第五幕 聖杖


 コープルは養父ハンニバル、アレス、そしてリーンと共に再会を見守っていた。そこへクロードがやって来た。
(来たか・・・・・・)
 ハンニバルは落ち着いてクロード、そして我が子を見ている。その瞳には静かな、それでいて逞しい強さを秘めた光が宿った。
「お久し振りです、将軍」
 クロードは微笑んで挨拶をした。
「はい、こちらこそ」
 ハンニバルも挨拶を返した。他の三人は自分達が思っていたより驚かなかった。何故かこの二人が旧知である事を当然のように受け止めた。
「今までコープルを預かって頂き有り難うございます。・・・・・・それもここまで立派に育てて頂いて」
「いえ・・・・・・」
「コープル・・・・・・」
 クロードはコープルの方を見た。
「今まで離れ離れで申し訳ありませんでした。私はクロード。貴方の父です」
 クロードは語りはじめた。先の大戦のあと妻シルヴィアと共に一旦はダーナへ逃れた。そこで生まれたばかりの幼い娘を修道院に預けレンスターへ落ち延びた。そしてかってより親交のあったトラキアのハンニバルを頼り彼に一年程匿われた。また子供が生まれた。やがて追求の手がハンニバルの周辺にまで及ぶにつれ二人は海路ブラギの塔がありかっての戦友達が潜伏するアグストリアに行く事にした。生まれたばかりの幼な子はハンニバルが預かり育てる事となった。−−ーそれから十数年、今ここに父と子が巡り会う時がこのラドスにおいて来たのだ。
「修道院に預けられた幼い娘があたし・・・・・・。まさかあたしにも父様と母様がいたなんて・・・・・・」
 リーンの緑お瞳から涙が零れ落ちて来る。アレスはその肩を無言で抱き締める。
「時が来れば迎えに来るつもりでした。・・・・・・ですがここで会えるとは。これもブラギ神の御導きでしょう」
 クロードはそう言って優しく微笑んだ。
「我が妻に瓜二つです。軽やかで華がありそれでいて心の強い我が妻シルヴィアに」
「母様は・・・・・・」
「今はヴェルダンにいます。この戦いが終われば会えます」
「そう・・・・・・」
「そして・・・・・・コープル」
 クロードはコープルへ顔を向けた。
「はい」
 コープルは静かに答えた。何かを察していた。
「私が今から貴方に言わんとする事がわかりますね。ブラギの血を引く神器バルキリーの杖の継承者よ」
「はい」
 クロードはコープルが手にしている古い杖を手に取った。そして何か唱えはじめた。
「聖なる杖よ、時は来ました。今こそその真の姿を現わすのです」
 クロードが言い終わると杖は白い光を放った。古い皮が剥がれる様に古ぼけた表が落ち、その中から白い宝珠を飾った美しい杖が現われた。
 コープルはその杖を父から受け取った。杖から何かが送り込まれてくるようだった。
「これがバルキリーの杖・・・・・・。何て優しく暖かい力・・・・・・」
「いずれその力を使う時が来るでしょう。コープル、迷う必要はありません。ブラギの光は貴方を常に正しき方へ導いてくれるでしょう」
「はい・・・・・・」
 クロード達はセリスの前に来た。そして片膝を折った。
「セリス皇子、御初に御目にかかります。我等アグストリア解放軍七万、解放軍の末席に加えさせて頂きたく参上致しました」
「喜んで。ところで七万というにはいささか数が少ないようですが」
「我等が同志の一人デューが一万の兵を率いゴート砦へ向かっています。またヴェルダンのユングヴィとの国境にはイーヴ、ユヴァ、アルヴァ等三兄弟が指揮する十万以上の軍が控えております。その点は御心配無く」
 レックスが答えた。
「そうですか。心強い限りです」
「ところでセリス皇子・・・・・・」
 五人の顔が強張った。
「このミレトスで起こっている事、ご存知だと思いますが・・・・・・」
「はい、暗黒教団ですね」
「やはり・・・・・・。どうやら彼等は再びこのユグドラルを絶望と恐怖が支配する世界にしようと考えているようなのです」
「それは僕もわかっています。暗黒神を復活させる為このミレトスで子供狩りを行い罪無き人々の命を弄んでいます。このままを放っておけば恐ろしい事になります」
「その通りです。・・・・・・そして」
 クロードは顔を曇らせたが言った。セリスは彼が何やら恐ろしいものを見たと悟った。
「ラドス城に来て下さい。是非見て頂きたいものがあります」
「はい」
 セリスはその言葉に是非もなく従った。今から自分が見るものを彼は既に悟っていたのだ。
 
