第五幕 聖戦
夜からの雨は陽が昇る頃には止んでいた。解放軍は雲が空から去り陽が天と地を照らすのとほぼ同時に進撃を命じた。
角笛が鳴らされはたがゆっくりと掲げられる。人と馬が大地を踏みしめ前進を開始する。目指すは魔皇子の座す城、王都バーハラである。
バーハラ城は完全に包囲された。十重二十重に囲んだ解放軍は徐々にその輪を狭めていく。やがて城の城門が全て開かれた。
「敵軍だね」
セリスがそれを見て言った。
「はい。城内の市民達は既に全員城から脱出し我等が保護しております。だとすれば考えられるのは一つしかありますまい」
オイフェが言った。
「だとすればおそらく出て来るのは」
「はい、異形の者達でしょう」
オイフェの予想は当たった。出て来たのは火竜や氷竜、魔竜といった竜達、ゾンビ、スケルトン、ドラゴンゾンビ、空には飛竜やガーゴイル、ビグル等がひしめきこれ等の他にも漆黒の魔犬や岩石の如き身体の巨人、山羊の頭や一つしかない腕や脚を振り回す古の魔物フォモール、人の身体に狼の頭を持つ人狼、炎の毛を持つ狐といった異形の魔物達が次々と
現われてきた。
「どうやら暗黒教団の奴等が各地から召還してきたらしいな。相変わらずそういったことにはよく頭が回る連中だ」
シャナンが忌々しげに呟く。
「だが退くわけにもいくまい。ここで退いたら今までのことが全て水の泡になってしまう。だろう、セリス」
「うん、何があろうと退かない。行こう皆、勝利を我が手に!」
セリスがティルフィングを高々と掲げた。全軍鬨の声をあげ無気味な咆哮をあげこちらに炎の息や矛を向けんとする魔物達へ突撃を開始した。
人と魔物達の壮絶な死闘が始まった。その禍々しい武具をもって襲い掛かる魔物達を解放軍の将兵達はその戦術を以って迎撃していた。
「怖れるな!敵の姿に怯える必要は無い!」
セリスが叫ぶ。
まず敵の前面には陽動として腕の立つ者が行く。そして側面や後方に回り込んだ者達が狙い撃つのだ。数を頼みに来る者に対しては方陣で以って防衛する。そうして魔物達に対抗していた。
しかし魔物といえどやはりこと戦闘に関しては素人であった。実際に武器を手にし戦術を駆使して戦う術は知らなかったのである。個々の強さでは圧倒的な戦闘力を持ってはいてもそれを満足に生かせなかった。少しずつ確実に倒されていった。
戦局が解放軍のものになるまで時間は然程かからなかった。城外の敵を全て倒し終えると解放軍はあらためて城を包囲したのである。
「行こう」
セリスが行った。皆それに頷く。
諸将と精兵達が城内に入る。遂に帝都にまで入った。
城内は予想された通り悪質な罠と血に飢えた獣、そして所々に潜み奇襲を仕掛けんとする暗黒教団の者達でひしめいていた。建物の部屋を一つ、路の小通りを一つ確保するのでさえ容易ではなかった。だが解放軍は粘り強く進撃を続けた。
天井が落ち暗黒教団の者達が闇から襲い掛かり足下の罠がその牙を突如として剥く。それでも進んで行った。一日が過ぎ二日三日、そして四日と死闘が続いた。遂に六日目の夜解放軍は宮城に達した。
白亜の壮麗な城が夜の闇の中に聳え立っている。彼等はその城を見上げた。
「ようやくここまで来たな」
既に宮城以外は全て占拠している。あとはここだけである。
「この城にいる」
空には夜だというのにはっきりと見える程の無気味な雲がある。妖気に満ちたドス黒い雲だ。かってレンスターやミレトスに現われたあの雲だ。
城門を開けた。そして中に進む。
バーハラの宮城は複雑な造りで有名である。外敵を惑わせる為であるがそれは解放軍の諸将に対しても同じであった。このラビリンスは巨大でありモザイクの様に入り組んでいた。
しかし解放軍の諸将は一歩一歩進んでいった。この中にも獣や魔物、そして暗黒教団の者達がいた。しかしセリス達はそれ等を少しずつ倒していった。
最後に天主が残った。バーハラ宮城の象徴とも言える巨大な天主である。ここにユリウスがいるのは明らかであった。
中に入る。そこは大広間であった。
向こう側に階段がある。しかしその前に彼等がいた。
「やはり甦っていたか」
レヴィンが顔を顰め呟いた。古に伝わる暗黒神の使徒達。彼等がそこにいた。
そしてその中心にいる十二人の妖しげな気を放つ者達がいた。
「十二魔将か」
「あれが・・・・・・」
皆レヴィンの言葉を聞いて息を飲んだ。
かって十二魔将の乱があった。暗黒教団に魂を売ったグランベル共和国の十二人の将達が共和国に対し反乱を起こした戦乱である。
