ハンガーに固定されたコスモにメカニックたちが次々に取り付いていく。コスモの紫紺の装甲はあちこちがひしゃげ、削られ、引き裂かれていた。エンジェル隊以上に敵艦の懐へ飛び込んでいく戦法を行うため、必然的にその消耗も激しくなる。
傷だらけのハッチを開き、コックピットから顔を出してアヴァンが手近な整備員を呼んだ。機体の詳しい状態を伝えるためだ。
「左腕が異常発熱しているから冷却系のチェックを。あとコンデンサの二番を交換してくれ。フラッシャーエッジの整備は最優先で頼む」
「わかりました。ただ予備の装甲がないんで外装の修理はどうにもなりませんよ?」
「正確に動けばそれでかまわない。それとすまないがラジエータの調子も見てくれ。俺は休憩をもらうが不都合があったら呼び出してかまわない」
「了解です」
ネフューリアの先遣隊と戦闘が始まってから五十時間あまり。ようやく戦線を第一防衛ラインまで押し返すことに成功した皇国軍だが、その戦力は六割まで減らされていた。しかもまだ向こうには敵の本隊が控えている。はっきり言って見通しは悪かった。
「おーい、アヴァンさーん!」
「ん?」
呼ばれて声のする方を見ればエンジェル隊が格納庫の入り口に集結していた。何事かとアヴァンはコスモを降りていく。
「どうしたんだ? みんなそろって」
「もうすぐ白き月からの補給部隊が到着するって言うからね。みんなでお出迎えってわけだよ」
「ということは……完成したのか?」
「らしいですよー」
ガゴン、という振動と駆動音が格納庫に響き渡った。搬入用のハッチが開き、いくつものコンテナが次々と運び込まれてくる。そして、最後に到着したシャトルから、
「みんな、ただい……まっ!?」
踏み出した足は綺麗にタラップを踏み外し、ごろんごろんごろん、と転がり落ちる様は見事としか言いようがなかった。つぶれるような音と共に床に叩きつけられ、体を何とか起こそうとしたところでもう一度転倒。
「…………」
「…………」
みな口には出さないが思うことは同じである。すなわち――――
こいつについてって大丈夫なのか?
「はっはっは。どうしたんだい、皆。そんな神妙な顔して」
『いや、べつに』
頭から血をだらだらと流しながら笑うタクトを手当しようともしない。こいつら本当に仲間なのだろうか。
そんな冷めた空気を一掃するように、
「何やってんですか、大佐」
同じくシャトルから降りてきたアンスが突っ込みを入れる。だが温まるどころかむしろ凍り付いてしまった。なにせ彼女の顔にも白けきった表情が浮かんでいるのだから。
ともかく仕切り直しも兼ねて一行はブリッジに移動した。出迎えたレスターとアルモはコーヒーブレイクを邪魔されたためか非常に険悪な態度だ。相手を射殺さんかというほどの眼光をタクトに向けて、レスターはぶっすりとした声で言った。
「報告を聞こう」
「え、あ、うん」
一年前とはすっかり立場が逆転してしまった二人。いっそこのままレスターを主人公にしてしまおうか、ゆきっぷう。
「ギャラクシーと決戦兵器は今、紋章機の格納庫で最終調整中だ。物資の搬入は予定通りで、それと追加であるものが来ているよ」
「あるもの?」
「クロノブレイク・キャノンさ」
その場にいた全員に衝撃が走った。クロノブレイク・キャノンは先の大戦後解体され、白き月の中心部に封印されていたのだ。もはや使うことは無いはずだった兵器は、この火急の事態に再びその姿を現すことになった。
「もう取り付け作業は始まってる。あと一日もあればギャラクシーも含めて準備は整うはずだ」
「いつの間に……それでタクト、決戦兵器と言ったな」
「ああ」
「それはつまり、フィールドを突破してネフューリア艦を撃破できる方法があるってことだな?」
「………そうだ」
レスターの問いにタクトの表情が一変する。苦悩と焦燥の入り混じったその顔はあまりに彼らしくないものだった。
「タクトさん?」
「私が代わりに説明しましょう」
心配するヴァニラの声をアンスがさえぎった。
「今回の作戦には紋章機の七番機を使用します」
「七番機……?」
「以前より修復が進められていた機体ですが、ギャラクシーのブースターユニットを兼ねた総合追加兵装として改造しました。これにNCFキャンセラーを搭載し―――――」
「敵艦隊に特攻、ですわね?」
アンスは頷いた。表情を変えることなく、肯定の意を示したのだ。
これにフォルテが黙っていなかった。アンスの胸倉を掴み上げ、
「ふざけんじゃないよ! タクトに死にに行けっていうのかい!」
「他に方法はありません。それにシステムの都合上、エンジェル隊の一人に同乗してもらわなければなりません」
「はっ、この上まだ誰かに死ねって?」
「はい。……ヴァニラに」
その名を告げるときでさえ、アンスは顔色ひとつ変えはしなかった。
七番機を追加兵装として使用する以上、その起動や制御はH.A.L.Oを介して行うこととなる――――つまり紋章機のパイロットが必要なのだ。そして今、もっともシステムを効率よく駆動させることのできるパイロットは……
彼女しかいないのだ。
「そんなのひどいです!」
「そうよ、あんまりだわ!」
「人を兵器として扱うなんて……最低ですわ」
「見損なったよ」
「他に手はないんですか!?」
口々に憤りを叫ぶエンジェル隊の五人に、アンスはなおも冷たく言い放った。
「なら、あなたたちが何とかすればいいでしょう。あなたたちに敵の守りを突破して、蹴散らして、すべてを終わらせれば。できますか?」
「っ……」
「できないでしょう。けれど負けるわけには行かない。そうしたら手段など選んでいられないんです」
己の無力さを目の前に示されて口をつぐむ一同。だがタクトは意を決して口を開いた。
「俺が、俺が一人で行くよ」
「しかし、大佐それは……!」
「いいんだ。誰かが行かなきゃいけないなら俺が行く。それに、誰も犠牲にしたくないのは俺も同じだから」
「でも、タクトさん」
「大丈夫だよ。もう、誰も死なせないから」
そしてタクトはブリッジを出て行った。その背には悲壮も絶望もない。ただ一人の戦士が抱く気高き意志だけがあった。それはあまりに孤独で、手を伸ばしても届かないような、そんな気がした。
◇
格納庫のキャットウォークから作業中のギャラクシーを見つめるタクトはどこか気が抜けてしまっているようだった。
眼前にそびえる白銀の巨人は今も変わらずその威容を持ち、その無機質な両眼は虚空を見つめたまま。だがその眼に映るのは虚空ではなく己を待ち受ける戦場だろう、とタクトには感じられた。
思えば何度この機体に助けられただろうか。初陣において敵を撃破したその時からずっと。テラス4陥落の際にはあれだけ損傷しながらもタクト自身は軽傷で済んだ。惑星アトムの時も慣れない重力下での戦闘に対応して見せた。
パイロットの技量云々以前に、やはりこの機体が優秀だったからだ。でなければこれだけ戦ってくることなど叶わなかっただろう。
―――――それがその機体の宿命というものだ
(?)
