第一幕 幕が開きて


 ーバーハラ城ー
 「死ねっ、簒奪者!」
 「何が皇帝だ、ヴェルトマーの悪魔め!」
 「地獄へ落ちろ、十二聖戦士の裏切り者!」
 宮廷にまで罵声が響き渡る。宮殿に向けて石や汚物が投げ込まれ壁が蹴られる。元々バーハラにつけていた光騎士団の一員である宮殿の衛兵達は宮殿への侵入こそ許さないがその他の事に対しては見て見ぬふりを決め込みアルヴィスやヴェルトマーを罵る声が絶え間なく聞こえていた。
 「全くよく続くな」
 赤と黒のヴェルトマーの軍服に身を包んだ背の高い黒人の男が窓から宮殿の外を見ながら言った。彼の名をオテロという。ヴェルトマー十一将の一人で『炎獅子』の通り名を持つ。軍にあっては主力騎士団を率いる。南方の大陸からユグドラルに流れ着き一兵卒から身を起こした叩き上げの勇将である。謹厳実直にして勇猛果敢な人物として知られている。
 「無理もあるまい。先の大戦での我等の計画が全て白日の下に曝されたのだからな」
 同じくヴェルトマーの軍服に身を包んだ青い髪と瞳の男が言った。オテロと同じく十一将の一人フィエスコ、軽歩兵団を率い『炎狼』と称される。ヴェルトマーの誇る炎騎士団は皇帝アルヴィスの下彼等が統率している。その顔触れと配置、通り名は次のようになっている。

 僧兵団     炎梟  フェリペ
 近衛団     炎狐  アイーダ
 魔道騎士団  炎虎  ラダメス
 重騎士団   炎獅子 オテロ
 混成騎士団  炎豹  ロベルト
 軽歩兵団   炎狼  フィエスコ 
 重歩兵団   炎熊  ジェルモン
 弓兵団     炎鷲  マグダフ
 魔道師団   炎蛇  ザッカーリア
 混成歩兵団  炎鮫  シモン
 天騎士団   炎竜  フォード
 
 いずれもアルヴィスの股肱の臣であり彼がヴェルトマー公であった頃からの家臣達である。アルヴィスの信頼も厚く皇帝の行くところ常に彼等の姿がある。かってはアルヴィスの異母弟アゼルが副官としてあり『十二将』と呼ばれていたがシグルドを亡き者にしようとした兄に反発して行方をくらませた為現在は『十一将』と称されている。
 「周辺の国々は全て叛徒共の手に落ちグランベル本国でもこの有様、宮廷に出て来るのはヴェルトマーの者ばかり、軍も脱走兵が続出、グランベル本国もお終いだな」
 「フィエスコ殿、何を言われる。まだ炎騎士団がある。陛下のファラフレイムと我等がある限りグランベル帝国は決して倒れぬ」
 「だったな。済まない、弱気になっていたようだ。とおろでイザーク、レンスター方面に討伐軍が派遣されると聞いたが誰が行くのだ?」
 「シレジア総督であったムーサ殿とドズルのブリアン公子、兵はシレジア軍と斧騎士団、そしてシアルフィの軍だ。数は十二万程らしいな」
 「シアルフィ軍か。もしやと思うがな」 
 「だが残っている兵は出すしかあるまい。最早我等に残された兵は多くはない」
 「うむ・・・・・・」
 城の外では民衆がアルヴィスを暗黒竜と呼びヴェルトマーの炎の紋章を踏み付け叩き壊している。二人はそれを見て腸が煮えくり返る程の怒りを覚えたがもうどうする事も出来ず部屋を後にした。破片となった炎の紋章は泥に汚れ輝きは失われていた。

