エオニアのクーデター終結から三ヶ月が経った。

 シヴァ“女皇”が皇位に即位し、新体制の下でトランスバール皇国は復興に向けて一歩ずつ踏み出している。壊滅的打撃を受けた衛星都市や自治地区の住民たちは強い団結力を見せ、一時は壊滅状態まで追い込まれた皇国軍も建て直しは順調で治安回復に奔走している。

 

 そんな矢先のことであった。

 

 任務を終えて白き月に帰還したフォルテとランファにルフト大臣(戦後、シヴァの強い要望を受けて就任した)からの召集がかかった。軍から離れシヴァの補佐のために政界に身を投じたルフトに呼び出されることなど思い当たらない二人は訝しがりながらも、彼の元を尋ねた。

 

「フォルテ・シュトーレン、ランファ・フランポワーズ両名。ただいま到着しました」

「そうかしこまらんでもよい。お前たちを呼んだのは緊急事態――――――コール『AAA(トリプルエー)』を未然に防いでもらうためでな」

「ト、『AAA』!? まだクーデターが終結してから三ヶ月しか経っていないんですよ!?」

「詳細はこの書類にすべて書いてある。両名には現地に直接飛んでの調査及び可能であれば『AAA』の阻止をしてもらう。不可能な場合は可能な限り情報を収集して撤収。わしに連絡をくれ。以上だ」

 

 フォルテとランファは愕然とした表情で書類を受け取り、すごすごとオフィスから出て行った。敬礼をすることすら忘れている。というのもあと三日後には半年ぶりの休暇が待っていたのである。クーデター終結後、休む間もなく働き続けてきたというのに、これはあまりにもひどい仕打ちではないだろうか。

 

 さて、『AAA』とは大規模な軍事行動を伴う政府転覆行為、つまりクーデターなどの軍事力を伴う国家の維持に支障をきたす事態のことである。エオニアのクーデターによって増大した社会不安が回復しきっていない現在、確かにこういうことが起こる可能性は無きにしも非ず、といったところだろう。軍は未だ立て直しの最中で実際に稼動している部署などエンジェル隊以外ほとんどない。

 だからこそ、彼女たちにその任が回ってきたのだった。

 

 退室したフォルテとランファを見送り、ルフトはほう、とため息をついた。エオニアとの決戦から休む間もなく働き続けている彼女たちに厄介ごとを押し付けるのは忍びない。だが彼女たちでなければ対処できないのが現状である。

 

(はたして、この流れを食い止められるか……)

 

 唐突に鳴ったノックとともに一人の男が入ってきた。ここはルフトのオフィスであり新トランスバール皇国内閣府のビルである。中にいる人間は例外なく正装なのだが、男は洒落たスーツ姿だった。

 だが、ルフトは彼が有能で信頼に足ると知っている。言ってしまえばあのアヴァン・ルースよりも、だ。三年前からルフトの右腕として裏側での工作などを請け負い、クーデター中のシヴァの脱出や残存戦力の再集結などに一役買っている。

 

「む、お前は………」

 

 驚きに目を見開くルフトに男はかすかな微笑を浮かべた。

 

「お久しぶりです。今は大臣でしたね」

「まだ老兵を働かせるつもりのようじゃがな、この国は。それでお前さんともあろうものが再会を懐かしむためだけに来たわけではあるまい」

「ええ。これでも現在の状況が厳しいことは重々承知しています。特に皇国内の不穏分子について。解決には裏方の演出が必要でしょう」

「それで?」

「私にコードネームをいただきたいのです。さしずめ悪を焼き尽くす破壊者――――――“アポリオン”とでも名乗らせてもらいましょうか」

 

 

 

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第一章

番外編

荒野のガンマンのパイ包み焼き

 

 

 

 

 そんなこんなで二人が訪れたのはトランスバール本星の西端に位置する田舎『テキサロート』だった。西部劇を髣髴とさせるようなゴーストタウンも同然になってしまっているが、クーデターの起きる半年ぐらい前まではご隠居がちらほら住んでいたりしたものだが。

 

 情報によるとこの『テキサロート』はもともとならず者や前科持ちといった“わけあり”の連中が作った集落が始まりで、五十年ほど前にできたという。ただ当時の指導者がとてつもないカリスマ性と才能を備えていた人物らしく、辺り一帯の治安は下手な都市よりもいいぐらいだったそうだ。それがいまではこの有様というわけだ。

 ともかくランファとフォルテは乗ってきた軍のジープを手ごろな小屋の影に停め、周囲を見回した。吹きすさぶ熱風が砂塵を巻き上げて視界を阻むほか、立ち並ぶ民家には人の住む気配はない。

 

「なんか寂しいですね。フォルテさん」

「こういうときは酒を一杯やるのがいいんだがねぇ。さすがに任務中じゃあしょうがない」

 

 冗談に聞こえない台詞を吐きながらフォルテは半ば風化し始めた宿の看板を吊るしている民家を覗き込んだ。受付には誰もいない。お約束どおり誰か居ないか呼びかけてみても応答なし。

 

「……………」

「……………」

 

 外は熱地獄。中は無人の宿。早くも二人は挫折しかけていた。

 

 

 それからあちこちの民家を訪ねて回ったが人はおろかネズミの一匹すら出て来はしなかった。せめて虫の一匹でもいてくれればまだ気は楽だったかもしれない。だがここには吹き込む風と軋む家屋の音、そして自分の足音しか聞こえないのだ。あまりの味気なさに薄ら寒いものを覚えて、ランファは最初の宿のロビーにあったソファーに座り込んだ。

 

「いったいどうなってるんでしょうね、ここ。人間どころか生き物自体どこにもいないなんて」

「まあ、ゴーストタウンなんてこんなもんだろう。気になることはいくつかあったけど」

 

 無人の街にもかかわらず、調べた民家はすべて電気や水の供給は生きていたし、いくつかの部屋に至っては今しがたまで生活をしていた痕跡まであった。それに街の外には輸送用の大型トレーラーと思われるタイヤ痕が残っていた。推測するにここでは何か大掛かりな物資の搬入が行われ、それを貯蔵しておくだけの施設と作業を行えるほどの人員があるはずだ。

 

「何か気づいたことはあったかい、ランファ?」

「いえ、特には。たださっきから誰かに見られているよう………」

 

 ランファが言い終わらないうちにフォルテは彼女の体を抱えて横に跳んでいた。床を転がり奥の部屋へ何とか逃れると、一瞬遅れて壁の外から無数の光線がソファーに撃ち込まれる。跳ぶのに少しでも迷っていたら確実に蜂の巣になっていただろう。

 愛用のリボルバー拳銃を抜きながらフォルテは忌々しそうに舌打ちした。

 この集落は偽装に過ぎない。軍にも気づかれない場所――――おそらく地下に潜伏し、集落に迷い込んだ旅行者などをターゲットに略奪行為を繰り返し、十分に力を蓄えたら国家転覆に乗り出す。筋書きとしてはこんなものだろう。

