第十二幕 炎は燃えて
シアルフィの会戦に勝利を収めた解放軍に障壁となり得る敵はいなかった。今まで帝国に抑圧されていたシアルフィの民衆や領主達に歓呼をもって迎えられつつ一部の兵をシアルフィ会戦において戦死した将兵達の弔いに当て殆ど全軍をもってシアルフィ城に向けて進軍していた。
進軍は順調であり何ら問題も無く解放軍はシアルフィ城まで一日の距離にまで達した。
シアルフィ城のすぐ側で今にも包囲せんとする布陣で野営した。その本陣においてオイフェは皇帝アルヴィスに対して一通の手紙をしたためていた。
文の内容はアルヴィスに対して廃位、そして自決を迫るという過酷なものであった。受け入れぬ場合は市民を全て退避させたうえで城内の帝国軍将兵を一人残らず反逆者として掃討する、どちらにしてもアルヴィスの抹殺を前提とするものであった。
オイフェは本陣の天幕においてこの文の全文をセリスと主だった将達に対して言うつもりであった。セリスとオイフェがいる天幕に諸将が集まって来た。
一人、また一人と入って来る。セリスはそれを苦い顔で見ていた。
オイフェが何を言うかわかっていた。その過酷な内容はオイフェの自分と父への強い忠誠心とそれの裏返しであるアルヴィスへの憎悪からくるものであることはわかっている。しかもここに集う者達が皆今からオイフェが言わんとしていることに賛同するであろうこともわかっていた。
セリスはそれを黙認するしかなかった。アルヴィスの今までの罪からすれば当然の報いであろう。しかし違う、彼には別の幕の降ろし方があるのではないだろうか。そう考えていた。だがそれは何か、セリスにもわからなかった。
全ての将が天幕に入った。オイフェはそれを確認するとセリスに一礼し懐から文を取り出した。そしてそれを読もうとしたその時であった。
一人の騎士がヴェルトマーの使者を伴って入って来た。オイフェと諸将はやや不満そうであったがセリスに無言で促され彼を通した。
使者は皇帝からセリスに宛てた手紙を持っていた。セリスに対し片膝を折りその手紙を差し出した。セリスはその手紙をその場にいる全ての者に聞こえるように声を出して読んだ。
親愛なるセリス皇子へ
私は今シアルフィの書斎においてこの手紙を貴殿に対してしたためている。
我がヴェルトマーと貴殿のシアルフィとの戦いは先日の会戦において貴殿等シアルフィの将利に終わった。
だが私と貴殿の戦いは終わったわけではない。そこで私は貴殿に対し一騎打ちを申し込みたい。
場所はシアルフィ宮城正門前、時は明日正午としたい。そこで互いの技を最後まで出し合い決着を着けたい。ゆめゆめ
拒むことなきよう。
ヴェルトマー家
アルヴィス=フォン=ヴェルトマー
手紙の最後にはヴェルトマー家の紋章があった。
手紙が読み終わるや否や諸将は激しく激昂した。使者はその勢いに縮み上がってしまった。
「何考えてんだ、今更一騎打ちを申し込んで来るだと!」
「一体何処まで恥知らずなんだあの男は!シアルフィで完敗したのだからさっさと首でもくくるか毒をあおるかしろ!」
「どうせバーハラの時みたいに騙し討ちにするつもりよ、今度はそうはいかないわ!」
「そうだろうな、マンフロイと組んでクルト王子とアズムール王を暗殺してその罪をバイロン様とシグルド様に着せた奴だ、どうせまたやるに決まってるさ!」
「ほんっとうに頭おかしいんじゃないの!?それも今の自分の立場すらわからないで!」
「ファラ神にすら見放された聖戦士の裏切り者、さっさと引導を渡してやれ!」
「しかも自分が死に追いやったシグルド様のおられたシアルフィの宮城の前で一騎打ちとは厚顔無恥な、刑場で寸刻みにされるのがお似合いだというのにな!」
「よし、皆で切り刻んでやろう。ゆっくりと時間をかけてな!」
皆怒りと憎しみを爆発させていた。口々にアルヴィスを罵り合う。
