第九幕 複雑なる正義
マンスター城南門付近における戦いでトラキア軍を退け十二神の一つ神風フォルセティの継承者セティ率いるマギ団が参加しさらに戦力を増強させた解放軍は完全にマンスター地方を掌握した。そしてミーズ城近辺にまで偵察隊を送りトラキア軍に関する情報を収集していた。
ーミーズ城ー
対するトラキア軍も解放軍がミーズ城攻略に来る事は充分予想していた。アルテナを長とし連日軍議を開き守りを固めていた。
「それにしてもシアルフィ軍の動きがかなり速いですな」
マイコフが卓上に広げられた地図を見ながら言った。地図の上にはマンスターに解放軍、ミーズにトラキア軍を表わす駒がそれぞれ置かれている。
「シアルフィ軍にコノートでの戦いの直前マギ団の者と接触があったという。おそらくフリージ軍に対する完勝もマンスターへの迅速な動きもその者の先導によるものだろう」
アルテナが腕を組みながら言った。
「そしてマギ団と合流しマンスターとフィアナで我等を退けました。その数三十万、一騎当千の将と精兵ばかりです」
マンスターで彼等と剣を交えたセイメトルが言った。
「しかも十二神器のうち四つが彼等の手にありヴェルトマーの宮廷司祭サイアスとフリージの将ラインハルトも入ったようだ。破るのは容易ではないだろう」
マクロイも続いた。
「・・・・・・講和するべきか」
アルテナがその美しい眉を寄せて呟くように言った。
「殿下、今何と!?」
コルータが驚いて声をあげた。
「兵力差は圧倒的だ。それに先に侵略したのは我等だ。それに今までシアルフィ軍とは恨みつらみも無かった。講和するべきではないのか」
「・・・・・・殿下、それは出来ません」
マイコフがその首を横に振った。
「何故だ!?」
アルテナは問うた。
「我等は今までマンスターを手に入れ豊かな暮らしを手に入れる為に戦ってきたのです。他の国の者から屍に群がるグールやスペクターの様に言われましてもな。フリージが倒れた今こそそれを成し遂げる好機、それを御理解下さい」
「・・・・・・」
アルテナは沈黙する。マイコフは続けた。
「今度は帝国も国内の政情不安や各地の反乱に対する処置に追われ介入出来ません。今こそ神々が我等に与えたもうた機会なのです」
「機会・・・・・・」
だがアルテナは思った。他の者の幸福を踏み躙ろうとする者に神々が恩恵なぞ与えるものか、帝国の今の有様はその末路なのではないのか、と。だが言えなかった。それを否定出来る程アルテナは父王の考えやトラキアの民衆について知らないわけではなかった。否、よく知っていたからこそ否定出来なかった。
「お解り頂けましたか」
「うむ・・・・・・」
アルテナは力なく頷いた。
「ならば戦いましょう。トラキアの為に」
アルテナはその言葉に表情を変えなかった。
「よし、戦おう。もうすぐ陛下がアリオーン殿下やハンニバル将軍と共に主力を率いてこちらに来られる。それまで守り抜くのだ!」
「おお〜〜〜〜〜っ!」
コルータ達は雄叫びをあげた。だがアルテナは一人俯いたままであった。
窓を見た。南の方は天を衝かんばかりに山々がそびえ立っている。その向こうに王都トラキアがある。
(父上・・・・・・)
幼い頃より母はなく父の手で育てられた。厳しい父だった。だが兄と分け隔てする事なく慈しんでくれいつも手にしていたグングニルで指し示しながらトラキアの民の夢を実現する事について語っていた。それがこの様な事だとは。
(間違っている、こんな事でトラキアの民は幸わせにはならない)
だが言えない。最早時の無情な歯車は動いていた。それは誰にも止められないものであった。
ーマンスター城ー
「城の周りにシューターを配しているのかい?」
セリスはマンスター城の会議室で偵察から帰ってきたエダに聞いた。
「はい。城の北側を中心に五百台近いシューターを配しております。その上竜騎士団もおり空と陸の二面で守りを固めております」
「しかしそれ位の数ならセティのフォルセティで一掃出来る。何か裏がありそうだね」
セリスの疑念にディーンが答えた。