 

(どうする? ライフルとかはジープの中だし、何より数が違いすぎる)

 

 足音と銃撃の数からしておそらく相手は五、六人。いずれもレーザーガンを持っている。実弾を使うフォルテの銃ではいかんせん分が悪い。ましてやこちらにはランファもいるのだ。銃を持っていない彼女を庇いながら戦うとなると、もはや絶望的としか言いようがない。

 かといって投降するかと言われてみると、そんな気はさらさら無いのだ。

 

 そうこうしている間に相手が民家の中まで入ってきた。やはり六人。いずれもハンドガンタイプのレーザー銃を持ち、その姿格好は西部劇のガンマンを髣髴とさせる。なんとも趣味的な集団であった。

 

「おかしいな、確かにここにいたはずだぞ」

「逃がしたか。お前たちは裏に回れ。お前は俺と来い」

「了解しやした」

 

 まずい。今二人のいる部屋は窓もはめ込み式で完全に袋のねずみ状態だ。このままでは抗することも敵わずに捕らえられてあれやこれや。なんとしてもこの状況を打破しなくては。

 正面からリーダーと思しき男と部下が一人。残りは裏口から回り込むつもりのようだ。

 

(やるしかない………)

 

 素早く拳銃を抜き、廊下の奥からこっちに向かってくるリーダーに銃口を向けた。相手の額に狙いを定め、相手がこちらに気づいて銃を構えようと腕を振り上げた―――――――――

 コンマ一秒がすべてを決めた。

 初弾必中。

 三連射で吐き出されたホローポイント弾が敵リーダーの頭蓋骨を砕き脳漿を撒き散らした。隣で呆気に取られた部下がパニックを起こしている。

 そこへ間をおかず再び三連射。胸とわき腹を撃ち抜かれた部下は銃を放り出して床に倒れた。

 一瞬の後に事切れた敵に駆け寄り、フォルテはレーザーガンを拾うとひょこひょことあとを追ってきたランファに投げてよこした。

 

「ランファ、それ使いな」

「あ、はい!」

 

 ともかくこのまま逃げ切ってジープまでたどり着ければいいが、そううまくことは運ばない。裏手から回り込んだ四人が周囲のものを手当たり次第破壊しながらこちらに向かってくる。

 

「ちっ……走るよ、ランファ!」

 

 見つかるよりも早く外へ飛び出し、そのままジープを停めた小屋を目指す。だがフォルテたちより数瞬遅れて四人も追ってくる。

 入り組んだ裏路地に飛び込みただひたすら走り続ける。何度か後ろから飛んでくるレーザーを掻い潜り、

 

「くそ………」

「行き止まり、なんて」

 

 袋小路に追い込まれてしまった。

 

「手間かけさせやがって……」

「皇国の軍人かよ」

「しかも女とはな」

「なんだろうが兄貴の仇だ。覚悟しな」

 

 ともかく絶体絶命の大ピンチである。こんなことなら使うことなくお蔵入りしたコレクションたちを一通り試し撃ちしておけばよかった、とフォルテが心のうちで嘆いた。

 その時である。

 

 ガガガガンッ!

 

 短くかん高い金属音がして四人のレーザー銃が地に落ちる。どこからともなく放たれた四発の銃弾が彼らの銃を瞬く間に弾き飛ばしたのだ。邪魔をされた彼らは一斉に弾が飛んできた方向―――――――フォルテたちの頭上を見上げた。

 袋小路を作り出す民家の屋根の上。そこにその男はいた。

 古びたカウボーイハット。

 裾がぼろぼろになったマントの合間から覗いている右手には古の拳銃『ブローニング・ハイパワー』が握られている。

 あきらかに、その、西部劇のガンマンそのままだった。

 カウボーイハットを被りなおして男は四人のチンピラに告げた。

 

「そこまでだ、外道たち。おとなしく帰ればそれでよし。嫌だというなら――――――」

「な、ならなんだってんだ? え?」

「ふっ………病院のベッドでしばし悪夢にうなされてもらおう」

 

 地上五メートルの高さから飛び降りた男は平然とした表情で四人のチンピラと対峙する。拳銃は腰のホルスターに戻してあり、どうやら素手でレーザー銃で武装した彼らと戦うつもりらしい。

 

「どうした。帰るのか? それとも、このまま俺とやり合うのか?」

「う、うう、うるせえ! やっちまえ!」

 

 一斉に銃を構えなおす四人。

 だが勝敗はこの時点ですでに決していた。

 彼は目にも留まらぬ速さで一番手前の一人目を殴り飛ばし、それを隠れ蓑に二人目に接近した。二人目が突然のことでパニックに陥って狙いがつけられないところに鋭い中段蹴りを鳩尾に見舞い、勢いをそのまま跳躍。三人目の前頭部に猛烈な踵落としを叩き込んだ。

 

「え、あ、お?」

「あとは貴様一人だ。観念しろ」

「て、てめえ!」

 

 最後に一人がレーザー銃のトリガーを絞ろうとした刹那、懐に飛び込んでのボディブロー。口を金魚のようにパクパクさせて気絶した。

 それにしてもこの男。超人的な格闘センスといい射撃の腕前といい、それになによりカウボーイハットとマントの襟の合間から覗く黒髪と端麗な顔立ち。

 

「ほー……………」

「ぽっ……………」

 

 故に女性であるフォルテとランファもついつい見惚れてしまうわけで。

 

「怪我はないか、二人とも………どうした?」

「いや、なんでもない」

「だ、大丈夫です。助かりました」

 

 あからさまに挙動不審な二人だが、男は特に気にすることもなく険しい顔つきで辺りを見回した。

 

「敵は今のところこれだけのようだが、いつ追っ手が来るとも分からない。早く移動しよう」

「だが、民間人のあんたを巻き込むわけには行かないだろう」

 

 食い下がるフォルテ。男はあきらかに二人に同行する気まんまんだったのだ。

 

「このあたりを牛耳っている組織には心当たりがあるからな。それに個人的に敵対もしている。ましてやこの腕前なら連れて行っても問題ないだろう?」

「そりゃあ、まあね」

「なら決まりだ。とりあえずは俺の隠れ家に移動しよう」

 

 小屋に隠してあったジープに乗り、三人は街を後にした。

 

 

 

 

 

 

 G Plan

 正式名称、トランスバール皇国人型機動兵器開発計画“Galaxy Plan”

 以前より皇国軍では既存の小型作業用パワードスーツの発展型をドラスティックな大型化と高出力化を主軸に開発してきた。だが現代の戦場ではあまりに非力であり、操縦性、防御力、火力のどれをとっても軍上層部の目を引くことはなかった。だが唯一の利点として地上及び要塞などの施設内での陸上戦闘では歩兵や装甲車両への高い有効性を示した。結果、人型機動兵器という概念は惑星内でのきわめて局地的な戦闘や地上施設内の警備に結びついた。当然、音速を超えるスピードで宇宙空間を航行し、エオニアの無人艦隊と互角異常に渡り合うなど論外である。

