それははるか遠い未来、時間さえ断絶する破壊の嵐の後に在る世界。

 

 

 

 時空災害、クロノクエイク。はるか宇宙の彼方から襲来した衝撃波。それによって人類と文明は石器時代まで退化したと現在に伝えられている。

 

 

 かくして絶望の淵に立たされた人類。だが衰えた文明を不屈の意志で復興させ、そして再び動き出した歴史は急速にかつての栄華を取り戻し、人はもう一度、宇宙へと飛翔する。

 

 

 

 

 トランスバール皇国。本星を中心にいくつもの恒星、惑星を保有する広大な国家で、そこに住まうあらゆる民族がトランスバールの皇族たちの治世によって平和な生活を送っていた。

 

 

 

―――――そう、一ヶ月前までは。

 

 

 

 

 トランスバール皇国412年。

 

 皇族の一人、エオニア皇子が軍を率いてクーデターを引き起こした。本来ならばすぐさま鎮圧されるはずのものなのだが、わずか三日で戦況はまったく正反対の方向へ進んでいく。

 

 エオニアは『黒き月』という「失われた技術(ロストテクノロジー)」の宝庫とも呼べる軍事衛星を戦局に投入したのだ。無尽蔵の生産能力を持つそれによって膨大かつ強力な戦力を得たエオニアは本星へ侵攻。黒き月と同じロストテクノロジーを保有する衛星『白き月』を事実上占拠し、皇国軍は後退を余儀なくされた。

 

 

 

 

 この圧倒的不利な状況の中で皇国の将軍・ルフトには切り札があった。破壊されつくした王宮から幸運にも逃げ延びた最後の皇子シヴァとその護衛を務めるエンジェル隊。そして自分の教え子であるタクト・マイヤーズ。

 

 

 エンジェル隊はそれぞれ専用の『紋章機(エンブレム・フレーム)』と呼ばれる高性能戦闘機を操る五人のメンバーで構成されている。

 

 

 一番機、ラッキースター。大出力のハイパーキャノンを装備し、高いポテンシャルを有する。搭乗者はミルフィーユ・桜葉。

 

 二番機、カンフーファイター。遠隔操作可能な二つのアンカークローを持ち、高い機動性で敵を翻弄する。搭乗者はランファ・フランソワーズ。

 

 

 三番機、トリックマスター。無数の無人攻撃ビット『フライヤー』と多種レーダーを装備する。搭乗者はミント・ブラマンシュ。

 

 四番機、ハッピートリガー。重装甲と大火力で敵陣を突破するパワーマシン。搭乗者、フォルテ・シュトーレン。

 

 五番機、ハーヴェスター。安定した機動性と高い防御力、紋章機で唯一の修理機能を持っている。搭乗者はヴァニラ・H(アッシュ)

 

 

 いずれの者も若き皇国軍のエースパイロットたちだ。

 

 

 十二歳というまだ年端もいかぬシヴァを載せた儀礼艦「エルシオール」はルフトと、エルシオールの司令に就任したタクトの巧みな戦術によって、無事にエンジェル隊とともに再集結中の皇国軍との合流を果たす。

 

 

 だがエオニア軍の猛攻はすさまじく、反撃にでた艦隊の大半を失ってしまう。タクトたちはその戦いの最中に覚醒したエンジェル隊の搭乗する戦闘機「紋章機」から得た情報を頼りに、決定打となる秘密兵器を受領すべく白き月へ進路をとった。

 

 

 

 本流から逸脱してゆく物語は、ここから始まる………

 

 

 

 

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

 

 

第一章

一節  来訪

 

 

 

 

 エルシオールが針路を白き月に向けてから三日がたった。クロノ・ドライブという超空間航行を行っていれば敵から追撃を受ける心配はないのだが、現在その機能は損傷を受けて通常航行中だ。

 

 ブリッジの艦長席で一人の青年が黙々と報告書をチェックしている。やや小柄な体付きとすっきりとした顔立ちが優男を連想させるが、彼こそがこのエルシオールの艦長であるタクト・マイヤーズだ。

 

 

 そもそもエルシオールは戦艦ではない。一応の武装は装備しているものの正規の艦に比べれば貧弱だ。本来は皇族を乗せての航行を目的としているため、装甲などの防御面を見れば頼もしい限りであり、それがせめてもの救いといえよう。

 

 

 タクトは先の戦闘で受けた損傷の報告を受けたあと、副官のレスター・クラスダールに頼んでブリッジを早足で出て行った。彼の仕事は艦長だけではない。エンジェル隊というたった五人で編成された特殊部隊の戦闘指揮も受け持っているのだ。

 

 

そのなんと大変なことか。

 

 エンジェル隊は一人につき一機、専用の紋章機の支給を受けている。戦闘指揮はその運用がもっぱらで、そのために分厚いマニュアルを新たに読み直さなければならなかった。

 

 そしてタクトには隊員の士気向上やメンタルケアも任されている。高度な戦術を伴う戦闘の際にもっとも重要なファクターとなるのが指揮官と兵士の信頼関係である。その構築も兼ねているのだが………今に至ってようやく「いちおう、艦長なのね」と認識してもらった程度である。

 遅々として進まない理由はタクトが男で、エンジェル隊が全員女性だということだろう。これが逆なら幾分かは楽だろうが言っても仕方のないことである。

 

 一時間ほど前にミーティングをしたばかりだが、エンジェル隊の面々は明らかに気落ちしている。気持ちが負けているのだ。

 

 

 

 圧倒的不利な状況。

 

覆せぬ戦力差。

 

見えぬ光明。

 

確かではない決定打。

 

失われていく人命。

 

 

 

 だがまだ自分にできることがある以上、タクトはあきらめるつもりはなかった。それは軍人としてのプライドであり、艦長としての責任でもある。

 

 

