トランスバール皇国本星・第三都市『ミックランド』
ミックランドはその広大な土地と自然が特徴で、東西南北で気候が異なり、土壌が豊かなこともあって農業が盛んに行われている。野菜、果物なんでもござれというこの都市の中央市場では今日も多くの人々がつめかけ、右に左に走り回る光景は日常的である。
そんな中、休暇中のアヴァンは口元の涎を拭くことも忘れて、一般客向けのとあるブースの前で立ち止まっていた。
『幻の宇宙夕張メロン』
商品名を示すプレートにはそう書かれていた。
幻である。レアなのである。戦勝祝賀会でもメロンばかり手を出していた彼は言うまでもなくメロン愛好家である。マスクメロン、プリンスメロン、ウォーターメロン(ちょっと違う)などなど……彼の愛するメロンたちは、この世で一等愉快な奇跡に違いなかった。星のマーキングを施せば巨大な竜の神様だって呼び出すことができるとアヴァンはかたく信じている。
「お客さん? 今日のやつは糖度が18以上ありますぜ」
「18か……」
農家のおじさんが営業スマイルで言う。糖度とは言うまでもなくその食物の糖分の含有率=甘さの度合いを示している。特にその値が18ともなると、人間の味覚ではかなり甘いことになる。ちなみに、某県知事のおすすめ商品である『完○きんかん・た○たま』と同じ数値だったりもする。
滴る果汁。柔らかな果肉。その全てに大地と太陽の恵みが凝縮され、織り成すスウィートハーモニーはまさに、この世で一等愉快な奇跡である。
アヴァンは台に並べられたメロンたちを一つ一つ見つめ、そして中でも最も小さいものと中ぐらいのものを手に取った。
「旦那、これをくれ」
「小さい方はちょうど熟れ頃だよ。その分日持ちはしないがね。大きいほうは二、三日置くといい具合になる」
「ありがとう」
代金を支払いアヴァンは二玉の『幻の宇宙夕張メロン』を抱えてブースを後にした。その足取りは実に軽やかだ。
ちなみに夕張メロンとは、日本は北海道・夕張市で栽培されたメロンのことを言う。赤身の果肉と豊かな甘さが特徴の、高級フルーツである。そしてトランスバール皇国に夕張というメロンの名産地があるかどうかは定かではない。
ふと目を上げると、
「おじさ〜ん! このイチゴくださいな」
桃色の髪の天使が買い物籠片手にイチゴを買っていた。そのノンキさに思わずつんのめったが、気を取り直してアヴァンは陽気な同僚に声をかける。
「ミ、ミルフィー君?」
「アヴァンさんじゃないですか〜。奇遇ですねっ」
「まったく。それで君も食材探しか?」
「はい! パーティは三日後ですから!」
そう、パーティなのだ。アヴァンとエンジェル隊がこの話をタクトから持ちかけられたのはちょうど四日前のことである。
(ヴァニラの誕生日パーティをやりたいんだ。協力してくれないか?)
ちょうど終戦記念の特別休暇の最中で、アヴァンはユウとユキを連れてテーマパーク巡りをする予定だったのだが急遽予定を変更してヴァニラへのプレゼント探しをしていたのである。無論ユウとユキは散々駄々を捏ねたが事情を知ると一転、アヴァンを引きずって高級宝石店に乗り込もうとしたので今はエルシオールの自室で留守番をさせている。
ちなみにタクトもあれこれ悩んでいたらしかったが、過去数十回ものブライダルを成功させてきた自分(実はコーディネーターの資格持ち)の経験をあれこれ聞かせてやると一目散に町へ飛び出していった。
「やっぱり食い物系はダメか……ミルフィーにはかなわんからな」
「えへへ〜、ありがとうございます。でもアヴァンさんはどうするんですか?」
「ちょっとした小物とか探してみるさ。あと、このメロンは一個君にあげよう」
「わぁ、幻の宇宙夕張メロンですね? これはシチューにするとおいしいんですよ」
シ、シシシシシ、シチューッッッ?
アヴァンはあまりに意外な単語を聞いて激しく動揺した。普通、メロンをシチューに入れたりはしないからだ。時折、彼女は突拍子もないことを言うから心臓に悪い。
しかしすでに(今度作ってみるかなぁ……)と感化されていることにも気付かず、アヴァンはふと浮かんだ疑問を口にした。
「ところでランファは? 一緒じゃないのか」
「一昨日から『デートに言ってくるのよん』って出かけたきり音沙汰無しです」
それはある意味マズいんじゃないだろうか。特別休暇中といっても一応軍人という立場であることに変わりはないわけで、緊急時にはちゃんと連絡が取れないと困るのだが……
(ま、いっか!)