 だがその常識を覆す重大な事例がエオニアの起こしたクーデターの末期に発生した。民間人アヴァン・ルースが搭乗するRCSと呼称されるものがそうだ。居住可能な惑星の重力の関係で人型機動兵器の全長は八メートル前後でなければならない。だがRCSはそのゆうに倍……十八メートル弱というあまりに巨大なサイズを有していた。さらにその他ジェネレーター、駆動系、制御系、装甲材などあらゆる面において既存の人型機動兵器を超越した存在である。そこまで強力な技術を用いて作られた理由は白き月にあった。同施設内には旧時代に人型機動兵器を研究・開発するための『プラント』というものが存在しており、RCSはここで製造されたという説が有力である。G Planはこの『プラント』の中に貯蓄されている技術や資材を用いて独自性の強い次世代人型機動兵器――――“Emblem Module(通称EMの開発を行うものである。

 

「…………ま、こんなものでしょう」

 

 パソコンを前にキーボードを打つ手を止め、アンスは傍らに置いておいたコーヒーカップを口元に運ぶ。口腔に苦味と香りが広がり、渦巻いていた眠気を一気に吹き飛ばしてくれた。

 

 現在彼女が製作しているのは軍上層部に提出するG Planの詳細明記書である。ようやく冒頭部分に手がついて、これが終わればあとは具体的なデータの羅列と解説を並べ立てて最後に要約すれば終わりなのだが、先にデータの類だけ纏め上げてしまったためもう仕上がる寸前だった。

 今アンスは白き月の中に用意された専用のオフィスにいる。オフィスの隣には研究・開発のためのハンガーが三つあり、内一つでは現在、制御用のOSが製作されている。

 完成の目処は二ヵ月後。優秀な人材とRCSという前例があるため開発はかなり速いペースで進んでいた。

 

(あとは……搭乗者の選出、か)

 

 機体のコンセプトやもろもろの事情を踏まえるとやはり彼しかいない。

 

 ともかく今はOSの製作に集中しよう。

 アンスはジャケットを羽織ると仲間の待つハンガーへ出かけていった。

 

 

 

 

 男に案内されるままフォルテとランファは集落から二キロほど離れた岩陰の洞窟に来ていた。中にはいくつかのベッドとデスク、それとキッチンや食糧貯蔵用の氷室などがあり、さらに奥には爆薬や銃火器が並べられている。

 

「座る場所といってもベッドしかないが、とりあえず座ってくれ」

 

 言われるままに二人は横に並べられていたベッドに腰を下ろした。男は淡々とした動作で淹れたコーヒーをカップに注ぎ、二人に手渡す。

 カップを受け取りながらフォルテは男に尋ねた。

 

「見た限りただの民間人じゃなさそうだね」

「クーデターの間はこの辺りでレジスタンスをしていた。ここはそのときに使っていたアジトだ。まさかもう一度使うときがくるとは思わなかったが」

「それで、あんた。名前は?」

「まだ名乗っていなかったな。ふむ………アポロとでも呼んでくれ」

「あたしはフォルテ。こっちは――――――」

「ランファです」

「見てのとおり皇国の軍人さ」

「となるとさしずめ……奴らの調査というところか」

「奴ら?」

 

 フォルテが首をかしげると目配せでアポロに説明を求めた。

 

「“浪漫解放戦線”。奴らの組織の名称だ。規模はおよそ六十人前後。装備は

対歩兵用の小火器と対戦車重火器。聞いたことはないかもしれないが一応民主革命を推進しようとする左翼過激派だ」

「そんな馬鹿みたいな名前、初めてだね」

「だろうな。だが連中はクーデターの二、三年前から活動が活発になってきている。地元住民に略奪行為を繰り返し、クーデターが終わるころには虫の一匹すら締め出した」

「うっわ………えげつないですね」

「そういうことだ、ランファ。だが問題なのは奴らの住処にある」

 

 そう言ってアポロはおもむろにこの近辺の地図を取り出すと、二人の前で広げて見せた。地図のあちこちには書き込みがあり、左上には大きく見たことも無い字で――――――――旧時代で言う英語で“Oil Factory”と赤いペンで書かれている。

 

「さてここがあの集落。見てのとおり周辺には山も池も川もない。ここから南東にいくと今俺たちがいる洞窟。逆に北西十キロの地点には…………」

「え、と。なんて読むんですか?」

「オイル・ファクトリー。二十年前に民間の採掘会社が行動を掘っているときに見つけた、旧時代以前の燃料貯蔵施設だ。奴らはここを根城にしている」

「そんなものが? よく残っているもんだね」

「最初は俺もそう思った。だが事実存在し、この目で見た以上信じないわけにはいかない。だが問題なのはなぜ存在するのかよりも、そこに数十万トンもの化石燃料が貯蔵されていることだ。軍が攻撃を仕掛ければ味方もろとも辺り一帯が火の海になる。燃料は地下の広い範囲に渡って十三基のタンクに分けられているからだ。しかもこの施設の真下を地下水脈があり、これは首都の重要な水源の一つでもある」

「まるで十三個の強力な爆弾だね」

「卑怯な奴らの考えそうなことだわ」

 

 フォルテとランファの感想にアポロもうなずく。

 これだけの危険物が貯蔵されている以上、軍は下手に手を出すことができない。もしこれだけの化石燃料が爆発、炎上し地下水脈に流れ込めば首都の上下水道は致命的なダメージを受けるだろう。

 かといってこのまま放置すれば奴らがこの事実を盾に政府を脅迫する可能性がある。軍の大規模な掃討作戦が事実上実施不可能である以上今、ここで阻止しなくてはならない。

 フォルテはジープから持ち込んだ高性能衛星通信機を起動させるとルフトのオフィスに回線を繋いだ。今の時間帯ならばオフィスで仕事をしているはずだ。

 

『………わしだ。状況がかなり不利なようじゃな』

「ええ。詳細は暗号化したフォルダで後ほど送ります。ただ陸戦部隊でなければ解決不可能な事態です。あと科学専門家も必要です」

『分かった。手配はしておく。おまえさんがたにすべて任せよう。吉報を待っておる』

「了解しました」

 

 通信機の電源を切り、片付ける。ふと目をあげると待ちくたびれたのか、アポロはどこからか持ってきたウィスキーグラスに注がれた琥珀色の液体をうまそうに飲んでいた。

 言わずもがな、彼が飲んでいるのは酒である。

 

「………おい」

「ん、どうした」

「何飲んでんだよ、あんたは」

「ウィスキーだ。旨いぞ?」

 

 これがなければ始まらない。

 そう言いたげな表情でアポロはグラスの中身を一気に飲み干した。

 

