タクトが復帰した翌日のことである。

 白き月のドッグでエルシオールが補給と修理を受ける中、ミルフィーユ・桜葉少尉はエルシオール内の宇宙コンビニで大きいとも小さいとも言えないサイズの段ボール箱を受け取った。

 

「わーい! わーい!」

「いやぁ、よかったですね。在庫はそれで最後だったそうですよ」

「そうなんですか? ホント、よかったぁ」

 

 そう言ってミルフィーはコンビニを後にした。

 彼女は至ってご機嫌だった。やっと念願の超高性能自動泡立てマシン『立てるンです』が到着したのだ。ケーキ作りの中でも特に労力を費やさねばならない“クリームの泡立て”の工程。だがその常識も今日でお終い。

 

「なに作ろっかな〜、ショートケーキが一番だけど〜……やっぱりアップルパイ!」

 

 ゆきっぷうの記憶が正しければアップルパイに生クリームは使わないはずである。

 廊下をくるくる回りながら滑るように進んでいく彼女はまことにもって器用だった。自分の部屋の前まで来ると抱えていた段ボール箱をいったん下ろし、ドアを開けようとしたその時である。

 

「じ〜っ」

「じ〜っ」

 

 下から不動のまなざしで見つめる、蒼髪の少女が二人。つぶらなその瞳も蒼である。先日とは打って変わってプリントTシャツにデニムの短パンとラフな格好だ。

 

「ユウちゃん、ユキちゃん? どうしたの?」

「遊ぼ……」

「鬼ごっこで遊ぼ」

 

 なるほど、ラフな服装は動きやすさを重視したためらしい。

 鬼ごっこと言えば遊びの定番の一つである。一人ないし複数の人間が鬼役になり残りの人間を捕まえる、というシンプルなものだが、詳細なルールは地域や場合によって異なる。

 閑話休題。

 ミルフィーはしばし考えた後、時計に目をやって、

 

「先におやつにしよっか?」

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第二章

第七節 Set the Blade

 

 

「ぐふぅ………」

 

 タクトが復帰した翌日のことである。ロビーのソファーでアヴァンはぐったりとうつ伏せて呻いていた。体の節々が痛み、目眩が断続的に彼の意識を揺さぶり、もはやまともに立つこともできないほどだ。

 

「うぐぅ………」

 

 悶えながらごろりと転がって、

ズテン! ゴロンゴロン……ドガッ!

 

「ふ、ふ、ぎゃあ……」

 

 まともな悲鳴一つ上げることもままならず、アヴァンは壁にぶつけた後頭部を押さえながらヒィヒィと喘いだ。まだ英雄的凱旋から二日目の午後だが、すでに彼の脳裏には走馬灯が駆け巡っている。

 それもこれもアンスが悪い。泣きじゃくる彼女を抱き上げようとした自分にいきなりジャブ、フック、ボディーブロー、アッパーと、プロボクサー真っ青のコンビネーションを叩き込んできたのだ。そして止めとばかりに放たれた幻の右ストレートがアヴァンの頬を抉り、高速回転しながら部屋から廊下へ吹っ飛ばされたのである(人はそれを自業自得と言う)。

 

(何で俺がこんな目に……)

 

 胸中で毒づくアヴァン。だがRCSの胸部ハッチを素手で引き剥がすほどの怪力を持つアンスに殴られて命があるということは奇跡といっても過言ではない。並の人間なら「あべしっ」の一声でただの肉塊と化しているだろう。

 ともかくアンスとは仲違いをしたまま別れてしまった。HSTLの問題も含めて早急に対処しなければならないのだが……

 

「ううっ……」

 

 肋骨の骨折が六本に内臓破裂。いつ死んでもおかしくない状態だったが、筆者の意向でこのまま放置プレイである。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 そこへ通りかかったタクトが思わず声をかける。明らかに大丈夫とは思えない様子で今すぐ医務室へ担ぎ込むべきなのだが、タクトはあくまで控えめだった。

 

「ぐぅ……大丈夫だ。安心しろ」

「とてもそうは見えないけどなぁ。手、貸そうか」

「ああ、助かる……よっ、と」

 

 まだ体のあちこちが痛むが動けないほどではない。主役キャラの常で、やっぱり異常なまでの回復能力を持っているアヴァンだった。

 

「何があったんだ?」

「いやあ、ちょっとアンスに殴られてな」

「あはは、そりゃご愁傷様」

 

 会話が途切れる。タクトは一息置いて、改めてアヴァンに視線を向けた。

 

「…………」

「タクト、なんか俺の顔についてるか?」

「いや、まともに話をするのは久しぶりだな、と思ってさ」

 

 それも当然だ。アヴァンが戻ってくるとタクトはすでに倒れていた上、意識を取り戻してからも顔を合わせる暇がなく今に至っていた。

 

「ふん。あいつめ、書き忘れたな」

「おーい……アヴァン、何言ってるんだ?」

「なんでもない」

 

 宣言しておくが決して書き忘れたわけではない。きっと、いや、たぶん……そういうことにしてください。

 かぶりを振ってアヴァンはため息をついた。

 

「しかしタクトがパイロットになっているとは思わなかったぞ」

「まあ、色々あったんだよ」

「色々、ね……」

 

 タクトから視線を逸らし、アンスの言葉を思い出す。

『大佐はあなたがああなったことを後悔していた』

『貴方が彼を駆り立てたんです!』

 図らずとも知ってしまった、彼の真意と覚悟。諸刃の剣を握らせ、茨の道を進むことを決意させたのは自分だと、アンスは言った。

 

「気にするなよ」

「何がだ?」

「俺がパイロットになったのは自分でそうしたいと思ったからだ。誰の強制でもないよ」

 

 アヴァンのタクトの視線ははるか遠くを見据えていた。しかしその目に映っているのは戦場ではない。ただ一人、けして離さないと誓った愛しい少女。

 

「俺には守りたいものがあるんだ。でも、今のままじゃ……だからアヴァン、お前に頼みが―――――いてっ!」

 

 最後まで言い終わらないタクトの頭をアヴァンがはたいた。

 

「な、何を」

「お前の守りたいものはお前が守れ。誰かに頼るな」

「そりゃ、そうだけど」

 

