第七幕 遺志


 ートラキア城ー
 トラキア城に入城したセリス達はレンスターとトラキアの今後を決める為トラキア城の大広間において会議を開いた。会議には解放軍の諸将だけでなくトラキアの貴族達や有力な市民、ブラギ教団の司祭達まで招かれた大規模なものとなった。まずは両国の統治者を誰とすべきかであった。
「レンスターのキュアン王子とエスリン王女の長子リーフ王子こそ相応しい」
 これには誰も異存は無かった。トラバント王が倒れこの子アリオーンの行方が知れないとあっては天騎士ダインの妹であり同じく聖戦士の一人槍騎士ノヴァの直系であるリーフは血筋から言ってもまたフリージ家との戦いにおいて開花した彼の能力、王としての資質から言っても相応しいものであった。またフィンやグレイドなどレンスターの遺臣達は皆リーフの部下となりミランダ等他のレンスター系の者達もレンスターの貴族として列せられることとなった。その中にはハンニバル等トラキア出身の者達もおり百年以上の時を経てトラキア半島は再び一つの国家に統一されることとなったのである。しかし一つ大きな問題についての議論が為された。
「トラキアの貧しさをどうすべきか?」
 そもそものレンスターとトラキアの分裂の原因は豊かなレンスターへのトラキアの反発がダインの子で第二代トラキア王であったブレスとノヴァの子でレンスター大公であるガウェインとの対立に発展し双方の間で内戦状態に陥ったのをグランベル王国の仲介で講和し二つの国家に分けられたのがそれである。レンスターとトラキアの二つの力により強大な国家が生まれるのを恐れたグランベルの策略であったとも言われるがトラキアの貧しさが発端であったことは事実である。
 以後豊かさを求めて北へ侵攻しようとするトラキアとそれを防ぐレンスターとの間で頻繁に衝突が起こった。それがグングニルとゲイボルグの悲劇の由来でありトラバント王が梟雄と呼ばれた元である。だがトラキアの痩せこけ岩石と砂塵ばかりの地は米も麦も育たず険しい山々には羊も山羊も放牧出来なかった。その為人口も他の国々と比して少なくこればかりは神々の力をもってしても不可能と言われていた。これをどうするか。セリス、リーフをはじめとする一同の考えがそこに集中した。
「私に考えがある」
 レヴィンが前に出て来た。そして懐からあるものを取り出した。それは黄土色でマルク所々ゴツゴツしたものであった。
「ジャガイモ・・・・・・」
「そうだ。知られていないがこれは痩せた土地でもよく育つ」
 リーフに答えた。そしてまた懐から何かを取り出した。今度は赤く丸いものだった。
「トマトだ。これも高い山々で栽培出来る。他に唐辛子や高山で簡単に栽培出来る様々な作物や薬草の種を持って来た。他にもトラキアの険しい山でも放牧が可能な曲角の山羊やラマ等を南方の大陸から呼んだ。そしてこれが最もトラキアの民を富ませられるだろう」
 そう言って再び懐から何かを取り出した。それは白いサラサラとした布に包まれた白い豆のようなものであった。一同はそれが絹であるとすぐにわかった。
「絹・・・・・・だね」
「そうだ。これが蚕の卵だ。トラキアのミーズ北は桑の森であり絹の養殖に最も適していると思っていた。必ずや絹の一大生産地になる。これでトラキアは以前とは見違える程豊になるぞ」
「レヴィン、そこまで考えていたなんて・・・・・・」
「セリス、国を豊かにするのは何も戦争をするだけではない。産業が無いならば興せばいいのだ。トラバントはその術を知らなかった。あの男はあまりにも軍人であり騎士でありすぎた。それがあの男にとっても悲劇となったのだ」
 批判的でそれでいて哀しみの色が入った声で言った。
「だがこれでトラキアの民も貧しさに喘ぐことも無くなり半島に今までのような緊張が続くことも無くなる。悲劇が繰り返されることは起こらない」
 レヴィンの言葉通りこの大戦の後トラキアにも作物が実り家畜の鳴き声が聞こえ蚕が繭を作るようになった。
『この時よりトラキア半島は真にダインとノヴァが愛したトラキアとなった』
 これは後世のある高名な歴史家の評である。トラキアの民達も夢を手に入れる事が出来トラバント王の悲願も達せられたのである。彼等トラキアの民達は彼等の幸福の為に哀しみを背負い戦い続けた飛竜に乗った王と彼等に幸福を与えてくれた緑の風を使う王を何時までも忘れることはなかった。