「さて、行くか」

 

 アポロが倉庫の片隅にかけられていたシートを引き剥がすと、そこには純白のボディを纏った一台のバイクがあった。現代のトランスバールの物ではなく、むしろ旧時代の代物に近い印象を与えるがそのシルエットは斬新にして流麗。

 アポロはそのバイクに颯爽とまたがりヘルメットを被る。

 

「ランファ、あたしたちも行くよ」

「は、はい!」

 

 フォルテたちも岩陰に隠してあったジープに乗り込んだ。

 

「フォルテ、ランファ。俺が奴らのアジトの入り口まで先導する。あとはそちらの指揮に任せる」

「分かったよ。案内よろしく」

「ああ」

 

 爆音を響かせてアポロのバイクが洞窟を飛び出し、フォルテたちのジープがそのあとに続く。

 

 

一面の荒野の中、砂埃を巻き上げて走る。その姿はすでに彼らに捕捉されていた。

 砂塵を防ぐマントに身を隠した彼らは皆野戦服姿で、レーザーライフルを各々に装備している。

 

「よし、あいつらだな? 仲間を殺ったのは」

「間違いねえです。あの女だ……!」

「それにホワイト・ハウンドの姿もありやすぜ」

 

 アポロのバイクを双眼鏡越しに指差す。

 浪漫開放戦線のメンバーの略奪行為を幾度となく妨害してきた謎の男。彼の駆るバイクからホワイト・ハウンド――――――白狼と彼らは称していた。

 しかし、連中の進む方角は間違いなく自分たちのアジト。このまま見逃せばどんなことになるか。

 

「野郎ども、ここで奴らを血祭りに上げるぞ!」

『おう!』

 

 メンバーは一斉にオープンカーやらバイクやらに飛び乗ると無茶苦茶な運転でフォルテたちの追跡を開始した。

 

 

「ん? ランファ、後ろから何か来るぞ!」

 

 フォルテの一喝にランファが振り返ると、まるで暴走族のような武装集団が自分たちを追いかけてきているではないか。オープンカー二台にバイクが四台。総勢十名の追跡部隊だった。

 

「フォルテさん、撃ちます?」

「しかなさそうだね」

「待った!」

 

 そこへ先行していたアポロが減速してフォルテたちと並んだ。彼はフォルテに一枚のメモを放ると、

 

「ここは俺が引き受ける。二人は先にアジトに突入しろ。入り口の場所はそれに書いてある」

 

 言い終わるや否やアポロはバイクを一気に減速させて追っ手の只中に飛び込んだ。体の重心移動でバランスをとりながら両手に長年愛用してきたブローニング・ハイパワーをそれぞれ握る。

 突然のことに困惑する敵を一瞥しアポロは一瞬だけ疲れたような表情を見せた。

 クーデターも終わり平和へ向かって人々が歩み始めたというのに、また新たな争いの火種が生まれようとしている。無論それを阻止するために自分がいるわけなのだが。

 

――――――いや、悩んでいる暇はない。

 

 すでに相手は体勢を立て直そうとしていた。

 迷わずトリガーを引いた。腕を振り、組み、全周囲に向けられては離れる銃口から無数の銃弾が吐き出される。

 肩や足に弾を受けて転げ落ちる者、タイヤを撃ち抜かれて転倒する者。追っ手の全員が行動不能になったのを確認するため、アポロは一度バイクを停止させた。

 

(いくら己が生き残るためとはいえ………不毛だな)

 

 心中で思う。それは相手に対してなのか、自分に向けてなのか。

 アポロはもう一度辺りを見回して追っ手の仲間がいないことを確認してバイクを発進させた。

 

 

 

 

「ふぅ………さすがに暑い」

 

 ジープは岩陰に隠しておいた。今フォルテとランファは問題の化石燃料貯蔵施設の中にいる。換気扇や通風孔は機能しておらず照り返される荒野の熱が通路に充満していた。

 

「中の構造が分からない以上、下手には動けないな」

「でもこのままじゃあ奴らをのさばらせるんですか?」

「いや、そういうわけじゃあないけど。さすがに紋章機が使えないと、ね」

 

 現在紋章機はクレータ班長らの手によってオーバーホールと解析作業の真っ最中である。報告によれば現状の紋章機は完成当時の十パーセント程度しか性能を発揮できておらず、今回のオーバーホールによってその性能を五十パーセントまで引き上げられるかもしれないのだそうだ。

 どのみち、この危険物が埋蔵された閉鎖的空間に紋章機の活躍の場などないのだが。

 注意深く奥へ進んでいくとひときわ大きな空間に出た。巨大なパイプが張り巡らされ、見たこともない機械が無数に乱立している。どうやらここが化石燃料の加工施設のようだ。

 

「確かに隠れるにはもってこいだろうね」

「でも誰もいない――――――――!」

 

 その時、ランファイヤーが飛来する銃弾の風を切る音を察知した。

 フォルテを抱えて側のパイプの影に飛び込むや否や、激しい銃撃の雨が当たり一面に降り注ぐ。

 

「サンキュー、ランファ!」

「それよりどうするんですか!? 逃げられなくなっちゃいましたよ!」

 

 銃撃はいまだにやむ気配はない。こうも押さえ込まれては飛び出そうにも飛び出せないのだ。

 

「ちっ、このっ!」

 

 フォルテがパイプの上からライフルだけ突き出してトリガーを引いた。交差する無数の銃弾が壁や天井で跳ねて火花を散らす。その向こうでいくつかの悲鳴が聞こえて銃撃がぱったりと止んだ。

 

「よし、今のうちだ!」

「は、はい!」

 

 狭い足場を駆け抜けて別の通路へ飛び込んだ。後ろから怒号と何人かの騒がしい足音が聞こえてくるがそんなものは無視して通路の先を急ぐ。

 何個目かの曲がり角をドリフトさながらのスリップ音を響かせてフォルテとランファが駆け抜ける。その直後、壁に無数の銃弾が叩き込まれた。

 追ってはすでに迫ってきている。そろそろ限界だった。

 

「んなろぉっ!」

 

 肩越しに後ろへ向けてライフルをフルオートで撃つ。ぎゃあ、という一声とともにばたばたと人の倒れる音。

 それでも敵の追跡は終わらない。倒れた仲間を踏み越えて新たな追っ手が向かってくる。だというのに行き着いた先はこれだった。

 

「はっ……はっ……」

「行き……止り……?」

 

 

 

「よし、この先で奴らは袋のネズミだ!」

「とっ捕まえてひん剥いてやる!」

 

 追っ手総勢八人が袋小路に踏み込む。

 

「な、に?」

「いない、だと!?」

 

 どういうことか。

 本当なら袋小路で侵入者の二人が恐怖で身を引きつらせて縮こまっているはずなのに、そこにはねずみの一匹すらいないのだ。

 

「くそ。いったいどこに………!」

 

