第二幕 暗黒教団


 かってマーファの森の奥に潜み世には殆ど知られていない巨神ユミルという神を信仰する教団があった。彼等は少人数で集団生活を営みひっそりと生き誰にも危害を加えることなく静かにただ己が神を信じていた。だがそんな生き方に不満を感じるようになった若い司教がいた。その者の名をガレといった。ある夜彼は森を出た。そして単身海を渡り遠くバレンシア及びアカネイアを渡り歩いた。バレンシアで祈祷師や妖術師の使うユグドラルのそれとは全く異なる系統の魔法を身に着け魔物を召還し操る術を知った。だがアカネイアで彼が会得したものは大陸の運命を変えてしまう程恐ろしいものであった。
 アカネイアにはマムクートという人とは異なる種族が住んでいる。外見は人とほぼ同じだが背に翼がある。特筆すべきは彼等が秘めるその能力であった。
 それは彼等が必ず手にする宝珠にあった。彼等マムクートがその宝珠を手にし何やら呪文を唱えるとたちまち巨大な竜に変身するのだった。否、変身ではなかった。彼等の言葉によればその竜の姿こそが彼等の本来の姿なのだという。主に大陸北辺の氷原地帯や火山、砂漠等人の殆どいない未開の地に人目を忍ぶようにして暮らしていた。種族はナーガという最も力が強く賢明な種を頂点に炎を使う火竜、氷を使氷竜、天空を駆る飛竜、強い耐久力を持つ魔竜等がいた。その中でガレが最も惹かれた種族があった。
 それを人は地竜と呼んだ。ドルーアという大陸奥の辺境の地に住む彼等はそこで独自の王国を築いていた。人に対して強い敵意と憎悪を抱いておりその王国には彼等に同調する他の種のマムクート達も集まっていた。地中を潜り進み全てを溶かす息吹と魔竜以上の耐久力、そして邪な魔力を持つ彼等は千年生きると脱皮し別の種族となるのだった。
 その姿を知る者はマムクートでもごく一部であった。彼等はそれを『暗黒竜』と呼んだ。今までとは比較にならぬ程巨大な身体とさらに威力を増した息吹、そしてどのような攻撃も寄せ付けぬ邪悪な気――――。王をはじめごく限られた者達しかおらずそれだけに怖ろしさも際立っていた。
 ガレはその暗黒竜の中でも最も強大な王に会ったらしい。彼の野心と魔力に目をつけた王が彼を呼び寄せたのかもしれない。そして彼はそこで王と共に彼等地竜族が崇める神の存在を知った。その神こそ暗黒神とも呼ばれるロプトゥスであった。この神と血の契約、おそらくそれはロプトゥスの血と己が血を混ぜそれを飲んだのであろう。そしてそれにより暗黒神の力を身に着けた。否、精神の段階で暗黒神の分かれた魂と融合し新たな、別の神となった。ガレと暗黒神の分かれた魂の融合体、それこそグランベルを長きに渡って恐怖と絶望で支配した暗黒神ロプトゥスだったのだ。
 ユグドラルに戻ったガレはその魔力とカリスマでもって己が手足となる使徒達を増やし『十二魔将の乱』と呼ばれる反乱を起こしグランベル共和国を滅ぼすとロプト帝国を興し自ら皇帝となった。その力はガレの血を受け継ぐ代々の皇帝に受け継がれ大陸を支配した。だがその支配も終わる時が来た。
 ロプトゥスの行いを知ったアカネイアの十二の竜神達がダーナ砦に降臨し若き十二人の戦士達と血の契約を交わしたのだ。これこそ『ダーナ砦の奇跡』である。
 だが彼等は魂を融合させなかった。自分達の力が封じ込められた神器を使う力と優れた能力を与えたのみだった。これは人への過度の干渉を避けた為であった。
 十二聖戦士の活躍によりロプト帝国とガレは倒され暗黒教団も滅んだと思われた。だが滅んではいなかった。生き延びひそみ再びユグドラルを支配する時を待っていたのだった。
「そうだったのか、それではユリウス皇子の側にいた者達が・・・・・・」
「そうだ。暗黒教団の者だったのだ」
 イシュトーは従弟であるアミッドに言った。一同顔から血の気が消えている。
「けど何でユリウス皇子に?皇子もヴェルトマーとバーハラの血を引く聖戦士後の者でしょ」
「そう、それなのだが・・・・・・」
「これからは私が話そう」
 リーンの問いにイシュトーが答えようとしたがレヴィンが入ってきた。