脳裏に響く重い声。夢で聞いたあの声だ。けれどそれもほんの一瞬のことで、ただの空耳かと思えばその通りだった。
しかし実際の問題として、彼のみの力でギャラクシーとその追加兵装を使いこなすことは困難だった。そもそも紋章機が艦隊を圧倒するだけのパワーを発揮できるのは高出力のクロノストリングス・エンジンをH.A.L.Oでさらに増幅しているからに他ならない。そしてタクトにH.A.L.Oが扱えない以上、起動させることすらおぼつかないのだ。だからといってヴァニラを連れて敵旗艦に特攻するなど、できるはずもない。だが勝つためには……
ノアに今回の作戦を聞かされてからずっとこの堂々巡りが続いている。彼にその答えを求めるのは酷なことだったが、彼以外に答えを出せる人間はいない。
「タクトさん……」
「ヴァ、ヴァニラ?」
振り向けばその少女の姿があった。ただまっすぐな瞳はタクトを見つめている。どうしたのかと問う前にその小さな口が告げた。
「来てください。私と、一緒に」
◇
ラウンジに集った五人のエンジェルは各々に憤り、悲しみに暮れていた。己の非力さ故に、戦いの非道さ故に。そして何より、仲間と信じていたアンスの冷徹な態度に故に。
どうして彼女はここまで人間性を無視できるのか。エンジェルたちにはそれが理解できないでいた。それはブリッジのレスターたちも同じだ。
これが戦争である以上、犠牲を出さずに切り抜けることはできない。しかし誰もが何も失わずに済むことを望んでいる。みなが幸せに生きていられる世界を夢見ている。
だがそれは理想論に過ぎない。今も目の前に敵は迫り、迎撃するためには何かしらの犠牲を伴う。
分かってはいるのだ。彼女を責めるべきではないと。何をすべきか、と。
「あぁ、そうだよねぇ」
長い沈黙の末に、フォルテがつぶやいた。
「ホント、どうかしてたわ」
「まったくですわね」
ぐっと背を伸ばしたランファの横でミントが微笑を浮かべる。
「ええ、ですから」
「わたしたちもバーンとがんばりましょう!」
ちとせとミルフィーユの言葉に皆が頷く。もはや戦うことに迷いはない。自分たちは死にに行くのではない。仲間を死に追いやることでもない。共に戦い、共に生還し、共に勝利の喜びを分かち合うのだ。
すべてはこの銀河に生きるすべての輝ける未来のために。
そしてあの二人のために。
◇
連れてこられた先はヴァニラの部屋だった。いまだ彼女の意図を分からずにいるタクトが声をかけると、
「ヴァニラ?」
「そこに腰掛けてください」
言われた先にあるのはベッドだった。ヴァニラが普段寝起きしているシングルベッドである。一応椅子はあるのだが、彼女がそう言うのなら仕方がない。
ベッドに腰を下ろし、目の前に立つヴァニラの顔を見るといつもの無表情とは少し違う憂いが漂っていた。互いにかける言葉もないまましばし黙っていると、やがてヴァニラがその口を開いた。
「タクトさん、お願いがあります」
その深い紅の瞳に宿る決意。
「私を、一緒に連れて行ってください」
それは何時如何なる時も共に在りたいという少女のささやかな願いだった。たとえこの身が砕け散ろうとも、地獄の業火に焼かれようとも。
「もう、大切な人を無くしたくない」
愛しいその手を離すことだけはもう、できはしない。
「ヴァニラ……」
「私を一人に、しないでください」
嗚呼、なんという皮肉。なんという運命。深く愛し合うが故に、その愛が敵を倒す術になるとは。
「いいのかい? もしかしたら、もう」
「いいえ。生きて帰りましょう。一緒に」
そうだ。何を忘れていたのだろう。これまでの戦いの中で、誰が死にに行くような戦いをしただろう。必ず生きて帰ると、皆を励ましてきたのは誰だったのか。他ならぬ自分自身だ。
だから、悩むのはやめよう。自分には共に歩む最愛のパートナーがいる。
「ヴァニラ……行こう、一緒に」
愛しさと焦燥のような感情を秘めて、その胸に愛しい君を抱く。
求め合う心は永久に、今は繋いだ手を離さずに。
互いの温もりに身を任せて、ただその熱さに酔いしれる。
夜の帳が降りる。
灯りも消えうせ、静寂に木霊する吐息。
癒すように傷つけあう矛盾。
けれどその想いだけは真実になる。
明くる朝。寄り添うように部屋を出た二人はブリッジに向かった。最後のブリーフィングに参加するためだ。ドアをくぐるとブリッジではすでに全員が集合して二人を待っていた。
「二人とも遅いですよぉ!」
「よっ、色男!」
「不謹慎ですわ」
「妬けちゃうねぇ」
「???」
若干一名事情が飲み込めていない純情乙女がいるがこの際置いておこう。
「決まったか、タクト?」
「もちろんだよ、レスター。迷うことなんて何もなかった」
親友と頷き合い、タクトは横で静かに立っているアンスに向かって言った。
「ありがとう、アンス。俺がこうしてやってこれたのは君のおかげだ」
「いえ。私は……」
戸惑うアンスにフォルテが頭を下げた。
「悪かったね、アンス。あんたの気持ちも考えずにさ。あたしら全員、謝るよ」