(ふぅ。なんとかやりすごせたか)

 

 引き下がる追っ手の頭上、整備用スペースの中でようやくフォルテは落ち着いて深呼吸をすることができた。だがどうやらこの一帯には例の化石燃料は貯蔵されていないようだ。敵が躊躇なく銃撃を行ったことがその理由だ。跳弾などの火花が化石燃料に引火すれば、あっという間にこの施設は粉微塵に吹っ飛んでしまう。

 

「さて、と」

「あ。それアポロさんからもらったメモですよね」

 

 メモにはアジトもとい燃料貯蔵施設の大まかな見取り図が書かれている。現在フォルテたちがいるのは施設の中でもおよそ中枢にある『管理棟』。推測するにこのエリアのどこかから施設全体の状態を把握することができるはずだ。問題の化石燃料があるのは『管理棟』から全周囲に配置されている十三基の貯蔵タンクで、内北側の三基が首都へ続く地下水脈の真上にある。

 敵はメンバーを『管理棟』と各貯蔵タンクにそれぞれ配置していると考えていい。ともなれば、どうやって彼らを安全に倒すかである。

 

「どうするかな」

「全部のタンクを回っておびき出すのはどうですか?」

「駄目だ。貯蔵タンク間の通路がないから、移動するたびに『管理棟』を通らなきゃならない」

「なら『管理棟』のどこかで相手全員に「ここにいますよー」って放送するのは?」

「それで、集めてからどうするんだ」

「まとめて爆破、とか」

「…………あたしらまで生き埋めにするつもりか?」

「事前に脱出すれば大丈夫ですって」

「あのな、ランファ。言うは易しという言葉を聴いた事はないか?」

「え、ないです」

「だがこの辺りは地盤が脆いぞ。下手をしたら貯蔵タンクが破損して燃料が漏れ出す危険がある。やはりゲリラ戦法しかないのかね」

 

 アポロの話では五十人ほどという話だが、さすがに二人で全滅させるには多すぎる数だ。仮にアポロの助けがあったとしても難しいことに変わりはない。

 

「ま、ぐだぐだ言ってもしょうがないですよ」

「そうだな。じゃ、いっちょ行くかね」

 

 

 

 

 

「駄目です、見つかりませんぜ」

 

 部下の報告を聞いて浪漫開放前線のリーダーであるブレーブ・クロックスは眉を寄せた。年は三十半ばといったところで、険しい顔つきが彼の激動の生涯を物語っている。しかしたかだか二人の侵入者にここまで手こずるとは。そもそも侵入されたことすら組織が発足しここを根城にしてから一度もなかったのだ。

 

「貯蔵タンクの警備メンバーに一層の注意をするように伝えろ。他は俺についてこい。侵入者をいぶり出すぞ」

「りょ、了解しやした!」

 

 ともかく急がなければならない。ロストテクノロジーの結晶とも言うべき≪あれ≫の修復も終わり、ようやく計画を実行するときが来たというのにここで水の泡にするわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

(うーし、見つけた………ぞっと)

 

 ダクトの金網越しにフォルテはにやり、とほくそえんだ。彼女は貯蔵タンクに通じる通路の真上にいた。ダクトから見えるのは三人の警備だけで、他には敵の姿は見えない。一つのタンクにつき三人なのだから単純計算でタンクの警備は三十九人が担当していることになる。とすれば『管理棟』には十一人。

 

(やっぱ、ランファの方が楽かね)

 

 内心毒づきながらライフルで三人の頭を確実に撃ち抜くと、フォルテはランファに無線で連絡して次の貯蔵タンクへ移動を開始した。

 

 

 ランファもフォルテと同じように整備用のスペースを使って隠れながら移動していた。すでに貯蔵タンクへ続く通路でたむろしていた敵を五人ほど倒している。

 薄暗い整備スペースの中で一休みしていると小走りで近づいてくる足音が複数。どうやらこちらを探しているらしい。

 通り過ぎたところで背後からライフルの一斉射で全員倒す。死体を数えると占めて四人。

 

(フォルテさんからの連絡を合わせると、これで十二人)

 

 ともかくぼやぼやしていられない。いくらサイレンサーを使っているとはいえ敵は遅かれ早かれ異変に気づく。ランファはそそくさと頭上のダクトへ身を隠した。

 

 

 

 

「ちっ………うっとうしいんだよ!」

 ガガガガッ ガガガガガガガガガッ

 

 フルオートで残っていた全弾を見舞ってからフォルテは制御盤の影に飛び込んだ。マガジンを交換しながら状況を確認する。ランファの報告と合わせて倒した数は二十六人。メンバーの一人を尋問して組織の構成員は六十三人だということは分かっている。アポロが引き受けた追っ手の十人を差し引いても、基地に残っているのはあと二十七人だ。

 フォルテは物資貯蔵用の倉庫に追い詰められてしまっていた。追っ手はあと六人だがいささか分が悪い。

 残弾は一マガジン分――――つまり今ライフルに入っている分が最後だ。あとは愛用のリボルバー拳銃ぐらいしかない。果たしてここを突破できるだろうか。

 

(くっ………)

 

 いっせいに敵が動き出す。覚悟を決めてフォルテが制御盤の後ろから飛び出した、その時だった。

 

 ギャオォォォォォォォォンッ

 

 響き渡る重厚なエンジン音。

 そして………

 

「アウトロォォォゥッ、突撃ぃっ!」

 

 純白の獣が宙を舞い、地を這うように駆け抜けて六人の体に食らいつき、そのことごとくを打ち倒していく。

 全員打ちのめしたことを確認して、純白のバイクが停止する。

 

「無事か、フォルテ?」

「ああ、なんとかね。ところでアウトローって?」

「こいつの名前だ」

 

 そう言ってアポロがバイクのハンドルをぽむ、と叩く。

 

「さあ、ランファと合流して残りを叩くぞ」

「分かったよ」

 

 アウトローにまたがるアポロの後ろでフォルテは予備のマガジンをいくつか受け取った。

 そこへ仲間の応援に駆けつけた敵の増援、およそ十名。

 

「いくぞ、フォルテ! こっちに動きを合わせろ!」

 

 再びエンジンの咆哮を上げるアウトロー。

 

「よっしゃ、任せときな!」

 

 リボルバー拳銃を右手に、アサルトライフルを左手にフォルテがにやり、と笑い、アポロがアウトローのアクセルを全開で発進させた。

 フォルテの正確無比な弾幕とアウトローの1万3500馬力のパワー、アポロの神業的操縦で包囲網を殲滅、突破する。

 

 

 一方のランファは倉庫の中を駆け抜けながら最後の追っ手十一人に追い立てられていた。しかもそのうち一人は『浪漫解放戦線』の指導者のようだ。

 

「あんたたち、いったい何が目的なの!?」

 

