残骸漂う戦場で皆は呆然としていた。緑の燐光が舞い散る中、居たはずの戦友を捜し求めるがその姿はどこにもありはしなかった。静まり返った宇宙は何も答えてはくれない。
ネフューリアとの決戦。幾度かの撃ち合いの末、勝利したはずのタクト。
―――――――だが彼は敵艦諸共、虚空の彼方へ消え去ってしまった。
「…………」
回線の向こうではエルシオールのブリッジの喧騒や、必死に呼びかけ続けるエンジェル隊の声が聞こえてくる。その諸々を無視してアヴァンは己の思考に埋没していた。
最後に確認された現象は間違いなくクロノドライブだった。そして追い詰められた敵が最後に取る手段と、敵旗艦の進行方向、最も近い攻撃目標と成り得る拠点を脳裏に列挙し吟味する。
「――――――」
すなわち、得られる結論は唯一つ。
「全員、聞け! ネフューリアは本星に向かっている!」
もっと早く気付くべきだった。ネフューリアの目的は皇国への侵攻及び制圧。だが彼女の根底を支配するのは敵を根絶やしにせんとする無限の憎悪。ならば劣勢に追い込まれた今、あらゆる手段を以って目標の達成に出るだろう。
それも確実に、そして大量に民衆を抹殺できる手段で。
『どういうことだ!?』
モニターの向こうでレスターが問い返してくる。
「奴は自分の艦を本星に落とすつもりだ。あれが地上で爆発すればどれほどの被害が出るか分からんぞ!」
『だが―――――!』
「ちとせ、ドッキングだ! 補給後、短距離クロノドライブ! エルシオールはサポートを!」
『アヴァンさん、いったい何を……』
困惑するちとせに優しくアヴァンは語り掛ける。泣く子をあやすように。
「シャープシューターの精密射撃能力なら敵艦の中枢を一発で撃ち抜ける。コスモとドッキングすればクロノドライブ後に短時間で追いつくだけの推力も得られる。それに……」
『それに?』
「タクトも同じことを考えるはずだ。違うか?」
『あ………はい!』
すぐさま機体を操作してコスモとドッキングするシャープシューター。爆発的な加速でエルシオールまで帰還し、
『アヴァン!』
「どうした、アンス」
『たった今、白き月から連絡がありました。ネフューリア艦が衛星軌道上にドライブアウトした、と』
「了解だ。急ぐぞ」
『アヴァン』
「ん?」
『帰ってきてくださいね。待ってますから、ユウとユキと三人で』
アヴァンはただピッと指を振って答えると、シャープシューターとドッキングしたコスモを発進させた。間もなくクロノドライブに移行して飛び去った機影を、アンスたちはずっと見つめていた。
銀河天使大戦 The Another
〜破壊と絶望の調停者〜
第二章
第九節 Will is never Die
あちこちから炎を吹き上げながらネフューリア艦の黒いシルエットは刻一刻と本星に迫っていた。すでに眼下には星の広大な蒼が広がっている。
「くっ……ヴァニラ、無事かい?」
「はい、何とか」
互いに無事を確かめ合う二人。だがギャラクシーの損傷はかなりのものだった。三つあるシールド発生器の一つが破損した状態ではクロノドライブの反動を完全に相殺することはできなかったようだ。
左腕の装甲は七割以上剥げ落ち、フレームが露出している。右足も同様だ。
頭部はかろうじて無事だったが、メインカメラの片方が潰れている。
七番機とのジョイントも耐久度の限界が来ていた。
右腕に装着していたハイパーキャノンはかろうじて無事だったが、エネルギーバイパスの一部が損傷し、あと一回撃てれば御の字といったところだ。
「これまで――――――いや」
ネフューリア艦を破壊する手段は残されていない。だがまだ何とかなるかもしれない。何かできるかもしれない。このままじっと指をくわえているなど耐えられない。
ヴァニラも考えることは同じらしく、振り返ったタクトの視線に頷いて返した。
「あと少し、持ってくれよ」
背部の総合兵装ユニットを切り離し、機体のあちこちを軋ませてギャラクシーが立ち上がった。完全に潰されたブリッジから開いた大穴―――――その奥を生き残ったセンサーを総動員してスキャンする。
次第に機体の、艦体の温度が上昇していく。大気圏への突入が始まったのだ。できることならヴァニラだけでも脱出させてやりたかったが、このタイミングではそれもできない。
