第八幕 合流
−レンスター城ー
ダンドラム要塞、アルスターにおいて解放軍が鮮やかな勝利を収めていた時リーフ達が立て篭もるレンスター城は絶体絶命の危機に瀕していた。
城壁に次々と梯子が掛けられ兵士達が昇って来る。その数はレンスター城の守備兵のそれを遥かに上回っている。
フリージの将兵達がカリオンを取り囲んだ。そして一斉に襲い掛かる。
一人目の兵士を斬り捨て二人目の胸を貫く。三人目を両断し四人目を斬り城壁から落とす。
ケインの槍が梯子から城壁に上がって来た兵士の胸を破り下へ突き落とす。横から斬り掛かる敵兵を薙ぎ払い三人目の頭を潰す。
件がアルバへ突き出される。彼はそれを槍で払うと喉を貫く。続いて剣を抜き振り向きざまに二人の敵兵の首を刎ねる。
ロベルトは弓を力の限り引き絞り矢を放つ。額を撃たれた敵兵がまっ逆さまに落ちる。それが二人になり三人になる。若いながら腕は確かだ。
リーフは城壁の上をフィン、ナンナと共に走り回り危機に陥っている場所へ急行する。
ナンナは剣を振りながら傷付いた兵士達を杖で癒していく。これにより多くの戦士達が再び戦場に向かえるようになる。
リーフは自ら先頭に立ち剣を振っていた。シグルドの妹であり剣の使い手としても知られていたエスリンの血を受け継いだのかその剣技の冴えは未熟ながらも光るものがある。駒の様に回転して二人を斬り倒し一撃で自らの倍近くはある敵兵を斬り上げた直後別の敵に剣の乱舞を浴びせ倒す。若き主君の思いも寄らぬ奮闘にレンスター軍は勇気付けられその士気は高まった。
だが誰よりも凄まじい強さを発揮したのはフィンであった。普通のそれよりも遥かに大きな槍を己が手足の如く振り回し鬼神の如き形相で迫り来るフリージ軍の将兵達を次々と薙ぎ倒していく。
「貴様等に、貴様等に我が主君の御命、そして私の宿願、渡しはせぬ!」
顔も服も朱に染まり血走った眼で敵兵を城壁から叩き落とした。首が、腕が、胴が彼の周りを竜巻の様に飛び散っていく。
イードの戦いで主君キュアンとエスリンが戦死したとの報を受けた時激しい夜の雨の中彼は号泣した。一晩泣き明かし雨が止み夜も更け朝になったときまだようやく歩けるようになったばかりのリーフの小さな手がフィンの頬を撫でた。涙は止まった。しかしリーフを抱き締めまたもや涙が溢れ出した。この時今腕の中にいる幼ない主君を例え己がどうなろうとも守り通そうと誓った。
レンスター落城の折にはリーフを小脇に抱え空から襲い掛かるトラキアの竜騎士達を次々と倒し血路を開き逃げ延びた。
その後はリーフと共にレンスター各地を転々とした。バーハラの戦いから辺境のフィアナへと落ち延びてきたかっての仲間であるジャムカやベオウルフ達と会う事すら出来なかった。追っ手と飢えに悩まされながら密かにレンスター王家を慕う者達の助けもありかろうじて二人で生きてきた。そしてフィアナに辿り着き近くの村でリーフを育てながら時が来るのを待っていた。やがてジャムカやデュー達がアグストリアへ向かいラケシスはセリスのいるイザークへ旅立った。この時ベオウルフとラケシスの娘ナンナを預かった。
暫くして旧友グレイドとその妻でありレンスター攻防戦で戦死したドリアス将軍の愛娘セルフィナがレンスター近辺の漁村に身を潜めているとブリギットに聞かされそこに向かった。その村でカリオンやロベルトといった若い騎士達と出会い今や明るく溌剌とした少年に成長したリーフを盟主にした反フリージ反グランベルの解放軍を旗揚げしたのだ。