エンジェル隊全員が深く礼をする。誰よりも仲間の事を考えてきた彼女に対する非礼を詫びて。
「レーダーに感! ネフューリア艦隊が動き出しました! 第一防衛ラインまで距離40万!」
オペレーターが戦闘開始の報を告げる。さあ、もはや立ち止まる必要はない。ただ生き残るために戦うだけだ。
「修理と補給はどうなっている?」
「作業は終わっています! クロノブレイク・キャノンの調整も完了!」
「ならばエルシオール発進準備!」
一通りの指示を出し終え、レスターはエンジェル隊とタクトへ向き直った。
「エルシオールはこれから一時間後に敵艦隊へ突入する。各員、乗機に搭乗して待機してくれ」
『了解!』
銀河天使大戦 The Another
〜破壊と絶望の調停者〜
第二章
第八節 Win a Triumph
「出撃命令が来たわよ! 最終チェック、かかれっ!」
クレータが号を飛ばし、メカニックたちが格納庫にあちこちへ散っていく。ともかく急がなければならない。接触まで一時間と言っていたがそんなのあっという間だ。
程なくエンジェル隊が格納庫に飛び込んできた。彼女たちもそれぞれの機体へ飛び乗りシステムの立ち上げに入る。
こちらもぼやぼやしていられない。ただでさえ決戦兵器なんてデカブツを抱えているのだから。
「七番機の方はどう!?」
「ギャラクシーともOKです! ドッキングしますか!?」
「やっちゃって! コスモは!?」
「今アンス副班長が艦首格納庫で最終調整やってます!」
一日という時間のおかげか整備班の尽力のおかげか、コスモの状態はだいぶ持ち直していた。損傷した一次装甲はほとんどそのままだが、フレームや内装の修理はもちろん、補強処置までしっかり行き届いている。おかげでまだまだ無理はききそうだった。
「無理させないでくださいね」
「……アンス、上記とまったく相反するコメントはやめよう」
「仕方ないでしょう。相手が相手ですから」
「ネフューリアのことか?」
「いえ。アヴァン、あなたです」
「俺かよ!?」
それも仕方ないことである。RCSでエルシオールと合流した一年前から無理や無茶はし放題だったのだ。エルシオールをダークムーンバスターから庇ったのはそのいい例である。
耐圧仕様のパイロットスーツ姿のアヴァン(アンスにせがまれてしぶしぶ着用を承諾した)はバツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。
「やれやれ……ほどほどにしておくよ」
「まったく信用なりませんが、いいでしょう」
「それでこのパイロットスーツは何とかならんのか?」
「安全基準を満たすためです。それともまさか――――――」
「冗談、冗談だよ! ったく、すぐこれだ」
毒づきながらキャットウォークからコスモのコックピットに滑り込むアヴァン。そこへユウとユキが息せき切って駆け寄ってきた。その手には一枚のコピー紙が握られている。
「二人とも?」
「お前たち……」
「アウ、これ!」
「今しがた届いた報告書にあったの」
言われるままにアンスとアヴァンはコピー紙を覗き込んだ。
そこに写っていたのは、巨大な戦闘衛星と思しき物体が皇国軍の艦隊を撃破していく光景だった。全身のあちこちに設けられた重力衝撃砲と対空レーザー砲、そして宙を走る有線制御のビームクロー。
「これは?」
「一基だけだけど、前線はこれで壊滅状態だって」
「見たところかなり強力な武装を搭載しているようですが、こんな機体が黒き月にあったなんて……アヴァン?」
一目見てアヴァンはその表情を強張らせていた。まるでおぞましい悪夢を見たような、そんな恐怖に引きつっている。
「ハーネット……」
「え?」
「ちっ!」
そのままアヴァンはコスモのハッチを閉じて機体を動かし始める。慌てて退避するアンスたちも無視してカタパルトに機体を接続させる。
『制御室! 密閉急げ!』
「は、はい!」
対応の遅さに苛立ちながらコンソールを指で叩く。アンスたちが居なければハッチを突き破ってでも飛び出したいぐらいだ。
それでも五分足らずで艦首格納庫は真空・無重力状態に移行した。スタッフたちは全員退避し終わっている。その中でアヴァンただ一人が歯軋りとともに前方の戦場に視線を注いでいた。
「ブリッジ、聞こえるか」
『ああ。どうした?』
「俺は先行して敵を叩く。後はお前たちに任せる」
『先行? 待て、今前線は―――――』
「分かっている。あれは……」
一度だけ息を吸い、
「俺が破壊する! アヴァン・ルース、出るぞ!」
レスターの制止さえも振り切ってコスモは宇宙を疾走する。目指す先は奴が蹂躙する殺戮の世界。残骸と閃光が交錯する闇。
機体を最大速度で戦闘エリアに突入する。前方で敵艦隊がこちらを捕捉し、次々に砲門を向けた。
しかし敵の砲撃よりも早くアヴァンは骸と化した味方艦を足場に跳躍し、フラッシャーエッジのビームを最大出力で発振させた。敵巡洋艦のブリッジを一撃で粉砕し、さらに後方から密集陣形で集中砲火を浴びせるミサイル艦の群れを突破し、敵艦隊の中央まで一気に突き進む。
(どこだ……?)
