第二幕 裁かれるべき者


 ドズル城を攻略し新たにイシュタルと光騎士団を加えた解放軍は次にフリージへ向けて進軍を開始した。
 その報はフリージ城にいるヒルダにもすぐに伝わった。彼女は手勢である雷騎士団全軍に対し出撃命令を出し自らも陣頭指揮を執ることにした。
 フリージ城南のフリージ峡谷の入口において雷騎士団は布陣した。ここなら大軍が相手でも充分に相手を出来ると考えたからである。
 雷騎士団の主力は重厚な鎧に身を包んだバロンである。ジェネラルよりもさらに強力でありかなり高位の魔法も使用出来る相当に強力な者達である。カナンやアトラスといった闘技場において伝説的な強さを誇る者もいる。攻守に極めて強い彼等なら解放軍とて恐るるに足らずと思われた。だがヒルダは自らの率いる軍の異変に気付いていた。
「全くやる気が無いねえ。どうしたことだい、これは」
 ヒルダの残忍な性質と非道な行いは皆の知るところであった。彼等は彼女よりもフリージの本来の主であり政戦両略に長け人望もあるイシュトーとイシュタルに心を寄せていた。
 二人は今解放軍にいる。自らの若き主達に剣を向けることなど出来る筈もなかった。士気が奮わぬのも当然であった。
「ならやる気を出させるまでさ。暗黒教団の連中を呼んでおいで。戦おうとしない奴がいたら殺しておしまいって」
 彼等はそれにより止むを得ずヒルダの命令に従い解放軍と戦うことにした。
 解放軍が峡谷の前に現われたとの報が入った。ヒルダはすぐに雷騎士団全軍に戦闘態勢に入るよう命じた。同時に暗黒教団の者達に対し督戦をするように言った。
 解放軍が峡谷を進撃して来る。ヒルダはトローンの射程に入ったならばすぐに斉射するよう命じた。
 もうすぐ射程に入る。手が構えられる。ジリジリと手に宿らせた稲妻が音を立てる。
「止めろ!」
 不意に峡谷の上から声がした。解放軍も雷騎士団も一斉に声のした方を見る。
 峡谷の上にはラインハルトやオルエンといったフリージ出身の解放軍の将達とアミッドやティニー、リンダといったフリージ家の者達がいた。その中央にはイシュトーとイシュタルがいる。両軍それを見て声を挙げた。
 彼等は大旗を掲げていた。雷の御旗、十二聖戦士の一人であるフリージ家の祖魔法騎士トードの旗であった。それを見ただけで充分であった。
 雷騎士団の者達は皆次々にフリージ万歳、トード万歳と叫び出した。それは瞬く間に全軍に拡がった。
 最早ヒルダにはどうすることも出来なかった。暗黒教団の者達も手が出せず逆に次々と捕らえられ斬り捨てられていった。
 これ以上この場にいると命が危ない、ヒルダは本能的に悟った。
 死ぬつもりは毛頭無かった。暗黒神の世でこれからも思う存分拷問と殺戮を楽しむつもりであった。人々の苦悶の表情と断末魔の呻き声、そして鮮血の生臭い匂いをもっと味わいたかった。
 だがその前に障壁が現われた。否、それは天の裁きであろうか。ヒルダの前に馬に乗った銀髪の若者がいた。
 今馬から飛び降りるその若者が誰であるかヒルダはすぐにわかった。
「フン、あの小娘の兄貴か」
 ヒルダは悪態をつくように言った。
「ああ。妹の手を汚したくはないんでな」
 アーサーは服の砂埃を手で払いつつ言った。
「ヴェルトマー家の恥さらしめ、ファラ神に代わって貴様を裁く」
 右手をゆっくりと顔の高さまで動かす。手に青い炎が宿っていく。
「ファラフレイムかい。あの役立たず最後にとんでもない大馬鹿をやらかしてくれたねえ」
「叔父上は旅立たれた。だが貴様はこの炎で最後まで焼き尽くしてやる」
「フン、逆にこっちが心臓を引きずり出して喰らってやるよ!」
 ヒルダはそう言うと左手に宿らせた炎を大地に叩き付けた。地を炎が走る。ボルガノンだ。
(イシュトーのものとは比べ物にならないな。所詮その程度か)
 アーサーはそれを見て思った。
 炎がアーサーを直撃した。爆発が起こる。
 殺った、ヒルダはそれを見て思った。だが土煙が晴れた時そこには無傷のアーサーが立っていた。
 神器は使う者によりその力を大きく変える。サイアスにそう教えられた。ファラフレイムもまた然り。青き炎は赤き炎よりも熱し。かって魔法戦士ファラは様々な色の炎を操ったという。
 アーサーは自分にあの叔父以上の力があるとは考えなかった。ただ叔父の最後の言葉だけが耳に残っていた。
『炎を正しき事の為に使え』
 己の弱さに負け身を堕とし多くの罪を犯しその報いとして全てを失い最後には心の拠り所であった神器にまで見放された叔父。彼の深い悔悟と自責の念、そしてそのようにはなるなという想いがアーサーの心に強く焼き付いていた。
(叔父上、父上、御覧下さい)
 そう心の中で言うと怯むヒルダに対し突進した。拳に青い炎を宿らせ渾身の力で打った。
 左手で二撃目を繰り出す。三撃目は左脇腹に蹴りだ。両手両足で攻撃を連続して出す。青い炎が何時しか橙となった。
 黄色になる。やがて色が消えていった。
 遂に炎の色が白くなった。攻撃を続けていくうちにアーサーはヒルダを引き寄せた。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
 白い炎を思いきり爆発させた。白い炎が全てを消し去った。
 炎が消えた時ヒルダは消え去っていた。実体は。アーサーの後ろに怨霊となって立っていたのだ。
「な・・・・・・」
 アーサーはその怨念に絶句した。咄嗟に後ろを振り向き再び攻撃を仕掛けようとする。だが反応が遅れた。
“おのれええええええっ!”
 ヒルダはその背後から襲い掛かる。アーサーの攻撃は間に合わない。ヒルダの憎悪が歓喜に変わろうとする。その時だった。
 右から二つの雷球がヒルダを撃った。
“ぐうっ!?”
 ヒルダの動きが止まった。アーサーの炎が間に合った。
「喰らえっ!」
 アーサーは炎を一閃させた。
“グエエエエエエエエエエエッ”
 ヒルダの霊魂が絶望の呻き声を出し焼き尽くされていく。その全てが燃え消え去った。アーサーは炎が消えた瞬間絶望と呪詛の声が掻き消えたように感じた。
「良かったのか、あれで」
 雷球の飛んで来た方を振り向いて言った。そこにはイシュトーとイシュタルがいた。
「例えどの様な人間であろうが母親は母親だ。その母を討つのは辛いだろう」
「いや」
 二人はアーサーの言葉に対し首を横に振った。
「解放軍に入った時、いやその前から何時か除こうと考えていた。母上の行いは非道に過ぎた」
「母上は貴方達のお母様や多くの人達を手にかけてきました。その報いは受けねばならないものでした」
「・・・・・・報いか」
 アーサーはそれを聞いて思った。叔父アルヴィスも報いを受けて滅んだ。そしてヒルダも。
「人の罪ってやつは決して消えないで何時か必ずその報いを受けるものなのかな」
「・・・・・・・・・」
 イシュトーもイシュタルもそれには答えられなかった。
 アーサーはそのまま無言で自軍の方へ向かっていった。イシュトー達もそれに続いた。
 こうしてフリージは解放軍の手に落ちた。フリージの者達は解放軍の到来と主の帰還を心から喜んだ。