 通信機でもあるクロノクリスタルの回線をフォルテのクリスタルに繋いでランファが叫んだ。せめて彼らの目的だけでも明らかにせねば。

 

「いいだろう、冥土の土産に教えてやる」

 

 仲間がランファの包囲を完了したのを確認して、ブレーブ・クロックスはにやりと笑った。

 

「我々はトランスバールの悪政によって虐げられた人々の心を解き放たねばならない。そしてエオニアのクーデターによって混乱した国政がいまだ立ち直れぬ今、我々『浪漫解放戦線』が立ち上がりトランスバールの政府を襲撃して国の機能を掌握。人々が自由な心を取り戻す新たな秩序を創り上げるのだ」

「その邪魔する奴はみんな殺そうっていうの!?」

「その通りだ! 我々の崇高な理想の達成のためにはささやかな犠牲だよ」

「ふざけんじゃないわよ! そんなこと、絶対させないんだから!」

「それはどうかな? 君はもはや完全に包囲されている」

 

 クロックスが告げるのと同時に物陰に隠れていた仲間が一斉にランファに銃口を向ける。

 

「くっ………」

「ふははははははっ。さあ、おとなしく死にたまえ」

 

(うそぉ……乙女な出会いもなくこんな脂臭いところで死ぬなんて、冗談じゃないわよ)

 

 勘弁してくれ、とばかりに顔をしかめるランファ。それで状況が打開できるわけでもなく、包囲していた一人がトリガーを引き………

 

 一発の銃声が轟いた。

 

「っ―――――――――あれ?」

 

 撃たれたと思って身を強張らせたランファは無傷だった。

そしてその代わりに取り囲んでいた浪漫解放戦線(いい加減長いので以後ロマセン)のメンバーが次々に倒れていく。

 

「無事か、ランファ!?」

「フォルテさ〜ん!」

 

 駆け寄ってくるフォルテに三段跳びで抱きつくランファ。意外と体力的な余裕はあったようだ。

 

「わ、こら、くっつくんじゃない!」

「遅いですよ、遅すぎですってばぁぁぁぁ」

「分かった。すまなかった。謝るよ。だからコートの裾で鼻をかむな」

 

 えっぐえっぐ、と泣き崩れるランファは涙目である。フォルテも邪険に扱うわけにもいかずなんとかなだめようと必死だ。

 

 その向こうでは少々お約束の展開が続いていた。

 

「とうっ!」

 

 アポロのひときわ高い段差からの跳び蹴りが立ちはだかるロマセン戦闘員の一人をなぎ倒した。だが着地の瞬間を狙っての集中攻撃がアポロに襲い掛かる。

 跳ねる銃弾、飛び散る火花。それらをことごとく潜り抜けるアポロ。

 

「アポロ、そのままじゃ包囲されるぞ!」

「分かっている! 連続攻撃で蹴散らすまでだ!」

 

 遠巻きに野次を飛ばすフォルテに言い返しながらアポロはついに切り札に手を伸ばした。そう、彼の愛用する古き名銃、ブローニング・ハイパワーだ。

 

 ガガン ガガン ガガン ガガン ガガン ガガン!

 

「はぎゃっ!」

「ぎゃあっ!」

「ぐわっ!」

「ひでぶっ!」

「ぱっぴっぷっぺっぽうっ!」

 

 最後の辺りの断末魔だけ世界が違うような気がするが、とりあえず気にしないでおこう。

 そしてアポロがついにロマセンのリーダーを追い詰める。

 

「そこまでだ、ブレーブ・クロックス。大人しく負けを認めろ」

「ば、馬鹿な。我らの同志が全滅だと!? かくなる上は――――――――」

 

 勝ち口上を述べるアポロから一目散に逃げ出すクロックス。

 

「ぬ、待て!」

「待てといわれて待つ奴がいるか!」

「まあ、確かに」

 

 いや、同意している場合ではない。慌てて三人もそのあとを追う。

 クロックスは倉庫へ逃げ込むと奥に停めてあったトレーラーに駆け寄った。トレーラーの荷台には何かを積んでいるらしくビニールシートがかけられている。

 アポロたちが追いついてきたのを見てクロックスはビニールシートの下にもぐりこんでしまった。

 

「いったい何をするつもりだ?」

「あたしに聞かれても困るよ」

「あたしも分かりませーん」

 

 どことなくあっけらかんとしていた三人だったが、次の瞬間にはその余裕はどこかへ紙くずのように飛んでいってしまった。

 

 トレーラーから見たこともない機械の巨人が起き上がったのだ。全身は緑を基調とした塗装で、全身のあちこちに冷却液を循環させるためのパイプが見える。さらに右肩にはプレートそのままのシールドがついており、左肩のショルダーパッドにはスパイクまである。とどめとばかりに頭部は一つ目のモノアイだ。

 だからかどうかは知らないが、アポロが唐突に叫んだ。

 

「○ク!? ジオ○の○クだと!?」

「何だよ、ジ○ンのザ○って」

「とりあえず逃げましょうよ〜」

 

 彼の魂の叫びに冷ややかな反応を見せる二人、だがアポロはアウトローを急発進させて逃げるどころか緑の巨人へ突進する。無論、二人を乗せたままである。

 

「もうやだ――――――――――――!」

「だあぁぁぁぁぁぁっ、もう落ち着け!」

 

 後ろからフォルテに羽交い絞めにされランファに後頭部を強打されてようやくアポロは正気を取り戻した。あわや踏み潰される寸前というところで三百六十度ターン。そのままバックで倉庫から飛び出した。

 

「はっ、俺はいったい………」

「まったく世話のかかる奴だ。ところでアポロはあれを知っているのかい?」

「っていうかフォルテさん。三百六十度ターンからバックしたことになんのツッコミも無しですか?」

 

 ランファの素朴というか明らかに追求されてもおかしくない疑問は至極当然のごとくスルーされた。ギャグという名の演出に説明を求めても無駄なのだ。なぜなら理由はただひとつ。

 

「ギャグだからなぁ」

「っていうか何であんたがここにいる!?」

 

落ち込む彼女を尻目に二人は会話を再開する。ちなみにコマ割りをぶち抜いたふき出しで登場したゆきっぷうは問答無用なランファの一撃で奈落の底へまっさかさまに落ちていった。

 

「説明してもらえるかい」

「ああ。あれは○ク………なあ、この伏せ字は何とかならないのか? どうも話しくい」

「あたしに言われてもねえ。ま、いいや。それで?」

「うむ。旧時代にジオ○公国が開発した戦闘用人型機動兵器だ。高い汎用性を持ち、本来は宇宙用なのだが簡単なパーツの交換とチェーニングで陸戦にも対応する。ともかく今の俺たちでは勝ち目はない」

「ああ、とりあえず最後の一言を先に聞きたかった」

 

 すでにそのザ○は倉庫の天井をぶち抜いて地上に出たようだ。このまま首都に侵攻されたら機能が麻痺している軍では対応できず大きな被害と混乱を生むだろう。

 とりあえず三人も地上へ戻ると、

 