 帝国の圧政に対して暗黒神の血を引く皇族の一人でありながら民の為に反旗を翻した聖戦士マイラは帝国が滅ぶと一人マーファの森に去った。そこで一人の素朴な娘と結ばれ子を儲け静かに息を引き取った。その時己が子達に決して森から出ないよう言い残した。
 マイラの子孫は森の中の小さな村で暮らしてきた。その中にシギュンという美しい娘がいた。
「シギュン・・・・・・」
 その名は皆知っていた。前ヴェルトマー公ビクトルの正妻でアルヴィスの母でもあった女性だ。
 ある時ヴェルダンを訪問したビクトルはマーファの森でヴェルダン王と共に狩りをしていた。その時偶然シギュンと出会った。その美しい容姿に心を奪われたビクトルは臣下や周りの者達の制止も聞かず彼女に求愛し半ば強引に妻とした。程無くアルヴィスが生まれた。ビクトルの妻への愛は異常と言ってもよいものであり周りの者が呆れ返る程であった。だがそれが裏目に出た。
 妻の自分に対する愛情を信じられなかったのだろう。彼は次第に妻に対し暴力を振るうようになり部屋に閉じ込め自らは酒色に溺れるようになった。
 シギュンに同情する者は多かった。バーハラのクルト王子もその一人だった。シギュンを慰めているうちにそれが愛となった。
 その事を悟ったビクトルは激怒した。二人に恨みの手紙を残すと服毒自殺を遂げた。目の前でそれを見せられたシギュンも姿を消した。
 シギュンはマーファへ戻った。この時既にクルト王子の子を身篭っていた。その子を産むと同時に彼女はこの世を去った。