 言いよどむタクト。アヴァンが何を言いたいのか、まったく分からないのだ。

 その疑問を打ち消すように、アヴァンは断固とした口調で言った。

 

「おそらくこの戦い、要となるのはお前とギャラクシーだ。エルシオールは俺が何とかしてやる。エンジェル隊も全員無事に還してやる。だから、お前はお前のすべきことをしろ」

「俺の、すべきこと……」

「決着をつけろ、タクト。過去の呪縛を断ち切るんだ」

 

 今なお紫に変色したままの髪を撫で、アヴァンはタクトの肩に手を置くと、

 

「死に急ぐなよ。お前は死ぬにはまだ早すぎる」

 

 そのままロビーの出口へ歩いていくアヴァンの背を見つめ、タクトは呼び止めた。

 

「アヴァン!」

「ん?」

「お前もな!」

「……そう、だな。お互い生き延びられると」

 

 いいな、と言い終わる前にアヴァンを一陣の突風が薙ぎ倒した。床を跳ねるように二回三回と転がり、

 ゴロンゴロン……ドカッ!

 

「ふぎゅっ!?」

 

 再び壁、しかも今度は角に後頭部をぶつけてアヴァンはぴたりと動かなくなってしまった。本当に彼はこの戦いを生き延びることができるのだろうか、書いているゆきっぷうですら不安である。

 そしてアヴァンをなぎ倒した突風の正体とは。

 

「あはははは!」

「きゃははは!」

「にゃははは!」

「あんたたち、待ちなさぁぁぁいぃ!」

 

 ユウとユキ、ミルフィーユの三人と、それを追うランファがロビーを所狭しと駆け回る。観葉植物を蹴り倒し、ソファーをひっくり返して繰り返される追跡劇はあっという間に、

 

「止まれぇぇぇぇっ!」

 

 遠ざかるランファの怒号とともに別の場所へ移っていった。

 とりあえずタクトは何も見なかったことにしてロビーを後にした。当然、アヴァンは放置である。乾いた風が吹き、蒼い長髪が一度だけ揺れるとアヴァンがポツリとつぶやいた。

 

「ちくしょう……」

 

 

 

 

「システムチェック……モーションコントローラ、シミュレーションモードで起動。テストプログラム実行」

 

 キーボードを叩き終えると、アンスはギャラクシーのコックピットから這い出てきた。その純白の機体は装甲を取り外され艦首格納庫の一角に横たわっている。

 先の戦闘でギャラクシーが受けたダメージはかなり深刻なものだった。幸い機体を構成するメインフレームや主要機構に大きな支障はなかったが、修復した両腕と右脚の再調整にかなり手間取っている。HSTLの問題も解決の糸口はなく、次の戦闘までに修理が間に合うかどうか。

 

「どう、ギャラクシーのほうは?」

「クレータ班長……。今モーションコントローラのチェック中です。一時間後には第三フェイズに移行できると思います……そちらは、どうでしたか?」

 

 アンスが問い返すと、クレータは渋い顔をしてハンディツールに目を落とした。

 

HSTLの再調整に時間がかかるわね。それと予備のライフルのストックが無いの、ビームセイバーもあと三基しか残っていないわ。あと右腕の肘関節モーターに不具合が見つかったから交換に二時間は必要よ」

「そうですか。厳しい、ですね」

 

 二人は険しい表情で俯く。

 いつ敵の大部隊と戦闘になるか分からないというのに、よりにもよって指揮官機の修理が滞っている。これではエンジェル隊の威力が100%発揮できず、ひいては皇国の敗北につながるのだ。だからこそクレータたち整備班は自分の仕事に誇りと責任を持っているし、タクトやエンジェル隊も彼女たちを信頼して機体を任せている。

 

「おーっす! どうした〜?」

 

 そこへアヴァンが朗らかな笑顔とともに現れた。まったく場の空気が読めていない彼だが、先ほどのダメージはいったいどこへ行ったのか。

 ともかく彼の姿を見とめるや否やアンスは踵を返し、早足でアヴァンの横をすり抜けて格納庫から出て行った。すれ違いざまにアヴァンの鳩尾に一撃見舞うことも忘れていない。

 

「おぐぅぅぅっ……」

 

 呻きながらその場にくず折れるアヴァン。今回はこんな役回りなのか、しかし彼の顔には死相が浮かんでいた。だがこれもスルーである。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ひぃひぃ、ふぅふぅ……ん、大丈夫」

 

 これまた爽やかな笑顔で額に浮かぶ脂汗を拭ってアヴァンは答えた。足腰が震えているがこれは見ないことにしておこう。彼も頑張っているのだから。

 

「それで作業はどうだ? さっきの表情から察するに……」

「ええ、かなり遅れています。紋章機を優先していましたから、こちらのほうにしわ寄せが」

「分かった。とりあえず俺のコスモはいじらなくていい。こっちでやる。班長たちはギャラクシーの修理を急いでくれればいい」

「助かります」

「ちょっとギャラクシーのデータを見せてもらえるか?」

「ええ、どうぞ」

 

 クレータのハンディツールのディスプレイを覗き込み、何度かうなずくと、

 

「左腕の三番モーターは出力値を現状の82%に抑えて、代わりに左肩部の反応速度をプラス6%に。右腕は二番を93%にして肩をプラス4%。これなら多少効率も上がるはずだ」

「なるほど、そういう手がありましたか! 分かりました、これでやってみますね」

「何かまた不都合が出たら言ってくれ。たぶん、相談には乗れる」

 

 ところで、とクレータがひそひそとアヴァンに囁いた。

 

(アンスって、何で機嫌悪いんですか?)