いや、と一瞬だけ浮かんだ考えにタクトは首を振った。彼女は言ったのだ、一緒に連れて行ってほしいと。大切な人を失くしたくないと。
そして……
「これは、核か!?」
艦の兵器ブロックに核弾頭を搭載した大量のミサイルを発見した。それも惑星アトムで使用されたものとは比べ物にならないほど強力な、である。
ネフューリアは恐らく、徹底抗戦する勢力に対する最終手段としてこれを用意していたのだろう。そもそも侵略戦は敵の領土を奪取する目的で行われる。しかしその領土を吹き飛ばしては元も子もないのである。
アトムでの戦慄が蘇る。これが地表に落ちれば大陸の一つは沈没し、本星上のあらゆる生命体は死滅してしまうだろう。
「なんて置き土産だ……」
「タクトさん。阻止限界まであと五分しか」
「こうなったら――――うわっ!?」
足元の甲板が剥がれ飛び、それに巻き込まれてギャラクシーもバランスを崩してしまった。設置面が消えたことによりネフューリア艦からどんどん引き離されていく。
「しまった!」
宙に放り出されながらも機体を再び七番機とドッキングさせ、タクトは絶望感に飲まれかけていた。
姿勢を立て直すギャラクシーなど知らぬとばかりにネフューリア艦は蒼の星へ引きずり込まれるように落ちていく。質量差ゆえに重力に引かれる度合いも違う。その差を埋めるべく背に負った七番機の推進器を全開にするが、いかんせんダメージがひどく出力が上がらない。
「この……動けぇぇぇぇぇっ!」
渾身の叫びと共にスロットルを一気に押し込む。
刹那、ギャラクシーの双眼に力強い光が灯り、スラスターがフレアを吹き上げ、凄まじいスピードでネフューリア艦に追いすがり追い越して前面に出た。機体を反転させ、落下を続ける巨大な鉄塊の全貌を捉える。
圧倒的な存在感。
紅の嵐を巻き上げながらこちらに迫ってくる。
ギャラクシーでこれを破壊する方法はただ一つ。右腕が動き、漆黒の砲身がゆっくりと狙いを定めた。機体を逆加速させてネフューリア艦との距離を保ち、キャノンへエネルギーを注ぎ込んでいく。
だが揺れが激しく制振システムがほとんど役に立たない。このままでは正確な射撃は不可能だ。エンジンも甲高い悲鳴を上げている。いつ機体が爆散してもおかしくなかった。
(まだだ、まだなんだ。まだ、俺たちは終わっちゃいない!)
照準システムをマニュアルに切り替えるが状況は変わらない。トリガーに掛けた指がじっとりと汗ばんでいく。
重力の引かれて落ちる感覚。
胸に広がる絶望を振り払えずにいるタクトの意識を、後ろから優しく包み込む腕がある。
「ヴァニラ?」
「大丈夫です。きっと、大丈夫」
温かい。それだけで指の震えが止まった。全身の緊張がさらりと、嘘のように消えていった。
そして摩擦熱で徐々に装甲が剥がれていく中、ギャラクシーのエンジンが限界を超えて駆動し始める。どくん、と胸を打つように、優しくそして熱い鼓動がタクトを、ヴァニラを、ギャラクシーを満たしていく。
真紅の世界に白銀の翼が大きく羽ばたき、ついに天使が覚醒した。
天使の銀翼。
紋章機がその真の力を発揮する時に出現するといわれるそれは、七番機本体の両サイドからギャラクシーを守るように広がっていく。
「ヴァニラ……」
「はい」
「戻ったらパーティをしよう。ミルフィーのケーキに、ランファのカレー。ミントの紅茶で乾杯だ。フォルテには飾り付けをしてもらって、ヴァニラは胃薬を頼むよ。会計処理はちとせにしてもらおう。もちろん、予算は全部軍持ちで」
「いい、ですね」
互いに笑みを交わす。
恐怖はない。
ロックオンカーソルが重なるその一瞬、タクトは迷わずトリガーを引いた。
閃光と共に一筋の光がネフューリア艦を正面から突き破り、食い破り、貫いていく。搭載された核弾頭が一斉に起爆し、巨大な火球が跡形もなく艦を吹き飛ばした。
そして発射の反動と爆発の衝撃でギャラクシーは左腕を引き千切られ、一気に地表へ向かって加速していた。使用不能になった右腕のハイパーキャノンを切り離し、なんとか減速しようと試みるが推進器の殆どが爆発のショックで機能を停止している。
もはやこれまでか。