アヴァンは難しく考えることを放棄し、歩き出した。
「じゃあまたな、ミルフィー。エルシオールで会おう」
「は〜い」
銀河天使大戦 The Another
〜破壊と絶望の調停者〜
第二章
番外編 バースデー風筑前煮・生クリーム仕立て
ダダダダダン トトトトトトトッ
銃声を絶えることなく鳴り響かせながら、荒野を二人の男女が駆け抜ける。その後ろからは奇々怪々なエイリアンたち(どこかのゲームで見たことがある)が津波のように追いかけてくる。その数はすでに数万を超えていた。
「まだなのか、ランファ!?」
「も、もうすぐですっ! アポロさん、前!」
ランファとアポロことアポリオンの前方2km辺りの地面にぽっかりと開いた大穴が見えてくる。これこそが二人の目指す場所、
「見えました、『べ〜た』の巣ですっ!」
「ここに恋愛成就のまじないに必要な『灰色11番』があるんだなっ!?」
ランファがセレクトしたヴァニラへのプレゼントは、まさに自分の得意分野であるおまじないだ。しかも今回はトランスバール中でも極めて困難な『次元超越恋愛成就法』という、なんともウサンクサイもの。
そしてこのおまじないに必要なものは『白龍の玉』『天馬の涙』『玄武の甲殻』と呼ばれる三種類の鉱石と、さらにこれらを融合させるための潤滑液『灰色11番』である。
『灰色11番』はトランスバールの辺境・オルタネリア星に生息する多種形炭素生命体『べ〜た』の巣にあると言われており、過去にも多くの冒険者や英雄、勇者がこの難攻不落のダンジョンに挑んでは呆気なく背後から頭をかじられて失敗した。その中には伝説のロ○の勇者もいたというから、もはや哀れむことしか出来ない。
ランファはこのダンジョンの突破を試みるに当たって助っ人を呼んだ。第一章番外編以降、メールのやり取りを続けていたアポリオンである。メールでアポリオンの生活習慣を把握していた彼女はアポ無しで、ビールをラッパ飲みしながら大通りを歩いていた彼をカンフーファイターのアンカークローで捕まえてここまで引っ張ってきたのだった。
閑話休題。
「てやっ!」
「とおぅッ!」
穴に飛び込んで追跡をかわし、二人は肩でぜいぜいと息をした。かれこれ四時間半、40kmもの距離を走り続けてきたのだ。無理もない。
しかし休むのもつかの間、ランファは立ち上がった。世界の平和のために、かけがえのない友たちの幸せのために……なにより今後の研究のためにここで止まっている時間はないのだ!(最後の動機が不純)
「行きましょ、アポロさん。約束の日まであと三日です」
「ああ、そうだな」
頷き立ち上がるアポリオンだったが、内心ではある未解決の懸案事項が引っかかってしょうがなかった。ランファがいとも簡単に自分の居場所を探知したこともそうだが、重要なのは本業――――――諜報関係だ。
ヴァル・ファスク事件が表面化する前から、皇国の不安定な状況に対し皇族中心の政治を強化・継続させようとする保守派と、軍事力の増強と配備で乗り切ろうとする強硬派が対立を見せている。両陣営が掲げるスローガンを端的に解釈すると『シヴァ女皇のもとで、みんな一緒にがんばりましょう!』か『新たな力が、必ず皆さんを守ります!』という感じになる。まあ要するに、皇族に頼るか兵器に頼るかの違いである。
こちらの問題はまだ表沙汰になっていないが、いつ国家の存亡を左右するほどの混乱へ発展してもおかしくない。故にアポリオンも不測の事態に備えていたのだが、ビールをかっ食らいながら通りを闊歩していては説得力に欠けるというもので。
「アポロさん!?」
「ん? 囲まれたか」
物思いに耽っているうちに、数十体の『べ〜た』に包囲されてしまっていた。さすがにこれはピンチである。
「止むを得んな。よし、秘奥義を使おう」
「え!?」
いきなり秘奥義である。これにはランファも目を丸くした。この、惜しげもなく自身の切り札を使ってみせる。これほどの男らしさはかの皇国の英雄も持ち合わせてはいなかった。
実はランファにとって彼と直接会うのはこれで四度目である。一度目は始めてであったテロ事件。二度目は街で偶然声をかけられて。三度目はメールで会う約束をして。そして今回の助っ人が四度目。会う度に胸の鼓動が大きくなるのを彼女は実感していたし、これが本物の恋だと信じて疑わなかった。
しかし分からないことが多い。明らかに名前は本名ではないだろうし、自分のことをあまり語らない。何より全身に漂う緊張感が、ランファを不安にさせるのだった。
そんな恋する乙女の感情など知る由もないアポリオンは、腰だめに拳を構えると大きく息を吸い、叫んだ。
「喰らえッ! ホクット・パァァァンンチッ!」
「E?」
叫びながら彼は拳を突き出し、そのまま『べ〜た』の群れを突進する。というか歩いていく。一歩、二歩、三歩……歩くたびに拳がどこかの『べ〜た』をかすめ、次々になぎ倒した(え?)。
これにはランファも思わず声が裏返ってローマ字表記に変わってしまった。彼女が正気に戻った時にはすでに敵の包囲網は完全に消滅していた(何だと?)。
「ア、アポロさん? 今の一体……』
「これか。これは俺が長年の修行の末に編み出した秘奥義『ホクット・パンチ』だ。拳を突き出したまま歩くことによって遠く離れた敵にも攻撃を当てることが出来る、画期的な技だ」
つまり、放ったまま固定した拳を歩いて相手にぶつける技である。これを思いつくには凄まじいほどの実戦経験と柔軟な発想力が求められ、分かりやすく言うならドラ○エでいうところのレベル80ぐらいの強さだろう。
しかし『べ〜た』も負けていない。さらなる増援が洞窟のあちこちから現れ、再び二人を取り囲む。しかも今度は全長が五十メートルはあるだろうという巨大なタイプが何体も群れに混じっている。
これはさすがに洒落にならない。
「今度はどうするんですか?」
「よし、アイツを呼ぼう」
言ってアポロは大仰な動きで天に向かって右手を突き上げて指をパチンと鳴らし、
「来ぉぉぉぉぉいぃッ! アウトロゥゥゥゥゥゥッッッ!」
五秒、
「…………」
十秒、
「ん、おかしいな?」
二十秒経ってもアポロの相棒は姿を見せるどころか返事の一つすら返してこなかった。ランファが気まずそうに視線を逸らし、ひゅう、と冷たい風が吹きぬける。
二人は無言のまま『べ〜た』を倒し続けていった……
一方、マスターの命令を無視したアウトローはと言うと、
『ご、ご主人様〜気持ちいいですか〜?』
「うーん……極楽だねぇ〜」
自室のベッドでうつ伏せになったフォルテに一生懸命エステ・マッサージを施していた。その健気な姿は、もとより犬耳美少年ということもあって思わずメイド服をチップ代わりに与えたくなるほどである(事実、多くの女性クルーからメイド服やゴスロリドレスをもらっている)。ちなみに今日は執事風の黒のズボンにシャツ、ベストと蝶ネクタイというマニアックな格好だ。本体であるバイクは部屋の隅でアイドリンク中である。
その時、不意に少年の動きが止まった。
(ぴぴぴっ……あ、マスターからの緊急呼び出しだ)
ということは、アポリオンは今、滅多にないようなピンチに陥っているに違いない。本来ならば他のあらゆる用事を放り出してでも助けに行かねばならないのだが……