(へ? いや……ちょっとね。迫ったら殴られちゃったのさ)

 

 てへ、と苦笑いを浮かべるアヴァン。クレータの胸中にものすごい不安がよぎったのは言うまでも無い。

 

「ちゃんと謝らなきゃだめですよ」

「それがさっきみたいに、取り付く島も無くて」

「エンジェル隊の皆さんに相談してみては?」

「それはタクトの特権だからなぁ。いや、まいっ―――――てぶらっ!?」

 

 笑って誤魔化そうとするアヴァンを再び一陣の風が吹き飛ばした。宙を舞い、無機質な床に叩きつけられ、血反吐を吐いて動かなくなる。

 

「わー! くぁー!」

「きゃ〜! にゃ〜!」

「ひゅるりら〜、ひゅるりら〜」

「わ〜ん、フォルテさ〜ん! 許してくださ〜い!」

「待ちな、お前たち! あたしのコレクション壊しといてタダで済むと思うな!」

「わたくしも混ぜてくださいまし〜!」

「先輩だめです! 今は戦闘配備中です!」

 

 確かエルシオールは第二戦闘配備の真っ最中のはずである。アヴァンは目の前で繰り広げられる大乱闘を見てみぬふりをして、

 

「班長。俺はもう行くよ」

「え、ええ。ではまた」

 

 去っていくアヴァンの後ろで甲高い悲鳴と怒号が交錯していたが、やはり気にしないことにした。関わりあったら確実に天に召されることは間違いない。

 通路を歩きながら次にどこへ行こうかと頭を捻ってみる。機体の整備状況も把握できたし、あと掴めていないのは味方の展開率を含めた現在の戦況か。

 そうと決まれば行き先はブリッジである。鳩尾をさすりながら環境の扉をくぐると、

 

「む」

「アヴァンさん、ども〜」

 

 むっつり顔のレスターと相変わらず笑顔のアルモが出迎えた。二人の周りには何人かのオペレーターもいる。どうやら作戦会議中のようだ。ならば都合がいいとアヴァンもその輪に加わる。

 

「ほお、第二ラインまで戦力がズタズタじゃないか」

「急ピッチで艦隊の再編を進めてますけど間に合うかどうか」

「再編と言ったって結局はヒヨっ子の寄せ集めだろ? 艦の数だって足りてないってのに、大丈夫なのか」

 

 アヴァンの鋭い指摘にレスターは内心舌を巻いていた。

 実際、皇国宇宙軍はエオニアの反乱終結までにかなりの戦力を失っていた。特に本星駐留艦隊は人的損失が酷く、ベテランクルーがほとんど残っていないのである。他星系からも戦力を集めているが、それが本格的に本星の守りに就くのは一週間以上先の話だ。しかも広がりすぎた国土を維持しようとする総司令部の意向ゆえに、こちらに来る戦力も微々たる物でしかない。

 結局は己の保身が優先される。ブレーブ・クロックスの示した皇国の腐敗がこのような形で浮き彫りになるとはなんとも皮肉な話だった。

 

「やっぱエンジェル隊の一点突破で敵中枢を潰すしかないな。長期戦はこっちに不利だ」

「またそうなるのか……やれやれ」

「じゃあ正面から艦隊戦ができるのか? この戦力差で」

「そりゃそうだが」

 

 にやり、と不敵な笑みを浮かべるアヴァン。

 

「いや、新米だって指揮官しだいでどうにでもなるってもんさ」

「???」

「がんばれ、艦隊司令官殿」

「俺がそこまでやるのか!?」

 

 つい先刻受け取った辞令によれば、エルシオールは本星防衛艦隊の旗艦になっており、当然艦長であるレスター・クールダラスはその総司令官に任命されていた。

 

「当たり前だ。直属で巡洋艦と駆逐艦を四隻ずつぐらいでいいんじゃないか? それで結構いけると思うなぁ」

「勝手に思っとけ」

「ええ!? そりゃないぜ」

 

 その時、緊急入電の報をココが知らせてきた。レスターとアヴァンの表情が一瞬で引き締まる。

 

「第一ラインから報告。所属不明の艦隊が接近中。確認できただけで巡洋艦が十隻。高速艦が十二隻。ミサイル艦、戦闘空母はさらに後方のため未確認です」

「先遣隊だな。本隊は――――――」

「すぐに来るぞ。波状攻撃で一気に畳み込む気だ」

 

 レスターの言葉をさえぎってアヴァンが言う。

 

「確証はあるのか?」

「ベテランクルーの勘だ」

「………」

「冗談だよ。でもさ、第一、第二ラインの戦力じゃあ長くは持たないのも事実だ。それに俺たちが前に出たほうが」

「牽制になるか。いいだろう」

 

 レスターは一瞬だけアヴァンに苦笑を見せ、すぐさま発進の指示を開始する。

 

「全艦、戦闘配置だ! 発進シーケンスの開始までどれだけかかる!?」

「すぐに移行できます、艦長」

 

 すかさずアルモが答える。先ほどまでの二人のやり取りを聞いてあらかじめ手配していたようだ。

 

「いい子じゃないか」

「黙っとけ……シーケンス開始! 関係各位に通達! エンジェル隊は至急ブリッジに集合!」

 

 アヴァンのからかいも無視してレスターたちは着々と準備を進めていく。程なくしてブリッジにエンジェル隊とタクトが駆け込んできた。

 

「……………」

「……戦場帰りか?」

 

 ヴァニラを除く七人はボロボロだった。制服はあちこち焦げており、フォルテとランファに至っては髪がパンチパーマになっている。そのエンジェル隊の影で同じくパンチパーマになったユウとユキの姿をアヴァンは見逃さなかった。

 

「ユウ、ユキ」

「「ぎくっ」」

「何で、遊んでたんだ?」

「「だって……アウが、かまってくれないんだもん」」

 

 戦闘配備中だから仕方ないといえばその通りだ。しかし自分の都合で連れてきている手前、アヴァンには強く叱り付けることはできなかった。

 

「お前たち、あれだけ人様に迷惑をかけないようにと言っただろう」

「「う、うん」」

「反省しているな?」

「「……うん」」

 

 揃ってうな垂れる二人の頬をアヴァンが撫でる。驚いて見上げるユウとユキに優しく語りかける。

 

「これから決戦だ。たぶん、いろいろと大変だろう。お前たちはみんなを手伝うんだ。それで今回は許してやる」

「「うん!」」

 

 頷くと二人はエンジェル隊の横でぴしり、と気をつけの姿勢をとった。それを確認してアヴァンはレスターに耳打ちした。

 

「すまない。いいぞ」

「まったく……ではブリーフィングを始めるぞ」

 

 報告によれば敵艦隊は防衛ラインに真正面から突撃をかけ、強引に突破しようとしているらしい。すでに四隻の高速艇が第一ラインの防衛網を振り切ってまもなく第二ラインに接触しようとしている。