 ーミーズ城ー
 「そうか、やっぱり講和は無理だったんだね」
 「ああ。あの男頑として我等の案を受け入れない。あくまでも戦うつもりだ」
 シャナンがセリスに言った。城の一室で卓を囲んでセリス、シャナン、レヴィン、オイフェの四人が話し合っている。
 「セリス、これでわかっただろう。トラキアとの戦いは避けられない。トラバントを倒すまでな」
 セリスはレヴィンの言葉に考え込んだ。暫く考え込んでいたがそのままの姿勢で口を開いた。
 「・・・・・・ミーズに集結している我が軍に伝えてくれ。トラキア軍と全面戦争に入る。まずはミーズ城に来るであろうトラキア軍の誇る竜騎士団を迎え撃つ!」
 レヴィンはその言葉に頷いた。
 「よく決断してくれた。まだ迷っているようだったら私は御前を怒鳴り飛ばしてでも決断させていただろう」
 「レヴィン・・・・・・」
 「セリス、行こう。連中の事だ、すぐにでもこのミーズへ迫って来るぞ」
 今度はセリスが頷いた。

 リーフは自分の部屋にいた。椅子に座り今までの自分の歩んできた人生を振り返っている。
 物心ついた時にはフィン、ナンナと共にレンスターの各地を転々とし追っ手から逃れていた。その間多くの人達に助けられてきた。同志達も得た。そして彼等と共にレンスター城で挙兵した。長い篭城戦の末セリス率いる解放軍の援軍もありようやく勝利を得た。
 その後解放軍に合流しレンスターの解放は成った。今父と母、姉、そしてレンスター王家の仇敵トラキア王国と対峙している。フィアナでの戦いでは自ら剣を取りトラキアの竜騎士達を幾人も斬り倒した。マスターナイトに任じられてから剣の腕はもとより弓、槍、そして魔法や馬も扱えるようになった。これならいける、彼はそう思った。
 (父上と母上、そして姉上の仇トラバント、必ずやこの手で・・・・・・)
 その時であった。扉をノックする音が聞こえてきた。
 「どうぞ」
 入って来たのは青い髪と瞳を持った騎士だった。彼はその騎士をよく知っていた。
 「フィン」
 彼の顔は何時にも増して真摯なものであった。彼は一旦瞳を閉じ主君に対して言った。
 「リーフ様、これから貴方に対して一つお話したい事があります」
 「ん?何だい?」
 「先日のミーズ城攻略のさい私はトラバントの娘アルテナ王女を見かけました」
 「アルテナ王女?兄のアリオーン王子と共にトラバントの両腕と称されている人だね。若いが政治にも軍略にも長け人の情を知る人物と聞いているけれど」
 「はい。私もミーズ城でアルテナ王女の軍と戦いました。やはり手強い相手でした。・・・・・・しかし私はここでリーフ様に申し上げます」
 「フィン、それは一体・・・・・・」
 フィンが額から汗を流し続ける。リーフがゴクリ、と喉を鳴らした。
 「アルテナ王女は手に槍を持っておりました。・・・・・・その槍は」
 フィンは言葉を詰まらせた。
 「その槍はノヴァ家の槍地槍ゲイボルグだったのです!」
 「何っ、そんな馬鹿な・・・・・・!」
 思わず声が上ずった。席を立った。彼の顔は真っ青になっていた。
 「間違いありません。ゲイボルグとアルテナ王女から発せられる光、あれこそ正しくノヴァの光です」
 「そうか、姉上・・・・・・生きておられたのか・・・・・・」 
 身体がガクガクと震える。だがその時一つの疑念が心に宿った。
 「しかし何故トラバントは姉上を自分の娘として手元に置いたのだろう。殺そうと思えば殺せたのに」
 「おそらくアルテナ様の持っておられるゲイボルグの力を己が野心の為に利用するつもりなのでしょう。あの男の考えそうなことです」
 「トラバント・・・・・・。父上と母上を騙し討ちにしレンスターを滅ぼしただけでなく姉上までも手駒に・・・・・・」
 キッと窓のほうを見た。窓の遥か彼方にはトラキアがある。
 「トラバント、必ずこの手で倒す。そして姉上を救い出すんだ!」
 決意した。彼の身体を二つの血脈の気が覆った。