「・・・・・・何と呼べばいいのかしら」
 アルテナは一人城の外にあるトラキア王家代々の墓の前で立っていた。
「父上・・・・・・。いえ、父上と母上の仇・・・・・・。一体どちらなの・・・・・・」
 王の墓を前にポツリ、とそれでいて苦しく言った。心の中に幼き頃よりの思い出が甦ってくる。
 どれ程疲れていても自分と兄の相手をしてくれた幼い頃、厳しく武芸と学問を叩き込まれた少女の頃、今手に持つゲイボルグを授けてくれ常に兄と共に側に置かれていた今まで、その全てがあってこそ今の自分がある。それはわかっている。
「けど・・・・・・」
 イード砂漠で父と母を騙し討ちにしレンスター王家を滅ぼし多くの民を殺したのも彼なのだ。密かにそのことで心を痛めていたがまさか自分自身がレンスター王家の者であったとは思わなかった。それがわかった時今まで在った世界が砕け散ったのを悟った。そしてそれが二度と元に戻らないという事も。
「結局私はトラキアにとって仇の国の者。利用される為だけに育てられた使い捨ての駒だったのかしら」
「殿下、それは違います」
 誰、と声がしたほうを見た。そこにはハンニバルがいた。
「将軍・・・・・・」
「陛下は生前私に言われたことがあります。もし自分に何かあれば子供達を頼む、と」
「子供・・・・・・達・・・・・・!?」
「はい。アリオーン様と殿下を最後まで盛り立てて欲しい、と。・・・・・・そして御二方がその翼をもって羽ばたくのを見守ってくれ、と」
「翼・・・・・・」
 トラキアにはある言い伝えが残されている。ダインとノヴァの兄妹が生まれ変わりその翼をもって天高く羽ばたく時トラキアに真の幸福が訪れるのだと。そう、兄と妹である。親を同じくする。
「陛下は口にこそ出されませんでしたがいつも殿下のことを気にかけておられました。狩りの時まだ物心つかない殿下が火竜に襲われた時は槍を手に一人で竜に立ち向かわれ病に倒れられた時は付きっきりで看病にあたられました。そしてこの戦がはじまる時殿下にこれをお渡しするよう言われました」
 そう言うと懐からある物を取り出しアルテナに手渡した。
「これは・・・・・・アメジスト!?」
 トラキアでは最も高価とされる宝玉であり父が愛する娘にこの世を去る時最後の贈り物として渡すものである。
「おわかりですね、この意味が」
「・・・・・・将軍」
 力を振り絞るような声を発した。
「・・・・・・ここで一人にして頂けませんか」
「・・・・・・はい」
 彼女はそう言う事を察していたのだろう。ハンニバルは頷くとゆっくりと踵を返し姿を消した。
「・・・・・・・・・」
 何も言わない。否、何も言えなかった。黙したまま立っていたがやがて瞳から涙が零れてきた。
「ちち・・・・・・うえ・・・・・・」
 涙が止まらない。とめどなく流れて来る。
「ひどい人・・・・・・。最後まで私を騙していたなんて・・・・・・。けれど・・・・・・けれど・・・・・・娘として・・・・・・自分の娘としてこのアメジストを・・・・・・・・・」
 両膝を地に着けた。両手も地に着けしゃがみ込んだ。
「私は・・・・・・父上の娘、ですね・・・・・・」
 右手に持ったアメジストに涙が一粒落ちる。涙はアメジストを伝い紫色に輝きながら地に落ちていく。
「うっ、うっ、うっ・・・・・・・・・」
 最早声にならない。幼子のように嗚咽を繰り返すだけであった。
 これ以降アルテナは首にアメジストを架けるようになった。彼女はそれを身体から離す事無くヴァルハラに旅立つ時にも彼女の首にその水晶はあった。

 トラキアにおける戦後処理と軍の再編成を終えたセリス達解放軍は帝国のユリウス皇子がその素性の知れぬ怪しげな側近達と共に駐留するミレトスへ進軍しそこからグランベル本土を衝くべくミレトスとの前線基地であるメルゲンへ向かった。途中多くの志願兵やミーズ等トラキア北方に配していた将兵達と合流しターラに到着した。
 解放軍はターラでシレジアの反帝国軍がグランベルとイードの境にあるヴェルトマー家の砦を陥落させた事、アグストリア、ヴェルダンにおける反乱軍がユングヴィとヴェルダンの境であるブラウクロイツ河を挟んで帝国軍と対峙している、といった大陸の状況についての情報を知った。帝国はいよいよその命脈を絶たれようとしていた。


戦後処理も行い、いよいよ帝国軍との戦いへ。
美姫 「アルテナも、少しは心が軽くなっただろうし」
今後、なお一層、過酷な戦いが繰り広げられるだろう。
美姫 「ああ〜、続きが気になるわ〜」



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