 その歓喜の声はマンフロイが守るヴェルトマーにも伝わっていた。
「愚か者共が騒いでいるな」
 マンフロイはそれを聞いて言った。
「将に束の間の喜びですな」
 暗闇に包まれた部屋の中で翡翠の椅子に座しマンフロイと対面している男が言った。
 人食い鮫の肌のような青白い法衣を身に纏っている。ドス黒い肌に頭髪は一本も無い。猫の様な黄色い眼がその不気味さを一層際立たせている。
「全くじゃ。こちらの手の中にヘイムの血がある限り我等の栄華は変わらぬというのに」
 マンフロイは残忍な笑みを浮かべて言った。
「ユリウス様の前にはバルドの力などものの数ではない。他の戦士達の力もな」
「仰る通りです。このベルド、及ばずながらユリウス様の御力となり世界を暗黒で覆いましょう」
 ベルドと名乗ったその男は恭しい物腰で言った。
「うむ、そなたの力がこれから必要となる。頼りにしておるぞ」
 マンフロイはそれを聞いて言った。
「有り難きお言葉。ところで大司教、あのヘイムの娘は今何処に!?」
「・・・・・・見よ」
 マンフロイはサッと右手を上げた闇から影が現われた。
 腿の半ばまでの薄紫の丈の短い法衣と白いハイブーツの上から白がかった紫の長いローブを羽織った薄紫の長い髪を持つ小柄な少女である。
 幼なげながら整った顔立ちを雪の様に白い肌が際立たせている。だが何かが違う。
 瞳も紫でも青でもなかった。血の様に赤くそれでいて闇の様に黒い色だった。
 瞳に光が無い。まるで人形の様に感情が感じられない。ただ立っているだけである。
「ほう、これはこれは」
 ベルドがグッグッグッ、と獣の様な笑いを立てた。
「この娘をあの小僧と会わせてやる。どうじゃ、中々面白い催しであろう」
 マンフロイは満足気に笑った。
「二つの血が喰らい合う。その血を啜り我が暗黒神は永遠に生きられよう」
 二人の笑いが闇の中にくぐもり続けた。その笑いはバーハラを包囲しヴェルトマーへ向かう解放軍を嘲笑うかの様であった。




残虐なヒルダも遂には倒れる…。
美姫 「しかし、マンフロイが次に差し向ける刺客は、かなり厄介よ」
ああ、色んな意味でな。
美姫 「果たして、次回はどうなるのかしら」
次回も楽しみだー。



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