レヴィンはその中で端に位置し諸将とセリスを冷静に見ていた。サイアスは何も語ろうとはしない。アーサーは叔父というより敵としてアルヴィスを認識していた。それは平原においての会談でも同じであったし今も彼を罵っていた。
「セリス様、迷うことはありません。皆の言う通りこの様な不埒な申し出を受けられることはありません。一蹴しあの男を神々の裁きにかけるべきでしょう!」
オイフェまでもが口に泡を飛ばしセリスに進言する。セリスは一同が一先ず落ち着いたのを見てゆっくろと口を開いた。
「皆、よく聞いてほしい」
穏やかな口調である。諸将はその声に落ち着きを取り戻し耳を澄ませた。
「僕はこの申し出を受けようと思う」
「!?」
一同絶句した。驚き呆れてしまった。
「よく聞いてくれ。怒りと憎しみを心の中に収めて」
一同畏まった。セリスの静かな優しい声に先程の激昂を恥ずかしく思った。
「憎しみは憎しみを生むだけだ。皆はそれを今までの戦いで見てきた筈だ」
天幕にはセリスの声だけが聞こえる。セリスは言葉を続けた。
「そのうえで僕の話をよく聞いて欲しいんだ。この手紙の最後はヴェルトマー家アルヴィス=フォン=ヴェルトマーとなっているだろう。これは彼が今までの己を捨てて本来の彼に戻ったうえでこう書いたと思うんだ」
続ける。
「以前の彼ならこうは書かなかった筈だ。今の彼なら奸計を用いず正々堂々と一騎打ちに出て来る。ならば僕もこの申し出を受けたい。そして彼と闘いたい」
そこまで言うとニコリ、と笑った。
「わかってくれるね。じゃあ明日は入城だ。今日は早く休んで明日に備えよう」
一同は黙って頷き片膝を折った。セリスはそれを満足した顔で見てヴェルトマーの使者に対して言った。
「御覧の通りです。貴方の御主君にお伝え下さい。このセリス、その申し出を喜んで受けますと」
ーシアルフィ城ー
シアルフィ城の正門が大きく開かれた。門の向こう側から歓呼の声が聞こえる。解放軍は今城門をくぐった。
歓呼の声が歓喜の地響きへと変わった。シアルフィの民衆は待ち望んでいた者達が遂に来たことに大いに喜んだ。
軍の先頭にはノィッシュ、アレク、レックスといった先の大戦からの勇者達がいる。二度と見れぬとお持っていた故郷に帰れた喜びの為だろう。ノィッシュとアレクの頬はぬれていた。
リーフ、フィンを先頭に見事な軍服に身を包んだ騎士達が続く。ラインハルトやオルエン、ブリアン、レスターといった歴戦の諸将も揃っている。
続いて飛兵である。アリオーンとアルテナ二人の聖戦士の後にも竜騎士達が続きその後に四天馬騎士の娘達に率いられた天馬騎士達が続く。
歩兵は大部隊であった。軽装歩兵と重装歩兵、弓兵、そして魔道師から成る部隊が整然と並びそれぞれの部隊の将達が率いる。
僧兵達が入って来た。それぞれの手に杖を持っている。その中には伝説的な賢者と言われるクロードもいた。
最後に解放軍最強と謳われるセリスの近衛兵達が入って来た。青い軍服に身を包みシアルフィの旗を高々と掲げる彼等の姿が目に入るとシアルフィの市民達の歓声は頂点に達した。
遂に解放軍を率いる者達が入城してきた。まずオイフェが入って来た。
黒い軍服とマント、白ズボンに身を包んだ彼は先に進むノィッシュやアレク、アーダン達と同じく頬を涙で濡らしていた。ユングヴィへ侵攻するヴェルダン討伐に出てから二十余年、様々なことがあった。だが今こうして若き主君と共に帰ってきた。その感慨はひとしおであった。
次にレヴィンが入って来た。白づくめの法衣とズボン、そしてマントに身を包み珍しく馬に乗っている。
その表情からは何も窺えない。ただ進む先にあるシアルフィの宮城を見ている。
解放軍の副盟主であるシャナンが入城してきた。彼も馬上にある。