 これに対して各宇宙港から艦隊が出撃し、敵を各個に撃破しようとする動きが見られるが、戦闘に突入するのも十分は先になる。

 

「エルシオールは発進後、このまま第二ラインへ直行し敵艦隊を迎撃する。撃ち漏らした敵は友軍に任せ、敵の侵攻そのものを止めることが優先だ。その方が味方にかかる負担を軽減できる」

「なるほどね。確かに今の戦力じゃ、それが一番安全か」

「その分、敵一隻に構っていられる時間は短いぞ。四十秒で一隻沈めてもらわないと押し切られる」

 

 フォルテが舌打ちするのをレスターは咎めず、さらに続けた。

 

「それとタクト。お前はギャラクシーと白き月に残れ」

「ちょっとレスター。それは無いんじゃないかな?」

「シヴァ陛下からのご命令だ。そもそも、お前の機体はまだ修理が終わってないだろうが。おとなしく待ってろ」

「……分かったよ」

 

 引き下がるタクトの表情は暗かったが仕方が無い。今のギャラクシーでは皆の足を引っ張るだけだ。それは彼自身がよく分かっているはずだった。

 

「ギャラクシーの移送は終わっているから、タクトはそのままエルシオールから降りろ。それからエンジェル隊の戦闘指揮はフォルテに任せる。異存はないな?」

『了解!』

 

 一同は駆け足でブリッジから出て行った。軽くため息をついてレスターは艦長席に腰を下ろす。

 気合を入れなければならない。自分の責任は重大だ。タクトの副官だった時とはまるで違うのだから。

 

 

 

 

「アンス!」

 

 ドッグに続くタラップを降りようとするアンスをアヴァンが呼び止めた。すでにエルシオールは発進体勢に入っており、もう時間は残っていない。

 

「君も降りるのか?」

「決戦兵器の件で陛下とノアに呼ばれていますから」

「そうか」

「そうです」

 

 アンスの返答は素っ気無い。どうも落ち着かない気分になる。

 

「いったいどうしたんだ、アンス。まだ怒っているのか?」

「違います」

「じゃあ……」

「一年前とは違うんです。貴方に守ってもらうほど私はもう弱くない」

 

 彼の意志を継ぎ、ギャラクシーを完成させた。ならばあの時、守ってもらうしかなかった自分はもういないのだ。

 

「アンス……」

「だから私は大丈夫です。貴方は貴方の義務を果たせば――――」

「俺は義務でここにいるわけじゃないし」

 

 言い終わる前にアヴァンはアンスを抱き寄せていた。一瞬、鼓動が一際高鳴るのを感じながらアンスは彼の腕を押しのけようとして、できなかった。アヴァンの言葉はとても、

 

「アンスが言うほど俺は強くはない」

 

 弱々しかった。迫りくる脅威を笑い飛ばすいつもの陽気さが嘘のように消え失せている。蒼い瞳に憂いが灯り、互いの吐息が熱を帯びていく。

 

「だから今度は、俺が頼らせてくれ」

「甘える男は嫌いです」

「……………」

 

 アヴァンが痛切な表情を浮かべてうつむいた。しかし次の瞬間、その頬をアンスは強引に持ち上げ、

 

「っ―――――!?」

 

 柔らかな唇が触れた感触にびくりと身を硬くする。

それも数秒のこと。アンスは何事もなかったかのようにタラップを下り始めた。アヴァンは呆気にとられたまま、棒立ちになっていた。

 

「嫌いなんじゃなかったのか?」

「今日は特別です」

「そうか」

「そうです」

 

 ようやくアヴァンは微笑を浮かべて踵を返して艦内へ戻っていく。アンスは一度だけ振り返って、その背中に呟いた。

 

「死なないで……アヴァン」

 

 

 

 

 一方、ユウとユキはミルフィーたちと一緒に格納庫に来ていた。出撃前の最終チェックを手伝うためだ。パイロットのシステムチェックとは別に燃料、弾薬、外装などに異常はないかを整備班のスタッフと一緒に確認するのである。

 

「あの、ユキちゃん?」

「はい」

 

 ちとせに呼び止められて、ユキがシャープシューターのレールガンから這い上がってきた。黒ずんだ油で汚れた頬を擦りながら、持っていたスパナを工具入れに放り込む。

 

「もうチェックも終わりですから、その……お話しませんか?」

「………」

 

 ユキの物静かな瞳が少しだけ揺れた。まるで意外だったという驚きだろうか。ちとせが側のベンチ腰を下ろすので、ユキも合わせて座った。

 

「アヴァンさんがお父さんなんですよね」

「はい。実の、ではないけど」

「私、父はいないんです」

「え?」

「戦艦の艦長だったんですけど、私が小さいときに亡くなりました」

「………」

「アヴァンさんって少し父に似てます。大きくて、あったかくて、でも強くて厳しいところが。だからちょっとユキちゃんが羨ましいです」

 

 ちとせの言葉にユキは首を横に振った。

 

「いつもアウは自分を強くないって言う……まだずっと、昔を引きずって……私もユウも、昔の事は教えてもらってない」

「昔……」

 

 あの夜、アヴァンが自分に語ってくれたことだろうか。けれどそれだけではないと、ちとせはそんな気がしてならなかった。

 

『ク、クク、クレータさんっ!?』

「?」

「な、何でしょうか? 今の声はアウトローさんですし」

 

 突然の絶叫に思わずつんのめるユキとちとせ。二人が何事かと声のする方へ近づいてみるが、その間も助けを求めるあまり音量を最大に設定したアウトローの魂の叫びは絶える事なく続いている。

 

『フォルテさんっ! 駄目です、やめて!』

「いいじゃないかい、減るもんじゃないし」

『あっ、やっ、ああああ〜!』

 

 声はハッピートリガーのコックピットの中から聞こえてくる。赤面したちとせが恐る恐るコックピットを覗いてみると、

 

「ん、なんだい二人とも変な顔して」

『はうはう〜、助けてください〜』

 

 何でもないような顔のフォルテと、彼女の両腕に囚われた犬耳美少年の姿があった。

 

「フォ、フォルテ先輩……?」

 

