思うと知佳はしんみりとした気持ちになった。

「この三年間はいろいろあったな。

 ……リスティが寮に来て、ゆうひちゃんがスクールへ行って、お兄ちゃんと恋人同士になって……ほんとにいろいろあった。

 ……これからもこんな毎日が続くといいな」

 知佳は不意に舞い散る羽を見た気がして、思わず振り返った。

「……気のせいかな?」

 ――早くわたしを見つけて。

「……っ!?あなたは誰」

 常人では解からないだろう電波を知佳の触覚が感知した。

 ちなみにこの触覚はHGSの力とはまったくの無関係である。

 では何故受信したのか。それは突っ込んではいけない。

 知佳は必死に声の主を探そうとしたが、辺りにはそれらしき人物は見当たらなかった。

 ――わたしを見つけて。

「まただ。ねえ、どこにいるの?」

 知佳は声の主を探そうと呟いて、それがテレパシーであることに気付いた。それはHGSの能力に似ていた。

 HGSとは変異性遺伝子障害のことで、様々な器官が異常な発達により身体障害を起こす病気のことである。

 その副作用として超能力と言われる特殊な力を得られるが、それも酷使すれば病気の進行を早め、時には命の危険にさらされることすらある。

 知佳もまたHGS患者の一人であった。

「(あなたはどこにいるの?)」

 知佳は念を感じた方向へ自らの思念を放った。

 ――わたしはここにいる。おねがい、全てが手遅れになる前に……。

「……臨海公園」

 その念はそこから発せられていた。

 知佳は急いで臨海公園へと向かった。

「う〜ん、確かこの辺りだったと思うんだけどなあ……」

 知佳は念を追いかけて臨海公園へやってきていた。心なしか胸が騒ぐのは人が少ないせいだろうか。

「う〜ん、どこだろう……?」

 知佳は辺りを見回して、ふと茂みの中に光るものを見つけた。

「なんだろう。……宝石?」

 知佳がその石に触れたとき不意に眩い光に包まれて、また声が聞こえてきた。

 ――どうか、これから起きる出来事を忘れないでください……。

 光が収まったときその声はもうどこかへと消えてしまっていた。

「なんだったんだろう?」

 知佳は首を傾げながらそれを拾った。

 よく見てみるとそれはルビーのように紅く輝いていた。

「でも、これ何なんだろう?ルビーじゃないみたいだけど」

 知佳がしばらく考え込んでいると不意に宝石が喋った。

「やっと見つけてくれましたね。よかった……」

「わわわっ!?宝石が喋った」

 知佳はそれに驚いて宝石を思わず投げてしまった。

「ああ〜、放り投げないでください〜、あうあぅ〜」

「ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりしたものだから」

 知佳は慌ててその宝石を拾い上げる。

「いえっ、こちらこそ驚かせてしまってすみません。声が届いたからてっきり大丈夫だと思っていたもので」

「声って、テレパシーのこと?」

 あの念の主が彼女(?)であれば、あれは間違いなくHGSの力のひとつであるテレパシーである。

「この世界ではそういうふうに呼ばれているのですか?私達が使う一般的な会話手段なのですが」

「ちょ、ちょっと待って。この世界って……」

「ああ、そうでした。いきなりそんなこと言われても困りますもんね。そうだ自己紹介がまだでしたね。私は風の妖精・ムーンです。この世界とは別の世界から飛ばされてきました」

「えっと、仁村知佳です。学生しながら歌手やってます」

「“ガクセイ”、“カシュ”……、もしや高等管理官で聖奏者なんですか。すごいです、高等管理官なんてそうそうなれるものじゃないのに、それに聖奏者は類まれなる歌声の持ち主です。私はリル以外にそういう方を知りません。もしかして物凄い方と出会ってしまったのではないでしょうか、ああなんてラッキーな」

「あっあの〜……」

「はっ!?すっ、すみません。私ったらつい舞い上がってしまいました」

「そ、それで、ムーンさんはどうしてこんな所にいるんですか?」

「先ほども言ったように私、リルと一緒に何者かによってこの世界へ飛ばされてきたんです。それで飛ばされた拍子にリルとはぐれてしまい、ここで動けずにいたんです」

「な、なるほど、とりあえずそのはぐれたリルさんを探せばいいんですね」

「あの、あまり驚かれないのですね」

「まあ確かにびっくりはしましたけど、そういうのには慣れてますから」

「えっ?」

「細かいことは気にしないでください。さあリルさんを探しに行きましょう」

「はっ、はい。ありがとうございます」

「困ったときはお互い様ですよ」

 そう言って知佳はにっこり笑った。

 その時、奥の茂みからがさがさと音がした。

「誰っ!?