彼は今までの長い戦いの人生を振り返っていた。叔母であるアイラに連れられイザークから遠く離れたヴェルダンにまで落ち延びた。そこでシグルドと知り合い以後彼と行動を共にした。アグストリアでは自らの過失によりディアドラを素性の知れぬ者(ようやくそれが暗黒教団のマンフロイ大司教の仕業であったとわかるのは後の話である)にさらわれた。以後彼はそれを罪と感じセリスを守り育てて生きてきた。セリスはシャナンによく懐いてくれた。その仲はまるで兄弟のようであった。
セリスの旗揚げ後自らの神器である神剣バルムンクと共に砂漠で合流した後はセリスを助けた。時にはセリスに替わり指揮を執ったこともある。レンスターからトラキア、ミレトスを転戦しこのシアルフィまで来た。セリスをその故郷である
シアルフィまで連れて行くという彼の目的の一つが今ようやく達せられたのだ。
最後に解放軍の若き盟主であり英雄シグルドの子、シアルフィの主セリスが入城してきた。この時シアルフィの市民達の歓声は最高潮に達した。
青い髪と瞳を持ち青い服に身を包んだ美しい馬上の若者の腰にはシアルフィの神器聖剣ティルフィングがある。彼の姿を見て市民達は狂喜した。何処からかセリス様万歳、シアルフィ万歳の声が木霊してきた。
セリスはヴェルダンのエバンス城で生まれ父に連れられアグストリア、ヴェルダンと各地を転々とした。父が故国グランベルへ行き自らの潔白を証明せんとリューベックを発とうとした時オイフェ、シャナンに連れられ他の子供達と共にイザークへ落ち延びた。
イザークで廃城となっていたティルナノグ城に隠れ住み後から来たミデェール、エーディンに他の子供達と一緒に育てられた。そこでオイフェ、シャナンから両親のこと、自分自身のこと、そして学問、剣技、馬術、帝王学といったことを教わった。飲み込みは速かったが何よりもその努力で教わったことを自らのものにしていった。そうしているうちにティルナノグにダナン王の虐政に反抗する者達が集まりだし反帝国のレジスタンスを形成するまでになった。
挙兵してからはあっという間だった。ダナン王を討ちレンスターを解放しトラキアとの戦いに勝利した。その間多くの仲間達を得多くの戦いを経た。そしてさらに多くの矛盾と悲劇を見てきた。、ミレトスを経てイザークに達しそして遂に宿敵帝国軍をシアルフィ平原にて破り故郷であるシアルフィにやって来たのだ。
セリスは市民達の歓喜の声に対し手を振って応えていた。馬は大通りを宮城h向けて進んでいく。青い宮城の前に今まで共に戦ってきた仲間達が待っていた。
皆セリスを見ていた。セリスはゆっくりと馬を降り皆に微笑んだ。
青い壁と会談、そして青い扉の宮城の正門の前に炎騎士団の騎士達が横に整列していた。その前に紅い法衣の年老いた司祭が立っていた。
司祭はセリスの前に進み出て来た。そして頭を垂れて言った。
「ようこそおいで下さいました、セリス皇子。このフェリペ我が主君に代わり御礼申し上げます」
セリスは彼に対し敬礼で応えた。
「こちらこそ。御招き頂き有り難うございます。御主君はどちらですか?」
「もうすぐ来られます。暫し御待ち下さい」
暫くの間場を静寂が支配した。一同固唾を飲んだ。
やがて正門の扉がゆっくりと開かれた。扉の中にはアルヴィスが立っていた。
アーサーは彼の姿を見て愕然とした。何故先のシアルフィ平原での会談で気付かなかったのか。あの時は憎悪で気付かなかったのか。彼は今目の前でゆっくりと階段を降りて来るその人に会っていたのだ。
自分がこの戦いに身を投じるきっかけとなったあの赤い髪の男の訪問、その赤い髪の男こそ今目の前にいるアルヴィスであったのだ。
(何故だ、どういうことなんだ一体・・・・・・)
顔面蒼白となるアーサーにアルヴィスも気付いていた。チラリ、と見た。何か思うところがあったようだがすぐに視線を外した。
階段から降り立った。帝国軍の騎士達が一斉に敬礼する。アルヴィスはセリスと向かい合った。
「よく来てくれたな。このアルヴィス心から礼を言うぞ」
「はい」
両者はそう言うと腰から剣を抜いた。
「多くは言わぬ。私が生きるか卿が生きるか、それだけだ」