 考え込みながら艦内を歩き回っていると前から走ってくる二つの影。エンジェル隊のミルフィーユ・桜葉とランファ・フランソワーズだ。またミルフィーユの『強運』が何かしでかしたかもしれないので、ともかく仲裁に入る。

 

 すると返ってきた意外な答え。

 

 

「ヴァニラさんがいなくなったんですぅ!」

「ヴァニラがいなくなったのよ!」

 

 

 ヴァニラというのはエンジェル隊の一人、ヴァニラ・Hのことだ。まだ十三歳だが、常人ではとうてい扱えない「ナノマシン」を使いこなす。そういえば先日の追撃隊との戦闘の折に可愛がっていたウサギのウギウギが死んでしまい、ひどく落ち込んでいたようだったが……

 

 

「それで、何か手がかりは?」

「それが……さっぱりなんです。倉庫もラウンジもみんな探したんですけど」

「フォルテさんやミントも探してくれてるけど、ここまで見つからないなんて。ミーティングにはちゃんと出てたのに」

 

 

 ならばこちらも総動員だ。タクトは近くにあったディスプレイを操作してブリッジにいるレスターに繋いだ。

 

 

『なんだ、タクト。また金を貸してくれなんていうんじゃないだろうな』

「ちがうよ、レスター。ヴァニラがいなくなった。すぐに艦内のすべてのエリアを調べてくれ」

『なんだと!? まったくこの忙しいときに……どうしたアルモ!』

 

 

 向こうでは緊急時の警報がけたたましく鳴っている。一分ほどたってからレスターが戻ってきた。

 

 

『タクト、お目当ての彼女ならたった今ハーヴェスターで出て行った。整備班の話だとペット用のケージを持っていたそうだが』

「ありがとう。俺もすぐブリッジに上がる」

 

 

 ハーヴェスターはヴァニラの紋章機だ。高い防御能力と紋章機で唯一の修理機能を持っている。

 

 通信を切ってからタクトはミルフィーユとランファに目を向けると、二人は驚きを隠せない様子でこちらを見ている。だが驚いているのはタクトも同じだ。そして今すべきことは分かっている。

 

 

「ミルフィー、ランファ。エンジェル隊は出撃準備だ。完了次第、ハーヴェスターの捜索に出てもらう」

 

 

 二人は命令の復唱もそこそこに格納庫へ走っていった。タクトも急いでブリッジに戻る。

 

 

「すまんみんな、遅れた!」

 

 

 タクトが艦長席に飛び込むとオペレーターのココとアルモが矢継ぎ早に状況の説明を始めてくれた。いつもながら彼女たちの仕事には助けられる、というのがタクトの正直な感想だった。

 

 

「ハーヴェスターの現在位置は?」

 

 すかさずアルモがスクリーンに、現在のエルシオールとハーヴェスターの位置を表示させる。

 

「ハーヴェスターはすでに距離一万二千、エリアB34Fの地点まで移動しています。今のところ敵影は確認できませんが……」

「いつ遭遇しておかしくない状況だ。放っておくわけにはいかない」

 

 

 タクトは手元のコンソールを操作して紋章機で待機しているエンジェル隊に通信をつないだ。

 

 

『タクト! いったいいつまで待たせるんだい!?』

 

 

 開口一番怒鳴り込んできたのはエンジェル隊のリーダーであるフォルテだった。

 

 

「フォルテ、それにみんなも落ち着いてくれ。今のところこの宙域にエオニア軍はいないが、いつ遭遇してもおかしくない状況だ。まずランファが先行、エルシオールがその後を追う。ハーヴェスターに接触したら無理やりにでもエルシオールまで引っ張ってきてくれ。残りのみんなはエルシオールの護衛とランファの援護を頼む」

 

 

 エンジェル隊の面々が一様にうなずく。

 タクトは席から立ち上がり全艦に指令を下した。

 

 

「エルシオール機関始動! 全艦第一警戒態勢、エンジェル隊は発進準備だ!」

「了解! エルシオール、エンジン始動!」

「メインハッチオープン、紋章機、全機進路クリア!」

 

 

 エルシオールの底部装甲がゆっくりと左右へ展開していき、中からアームで固定された四機の紋章機が押し出されてくる。前からラッキースター、カンフーファイター、トリックマスター、ハッピートリガーの順に並んでいる。

 

 

「司令! エンジェル隊の発進準備、完了しました!」

「分かった………みんな、ヴァニラを頼む!」

 

 タクトの呼びかけに皆がいっせいに答えた。

 

『はい、まっかせてください!』

『そうそう。あんたこそ不意打ちに気をつけてよ?』

『ヴァニラさんは大切な仲間ですもの』

『タクトはしっかり腰をすえて待ってな。ちゃんとあたしらが連れてきてやるから』

 

 

 アームの固定が解除される。無重力の世界に解き放たれた四機から高まるエンジンの咆哮が響き渡る。

 

『よぉし、エンジェル隊! いくよっ!』

 

 

 フォルテの合図とともに紋章機は四つの光条となり、離れていく仲間を追って闇を駆け抜けていく。それとほぼ同時に警報がブリッジに鳴り響いた。

 

 

「なんだ、敵襲か!?」

 

 

 驚くタクトとレスターにココが青ざめた表情で告げる。

 

 

「エオニア軍、エルシオールの針路上……距離一万八千に次々とドライブアウトしてきます。ミサイル艦40、空母30、駆逐艦50、高速突撃艦20、戦闘衛星3。大艦隊ですっ」

「敵艦隊、ハーヴェスターを捕捉! 艦を展開させています!」

 

 

 絶望的だった。いくら紋章機の足が速いとはいえ、到着するころにはハーヴェスターは完全に包囲されてしまって、とても手を出すどころかこちらの身が危うい。

 