 思わず頬を引きつらせるちとせ。ああ、自分はこの人たちに付いて行って大丈夫なのだろうか。

 ともかく、問題なのは謎の犬耳美少年である。コックピットで暴れたせいだろう、栗色の毛はクシャクシャで犬耳も垂れ気味だ。白磁の肌は滑々で柔らかそうで、思わず頬擦りしたくなるような美しさ。深い茶を湛える瞳は見つめられただけで胸がときめく三秒前。

 

「ほら落ち着きなって、アウトロー」

『だからフォルテさん、頬擦りはやめてください〜』

「ふぇ!? この子、アウトローさんですか!?」

 

 そしてフォルテの言葉にさらに驚くちとせ。言われてみると、コックピットのシートはまるまる純白のバイクと入れ替わっていた。つまり、アウトローを強引にハッピートリガーへ組み込んだのである。

 

「む、無茶苦茶ですね」

「あら、そんなことはありませんわよ。ちとせさん」

「ミント先輩!」

 

 振り返るちとせにミントは微笑みながら言った。

 

「実はアウトローさんのことをいろいろ調べておりましたら、いろいろと凄いことが分かりましたの。その一つがアウトローさんの人工頭脳ですわ」

 

 言うまでもないことだがアウトローは人間ではない。その頭脳を司るコンピュータがバイクの中に組み込まれているのだ。

 

「アウトローさんの人工頭脳は量子コンピュータになっておりますの」

「りょ、量子コンピュータですか?」

 

 現在我々が日常的に使用手しているパソコンなどのコンピュータは基本的に電卓の延長上にあるといっていい。現代のそれはどんな複雑な式も難なく回答できる。さらに「0」と「1」を組み合わせることで様々なデータを扱うことも可能だ。ただし、基本的にひとつの計算を処理する上での話だが。

 現代のコンピュータでは複数の計算処理を同時に行うと処理速度や精度が低下する。ワードで文章を入力しながらエクセルで計算をし、さらにインターネットにも接続……こんな具合に展開すると動作が重くなるのは当然だろう。しかしこの量子コンピュータは一つの計算における性能は普通のコンピュータに若干劣る。しかし複数の計算を行っても量子コンピュータの処理能力が鈍ることはないのである(扱える量に限度はあるが)。またこれによって量子コンピュータは素因数分解をすることも可能となっている。

 同時に複数の高度な情報処理を行うことができる。それが量子コンピュータなのだ。

 

「でも、なんでアウトローさんがハッピートリガーに?」

 

 バイクにそんなコンピュータが積んであることはどうでもいいのか、烏丸ちとせ。

 

「フォルテさんが指揮をするためですわ。タクトさんが不在でレスター艦長は艦隊の指揮を執らなければなりませんの。そうなるとエンジェル隊の隊長であるフォルテさんがエンジェル隊の指揮を執るのは当然ですわね」

「それで量子コンピュータであるアウトローさんを」

「そういうことですわ」

 

 どうやら高速リンク指揮システムをアウトローで代用するらしい。ついでにパイロットのテンションも上がって一石二鳥。いいことずくめだ。

 

「フォルテ姉ちゃん! 質量再生装置はどう?」

「ああ、ばっちりだよ。っていうかその「姉ちゃん」ってなんとかならないかい」

 

 コックピットの内装をいじっていたユウにフォルテが渋い顔して言う。ちなみに質量再生装置とは投影された立体映像に実物とまったく同じ質量、質感を持たせるものだ。

 

「気にしない、気にしない」

「気にするっての。……もう時間だね、システムの慣らしはそっちに任せるよ」

「うん。任された!」

 

 胸を張ってコックピットからユウが降りていく。すでに発進体勢に入る時間なのでちとせたちもその後に続く。そこへちょうどブリッジのレスターから通信が入った。

 

『間もなく戦闘開始だ。準備はいいな?』

 

 エンジェル隊は各々のコックピットへ滑り込む。同時に格納庫が密閉状態になり、艦底部ハッチが開放されていく。紋章機を固定するアームユニットが稼動し、六機を宇宙へ運び出した。

 

「一番機、オッケーです!」

「二番機、いつでもいいわよ」

「三番機、問題ありませんわ」

「四番機、早くしとくれ」

「五番機、異常なし」

「六番機、発進準備完了です」

 

 それから数秒遅れて艦首格納庫のアヴァンが応答する。

 

『こっちも大丈夫だ、レスター』

『よし。敵は正面、距離10万の地点で広域に展開している。まずエンジェル隊が敵陣形に突入、かく乱を行う。その隙に消耗の激しい友軍を後退させ、体勢を立て直させる。持久戦になるが手は抜けない。厳しい戦いになるが頑張ってくれ』

 

 全員がうなずくのを確認し、

 

『ではエンジェル隊、発進せよ!』

 

 アームから分離し、六人の天使が戦場へと羽ばたいていく。そして――――

 

GSコントロール、マスター2。駆動パルス0.426に再設定」

 

 しなやかな指がコンソールを叩き、コスモの起動作業を進めていく。

 

FESS、振動係数925.33毎秒。センサーをすべてアクティヴで起動。ジェネレーター出力最大値へ」

『コスモ、発進位置へどうぞ』

「了解。久しぶりの出番だ、派手に行かせてもらうからな」

『アンスさんがいないんですから気をつけてくださいね』

「ココ君……いいところで雰囲気壊すなよ」

『アヴァンさんがちゃんと仲直りしてくれればいいんですよ』

 

 どこでその話を、と内心ツッコミを入れながらアヴァンはコントロールレバーを握りなおした。

 

「ユウとユキをサポートに使ってくれ」

『分かりました』

 

 艦首カタパルトに機体を固定する。回廊の先には無限の宇宙が続いていて、これから始まる終わりの見えない戦いを連想させてならない。

 

「では……アヴァン・ルース、コスモ発進する!」

 

 一瞬で虚空へ放り出されたコスモは背中の両翼を展開し、猛然と戦場を目指す。白色のフレアがその軌跡を鮮やかに描き出していく中、アヴァンはランファに個人用の通信回線で呼びかけた。

 

『何ですか? これから戦闘なのに』

「いや、その戦闘のことで提案が」

『???』

「実は――――――――」

 

 

 

 