(優先順位確認……1、フォルテご主人様。2、エンジェル隊の皆さん。3、エルシオールの皆さん……12、ユウさんとユキさん。13、クルーの皆さんからもらった洋服……128、マスターもしくはアヴァンさんのメロン)
驚くべきことに本来のマスターであるアポリオンは、アウトローの中では128番目に優先される……というかメロンと同レベルというあたり実際にはまったく大事ではないらしい。しかもアポリオンよりもらったゴスロリ服やらメイド服やらのほうが重要というから恐ろしい。ちなみにアヴァンはアポリオンよりも優先度は低く、順位は『300番以降』だそうだ。
「ん? アウトロー、どうしたんだい?」
『いえ。ご主人様、肩もだいぶコッテマスネ?』
「最近銃を撃ってないからねぇ……もういいよ、ありがとさん」
『はい』
言われるままマッサージを終了すると、そのままフォルテに抱きかかえられる形でベッドに倒れこむ。というか引き倒された。半ば強引なやり方だったがアウトローの顔に嫌悪の色はない上に、逆に頬を真っ赤に染めているではないか(なんてこった!)。
「ご、ご主人様?」
「昼寝だよ、昼寝。一緒は嫌かい?」
『い、いえそんな……でもヴァニラさんのプレゼントはどうするんですか』
ああそれか、とフォルテはチェストの方を指差した。そこには綺麗にデコレーションされた小さな箱が置かれている。もう用意してあったらしい。
「安心したね」
『はい』
「じゃあおやすみ、アウトロー」
『おやすみなさい、ご主人様』
一緒にシーツを被って二人は甘い眠りを享受する。もぞもぞとシーツが動いたり、甘い喘ぎ声が聞こえたり、時折ベッドが激しく揺れたりしないことが奇跡に思えるゆきっぷうだった。
◇
一途な仲間の恋を応援すると見せかけて、やんわりと笑いの種にする。
それがミント・ブラマンシュの計画の根幹である以上、彼女はこの問題と対決せねばならなかった。これはある意味宿命だったと言ってもいい。それだけに直面した事態は必然性を帯びていた。
「どちらに……いたしましょう?」
デスクに座るミントの前には二つのプレゼントの案が書かれた書類がある。
一つ目は「新しい愛の巣はいかがですか? 草原にたたずむ超高級別荘進呈」だ。これはブラマンシュ財閥が新たに開拓したリゾート惑星の中でも、一番人気の別荘を丸まる一軒あげてしまおう、という太っ腹な案である。
「こっちも、捨てがたいですわ」
もう一つは「これで明日からお休みゲット! 皇国軍幹部のスキャンダル集」だ。これは、ブラマンシュ財閥・情報部が総力を挙げてピックアップした現役官僚たちのあのネタこのネタを一枚にまとめたディスクをあげるから、これを使って休みを脅し取れ、という太っ腹というか犯罪である。
どちらも値が張るといえばそうなのだが、張る値の意味が違いすぎる。常識的な観点からすれば後者はもう明らかにタクトを失脚させるための罠としか思えなかった。
「しかたありませんわ。こちらにいたしましょう!」
そう言ってミントはスキャンダルディスク案をシュレッダーにかけた。できれば普通すぎるものをプレゼントしたくなかったのだが、仕方がない。明日は我が身、である(?)。
◇
ちとせとしては、恋敵であるヴァニラにどうしてプレゼントを贈らねばならないのか、という感情がなかったわけではない。しかし今は新たな想いに気付いてしまったおかげで別段苦になってはいない。
そういうわけで彼女は今、部屋で必死に編み物をしていた。一週間で一メートル以上のマフラーを作るのが目標である。現在はようやく五十センチといったところか。
「ふう、少し休みましょう」
そうつぶやいてちとせは網掛けのマフラーをテーブルの上に置いて、緑茶を注いだ湯呑みを手に取った。そこから少し視線を上げると返ってきた父の遺品である軍帽がある。
それに指を伸ばし、目を閉じると亡き父の背中が鮮明に見えた。今なら父のすべてを誇らしく語ることが出来るとちとせは確信している。しかしその背中に彼がかぶって見えてしまうことが、彼女を驚かせていた。
気付いたのは少し前、形見の軍帽を受け取った夜のこと。彼にこの帽子をかぶらされた時だ。
ほんの一瞬だけだが、大きく包み込まれる暖かさを確かに感じたのだ。かつて幼い頃、父の背中に感じたものとまったく同じ優しさと厳しさ。
(だからって、タクトさんを諦められたわけじゃない)
彼に感じたそれが果たして恋愛感情なのか、正直ちとせには断言できずにいる。けれど、彼の温もりに安心できるのは事実なのだ。
こうして夜は更けていく……
夜が更ければ良からぬ事を企てる輩が現れるのもまた事実。現に、ここエルシオールの艦長室に二人ほど邪悪(というほどではないが)笑みを浮かべる二人がいる。
アルモとレスターその人である。
「こっちがひきわり納豆でぇ、そっちが小粒納豆でぇ」
「それがおろし納豆で…、あれが黒酢納豆で…」
二人のプレゼントは言わずもがな、大好きな納豆の詰め合わせだ。人によっては嫌がらせにしかならないこの贈り物も、二人からしてみれば世界中から集めた秘宝の山のように見えている(らしい)。
「ふっふっふぅ……」
「くっくっくぅ……」
危うしタクト、お前の明日はどっちだ!?
◇
アヴァンは必死に悩んでいた。
明日がパーティ当日なのでもはや時間はない。メロンという食い物系プレゼントを断念せねばならない以上、彼の頭で思いつくのはアクセサリーぐらいしかなかった。しかしアクセサリーの代表格である指輪はタクトがきっと持ってくるだろう。かぶったら最後、自分はエンジェル隊に射殺されかねない。
というわけでアヴァンは今、最後の砦であるアンスに知恵を借りるべく必死に頭を下げている最中なのだった。
「頼む! ちょ〜っと買い物に付き合ってくれればいいから、な? な!?」
「いやです」
「即答するなっ!!」
涙目で叫ぶアヴァンを尻目にアンスは読んでいた書類をファイルに戻した。かなりご立腹のようで、こめかみがひくひくと動いている。
「私は今、貴方が壊したコスモの修理で忙しいんです。休暇なんて名ばかりなんです。だからさっさと帰ってください。っていうか眠いんでもう寝たいんですけど」
ヴァル・ファスク戦役の最終局面でアヴァンが独断先行し、例の大型機動兵器と派手にやりあった結果がこれである。コスモは機体のフレームの殆どを修正し直さなければならず、エンジン以外のあらゆる機関、機構は全交換せねばならないほどのダメージを受けていた。
おかげで唯一といっていい専門家であるアンスはその作業に借り出され、悠長に休む暇など、どこにもないのであった。
「よし、分かった!」
「何が?」
「今夜は俺が添い寝してやろう。だからちょっと買い物に付きあぶふぉっ!?」
思いっきりアンスの右ストレートを顔面に食らってアヴァンは大きくのけぞった。さらに顔を真っ赤にしたアンスが罵倒する。
「な、な、何言ってるのよ!? この馬鹿っ! 好色家っ! ケダモノっ!」
それ以前に会話が微妙にかみ合っていないことをご存知だろうか。
「はっはっは。口調が素に戻ってるぞ」
「っっ!……だいたい、添い寝だけで済ます気なんかないくせに」