 歯軋りするタクト。このまま仲間を救えず、自分たちが犬死するのかと思うと悔しいの一言では表せない。レスターも渋面に冷や汗を浮かべている。

 

 

「どうする、タクト。やはり………」

「ハーヴェスターを見捨てれば退路はある。だがそんなものを俺は活路とは言わない。エンジェル隊に連絡。エルシオールを盾に敵艦隊に突撃、ハーヴェスターを回収しつつ戦闘宙域から離脱する」

「無茶だタクト! あの数ではとても耐え切れないぞ!」

 

 レスターが血相を変えて止めに掛かるのをタクトは片手でそれを制した。不敵な笑みを浮かべる彼をレスターは訝しがった。

 

 

「策が、あるのか?」

「ああ。とびっきり危険な、ね」

 

「接近警報! 数、一!」

 

 

 二人の間を割ってはいるアルモの報告。レスターがあわててスクリーンに目を戻した。

 

 

「どうしたんだ、アルモ!」

「敵艦隊に高速接近する反応が一つあります。現在もなお加速中……今、マッハ3に到達!」

「そんな馬鹿な……」

 

 

 目を丸くして驚愕するレスター。紋章機随一のスピードを誇るカンフーファイターですらマッハ1がせいぜい限界なのだ。

 

 タクトは目を細めてその動向を見つめている。まるで、何かを見極めるかのような眼差しで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 編んだ緑の長髪を震わせてヴァニラはケージを抱えてじっとハーヴェスターのコックピットで怯えていた。轟く砲撃に身を震わせ、つい二日前まで寝食をともにした一匹のウサギの温もりを探している。

 

 だが彼女の腕の中にあるのは冷たい檻の感触だけだった。

 

 

 一緒に艦内を走り回ってレスターとタクトに大目玉を食らったこと。

 

 食堂のおばさんからあまりものの野菜をもらって、食べさせてやったこと。

 

 眠れない夜には部屋のベッドで抱いて眠った。

 

 

 そのいずれも、もう失われた時間。

 

 

 

 ヴァニラがナノマシンを使い、人を癒すのには訳がある。タクトにも明かしていないつらい昔の話だ。思い返すたびに胸を貫く、救えなかった命の重さ。

 

 

 自分では守れない。大切なものを救えない。

 

 

 

 すでにハーヴェスターは片翼を失い、航行不能。それでもなお健在なのはその装甲の堅牢さゆえである。

 

 

爆風に翻弄されながら終わりを待つ彼女の元に、雑音交じりのかすかな呼びかけが届いた。一瞬の後に途絶えてしまったが、それは確かにヴァニラの心に響いている。

 

 

――――――――帰っておいで。

 

 

「………帰る」

 

 柔らかなタクトの声が呼んでいる。

 

 

 そうだ。自分には帰る場所があった。だけれどもう無理だ。翼をもがれたハーヴェスター(天使)はもう飛べない。

 

 

 何で気づかなかったのか。どんな深い悲しみの淵にいてもエンジェル隊のみんなは自分を温かく包んでくれた。タクトはこんな自分を必要だと言ってくれた。

 

 

(けれどそれももう………)

 

 

 

 ハーヴェスターに一基のミサイルが迫る。エンジェル隊は集中砲火に阻まれて、まだ包囲網の外周部。誰も助けてはくれない。

 

 

(失ってしまう………)

 

 

 エンジェル隊での日々を思い出す。楽しく、面白おかしく、充実した時間だった。エルシオールにタクトが来てからはもっとそうだった。

 

 

 そして、ウギウギの最期を看取った時タクトの胸で泣いた。とても、とても心が落ち着いた。抱きしめてくれる彼の腕がいとおしく思えた。

 

 

 自分の愚かさと幸溢れる人生を思い、目を閉じる。

 

 

 

 その刹那、迫りくる誘導弾がついに爆発した。破壊の暴風が機体を激しく揺らす。

 

 

「!………………」

 

 だが訪れるはずの破壊は来なかった。ハーヴェスター、そしてほかの紋章機のセンサーがその存在をけたたましいアラームで告げる。

 

 

 完全な人型はおよそ計り知れぬ技術の結晶。

 

 漆黒の塗装は全身を覆い、爆炎の輝きを受けて輝いている。

 

 右手は薄く輝く長刀を携えて。

 

 背にある推進器は膨大なフレアを吹き上げ、今にも飛び出さんとしていた。

 

 

 周囲を包囲していた五隻のミサイル艦が一斉にハーヴェスターと人型へ砲火を浴びせた。襲い掛かる百を超える誘導弾を前に、その人型は臆することなく弾幕へ突撃する。

 

 螺旋の軌道を描きミサイルを叩き落しながら人型は長刀を振るいすれ違いざまにその五隻のブリッジを斬り捨て、ハーヴェスターの盾になるように艦隊に立ちはだかった。

 

 

 遅れてエンジェル隊の四機がその場へ駆けつけてくる。人型は一瞬だけその姿を見とめた後、反撃体勢をとるエオニア艦隊へと猛進した。敵の密集陣形を縫うように飛び回り、砲台を次々に叩き壊す。

 

 

『エンジェル隊! 後退するんだ、エルシオールもまもなくそちらへ追いつく!』

 

 

 タクトの一喝で、人型の戦いを呆と見つめていた五人は我に帰った。すぐさま行動不能のハーヴェスターをワイヤーで牽引して安全な空域へ移動する。ほどなくしてエルシオールもエンジェル隊に追いついた。

 

 エルシオールがすべての紋章機を収容してもなお人型と敵艦隊の戦闘は熾烈を極める一方だった。

 

 

 

 

「いったい、あれは何なんだ………」

 

 

 ブリッジのスクリーンに映し出された人型を見つめてレスターは息を飲んだ。

 

 エオニアの艦隊の砲撃は縫い目なく張り巡らされている。

 