彼等は共和国の元老院を突如襲撃し元老院議員達を殆ど殺してしまった。そして首都を占拠し多くの市民を虐殺したのである。これにより首都は機能不能に陥った。
かねてよりガレの不審な行動に疑念を持っていた執政官オルバスはこの時アグストリアにてガレの仕業と見られる虐殺事件について自ら出向き調査していた。だがこの反乱に驚いた彼は急いでグランベルに戻った。
バーハラに戻った彼が見たものは破壊し尽くされた首都であった。建物は跡形もなく壊され市民達は皆無残な屍となって横たわり死臭が満ちていた。そして野良犬が人の首を咥え烏が死肉をついばんでいた。共和国の栄華を象徴する首都バーハラはこうして灰塵に帰したのである。
以後暗黒教団の勢力は強大化していく。そして遂にはロプト帝国を建国しグランベル全土をその暗黒の帳で覆ったのである。十二魔将は皇帝ガレの忠実な腹心であり彼等の行くところ常に死が共にあった。
彼等はかって聖戦の時にも姿を現わした。ガレがその魂を己のそれと同じく代々受け継がせていたのだ。しかし聖戦士達により打ち破られ燃え盛る魔城の中ガレと共に滅んだ筈であった。
「だが暗黒神の復活と共に再び現われたか。使徒達と同じように」
レヴィンは彼等を見て言った。
「気をつけろ。この連中から発せられる妖気は尋常じゃない」
一同その言葉に対し頷いた。
双方同時に前に出た。そして激しい死闘が始まった。
「ここは私達に任せて下さい」
リーフがセリスに対して言った。
「しかし・・・・・・」
セリスはそれを聞いて戸惑った。
「数は互角だ、我々だけでも充分だ」
「そうだ、皇子はユリウス皇子の相手を頼む」
アレスとブリアンが言った。皆も剣や魔法を撃ちながらそれに頷く。
「セリス行くんだ、皆の気持ちを無駄にするな」
シャナンが言った。セリスもそれで首を縦に振った。
「よし、皆ここを頼む!」
「おお!」
セリスは階段を登った。ユリアとレヴィンがそれに続く。
大広間から激しい戦いの音が聞こえる。セリスはそれを聞いて振り返りたかった。
しかし振り返らなかった。そして螺旋状の階段を登っていく。
ビグル達が迫る。しかしそれを切り落とし先へ進む。
遂に天主の屋上へと繋がる二つの部屋のうちの一つに着いた。三人は部屋に入るとサッと身構えた。
だが部屋の中には何も無く誰もいなかった。空洞の様な部屋だった。
「!?」
三人がいぶかしんだその時であった。部屋の中央に黒い渦が現われた。
そこから頭に一本の頭髪も無い全身から邪悪な瘴気を放つ男が現われた。漆黒の法衣を着ている。
「貴方は・・・・・・!」
ユリアは彼の姿を見て叫んだ。かってバーハラの城においてマンフロイと密談していたあの男である。
「フフフ、よく覚えていたな」
彼はユリアに対して笑いながら言った。
「我が名はベルド。マンフロイ様と共にユリウス様に御仕えする者。この名にかけて貴様等をこれ以上先には進ませぬ」
そう言うとゆっくりと迫る。レヴィンが前に出て来た。
「言ってくれるな、邪神の僕共が。私を前にしてもそれが言えるかな」
「何」
ベルドはそれを聞いて白濁した眼で彼を見た。
「こういう事だ」
レヴィンは左手を横に振った。風の刃がベルドを襲う。
「ふん」
ベルドも右手を横に振るう。黒い瘴気が風の刃を打ち消した。
「行け、ここは私に任せろ」
レヴィンはセリスとユリアに言った。
「うん」
二人は頷いた。そして上へと続く階段へ向かう。
「ふむ。まあ良い」
ベルドはそれを黙って見逃した。
「ほお、やけに潔いな。貴様等暗黒教団にしては」
レヴィンが言った。
「どうやら上にはマンフロイがいるな。奴は幾日にも及ぶ戦いで疲れきった二人を倒す・・・・・・。そう考えているな」
ベルドは答えなかった。だが口の端を歪めた笑みがその答えであった。
「そしてもうすぐ城の内外で魔物達が一斉に甦り我々を襲うーーーー。真に手の込んだ計略だ」
レヴィンは言葉を続ける。ベルドはそれを聞きながら笑っている。
「天主に攻め込んだ我々も疲れが限界に来ている。最早気力で立っている状態だ。これ以上の戦闘は流石に無理だろう」
レヴィンの言う通りであった。城外でも魔物達との戦い以後ほぼ不眠不休で戦い続けた。皆気力のみで戦っていた。
しかしそれももう限界だ。
「あと人押しで我々は全滅だ。そこまで考えているとはな。だが・・・・・・」
今度はレヴィンが笑った。右手をゆっくりと横に出し上に掲げる。
「一つ誤算があったな。私にこの力があるのを知らなかったな」
レヴィンの手から数千万のエメラルドを集めたかの様な緑の光が放たれた。その緑の光は瞬く間に城の内外を包み込んだ。