「はい。峡谷の脇の左右の森に伏兵を配しているようです。もっとも正規軍ではなくトラキアが金と地位をちらつかせて雇った山賊のようですが」
「またか・・・・・・」
セリスは顔を顰めた。
「それで彼等を率いているのは誰だい?」
「ランクル、トルケマダ、ボゲの三人のようです」
「あの連中か、まだ生きていたのか」
ヒックスが忌々しげに顔を顰めた。
「知っているのかい?」
「はい、かってコノート王国の貴族でレイドリックの一派だった連中です。トラキアのレンスター侵攻の際レイドリックと共にトラキアに寝返りその後フリージ家のヒルダに取り入りレイドリックの悪行の片棒を担いでいたんです。ですがイシュタル王女に疎まれ暗黒教団狩りと称して罪の無い者達を殺し財を奪っていた事を突き止められ逐電したのですが・・・・・・。死んだと思っていたら山賊になっていたのですか。まあ連中にはお似合いですが」
「レイドリック派の生き残り・・・・・・。それにしても何故トラキアはいつもその様な質の悪い者達を使うのだろう」
「それがトラバント王なのですよ。目的の為ならば悪魔とも手を結びどの様な卑劣な謀略も厭わない、ユグドラルに巣食うニーズヘッグそのものです」
フレッドが吐き捨てる様に言った。普段の温厚で寡黙な彼からは想像出来ない姿だった。
「まあ奸族賊共を成敗する良い機会です。ここはトラキア軍と山賊共を倒す作戦を執りましょう」
グレイドが言った。
「けどどうやって?」
「はい、それは・・・・・・」
セリスの問いにグレイドは卓の上の二つの城と双方の駒をそれぞれ棒で指しながら自らの策を述べはじめた。セリスはそれに頷きグレイドの策を採用した。諸将はそれぞれの持ち場に散った。
翌日の昼頃解放軍はミーズへ向けて進軍を開始した。それはすぐにトラキア側にも伝わった。
すぐにシューターに兵が配され槍が置かれた。竜騎士が出撃し伏兵達が息を潜める。
しかし解放軍は前に進もうとしなかった。昼が過ぎ日は傾きはじめている。
「陽動か!?」
だが兵が動いた形跡は無い。とりあえず様子を見る事にした。
夜が来た。それでも解放軍は動かない。トラキア軍は解放軍が今まで分進合撃や釣り出し戦法等で勝利を収めている事もあり警戒を怠らなかった。朝になった。
解放軍はまだ動かなかった。やがて二回目の夜が来た。トラキア軍は解放軍が圧倒的な戦力を持っている為依然として警戒態勢を緩めない。
三日目になった。解放軍は守りを固めているだけで動かない。またもや朝が来た。
遂に四日目となった。流石にトラキア軍も疲労の色を濃くし気の緩みが生じてきた。
四日目の夜トラキア軍の疲れは極限に達してた。地にしゃがみ込む者や立っていても瞼を閉じようとしている者もおり士気は落ちていた。
森に潜む山賊達も同様だった。哨戒も怠りがちになり寝ている者もいる。
立ったまま寝ている歩哨に影が近付く。そして後ろから飛び付き右手を口に当て左手の剣でその喉を掻き切った。
「行くわよ」
影はディジーだった。その後ろに数人続く。
森の中で山賊達が焚火を囲んで何やら話している。その中心に一人の男がいた。
「で、ランクルとボゲはすぐ来るんだろうな」
顔の下半分を黒く汚らしい髭が覆い濁ったこげ茶の眼をしている。下品なランツクネヒトの服を着たその男こそ山賊達を率いる頭領の一人トルケマダである。
ヒックスがセリスに言ったようにかってはコノート王家に仕えていた。だがレイドリック等と共に王を暗殺しトラキアにつきその後フリージ家に降り悪の限りを尽くした。そしてイシュタルに追われ今は山賊をしているのである。性質は貪欲で残忍、下劣な事で知られている。
「はい、もうすぐ来られる頃だと思いやす」
汚らしい身なりの男が言った。当然山賊一人である。
「よし、三人揃ったら会議をするぞ。あのセリスとかいう小僧の首を叩き落としてやる為にな」
ゲヒヒヒヒヒ、と下卑た笑い声を出す。
「全く宮廷から追い出されるしレイドリック様は殺られるしここ何年か碌な事が無かったがこれでまた運が向いてくらあ。そうしたらまたやりたい放題の日々になるな」
「おい」