 左腕と右足を失い、全身の装甲は至る所に亀裂を走らせて。しかし人型は攻め立てる勢いをまったく衰えさせない。紋章機よりも一回りか二回りは小型であるが、すでにエンジェル隊の撃墜スコアをはるかに上回っている。

 

 振り下ろされた一閃は衝撃を纏って空母を爆沈させた。幾重にも展開されるレーザーのスコールを、今沈めたばかりの空母の装甲を引き剥がし盾にして防ぎ切る。

 

 艦隊の数はすでに最初の半分以下になり、撤退を始めている。だがそれは許さぬ、と喰らいつく人型の前に立ちはだかる三つの巨影。

 拠点防衛用の三基の戦闘衛星は下がる味方の艦隊への追撃を阻むべく攻撃を開始した。その砲撃は遠く離れたエルシオールまで届くほどだ。

 

 

 ひび割れた装甲が焼けて溶解した。残った片足も消失した。それでもソレは突進をやめない。身を削ってまでの特攻が一基の衛星の制御中枢を貫いた。刀は厚い守りを突破し深く突き刺さっている。

 

 衛星が爆発し、その閃光と爆音を利用して人型は姿をくらました。二基の衛星が姿を追い求めるが影すら捉えることができない。

 

 

 ほどなくしてエオニア軍の残存艦隊の撤退が完了し、戦闘衛星たちは跡形もなく砕け散った。

 

 

 

 

 

「………タクト、終わったようだな。この宙域にもう敵の反応はない」

 

 

 安堵の息をもらしてレスターが深くシートに腰を下ろす。

 

 とはいえ被害は甚大だった。

 ハーヴェスターが中破、行動不能。ほかの四機の紋章機も消耗が激しい。エルシオールは航行に支障はないが武装の30%とクロノ・ドライブシステムが使用不能になっている。人的被害がなかったのがせめてもの救いである、と思うしかなかった。

 

 

 タクトは事後処理と艦のチェックをレスターたちに任せて格納庫へ急いだ。エンジェル隊を労うという大任もあるが、何よりヴァニラのことが気がかりだったのだ。

 

 格納庫に飛び込むとちょうどハーヴェスターのハッチが開いたところだった。程なくしてコックピットからヴァニラがふわりと浮かぶように出てきた。今の格納庫は紋章機の収容直後であるため無重力状態になっている。タクトは床を蹴って宙へ舞い上がり、少女の名を呼んだ。

 

 

「ヴァニラ!」

 

 

 少女はびくり、と肩を震わせてタクトを見た。怒られた子供のように泣き出しそうなヴァニラの華奢な体をしっかりと、タクトの両腕が抱き止める。

 

 

「タ、タクトさん。私は……っ」

 

 

 タクトの腕に力がこもる。強く、強くヴァニラを抱きしめた。

 

 

「ヴァニラ。俺じゃだめなのかな」

「え?」

「俺はヴァニラと一緒にやりたい。楽しいことも悲しいことも」

「タクトさん。私……」

 

 

 ヴァニラが感極まって何かを言おうとした時だった。重力制御装置が作動して浮遊していた二人の体がぴたりと止まり、

 

 

「お?」

「わっ」

 

 

 勢いよく落下し始めた。

 

 

「うわああああああああっ!?」

「きゃああああああああっ!」

 

 

 ビリビリビリッ

 

 

 床が目前に迫った瞬間、タクトのマントがクレーンのフックに引っかかり、二人は少々面白おかしい格好で宙吊りになってしまった。そこへエンジェル隊の面々が集まってくる。なんとも間が悪いというかなんというか。

 

 

「やあ、皆おつかれさま」

 

 ぶらぶら揺れながらタクトが挨拶をすると突然ミルフィーユがぺこぺこ謝りだし、ミントとランファが彼の姿を指差して爆笑する。フォルテだけがため息を吐いて安堵の表情を見せている。

 

 

 場所をティーラウンジに変えて改めて話を聞くことにした。

 

 

「タクトさ〜ん、ごめんなさい〜。間違えてスイッチ押しちゃって……」

「まあ、一応無事だったからいいよ」

 

 

 何でも早く整備班が作業できるようにとミルフィーユが気を利かせて重力制御装置のスイッチを入れたのだそうだ。ランファに小突かれながらミルフィーユはあうあう言ってオレンジジュースをずるずる飲む。

 

 そして話題はヴァニラの件に触れた。

 コーヒーに口をつけながらフォルテが真剣な面持ちでタクトと向かい合う。軍保有の特殊兵器の無断使用。命令違反に無許可出撃。場合によってはヴァニラは軍法会議にかけられることになり、最悪銃殺刑もありうる。

 

 

「それでタクト。軍の上層部にこの件は報告するんだろ?」

「ああ、する」

「タクト、あんた………!」

 

 

 臆面もなく答えるタクトにフォルテの怒りが頂点に達した。だが彼は何でもないかのように笑って横に置いてあった一束の書類を差し出した。五人が一様にそれを覗き込む。

 

「タクトさん、これなんですか?」

「今回の件の報告書だよ、ミルフィー」

「でもタクト、これって………」

「ランファ、見てのとおりさ。今回の件は単独でエルシオールの針路上を偵察中だったハーヴェスターが敵艦隊と遭遇、辛くもこれを撃退。即席にしてはなかなかいいでっちあげだろ?」

 

 

 つまりタクトは報告を偽ろうというのだ。命令違反も司令が命令を下すよりも彼女の行動が早かっただけということで軽いものになっている。

 

 

「これならヴァニラさんはお咎めなし、というわけですわね」

「うんうん、やっぱタクトはいい男だねぇ」

 

 

 林檎飴を舐めながらほっとしているミントの横で、フォルテはいそいそと抜いた拳銃をホルスターに戻していた。あと一秒でも釈明が遅れていればタクトの頭に銃弾がしこたま撃ち込まれていたかもしれない。