「左舷副砲沈黙! 敵巡洋艦3隻はなおも前進!」

「第四ブロックで火災発生!」

「エンジン出力が5%減! このままでは行動不能になります!」

 

 第一防衛ラインは壊滅し、戦場は第二ラインへと移行していた。次から次へと突破をかけてくる敵艦隊に翻弄されながら、新米乗員たちは必死に戦闘を続けている。そもそも防衛ラインといったところでその完成度は半分程度。増援の友軍はいまだ後方で集結中だ。

 

「慌てるな! 消火班を第四ブロックへ! 砲撃は続けろ、弾幕を展開するんだ!」

 

 この巡洋艦の艦長も実戦経験はほとんどない。だがそれはこの場においてどんな理由にもならなかった。今この第二ラインを維持している艦艇のほとんどのクルーは二ヶ月前に配属された訓練所上がりなのだから。

 兵士に実戦の経験はなく、彼らを統率する艦長もまた同じ。

 

「艦長!」

 

 オペレーターの一人が叫んだ。弾幕を潜り抜けたミサイルの一発がブリッジに迫っている。

 

「対空防御! 機銃はどうした!?」

「稼働率が40%を切っています!」

 

 もうだめだ。

 回避は不可能。

ここで自分たちは死ぬのか。

 

「後方より高速で接近する機影が!」

「何!?」

 

 その瞬間、肉薄するミサイルが無数のレーザーに射抜かれて爆散した。爆発の衝撃が収まり、晴れていく黒煙の向こうで六機の戦闘機が次々と敵艦を沈めていく様が見えた。

 

「も、紋章機……?」

『各艦、聞こえるな!? こちらは皇国防衛特務戦隊旗艦・エルシオールだ! 直ちに後退し、後方の友軍と合流せよ!』

「りょ、了解!」

 

 すぐさま艦を後退させる。

 エルシオールが、エンジェル隊が来てくれたのだ。これで戦況も覆るかもしれない。

 

 

 後退を開始する友軍の姿を確認してからレスターは次の指示を出した。

 

「全ミサイルハッチにパエトーンを装填。艦砲射撃準備」

「ラジャー! すべてのミサイルハッチにPSMを装填!」

「主砲、副砲を展開! エネルギー充填開始!」

「対空監視は密に。迂回しようとする敵艦を見逃すな」

 

 頭を抑えようとすれば、敵はエルシオールを迂回する針路を取るはずだ。相手の目的はあくまで防衛ラインの突破なのだから。

 

「後方の友軍に通達。エルシオールの左右後方にて待機、次の指示を待て」

「了解!」

「敵艦隊が分散を始めました! 本艦を回避するようです!」

 

 エンジェル隊とアヴァンに徹底的に叩かれて、これ以上消耗するわけにはいかないのだ。無駄な戦闘は避けて突破を優先しようとする。

 敵はエルシオールから見て上下左右、四方向から突入を開始した。その針路上にエルシオールはない。

 

「パエトーンを全弾発射だ。敵の出鼻を挫け」

「はい! PSM、全弾発射!」

「エルシオールの全武装で敵艦隊を迎撃。後方の友軍へ、落としきれなかった敵艦はそちらに任せるよう伝えろ」

 

 エルシオールから各方向へ撃ち出された無数の誘導弾が高速艇の至近距離で起爆すると、巨大な熱球に飲まれて次々に敵艦は大破していった。

 これで敵の第一波は何とかなる。この間になんとか戦線を押し返さなければならない。

 

 

 

「沈めぇぇぇっ!」

 

 怒号とともにフラッシャーエッジを戦艦のブリッジに振り下ろし、そのまま甲板まで切り裂いていく。切断面から誘爆するのを見届け、アヴァンはコスモを跳躍させた。

 頭上には別の敵巡洋艦の底部が見える。フラッシャーエッジのビームの刃を最大に伸ばした状態で、そのまま突き刺して敵艦の装甲を抉り回す。それだけで致命傷になったのか、巡洋艦から爆発が始まった。

 

「っ!?」

 

 足が止まっていたコスモ目掛けてミサイルとレーザービームが降り注ぐ。それを間一髪のところで離脱し、仕掛けてきた駆逐艦に向かって加速、肉迫する。

 

ドヴァゥッ!

 

 すれ違いざまに一閃。ブリッジ部分を吹き飛ばされて駆逐艦は完全に沈黙した。

 コスモはその絶大な加速性能と近接攻撃能力ゆえに紋章機以上の爆発力を秘めている。グラビティ・スタピライサーの重力中和によって慣性の法則から解き放たれた高速機動は敵の予測を許さない。

 だが、宇宙を疾走する紫紺の剣士を阻む影が現れた。

 

「ちっ……リックド○か」

 

 リック○ム。旧時代、ジ○ン公国が開発した宇宙戦闘用の人型兵器である。前回の戦闘でもその火力と機動力でエンジェル隊を苦しめた。そのリックド○が三機編成の四小隊で迫ってくる。進路を変更する気配もない。

 

(ここで俺を止める気か……)

 

 ならば話は早い。アヴァンは敵部隊と対峙する姿勢をとりつつ通信回線を開いた。

 

「アヴァンよりエルシオールへ」

『どうしました?』

「この前の人型『RD』が出た。数は十二。俺が抑えてみるが、周辺の警戒を」

『了解です』

 

 通信を終え、フラッシャーエッジを構え直す。前回の戦闘で確認されたこの人型兵器も含めて、これまで確認された3タイプにはそれぞれコードネームが割り振られることになった。ランファとフォルテが遭遇したZK。タクトが惑星アトムで交戦した機体はGF。そして前回の戦闘で交戦したものがRD。このコードネームは機体名を叫ぶ度に伏せ字がかかるため、呼びやすくするためのものらしい。

 

「このっ!」

 

急接近した先頭のRDのバズーカ砲が火を噴くのと同時に、コスモの一撃がその頭部をから両断する。

 すぐさま後続の機体すべてが正確に反撃に出た。一機が棒状のヒートサーベルを抜いて切り掛かり、それを援護するように残りの機体が榴弾を撒き散らす。

 だがその刹那、すべてのド○の視界からコスモの姿が消え失せた。サーベルが空を切り、無数の榴弾は獲物を見失って艦艇の残骸にぶつかって四散する。

 一瞬の空白の後、一機のRDが腰から折れていく。いや、腰と腹が上下に分かれていく。他の機体も同様に胴を切断され、

 