 ラドス城の中はセリスが思っていた通りであった。人気が全く無い、廃墟と化していた。
 至るところに人骨が転がっている。粉々になったものや頭や手足が分かれたもの、四散したものや焼けたもの等様々だ。
「殺し方を楽しんでいたな。下衆な連中がやりそうな事だ」
 シャナンが忌々しげに言った。
「それもゆっくりと時間をかけている。古のロプト帝国の頃と何ら変わるところは無い」
 噛み跡の残るバラバラになった骨も転がっている。
「獣に食わせたな。しかも池の中にまである。鰐まで使ったか」
 内城の前まで来た。そこには串刺しにされたとおぼしき白骨化した死体が林立していた。身体の一部が切断されたらしいものまである。
「・・・・・・今度は串刺しか。よくもこれだけ趣味の悪い処刑を次から次へと考え付き実行出来るものだな」
 シャナンの声には不快さと憎悪が現われていた。
「・・・・・・やはりね」
 セリスはそれ以上言えなかった。どの死体の顔にも苦悶と恐怖、そして凄まじい断末魔が描かれており子供のものは一つもなかったからである。
「暗黒神の下では人は生きていけぬ。もし再びこの世に君臨したならばユグドラル全土がこのラドス城のようになってしまう」
 セイラムが言った。
「だからこそ僕達は行かなければならないんだね。大陸を闇の支配する世界にしない為に」
 一同セリスの言葉に頷いた。クロードが言った。
「さあミレトスへ向かいましょう。ユリウス皇子こそロプト教団を操りこの世を支配せんとする暗黒神の化身、彼を討ち滅ぼさない限り世界に光は訪れません」
 セリスはその言葉に頷いた。
「よし皆ミレトスへ行こう。そしてユリウス皇子を倒し暗黒神を滅ぼすんだ!」
「ハッ!」
 一同敬礼した。そしてただちに全軍をもって暗黒教団の者達が守るゴーと砦へ向かった。

 ミレトス南の山脈には峡谷がある。その幅は狭く、またクロノス、ラドスからミレトスへ向かう唯一の路である為その戦略的意義は大きかった。だがミレトス地方は自由都市群であった為大規模な軍隊を持つ都市も無く小さな関所が置かれているだけだった。ここに砦を築いたのはグランベル帝国であった。
 この峡谷にゴート砦を築き直轄地としたのは防衛上の意味合いもあったが経済的意義の方が大きかった。旅人や商人から徴収する通行税は帝国に相当の収入をもたらした。
 ユリウス皇子がミレトスに駐屯すると防衛拠点となった。彼が鎮座するミレトスの南方の護りとしてこの砦は不可欠なものであったからだ。だが今ここに暗黒教団の者は誰一人として残ってはいなかった。
「どういう事だ、本当に空城なんて」
 スラリとした身体を黄色のシャツとズボンで包んだ男が首を傾げて言った。黒い瞳の若々しく、かつ幼さの残る顔立ちである。長い金髪を後ろで束ねている。腰には剣が下げられている。この男の名をデューという。大陸では知らぬ者の無い大盗賊である。
 かってはヴェルダンのスリであった。本人の言葉によると親はオーガヒルの海賊らしいが詳細は不明である。ヴェルダンの第三王子ジャムカの財布をすろうとして捕まったが縁で彼と知己になり付き合いがはじまった。そして成り行きでシグルと共に戦う事となった。
 当初は素早さのみが取り柄の小僧っ子だったが何時しか剣の腕を上げシーフファイターに昇格した。
 先の大戦後レンスターにいたがこの時にジャムカとブリギットの娘パティやディジー、また仲の悪さでは解放軍一のリフィスとパーンに盗賊のイロハを教えた。意外と教え上手であったのだ。
 ジャムカ達と共にアグストリアに移ってからは彼等と共に帝国と戦った。彼が得意としたのはゲリラ戦や後方撹乱でありこれによりアグストリア及びヴェルダンの帝国軍と大いに悩ませた。今はアグストリアの仲間達と共にラドスに上陸しこのゴート砦を奇襲した。だが砦はもぬけの殻だったのだ。
「御頭、やっぱり猫の子一匹残っちゃいやせん」
 口の周りに髭を生やし黄色がかったシャツとズボンのいかにも、という感じの男がデューのところへやって来た。彼は嫌そうな顔をした。
「その言い方は止めろって言ってるだろ。もう一回」
「へ、へい」
 男はペコリ、と頭を下げた。
「ドン、やっぱり猫の子一匹残っちゃいやせん」
 殆ど変わっていない気もする。だが当のデューは満足そうだ。
「そうか・・・・・・。ひょっとしてもうミレトスに引払っちまったのかもしれないな」
「だとすると・・・・・・」
「ミレトスには敵さんの切り札があるんだろうよ。それもスペードのエース、とびっきりのやつがな」
「やばいですかね」
「まあ今は大丈夫さ。それよりももうすぐセリス皇子の軍が来るんだろう?出迎えて驚かせてやろうぜ」
 彼はそう言うと悪戯っぽく笑って片目を瞑る。それを見て男は頭を下げ喜んで階段を降りて行った。
「良い奴なんだがなあ。間の抜けたところがあるのが玉に瑕だな」
 デューは少し溜息混じりに呟いた。