そんな話をしていると後ろから呼び掛ける声がした。見れば火に照らされてラングルとボゲの顔がある。
「おう、遅かったじゃねえか。まあ入れ。早速始めんぞ」
「うむ」
二人はそう言うと前に出て来た。ただしそれは首だけであった。二人の首はポーン、と放物線を描いて飛び焚火の中に入った。
「ひっ!?」
彼等は悲鳴をあげた。
「だ、誰だ!?」
二人の首が飛んで来た森の方から二人の男が出て来た。トルケマダはその二人を知っていた。
「て、手前等リフィスとパーン・・・・・・。シアルフィ軍にいやがるとは聞いていたが・・・・・・」
彼は口をパクパクさせながら言った。
「そうよ、そして今手前を殺す為にここに来たのさ」
「残ったのは御前等だけだ。最後くらいは観念するんだな」
二人はそう言うと剣を構えた。隙が無い。
「くそっ、死にやがれ!」
それでも自暴自棄になった山賊達は一斉に二人に襲い掛かった。二人は豹の様な動きで前に出た。
二人の剣が焚火に照らされ闇の中に煌いた。
一瞬だった。山賊達は皆地に伏した。だが一人残っていた。
「残ったのは手前だけだな」
二人はトルケマダへ歩み寄る。彼の顔が蒼ざめる。
「ひ・・・・・・ひいィィィィィィィィッ!」
恐慌をきたして逃げようとする。だがその前に黒い服の男が立ち塞がった。
「へ!?」
男は剣を無言で振り下ろした。トルケマダは一刀のもとに両断された。
「流石だね、やっぱり強いや」
剣を拭き鞘に収めるガルザスにリフィスがニヤリ、と笑いながら言った。
「うむ」
ガルザスは一言答えるのみである。
「ちぇっ、相変わらず無愛想なおっさんだな。まあいいか。強いし」
リフィスは少しすねたような声で言った。そこにシヴァとトルード、そしてディジーが来た。
「おう、どうなった?」
ディジーはパーンの言葉に対し片目をつむって笑った。
「こっちは終わったわ」
「よし、後はシューターだけだな」
「ええ。けどあんなのが敵じゃなくて本当によかったわね」
「同感」
彼等はそういいながらガルザス達と共に南へ歩いて行った。その行く先は言うまでもなくミーズである。
トラキア軍はミーズ城の北にシューターを集中的に配置していた。その数数百二及び空からミーズを守る竜騎士団と共に鉄壁の守りを為していた。
その中を歩哨達が巡回している。そこに守将であるセイメトルが通り掛かった。
「ご苦労。異常は無いな?」
「はっ」
兵士達は敬礼をし答えた。
「うむ、しっかり頼むぞ。もしミーズに万が一の事があればトラキアは後が無くなる。我が国の命運はそなた達にかかっいるのだ」
「わかりました」
セイメトルは彼等と別れ何処かへ去った。兵士達も別のところへ行った。その後ろにシューターの間を跳ぶ様に移る二つの影があった。
「ここまでは上手くいきましたね」
緑の髪の青年が銀の髪の少女に言った。二人はトラキアの軍服を着ている。
「はい。後はシューターの武器である大槍を全て破壊するだけですね」
銀の髪の少女が子声で青年に言った。
「大槍は私がフォルセティで一掃します。貴女はサポートをして下さい」
「はい」
セティはチラリ、と少女を見た。何処かオドオドしているように見える。
「ティニーさん、自分を信じるのです。貴女は自分で思われている程弱くはありません。貴女に秘められた力は素晴らしいものです」
「は・・・・・・はい」
やはり何処か頼りなげである。ともあれ二人は大槍が集積されている天幕の前に来た。幾つかある。
「よし」
セティの身体を淡い光が包んでいく。そして風が集まりだす。
彼は左手に生じた風の球を振り上げた。それは彼の手から放たれると忽ち無数の鎌ィ足となり天幕に襲い掛かった。
凄まじい轟音を立て大槍を置いていた天幕は薙ぎ倒されていく。セティは一瞬のうちに全ての天幕が破壊され尽くしたのを見ると上空に火球を放った。
炎が夜空に輝く。それは解放軍からもトラキア軍からも見られた。
「よし、行くぞ!」
解放軍はセリスの号令一下一斉に動いた。そのままミーズへと雪崩れ込む。
「しまった、謀られたか!」