ドドドォォォォォン

 

 次々に爆発が始まった。炎と爆風を背にコスモの鋭い両眼が光を放つその姿は、まさに鬼神そのものだ。

 

 

 エンジェル隊とタクトが苦戦したRDをこうも容易く撃破してしまうとは。しかも相手は十二機という数において圧倒的有利な状況にあったのだ。

 その光景をモニターしていたミントは内心に渦巻く疑念に舌打ちした。

なぜロールアウトしたばかりの新型機をここまで使いこなすことができるのか。彼はあの機体に乗ってからまだ日が浅いはずである。例え卓越した技量をもってしても、その性能を完全に引き出すにはあまりに期間が短すぎた。

 いや、もしかしたら彼は……

 

(いけませんわ)

 

 左右に首を振って戦闘に集中する。目の前にはすでに敵戦艦の姿が迫っていた。ビームとミサイルを敵艦の左舷に叩き込み離脱。十分に間合いを取ったところで旋回し、再び目標へ肉迫する。

 

「いただきですわ!」

 

 ターゲット、ロック。狙いはブリッジだ。トリガーに掛けた指を引き、直後に襲ってきた衝撃にトリックマスターは虚空へ放り出された。

 

「な、何が……!?」

 

 姿勢を立て直しながら損害をチェックする。幸い戦闘行動に支障をきたすようなダメージはなかったが、左推進器の出力が七割まで低下している。レーダーを見れば、後方距離7000の位置にある残骸の影から敵駆逐艦がこちらに狙いを定めていた。さっきの不意打ちはこれが放ったミサイルだったのだ。

 すでに敵砲撃の第二波が迫っている。回避行動を試みるが何発かのビームがトリックマスターの装甲を削り取った。

 

「くぅっ!」

 

 しかもまずいことに先ほどまで自分が攻撃していた戦艦がこちらに転進して砲撃を開始しようとしていた。このままでは挟み撃ちになる。だがトリックマスターの推力は衰え始めていた。今の砲撃でさらに推進系が損傷したらしい。

 離脱はもう不可能か。そんな考えがミントの脳裏を過ぎる。

 

 その刹那、敵戦艦が炎を上げて真っ二つに折れた。

 

「え?」

『ミント、何やってんの! さっさと下がりなさいって!』

 

 ランファの一喝で我に返る。見ればカンフーファイターのアンカークローが轟沈した敵艦の中から飛び出していくのが見えた。

 

『バーンってやっちゃいます、ハイパーキャノン!』

 

 こちらへの砲撃を続けていた駆逐艦もラッキースターの一撃で沈黙した。

 

「み、みなさん」

『いいから、早く修理に戻りなさいよ。エルシオールがそこまで来てるから』

『ここは私たちで何とかします!』

 

 言われるままにミントはトリックマスターをエルシオールに向かわせた。その機影が十分に遠ざかるのと同時に、

 

『また来たわね。ったく、どこにこれだけの数を出す余裕があるんだか』

「大丈夫、なんとかなるって」

 

 ラッキースターとカンフーファイターの周囲にはRDがおよそ五十機。その後方には巡洋艦が六隻。大戦力だ。

 

『いくわよ!』

「は〜い!」

 

 

 

 

 編隊を組む高速艇の合間を縫うように二つの光が疾走すると、その鮮やかな軌跡をなぞるように敵艦で次々に爆発が起こっていく。

 

「ちとせさん、右上です」

『はいっ!』

 

 先行するヴァニラが敵艦の動きを止め、後方から追従するちとせがそれを撃ち抜く。まさに抜群のコンビネーションだ。

 

「後ろ、二隻」

『っ!』

 

 言われるより早くシャープシューターが反転――――――宙返りし、そのレールガンの砲口を獲物に定める。

 

ガガンッ! 

 

 問答無用で二連射。撃ち出された砲弾が敵艦のブリッジを確実に射抜いている。

 今のシャープシューターの全システムは高速機動と精密射撃にすべてを注ぎ込んでおり、索敵や防御は完全に手放しの状態だ。それをハーヴェスターが先行して敵を足止めし安全を確保、そして敵の位置をシャープシューターに伝えることで補っている。

 戦艦の砲撃を防ぎ切るほどの堅牢な防御を持つヴァニラのハーヴェスター。必要最小限の攻撃で敵を無力化するちとせのシャープシューター。

 今この二人を止められる存在は戦場に存在しない。

 

 一方、五十隻目の戦艦を沈めたハッピートリガーはなおも抵抗を続ける敵艦隊へ転進した。

周囲に漂う膨大な量の残骸を見ればここでどれほどの激戦が繰り広げられたのかが分かる。しかしその中においてハッピートリガーの装甲には傷一つなかった。

 

「アウトロー! ターゲット、マルチロック!」

『ラジャー。……すべてのターゲットをロック。全火器を投入しますか?』

「ああ、全部くれてやりな!」

 

 フォルテは紋章機のシートに座っていなかった。代わりに彼女がその身を預けているのは純白の装甲を纏った自動二輪車である。

 スロットルを握る指が滑らかな動きでトリガーを捉える。サブモニターにはすべての敵艦の位置が表示され、そのことごとくに赤いマーキングが施されていた。

 

『全砲門を開放。エネルギーチャージ完了まであと五秒……三、二、一』

 

 トリガーが引き込まれる。

 ハッピートリガーの全武装が火を噴き、聞く者の耳をつんざく轟音と共に破壊をもたらす嵐が吹き荒れる。その威力たるや凄まじいものだった。

 主砲のレールガンが四隻の戦艦のブリッジを粉砕した。

 レーザーのスコールが中堅に控える巡洋艦たちを焼き払った。

 誘導弾の群れは確実に後方に退避していたミサイル艦を食い破っていく。

 

「ふふん、ざまあないね」

 

 その光景を見つめながらフォルテはにやりと笑みを浮かべた。

 

