第六幕 三頭の竜


 ダーナでの戦いを終えた解放軍はルテキアに戻りグルティアに剥けて進軍をはじめた。グルティア城はトラキア台地への入口に置かれておりここを陥とせばトラキアまで阻むものは無く戦略的に圧倒的に有利に立てるのだ。進撃前にセリスはリーフ、フィン、ナンナに二万の兵と共にミーズへ行かせカパドキアにはハンニバル率いる一万の兵、そしてグルティアにはラインハルトとオルエン、フレッド等を守将として二万の兵を置き守りに当たらせた。そして自らは五十万の兵と共にルテキアを目指したのである。

「やっぱりシアルフィの旗はいいな」
 新たに入った老騎士が解放軍の軍旗であるシアルフィの旗を見て言った。
「長い間ヴェルトマーの奴等に反逆者呼ばわりされ奴隷みたいに扱われてきたんだ。遂に長い間の恨みを晴らしてシグルド様の汚名を晴らす時だ」
 同僚の騎士が賛同する。
「おお、それをセリス様の下でやれるんだからな。これ以上嬉しいことはないぞ」
「そうだ、そしてセリス様がアルヴィスの奴を討ち滅ぼし正義を取り戻すんだ」
 そのような会話が進軍中に行なわれていた。帝国の下で生きる事がシアルフィの者にとってどれだけ苦痛であったか。そしてシグルドとセリスが彼等にとってどれだけ力強い希望であったかを物語る話である。

 ーグルティア城ー
 城はたちまち解放軍により包囲された。置かれていた兵が少なかったこともあり解放軍はすぐに城内へ突入した。
「将軍、敵は既に内城に入ろうとしております」
 簡素な城主の間においてスカパフチーレは部下から報告を聞いていた。
「残った兵は?」
 彼は静かに尋ねた。
「二三百程かと」
 部下は答えた。
「そうか、もう終わりだな。生き残った者達に伝えよ、降るも戦うも自由にせよ、とな」
「はっ」
 スカパフチーレはそう言い残すと剣を持ち部屋を後にした。そしてブリアンに勝負を挑み一騎打ちの末に倒れた。
 城内での戦いがほぼ終わろうとしていた頃地下へ続く階段を全速力で駆け降りる者がいた。
 暗灰色のフードとマントで全身を覆っている為顔は見えない。だがマントから窺える体型や雰囲気からこの者が男であるとわかる。
 肩で息をしている。何やら必死に逃れようとしている。
 階段を降り燭台に照らされる地下道をただ無我夢中に走っていく。その時前から若い男の声がした。
「何処へ行くつもりだ?」
 黒い服とマントを着た赤髪の若者である。セイラムである。
「ぐっ、貴様・・・・・・」
 男はその姿を見て呻いた。
「ほう、どうやら私を覚えているようだな。もっとも私は貴様とマンフロイを忘れた事は一瞬たりともないがな」
 セイラムがそう言うとゆっくりとフードの男のほうへ歩み寄った。そして右手を開き顔の少し前に置いた。
「ジェダ、貴様が今まで殺してきた罪無き人々の無念を晴らしてやる」
 構えた。ジェダと呼ばれた男も構えた。だが魔法を出したのはセイラムの方が早かった。
「ヨツムンガルド!」
 黒い悪霊達がセイラムの周りに生じ一斉にジェダに襲い掛かる。悪霊達に撃ち抜かれたジェダはボロ切れのようになり後ろに飛ばされ地に倒れ伏した。
「き、貴様同胞を・・・・・・。この裏切り者が・・・・・・」
 ジェダの断末魔の言葉に対しその同胞は冷笑をもって応えた。
「同胞!?フン、私の同胞とは今までも、そしてこれからも共に戦う仲間達だ。貴様等のような邪悪な輩共を同胞に持った覚えなど無い」
 彼はそう言うとジェダの屍を炎で焼いた。屍は瞬く間に焼き尽くされ灰となって消えていった。
「そして私のこの力・・・・・・。世界を闇に覆うのではなくマイラの力として世界を光で照らす為に使ってみせる」
 セイラムは灰が飛び散ったのを見届けると地下から地上へと昇る階段を上がっていった。