 

 なんとも物騒な話である。

 

 

 

 

 そもそもこのエンジェル隊、どのメンバーもかなり個性が強い。

 

 

 ミルフィーユは料理の腕前は達人だが、両極端な『強運』の持ち主でツイている時はとことんそうなのだが、ツイていないときも果てしなくツイていない。『強運』に巻き込まれてエオニアの艦隊と遭遇したことさえある。

 

 

 ランファは辛党の真髄を極めたような味覚と高い運動能力の持ち主で、格闘トレーニングに付き合わされたタクトは半死半生になり、激辛料理という枠を逸脱食堂の彼女専用メニュー『ランファスペシャル』を興味本位で食べて医務室に担ぎ込まれたクルーは一人や二人ではない。

 

 

 ミントは国内最大の巨大財閥『ブラマンシュ財閥』の息女で、テレパシスト。彼女の耳は獣耳でピコピコ動くらしい。さらに筋金入りの駄菓子好きで着色料が多量に含まれた飴などに目がなく、毎日彼女の舌の色が違うのはそのため。

 

 

 フォルテは生粋のガンマニアで、エルシオール内に秘密の射撃場を持ち、自室にはあちこちで買い込んだコレクション(弾薬込み)がばっちり飾ってあったりする。戦闘中にタクトはフォルテの部屋のある区画に攻撃が命中するたびに背筋がゾッとするとか。

 

 

 そんな中でヴァニラぐらいだろうか、常人に近いのは。

 

 

「ところでタクト」

 

 

 いつの間にかビールを飲み始めているフォルテが妖艶な笑みを浮かべてタクトに迫る。

 

 

「な、なんだいフォルテ」

「さっき格納庫でさ〜。あんたとヴァニラ、抱き合ってたろ」

 

 

 びしり、と場の空気が凍りつく。見るところはきっちり見ているあたりさすがは軍人。タクトは冷や汗を浮かべるとぎこちない動きでヴァニラを見た。彼女は平然と紅茶を飲んでいるが、その隣に座っていたミントは「んまぁっ」とか「あらあら、まあ」とか頬を赤らめている。

 

 

「ミント、どうしたんだ急に?」

「あらいえ、タクトさんは幸せな方だと思いまして。うふふ」

 

 

 テレパシーでヴァニラの思考を読んだらしいミントの薄笑いを何とか無視してタクトは席を立った。

 

 

「おや、タクト。もう行くのかい」

「ああ、フォルテ。そろそろ例の人型の回収が完了しそうだから格納庫へね。君たちもできれば来てくれ」

 

 

 エンジェル隊とともにラウンジを後にする。

 

 戦闘が終了しこれからクロノ・ドライブに移行しようとしていた時、エルシオールの針路上に損傷した人型が浮遊していたのを回収しておいたのだ。今のところ、届いた報告によると損壊したパーツも含めて全長二十メートル前後の機動兵器と推定できるぐらいだ。

 

 

「それでは………人が乗っているかは分からないのですか」

「そうなんだ。ただコックピットブロックと思しきブロックはあるらしいけど。ま、百聞は一見に如かずってね」

 

 

 格納庫の一画にクレーンで吊るされ何十本ものワイヤーで固定された人型の前にはもうレスターと整備班の二人が集合していた。

 

 

「遅いぞタクト。あれほど急げと言っただろうが」

「そう言うなよ、レスター。それでクレータ班長、隣の人は誰ですか?」

 

 

 整備班長のクレータは白き月の所属だ。白き月のスタッフは全員女性であるため例外なくクレータは女性である。そして彼女の横にはあまり見ない顔が一人いる。背中まで伸びた艶やかな金髪、きりりと引き締まった表情とナイスバディが目を引く美人ではあるが、タクトは面識がないように思えた。

 

 

「ああ、司令はまだ会ってませんでしたね。彼女はアンス副班長でうちの班のアイドルなんですよ」

「初めまして、アンス・ネイバートです。整備班副班長を務めています」

「よろしく、アンス副班長」

 

 

 挨拶を交わす二人の後ろでランファとフォルテがひそひそと囁き合っている。

 

(フォ、フォルテさん。アンスさん、やっぱりスタイルいいですよね?)

(あ、ああ。なんか以前よりもさらにバストアップしてないか?)

(やっぱりそう思います? それにウェストだって………)

(軍生活であのスタイルを維持し続けるとは、信じられないね)

 

 

 やはり年頃の女性というものはそういう話題に敏感である。しかし今はそういう話をしている場合でないことも重々承知しているあたりプロなのだろう。フォルテとランファは大きく咳払いして皆の痛いくらいの注目をごまかした。

 

 

「さてと。それじゃあ調査といきますか」

 

 

 腕まくりをするタクトの服の裾をくい、と引っ張るヴァニラは上目遣いに彼を見つめている。

 

 

「ヴァニラ? どうかしたのか」

「私が、やります」

「でもさすがにあれをこじ開けるのは………」

「大丈夫です。私は、タクトさんの役に立ちたいから」

「分かったよ、ヴァニラ。それじゃあこれをどうしようか?」

 

 

 熱と衝撃で変形したコックピットハッチらしきものは到底少女の力でどうこうなるようなものではなかった。無論タクトでも同じだろうし、どうせやるならフォルテのコレクションを使ってみようか。

 

 しかしヴァニラはアンスとなにやら話し始めた。どうやら二人は親しい仲のようである。

 

 

「アンスはああ見えて動物が好きなんですよ。マイヤーズ司令が来る前はよくクジラルームに出入りしていましたから」

 

 

 クジラルームとはエルシオール内にある施設の一つで、貴重保護種である宇宙クジラが飼育されている区画だ。宇宙クジラのケージも兼ねた海水プールには南国風の砂浜もあり、さらにはさまざまな植物や小動物を飼育するブロックもあるほど。ヴァニラの飼っていた宇宙ウサギもここの出身である。