メインカメラを走らせ周辺を索敵する。群がってきたRDたちを薙ぎ払ってさらに前進。
(どこだ?)
あれほどの巨体だ。ほとんど障害物のないこの宙域で隠れる術などないはず。しらみつぶしに何隻かの戦艦を粉砕するが、その姿を見つけることはできなかった。
(どこだ!)
しかし、
「ぐっ!?」
次の瞬間、横殴りの衝撃に襲われてコスモは大きく吹き飛ばされた。何もないはずの空間から突然の攻撃。
だがアヴァンはそれを捉えた。眼前で大蛇の様にうねる二本のワイヤー。宇宙の闇に紛れたそれは肉眼ではほとんど見えないレベルだったが、わずかに見て取れる光明の見え隠れだけで彼はその存在を見抜いた。
「現れたか」
先ほど撃破した戦艦の一隻の残骸、その影からそれは現れた。
『化け物』と呼ぶに相応しいほどの、禍々しいシルエット。機体の至る所から生え暴れる触手たち。ランダムに設けられた衝撃砲の砲門はその口か目玉か。まるで積めるだけ積み込んだ兵器の集合体。
それがこの『化け物』。
「やはり生体反応がない」
アヴァンはかつて一度だけこの『化け物』と戦ったことがある。その時も完全な無人制御によるものだった。そして―――――
(くそっ)
思い出したくない過去に舌打ちしてアヴァンは身構えた。いかに無人制御といえどその火力は一艦隊を容易く焼き払うほどのもの。一瞬の判断ミスが即死につながる。
今まさに動き出そうとしたその時、
『GGYYYYYYYEEEEEEEE!?』
およそ人のそれと思えないような、しかし確かに狂気に苛まれた人の絶叫が戦場に木霊した。常軌を逸したそれに宇宙を震わせる。
「こ、この声は……」
聞き覚えがある。
(あの黒いギャラクシーのパイロット……確かカミュとかいったな)
ヘルハウンズ隊のリーダーだったはずだ。だが機械仕掛けの牢獄の中でその面影はもう無い。無数の配線コードとデバイスユニットに体を蝕まれ、ほとんど制御システムと融合した彼はもはや首から上しか残っていない。だがその顔さえ、あちこちにコードを繋げられている。
再び猛攻が始まる。無数の触手がビームの刃を振り回す中、アヴァンは大口径の衝撃波を回避しつつコスモを敵機の頭上へ回り込ませた。
「こいつっ!」
その機動さえも予測していたのか、対空防御用のレーザー砲がいっせいに火を噴いた。防御用とはいえコスモは直撃すればただではすまない。連戦によって装甲は機体の形を保つだけのものになっていたからだ。
その化け物の周りを飛び続けながらアヴァンは襲い来る触手を払い続ける。しかしその数は一向に減ることがない。不毛とも言える戦闘行為はもはや止めようのないところまで達していた。
『RHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
カミュだったものが咆える。取り巻く触手たちがいっそう激しくコスモを攻め立てた。だがそれさえフラッシャーエッジの光刃は切り裂いて、それでもまだアヴァンは近付けずにいた。
めちゃくちゃに撃ち出される火砲の数々は敵味方の区別なくすべてを破壊していった。その無差別攻撃は全周囲であり、完全な面攻撃によって懐に飛び込む隙などなかった。
「黙れっ! 亡霊がぁぁぁぁっ!」
それさえも無視してアヴァンはフラッシャーエッジを走らせた。触手を束で薙ぎ払い、対空砲すら弾き返してコスモは突撃しては押し返される。その繰り返しだ。
その戦闘のすべてをエルシオールのブリッジでモニターしていたアンスたちは驚愕にその顔を染めていた。
味方があれほど苦戦した敵と互角に渡り合っていることもある。あのアヴァンがたった一つの敵を押し切れずにいることもある。だが何より、彼の執念と憎悪に近い絶叫に一同は気圧されていた。
「何故……」
理解できない怨念が戦場を支配しているような感覚に囚われてアンスは思わず口に手を当てていた。
「あれはいったい」
「拠点制圧用機動兵器。名はハーネット」
ユキがつぶやくように告げた。ユウはその隣でコスモのモニターに全神経を注いでいる。
「あれは宇宙空間のみならず重力下でも運用可能な多目的制圧兵器。以前、一度だけアウはあれと戦闘し、勝利したことがある。でも……」
「でも?」
「その制御中枢には生体コンピュータシステムが組み込まれていた」
「!?」
そのあまりに複雑な制御系を完全にコントロールするには人工知能程度では力不足だった。かといって生身の人間ではハーネットの戦闘行動に物理的に耐えられない。
そこで考え出されたのが人間と機械の融合である。開発者たちは機械と融合し、兵器システムの使用に耐えうる人材を遺伝子工学によって作り出し、これによって人の意識を得た機械はハーネットの機能を百パーセント引き出すに至った。
「アウが戦ったハーネットの生体コンピュータは―――――アウのかつての恋人だった」
正確に言えば、生体コンピュータ用に造られた人造人間が恋人だった。
そして二人は誘われるように戦場で激突した。
ならば今の彼は、その時の傷と感情に苛まれているのだろうか。
「アウ……」
「大丈夫」
「え?」
「彼なら心配要りません。そうでしょ?」
微笑み、今も戦い続ける紫紺の剣士をディスプレイ越しに見つめるアンス。ユウもユキも一瞬だけ戸惑ったが、何かを思い出したようにうなずきあって同じように画面に目を向けた。
『うああああああああっ!』
『GAAAAAAAAAAAAAA!』
狂気と憎悪が激突する。
そもそも何ゆえこの兵器が今この場に存在するのか。それは黒き月にデータが保存されていたに他ならず、ネフューリアがそれを復元したに過ぎない。そしてカミュを生体コンピュータシステムとして組み込んだ。
「消えろ! 消えろ、消えろ消えろ消えろっ!」
ただ我武者羅に剣を振り続けるアヴァンにもはや敵の姿は見えていない。ただ過去の幻影を打ち払おうとしているだけだ。振るう刃が悉く■■■の幻を切り捨て、その度に全身を激痛と喪失感が襲う。
何故あれがここにいる。
何故君がここにいる。
何故破壊したはずのあれがある。
何故死んだはずの君がいる。
どうしてあれを破壊できない。
どうして君を守れなかった。
やめろ、やめろやめろやめろヤメロヤメロ―――――――――!