 ートラキア城ー
 トラキア王国南東部トラキア地方にトラキアの王都はある。トラキアが北のレンスターと分裂するより前からトラキア王国の王都であり古い歴史がある。地味が比較的良くトラキアでは数少ない人口密集地帯でもありトラキア一の都市としても有名である。つくりは豪壮でありながら装飾などは一切無く他の国の宮殿と違い大理石や宝玉等も無く内装らしいものも見受けられない。宮殿にはトラキア王国の旗が翻り厳重な警護が敷かれている。
 王宮の奥には王の間がある。扉は木製の質素なものであり廊下にはかろうじて赤絨毯が敷かれているにすぎない。その木の向こうから雷の如き声が響いてくる。
 「マンスターを攻め落とせぬばかりか前線基地であるミーズまで陥されるとは一体どういう事だ!」
 声の主はトラバント王であった。玉座から立ち上がり激しい口調で下に控えるアルテナを叱責する。
 「それもそなたは前線に出ずほとんど後方で控えコルータやマイコフ達に任せたきりだったというではないか、王家の者は最前線で剣をとるというトラキア王家の伝統を忘れたか!」
 「・・・・・・」
 アルテナは一言も発しない。二人の間にはアリオーンが控えている。
 「アルテナ、わしを甘く見るなよ。わしは貴様が女ながら武芸に秀でているが故アリオーンと共にわしの両腕として貴様を育ててきたのだ。もし役に立たぬというのであれば実の娘であろうとも容赦はせぬ!」
 「・・・・・・父上」
 アルテナはようやく言葉を発し顔を上げた。トラバントの叱責も止んだ。
 「何だ!?」
 「シアルフィ軍と講和いたしましょう。非は我等にあります」
 「講和だと!?馬鹿を言え!」
 王は声を荒わげる。だがアルテナも退かない。
 「混乱の隙に乗じマンスターに侵攻し多くの民衆を手にかけたのは我等です。しかし彼等は我が軍の捕虜を返し講和を申し出てきました。大儀は彼等にあります。シアルフィ軍と結び先の大戦を引き起こしバーハラ王家とシグルド公子を亡き者にし帝位を簒奪したヴェルトマーこそ討つべきだと存じます」
「帝国を?何を戯言を。我がトラキアは帝国の同盟国だぞ」
「帝国には最早大儀なぞありませぬ。帝国を討つ事こそトラキアの民の為です。大儀なくして国はありませぬ」
「フン、大儀だと。そんなものが何になるというのだ。取れるものは取れる時に力づくで奪えばよいのだ」
「父上、それでは・・・・・・」
「黙れっ!貴様はわしの言う通りにしておればよいのだ!」
 二人の間に火花が散ろうとする。その間に今まで一言も発しなかったアリオーンが入った。
「もう良いアルテナ、御前は疲れているのだ。部屋に帰って休め」
「兄上・・・・・・」
「さあ、行け。そして疲れを取りまた参上するがいい」
「はい・・・・・・」
 アルテナは父王に敬礼をし部屋を後にした。後には王とアリオーンが残った。
「父上、お許し下さい。アルテナはまだ子供なのです。父上に甘えているだけです」
「アリオーン、御前がそうやって甘やかすからアルテナがつけあがるのだぞ」
「ハッ、申し訳ありません」
「フン、まあ良いわ」
 王は顔をアリオーンから今しがたアルテナが出て行った扉の方へ向けた。
「それにしても血は争えぬな。親に似てきおったわ。あ奴はわしを嫌っておる」
「・・・・・・・・・」
 アリオーンは顔を下に向け言葉を発しなかった。王はそれ以上語ろうとせずただ扉へ顔を向けたままであった。