そしてセリスの挙兵に呼応し領主であるグスタフが兵を連れアルスターのブルーム王へ謁見に行っている隙にレンスター城を急襲し占拠した。そこでレンスターの復活とセリス公子率いるシアルフィ軍の支持を表明したがたちまちイシュトー率いる四万の兵に包囲され身動き出来なくなってしまった。イシュトーがメルゲン防衛の為その地へ帰ると公認にレンスター領主であったグスタフが指揮官になった。彼の戦術及び作戦指揮は甚だ稚拙であり何とか持ち堪える事が出来た。だが篭城して二月が過ぎようとし武器や食糧も残り少なくなってきていた。
フィンが周りの敵兵達をあらかた倒し尽くした頃フリージ軍の人智から攻撃停止のラッパが鳴り響いてきた。ふと空に目をやると日が高く昇っている。どうやら昼食を摂りに戻るらしい。
「食事、か」
フィンの槍の構えを解いた。そして城壁を降り本陣の置かれている旧王宮へ帰っていった。
「食事の後総攻撃じゃ。あの小僧っ子の首を陛下に献上するのじゃ」
グスタフは一際大きな天幕の中に置かれた本陣で椅子に座し配下の将校達に言った。テーブルの上には子羊のスネ肉の赤葡萄酒煮や七面鳥のオリーブ油で焼き香料を効かせたものや新鮮な生野菜に果物、陣中にいるとは到底思えない豪勢な食卓である。
グスタフは生牡蠣を喉に流し込みながらニイッ、と笑った。白髪に険のある陰険そうな黒い眼、痩せた顔に色の薄い唇をしている。貧相な身体を重厚な鎧で包んでいる。
彼こそレイドリック、ケンプフ等と並んで『三悪』と称されレンスター中の憎悪を一身に集めている男である。かってアルスターの宰相であったがトラキアのレンスター侵攻においてレイドリックの裏切りにより敗北したレンスター王国にアルスターの主力を率いて援軍に向かいながらもトラキアに寝返り共にレンスター城を陥とした。しかもそれに飽き足らずトラキア軍の先兵となりアルスターへ侵攻してきたのだ。その余りにも恥知らずな行いにアルスターの者達は怒り狂ったが圧倒的な戦力差に歯が立たずアルスターは滅亡の淵に立たされた。だがフリージ家がレンスターに姿を現わすと進撃停止を余儀なくされトラキア軍は兵を引き揚げた。グスタフもそれについて行くものと思われたがレンスターの新たな統治者となったフリージ家に取り入りレンスターの領主に任じられた。
レンスターの領主となったグスタフの行いは悪逆を極めた。元々賄賂を好み政敵を陥れる等悪行で知られる人物であったが民から税を搾り取り盗賊と結んで豪商達を襲撃し賄賂を要求した。その為『三悪』の一人に称される事となった。これに対し前々から彼を嫌悪していたイシュトー、イシュタルによって査察官が送り込まれなりを潜めるようにはなった。だが蓄えた財によるその力は隠然としてあり他の三悪の二人と同様完全に排除するには至らなかった。レンスター城を奪われたこの度の失態も重臣達に素早く賄賂を贈り手回しをした事で事無きを得、それどころかイシュトーの後のレンスター奪回戦の司令官となった。その男が今豪勢な食卓に囲まれ座していた。
「叛徒共も皆殺しじゃ。そして奴等に加担した愚民共にもわしに逆らう事の愚かさを身をもって知らせてくれる」
グスタフはそう言いながら席に座している一人の男に目をやった。齢は五十近くであろうか。茶の髪とそれと同じ色の濃い髭を生やし黒い瞳からは力強い光を放っている。筋肉質の巨体を濃緑色の鎧と黒っぽいマントで包んでおりその背には極めて大きな盾が背負われている。
「ゼーベイア」
グスタフはその男の名を呼んだ。
「はっ」
ゼーベイアは重く低い声で短く答えた。
「リーフの首を討つのはそなたにやらせてやろう。あ奴もかっての家臣に討たれるのならば本望だろうて」
グスタフは底意地の悪そうな笑みを浮かべゼーベイアにせせら笑うように言った。ゼーベイアはそれに気付かぬふりをして頷いた。そして一言だけ言葉を発した。
「有り難き幸せ」