「ぐああぁっ!?」
ついに触手の一つがコスモを弾き飛ばした。大きく後退し、戦艦の残骸に叩きつけられてコスモは動かなくなる。
『AGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!』
錯綜する狂気。今まさにハーネットが最後の一撃を撃ち込むべく一際巨大な重力衝撃砲の狙いをコスモに定める。
バギャァァァッ!
その砲口に何かが飛び込み、挙動が停止した。続けざまに飛来する砲弾がハーネットの触手たちを打ち払っていく。
「アヴァンさんは、これ以上やらせません!」
シャープシューターがハーネットの頭上を飛び越えていく。一瞬遅れて残りの四人も、攻撃に加勢してあっという間にハーネットを押し返した。
「ぐうっ……お前たち……」
「アヴァンさんにどんな因縁があるか知りませんけど」
「一人で戦ってはいけませんわ」
「この戦いはあたしら全員で戦い抜くんだ」
「私たち、仲間ですよ……アヴァンさん」
「だからみんなで頑張りましょう!」
コスモをもう一度起き上がらせながらアヴァンは不思議な感覚に包まれていた。自分に手を差し伸べてくれるという、その温かさ。儚く脆い幻想。
けれどそれが今は心地良く、全身にゆっくりと力と意志が戻ってくる。
「……ありがとう」
ただ一言、小さく言う。それだけで、
「さあ、行くぞ!」
今の自分にも僅かな光が見えるようになる。
「合体攻撃で仕留める!」
「え!?」
「合体って……」
忘れてはならない。コスモもまたEMXシリーズの一機。その背部には紋章機との合体機構は例外なく搭載されている。もっともコスモ自体のコンセプト故に気付かれなかっただけ。
「各機、散開! 回避行動をとりつつ高速機動!」
アヴァンが号を下し、五人の天使がそれぞれの方向へ飛翔する。そして最後に紫紺の剣士はその大剣を腰に納め、大きく踏み出した。
ハーネットの触手がコスモに殺到する。だがそれを悉く掻い潜ってアヴァンはその名を呼ぶ。
「フォルテ! 合体!」
「あいよ、任せな!」
「アウトローは火器管制をこっちによこせ!」
『は、はい!』
ハッピートリガーの巨大な三連装レールガンが展開する。それをコスモが両腕と腹部に接続し、最後にハッピートリガー本体とコネクターによって繋がる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
ハッピートリガーの全武装が展開し、一斉掃射が始まった。撃ち抜かれのた打ち回る触手たちを飛び越え、容赦ない砲撃がハーネットに迫る。だが第一装甲を貫通することはできず、すぐさま反撃が始まった。
「くっ! ハッピートリガーは後退しつつ後方支援!」
「了解!」
合体を解除し、すぐさまアヴァンは回避行動をとる。見ればシャープシューターとラッキースターが触手たちに包囲されつつあった。ならば、とコスモを加速させ、
「ミント!」
答えるより早くミントはトリックマスターのアームユニットを展開して合体体勢に移行した。そのままコスモは接続すると、
「フライヤーのコントロールをまわせ!」
「かしこまりましたわ!」
システムの制御が入れ替わる。フライヤーたちが一斉に虚空へ飛び出し、獲物を捉えた。
「行けっ、ファンネル!」
「違いますわ」
「む―――――行け、フライヤー!」
アヴァンの意志を受けたフライヤーはミントが操るときよりも機敏かつ正確な動作で触手たちを薙ぎ払っていく。入り乱れる砲撃をすり抜けてハーネットの砲門のいくつかも沈黙させた。
「このまま牽制を頼む!」
「はい!」
フライヤーのコントロールをミントに戻す。コスモは分離し、救出したばかりのラッキースターとシャープシューターに接近する。
「二人とも、無事か!?」
「は、はい〜」
「助かりました」
そこへハーネットの放った重力衝撃波が迫る。すぐさま散開し、二人にアヴァンは叫んだ。
「二人のキャノンを!」
『了解です!』
ラッキースターとシャープシューターからそれぞれハイパーキャノンとレールキャノンが分離し、それをコスモが掴んだ。そのまま両腕に装着し、
「沈めっ!」
立て続けに二連射。極太のレーザービームと超高速実体弾がついにハーネットの第一装甲を、そして機体そのものを貫通した。だが敵は未だに攻撃の手を休めない。
「まだ落ちないのかい!」
「よし――――――ランファ、例のアレをやるぞ!」
「よっしゃ、待ってましたぁ!」
今までハーネットの周囲で回避を続けていたカンフーファイターがその軌道を変えた。アヴァンもそれに合わせてコスモを発進させる。螺旋を描く二機の軌道が重なり合い、
「加速するぞ、タイミング合わせ!」
「はい!……3、2、1」
「行くぞ!」
漆黒の戦場を疾駆するカンフーファイター。その上に両足と左手を着いて、残る右手でフラッシャーエッジを構えるコスモ。眼前にそびえるハーネットへ急速かつ確実に接近している。
刹那を無限に変えて、
迷いは閃光の彼方に消えて、
過去の楔を引き抜き、
今、光速の世界へ――――――
「おおおおおおおおおおおおおお――――――――――!」
「やあああああああああああああ――――――――――!」
垂直に振り抜かれる一閃。光速の刃はハーネットの装甲を、骨格を、そして内に宿る邪念さえも焼き尽くしていく。
それですべては終わった。