「そりゃあ、いつもキスから先はお預けだからな」
何だかんだで愛の告白より先にキスをしてしまった二人なのだ。アヴァンとしてはそこからさらに親しくなりたかったりするのだが、アンスのガードが異常なまでに固くて上手くいかない。おかげでモーションをかけては照れ隠しのアッパーやらフックやらを喰らって退散するのがパターンになっていた。そもそも正式に恋人関係になったわけでもないので、なおさら事情は複雑だ。
しかし今日は違う。鉄拳を喰らっても彼はアンスの前から動かずにいる。その決意の程(?)を感じたのか、彼女は少し困惑した。
長いようで短い時間が流れ、その唇が掠れそうな言葉を紡ぎ出す。
「そ…………なら」
「ん?」
「添い寝だけなら」
「へ?」
アンスの意外な言葉に思わずアヴァンの顔が緩む。アンスは真っ赤な顔を逸らしたまま、口を尖らせて告げた。
「添い寝だけって約束するなら、いいけど」
「ぬぅっ……!」
「仲間との約束は破らない、って言ってたでしょ?」
おずおずと見つめあげるアンスに、表にこそ見せないがアヴァンはもう己の感情を抑えるのが精一杯な感じだった。しかし仲間と強調する辺り、まだ抵抗があるらしい。
この初々しい反応、掲載先の変更というどうにもならない壁さえなければ今ここで押し倒したいぐらいである。正直添い寝だけで我慢できる自信もないくらい、今のアンスは可愛いのであった。
「条件としては、かなり破格だと思うけど」
「あ、ああ。分かった。じゃあそういうことで」
切り替えの速さはアヴァンの自慢できる数少ないことだ。彼は颯爽とアンスの手を取り、引っ張るように歩き出した。
「ちょ、ちょっと!?」
「ほら行くぞ? 早く行かないと店が閉まるだろ」
「ヴァニラのプレゼントって……私はもう買ってあるのに」
「俺が買うんだよ。文句言うな」
「私はまだ仕事が!」
「俺が明日まとめてやってやる!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら通路を歩いていく二人を見送って、ユウとユキは溜息をついた。いくらアヴァンのためとはいえ、他の女と町に出て行く姿を見なければならないことは二人にとって辛いことだ。
「まあ、アンスお姉ちゃんは私も好きだけどさ」
「………まだ、割り切れないよ」
「私たちは私たち、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」
「うん……明日はたくさん、おねだりしよ」
「賛成〜!」
「じゃあお姉ちゃんの仕事、やろ」
「うげ」
二人はアンスのデスクの上に積み上げられた書類の山を見上げ、やっぱり溜息をついた。そろそろ実家にでも帰ろうか。
◇
そしてバースデーパーティ当日。
食堂はただいま改装中というので、急遽ティーラウンジに料理を運んでもらっての開催となった。まあ、ヴァニラには休暇中という理由から事前にまったく知らせていなかったので、本人はもの凄く驚いているわけだが。
「あの……ミルフィーユさん」
「どうしたの? あ、ヴァニラったら照れてる〜」
頭を撫でるミルフィーユはハイテンションだ。去年もヴァニラのバースデーパーティはやったのだが、前回と今回ではまったくもって異なる点があった。
「やあ皆、休暇中のところをすまないね〜。ありがとう」
そう。今日はタクトがいるのだ。
「いいんですよぉ! ヴァニラのためですもん。パーティも大好きだし!」
「ミルフィーはおいしい料理を作って食べれればいいんだもんね」
「ち、ちがうよぉ!」
ランファの指摘に頭からぷんすかと湯気を噴かして怒るミルフィーユ。その後ろではミントとちとせが何やらひそひそと話し合っている。フォルテはアウトローに着せたゴスロリドレス(ついにやっちまった、こいつ……)を見てぼうっとしていた。
ともかく、宴は始まった。ムーディなジャズピアノ(ピアニストはなんとケーラ先生の親友)をバックに乾杯。今回はフォルテも禁酒令(戦勝パーティの惨状が原因らしい)が下っており、オレンジジュースでの参加である。
料理があらかた無くなったところで本日のメインイベントの始まりだ。
?「ハッピ〜バースデ〜♪ ヴァ〜ニラ〜♪」
?「ハッピ〜バースデ〜♪ ヴァ〜ニラ〜♪」
新旧艦長コンビのタクトとレスター(何故か声がバリトン)が若干音のずれた声で定番の歌を歌い上げ、ミルフィーユ特製のバースデーケーキに蝋燭の火が灯る。
「………」
「どうした? ヴァニラ」
「高すぎて、息が届きません」
「ミ、ミルフィィィィィッ!?」
ランファが吼えてミルフィーユが泣きながら謝る。なにせバースデーケーキは、その高さなんと2m40cm。ヴァニラの身長は132cmだから、まあ届かないことは見ての通りである。タクトが肩車をすることで事無きを得たが、背が届かないことで泣きそうになったヴァニラの表情はしっかりココがカメラに収めていたりする。
そこでメインイベント第二弾、プレゼントお渡し会の開催である。音頭をとるのはこのところ出番のなかったクロミエ。
「ほんと、久しぶりですよね。第二章の七節ぐらいから出てないですもん」
そういう細かい事情は無視して欲しい。そんなことを言ったら一話限りで逝ってしまったレスターの親父さんが可哀想である。
「ではまずはミルフィーユさんからですね」
「私は、こんなの作ってみました!」
そういって彼女が持ってきたのは金太郎飴だった。あの、どこを切っても切り口が同じ絵になるという、トランスバールでは伝説上の飴である。
「二本あるんですよ。ヴァニラと、タクトさん!」
なるほど、一本の飴はヴァニラの顔で、もう一本はタクトの顔になっている。変化したまま戻らなくなった紫の髪もしっかり再現されているから芸が細かい。
「そして次、ランファさんお願いします」
「わたしはぁ、これよ! お守り!」
ランファが取り出したのは宝石の原石だった。いや、原石のように見えるだけでしっかり加工されており、ちゃんとキーホルダーになっている。色は青、白、ブラウンの三色が溶け合うように描かれており、しかし混ざり合う色特有のくどさのない、透明感のある一品だ。
「トランスバールでもっとも希少とされる石を使って作ったのよ。恋愛成就は元より、色恋沙汰から安産祈願までばっちり効果テキメンなんだから」
むしろ自分が欲しいのではないだろうか。そして安産祈願は気が早すぎるのではないだろうか。ヴァニラを除くその場の全員がそう思ったが、決して口には出さないでおいた。
「続きまして、ミントさん。お願いします」
「今回は珍しく贅を尽くした一品をご用意いたしましたわ」
ミントが持ってきたのは別荘のパンフレットだ。間取りやら設備やら、周囲の景色がどうのこうの。そして値段は聞いて驚け、
『さ、三億ギャラぁ〜〜〜〜〜〜!?』
「これを無料で進呈いたしますわ。もちろん、後日請求などといった詐欺まがいのことはいたしません。どうぞ愛しい彼との愛の巣として使ってくださいまし」
無料で進呈すると言っておきながら、後から代金を請求する。それは詐欺まがいではなく立派な詐欺で、言うまでもなく犯罪である。よい子の皆は決して真似してはいけないぞ?