「それが僕の母上なんだね」
「そうだ。ディアドラはクルト王子とシギュンの子だったのだ」
「ちょっと待って、じゃあアルヴィス皇帝とディアドラ様は兄妹なの?」
「その通りだ」
 レヴィンはパティに答えた。
「じゃあアルヴィス皇帝は妹の夫を死に追いやりその妹と結婚したの・・・・・・」
「そして生まれたのがユリウス皇子・・・・・・」
「皇帝はまさかその事を・・・・・・」
 カリンとフェルグス、アズベルが声を震わせて話し合う。ユグドラルにおいて親子や兄妹間等による近親婚は絶対のタブーとされているのだ。
「その通りだ。最初アルヴィスはその事を知らなかった。知っていればディアドラを妻としなかっただろう」
「じゃあ何故・・・・・・」
 レヴィンの言葉をロドルバンが問うた。
「暗黒神を復活させる為だ」
 一同その言葉に絶句した。
「ロプト帝国の皇族は暗黒神の力を強く受け継ぎその力を使える者を出す為代々近親婚を行なってきた・・・・・・。とりわけロプトゥスの魔法を使える暗黒神の生まれ変わりを生み出す為にな」
「・・・・・・・・・!」
 皆声を発せられなかった。この時ユリウスが何者なのかも悟った。
「けど僕には暗黒神の力は・・・・・・」
「御前の父方の祖母アガーテはバーハラ家出身。ディアドラにあったヘイムの血とで闇の血を消しているのだろう」
 セリスはその言葉に胸を撫で下ろした。
「そしてディアドラ様は暗黒神の化身となった我が子に殺された・・・・・・。何ということだ」
 イリオスが頭を振った。
「そしてそれ等を全て企んだ男がいる」
「誰ですか、それは」
 シャルローが問う。
「マンフロイ」
「マンフロイ!?いつもユリウス皇子の側にいたあの不気味な老人か!?」
「はい」
 ヨハンの言葉にそれまでイシュトーの後ろに控えていた少女が答えた。
「一体何者なんだ、あのマンフロイという男は」
「暗黒教団の大司教です」
 少女はデルムッドの問いに答えた。
「暗黒教団の大司教・・・・・・。じゃあ一番偉い人ですね。ところで貴女は一体どなたですか?」
 ロナンが尋ねる。
「サラと申します。そして・・・・・・」
 サラは言葉を続けた。
「マンフロイは私の・・・・・・祖父なのです」
「何っ!?」
 セリス、レヴィン、そしてシレジア組以外の殆どの者が身構えた。そしてサラを取り囲んだ。
「待ってくれ皆、落ち着くんだ!」
 セイラムがサラを庇うようにして間に入った。
「セイラムどけよ、そいつは暗黒教団の奴だぞ」
 リフィスが剣を握りつつ言った。
「そうだ、暗黒教団の奴は一人も生かしてはいけない、そう教えられただろ」
 アサエロも弓をサラに合わせながら言った。
「かって大陸を地獄に落とし今また暗黒神の世にしようとする奴等の大司教の孫・・・・・・。よく私達の前に姿を現わせたわね」
 マチュアが今にも首を斬り落とさんと身を屈めた。その目は殺意で燃えている。
「・・・・・・暗黒教団の者は誰であろうと生かしてはおけぬのか。例え仲間でも」
「えっ!?」
 セイラムは右手を顔の高さに出した。そして指を曲げ上に向けた手の平から黒い炎の様なものを出した。
「!?」
 炎の様に見えたがそれは炎ではなかった。絶えず動きその中心には邪な顔が映っていた。
「セイラム、それは・・・・・・」
「フェンリル。暗黒魔法の低位に位置する悪しき魂を操る魔法だ」
「暗黒魔法!?それじゃあ・・・・・・」
「そうだ、私は暗黒教団のダークビショップだ」
 レスターとフィーにそれぞれ答えた。一同は言葉が出なかった。
「私は暗黒教団の隠れ里で生まれ幼い頃よりこの闇の魔法と暗黒神の教義を教えられてきた。はじめは暗黒神こそが絶対の正義だと信じていた。しかしユリウス皇子が帝国の実権を握り我々が皇子の側近として世に出ると王子やマンフロイ達の残忍な行いに疑問を感じるようになった。こんな事を続けていてはいけないと考えていた。そんな時イザークでシグルド公子とディアドラ王女の遺児セリス公子が反帝国の旗を掲げていると聞きバーハラを出奔しイザークへ向かったのだ」
「そしてリボーで僕達の軍に志願してきたんだね」
「そうだ。そして解放軍の力で暗黒神の世が復活する事を阻止するつもりだったのだ。・・・・・・私の素性もいずれ明かそうと思っていた。・・・・・・信じて欲しい」
 セイラムが語り終えたのを見計らいイシュトーが口を開いた。
「このサラの母は父マンフロイの反対を押し切りある若者と駆け落ちした。だがすぐに見つかり目の前で恋人を父に殺され連れ戻された。母もサラを産んでから暫くして悲しみのあまりこの世を去った。この娘は祖父に両親を殺されたのだ。それからはマンフロイに育てられたが両親を殺した祖父や暗黒教団の教義を嫌い密かにある司祭の教えを受けシスターとなった。そして卿等を挟撃する軍を得ようとしてミレトスに入りペルルークの森で暗黒教団の者と出会った私の前に現われ私にあの教団の存在を教えてくれたのだ。サラなくして今の私はないだろう」
「・・・・・・・・・」
 一同はイシュトーのその言葉に沈黙し動きを止めた。イシュトーが嘘を言っていないのはわかる。サラが悪い人間ではないこともだ。だが何か心に妙なしこりが残っていた。
「皆マイラの話は知っているだろう」
 レヴィンが語りはじめた。
「ロプト帝国の皇族でありながらその虐政に苦しむ民衆の為に立ち上がり帝国に反旗を翻した聖戦士マイラ。さっきも話に出て来たな」
 一同その言葉に頷いた。彼が何を言わんとしているかもわかった。
「暗黒教団の教義は確かに邪悪なものだ。ユリウスやマンフロイのような者もいる。だがマイラのように教団の誤りに気付き民衆を救う為に戦った者もいるのだ。それを忘れないで欲しい。もし忘れたならば我々も暗黒教団やホプキンズのような異端審問官と同じになってしまうだろう」
 まずセリスが二人に歩み寄った。そして最初はセイラムの、そしてサラの手を両手で強く握り締めた。
 他の者もそれに続く。次第に二人は人の輪の中に囲まれていった。
「これで良い。これこそが新しい時代の姿なのだ」
 レヴィンは輪から少し離れて一人呟いた。
「あの男もこれがわかっていればな・・・・・・」
 一瞬哀しい口調になった。
「だが裁いてやる。今までの罪、そしてシグルドの仇・・・・・・。ヴォータンの治めるヴァルハラでもドンナーの館でもエーギルの館でもない。ローゲの支配するムスペルムヘイムの永遠の業火の中に突き落とし魂までも焼き尽くしてくれる」
 強い口調になった。その眼には普段全く見られない憎悪の光が宿っていた。