完全に両断されて沈黙したそれからはもう、嘆きの慟哭はもう聞こえない。
「はあ、はあ……はっ……これぞ秘奥儀」
「超光速剣・カンフー斬り!……なんちゃって」
完全に一刀両断されたハーネットは誘爆を始め、やがて完全に消し飛んだ。カミュ・O・ラフロイグという一人の男の末路にしてはあまりに呆気ないものだった。
消滅したハーネットの残滓にアヴァンは目を閉じる。もういない彼女の温もりだけは今もこうして思い出せる。砕けて散らばった心をもう一度拾い集めるようにディスプレイを指でなぞると、自然とその名が口から零れた。
「リンス―――――」
最愛の人の名。
この手でその命を摘み取った彼女の名。
だが尽きること無き悲しみを湛える魂はその姿を捜し求めている。
―――――いや、捜し求めていた。
「………アンス」
ズズン、と被弾の衝撃が艦内に走った。だがエルシオールは怯むことなく敵を押し退け前進する。
「針路変更、3‐3‐2! 対空防御!」
その巨体が右へ傾くと同時に、装甲を焼くか焼かないかの間合いで敵の砲撃が掠めた。振動でブリッジも激しく揺さぶられる。
「前方のエンジェル隊より入電! 敵機動兵器の撃破に成功!」
「エンジェル隊をエルシオールの援護に呼び戻せ!」
「艦長! 左方向、距離42,000にドライブアウト反応! 敵艦隊の増援です!」
「艦砲射撃! 対空ミサイルで迎撃!」
飛来するビーム砲撃をシールドで凌ぎ、ミサイル群を対空砲で迎撃する。なおも迫り来る敵艦隊に応戦するが、いかんせん多勢に無勢である。
主戦力であるエンジェル隊が前に出てしまっている今、エルシオールの守りは手薄となっている。それを知ってか敵の猛攻は増すばかりだ。すでに後方を除く三方向から攻撃を受けている状態で、このままでは退路も絶たれかねない。
「クロノブレイク・キャノン、チャージはどうなっている!?」
「38%です!」
「どうにかならないのか!」
「攻撃と防御にエネルギーを割いているのでこれ以上は無理です!」
エンジェル隊の援護は期待できない。このままではエルシオールの撃沈という最悪の結末が――――――
「右方向に展開中の敵艦隊が沈黙! 次々に撃沈されていきます!」
「何!?」
「これは……この識別信号は、テラス4駐留艦隊のものです!」
「なんだと!?」
テラス4駐留艦隊はRCS襲撃時の戦闘で壊滅したはずではなかったのか。少なくとも総司令部からの報告書にはそう書かれていたが、それは現実に目の前にあるのだ。
「旗艦より通信です」
「スクリーンへまわせ」
『お久しぶりです、クールダラス艦長』
現れた司令は生き残りの中から新たに就任した人物だった。一瞬だけ抱いた淡い希望を振り払ってレスターは彼と対面した。
「ご無事でしたか」
『なんとか。これよりそちらを援護します。友軍の指揮もお任せください』
「よろしく頼みます」
前大戦を生き抜いたベテランたちである。百戦錬磨の彼らなら、新米のクルーを預けるにこれほど安心できる相手はいない。
再び砲撃が始まり、エルシオールを取り囲んでいた敵艦が次々に沈んでいく。背後で巻き起こる無数の爆発に後押しされながらエルシオールはさらに前進。なおも追いすがる高速艦に容赦なく主砲の一撃を浴びせた。
「目標地点まであと200! 150、120……目標地点に到達!」
「クロノブレイク・キャノン、急速チャージ! タクトを呼び出せ!」
◇
メイン格納庫でギャラクシーは最終調整を終え、間もなく下るであろう出撃命令を静かに待っていた。静謐を湛える純白の機神の前で二人はもう一度その温もりを確かめ合う。
「マイヤーズ大佐!」
そんなムーディな二人の前にドカドカと何人もの男たちが現れ、カッと踵を揃えて整列した。彼らの胸には例外なくヴァニラをモチーフにしたと思しきバッジが燦然と輝いている。
「君たちは――――――」
「ヴァニラ親衛隊、総勢106名! お二人をお見送りに参りました!」
「我々一同、作戦の成功とお二人の生還を固く信じております!」
親衛隊隊長と副隊長、そして男たちの熱いエールを受けてタジタジになるヴァニラ。ひょっとして照れているのだろうか。
「ありがとう、みんな。俺たちは必ず帰ってくる」
「………がんばり、ます」
口調がどことなく固い。やはり照れているようだ。
「大佐、ご武運を!」
「ヴァニラ様、お気をつけて!」
二人がコックピットに入り、親衛隊が格納庫から退去するとハッチが解放された。機体を固定しているアームが展開して、ギャラクシーはその全貌を広大な宇宙にさらした。
胸部の追加装甲も兼ねた改良型のコネクターによってその背に纏う紋章機は、ギャラクシーと同じ純白に塗装され完全にフィットしていた。右舷にはラッキースターと同型のハイパーキャノンが一門。左舷にはシャープシューターと同じレールキャノンを装備し、紋章機各部には対空ミサイルと大出力の防御シールド発生器が搭載されている。
「エンジェリック・アームド・ユニット、起動開始」
クロノ・ストリングスが発振を始めた。両腕を展開させた左右のキャノンに接続させ、すべてのスラスターが駆動を始める。
七番機のモジュールを移植したギャラクシーのコックピットは副座式に換装されている。これはタクトとエンジェル隊隊員の二人乗りを実現するための措置だ。
「FCS、オンライン。MBC、コネクト。HSTL……オールグリーン」