「おほん、ではフォルテさん。どうぞ」
「あたしゃ、これだよ。アウトローと一緒にね」
渡された箱を開けると、そこには木製の写真立てがあった。少々歪ではあるが、フレームには上品な装飾が彫り込まれており、アットホームでありながらも高級感溢れる仕上がりとなっている。
『ご主人様が素材から選び、毎晩時間をかけて丁寧に作ったんですよ』
「考えたのはアウトローだけど、ね」
ちゃっかりフォローを入れるアウトロー。フォルテは決して自分からそういう事は言わない人間なので、こういう一言を添えてくれる誰かがいるのはありがたい。
「ではですね。ちとせさん、どうぞ〜」
「先輩に気に入ってもらえればいいんですけど」
そしてちとせはヴァニラの首に、そっとプレゼントをかけた。
緑色の毛糸で編まれたマフラーは長く、実に1m50cm近くあった。当然これは一人用のマフラーではない。さらにちとせは余ったマフラーを隣に立つタクトの首へまわす。
「お似合いの、カップルですよ」
ヴァニラがはにかみながら小さくありがとうと言い、ちとせも目尻に涙を浮かべながら頷く。どうやら恋のライバル関係は一段落したようだ。
そしてここまでは上手くいっていたのだが、逆に言えばここからがまずかったのである。
まずオペレーター一同から新生活応援キッチンセット(鍋三種類、包丁三本、フライパンetc, etc…)を見たミルフィーユがヴァニラにもらえないか、と交渉開始。無論、ランファが開始三秒で阻止した。
さらにここで艦長&副官、レスターとアルモのプレゼント『必殺! 宇宙納豆スーパー詰め合わせ』が炸裂。あまりのことにリアクションに困るヴァニラを見かねてか、タクトがレスターの頭をスリッパで引っ叩くという珍しい光景が繰り広げられた。
ケーラ先生のコーヒーメーカーでようやく場の空気が和んだかと思えば、ヴァニラ親衛隊の持ってきたプレゼントのペットことジャーニー(宇宙ライオン・♂)が大暴れして危うくタクトが食べられそうになって、親衛隊ともども退場。
かくしてバースデーパーティはまるでベトナム戦争並みの緊張感が漂うようになってしまった。平然としているのはヴァニラとミルフィーユだけである。
「さ、さて……続きまして、ア、アヴァンさんから……ガクッ」
ついに力尽きたクロミエ。宇宙ライオンを取り押さえるための囮役を全うした代償である。以降、司会役はミルフィーユに引き継がれることになった。
「では俺のプレゼントの前に、一緒にユウとユキ、アンスのも渡してしまおうか」
まずアンスが用意したのはネグリジェだった。高級シルクによって女性の夜を快適なものとする、西欧文化の結晶である(ホントか?)。
しかし、やはりユウとユキはマズい物を持ち出してきてくれた。本編に登場する予定は一切ない、アレである。ピンク色でデブデブで、見るからに可愛くないヌイグルミ。
『わー、ヴァニラさんお久しぶりです。私ですよ、ノーマうぐぐぐっ!?』
すかさずアヴァンがぬいぐるみの中からチップを抜き取り、ダストシュートへ叩き込んだ。ここまでなんとかシリアス風(エセ)に続けてきた銀河天使大戦が危うく原作アニメ風に変質してしまうところだった。
でもやっぱりぬいぐるみだけは渡した。没収して無かったことにするのも、もの凄く欲しそうな瞳を向けるヴァニラが可愛そうなので。
「………それで、だ」
仕切りなおすためにアヴァンが一度咳払いをした。
「俺からはこれを。アンスに選んでもらったからあれだがな」
渡されたのは青のニット帽。サンタが被っているあれから淵の毛をはずしただけのシンプルな作りだが、しっかり頭文字である『V』が縫いこまれている。これでV字状のレーザーが発射できれば文句無しのというほどの出来栄えだった。
「さて、これで残すは本命だけだな………まあ、ここは雰囲気を重視して部屋で二人っきりになってから貰いなさい。あいつも周囲の視線が気になってしかたないだろうし?」
「う、まあ……ね」
アヴァンに睨まれてたじろぎならタクトが苦笑した。
ともかくこれでパーティはお開きである。後は恋人たちの時間だ。エンジェル隊共々、そそくさとラウンジから退散する。
◇
エルシオールがそんなハッピーな雰囲気に包まれている中、取り残されたアポリオンは一人、『べ〜た』との戦闘を続行していた。ランファの大冒険のおかげで戦闘の規模が巣から半径五百kmまで拡大したため、衛星軌道上で監視待機態勢だった皇国宇宙軍第三方面・第四番機動艦隊が戦線に投入される大惨事にまで発展していた。
正直言って、ヤバイ。
『HQよりアルファ、チャーリー両隊へ。敵一個師団が三時方向より接近中。各機は警戒せよ』
『チャーリー・リーダー了解!』
『アルファ・リーダー了解!』
発進準備を進める脱出艇を守るのはG Planが開発した次期主力人型兵器、EMS−02『ヘクトール』だ。陸戦用に30mm速射ライフル砲とロケットランチャーで武装した『ヘクトール』40機……一個中隊規模の戦力が地上の研究施設からの脱出艇の周囲に展開する光景は圧巻だ。
この『ヘクトール』は先行量産仕様で、頭部ユニットにギャラクシーと同タイプのものを使っている。正式配備用には簡易化したゴーグルタイプが装備される予定らしい。
アポリオンもその内の一機を借り受けて(正規パイロットの高町中尉はトイレで昏倒している)出撃していた。それだけの権限を与えられている諜報員も珍しい。
「こちらブラック1。HQ、応答しろ」
『こちらHQ。どうした、ブラック1』
「脱出艇の発進まであとどれだけかかる」
『準備完了まで十二分だ。全周囲を警戒せよ』
「ブラック1、了解」
その時、アポリオンの後方―――――――七時の方向で盛大な爆発音が轟いた。地中を進んでいた『べ〜た』が地表に出現し、補給中だったエコー隊と接敵したのだ。
『エコー2、フォックス1!』
『エコー6、前に出るな! エコー6!』
『HQ! 砲撃支援要請! 座標T−33−61!』
完全に不意打ちだったらしく、戦況が混乱している。しかも出現地点が脱出艇に近い。アルファ、チャーリー隊は三時方向からの敵を迎撃していてカバーに入ることは難しく、デルタ隊とブラボー隊は一時間前の戦闘で全滅している。ブラック隊もアポリオン以外の機体は損傷が激しく放棄されていた。さすがにパイロットは無事だが。
「仕方ない! HQ、エコー隊にはブラック1がカバーに入る!」
『HQ了解。制限時間に注意せよ』