「くそっ……ご丁寧にあたしらのジープを踏み潰していきやがった」

 

 岩陰に隠してあったはずのジープは荒野の日向に放り出されてぺしゃんこになっていた。明らかな嫌がらせである。

 

「ちっくしょう………あの中にまだ対戦車ロケットもあったのに」

「そうなのか? ならちょっと待っていろ」

 

 そう言うとアポロは潰れた(正確には一枚の紙になった)ジープをなにやらごそごそと調べ始めた。するとあら不思議、彼はもはやジープもろともお釈迦になったはずのロケット砲を持って戻ってきたではないか(なぜか彼の体はぼんやり光っていたが、あえて追求はしなかった)。

 

「おぉー………」

「すっごぉい」

「大したことじゃない。それよりも奴を追うぞ」

 

 三人乗りのアウトローがエンジンを噴かしてクロックスの乗った○クを追う。どことなくアウトローが重そうなのだがこれもストーリーの進行上仕方のないことなので、とりあえず頑張ろう(←誰に言っている?)。

 

「よし、見えた!」

「早っ!」

 

 双眼鏡を構えるフォルテが喜々として叫び、すかさずつっこむランファ。一行は追跡開始から五分と経たずに荒野を闊歩する○クを発見したのだった。

 

「でもどうするんだい? いくら対戦車ロケットでもあのでかさじゃ………」

「大丈夫だ。俺に考えがある」

 

 するとアポロはいきなりアウトローを急加速させた。ぐんぐん速度が上がっていき、

 

「はわわわわわわわわ、今いったい時速何キロだぁぁぁぁあぁぁぁ!?」

「じじじじじじじじじ、時速三百キロですぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅ!」

 

 新幹線も真っ青のスピードである。というか、しがみついているランファとフォルテの顔色のほうが真っ青だ。

 

「しっかりつかまっていろ! このまま突っ込む!」

「つつつつつつつつ、突っ込むってどこにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「ザ○だ、ザ○に特攻するんだ!」

「むむむむむむむむむむむむむ、むちゃですってばぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!」

 

 だがさすがは科学技術の結晶体であるザ○。時速三百キロで接近するアウトローをばっちり感知していた。

 

「ふっふっふ。真っ二つにしてくれるわ!」

 

 クロックスはザ○に腰のアーマーに装備されている巨大な斧を構えさせた。

 そう、知る人ぞ知るザ○の代表的な武器である………

 

「ひっ、ヒートホークだとっ!?」

 

 驚愕に目を見開くアポロ。

 ヒートホーク。エッジ部分を白熱化させて敵の装甲を焼き切る格闘戦用の武器で、その形状はハンドアックスが主流だが、他に同じ機構を使用したヒートサーベルが開発されているがド○やグ○に採用され、ザ○は戦争終結の最後までヒートホークだった。

 閑話休題。

 

「なんの、時速三百キロで走行するこちらを捉えることなど不可能だ。このまま懐に飛び込むぞ!」

「「や〜め〜て〜」」

 

 もはやふらふらの状態のランファとフォルテなどお構いなしにアポロはアウトローをザ○の足元をすり抜けて背後に回りこませた。

 車体を傾けながら急ブレーキをかけて停止し、露出している右足の膝関節めがけてロケットを撃ち込んだ。

 

「ぐっ、ぐおっ!?」

 

 大きく機体が傾く。片足とはいえ膝間接にロケット砲の直撃を受けたことにより中のモーターが破損し、直立姿勢を維持できなくなったのだ。

 その場にくずおれるザ○。機体の動作が停止したことを確認して三人はすぐさま胸部のコックピットハッチをこじ開けた(アヴァンのRCSの例からフォルテとランファは判断したらしい)。

 

「う、ぐうぅ」

 

 コックピットの中ではクロックスが気絶していた。ものの見事に頭の上で星がいくつもクルクル回っているあたり、命に別状はなさそうだ。

 

「よし、こいつを逮捕・連行する。ランファは軍と警察に連絡を入れてくれ」

「はい、フォルテさん」

 

 

 

 

 

 結局、事務処理やらなにやらですべて片付いたのはすっかり日が暮れてからだった。取調室の代わりに使ったテキサロートの宿の前で三人はようやく肩の荷を降ろすことができた。

 クロックスは第一級政治犯、危険施設不法占拠、遺失技術乱用の罪状で特別収監所へ送られることになる。

 

「終わったな。二人とも」

 

 アポロがにやりと口元を綻ばせると、つられてフォルテとランファも笑みを浮かべた。

 

「ところでアポロ。あの巨人はいったいなんだったんだい?」

「ああ。間違いなくあれは旧時代以前に運用されていた人型機動兵器だな。あれはもともと宇宙用のものを陸戦用に調整したタイプだ」

 

 ロストテクノロジーがその多様性故にピンキリなのは周知の事実だが、それにしてもあんな物騒なものが政府の管理外にあるということは由々しき事態だ。一刻も早い軍の本格的な活動再開が望まれる。

 

「しかしアポロさんはロストテクノロジーにも精通しているんですね。尊敬しちゃいます〜」

「ははは。それはランファ、俺の知り合いに民間の研究者がいてな。たまに情報をくれるんだ。それとビデオで勉強したんだ」

 

 さて、と壁に寄りかかっていたフォルテが一歩踏み出した。

 

「任務も終わったし、そろそろ帰ろうか。溜まってる休暇も消化したいし」

「あ、いいですねー」

 

 飛び跳ねるランファの横でアポロも腰を上げた。どうやら彼も行く当てがあるらしい。

 

「それで、アポロはどうするんだい?」

「俺か。そうだな………さっきの研究者にこの件を相談しに行くつもりだ。何か分かったら君たちにも知らせよう」

「ん……じゃあこれがあたしの個人のアドレスだ」

「こっちはあたしのです」

「ああ、ありがとう」

 

 アドレスを書いた紙を渡し、二人は側に停めてあったバイクにまたがった。アクセルを吹かしてエンジンが好調であることを確かめてからもう一度アポロに礼を言う。

 

「今回は助かったよ。機会があったら一緒に酒でも飲もう」

「ありがとーございました! じゃ、また!」

 

 爆音とともに遠ざかっていく姿を見送り、アポロは宿のバーカウンターに腰掛けた。ロックアイスの入ったウィスキーグラスを鳴らしながらしばし今日の記憶の余韻に浸る。

 しばらくして宿の玄関が軋んだ音を立てて開いた。

 

「ん………?」

 

 おもむろに視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。腰まで届く長く美しい髪と曇りのない瞳は深い蒼。歳は十二、三といったところだろうか。だがアポロは彼女の名を呼んだ。

 