 

 

 そうこうしているうちにヴァニラとアンスは意外な行動を開始していた。まずヴァニラがリフトに乗ってハッチの前に立ち、ナノマシンを送り込んで内部をスキャニングする。ナノマシンが得たデータはアンスが用意した計測用機材に送られてすぐに解析されていく。

 

 

 

 作業開始から五分と経たずにアンスが報告に駆けつけてきた(ほかのエンジェル隊の面々は暇そうにしている)。

 

 

「司令、班長。コックピットに人間の生命反応があります」

「本当か!?」

「間違いありません。どうしますか」

「話を聞いておきたいしな。よし、すぐにハッチを開けるんだ」

「了解です」

 

 するとアンスは手早く両手に皮のグローブをはめてハッチの前へ戻る。何をするのか一同が注目する中、彼女はハッチを両手でつかみ、

 

 

「ふっ―――――――――だあっ!」

 

 

 バキバキと電装やフレームごとハッチを引き剥がして放り投げた。弧を描いて床に落ちた金属板を呆然と見つめて、タクトは口を金魚のようにパクつかせている。

 

 

「………ク、クレータ班長?」

「アンスは整備班一の力持ちで建材の鉄骨も持ち上げられるんです。凄いでしょう」

 

 

 やはりエルシオールは特殊すぎる人間ばかり集まる運命にあるらしい。いつかこの艦が銀河を支配できる日も近いのかもしれない。

 そんなことを考えているうちにアンスがコックピットの中から人を一人抱えて降りてきた。見たところ二十歳前後の男性で機体の損傷の割には特に負傷しているわけでもない。ただ気絶はしているが。

 

 

「司令」

「ああ、分かっている。すぐに医務室へ運んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 同刻、黒き月。エオニア軍司令部。

 

 

 エオニアは焦っていた。

 皇国艦隊から離脱したエルシオールは追撃艦隊を振り切って白き月に向かっているという。黒き月と全艦隊を皇国軍掃討に投入している現在、白き月はまったくの無防備である。自軍が制空権を握っていると油断したせいだ。

 

 

 そして何より気になるのは追撃艦隊を撃退したのはエンジェル隊ではなく、突如戦闘に乱入してきたアンノウンだということだ。報告ではその全長二十メートル弱の機体はとうの昔に廃れてしまった人型機動兵器らしいという。

 

 

「くっ………ロストテクノロジーは私のものだっ!」

 

 

 憤りを抑えきれずに壁を殴りつける。もはや何のデータも残っていない小型の人型機動兵器はロストテクノロジーなどと呼べる存在ではなく、むしろイレギュラーだ。

そもそも艦隊戦と強力な範囲兵器が主流である現在、その存在意義は皆無である。いったいどこの誰がそんなガラクタを復活させ、あまつさえ最新鋭の艦隊を壊滅寸前まで追い込めるのか。

 

 

「私、知っているわ」

「ノア!?」

 

 

 ノアという名の年端もいかぬ少女はくすり、と笑った。彼女こそ黒き月の全機能を操る、いわば黒き月の主なのだ。故にその存在を知っていて当然だった。

 

 

「ノア、教えてくれ。それはいったい誰なんだ」

「ええ。その名は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アヴァン………ルース?』

 

 

 医務室のベッドで目を覚ました蒼い髪と瞳の青年はタクトたちにそう名乗った。今医務室にいるのはタクトとレスターとアヴァンと名乗った青年だけだ。

 

 

「しかし貴方たちに回収してもらえて助かった。黒き月の連中だったら何をされるか分からない」

「君は黒き月の人間ではないのか?」

 

 

 驚きの声を上げるレスター。

 

 エオニア軍、つまり黒き月で生産される機体はすべて黒の塗装で統一されているのだ。その理論で行けばおのずと彼の乗っていた機体も黒き月のものと結論に至るのだが、アヴァンは後ろで縛った蒼銀の長髪を弄りながら深いそうに眉をひそめた。

 

 

「その短絡的思考はやめてもらえないか、レスター副指令」

「む、申し訳ない。だが君は皇国軍の人間ではなさそうだが?」

「そうだな。あまり断定はしたくない………ただ白き月側の人間であることは保証しよう」

 

 

 青年は苦笑しながらそう答えるとベッドから降りて思い切り体を伸ばした。

 

 

「つまり、協力してもらえるのかい?」

「ああ、もっともすぐには戦力になれないかもしれないが。よろしく頼む、マイヤーズ司令」

「タクトでいいさ。アヴァン」

「………君がそういうのならそうしよう、タクト」

 

 

 そこでレスターが会話に割って入ってきた。彼はつくづく真面目な男で、どうもこの身元の分からない人間を信用することができないらしい。

 

 

「タクト、お前は正気か? こいつがエオニアのスパイじゃないと言い切れる根拠はないんだぞ!? 」

「けどなー、スパイならわざわざ脱出にも使う機体を壊すわけないだろう。あんなのエルシオールで修理できないし。むこうと裏を合わせているならそこまで派手にやりあう必要なんかないだろう?」

「それは、そうだが………」

 

 

 二人の口論の横でアヴァンは疲れたようにため息をついてから、医務室のドアを開けて出ていく。気づいたタクトがあわてて追いかける

 

 

「アヴァン、どこに行くんだ?」

「今から俺の身分を証明するんだ」

 

 

 タクトとレスターを連れてアヴァンが向かったのはシヴァ皇子の部屋だった。部屋といってもそこは謁見場であり、寝室などはその奥にあるらしいのだがタクトもレスターもそこまで入ったことはない。謁見場も気軽に入れるものではないのだが。

 

 にもかかわらずアヴァンはお構いなしで謁見場の扉を開けて中へ進んでいく。

 

 

「タクト、侍女を呼んでくれ」

 

 

 何がなんだか理解できないままタクトはシヴァ皇子の侍女を呼んだ。すると、現れた侍女はアヴァンを見るや否や感極まったように涙をこぼして彼と握手をするではないか。

 

 

「お久しぶりでこざいます。最後にお会いしたのは……」

「シヴァ皇子が六歳の誕生日を迎えられたときです。今、皇子と会えますか?」

「ええ、シヴァ様もお喜びになると思います」

 

 

 まさかの意外な展開である。アヴァンは皇族とかかわりにある人間なのか、それとも皇族の一人なのか。

 

 

―――――――――――いずれにせよこのままでは自分の首が飛ぶ!