「火器管制は俺がやる。ヴァニラは機体の制御を」
「メインの操縦は」
「君に任せるよ」
その折、ブリッジのレスターから通信が入る。
『準備はいいか?』
「もちろんだよ」
『今からクロノブレイク・キャノンで突入口を開ける。あとはお前次第だ』
「わかった。ではご命令を、艦長殿」
『敵旗艦を撃沈せよ。雑魚には構うな。奴らの頭を叩いて潰せ』
「了解だ」
「クロノブレイク・キャノン、チャージ完了!」
「うむ」
レスターがゆっくりと立ち上がった。すでに味方機は射線上から退避している。もはや我らが一撃を妨げるものはない。
あとは自分の号一つですべてが決まる。
鼓動が高鳴る。
全身の血液が一気に駆け巡り、思考が灼熱する。
さあ、今こそ戦場の支配者へ駆け上れ……
「クロノブレイク・キャノン―――――――発射ぁっ!」
放たれた強大なる破壊の鉄槌が宇宙を駆け、瞬く間に戦場をなぎ払っていく。敵艦が次々に装甲を引き剥がされ、轟沈していく。一撃は完全に戦場を貫通し、後方の黒き月で事の行方を見守っていたネフューリア艦にまで到達した。
だがその強力無比の砲撃もそのフィールドに打ち消されてしまう。自分は、黒き月は無傷。皇国の切り札を御したことに魔女の嘲笑が木霊する。
「あはははははははははっ! これで、これで――――――!?」
魔女の瞳は空間を越えてそれを捉えた。遥か彼方のエルシオールから発進する、一つの機影を。ただちに艦隊を立て直させて迎撃に向かわせる。
周囲から降り注ぐ弾幕を出撃のシュプレヒコールとばかりにギャラクシーが突進する。障害物はすべてクロノブレイク・キャノンによって排除され、ただ一直線にネフューリアへと詰め寄るだけだ。
だがその導きの狭間に割って入る機影があった。三隻の巡洋艦がその身を以ってタクトの特攻を阻止しようというのか。
「くっ……!」
こんなところで余計なエネルギーを使うことはできない。そして回避するには距離が無さ過ぎる。
だがその逡巡が終わる前に、
『アンカァァクロォォォォォッ!』
鉄拳を受けて三隻はことごとくギャラクシーの針路上から弾き飛ばされ、爆砕する。ふと見上げればカンフーファイターが悠然とその姿を見せていた。
「ランファ!」
『雑魚はこっちに任せなさいって!』
さらに接近するギャラクシーへ敵の戦艦たちも動き出した。編成されたミサイル艦隊が誘導弾を無数にばら撒き、さらに無数の人型兵器が徒党を組んで突撃する。
だがそれも無駄である。
『ターゲット、マルチロックオン!』
『邪魔すんじゃないよ! ストライクフルバースト!』
その一斉射は単純な面攻撃に見えて、その一撃一撃は確実に敵の中枢だけを撃ち抜いていく。たちまち蜂の巣と化して沈黙した敵機をギャラクシーがすさまじい速度で飛び去っていく。
『フライヤー! タクトさんを守りなさい!』
トリックマスターから飛翔するフライヤーたちがギャラクシーの周囲にぴたりと張り付いて後方から追撃する敵艦や前方の障害を次々に排除していく。
ネフューリア艦まで、あと距離60,000。
敵はもうそこまで来ている。その事実にネフューリアは驚愕しながらも、己を守るべく屈強な戦艦たちを旗艦の前方に展開させ、純粋な城壁とさせた。弾幕を張り、人型兵器を惜しみなく出撃させ、たった一機の特攻を防ぐことに執心する。ネガティブ・クロノ・フィールドという鉄壁の存在を忘れたわけではない。だがこの敵だけは近づけてはいけないと自分の直感がそう告げていた。
「まだ?」
焦りが精神を蝕んでいく。
「まだなの?」
もはや冷静ではいられない。
「まだ落ちないのというの、このカトンボが!」
すべての火力を一点に集中する。だがそれさえも掻い潜って白き機影はこちらに向かって突進してくる。
だがその眼前には隙間なく展開された城壁がある。これを突破することなど不可能だ。
「!?」
『いっけぇっ! ハイパーキャノン!』
『やらせません! フェイタルアロー!』
天より光がその守りを薙ぎ払い、撃ち破っていく。一隻、また一隻と戦艦という城壁は崩れていき、ついに白き機影が城壁を突破する。奥で待機していた巡洋艦や人型兵器群を薙ぎ払いながらこちらへむかって直進してくる。
「あ、あああ」
そしてネフューリアはついに切り札のスイッチへ手を伸ばした。
同時にギャラクシーが、白き死神がその眼前に舞い降りる。
「停まれぇっ!」
スイッチをぐいっと押し込んだ。正を打ち消す負の波動が艦の周囲を覆いつくしていく。これでこの特攻兵器も無力化する。
――――――はずだった。
「NCFキャンセラー、無制限で稼動中です」
「よし、一気に叩く!」
忌まわしき漆黒の波動は純白の巨人兵の戒めとならない。その正体を一瞬でカンパしたネフューリアが叫ぶ。
「キャンセラー!? いつの間に―――――!」
ギャラクシーが左右のキャノン、そしてすべてのミサイルをネフューリア艦のブリッジへ狙い違わず撃ち込んでいく。
「敵艦、弾幕です」
「回避だ!」
反撃とばかりにネフューリア艦の対空砲が火を噴く。無数のレーザーのほとんどがシールドにはじき返される中、数発が左側のレールキャノンと三基ある内のシールド発生器の一つを損傷させた。
爆発する前にレールキャノンを放り捨て、シールド発生器をパージする。回避行動を取りつつネフューリア艦の状態を確認すると、かなりのダメージを受けていながらもまだ生きているようだった。