ートラキア城ー
 グルティア城陥落の報はすぐにトラキア城のアリオーンにも届いた。アリオーンはその報を今は主のいない王の間で
聞いた。
「そうか、遂に来たか」
 トラキアの諸将が立ち並んでいる。アリオーンは部屋の丁度中央に立っている。その手には父より授けられたグングニルがある。
「そしてシアルフィ軍から講和の使者が来ておりますが」
 騎士の一人が報告する。アリオーンはその報告を冷めた顔で聞いている。
「何度来ても同じ事だ。帰るよう伝えよ」
「ハッ」
 騎士は敬礼をし部屋を後にする。扉が再び閉められた後彼はトラキアの諸将達の方を向いた。
「諸将よ、聞いての通りシアルフィ軍はグルティアまで達した。このトラキアまで迫るのも最早時間の問題だ」
 さらに続ける。
「だが勝機は我等にある。兼ねてより計画していた『三頭の竜作戦』を今発動する」
 諸将が敬礼する。
「この作戦の成否に我がトラキアの命運がかかっている。健闘を祈る!」
「ハッ!」
 諸将はアリオーンの言葉が終わると同時に敬礼し一斉に消えた。後にはアリオーン一人残った。
「アルテナ、行くぞ・・・・・・」
 彼はポツリ、と言うと部屋を後にした。部屋にある玉座は主もなく寂しげに置かれていた。

ーグルティア城ー
「そう、やっぱりトラキアは講和には応じなかったか」
 セリスは天幕の中で残念そうに言った。
「ああ、取り付く島も無い。こちらの要求など全く耳を貸そうとしない。アリオーンは一体何をムキになっているのか・・・・・・」
 レヴィンが苦々しげに言った。
「アルテナの気持ちを知らない筈はないのに・・・・・・。やはり戦わなくてはならないんだね」
「ああ。こうなればトラキアまで攻め込む。そして決着をつけるぞ」
「セリス様、トラキアが動きました!」
 デルムッドが入って来た。
「来たか。それでどう動いたの?」
「ハッ、ミーズ、カパドキア、ルテキアにそれぞれ五千の兵を向けトラキアには六万五千の兵を配しております。兵種は全てドラゴンナイトです」
「そうか・・・・・・。よし、我々も行こう。そして勝利を手にするんだ!」
 セリスの号令一下解放軍はトラキアへ向けて進軍をはじめた。その動きはアリオーンも見ていた。
「よし・・・・・・。作戦通りに行くぞ」
 アリオーンも竜に乗った。そしてトラキア城を後にした。城を振り返って見た。
(この城を見るのもこれが最後かもしれないな)
 ふとそう考えた。だがすぐに向き直り天高く舞い上がっていった。