トラキア軍は解放軍の奇襲を警戒していた。だが今その奇襲を受けた。今までのドズル軍やフリージ軍を破ってきた彼等の得意とする戦法でありこうして戦いの主導権を握ってきた。だが流石にトラキア軍は精鋭でありその対応は迅速かつ的確であった。すぐさま竜に乗り槍を持ち飛び立った。
セイメトルも自ら剣を手に竜に乗り迎撃に向かおうとした。竜に乗ろうとしたその時だった。北の解放軍の方へ武器も持たず駆けて行く二人の兵士を見かけた。
「ムッ!?」
かなり速い。陣を抜けトラキアの兵士達を追い抜きそのまま消えていきそうである。怪しい、そう感じた彼はすぐに兵士達に令を下した。
「おい、あの二人を逃がすな!」
二人に気付いたトラキアの将兵達はすぐに彼等を取り囲んだ。
「言え、何処の部隊だ!?」
セイメトルが前に出て来た。二人は肯き合うとマントを脱ぎ捨てた。
マントを脱ぐとそこにはトラキア軍のものとは全く違う服を着た緑の髪の青年と銀の髪の少女がいた。トラキア軍で二人の顔と名を知らぬ者はいなかった。
「貴様等・・・・・・シアルフィ軍のセティとティニーか!」
セティはセイメトルの問いに対し口だけの笑みで返した。ティニーは無表情のままである。
「シューターの大槍を破壊したのは貴様等だな!?」
「その通り」
セティは言った。
「ならば話が早い。今ここで成敗してくれるわ!」
セイメトルが剣を構えた。
「死ねえっ!」
トラキア軍の将兵達が一斉に襲い掛かる。二人は構えた。
「トローン!」
まずティニーが魔法を放った。右の拳から雷の帯がほとぼしり出る。
「貴女がティニーね。私はイシュタル。貴女のお姉さんよ」
白いドレスを着た銀髪の美しい少女が自分に語り掛けて来る。これがティニーが最初に憶えている光景である。
物心ついた時から彼女はイシュタルと共にいた。母ティルテュはそんな二人を見ながらいつも嬉しそうな、それでいて哀しそうな笑みを浮かべていた。
母はいつも叔母であるヒルダに酷く虐待されていた。まるで家畜の様に扱われ廷臣達の前で足蹴にされ壁に叩き付けられた事もあった。その陰湿な眼はティニーに対しても向けられる事もあった。そんな時にいつも自分と母を庇ってくれたのが従兄であるイシュトーであり自分を妹と呼んだイシュタルだった。
やがて母と自分はイシュタルの居城となっていたマンスター城に住むようになった。そこでティニーはイシュタルと共に
暮らすようになった。
イシュタルとティニーは常に一緒だった。魔法や政治、歴史等を学ぶ時も机を並べ食事も同じものを食べ眠る時も同じベッドに入って眠った。優しく包容力もあり暖かかった。母はマンスターに入ってから数年してこの世を去ったがその悲しみに泣いていた時も支えてくれた。
暫くしてエバンスからリンダが来てアマルダやイリオス、ヒックス、ラインハルト兄妹といったフリージの心ある将達と知り合い孤独な境遇ではなくなった。何よりも傍らにはいつも微笑んでくれるイシュタルがいてくれた。
解放軍とアルスターで戦ったとき兄と会った。そして父の事も知った。アルスター城での従姉との別れ、新たに知り合った仲間達ーーー。自分を取り囲む境遇は急変した。今このミーズでセティを共に戦っている。悪い印象は受けない。むしろ今まで感じた事の無い不思議な感覚が生じようとしているが彼女自身は気付いていない。だがこれだけは解かっている。この人を助けなければならないーーー。ティニーは拳に渾身の力を込めた。
雷撃がセイメトルの胸を貫いた。すぐ後ろのトラキア兵も撃った。
すぐさま二撃目を放つ。最も近くまで来ていたトラキア兵を倒した。その時後ろで風が起こった。
「フォルセティ!」
先程大槍を全て破壊した魔法が今度はトラキア軍へ向けて放たれた。
二人に向かって突き進んでいたトラキア兵達を無数の鎌ィ足が襲う。マンスター城での戦いの時と同じくトラキア兵はその魔法の前に壊滅した。
二人は追っ手を全て倒すと自軍のほうへ駆け出した。
セティは駆けながらティニーの方を向いた。優しく微笑んでいる。
「ティニーさん」
「はい?」
「サポート有り難うございます」
ティニーはその言葉を聞いて顔が急に紅潮した。