セリスとユリアは階段を登っていた。その時緑の光に包まれた。心地良い美しく優しくそれでいて眩い光である。何か癒される光である。
「何、この光・・・・・・」
二人は光に包まれ見えなくなった。その中で光の一つ一つが身体の中に入っていくのを感じた。
「不思議だ、何だか今までの疲れが消えていく・・・・・・。これは一体・・・・・・」
緑の光が城の内外から全て消え去った時セリスもユリアも他の解放軍の将兵達もそれまでの今にも倒れ伏しそうな疲れから解放されていた。身体が羽根の様に軽くなっていた。
「これは・・・・・・」
ユリアは両手の平に視点を置きつつ呟いた。身体中に力がみなぎってくるのがわかる。
「わからない。いや・・・・・・」
セリスはふと気付いた。
「そうか、レヴィンが」
「レヴィン様が?」
「うん、それは後で話すよ。今は進もう」
今目の前に扉があった。
「はい」
ユリアは頷いた。そして二人はその扉を開けた。
部屋は夜の様に暗く窓一つ無い。明かりも差さず何も見えない。だが強烈な殺気が部屋の中央から発せられている。何かがいる。
左右に炎が出て来た。その炎は松明でも燭台でもなかった。青白くユラユラと燃える鬼火であった。
部屋は黒く塗られていた。人でも獣でもない異形の物の骨で作られた椅子と机、壁に飾られた暗黒竜のレリーフと暗黒教団の紋章、床に張られた魔法陣、その中央に彼がいた。
「遂にここまで来たか、バルドとヘイムの子等よ」
マンフロイがいた。双瞳を輝かせながら二人に対して言った。
「ここは通しはせぬ。貴様等の亡骸をユリウス様に差し出してくれるわ」
爪が禍々しく伸び右手が顔の高さまで掲げられる。その中に黒い瘴気が集まって来る。あの魔法ラグナロクを放たんとする。
二人はそれを見て動いた。セリスは右に、ユリアは左にそれぞれ動いた。
ラグナロクが放たれる。二つの黒い瘴気がそれぞれセリスとユリアに向かう。
セリスはそれを剣で両断した。ユリアはライトニングで相殺した。
「何っ!?」
ユリアはライトニングを再び放った。それはマンフロイの胸を撃った。
だが彼は倒れなかった。二人を余裕の笑みでもって見た。
「甘いな」
そして言った。
「わしを誰だと思っている。暗黒教団の大司教だぞ。この程度の魔法蚊が刺した程にも感じぬわ」
「そうか・・・・・・」
セリスはそれを聞いて呟いた。
「ユリウス様のところには行かせぬ。今ここで死ぬがいい」
再びラグナロクを放ってきた。二つの瘴気が飛ぶ。
だがユリアが前に出て来た。そして身構えた。
「ライトニングが駄目なら」
全身を光が包む。ローブがその中に揺れる。
「これしかない!」
そして魔法を放った。
「ナーガ!」
巨大な光の柱が生じた。それは瘴気を包み込み完全に打ち消した。
瘴気だけではなかった。その柱はマンフロイをも包み込んだ。
「グオッ」
マンフロイはその中でもがき苦しむ。どうやらかなりのダメージを受けているようだ。
「兄様、今です」
ユリアはそれを見てセリスに対して促した。
「うん」
セリスは頷いた。そして前に飛ぶ。
ティルフィングを一閃させる。マンフロイの首が飛んだ。
さらに剣を縦に振る。首が縦にも切られた。
最後の叫び声すら無かった。マンフロイは光の中に消えていった。
「今までの報いだ。そのまま消え去ってしまえ」
セリス彼の身体が消えたのを見て言った。ユリアもそれを何時に無い強い表情で見ていた。
「行こう」
「はい」
二人は上へ向かう階段に足を踏み入れた。
一歩一歩進むごとに邪悪な、そして全てを威圧するような気が高まっていく。そのあまりの凄まじさに身体が動けなくなりそうになる。だが進まないわけにはいかない。気力を振り絞り上へと向かう。
屋上に出た。空に巨大な満月が見える。青がかった黒い空に血が滲んだ様に赤い月が浮かんでいる。
少年はその月の光に照らされていた。こちらに背を向け立っている。
こちらにゆっくりと振り向いてきた。白く中世的な美しい顔と紅の髪が月の光に映える。
「ようこそ。我が空の部屋に」
人の声と異形の者の声二つの声が同時に聞こえてきた。
「そして永遠にさようなら」
その紅の瞳が竜のものとなり耳まで裂けた口からは牙が生え爪は禍々しく伸びている。セリスとユリアも左右に跳び構えを取った。遂に最後の戦いの幕が開かれた。
いよいよユリウスとの対決。
美姫 「今までの戦い、全てに決着を着ける時ね」
ああ。セリスとユリアはどんな結末を迎えるのか。
美姫 「いよいよ、クライマックス!」