グスタフはその口を三日月の様に吊り上がらせ酒を満たした杯を掲げた。
「いよいよレンスター城をわしの手に取り戻す。報償は思いのままぞ!」
「おお〜〜〜〜っ!」
諸将達が一斉に立ち上がり杯を掲げる。その中でゼーベイアは暗鬱とした表情でそれに加わっていた。
「セルフィナ、グレイド、レンスター城まであとどれくらいだい?」
セリスは全速力で馬を飛ばしながら先導役を務める二人に問うた。二人は西の方を指差した。
「もうすぐです。あと反国刻程でレンスター城です」
グレイドの言葉通りだった。すぐにレンスター城が見えてきた。
「あれがレンスター城か。遂にここまで来たんだね」
蔵に止めてあった望遠鏡を外し城を見た。城壁はかなり破損していたがレンスター城の旗が翻っており兵士達が城壁に立っている。
「良かった。まだ陥落していない」
セリスはホッと胸を撫で下ろした。
「ですがあれ以上持ち堪えられそうにありません。事は一刻を争います」
オイフェは同じく望遠鏡で城を眺めながら言った。
「よし、すぐに行こう。セルフィナ、グレイド、先導を頼むよ」
「はい」
「解かりました」
二人は馬上で頭を下げた。全速で馬を走らせている為敬礼では返せない。
「後は先鋒だけれど・・・・・・。二人共、先導役と兼ねて頼むよ」
その時二騎の騎士が出て来た。
「その役目我等にお任せを」
オルエンとフレッドだった。二人共見事な馬術である。
「戦いの際の先鋒はこの上ない名誉、是非お任せ下さい」
オルエンがセリスに言う。だがセリスはいささか戸惑っている。
「いいけれど・・・。オルエン、あおそこにいるフリージ軍には君のお兄さんもいるという噂も・・・・・・」
困惑するセリスに対してオルエンはニコリ、と笑って言った。
「その様な事は関係ありません。私は解放軍の者、兄はフリージの者、それだけです」
「・・・本当にいいんだね?」
「はい。もとより覚悟の上です。私は民の為公子の下で戦おうと決めたのですから。例えそれが兄と剣を交える事になろうとも」
「オルエン・・・・・・」
フレッドも言った。
「私もオルエン殿と同じ考えです。私も民の為戦うのです」
「二人共・・・・・・」
セリスは意を決した。
「よし、先陣は君達二人に任せる。セルフィナ、グレイド、それでいいね」
「はい」
二人はそれを了承した。
「全軍このまま全速力でレンスター城へ向かう。リーフ王子達を救いレンスターを解放するんだ!」
この時レンスターを包囲するフリージ軍は昼食を摂っていた。兵士達は鍋に火を点け次々と食材を出してくる。
大きな河魚が鱗を剥がれブツ切りにされ鍋に入れられる。荒く刻まれた人参やズッキーニがそれに続く。
ホカホカに煮られた馬鈴薯の皮が剥かれその上にたっぷりとバターが塗られる。黒パンにソーセージとゆで卵が
のせられる。
量も多く食材も豊富である。豊かなレンスターだけあって陣中とはいえ良い物を食べている。
兵士達が談笑しながら鍋の中から魚や野菜を取り出し椀に入れフォークで食べる。西瓜や無花果を食べている兵士もいる。あちこちで煙が上がり舌づつみが聞こえてくる。
フリージの将兵達は皆勝利を確信していた。この後の総攻撃でレンスター城を確実に陥落させられる、そう思っていた。その時だった。
東南の方から竜巻が起こったかに見えた。砂煙が高く巻き上がっていた。
「何だ!?」
こちらに向かって来る一団があった。皆馬に乗り手に剣や槍を持ち武装している。旗を持っていた。それはシアルフィの旗であった。
「何ィ!?」
先頭には青い軍服の女騎士と紅のマントの騎士がいた。女騎士が手の平を掲げた。その上で淡い緑の雷球がバチバチと音を立てながら次第に大きくなっていく。