 アリオーンも部屋を後にした。暫く王が一人で部屋にいたが扉を叩く音がした。
「入れ」
 十人程の騎士が入室してきた。皆横一列に習い王に敬礼する。王はそれに手で鷹揚に応え絨毯の左右に並ばせる。騎士達は直立不動の姿勢で左右に同じ数ずつ並んだ。
 また扉を叩く音がした。王が入るように言うと若い騎士が入室し敬礼した。
「ハンニバル将軍が来られました」
「通せ」
 若い騎士に連れられ壮年の男が入って来た。
 大きい。長身で知られるトラバント王より頭一つ高い。その上胸板も厚く全身が筋肉で覆われている。薄茶色の髪と髭は長く濃くツヤがある。黒い瞳は強い光を放っておりこの人物が只者ではない事を知らしめている。濃緑色の軍服と白ズボン、白マントは質素ながら手入れが行き届いている。彼こそがトラバント王の長年の腹心にして『トラキアの盾』の異名で知られるトラキアが誇る名将ハンニバルである。
 ハンニバル、大陸でその名を知らぬ者はいなかった。若い頃よりトラキアの騎士として戦場を駆け巡り数多の武勲を積み重ねてきた。その中で騎士としての武芸、将としての軍略、軍人としての高潔な人柄、それ等で知られるようになった。トラキア随一の将である。
「御呼びに預かり参上致しました」
 落ち着いた声である。王はそれに鷹揚に頷いた。
「ハンニバルよ、今日来てもらったのは他でもない。御前の力が必要になった」
「ミーズに侵攻してきたシアルフィ軍を討つのですな」
「そうだ」
「陛下、御言葉ですがシアルフィと戦うのは・・・・・・。彼等は講和を申し出ておりますしここはそれに同意し大陸の災厄の中心である帝国こそ討つべきです」
 王はその言葉に表情を暗くした。そして重く低い声で言った。
「・・・・・・ハンニバル、貴様わしに逆らうつもりか?」
「なっ・・・・・・!」
 ハンニバルは絶句した。そして語句を荒わげ反論した。
「王よ、何を言われます。それがしは若い頃より陛下に剣を捧げトラキアの為に戦ってきた身、逆らうわけがありませぬ!」
「・・・・・・そうか。ならばその誓いを見せてもらおう」
 王は顔を意識的にハンニバルからそらした。
「貴様には養子が二人いたな。忠誠の誓いとしてそのうちの一人をわしに差し出せ」
「!」
 これにはハンニバルのみならず部屋にいる騎士達も絶句した。だが王はそれに一切構わなかった。
「二人共このトラキアに来ていたな。連れて来い」
 暫くして二人の少年が連れて来られた。二人は部屋に入ると王に対し敬礼した。
「コープル、シャルロー・・・・・・」
 ハンニバルは二人の子供達の名を呼んだ。二人は父の方を見るとあどけない顔で微笑んだ。
 コープルと呼ばれた少年は金の髪に青い瞳を持っていた。白い法衣とズボンの上に青いマントを羽織っている。
 シャルローは青い髪と瞳をしている。黒い法衣とズボンを身に着け赤いマントを羽織っている。
「どちらかを差し出せ。人質としてわしがルテキアのディスラーに預ける」
「・・・・・・・・・」
 ハンニバルの顔が苦悶で覆われる。場が重苦しい雰囲気に包まれる。その時だった。
 コープルが無言でスッと前に出た。そしてトラバント王の前で膝を折った。
 これには王もいささか面食らったが顔には出さなかった。そしてコープルをディスラーの下へ連れて行くように命じた。
「シャルローといったな。貴様はカパドキアに戻ってよい」
 シャルローは王に黙って頭を垂れた。コープルが彼のほうを一瞬であるが振り向いた。そのとき二人は片目を瞑り合って何かしらの合図をしたがそれには誰も気付かなかった。




ハンニバルの子供が人質に。
美姫 「そして、リーフに真実が告げられた」
いよいよトラキアとの全面戦争が始まる…。



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