 

 

 タクトとレスターはその結論に至るや否や全身から冷や汗を流して硬直してしまった。傍から見たら石像と見紛うほどだ。

 

 

 ほどなくして呼びに行った侍女とともにシヴァ皇子が現れた。昼寝中だったのか、普段は整っているボーイッシュな髪も寝癖であちこち跳ねている。まだ十四歳なのだから仕方ないことだろう。

 

 

「お久しぶりです、皇子。すっかり成長なされて」

「そういうお前は全然変わらないではないか。ちゃんと一日三食食べているのか?」

 

 

 皇子と普通に会話を交わすアヴァン。これでますます二人の人生がここで終焉を迎えることが確実になった。蒼然としたタクトとレスターが恐る恐るシヴァに詳しい説明をお願いしてみる。

 

 

「説明も何も、アヴァンは白き月を建造した男だ。よもや『アヴァニスト・V・ルーセント』の名を知らぬわけではあるまい?」

 

 

 それでますます二人は恐ろしさのあまり絶句した。泡を吹いて卒倒しなかったのが不思議なくらいである。

 

 

 アヴァニスト・V・ルーセント。皇国史の第一行目にその名は刻まれている。

 

トランスバール皇国が興るはるか昔、EDENという文明が存在した。そもそも白き月はそのEDENが滅ぶ直前に造られたものである。EDENが滅亡した原因は時空震と呼ばれる銀河単位の災害による。これによって既存の文明、技術はすべて石器時代にまで退化したといわれるほどだ。

 

そしてアヴァニスト・V・ルーセントは白き月の建造者として皇国4年まで文明の復興と世界の平定に力を貸したという半ば伝説上の人物である。

 

 

 だが今は皇国412年。その時代の人物がどうやって今まで生きていられるのか。はっきり言って不可能とかそんなレベルではない。

 だがその疑問はアヴァン自身によってあっけなく解明してしまった。

 

 

「白き月には冷凍睡眠施設があるからな。もっとも使ったのは俺だけだが」

 

 

 そうして快活に笑う青年はとても科学者には見えない。隣で侍女になにやら命じていたシヴァは、ふとアヴァンを不思議そうにまじまじと見つめた。

 

 

「そういえば、どうしてお前はここにいる? 確か本星でいかがわしい商売をしながら隠居生活をしていたはず」

「皇子。この状況で隠居などできはしませんよ。それにいかがわしい商売ではなくただの修理工です」

「そうだったか、まあよい。それよりもマイヤーズ」

 

 

 いまだにショックから立ち直りきれていないタクトは半ば虚ろな表情をあわてて直立不動の姿勢をとった。レスターに至っては、灰になってどこからか吹いた一陣の風に乗ってどこかへ行ってしまった。

 

 

「アヴァンは己の身分を秘匿している。私と月の聖母『シャトヤーン』様しか知らぬ事実だ。だからお前もこのことは誰にも話さないでほしい」

「バレるといろいろ面倒なのさ。その代わりできうる限りの協力はするぞ」

「お安い御用です。えー、アヴァンさん?」

「さん付けはしなくていいし、タメ口のほうが気が楽なんだ。エンジェル隊と同じような扱いにしてくれると助かる」

 

 

 これで話はまとまった。とりあえず自分たちの無礼は問われずに済んだようなのでタクトもホッと一息つける。灰になったレスターも倉庫で積もっているところを発見され、無事回復した。

 

 

 だが、問題はもっと意外な場所から噴出した。

 

 

 

 

 

 

「これから同行するアヴァン・ルースだ。よろしくな」

 

 

 これ以上ない爽やかな笑顔でアヴァンが軽く会釈した。

 

 夕食会も兼ねて食堂に集合したエンジェル隊にタクトと共にアヴァンも参加したのだ。無論、正体はあくまで秘密。皇国軍が開発していた新兵器のテストパイロットという肩書きで通すことにした。

 

 エンジェル隊も一通り自己紹介を終えたところで夕食という名の地獄の晩餐会がついに始まった。タクトはヴァニラと一緒に並んでテーブルの端に避難している。

 

 

「へー、アヴァンさんってお菓子好きなんですか」

「和洋中なんでも。だがやはり一番はチーズケーキだ」

「じゃあ今度作ってあげますね」

 

 

 甘党という意外な一面を見せたアヴァンとミルフィーユが意気投合。だがこれではミルフィーユがおいしいところを持っていってしまって、他の三人が不機嫌になってしまう。

 

 だが………

 

 

「アヴァンさん、カレーも好きなんだ。じゃあ今度食堂のランファスペシャル一号を食べてみてよー。絶対癖になるから」

「あんた、射撃の腕イイんだろ? これからあたしにちょっと付き合っておくれよ」

「まあ、旧時代のテーマパークで使われていた着ぐるみも持っているんですの? ぜひとも譲ってくださいまし!」

 

 

 

 

「なんだかなー………」

 

 