「トローーン!」
雷光が凄まじい速さでフリージ軍に襲い掛かる。不意に立ち上がった兵士が二人程吹き飛ばされる。
またトローンが放たれる。慌てて馬に乗ろうとした騎士がその愛馬もろとも弾き飛ばされる。
フレッドが腰から剣を抜いた。解放軍に普及しようとしている銀の剣でも大剣でもない。フリージ軍でも名うての剣士しか扱いこなせないと言われているマスターソードである。
剣を振り下ろす。風を切る音がした。敵兵が鎧ごと両断される。横一文字に斬る。胴を両断される。
手斧が襲い掛かる。剣でそれを叩き落とした。返す刀で手斧を投げたその兵士の胸を貫く。
不意を衝かれたフリージ軍は恐慌状態に陥った。慌てて鍋代わりにしていた兜を被り火傷を負う者、火に突っ込む者、煮えたぎるシチューに足を入れる者、急いで魚を飲み込み喉に骨が刺さる者、一種の喜劇の様な有様であった。セリスの指揮の下解放軍五千の騎兵は一糸乱れぬ動きでフリージ軍を縦横無尽に切り裂いていく。それに対しフリージ軍は組織立った反撃が出来ず各個に撃破されていった。
解放軍がフリージ軍に突撃する直前レンスター城ではリーフをはじめとしてレンスター軍の諸将が大広間において軍議を開いていた。
どの者の顔も重苦しい。まずリーフが口を開いた。
「状況はどうだい?」
それに対しカリオンが首を振りながら言った。
「思わしくあrちません。兵の三割近くが死傷し残りの者達も皆疲弊しきっております」
「武器や食糧は?」
「もってあと数日かと・・・・・・」
ケインが沈痛な表情で述べた。
「セリス公子からの援軍は?」
「全く。メルゲン、ターラを解放したとの情報が入りましたが・・・・・・。アルスターからのフリージ軍主力部隊と戦闘に入ったと思われます」
ロベルトが報告した。
「損害は増える一方、武器も食糧も残り僅か、そして援軍の望みも無し、か」
「・・・・・・・・・」
一同は沈黙した。
「その上敵軍は午後より総攻撃を開始するようです。そうなれば最早持ち堪えられないかと・・・・・・」
フィンが言った。場は増々重苦しいものになる。
「打って出ますか」
アルバがポツリ、といった感じで言った。
「そして一直線にグスタフの首を狙う。もうこれしかないでしょう」
一同の顔が更に重くなりそれに加え険しさも入ってきた。
「・・・・・・確かに。今レンスターで篭城しても全滅するだけだ。それならば・・・・・・」
リーフが意を決した。顔を上げた。
「フィン、全ての将兵に伝えてくれ。すぐに総攻撃に移ると」
「解かりました。先陣は私が・・・・・・」
フィンは死を覚悟した。拳が固く締められ白くなる。
その時だった。一人の兵士が慌しく部屋に入ってきた。
「どうした?」
兵士は手の平の先をこめかみに付けるレンスター式の敬礼を取るとあたふたした声で外の方を指差して言った。
「ああああの、そそそ、外を御覧下さい!」
「?」
兵士の喜びの入り混じった慌てふためき様にいぶかしんだ一同だったが悪い知らせではなさそうだと感じた。リーフはフィンに言った。
「どうしよう?」
「とりあえず城壁に出ましょう」
フィンの言葉通り兵士に連れられ一同は城壁の上に出た。兵士の指が下を示す。そこには待ち望んでいた者達がいた。
シアルフィの羽田を掲げた騎兵の一団がレンスター城を包囲するフリージ軍を切り裂いていた。その中にはリーフ達が良く知る者達もいた。
「セルフィナ・・・・・・」
群青の髪の美しい女騎士が矢を放つ。フリージ兵が永遠に落馬した。
「グレイド・・・・・・」
フィンと同じ位の歳の騎士が槍を右に左に繰り出し敵背の胸を次々に貫いていく。
その中心に青い髪の若者がいた。その若者の事をリーフはいつも聞き、いつも考えていた。