星に引かれて落ちながら、タクトは愛しい少女と一緒ならそれも良いと思った。
――――キラッ
だがモニターの端に映った光点に二人はあわててカメラを合わせた。
光点はこちらへ怯むことなく直進してくる。向こうもすでに大気の摩擦熱に晒されているはずだ。しかし次の瞬間にはコックピットへ響いた声にタクトは目を見開いた。
『タクト! 無事か!?』
「あ、アヴァン?」
コスモを機体上部に乗せ、シールドを最大出力で展開したシャープシューターがギャラクシーと同じ軌道に進入してくる。さらに接近し、コスモの右腕が差し出された。
『掴まれ!』
「ああ!」
コスモがその腕をいっぱいに伸ばし、ギャラクシーも残った右腕を突き出す。荒れ狂う摩擦の暴風の中で、二機の手は確かに互いを繋ぎ止めた。同時に七番機を切り離すと、それはあっという間にギャラクシーから離れ、大気の摩擦に輝きながら重力に引かれていく。
貴重なロスト・テクノロジーの結晶は、かくして宇宙へと還っていった。
一方、ギャラクシーがコスモに半ば抱き止められる形でシャープシューターに取り付くと、タクトの前に呆れ返ったアヴァンの顔が映し出された。
『こんな状態でよく動いたな。普通ならとっくの昔に燃え滓になっている』
「あはははは、ホント……驚きだ」
『もう少ししたら着陸だ。それまでじっとしてろ』
「じゃあ、昼寝でもさせてもらうよ。もうクタクタだ」
通信が途切れる。
コックピットの中で抱き合いながら眠るタクトとヴァニラの姿を想像して、アヴァンは苦々しく呟いた。ここまでバカップルぶりを発揮されては、もはや溜息をつくしかない。
――――――まあ、安心できるんだがな。
どうやら最悪の事態を免れたことだけは確からしい。ふっとアヴァンが笑みをこぼすと、それを見ていたのかちとせの笑う声が聞こえてくる。
「お二人らしいですね」
「まったくだ」
数分も経つと機体を襲う振動が収まってきた。雲の切れ間から覗く、眼下に広がる大地を見つめているとちとせが大気圏突破を知らせてきた。
『摩擦なし。減速、開始します。針路は?』
「針路修正、首都中央広場に降下する」
『え?』
「シヴァが用意してくれている」
『了解です』
次第に視界が晴れてくる。轟々という強風をものともせず、シャープシューターは一路、トランスバールの首都上空に接近する。徐々に高度を下げていくと地上の様子がより克明に見えてきた。
「ちとせ、着陸はVTOLでな。ギャラクシーは俺が引っ張る」
『はい』
高度二千メートル。
アヴァンはちとせに一通り指示を出し、自分も機体をシャープシューターから離れさせる。無論、ギャラクシーも抱いたままだ。
まず逆噴射を掛けて機体を減速させながら、所定のポイントへ降下していく。困ったことにタクトはまだ寝ているようなのでギャラクシーは微塵も動こうとはしない。まあこれだけのダメージを受けているだから、動けと言うのも無理があるのだが。
「しかし、これまた盛大なお出迎えだな」
広場の外周を埋め尽くす民衆が固唾を呑んで二機の着陸を見守っていた。見れば宮殿側に用意された巨大なステージでは皇室付のオーケストラが待機している。さらに言えば、シヴァまでステージの上で踏ん反り返ってこちらを見ているではないか。
軽い振動と共に二機が広場に降り立った。アヴァンは着地を確認し、まずギャラクシーを無理のない形で跪かせ、そしてコスモも同じように膝をつかせる。それに遅れること数十秒、シャープシューターがギャラクシーたちの後ろに着陸した。
そしてコックピットハッチを開き、タクトが姿を見せると周囲から歓声が一斉に巻き起こる。
英雄の凱旋を人々は笑顔で祝福する。
ここ数ヶ月、皇国は不穏な空気に包まれていたにも拘らず、民衆の中には活気が溢れていた。
(いや、あいつがそうさせたのか)
アヴァンがつぶやく。タクトには人を惹きつける不思議な力があるのだ。ある種のカリスマとでも言えるだろうか。
大歓声の中、タクトとヴァニラが壇上に上がる。一際大きな喝采のあと、シヴァが終戦を高らかに宣言して式典が始まった。
タクトは新しい勲章を、ヴァニラは白銀のティアラを女皇から直々に授けられる。ヘッドギアを外してティアラを乗せようとしてサイズが大きいらしく、ずり落ちてきて困惑するヴァニラをタクトが抱き上げてその頬にキスをした。