「おかげで安心してフォルセティを放てました。やはり貴女は私が思っていた通りの方でした」
「そんな・・・・・・」
「もっと自信を持って下さい。そうすれば貴女はより素晴らしい輝きを出せます」
「は・・・・・・はい」
セティは火球を再び上へ向けて放った。すると前から喚声が起こり兵士達が現われ二人を迎えた。
夜が明けた。陽が昇ると同時にミーズ城に解放軍の大軍が押し寄せて来た。トラキア軍は伏兵とシューターを破られながらも竜騎士団を中心に果敢に向かって来た。
「退くな!陛下が軍を率いて来られるまで持ち堪えるのだ!」
コルータもマクロイも陣頭で指揮を執り戦う。マイコフも自ら城壁に立ち槍を手に防衛に努めている。
だがその中でアルテナは城から離れた上空で特に指揮を執るわけでもなく戦うわけでもなくただ竜に乗り戦局を見ていた。
「・・・・・・」
その瞳は物憂げであり右手に独特な形をした槍を手に暗く沈んだ顔をしていた。
「死ねぇ、トラキアの山犬共!」
フィンはかって主君キュアンから授かった勇者の槍を振るい戦っている。ドラゴンナイトを一騎倒した時ふと上空に留まっているアルテナに気付いた。
「あれはトラバント王の娘の・・・・・・?」
アルテナの名はフィンも知っていた。だが神ならぬフィンは知らない事もありそれとは逆に知っている事もあった。彼女が手にしている槍、それは知っていた。
「あれは・・・・・・まさか・・・・・・」
だがトラキアの歩兵達が来た。フィンはアルテナから視線を外しトラキア兵達を倒していった。
上空ではカリンとマクロイ、ミーシャとコルータが一騎打ちを演じていた。
「させるかあ!」
トラキアの二将は竜の力を使い軽快な動きで左右に動く解放軍の二将に対抗していた。既に回りは解放軍の竜や天馬が殆どとなっておりトラキア軍はその数を大きく減らしている。
それでも尚彼等は闘い続けていた。突進し槍を繰り出しカリンとミーシャを寄せ付けない。
マクロイの槍とカリンの槍がぶつかり合った。黄色い火花が飛び散った。マクロイは再び槍を繰り出した。カリンは身体を左に捻った。
カリンは同時にマクロイの喉へ向けて槍を投げた。それはマクロイの喉を刺し貫いた。
彼女は動きを止めたマクロイに近寄り槍を喉から引き抜いた。マクロイは間歇泉の様に血を噴き出しながらゆっくりと落ちていった。
ミーシャの天馬が上に飛んだ。コルータは槍を素早く突き出すが間に合わなかった。
ミーシャは天馬に竜の右斜め上を抜けさせた。そしてすれ違いざまに剣を一閃させた。
コルータの首の右半分が切られた。半月状に血を噴き出しながら落ちていった。
戦局は解放軍に有利となっていた。城壁に梯子が次々と架けられ空には飛兵達が舞う。マイコフの決死の叱咤激励も空しく城を解放軍の将兵達が十重二十重に囲み城門に破城槌が向けられる。
槌がズシン、ズシンと重い音を響かせながら城門を打つ。門には次第にへこみが生じだしていた。
遂に城門が突破された。解放軍の将兵達が城内に雪崩れ込んできた。トラキア軍も迎撃に向かったが解放軍の圧倒的な数の前に押し切られていた。
城壁にも兵士達が一人また一人とよじ登り空からは竜や天馬の背から兵士達が飛び降りる。
マイコフはここに至って城壁の放棄を命じ内城への撤退を決定した。残った部下達と共に内城へと向かう。
「急げ、遅れるな!」
必死に駆けながら内城を見た。まだ陥ちてはいない。
民家が左右に連なる小路を駆けていく。視界の中の内城が次第に大きくなってくる。
「よし、もう少しだ!」
目に映るのは内城である。だが左右の民家の上に複数の影が現われた。
マイコフ達へ向けて矢が一斉に放たれる。矢は唸り声をあげ彼等を貫いた。
マイコフも部下達も前のめりに倒れた。だが彼等は地に伏したままではなかった。立ち上がってきた。
彼等の前に民家の間から一人の黒ずくめの男が現われた。黒い髪と瞳を持ちその手には剣がある。シヴァである。
「多くは言わん。降伏しろ」
彼は眉一つ動かさず感情に乏しいぶっきらぼうな声で言った。
「ぬかせ、若造」
マイコフは泥と血だらけになり矢を抜きつつ立ち上がりながら言った。