「こうなったら直接ブリッジを潰すしかない!」
「はい。敵艦に接近します」
一度後退して距離をとり、対空砲の狙いを逸らしたところで再び肉迫する。レールキャノンを捨てたことで空いた左手にビームセイバーを握らせ、いくつかの対空レーザーをビームの刃を回転させて弾きながらネフューリアの懐へ飛び込み、
「うおおおおおおおっ!」
右の主翼が圧し折れる。
ミサイルランチャーの幾つかが破損した。
装甲のあちこちに穴が開いた。
『このままで終わるものか』
通信回線越しにネフューリアが憤怒と憎悪に染まった声で呪うようにつぶやく。
だがそれでも怯まずギャラクシーは、
『アアアアアアアッ!』
すべてが終わっていく。もう自分の望みは叶わない。私は何も悪いことはしていない。私はただもう一度あの子と一緒にあの花畑で戯れたかっただけだ。そのために平和な時代が欲しかった。それだけなのだ。
『タクトォォォォッォオォォオオアアアアアッ!?』
ネフューリアの悲鳴と共に右腕のハイパーキャノンをブリッジに突き入れた。そのままトリガーを引き、破壊の光がネフューリア艦のブリッジを貫通する。粉砕され、巻き起こる爆発からギャラクシーも弾け飛ぶように退避した。
「くっ!?」
「きゃあっ!」
だが途中でバランスを崩してネフューリア艦の甲板に激突した。それでもなんとか踏ん張って体勢を立て直すと、まずタクトは後ろの副座へ振り返った。
「ヴァニラ!?」
「はい。無事です……タクトさん」
「終わったね」
「終わりました。これで」
目の前で炎上する敵の旗艦を見つめ、二人はこの戦いの終結を確信していた。
だが――――――
「! これは……」
「艦が、動いて」
沈黙したはずのネフューリア艦が再び動き始めたのだ。さらに信じられないことにこの艦は――――
「クロノドライブ!?」
HSTLが導き出した結論にタクトの顔が青ざめた。
ネフューリア艦の中ではまだメインエンジンとクロノドライブ機能が生きており、それが目指す先はもはや言うまでもない。
「くっ、エルシオールに通信を!」
「ダメです、電波障害が―――――」
刹那、ギャラクシーごとネフューリア艦はクロノドライブに移行した。エメラルドの燐光を撒き散らして、宇宙の何処かへ消え去っていった……
第十四回・筆者の必死な解説コーナー
ゆきっぷう「ぺいやっとう!」
ミント「変な掛け声ですわね」
ゆきっぷう「はい、皆様こんにちは! 銀河天使大戦第二章第八節、お楽しみいただけたでしょうか?」
ミント「無視しないでいただけます?」
ゆきっぷう「ああ、申し訳ない。最近まれに見るほどのハイペースで書き上げたもんだから異様にハイテンションなのさ!」
ミント「ああ! つまりいつもより五割増で馬鹿ということで」
ゆきっぷう「そうそう、そうなのよ……って、ちゃうわい! しかし今回はクライマックスなだけあって」
ミント「戦闘ばかりですわね。ところでコスモの合体戦闘システムがあったなんて初耳ですわ」
ゆきっぷう「最初の機体解説では載せていなかったけどね。実はあるんだよ」
ミント「ええ。そういうことにしておきますわ。ですがもう一つ聞きたいことがございますの」
ゆきっぷう「え? なーに?」
ミント「ヴァニラさん、ついに大人への階段を――――――」
ゆきっぷう「ノォ―――――――――ゥッ! それは禁則事項じゃ! 何の為に変な詩をシーンに被せて誤魔化したと思っているんだ!」
ミント「でも、皆さんカンカンですわ」
ゆきっぷう「ふぇっ!?」
アヴァン「お前という奴は、つくづく許しがたいな」
アポロ「まったくだな。一度自分の血を見せてやる必要がある」
フォルテ「やっぱもう殺しちまうか」
アウトロー「コロス! 絶対コロス!」
ランファ「アウトロー!? しっかりして、アウトロー!」
ゆきっぷう「待て! 待てみんな! 今回のあの××なシーンは、あのシーンは―――――」
全員『ん〜?』
ゆきっぷう「タクト本人たっての希望なんだぁぁぁぁぁっ!」
全員『なにぃぃぃっっ?』
タクト「ちょっと待てっ! 違う、違うぞ! あれはゆきっぷうからやれ、とオファーが」
全員『………』
ゆきっぷう「言い逃れする気か! それでも皇国の英雄か、お前は!」
タクト「うるさい! お前こそ、本当に人間なんだろうな!」
ゆきっぷう「なんだとぉ!?」
タクト「なにをっ!」
全員『二人とも死ねぇぇぇっ!』
ゆきっぷう&タクト「「ぎゃああああああああああああっ!?」」
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ヴァニラ「できちゃいました」
ゆきっぷう&タクト「「マジで!?」」
ヴァニラ「嘘です」
熱いバトルが!
美姫 「それにしても、合体…」
まさに熱い!
タクトとヴァニラの仲も更に進展したみたいだし。
美姫 「今回もいい所で終わってるしね」
いやいや、次回が気になるぞ。
本当にヴァニラはできちゃったのか!?
美姫 「いや、そっちなの!? って言うか、それは嘘って言ってるじゃない」
まあ、冗談はさておき、次回が気になるのは本当のところ。
美姫 「一体どうなるの!?」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」