―――――そして、エルシオールに戻っても。
ブリッジのゲートをくぐると、すでに集まって整列していた一堂が二人を迎え入れた。
「おかえりなさい。タクトさん、ヴァニラ」
いつもの笑顔でミルフィーユが出迎え、
「遅いわよ、このバカ!」
涙ぐむランファに抱きしめられ、
「式典は見ましたわよ。大胆ですわね、お二人とも」
ミントのにこやかな指摘に照れながら、
「無茶して、あんま心配させんじゃないよ?」
『奇跡的な生還でした。確立としては0.004109%以下です』
呆れながらも微笑むフォルテとちょっとズレているアウトローに礼を言い、
「おつかれさまでした。タクトさん、ヴァニラ先輩」
ちとせのささやかな変化に二人で目を丸くしたり、
『ヴァニラ様ぁぁぁぁぁっ! 我々親衛隊一同、ご無事のお帰りを信じておりましたぁぁぁぁっ!』
熱血系な親衛隊と(ちょっと引きながら)挨拶をして、
「精密検査しますから、後でちゃんと来てくださいね?」
ケーラ先生にしっかりと釘を刺されながら、
「二人ともありがとうございます。ちゃんと機体を持って帰ってきてくれるなんて」
満面の笑みを浮かべるクレータ班長に頭を撫でられて、
「よく帰ってきた。さすがは皇国の英雄殿だ」
「ご無事で何よりです、マイヤーズ大佐」
相変わらず熱々なレスターとアルモに敬礼をして、
「では改めてタクト、ヴァニラ……二人ともお帰り。よく頑張ったな」
仲間たちに囲まれて、蒼髪蒼眼の戦友と硬く握手を交わす。戦いが終わったことより、こうしてかけがえのない大切な人たちともう一度笑い合えることがこんなにも胸を一杯にしてしまって。
得たものは多く、
還らぬものも多く、
けれど自分たちにはこれからも生きていける場所がある。
それはきっと、何よりも大事なことで。
当たり前の日常がこんなに愛しくて。
「ああ……こんなに嬉しいことはないよ」
だから、自然と頬を涙が伝った。
拭いても拭いても雫は溢れ出して、命と平和の大切さを改めて感じた。
「はいはい! 湿っぽいのはそこまで!」
感涙に咽ぶタクトの首根っこをランファがつまみ上げた。これは結構痛いのだが、ランファはお構いなしだ。
「やるわよ」
「へ? 何を?」
きょとんと首をかしげるタクトに今度はミルフィーユが笑顔で言う。そして、その両手にはそれぞれ、超高性能自動泡立てマシン『立てるンです』とボウルが握られていた。
「パーティーですよ。エルシオールで戦勝パーティーをやるんです!」
◇
かくしてエルシオールの展望公園を会場に戦勝パーティーが始まった。用意されたテーブルに並べられる銀皿に盛られた料理の山に、さらに巨大な大鍋が数人がかりで運ばれてくる。
その光景を見ていたレスターが、タラリと冷や汗を一筋流しながらアルモに尋ねた。
「納豆がないな」
「そうみたいですね」
「俺はちゃんと頼んだはずなんだが……」
「聞き入れてもらえなかったんでしょうか」
がっくりと項垂れるレスターとアルモ。いつの間にやら納豆マニアの属性も付加されていた二人だけに、納豆の有無はこのパーティーの成否を占うほどのものだったらしい。
「あとで食べるか」
「ええ、部屋の冷蔵庫に小粒納豆があったと思います」
納豆、納豆とうるさいカップルは放っておくとして、大鍋カレーを物凄い勢いでかきこむランファを尻目にエンジェル隊の面々はタクトを肴に祝杯を挙げていた。
無論、主役はヴァニラである。それに対してタクトはすでに逆さに吊るし上げられて観賞用の張り紙がされていた。というのも、パーティー開始早々にヴァニラを膝の上に乗せて独占しようとしたところをエンジェル隊とアウトローに取り押えられたからだった。
ちなみに、アヴァンもアンスにセクハラをしたとかしなかったとかでタクトの隣で同様に吊るされていた。
「なあ、アヴァン」
「ん?」
「俺ら、主役だよな」
「言うな。俺だってアンスの膝枕で昼寝したいさ、ベイビー」
「ああ、俺だってヴァニラの膝枕で耳掃除してもらいたいさ、ジョニー」
「俺はジョニーじゃないぜ」