 明朝解放軍とトラキア軍はトラキア城西のトラキア台地の入口部分で遭遇した。双方はたちまち干戈を交えた。
「はじまったか。兵力では我が軍が圧倒的に有利だね。けれど・・・・・・」
「はい。地の利は敵方にあり空戦能力及び機動力で我が軍は劣っております。それにアリオーン王子はトラバント王の下で兵法を学びアルテナ王女と共にトラバント王の両腕として活躍してきた人物、苦戦は免れないと思います」
「そうなればこちらも気を引き締めなければいけないね。ここは竜騎士が苦手とする弓や魔法を中心とした防戦で敵の攻撃を凌ぎつつ相手の消耗を図ろう」
「御意に」
 セリスとオイフェの会話通り解放軍は弓と魔法を中心とした防衛陣を敷き竜騎士団の攻撃を防いだ。対するトラキア軍は一点を集中的に波状攻撃を仕掛けるが解放軍の圧倒的な兵力と巧みな用兵の前に妨げられ中々陣を突破出来ずにいた。
 その中飛竜に乗り指揮を執るアリオーンは至って冷静であった。解放軍の堅固な陣に対して幾度も攻撃を命じながら戦局を見ていた。
 チラリ、と太陽を見た。戦いがはじまった時にはまだ山々に半ば隠れていたが今は天高く昇っている。
「そろそろだな」
 その時だった。ミーズ、カパドキア、ルテキアのそれぞれの方角から竜騎士の一団が姿を現わしたのだ。
「なっ・・・・・・」
 これにはセリスもオイフェも絶句した。兵を三方に進めたのは各地を攻めるのではなく解放軍の戦力を分散させ、かつ解放軍の本軍を包囲し、時間差攻撃を仕掛ける為だったのだ。
「くっ・・・・・・。裏をかかれたな」
 シャナンは迫り来る竜騎士達を見上げつつセリスの傍らで忌々しげに呟いた。
「これはまるで竜ですな。三つの首を持ち空を舞う飛竜です」
 オイフェが唇を噛み締めながら言った。
「三方から来た軍を首だとすれば胴はアリオーン王子が直率する本軍か。おそらく胴もすぐに総攻撃を掛けて来るだろうね」
 セリスの言葉にオイフェは頷いた。
「はい。ですからアリオーン王子率いる本軍に対しては予備兵力を全て向けましょう。今が勝負の分かれ目です。気を抜いてはなりません」
 セリスの予想通りアリオーン率いる本軍は全軍一丸となって総攻撃を開始した。全速力で突撃するその先頭にはアリオーンの姿があった。
 手に持つグングニルを横に払った。馬や人の首、胴、手足が木の葉の如く乱れ飛ぶ。
 グングニルを突き出した。厚い鎧を貫かれた兵士がそのまま天高く投げ飛ばされる。
 縦に払う。騎士が愛馬ごと両断され地に転がる。
 アリオーンが血路を開いた後を竜騎士達が雪崩れ込む。解放軍の重厚な防衛線に穴を開けようとする。
「あれがアリオーン王子か、恐るべき強さだ」
 前線で指揮を執るハルヴァンが思わず声を出した。
「ちょっとぉ、暢気な事言ってる場合じゃないでしょ」
 リンダが突っ込みを入れる。口調こそ緊張感に欠けるがその顔は違っていた。
 アリオーンの強さは今まで見たこともないものであった。前線で指揮を執る諸将もセリスやシャナン達も彼とトラキア軍の強さに色を失っていた。
「まずいね、このままじゃ陣が破られてしまうよ」
「はい、ですが今あの場には持てる兵力を全て投入しております。今さらに送れる戦力といえば・・・・・・」
「我々しかいないね。行こう、オイフェ、シャナン」
「はい」
「うむ」
 トラキア軍が押し切るかに思われたがセリスの陣頭指揮により押し戻し戦線は膠着した。同時にそれまで勢いづいていた左側面に攻撃をかけていた三頭の竜も押し戻されていった。
「よし、その調子だ。敵を喰い止めるんだ!」
 セリスの指揮により勢いを取り戻した解放軍に対し今度はトラキア軍が焦りだした。次第にその攻撃が弱まっていく。
「くっ、そうはさせるか!」
 アリオーンがグングニルを手に再び突撃をかけようとした。だが上から自分を兄と呼ぶ声がした。自分をそう呼ぶ者を彼は一人だけしか知らない。そしてその者の事を彼はよく知っている。上を見上げた。そこにその者はいた。
「アルテナ・・・・・・」
 妹は兄を切ない、やりきれない顔で見ている。
「兄上・・・・・・。もうお止め下さい。兄上にはこの戦が何の意味も無いことはわかっておられる筈です」
 兄は妹の願いに対し首を振る事で答えた。
「この戦いは侵略者から祖国トラキアを護る戦いだ。それ以外に何の意味があるというのだ」
「そんな・・・・・・」
「話はそれだけか?ならば私と御前は敵同士、手合わせ願おうか」
「うっ・・・・・・」
 一度決めた事は決して変えない、兄のそのような性格を知るアルテナは槍を構えた。その槍は父より授かった自らの分身とも言うべきあの槍であった。
 空中で二本の槍がぶつかり合った。その音は哀しい音色となってトラキアの空に響いた。