「はい」
「行くぞ」
両者は剣を立て互いに礼をした。アルヴィスの銀の大剣に炎が宿りセリスのティルフィングが白銀に輝いた。それが合図となった。
アルヴィスが剣から炎を放つ。セリスはその炎を身体を捻ってかわした。
アルヴィスは次に自分の前に無数の火柱を出した。それは一斉にセリスに襲い掛かった。
今度は跳躍した。そこへ巨大な火球が来る。剣を横に振るいそれを打ち消す。
そのままアルヴィスの頭上へ一撃を振り下ろす。アルヴィスはそれを剣で受け止めた。
再び剣に炎を宿らせ今度はセリスに斬りつける。セリスはそれを受け止める。そして逆に剣撃を繰り出すがアルヴィスはそれを防ぐ。
「見事だな、剣も魔法も」
レヴィンはアルヴィスの闘いを見て感嘆の声を漏らした。
「はい。魔法戦士ファラの再来と謳われただけはあります。敵ながら見事です」
オイフェもそれに同意した。
「だが・・・・・・」
レヴィンは言葉を濁した。
「地力が違うな。これが時代の変わる強さだろうな。勝負は見えた」
アルヴィスに疲れが見えだした。レヴィンはそれを見逃さなかった。
「はい。あの男が例えファラフレイムを手にしていてもセリス様に勝てはしなかったでしょう。それはあの男自身が最も
よくわかっている筈です」
「それを知ってのうえであえて一騎打ちを挑んだか。哀しいな」
「はい・・・・・・」
セリスの剣は一振りごとに速くなるそれに対しアルヴィスは序々に弱まってきた。セリスは動いた。
間が空いたのを見計らうとアルヴィスの懐へ滑り込み剣を右脇から左肩へと一閃させた。
次に剣を乱れ振りもう一撃縦に一文字に振り上げるとそのまま後ろへ跳び退いた。そして前へ前転しつつ跳躍すると下へ一撃を繰り出した。
セリスがアルヴィスの前後に二人いるように見えた。それは残像だった。次の瞬間には横一文字に斬り抜きアルヴィスの背を通り抜けていた。
アルヴィスの剣が回転しつつ高々と天に上がっていった。その剣は地に刺さると粉々に砕け散った。
アルヴィスの全身から血が噴き出した。忽ちその全身が紅に染まり辺りを鮮血の海とした。
ゆっくりと後ろに倒れていく。急激に意識が薄れていく。
その薄れていく意識の中アルヴィスは今までのことを思い浮かべていた。
「父上・・・・・・」
幼い頃どれだけ父を憎んだだろう。だが今は憎しみは無い。ただ素直に受け入れていた。
「母上・・・・・・」
自分の下を去った母。どれだけ愛しい存在であったか。今でもそれは変わらない。何時までも。
「卿等・・・・・・」
十一将が浮かんできた。長い間苦労を共にしてきた。有り難く思っている。死なせてしまった。滅びるのは自分だけで良かったというのに。
「ディアドラ・・・・・・」
妻であり妹であった。それでも愛した。その愛に偽りは無かった。だが二人の愛は砂上の楼閣であり演出されたものであった。その結末も。
「ユリア・・・・・・」
敵の子、だが自分の娘だ。そう思っている。今でも。だがもうその身は他の者、いやセリスに任せるしかない。自分に力がない為に。
「アゼル・・・・・・」
母は違えどたった一人の弟だ。何があっても最後まで共にいると思っていた。袂を分かっても何時か戻って来ると思っていた。だがその時は永遠に来なかった。
「私は所詮道化でしかなかったな・・・・・・」
アルヴィスは自嘲した。自分は何一つ出来なかったし誰も幸福には出来なかった。彼が最後に思ったのはそれだった。
「何という愚かな男だったのだ」
そして息絶えた。
セリスは歓声の中倒れたアルヴィスを見た。勝った。仇は取った。だが喜びは無かった。虚しさだけが心に残っていた。
遂にアルヴィスが倒れる。
美姫 「アルヴィスにはアルヴィスの思いがあったのよね」
だね。まあ、とりあえず、これで皇帝は倒れた訳だけれども…。
美姫 「まだ、暗黒教団が残っているわね」
ああ、そういう事だ。
美姫 「それじゃあ、また次回で」