あまりに意味不明なやり取りをしながら涙を滝のように流し続けるアヴァンとタクト。哀しきかな、宴はもはや彼女たちの独壇場と化していたのである。
そして魔の手が今まさに、ヴァニラに襲いかかろうとしている。ゆっくりと獲物を追い詰め、確実に仕留めようと七つの影が彼女に迫っていた。
「えへへへ……ねえ、ヴァニラ?」
普段とまったく変わらない笑顔で迫るミルフィーユ。その手には何故かスコッチの注がれたグラスが握られている。
「おほほほほ、さあ教えてくださいまし」
普段どおりの含みのある笑みでヴァニラの右肩に手を掛けるミント。その手には何故か青リンゴサワー(チューハイ)の注がれたグラスがある。
「逃げるのはよくないなぁ? んん?」
すでに酔いが回っているのか、頬を真っ赤に染めたフォルテがニヤニヤとフヴァニラの背後をとる。その手には当然のように日本酒を並々と注いだお猪口が在った。
「わらひらってれすねぇ……タクトさんとぉ……あれこれしららったんれふよぉ?」
すでに呂律の回らないちとせが追い討ちを掛ける。そして彼女の手にも一杯のビアグラスが……
『あのぉ……それで僕は何をすればいいんですか?』
「アウトローは私たちと遊びましょ、ね?」
すべきことが分からず、犬耳をパタパタさせながら立ち尽くすばかりのアウトロー(擬人映像)。彼の場合、アルコールの摂取は不可能なので、テスターで味見するだけである。
しかし健気な犬耳少年は今この会場においてあっちこっちに引っ張りだこだった。クレータ率いる整備班と一緒に人生ゲームで遊び、ヴァニラ親衛隊の面々と共に日没の海岸に立ってヴァニラ愛の宣誓をし、挙句にはケーラ先生の愚痴を聞きながら涙を流した。
そして、今、ここに、究極のある意味居てはならないような人物が降臨する!
「確かにお前たちの馴れ初めには興味がある。よし、話してみよ」
『シ、シヴァ女皇陛下っっっ!?』
船に追い風、火に油。トランスバール最高権力者の登場である。こうなった以上、彼女たちに残された結末は血で血を洗う尋問劇しかなかった。
ミルフィーユのおたまが飛び、カレーを食べ続けるランファが転がった。ミントはべっこう飴を口に突っ込んでフゴフゴと叫び、フォルテとアウトロー(擬人)が情熱的なフラメンコを踊る。
阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中で尊い仲間たちの犠牲を物ともせずに、ちとせとシヴァはやっとの思いでヴァニラに質問をぶつけるところまでたどり着いたのだった。
「しゃあ、おひえひぇくらはい。ヴァニリャしぇんふぁい!」
「マイヤーズとはどこまでいっておるのだ!?」
そして、パンドラの箱が開かれる。
「×××が☆☆☆☆☆で????なところです」
ブシュウウウウッ……バタタッ
吹き上がる紅の噴水。頬を赤らめながら答えたヴァニラの前で、鼻血を盛大に撒き散らしながら二人の少女はついに失神したのだった。世の中には知らなくても良いコトがたくさんあるのです、はい。
◇
ようやく大地へ帰還したアヴァンが体を伸ばしながら改めてこの惨状を見て、出るのはやはり溜息ばかりだった。
草原を赤黒く染める鼻血。
大の字になって眠るエンジェル隊他、クルーの皆様方。その中でちゃっかり自室に引っ込んだレスターとアルモ。
そして食い散らかされたメロンの山。
「いや、それは俺か」
逆さに吊るされたまま唯一自由であった歯と舌を駆使して、カットすらされていないメロンたちを食べて食べて、食べまくったのである。その光景はもはや奇人、変人の域だった。
ともかく、宴はこんな感じで終わりを告げたのだった。会場を後にしようとアヴァンが踵を返すと、
「どこに行くのだ?」
シヴァに呼び止められてその足がぴたりと止まる。
「シヴァ……」
「少し付き合え。罰は当たらん」
そう言って歩き出した彼女にアヴァンもついていく。向かった先はエルシオールの展望公園だった。僅かに吹く夜風が人工的なものではあれ心地良い。
公園の中でも一際大きな木の根元に腰を下ろしたシヴァは静かに笑いを浮かべた。かすかに自嘲を含めた、そんな笑みだ。
アヴァンもその隣に腰を下ろすと、
「この戦いで、どれだけの命が散ったのだろうな」
ぽつりと、彼女はそう呟いた。