 アリオーンとアルテナの一騎打ちが行なわれている間に戦局は次第に解放軍に傾きつつあった。解放軍はその圧倒的な兵力と堅固な防御陣をもってトラキア軍を防ぎその数を消耗させていった。
「ミーズ方面から来た部隊の将ソノーラ、ロベルト殿が討ち取りました」
「ロナン殿から報告です。敵将シャープレスを倒したとのこと」
「セルフィナ殿が敵の高名な騎士スポレッタを討ち取りました。またファバル殿はまた敵将を一人倒したとのことです」
 次々と解放軍の戦果を伝える報告がセリスの下に入って来る。だがまだセリスの顔は晴れない。
「アリオーン王子はどうしてるんだい?」
 側に控える若い騎士に問うた。
「ハッ、今だアルテナ王女と交戦中であります」
 若い騎士は敬礼してセリスに報告した。
「そうか・・・・・・。アルテナ王女にはゲイボルグがある。アリオーン王子の相手も出来るだろう。彼女が王子を引き付けている間に我々は戦局を有利に進めよう」
「ハッ」
 セリスの言葉通り解放軍はトラキア軍の執拗な攻撃を防ぎ戦いの流れを徐々に引き寄せていった。被害は次第に少なくなり逆にトラキア軍の被害は増えていった。
 夕刻になった。両軍は引き揚げ戦いは幕を降ろした。参加兵力は解放軍五十万トラキア軍八万。兵力差はかなりの開きがあったが機動力を駆使したトラキア軍の決死の攻撃に思わぬ損害を被った。損害はトラキア軍三万に対し解放軍のそれは五万に達した。今までは数で優位に立つ敵をその裏をかく知略と個々の超人的な武力で圧倒的な勝利を収めてきた解放軍にとってこの損害は大きな衝撃であった。諸将にも戦死者こそいなかったが負傷者が多くこのことは今後の戦い、すなわち来るべきグランベル帝国との決戦を考えるにあたり深刻なものとなった。
 対するトラキア軍は事実上敗北した。損害こそ解放軍のそれを下回ったが壊滅状態になりこれ以上の戦闘は不可能となった。解放軍に投降した兵は二万に達し残る三万程の兵がアリオーンと共にトラキア城西に撤退した。
「残ったのはこれだけか」
 夜の闇が迫ろうとする中アリオーンは生き残りこの場に集結した自軍を見て言った。
「ハッ、残念ながら・・・・・・」
 壮年の騎士が敬礼して答えた。その間アリオーンは表情を変えず冷静なままである。
「・・・・・・これ以上の戦いは無理だな。我々の敗北だ」
「・・・・・・・・・」
 騎士は何も言わなかった。否、言えなかった。アリオーンが次に何をするか彼にはよくわかっていた。そしてそれを止める事が出来ない事も。
「皆今までご苦労だった。私のような愚かな者に仕えてくれて真に感謝している。・・・・・・後はそなた達の好きにするがいい」
 そう言うと腰から剣を抜き首に当てた。一気に掻き切ろうとしたその時だった。
 アリオーンの目の前に淡い緑の光が生じた。そしてその中から一人の壮年の男が現われた。
 長く紅い髪とルビーの如き瞳を持っている引き締まった長身を黒と金の軍服、そして司祭達が身に着けるようなトーガに似た形のマントを着ている。やつれた感じはするが端正な顔立ちと全身から発せられる気品と威厳、アリオーンは彼をよく知っていた。
「アルヴィス皇帝、何故ここに・・・・・・」
アルヴィスはアリオーンの問いに答えた。
「卿のことが気になってな。来てみれば自害しようとしているとは。間に合って良かった」
「・・・・・・・・・」
「卿はまだ死んではならぬ。その力、ユグドラルの為に役立てるのはこれからなのだ」
「・・・・・・・・・」
「私と共に来るのだ。そしてダインの志を正しき場所に導くのだ」
 アリオーンにはそれがどういうことなのかわからなかった。だがアルヴィスが自分を利用するつもりではないこともよく
わかっていた。
「はい・・・・・・」
 そのうえで頷いた。アルヴィスが僅かに唇の端を綻ばせたように見えた。
「ならば来るが良い。そして星々の中に卿も入るのだ」
 そう言うと右手をゆっくりと上げた。アリオーンだけでなくトラキア軍全てが緑の光の中へ消えていった。
 明朝解放軍はトラキア城へ進軍をはじめた。途中アルヴィスがアリオーンと彼の軍を何処かへ連れ去ったという報がセリス達にも入った。その報にセリス達、とりわけアルテナは顔を暗くした。だが解放軍の進軍は順調でありセリス達は何事もなくトラキア城に入城した。歓呼の声こそ少なかったがこれでトラキアでの戦いが終わり、そして長きに渡ったレンスターとトラキアの抗争の歴史に終止符が打たれる時が来たのを彼等は感じていた。




何とかトラキアとの戦いは終わったね。
美姫 「ええ。けれど、その損害は大きかったわね」
来たる帝国との戦いに向けて、少し深刻な出来事だったな。
美姫 「それに、アリオーンが…」
うんうん。果たして、どうなるのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてます」



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