バーニアを噴射させて跳躍、脱出艇を飛び越えながらロケットランチャーを遠方の巨大『べ〜た』に照準する。
「沈めッ!」
発射されるロケット弾は荒野の空を飛翔し、敵の頭部を吹き飛ばした。さらにアポリオンは機体を着地させると同時にライフルの斉射で安全を確保する。
「エコー隊は応戦しつつ後退! 損傷の激しい機体は放棄して脱出艇へ行け!」
『しかしそれでは……』
「ここでの貴官らの実戦経験は必ず役に立つ。生還することを優先しろ!」
『エコー1了解! 感謝する!』
さて、とライフルのマガジンを交換しながらアポリオンはカメラで周囲を見回した。敵の数はざっと100以上。近接格闘用装備のない状態でどこまでやれるか分からないが、たまにはこういう緊張感も必要だ。
「いくぞ……外道ども!」
◇
「アヴァン」
「ん? 変なシーンがかぶったな」
「いえ……間に合ってよかったですね、プレゼント」
「まあ、な」
自室への帰り道、不意にアンスが言った。彼女の背中ではユウが豪快な寝息を立てている。答えるアヴァンの背中でもユキが「行け、ディープイ○パクト……内側から刺すの」などと寝言をのたまっていた。
あの後パーティはお開きになったのだが、フォルテとランファが中心になった二次会に参加したため、こうして部屋に戻る時には日付が変わっていた。
「あのニット帽がどういう使われ方をするか、楽しみだ」
「またそういうことを……考えたのは私なんですから」
そうなのだ。結局アヴァンはいいプレゼントを見つけることが出来なかった。彼のいたたまれなさに、ついにアンスが自分のプレゼントに便乗することを持ちかけたのである。
もともとあのニット帽はネグリジェとセットになっていた。そこをアヴァンがニット帽に若干手を加えて(つまり、『V』の刺繍である)自分のプレゼントに仕立て上げたのだ。
「君には感謝している。色々と」
「色々ですか」
「ああ、色々だよ」
気付けばもうアヴァンの部屋の前だ。本来ならアンスの自室は整備班の区画にあり、ここへはユウとユキを送り届けるために立ち寄ったに過ぎない。
部屋のベッドに二人を寝かせると、少し間を置いてアヴァンは静かに尋ねた。
「このまま君の部屋に行ってもいいか?」
「…………」
いつもなら「下心丸見えよ!」とか言って殴り倒すところなのだが、アンスにはそれが出来ない理由があった。
昨日の晩、約束に従えばアヴァンが添い寝をするはずだったのだ。しかしプレゼントの件で彼は徹夜をする羽目になり、今日の夜に延期される運びに。
「昨日の添い寝ですか?」
「それもあるけど……」
「あるんですか」
「話しておきたい、こともある」
普段からは想像も出来ないような、悲しい光を湛える蒼の瞳。それに訴えかけられては、例えどんな事情があったとしても、アンスに断ることは出来なかった。
「どうぞ」
「あ、ああ」
招かれるままに部屋に入ったアヴァンは、その質素ぶりに少し驚いたようだった。何の飾りのないクローゼットとデスクはおよそ女性が暮らしているものとは思えない。デスクにおいてあるピクチャースタンドには、ヴァニラと彼女がたくさんの宇宙ウサギを抱えて笑う姿が収められていた。
あとは支給されたままになっている。G Planの責任者に任命されて任官し、士官用の個室として与えられてから、この部屋は恐らくその形は今まで殆ど変えていないのだろう。
「それで、話というのは」
「………そうだな」
特に茶化したりするわけでもなく、アヴァンはベッドに腰掛けた。他人が座るための余分な椅子も、この部屋にはなかった。
「話っていうのは、まあ……あれだ。俺の昔話だ。のろけ話とも言うけど」
「……それで?」
「俺には昔、恋人がいた。遠い昔だ。家族も、親友も、何もかも失った世界で、俺は彼女に巡り会った……」
当時はまだアヴァンも少年から大人に変わる境目にいた。互いに独り身であったこともあって二人は強く惹かれて合っていった。戦争という現実から逃れながらも住む場所を見つけ、新しい生活を始めて……少年は少女との未来を確信して疑わない。
「それが、リンスという人ですね。最終決戦の後のコスモのミッションレコーダーに、あなたが呟いたその名前が残っていました。彼女との間に何があったかは知りません。けど……まだ忘れていないんでしょう?」
「…………そうだ」
「……っ!?」
「そして、リンスは君と瓜二つだった」
「だった?」
「もう、いないんだ。俺が……殺してしまったから」
その事情は断片的ではあるがユウとユキから聞いている。ハーネットと呼んでいたあの機動兵器。旧時代の頃にアヴァンはそれと交戦した経験があった。そして当時、ハーネットを操っていたのがそのリンスという少女だったのだ。
どんな理由があったのかは分からない。しかしアヴァンにとって彼女を殺す以外の選択肢はなかったのだろう。少なくとも、ヴァル・ファスク戦役後に回収したハーネットの残骸から、搭乗者であったカミュ・O・ラフロイグらしき肉片を発見したことから、そう思えてならなかった。
しかしまるで絵に描いたような答えだ。それも悪夢ともいえる予感が的中した、最悪の結末。少なくともアヴァンの好意を信じていたアンスにとって、これは耐え難い衝撃となって心を揺さぶった。
彼は自分を見ていたのではない。自分と重なって見える少女を追いかけていただけに過ぎなかったのだから。
「なぜ、こんなことを……話すのよ」
できることなら、ずっと隠しておいて欲しかった。知らなければ死ぬまで笑いあっていられたのに。こういうところまで死んだ父にそっくりだということに、アンスは憎しみさえ覚えた。
「知っておいて欲しかったからだ」
これも父と同じ、自分勝手で自己満足な台詞。
「知って、どうしろって? 私を傷つけて、突き放して――――――」
「俺はそれでも……」
刹那、アヴァンの唇がアンスの言葉の続きを塞いでいた。そのままベッドに押し倒し、つながった唇を離して彼は告げる。
「君に知って欲しかった。拒絶してくれてもいい、蔑んでくれてもかまわない。それでもこの事実を偽ってまで、君を守れるとは自惚れていないぞ」
虚偽に彩られた世界よりも、確かな真実を。それは最愛の少女への懺悔なのだろうか。
エオニアとの最終決戦、あえて窮地へ身を投げ込んだのも……リンスという少女と因縁のある、あの機動兵器に対して感情をむき出しにしたのも。すべては自分の無力さを否定したかったから?