「私は彼らに何がしてやれただろう。兵士だけではない。巻き込まれた無関係な人々も。その身を以って道を拓き、平和への礎となった彼らに……」
独白。若くして国家の頂点に立った少女の、これまで押し殺してきた感情たち。
「エオニアの時もそうだ。私はただ守られるばかりで、自ら先陣を切って戦ったことなどあっただろうか。そんな私に『皇』たる資格など……」
ぽつり、と雫が草を揺らした。
「ああ、そうだとも! 私は臆病者だ! 戦いの怖さを知ろうともせずに誰かの後ろで号を下すだけの……卑怯者なのだ」
決して誰にも明かすことのない心情。タクトにもルフトにも、実母たるシャトヤーンにさえ押し隠してきた真実。それを誰が知り得よう。何人にも察せることなく、彼に対して吐露するまでは。
「誰も私を罰してはくれない。皆はただ『正しかった』と是するだけ。誰も私を……」
「責め立て、許しはしなかったか?」
こくりと少女が頷くと、アヴァンはそっとその両腕でシヴァを抱き締めた。優しく、包み込むように腕を廻し、髪を梳いていく。
「ア、ヴァン……」
「泣きたければ泣け。今だけだぞ」
それでもう限界だった。止め処なく溢れる涙が二人の服を濡らし、漏れる嗚咽がなりふり構わぬ泣き声に変わった。
確かにシヴァは強い。けれど常にそうとは限らない。その弱さを打ち明けられる相手がいない以上、ふとしたことで『弱さ』は蓄積していく。だが誰かがそれを解き放たなければならない。皇といえど人であるならば。
どれほどそうしていただろうか。泣き腫らした目元は赤く、頬も紅潮したままシヴァはようやく顔を上げた。その視線の先には、同じく女皇を見つめるアヴァンの瞳がある。
「アヴァン」
「ん」
「もう一つだけ……そうしたら、明日から女皇に戻れる」
「何だ?」
「私を抱いてくれ」
一瞬、彼の眼が見開かれる。だが次には顔を伏せただ一言だけ告げた。
「駄目だ」
拒絶。それだけは越えられぬと彼は告げた。
「そう、か………すまん、無理を言った」
理由は分かっている。頭では分かっているのだ。ちゃんと理解している。結局は身分の違い、背負う責任の違い―――――――住む世界の違いを。
しかしアヴァンはシヴァの髪を梳く手を止め、そのまま少女の顔を自分へ近づけさせた。突然のことに戸惑う彼女を無視し、
「んっ……んんぅ」
互いに舌を絡ませ、温もりを分け合う。そして永遠にも思える時間が過ぎた後、アヴァンは自分の唇を離した。
「だからこれで許してくれ」
「強引だな」
「お互い様だ」
もう一度見つめ合い、シヴァが笑う。その顔に先ほどまでの悲しみはもうない。何も言わぬまま二人はその場で別れた。まるでそれが当然であるかのように。
そしてシヴァは直感していた。これでもう二度と、私事でアヴァンが自分の前に姿を見せることはない、と……
◇
公園を出たところで、アヴァンはさっそく見つけた密偵の首根っこを掴んで吊るし上げた。よく見慣れたその制服の裾を左右に揺らして、密偵はおずおずとアヴァンを上目遣いに見つめる。
「あ、アヴァンさ〜ん。離して、くださ〜い」
「世の中には首を突っ込んでいいことと悪いことがある。そうだな、ちとせ?」
「そのぉ……離してください」
「駄目だな。俺にもいろいろ事情があってなぁ……よし、付き合え」
ずるずるとちとせを引き摺ってアヴァンが向かった先はティーラウンジの端に備え付けられたカウンター席だった。
「今日は俺の奢りだ。それで今回の件は他言無用、いいな」
そう言ってちとせの前に出てきたのは湯気を上げるホットミルクだった。それに対しアヴァンの手にはオレンジジュースが並々と注がれたグラス。
「お子様ですね」
「お互い様だろ。慣れない酒でへべれけになっていた君に言われるとは思わなかったが?」
「そう、ですね……でも私だって自棄になります」
「酒は二十歳になってからだ」
アヴァンも正直、真面目なちとせが酒の勢いであそこまでやるとは思わなかったのだ。まあ、今頃ヴァニラはタクトと一緒にベッドの中だろうが……
「私……もう誰かを好きになれないと思います」
唐突な彼女の独白にアヴァンは視線をグラスに向けたまま、胸中で毒づいた。
――――いやに今日は絡まれるな。厄日か?