「セリス公子・・・・・・・・・」
セリスは口髭を生やした黒い軍服の騎士に守られながら自ら剣を振るい指揮を執っている。リーフはその姿を見て顔に明るさを取り戻していった。フィンはこれ程明るい表情の若い主君を今まで見た事が無かった。
「来てくれたんだ、僕達の為に・・・・・・。僕達を助けに来てくれたんだ!」
「はい・・・・・・」
ナンナが頷く。その顔が眩いまでに明るい。
リーフが一同の方へ振り向いた。皆満面に力強い笑みを浮かべている。
「全軍出撃だ。そして・・・・・・解放軍と共にフリージ軍を倒すんだ!」
「おお〜〜〜〜っ!」
一同雄叫びを轟かす。リーフが階段を駆け下りる。皆それに続く。
フィンは眼下の解放軍を見た。そこにはかって見慣れた青地に白い剣の旗が翻っている。
(遂に来ようとしている。長年待ち臨み続けていた時が・・・・・・・・・)
表情は無表情なものに戻っている。だがその青い瞳は輝きを増している。
(私のしてきた事は無駄ではなかったのだ。決して・・・・・・)
槍を握り締める。今は亡き主君キュアンより授けられた勇者の槍という逸品だ。
(私は戦う。そして・・・・・・!)
フィンも階段を降りていった。そしてリーフ達に追いついた。
それまで固く閉じられていたレンスターの城門が開かれた。そして喚声と共にそれまで立て篭もり守るだけだった
レンスター軍が武器を高く掲げフリージ軍へ突き進んでいく。
カリオンの剣が、ケインとアルバの槍が、ロベルトの弓が縦横無尽に動き回りフリージ軍の将兵達を薙ぎ倒していく。その動きは二月に渡る篭城戦で疲弊しきった者達の動きとは思えなかった。
ナンナの杖が輝き傷付いた者達を癒していく。どの者もこれまでの鬱憤を晴らすかのようにフリージ軍へ襲い掛かる。
リーフが剣を振り敵兵を次々と倒していく。その横ではフィンが若き主を守る様にして戦っている。
解放軍の思いも寄らぬ急襲とレンスター軍の突撃の前にフリージ軍完全に崩壊していた。地に倒れ伏すのはフリージの将兵とフリージの旗ばかりであり兵士達は次々とアルスターやコノートへ向けて逃走していった。
「ゼーベイアを呼べ、ゼーベイアを!」
グスタフは本陣において形振り構わず怒鳴り散らしていた。その姿はさながらヒステリー状態の猿であり周りの将兵達は呆れ返っていた。
「糞う、何故来んのだ、あの馬鹿者が!」
手にしたからの杯を地に叩き付け周りの者を呼びに行かせる。グスタフは一人になり一層イライラとした様子で周りを見回す。
「おのれ、わしの一大事に何をしておるのだ、あの老いぼれは。後で思い知らせてくれるわ」
その時だった。後ろから声がした。
「呼んだか?」
その声は紛れも無くゼーベイアのものだった。グスタフは振り向き様に言った。
「馬鹿者!今まで一体何処に・・・・・・」
それ以上いえなかった。鼻の先へ槍が突きつけられた。
「最早貴様の言いなりにはならん。わしは今からリーフ様の下で戦う」
「ぐう・・・・・・・・・」
槍が更に突き出される。グスタフは一歩退いた。
「貴様はこの手で倒す。だが手に武器を持たぬ者を倒すのはわしの流儀ではない」
槍を退けた。
「槍を取れ。せめてそれだけは待ってやろう」
「ぐう・・・・・・」
グスタフは呻きながら側に立ててあった槍を手に取った。彼が金にあかせて買ったマスターランスという逸品だ。
「ぐおおぉぉぉっ!」
グスタフ礼もせずいきなり槍を突き出した。何の事は無い。つまらぬ一撃である。
ゼーベイアはその槍を冷静に見ていた。槍を一振りした。グスタフの手から槍が弾け飛んだ。
続いて槍を繰り出す。槍はグスタフの着ている分厚い盾と鎧を貫いた。