「我等トラキアの武人はこれしきの傷では倒れぬ。否、例え首と胴が離れようと倒れるわけにはいかぬ」
腰から剣を抜き構えた。だが傷によりその動きは鈍い。
「うおおおおおおっ!」
気力を振り絞りシヴァへ向かって突進する。シヴァはそれを構えを取り見ていた。
「愚かな・・・・・・」
そう呟くと身体を低く屈めた。右手の剣をゆっくりと上げ前へ跳んだ。
シヴァの剣がマイコフの胴を斜めに斬った。斬られたマイコフは前のめりに倒れた。
「トラキア万歳・・・・・・・・・」
マイコフは血溜まりの中呟き息絶えた。それを見ていたシヴァは何か言いたげであったが口を開かなかった。マイコフと共にいたトラキアの兵士達は既に縄にかけられていた。
ミーズ城は陥落した。セリスは解放軍の将兵達の喚声の中入城した。
セリスは万歳の声が木霊する中馬を進めていた。ミーズの市民達を見る。ある者は視線を逸らしある者は憎悪の目で睨んでいる。
(・・・・・・・・・)
顔こそ上げなかったがセリスの表情は暗くなった。だがそれに気付いた者はレヴィン以外にはいなかった。
「ミーズ城が陥落したか・・・・・・」
アルテナはミーズ城の南で敗残兵を集めながら力無く言った。
「殿下、如何致しましょう。ミーズ城が陥落した今我等には・・・・・・」
将校の一人が述べる。やはりその言葉には力が無い。
「止むを得まい。竜騎士団はトラキアまで、他の部隊はハンニバル将軍が守るカパドキア城まで撤退する」
「はっ」
アルテナの言葉通りトラキア軍は南へ退きはじめた。まずは南西のカパドキアに撤退する騎士団や歩兵部隊を竜騎士団が護衛している。
夕闇が暗くなり辺りを紅から濃い紫に変えていく。アルテナはその中で軍の最後尾で退却する軍の殿軍を務めていた。
ミーズ城の方を見る。既に夜の闇の中に消え城は見えなくなっている。だが城はそこにある。
(陥ちたか、あの堅城が・・・・・・)
美しく整った自身の名でもあるアカネイアの知と戦の女神を思わせる美貌を暗く悲しい陰が覆う。
(私は・・・・・・トラキアはやはり間違っているのだろうか・・・・・・)
トラキア城の方を見る。そこには父と兄がいる。
(父上・・・・・・兄上・・・・・・)
涙は流さない。しかし深く強い哀しみが彼女の心を打つ。
両手で元服の時に父から授かり今まで使ってきた槍を握り締める。刃の後の部分が横に拡がり両脇に半月の刃がある。そしてその間に紅く大きいルーン文字が刻まれた宝玉が埋め込まれている。
父から授けられた時古くからトラキア軍に伝わる名槍だと教えられた。だが名は無いと言われている。アルテナはそれでもこの槍が好きだった。
何故か持っているだけで懐かしく愛しい気持ちになるからだった。
その手に握られている槍は何も言わない。ただ紅く暖かい光を発していた。
解放軍とトラキア軍のマンスター城攻防戦とミーズ城攻防戦という二つの城とフィアナを巡る一連の戦いは物量に優る解放軍の勝利に終わった。参加兵力は解放軍三十万、トラキア軍三万、死傷者はトラキア軍が一万を越えたのに対して解放軍は八百程であった。また解放軍はマンスターとフィアナ救援にすぐさま動き民衆に人気の高いマギ団とラインハルトが合流したことでその人望はさらに高まった。対するトラキア軍は多くの将兵を失っただけでなくレンスター侵攻の足掛かりを失い本国において解放軍と対峙することとなった。そしてレンスター侵攻による非戦闘員に対する攻撃、謀略等で大陸での信用をさらに落とした。双方の明暗をもはっきrと分けた戦いであった。
かってトラキアの南には戦乱の中ユグドラルを貪るニーズヘッグが棲むと言われた。今そのニーズヘッグが歴史という舞台から退場する時が来ようとしていた。それを望まぬ者はトラキアの者以外にはいなかった。しかし誰も彼が何を思い、何を悩んでいたのかは知らなかった。
フィンがアルテナの槍に気付いたみたいだな。
美姫 「うんうん。ああ〜、早く次回を見たいわね」
一体、どうなるのか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。