「一度の失恋で大げさだな」
「一度じゃありません!」
「じゃあ、何度目だ?」
「知りません! もう……」
言わんとすることは分かる。だがアヴァンはその話題で話を進めたくはなかった。これ以上、気を他所に向けると黙っていないのが三人いるからだ。
「そういえばちとせ」
「はい」
「エルシオールに戻る前に皇国艦隊の指揮官と話をしていたようだけど?」
びくりとちとせが肩を震わせるのをアヴァンは見逃さなかった。
「もしかして、親父さんの話か?」
「はい……遺品をもらって。あと、父の最期を」
「そうか……」
「艦が沈むときも父は最後まで部下の身を案じて……それで、私……ううっ」
アヴァンの掌がそっとちとせの髪を撫でる。何度も、何度も赤子をあやすように黒艶の髪を往復する。次第に漏らす嗚咽も小さくなり、落ち着いたのを見計らってアヴァンは口を開いた。
「これで……」
「え?」
「これで親父さんも天国に行けるよ。自分の生き様を、大切な娘に伝えられたんだからな」
親から子へ語り継がれる気高き信念。それは人が人である限り永久に不滅だ。困難に立ち向かう時には胸に熱く燃え上がり、迷う時にはその道筋を照らす光になるだろう。
彼女の父親が殉職したのはかなり前―――――年端も行かぬ子供のころだったはずだ。それが長い時を経て、ようやく在るべき場所に帰ったのだ。
「ほら」
「え?」
アヴァンはちとせの両腕が抱く制帽―――――少し煤けていた―――――を取り、彼女の頭にぽすりと落とした。
「わっ、あっ」
「せっかく帰ってきたんだ。かぶってるところ、見せてやれ」
「は、はい!」
ぴんと背を伸ばして答えるちとせ。
緊張糸が切れたのか、その姿勢も数秒で崩れてアヴァンに寄りかかるようになって小さな寝息を立て始める。きっと夢の中で語らっているのだろう。
ちなみに後ろの方で霊感の強い何人かのクルーが、ちとせの後ろに立つ将校の幽霊を見たとか見なかったとか。
◇
結局、寝たままになったちとせを部屋まで送っていったアヴァンが自室に戻ったのは夜の十二時近かった。見ればユウもユキも一つしかないベッドを占領して、大の字になって眠っている。
「ずいぶんと遅い帰りでしたね。二人ともついさっきまで起きていたのに……」
「君も寝ればよかったろう」
ソファーに寝転んで欠伸混じりに言うアンスに苦笑する。
「またとないチャンスだもの……しっかり使わせてもらうわ」
「チャンス?」
「そう、貴方と触れ合う数少ない……ね」
アヴァンもアンスに半ば覆いかぶさるようにソファーに圧し掛かる。ただ、ムードランプに照らされる彼女の頬が紅潮していることをアヴァンはしっかりと見ていた。
「ずいぶんと余裕なさそうだな」
「あ、当たり前です! だ、だって……んんっ」
何か言いかけるアンスの口をアヴァンの舌がふさぐ。
「な、何をっ!」
「とりあえず、だ」
「え?」
「敬語は無し。OK?」
トランスバール暦413年、6月21日。
テラス4襲撃に端を発したヴァル・ファスク戦乱の終結を女皇が宣言。かくして再びこの銀河に平和が訪れた。しかし失われた無数の命たちは、決して家族、親友、あるいは恋人の下へ還る事はない。
その死に意味はあったのか。
父を失った娘。
母を失った息子。
娘を失った父。
息子を失った母。
親友の帰りを待ち続ける子供たち。
戦地に赴いた恋人を探す若者たち。
今もなお戦いの傷跡は広がるばかり。
だがそれはこれから考えていけばいい。兎に角、戦いは終わったのだ。ならばこれから時間はたくさんあるのだ。ゆっくり、間違えながらでも……
ある辺境の惑星。孤児院の南、白い花の咲き乱れる丘に一つの墓標がある。刻まれた名はシスター・バレル。ここはヴァニラが育った場所だ。
花を供え、少女は愛する青年と共に帰郷を果たした。かつての仲間はおらず、孤児院は廃墟となっていても、この丘の風景は変わらない。
「ただいま、シスター・バレル」
第十五回・筆者の必死な解説コーナー