『すべてのターゲットを破壊しました。エネルギー半減。フォルテさん、補給に戻ることを推奨します』

「そうかい?」

『すでに敵の第三波から七波の殲滅を確認。増援の接近も感知できません。それに、ほかの皆さんも補給に向かっています』

「じゃあ、もどるとするか」

 

 

 専用のシャトルでエルシオールから白き月へ降り立ったタクトとアンスを大勢のスタッフが出迎える。彼らに案内されるままに格納庫を進むと、そこには巨大な機体が横たわっていた。そういっても機体のあちこちで装甲板が外され、そこからフレームや内装が覗いている。

 

「これは……?」

「まさか、七番機!?」

 

 首をかしげるタクトの横でアンスが驚きの声を上げた。未塗装なのだろう、純白を纏うそれを見上げたまま、

 

「まだレストアどころか構造解析さえすんでいなかったはずなのに……どうしてこれがここに?」

「それは、これが私たちの切り札だからよ」

「ノア!」

 

 背後から聞こえる高飛車な言葉に二人が振り返ると、ノアが至って冷静な顔で立っていた。彼女も同じように七番機を見上げ、

 

「これはベースとして申し分なかったから、使わせてもらうことにしたの。今は内装とフレームのチェックと調整が終わったところよ。これからコックピットを外して、武装を追加して、NCFキャンセラーを積めばいいわ」

NCFキャンセラー?」

「ええ。この間説明した理論でネガティブ・クロノ・フィールド……めんどくさいからNCFに略すけど、これを中和する装置よ。起動させるエネルギーの確保がまだだけど」

「……つまり、どうなるんだ?」

 

 ノアの説明はいまいち分かりづらい。

 タクトが聞き返すと不機嫌そうにノアは眉をひそめて、

 

「ギャラクシーの追加武装にするのよ。せっかくアタッチメントがあるんだから活用しないと、ね」

「七番機を、まるごと?」

「ええ。従来の合体方式で十分だわ。これで機動力、防御力、火力。すべてにおいて飛躍的向上が見込める」

 

 つまり彼女たちの策はこうだ。

 この追加兵装を装備したギャラクシーで敵陣へ突入。圧倒的攻撃力と機動力で防衛網を突破し、敵旗艦へ肉薄する。完全な一点突破による中枢の破壊に全てを賭ける、というわけだ。

 

「神風、だね」

 

 まったくもってその通りだ。この危険すぎる賭けは無謀な特攻でもある。生還率はあって最大1パーセント。運が悪ければ敵旗艦にたどり着くことさえできないだろう。

 

「やってもらうわ。勝つために」

「そりゃ、もちろん」

「それと……」

 

 今まで饒舌的だったノアの顔が曇る。

 

「今回の作戦にはサブパイロットが必要なの。エネルギー不足の解消にH.A.L.Oを使うから、エンジェル隊の中から一人サブパイロットとして乗ってもらうわ。貴方と居てテンションが一番高くなる子をね。意味、分かるでしょ?」

 

 馬鹿な、とタクトは出かかった言葉を飲み込んだ。

 この作戦は言わば捨て身。死にに行くようなものだ。相打ちすら難しいというのにどうして愛しい彼女を連れて行けるだろう。

 

「何とかならないのか」

「できるならこんな事を頼むと思って?」

「っ……」

 

 その時、丁度格納庫にギャラクシーが搬入されてきた。機体の再調整とドッキングユニットのテストのためだ。オーバーホールと再調整のために走行が取り外される中、その鋭い相貌はタクトを見下ろし、

 

『さあ、これでもまだお前は戦えるのか』

 

 そう問いかけているようだった。

 

 

 


第十三回・筆者の必死な解説コーナー

 

ゆきっぷう「銀河天使大戦第二章七節、いかがでしたでしょうか?」

 

ユキ「ダメダメ」

 

ユウ「ダメダメ〜」

 

ゆきっぷう「何で!? また戦闘シーンだけで半分使ったから?」

 

ユキ「ううん」

 

ゆきっぷう「じゃあアヴァンがやたら強かったからか?」

 

ユウ「それはむしろ個人的にOK

 

ゆきっぷう「じゃあ何だ!?」

 

ユキ「アウトロー」

 

ユウ「アウトローだね」

 

ゆきっぷう「馬鹿な! あれこそまさに今回のプッシュポイントだぞ!」

 

ユキ「だって茶髪の美少年でマルチロックオンのフルバーストやったら……ねえ」

 

ユウ「あんたの性別、また疑われるよ」

 

ゆきっぷう「し、仕方ないだろ! アウトローを美少年に仕立てて、フォルテに『ほら、いい子にしな。可愛がってやるから』『やめて、ください。ご主人様ぁ』みたいな展開を」

 

ばきゅーん ばきゅーん ばきゅーん

 

ゆきっぷう「撃たれたぞ」

 

ユキ「当然でしょ」

 

ゆきっぷう「馬鹿な! これほど魂の燃え盛る完璧なネタは他にない!」

 

ユウ「燃えるわけないじゃん」

 

ゆきっぷう「じゃあ仕方ない。えほん……燃え上がれ〜、燃え上がれ〜、燃え上がれ〜ガンだぶらっ!?」

 

ユキ「お前が燃えろ。馬鹿」

 

ゆきっぷう「何をする!」

 

ユウ「何も」

 

ゆきっぷう「嘘つけ! 今、明らかに俺を殴っただろ! くそっ、こうなったらアヴァンに言いつけて――――――ぶぼっ!?」

 

ユキ「永久に眠れ」

 

ユウ「眠れ〜!」

 

ゆきっぷう「えぐぼふぉあっ!?………がくっ」

 

ユキ「では皆様、次回までごきげんよう」

 

ユウ「ごっきげんよー!」

 

 

アウトロー『僕、僕って一体……』





いやいや、今回の見所はやっぱりアウトローが組み込まれる所だろう。
美姫 「アンタまで」
何を言うかな。高性能な量子コンピュータを取り込むと同時に、
パイロットのテンションを上げるという、正に一石二鳥な。
美姫 「年上お姉さんによる、ちょっといけない会話は?」
一石三鳥だな。
美姫 「はぁ〜」
いや、呆れるなよ。
さてさて、いよいよ佳境か!?
美姫 「次回が気になる所で終わってるものね」
うんうん。一体全体どうなるのか〜?
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待ってます。



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