「ユフィリスト・キースパス―――――――――あの男の女が何用だ?」

「我が主からの伝言です。『イレギュラーの排除に感謝する。君の行く末に救いと安らかな眠りを』。それからもう一つ、これは私個人の忠告です」

「何だ?」

「貴方の相棒………放っておいて問題は?」

 

 少女の言う意味が理解できずに黙考すること五分。アポロは天井を見て床を見てカウンターを見てもう一度少女を見て、ぽんと手を打ってすべてを悟った。

 

「アウトロォォォォォォォォォォォッ!」

 

 激しく取り乱すアポロを尻目に、ユフィリスト・キースパスは何やら怪しい笑みを浮かべていた。こう、なんというか……マッドサイエンティスト的な笑いである。

 

 

 

 

 その頃、彼の相棒はフォルテの操縦の元、荒野を駆け抜けていた。

 

「でもフォルテさん、このバイク借りちゃってよかったんですか?」

「しょうがないだろ、ジープは踏み潰されちまったし地元警察は車の一つも貸さないし。それにこいつも喜んでいるみたいだし」

「そうですか?」

 

 ランファが首をかしげるとアウトローはクラクションを鳴らして肯定の意を示した。無論、フォルテが鳴らしたわけではない。もしかしたら人工知能による制御システムでも組み込まれているのかもしれない。

 だがそうなると、このバイクは独りで主の元に帰ることができることになる。今のところこちらの操縦に従っているから問題はないようだ。

 

「ようっし! アウトロー、お前はこれからあたしの相棒だ!」

『パッパー、パパパパッパー』

 

 どうやら賛同しているらしい。

 難しいことはつっこまずにランファはほう、とアポロのことを思い返した。あの引き締まった真摯な横顔。深く響く声。ああ、彼のすべてがいとおしい!

 

(アポロさん………また会えるかしら………)

 

 

 そしてその『引き締まった横顔と深く響く声』を持つ当の本人はというと。

 

「アウトロォォォォォォォォォォォッ! どこだっ、アウトロォォォォォォォォッ!」

 

 思い切り取り乱しながら見当違いな方向を闇雲に探し回っていた。

 

 

 果たして、アポロはアウトローと無事再会することができるのだろうか………?

 

 

 



第五回・筆者の必死な解説コーナー

改め、ミルフィーユの三分強クッキング(提供、皇国宇宙軍広報部

 

ミルフィーユ「みなさーん、こんにちはー! えーと、司会進行をしますエンジェル隊のミルフィーユ・桜葉です。今日は悪霊と化したアヴァンさんに取り憑かれて行動不能になっているゆきっぷうさんに代わって、この番組をお送りしまーす」

 

ミント「助手のミント・ブラマンシュですわ。ですがミルフィーさん? これは番組ではなくてあとがきですわ」

 

ミルフィーユ「あはは、気にしない、気にしない。まず今回の番外編なんですけど…………」

 

ミント「わたくしたち、まったく出番がありませんでしたわ!」

 

ミルフィーユ「そうなんですよぉ〜………あうあう(涙)」

 

ミント「わたくし、七変化どころか一変化もできませんでしたわ。せっかく新調した着ぐるみを用意していましたのに」

 

ミルフィーユ「じゃなくて、今回は新キャラが登場したんですよね。ではお名前と年齢と性別と誕生日とご住所とご用件と好きな食べ物と嫌いな食べ物と好きなものと嫌いなものと苦手なものと…………あと、なんでしたっけ?」

 

ミント「好きな女性のタイプと悪友について一言、ですわ」

 

ミルフィーユ「というわけで、どうぞ〜」

 

アポロ「どうも。はじめましての人ははじめまして。お久しぶりの人はこんにちは。コードネーム・アポリオンこと、本名は……まぁ、後々のことも考えて不詳にしておこう。とりあえず皆さん、今後(あるんだろうか?)ともよろしく」

 

ミント「あらあら、初めまして。ミントですわ」

 

ミルフィーユ「初めまして〜、ミルフィーユです〜」

 

アポロ「はじめまして、2人とも。さて、質問についてだが……まずは年齢からだな。(カンペを見ながら)年齢は……不詳とのことだ。外見は30代前半で、性別は見ての通り男。誕生日は太陽暦で言うところの2月20日。住所は…これもまた不詳。ご用件(?)については……『この世すべての破壊』。好きな食べ物、嫌いな食べ物については好き嫌いがないのでこれといったものはない、強いて挙げるならば、それぞれ魚関係、洋菓子関係」

 

ミルフィーユ「え〜、そうなんですか〜?(涙)」

 

アポロ「まぁ、強いて挙げるなら、だから。……好きなものはアルコール関係ならなんでも!! それと学ぶこと全般。 嫌いなものは宗教、神。無神論者ではないんだが、過去の経験からそうなってしまった。苦手なものは……特にない。これも強いて挙げるならば、だが、深い人付き合い、だろうか? …………というより誰だこのカンペを作ったのは!? これではまるで俺は不審者じゃないか!!」

 

ミルフィーユ「あー、なんかそのカンペは違う人が書いたみたいなんです〜。だから最後の質問は素直に、自由に、魂の赴くままに答えていいですよ」

 

アポロ「そ、そうか。……では、好きな女性のタイプについてだが、特に『これだ!』というようなのはない。俺がその時愛している女性が、俺の好みとなる。―――――――――そして、悪友についてだが……『いつまでも休んでないでさっさと復活しろ! この人でなしッ!!!』とだけ、言っておこう」

 

ミント「ありがとうございました」

 

アポロ「いや…ところで、今回のサブタイトルにあった『パイ包み焼き』というのは一体……?」

 

ミルフィーユ「はい、今からやりますから安心してください! では下ごしらえが整ったアポロさんをパイ生地で包んで、っと」

 

アポロ「ま、待て! 何をする! 俺は食材ではないぞ!」

 

ミルフィーユ「薬きょうを溶かしたバターを満遍なく塗ります。それから300度に温めておいたオーブンで三時間焼いたものが………」

 

ミント「こちらですわ」

 

アポロ「きゅ、キュー○ー3分クッキング、か…………ガクッ」

 

 

アヴァン「I shall return ! 待っていろ!」




ザ○とは違うんだよ、ザ○とは。
美姫 「はいはい」
さて、今回は番外編という事で、蘭花とフォルテのお話だったね。
美姫 「そうね。ちょっぴりギャグ風味のね」
うんうん。
美姫 「さて、番外編で出て来たアポロの出番は今後、本編にもあるのかしらね」
うーん、どうなんだろう。
それに、アウトローは、本当にフォルテの相棒になってしまうのかな?
美姫 「それも気になるわね」
意外と、ハッピートリガーに組み込まれたりしてな。
美姫 「いや、流石にそれは無理でしょう」
かな?
美姫 「アポロとアウトローがどうなったのかは、今後に出てくるのかしら」
それはどうかな。その辺も、ちょっと楽しみだな。
美姫 「そうね。それじゃあ、次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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