(……違う)
アヴァンは過去と決別したかったのだ。あの少女に縛られたままでは自分と一緒には居られない、と。何より彼女の安らかな眠りのために。だから何もかもを告げたのだ。
「本当に……」
「?」
「本当に、自分勝手なんだから。父さんと一緒」
父さん、と聞き返すアヴァンの口元に指を這わせ、アンスは口を開く。
「父さんも自分勝手だった。言いたいことは全部言って、思っていることは全て押し付けて。それで最後は何も言わずに戦場に出て行って、死んだわ」
「軍人だった?」
「傭兵よ。それ以上は知らないし、教えてもらえなかった。母さんもその後すぐに病気で……私は一人でここまで来た」
「………」
「貴方、父さんにそっくりなの。自分勝手で不器用で、けど私のために一生懸命で……これはさすがに自惚れかしら」
顎を撫でていたアンスの指を、アヴァンの指が絡め取る。二人の視線が重なり、溶け合った。
「確かめてみるか?」
「……先に言っておくけど」
「ん?」
ぷい、とそっぽを向きながら、アンスは頬を真っ赤に染めた。
「初めて、だから」
「は?」
「だから……初めて」
「よく聞こえないぞ」
「初めてだって言ってるでしょ! ワザと、それ!?」
至近距離で炸裂するフォントサイズ28の大音量には、アヴァンもさすがにたじろいだ。しかし恥ずかしい台詞を遠慮なくこのビッグサイズに変換するゆきっぷうもデリカシーゼロである。
「えー……あ〜、なんだ」
「今度は何ですか?」
「了解した」
「ふん……バカ」
横を向いたままのアンスの顔を正面に向けさせて、もう一度アヴァンが告げる。今度は迷いのない、真っ直ぐな眼差しで。
「アンス」
「何?」
「愛してるぞ」
「………私も」
「へ? 何?」
「分かってて聞かないで!」
◇
「ここなら、大丈夫かな?」
「そう、ですね」
展望公園、その噴水広場の前でタクトは辺りを見回して安全を確認する。何せ一世一代の大決戦である。まだヴァル・ファスクとの最終決戦のほうがリラックスできた……と思う。
噴水の側のベンチに腰掛けて、二人は天蓋越しに見える星空を見上げた。ついこの間まであそこで戦争をやっていたとは思えないぐらいの平穏さに、つい笑みがこぼれる。
「綺麗です、ね」
「うん、綺麗だ」
だからかこんな台詞しか出ないのはお互い同じである。しばらく二人きりで過ごす時間がなかったせいか、どう接したらいいのか戸惑っているのだろう。それもすべてはタクトがプレゼント探しでエルシオールを留守にしていたからだ。
無論、事情を知らないヴァニラとしては不満があるわけで。
「そういえば、タクトさん」
「どうしたの」
「休暇中、何をしていたのですか?」
とまあ、鋭い指摘が入るわけでございます。
「あ、えーと……あはは、そうだなぁ」
「じー………っ」
「うーん」
不満全開で睨まれてはさすがにタクトも居住まいを正さねばならない。ごまかす必要は無し。想いの全てをストレートにぶつけるだけだ。
「はい、これ」
前言撤回。ストレート過ぎです、マイヤーズ大佐。
「? ? ?」
案の定、ヴァニラは混乱した。差し出された小さな箱が何なのかさっぱり理解できていないご様子。まさか十五歳でこんなものをもらうとは、当の本人には到底予想できないだろう。
「これは?」
「プレゼントだよ。ヴァニラの誕生日プレゼント。さ、開けて」
言われるままにリボンを解いて紙の箱を開けると、今度は紫の柔らかな生地でコーティングされた小箱があった。さらにそれを開くと……
「指輪、ですか?」
「エンゲージリングってやつ」
淡い光沢を放つプラチナリングは一切の豪奢な装飾を持たず、ただその裏側に小奇麗な文字で「Vanilla & Tact」と刻まれている。
「エンゲージ、リング……」
「その……将来結婚することを約束した恋人に送る指輪らしいんだけど」
「あっ?」
「俺と結婚してくれ、ヴァニラ」
プロポーズが誕生日プレゼントとは、タクトもなかなかロマンティストである。
一方のヴァニラはこの突拍子もない展開にあふれ出る感情をコントロールできなかったらしく、ぽろぽろ大粒の涙を流し始めたではないか。
「え? ええ? ちょ、ヴァニラ? 落ち着こう、な?」
「っく、うぅ……無理……で、す」
「でも……ああ、くそぅ」
いい言葉が思いつかず、ヴァニラの小さな体を抱きしめることしか出来ない自分に悪態をつく。こういう時に限って混乱してしまう自分が恨めしい。
しばらくするとヴァニラも落ち着いてきたのか、タクトの胸元から顔を離してこちらを見上げてきた。
「大丈夫かい?」
「はい……ごめん、なさい」
「へっ!?」
一瞬、背筋が凍りつく。いきなり「ごめんなさい」と拒絶の言葉が胸に突き刺さったことでタクトの表情が強張った。
「違うん、です。その、嬉しくて」
「え? あ、じゃあ」
「はい……指輪を、お願いします」
差し出される左手の幼い薬指に、慎重にリングをはめる。そのまま手を重ねあい、お互いの温かさを感じながら見つめあうと妙に気恥ずかしかった。
「これからは、ずっと一緒だからな」
「はい、ずぅっと……一緒です。……あなた?」
「あはははは!」
いきなり「あなた」と呼ばれてはもう限界だ。嬉しさと恥ずかしさに大爆笑するタクトを、本気で怒ったヴァニラがいつぞやのどす黒いオーラを噴き出させて睨む。
「ご、ごめんよ。でも急に変えるのも変だろ? ゆっくりでいいさ」
「…………はい」
まだ不機嫌なヴァニラを膝の上に乗せて、タクトは微笑んだ。
「このままさ」
「はい」
「皆とも、ずっと一緒でいたいな。ミルフィーユがクッキー焼いて、ランファがそれをつまみ食いして、ミントとフォルテがそれを横取りしようとして、ちとせがそれ見て右往左往して……それから皆でブリッジのレスターとアルモをからかって、と」
「それをするのはタクトさんだけです」
「おっと。まあとにかく、ケーラ先生もクロミエもクレータ班長も、それからアヴァンもアンスもアウトローも、このまま一緒にやっていきたいよな」
それでもいつかは別れが来る。生きている限りそれは必然なのだ。その悲しみを乗り越えることはきっとできない。こんなに深い絆でつながった仲間だから、絶対に出来ない。
「みんな、一緒です」
「そうだな」
「私は……ずっと一緒です。何があっても、タクトさんと一緒です」
「俺も一緒だ。絶対に離れないし、放さないから」
固く誓い合う二人。
世界が別つその時まで、その想いと絆は決して滅びることはない。
永遠の愛。
君に会えた、蒼いこの銀河で
きっと歴史が生まれる
Angel in my Heart…
銀河天使大戦 The Another
〜破壊と絶望の調停者〜
第二章
出演
ミルフィーユ・桜葉
蘭花・フランボワーズ
ミント・ブラマンシュ
フォルテ・シュトーレン
ヴァニラ・H
烏丸ちとせ
タクト・マイヤーズ
レスター・クールダラス
ケーラ
クレータ
クロミエ
アルモ
ココ
ルフト
シヴァ
シャトヤーン
ノーマッド(???)