 知佳は思わず身構えてその一点を凝視する。

 しばらくすると茂みから一人の少女が顔をのぞかせた。知佳よりも少し年下のようだ。愛らしい顔をした髪の長い少女は、一瞬驚いた顔をしてから安堵の表情を浮かべた。

「あっ、ムーンみっけ」
「リルっ、よかった……そんな遠くに離れてなかったんだ」

「うん、ところでそっちのお姉ちゃんは誰?」

「こちらはこの世界の人で仁村知佳さんって言うの。リルを一緒に探してくれてたのよ」

「はじめまして仁村知佳です」

「はじめまして、わたしリル。お姉ちゃん、ムーンを見つけてくれてありがとう」

 そう言って少女、リルは草むらから出てきて知佳に抱きついた。

 感謝の意を表しているのだろう。

 知佳はその少女を見ていると自然と優しい気持ちになった。

 不意に無性に抱きしめたい衝動にかられてぎゅっとしてしまった。

「あはは♪お姉ちゃん苦しいよ〜」

 リルはとても楽しそうに眼を細めている。

 そんな仕草に知佳は一発でズキューンと撃沈されてしまった。

「ああ、こんな妹がほしい。……ん?」

 知佳はふと抱きしめている腕に違和感を覚えてリルの体を見た。

「ええ〜っ!?なっ、なんで服着てないの〜。寒くない、というより背中の羽……本物だあ」

 知佳は慌てて辺りを見回した。幸い誰も見ていないようだ。

「あの、どうかしたんですか?」

 知佳の狼狽ぶりにムーンは不思議そうな顔をした。

「どうかしたって……、なんでこの子服着てないんですか?これじゃ、街を歩けないじゃないですか」

「“フク”?知佳さんが身に着けているもののことですか。私達の世界ではこれが普通なのですが」

「裸が普通って、いったいどんな世界ですかっ!!ああもう、これじゃ連れて帰れないじゃない」

「この世界は違うの?」

 リルが興味津々といったかんじで眼を輝かせて尋ねてくる。

「うん。この世界では人は服を着るの。裸で外を歩くなんてとてもできないし、それに警察に捕まっちゃうよ。第一恥ずかしいじゃない。人に見られるなんて」

「どうして?」

「うう、どうしてって……リルちゃんは恥ずかしくないの?」

「全然、それにみんな一緒だもん。それに寒かったらみんなで体を寄せて温めあうの。とっても気持ちいいんだよ。それにこの羽も暖かいから、これで体を包めば寒くないよ」

 リルは体に羽を巻きつけて得意げに笑って見せた。

 巻いた羽が服に見えなくもない。かなり苦しいが。

「ま、まあ、それで何とかなるか」

 先行きがとても不安な知佳であった。

    *

「やっと見つけました。邪魔者もいるようですが問題ありません。予定通り計画を次の段階へ進めます」

 そこは海鳴にほど近い山の中。そこに一人の少女が立っていた。

 穏やかな顔とは裏腹に少女の眼は暗く燃えていた。


 


 あとがき

 

紀衣「こんにちは、堀江紀衣です。今回は知佳さんが気分転換に出かけた先で不思議な二人と出会うお話です」

知佳「そうなのよ。リルちゃんがとってもかわいいんだよ〜」

紀衣「でもなんだか大変なことになってるみたいですけど?」

知佳「そうだった。服着てないやら石が喋るやらでもう大変。これからどうしようって途方に暮れちゃったじゃない」

紀衣「そうなるように設定しましたから」

知佳「あんたのせいかいっ!!

紀衣「と、とにかく、次回もお楽しみに」

知佳「こらーっ!!逃げるなー」

 





さて、遂に始まる知佳の物語。
美姫 「知佳が歌手だったり、異世界からお客さんが来たり」
神様という存在まで出てきたり。
美姫 「これからどうなっていくのか、非常に楽しみよね」
うんうん。次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃあ、また次回で」
ではでは。



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