 四人のエンジェル隊に引っ張りだこのアヴァンを、タクトは盛り蕎麦をずるずる食べながらボーっと見つめている。なんというか、打ち解けるのにあれだけ苦労した自分はいったいなんだったのか。本当に空しくなってくる。隣でサラダスティックをかじっているヴァニラに慰められながら、タクトは最後の蕎麦を口に放り込んだ。

 

 

 

 

 食事を終えたタクトがブリッジに戻ると、ちょうどほかのブリッジ要員が休憩に入ったところだった。戦闘終了後すぐにクロノ・ドライブを行うべきなのだが、ドライブシステムが損傷を受けてしまい現在修理中。それでもあと三時間で作業が完了するというあたり、やはり白き月直属のスタッフは優秀なのだ。

 

 一人でブリッジを請け負っているレスターはやはり疲れているのか、どことなく目が空ろだ。タクトが心配して声をかけても「大丈夫だ」と答えるだけで、あまり大丈夫そうに思えない。

 

 しばしの沈黙の後、レスターが唐突に口を開いた。

 

 

「タクト。あの男はどうした?」

「アヴァンか? 彼なら今格納庫だよ。自分の機体を少しでも修理しておきたいんだってさ」

「だがタクト。アヴァンを俺はどうも信用できん……どことなく腹黒い感じがしてな」

「会って間もないんだからしょうがないさ。それにシヴァ皇子のお墨付きだから本当に大丈夫だと思うぞ」

「………………」

「そりゃあ、確かに今頃になってあんな何百年も前の代物を使っているのは気になるけど。今集中すべきは別の問題だろ?」

「分かった………お前が言うならそういうことにしておこう」

 

 

 渋ったままではあるがレスターは納得したように頷いた。

 

 タクトもアヴァンがまだ何かを隠していることは感じている。だがシヴァ皇子と面識があり、この国のために戦うと宣言した以上は協力してもらう。今の状況はそれだけ予断を許さず、なりふりかまっていられるものではないのだ。

 

 

 

 

 

 間もなく艦の修理が終われば白き月まで三日足らずで到着するだろう。

 

 

 この愚かな戦いを終わらせるために、これ以上の悲劇を生まぬために。彼らはそこで新たな力を得なければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



第一回・筆者の必死な解説コーナー

 

 

ゆきっぷう「こんにちは、はじめまして。この難解な世界を書いております、ゆきっぷうでございます。今回は皆様に『ギャラクシーエンジェル(略称、GA)』の背景を分かりやすく説明したいと思います」

 

アヴァン「サポート役のアヴァンだ。しかしゆきっぷう、なぜ対談形式なんだ? ここのどこに俺が必要なんだ?」

 

ゆきっぷう「つれないことを言うなよ、我が息子。たまにはゆっくりお茶でも飲もうさ」

 

アヴァン「いや、第一に会話が成り立ってない。それにあんたの息子になった覚えはないけど。それでどこから話すんだ? やはりクロノクエイクからか?」

 

ゆきっぷう「そうだね。まずこのクロノクエイクというのは一種の強力な磁場と衝撃波の発生と電波による銀河規模の災害なんだ。分かりやすく言うと銀河規模のヒドゥンあたりだな。それによって絵に描いたような未来のハイテク文明が消滅する寸前まで追い込まれてしまったのだからよほどひどかったんだろう」

 

アヴァン「なるほど。それでロストテクノロジーは旧文明の技術ということになるのか。ところで『絵に描いたような未来のハイテク』とは何なんだ?」

 

ゆきっぷう「例えば誰かと心を入れ替えるロストテクノロジーとか、なんでもないドアをあらゆる空間につなげるロストテクノロジーとか、普通の人間を全長五十メートルの超人に変身させるロストテクノロジーとか」

 

アヴァン「………えらく懐かしいロストテクノロジーだよな。使いたくはあるが」

 

ゆきっぷう「今回のストーリーはゲーム版GAとのクロスオーバーだから上記のような懐かしいテクノロジーは関係ないけど、アニメのほうだと日常茶飯事なのだ。笑いと涙と破壊がいっぱい」

 

アヴァン「なるほど、その一方の真面目なロストテクノロジーによって生まれたのが『白き月』や『紋章機』というわけなのか。………ところで一つ気になることが」

 

ゆきっぷう「なにさ? 言って言って」

 

アヴァン「オリジナルの解説はしないのか?」

 

ゆきっぷう「あ、えーと…………ロボットもキャラクターもコメントは控えたいよう」

 

アヴァン「泣くな、男なんだっけ? どう考えても名前は女だが」

 

ゆきっぷう「ひ、ひでっ! フォローに見せかけた言葉の暴力!?」

 

アヴァン「いいからさっさと説明するんだ」

 

ゆきっぷう「大丈夫だって、今しなくても。次の二節でロボットのほうはバリバリ書くから。できれば本編は三節ぐらいで第一章を終わらせたいかなー」

 

アヴァン「難しい相談だな。戦闘の描写が長くなってしまう以上、ストーリーの進行具合は遅くなる傾向になりがちだ。だから…………五節ぐらいになるんじゃないか?」

 

ゆきっぷう「お、俺に何をさせるつもりだ!?」

 

アヴァン「いまさら何を………ではこれにて終了だな」

 

ゆきっぷう「え? もう終わるの?」

 

アヴァン「当たり前だ。ではまたー」




ゆきっぷうさんさんん、投稿ありがと〜。
美姫 「ありがとうございます」
さて、うちのHP初のギャラクシーエンジェルだな。
美姫 「初だっけ?」
…………うん、初だな。
美姫 「そうみたいね」
さて、これからどんな物語が始まるのか。
美姫 「楽しみよね」
うんうん。ギャラクシーエンジェルは結構、好きだからな。
果たして、どんな展開をするのかな。
美姫 「非常に楽しみにしつつ、次回を待ちましょう」
おう! それでは、次回を待ってます。
美姫 「待ってま〜す♪」



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