グスタフはしゃがみ込んだ。ゼーベイアは槍から手を離すと腰に差してある銀の大剣を抜いた。
その剣を横に一閃させる。グスタフの首が宙に飛び紅い曲線を描きながら地に落ちる。
「悪人の最後なぞこんなものだ」
ゼーベイアは剣の血を拭き、腰に収めた後槍をグスタフの屍から引き抜いた。既に周りではフリージ兵の姿は無く解放軍とレンスター軍の将兵達の勝ち鬨が木霊していた。
レンスター城正門の前でセリスとリーフは手を固く握り合った。
「リーフ王子、初めまして。シアルフィのセリスです」
ニコリと微笑んだ。リーフも笑みを返す。
「我が軍を救って頂き有り難うございます。改めて御礼を申し上げます」
二人の周りを両軍の将兵達が囲んでいる。その一番前にオイフェ、アレス等解放軍の将とフィン、ナンナ等レンスター軍の将達が立っている。
「まさかセリス公子自ら来て頂くとは・・・・・・。感激に堪えません」
「いえ、貴方方は共に帝国と戦う同志、その危機を見過ごすわけにはいきません」
「セリス公子・・・・・・」
「それに私の父シグルドと貴方の父キュアン王子は親友同士、そして貴方の母エスリン王女は私の叔母、私が来なくて誰が来るというのです」
「・・・・・・・・・」
セリスの言葉にリーフは心を打たれた。今までレンスター各地を放浪し追われ続けていた自分を受け入れ同志とさえ呼んでくれる人は今までもいた。だがこれ程までに優しく暖かくそれでいて力強い光を放って言う人が今までいたであろうか。
「リーフ王子、私達と共にフリージ、そして帝国と戦いませんか。貴方達の力が是非必要なのです」
「はい・・・・・・」
二人は握り合った手を掲げ合った。両軍の将兵達が大きな歓声を挙げる。その中でアレスは腕を組みながらセリスを見ていた。
(・・・・・・・・・)
感無量のオイフェや晴れやかな顔で二人を見ているオルエンやレンスターの騎士達と違い表情を一切変えず無言のままである。だがその瞳はセリスに何かを見たようだ。
フィンは二人を見ながら頬を手の甲で拭いていた。何度も何度も拭いていた。
(この時の為に私は生きてきた・・・・・・・・・)
周りはそんなフィンに誰も気付かない。そしてフィンも周りを気にとめていなかった。
(そしてこれからも生きるのだ・・・・・・・・・)
レンスター軍は解放軍に合流した。レンスター城の市民達は歓喜の声で彼等を迎え入れレンスターの旗とシアルフィの旗が共に翻った。またゼーベイアをはじめとしてかってのレンスターの家臣達も解放軍に集まってきた。
二月に渡るレンスター城攻防戦は幕を閉じた。参加兵力はフリージ軍四万、レンスター軍三千、レンスター軍の援軍である解放軍五千、結果は解放軍の援軍を受け一気に攻勢に転じたレンスター軍の逆転勝利だった。フリージ軍は司令官グスタフが解放軍についたゼーベイアに首を討たれその部下達共々レンスター城正門に晒し首にされたのをはじめ一万の兵を失い、残りの三万余はアルスター、コノートへ向けて潰走した。この勝利により解放軍はレンスター地方を解放しコノートとアルスターの間に楔を打ち込むと共にレンスター軍を救出し鮮やかな勝利を収めた事で名声を更に高め同時に新たな頼もしい仲間達を加えることとなった。今フリージ家の本拠アルスターはレンスター、メルゲン、そしてダンドラム、この三方から解放軍に囲まれる形となった。
遂にリーフと出会ったセリス。
美姫 「フィンの胸によぎるのは、一体どれぐらいの思いなのか」
うんうん。感動だよ〜。
美姫 「フィンは本当に良い騎士よね〜」
うぅぅ、良かった、良かった。
美姫 「でも、セリスの戦いはまだまだ終らないわよ」
その通り! 一時の対面を終え、次なる戦いへ。