 解放軍の別働隊がゴート砦に入ってから数日後セリス達本軍も砦に入城した。門をくぐるセリスを将兵達は轟く様な歓声で迎えた。
「よし、次はいよいよミレトスだね」
 セリスは歓声の中少し後ろにいるオイフェに言った。
「はい、そしてそれからはシアルフィ、ひいてはグランベル本土へ行くのです。シグルド様の果たし得なかった御自身の潔白の証明、そしてグランベルの解放・・・・・・。それ等がいよいよ目前に迫っているのです」
 我を忘れたかのように堰を切って話すオイフェ。セリスはそれに目を細め頷いていた。
「そうだね。よし、すぐに行こう。目標はミレトス城だ!」
 だが事は容易にいかなかった。すぐに敵が来たとの報告が入って来た。
「やはりそう簡単に事は運ばないね。そして敵は何処から?」
「北東からです。全軍飛竜に乗っております。兵力は二万程です」
「飛竜・・・・・・まさか!?」
 セリスは伝令の言葉に何かを悟った。だが彼はすぐに動けなかった。しかしすぐに動いた者がいたのであった。
「くっ・・・・・・!」
 アルテナはその報告を聞き部屋を飛び出した。そしてそのまま廊下を駆けて行った。
「あっ、待ってアルテナ王女、今動くと・・・・・・」
 セリスはそこで言葉を止めた。それ以上言っても何もならないと悟ったからだ。
「セリス皇子、わかっておられるでしょう。アルテナ王女は今二つの血脈の因縁を断ち切りに行かれたのです。グングニルとゲイボルグ、二本の槍の悲しき運命を」
 クロードが左手をセリスの右肩に当てながら言った。その手は優しい温もりに満ち温かかった。
 城壁の上から一騎飛び立ち天高く上がっていくアルテナの後ろ姿が見えた。その右手にはあの槍が握られている。
「今までアルテナ王女は戦いから、障害から、そして運命から逃げた事はありませぬ。そしてこれからも・・・・・・。その様な王女であられるからこそ二本の槍の運命を必ずや断ち切られます。心配はご無用です」
 ハンニバルが力強い声で言った。その言葉に一同は頷いた。
 アルテナの手にあるゲイボルグ、その槍は何も語ろうとしない。ただ槍に埋め込まれている紅の宝珠が彼女の身体を包むかのように輝いていた。




飛龍の接近。すなわち、これの意味する所は…。
美姫 「ただ一つ。アルテナは、ゲイボルグとグングニル、二本の槍の運命を断ち切れるのか」
次回が楽しみだ〜!



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