「ガルザス」
 一人廊下を歩くガルザスにホリンが声を掛けた。
「何だ」
 ホリンの方を振り向いた。
「何だ、はないだろう。同じオードの血族に対して」
「・・・・・・俺には関係無い事だ。ホリン、そう言う御前もソファラから出たではないか」
「ふ、確かにな」
 そう言って薄く笑った。
「確かに俺は一度はオードを出た。だが戻って来た。そして今おまえとこうして再会するとはな。運命というのはわからんものだ。・・・・・・マリータもな」
「・・・・・・知っていたか」
「ブリギットとジャムカがソファラにいた頃なぜかアイラに似た女の子を養子にしファバル、パティと共に我が子として育てているとクロード神父から聞いた。もしやと思っていたがまさか今解放軍にいるとはな」
「・・・・・・・・・」
 ガルザスはそれに対し何も答えない。
「何時あの娘に本当の事を言うつもりなんだ?彼女は御前が父だとはいう事を知らないのだろう」
「・・・・・・・・・」
「言わないか。だが忘れるな。彼女に本当の素性を教えるのは父親の、マナナン王の第二子ブレスの子である御前の義務なのだぞ」
「・・・・・・言う事はそれだけか?」
「何?」
 ガルザスは踵を返した。先程まで行こうとしていた道を歩きはじめた。
「気が向いたら言おう。今はその時ではない」
「おい待て」
 彼はホリンの制止も聞かず歩いて行く。そしてそのまま行ってしまった。
「相変わらず天邪鬼な奴だ。マリータに一言素性を言って自分が父親と名乗りたいのは自分自身のくせにな」
 何処かはにかみながら言った。後ろから子供達が自分を呼ぶ声がする。彼は声のした方へ消えた。

 イシュトー、アイラ等シレジア解放軍とその軍五万と合流した解放軍は軍の再編成を行なった。シレジア軍がヴェルトマーとの国境を押さえている事により防衛する必要の無くなったイードから兵を呼び寄せた。その間に活況を取り戻したペルルークで志願兵や物資の寄付を受け力を強めた。だが暗黒教団の毒の牙が迫って来ている事に誰も気付いてはいなかった。これはこれからの解放軍の進みを考えるにあたって重要な事件を引き起こす原因となった。否、むしろ後のユグドラルにとっては良い結果と言えるだろうか。

 後世の宗教家の中にこう言う者がいる。
『ユグドラルはノルンやヴァルハラに住む神々によってのみ為されるに非ず。人がどの様な道を選び歩いたかによって決まる』
 と。この言葉をセリスやユリア、アルヴィス、そしてユリウス達に当て嵌めればそれが言えるだろう。だがそれを為し得るには勇気と強さが必要であった。セリスにはそれがあった。無いように見えたユリアにもあった。持っていなかったアルヴィスは最後で持った。ユリウス、そうユリウス自身も・・・・・・。その道は最後まで歩かなければわからない。セリスと共に歩いた者達は会えセリスと共に歩いた。アルヴィスは自ら全てを失う道を歩いた。だがそこに辿り着くまでわからないのだ。全てを得るか、全てを失うかは。



暗黒教団と、アルヴィス、ユリウスについて、遂に語られる。
美姫 「色々な人間関係が…」
さて、次回はどんなお話かな〜。
美姫 「それでは、次回で」



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