アヴァン・ルース
ユキ・ルース
ユウ・ルース
アンス・ネイバート
アポリオン(アポロ)
アウトロー
神代久美
大上院通弘
シェイル・マンハッタン
ブレーブ・クロックス
以下、敬称略
演出
ゆきっぷう
アヴァン・ルース
シナリオ
ゆきっぷう
ヴァニラ・H
メカニック・デザイン
ゆきっぷう
アンス・ネイバート
フォルテ・シュトーレン
オリジナル・キャラクターデザイン
アウトロー
監修
強敵(とも)・T
スペシャルサンクス
この作品を読んでくださった皆様
現場監督・製作指揮
レスター・クールダラス
総監督
シヴァ女皇陛下
美姫様
プロデューサー
ゆきっぷう(死刑確定)
エグゼクティヴ・プロデューサー
氷瀬浩さん
原作
Galaxy Angel
コミック版Galaxy Angel
TV版Galaxy Angel
BROCCOLI
BROCCOLI・BANDAI VISUAL
BROCCOLI・BANDAI VISUAL・TVO
Ryou Mizuno, Megumi Tsuge
KANAN
提供
トランスバール皇国行政府・国民広報部
PAINWEST様
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流れは逸脱する
本来在るべき道筋を逸れ
破壊と絶望の支配する銀河へ
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次回
銀河天使大戦 The Another
〜破壊と絶望の調停者〜
第三章
背負った宿命に英雄が堕ちる時、
新たなる天使が銀河に羽ばたく……
第十六回・筆者たちの必死な解説コーナー
ユキ「こんにちは。第二章番外編・バースデー風筑前煮生クリーム仕立て、お楽しみいただけたでしょうか?」
ユウ「ゆきっぷうは諸事情によりアヴァンと一緒に各方面を走り回っているので、今回は私たちがお送りしま〜す! よろしくね☆」
アンス「よろしくね☆……じゃないでしょうっ! 何なんですか、このでたらめすぎる内容はっ!?」
ユキ「全然平気。余裕」
ユウ「そうだよ? ただでさえアンスお姉ちゃんが美味しいとこ取りなんだからね。私たちなんかぁ、出番ほとんどもらえないんだよ?」
ユキ「お給料もらえなくて、ぴんちです」
ユウ「ぴんちなのだぁ〜!」
アンス「それで結局、今回は休暇編とか言いながらアヴァンとタクトの恋愛に焦点が当てられていましたけど?」
ユウ「ゆきっぷうが言うには『幸福の絶頂』を目指したらしいよ。シリアス続きで乾いた心に愛と勇気のサプリメンぷぎゅっ!?」
(ユウの顔にクリームパイがヒットする)
ユキ「それ、使いまわし」
ユウ「さっすがだね、ユキ。一発でわかっちゃった?」
(顔のパイをふき取る)
アンス「しかし『幸福の絶頂』とは大仰ですね……確かに以前に比べれば遥に明るい雰囲気でしたけど。でもあの『べ〜た』はやりすぎではぷぎゅっ!?」
(アンスの顔にクリームパイがヒットする)
ユキ「そこはツッコミ禁止……らしい」
アンス「そうでしたか。ともかくこのパイはなかなか美味しいですね」
(顔についたパイを食べるアンス)
ユウ「たくましいねぇ。まあ、そういうわけでタクトはヴァニラにプロポーズして犯罪者決定?」
ユキ「アウ(アヴァンのニックネーム)と同じだね。アウも私とユウに同じことしてたから」
アンス「何気なくシヴァ陛下も口説き落としていたみたいですし、案外甲斐性無しな気もしますが。これも惚れた弱みって所かしら」
ユウ「それ違うよ。そういう時は徹底的におしおきしなきゃ!」
ユキ「そうそう。今回はこれを使う」
(拷問器具、アイアン・メイデンを引きずってくるユキ)
アンス「ま、まあほどほどにね」
ユキ「そういえば、アンスお姉ちゃん?」
アンス「何ですか?」
ユキ「アウと一緒のときだけ口調がちょっと違うね」
アンス「(ぎくぅっ!)な、なんのことかしらね」
ユウ「はいはい、図星と。ところでアウトローがついに女装にまで手を出した(実際は半強制)件はどうしよう? っていうか危うくフォルテ姉ちゃんとのベッドシーンまで書くつもりだったみたいだし、ゆきっぷう」
アンス「私とクレータ班長の積年の想いが結晶となったアウトローです。どんなシチュエーションでも対応できるはず」
ユウ「反応するところが違うって。このままだとゆきっぷうが腐女子って断定されちゃうよ? そうなるとアヴァンも………」
ユキ「タクト×アヴァン……気持ち悪っ」
アンス「これは忌々しき自体です。早急に対策を練らなければ」
ユウ&ユキ「「そもそも、あんたが腐女子なんじゃ?」」
アンス「では今日はこの辺で! お読みいただきありがとうございます、次回もお楽しみに!」
ユウ&ユキ「「に、逃げるなぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」」
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シヴァ「腐女子とは何なのだ?」
シャトヤーン「さあ?」
アウトロー『検索中………検索中………けん、さ、く……プツッ――――』
アポロ「アウトロォォォォォォォォゥゥゥゥッ!? おのれ、フォルテめ! 俺のアウトローになんてことをしてくれたんだ、コンチクショゥッ!」
フォルテ「悪いけどアウトローはあたしのだよ」
甘い、甘いよ〜。
美姫 「甘々だわ」
うーん、素晴らしいです!
美姫 「確かにね」
こんな甘々も良いね〜。
美姫 「第三章も気になる所だけどね」
とりあえずは、この甘々の余韻を。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
待ってます。