ゆきっぷう「きらり〜ん! ついに第二章完結だぁぁぁぁぁぁっ!」
アヴァン「その割にはちと、色気がたくさん出まくりな感があるな」
ゆきっぷう「にゃ、にゃんですと!? それじゃまるで俺が欲求不満みたいじゃないかぁ?」
アヴァン「そうだろう。最近なんかマブ○ヴ・オルタネ○ティブをプレイして激しくウツになった挙句、執筆を一時放棄していたではないか! 『冥夜! 死ぬな冥夜! お前は武となんとかかんとか』言って」
ゆきっぷう「し、失礼なやつめ! 俺はそこまで落ちぶれてはいない! そりゃあ、確かにマブラ○やらずにいきなりオルタ○イティヴから始めたのはいけなかったと……じゃなくて!」
アヴァン「今回の話だろう? さっきも言ったがキスシーンが多くないか?」
ゆきっぷう「今まで重い話ばっかりだったからな。サービス、サービス」
アヴァン「いらん」
ゆきっぷう「ひどっ! いいじゃないか、愛のあるラストだべ?」
アヴァン「これで終わる気なぞさらさらないだろうが。俺の手元にはすでに“休暇編”なる台本が届いているのだがなぁ。無論、中は読まずに捨てた」
ゆきっぷう「せめて読め! せめて読んでから捨てて! ね、ね!?」
アヴァン「やだ」
ゆきっぷう「お願い」
アヴァン「ぜったいやだ」
ゆきっぷう「じゃあ今夜のメロンは無し」
アヴァン「拾ってきます」
ゆきっぷう「素直でよろしい。ではまた!」
アヴァン「どこに捨てたっけ……確か先週の生ゴミと一緒に……」
アウトロー『ちなみにマスターはどうされたんですか?』
アポロ「読まずに食べた」
ゆきっぷう「今回サボった理由はそれかぁぁぁぁぁっ!?」
アポロ「別にいいではないか」
ゆきっぷう「アルコール…いらないんだな?」
アポロ「安心しろ。ちゃんとパーティ会場から調達しておいた。コイツの実費で」
アヴァン「何を言っている? あれは子供のお酒だぞ?」
アポロ「む? それにしては異様に美味だったが……子供用の物であの味か。良い時代になった……(遠い目)」
アウトロー『マスター、一気に老け込みましたね』
アポロ「あ、アウトロー! いったいどこでそんな言葉遣いを覚えた!?」
ゆきっぷう「うむ。アウトローのA.I.を量子電導脳に換装した甲斐があった。これでアウトローは限りなく人間に近い知性と精神と思考を獲得したのだ!」
アポロ「何をやっとるんだ貴様はぁぁぁぁぁぁあああッ!!!」
アポロの両目から謎のビームが発射。
それに撃たれ、吹っ飛ぶゆきっぷう。
ゆきっぷう「あー、俺の00ユニットがぁぁぁぁぁぁあ」
アヴァン「すっかりマ○ラヴに耽っちまって……まあ、いいや。ともかくアウトローはこれからフォルテの相棒で決まりだから、大人しくお前は山に帰れ?」
アポロ「貴様らぁ、人の相棒に勝手に手を出しおってからに…。良い度胸だ。貴様ら全員表に出ろぉッ!!」
アヴァン「よっしゃ、上等だ! この間てめえに貸した酒代をこの際にキッチリ返してもらうぜっ!」
アウトロー「でも…みなさんと合流する前にアヴァンさんもメロンを買うお金をマスターに貸してもらっていたような…」
ゆきっぷう「ちょ、ちょっとマテお前達! た、ただの人間の俺を巻き込むなぁッ!」
アポロ&アヴァン「「嘘を吐くなこの人非人がぁっ(ッ)!!!」」
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クロックス「私の出番はもうないのか? まったく台本が送られてこないんだが……」
ネフューリア「仕方ないわよ。私達、死んでるんだから」
第二章も完結〜。
美姫 「おめでと〜」
ハッピーエンドでよかった、よかった。
美姫 「本当よね」
サービスシーンもいつもよりも増量だったし。
美姫 「ひとまず、彼らの戦いはこれにして小休憩って所ね」
うんうん。だが、まだ彼らを何かが待っている……はず。
美姫 「とりあえず、第二章はこれにてお終い〜」
お疲れ様でした。