第五幕 会談


 トラバント王からの会談の申し出を受けたセリスは次の日トラキア軍の陣地へ向けて出発した。面々はセリスをはじめとした解放軍の諸将の約六十名。ターラ城に残ったリノアンと陣に残ったシャナンの他の主だった将全員が来ていた。その中には入ったばかりのイリオスやシャナム、リーンに半ば強制的に連れて来られたアレス、捕虜でありながらセリスがトラバント王に屈服する姿を見たいと言ってついて来たオルエンとそれに従うフレッドといった面々もいた。
 陣に到着した。一人の騎士が出て来て敬礼した。表面上は恭しく迎える。陣の中へ案内される。
 陣の中は無数の天幕が張られていた。竜騎士団の者達が会うとトラキア式の敬礼で返す。表面上は歓迎しているが内心では解放軍を憎悪しているのが解かる。
 「やはり僕達を快く思っていないみたいだね」
 セリスはトラキア兵の態度を見ながらオイフェに言った。
 「それだけではありませんな。御覧下さい、彼等の手にする剣や槍を」
 剣や槍はどれも非常に良く手入れされ銀色に煌いている。そして強い殺気がこもっているのが解かる。
 「オイフェの言う通りだったね。やはりトラバント王は会談が目的じゃないのか」
 「まああの男なら考えられるような事ですな。やはり手を打っておいて正解だったようです」
 「その手だけれど・・・・・・」
 「大丈夫です。シャナン様がおられます」
 「よし」
 セリス達は騎士に案内されトラバント王のいる場へ案内された。そこには机と二つの椅子が置かれ向こう側にはトラバント王が家臣達を引き連れ立っていた。その中にはアリオーン王子とアルテナ王女もいた。
 「よくぞ来られた、セリス公子。このトラバント、トラキア王国を代表して礼を言うぞ」
 硬く低い声である。眼は鋭い光を放っている。
 「トラバント王、お招き頂き有り難うございます。このセリス、身に余る光栄です」
 グランベル式の敬礼で返した。落ち着いた瞳でトラバント王の一挙手一投足に目をやる。
 「まあ堅苦しい挨拶は止めにしよう。席に着こうではないか」
 王に勧められ着席した。
 「さて、会談の場を設けたのは他でもない。貴公に頼みがあるのだ」
 「頼み?」
 セリスは僅かに声を上ずらせた。しかし表情は全く動かさない。ただトラバント王の眼を見ていた。
 「そうだ。ターラから退いてもらいたい」
 「何故でしょうか」
 「決まっている。ターラを征伐するのだ」
 その眼が剣呑に光った。
 「それは出来ません。我々はターラ市民を圧政のくびきから解放する為にここへ来たのです」
 セリスはやんわりと、しかし毅然とした声で言った。
 「フッ、面白い事を言う。ターラはグランベル帝国に対し弓を引いたのだぞ。征伐するのは当然ではないか」
 「グランベル帝国に大儀があると思われているのですか?帝国の非道はあのロプト帝国と変わりません。あの様な非道こそ征伐されるべきなのではないでしょうか」
 「何を言うか、帝国は十二聖戦士のヴェルトマー家とバーハラ家の血を引く由緒正しい家柄だぞ。貴公もシアルフィ家の者、まさか聖戦士としての義務を忘れたわけではあるまい」
 「光を司るバーハラ王家を護り、民の憂いを取り除き、大陸を守護する、ですね」
 「そうだ」
 「ならば今のヴェルトマー家の何処が聖戦士だというのです?先の大戦の折は各地に戦乱の種を撒き多くの民を戦火にさらしバーハラ王家を護る者を排除し王族の方々を暗殺したではありませんか」
 「黙れっ、それは根も葉も無い噂に過ぎん。大体卿の父シグルド公子もグランベルに弓を引いた反逆者ではないか」
 「父が反逆者!?それは聞き捨てなりません!」
 セリスが席を立った。それを見てトラバント王は唇の左端を吊り上げた。
 「ほう。卿等はいつも言ってくれているな。我等をやれ野獣だ、聖戦士の恥さらしだと」
 「・・・・・・・・・」
 「我等とて生きる為に戦っておるのだ。誰にも批判されるいわれは無い」
 セリスは再び席に着いた。
 「ですがそうだからといって他国を侵略し人を欺くのは騎士として恥ずべき行いではないでしょうか。げんにターラでも・・・」
 「ターラ?何の事だ?」
 王はとぼけた。セリスは彼を表情を変えずに見たが後ろのオイフェの方へ顔を向けた。
 「例の物を」
 「はっ」
 オイフェはマーティとダグダに大きな二つの袋を持って来させた。二人は袋を持って来るとそれを逆さにして全て落とした。ゴロゴロと丸い物が落ちて来る。それは人間の生首だった。
 「・・・・・・何だそれは?」
 王は眉をピクリとも動かさずそれ等を一瞥した。
 「見覚えのある顔も多いと思いますが」
 「知らんな。街に忍び込んだ夜盗か何かであろう」
 「・・・・・・そうですか。では首の方はこちらで葬っておきます」
 「その必要は無い。今その首は我が軍の陣にある。我々が葬らせてもらおう」
 「解かりました。それではこれ等の首はそちらにお渡し致しましょう」
 首は再び袋に入れられトラキア側に手渡された。二人は再び会談を始めた。
 「セリス公子、それではまた始めるか」
 「はい」
 「もう一度言う。ターラから退いて頂きたいのだが」
 「それは先程もお断りした筈です。ターラは我々が守ります」
 「そうか。その言葉、撤回はしないな」
 「はい」
 「・・・・・・ならば仕方が無い。卿は反乱軍を率い帝国に対し造反を企てている大罪人、ここで成敗して反乱の火を消すとするか」
 「!?」
 王は座したまま動かなかった。しかしトラキア軍と解放軍の代表の周りは違った。
 トラキア竜騎士団の将兵達が会談の場を取り囲んでいた。手には剣や槍が握られ眩い光を発している。
 「我がトラキア王国はグランベル帝国の同盟国、帝国に反逆する者は討たねばならん。だがターラから退けばわしがアルヴィス皇帝にとりなしても良いのだぞ。どうだ、悪い条件ではあるまい」
 トラバント王は刺々しい光を発してセリスを睨んでいる。それはさながら肉食獣が草食動物を狙う様であった。
 「さあターラから退くのだ。そうすれば囲みを解いてやろう」
 「セリス様がそう仰った直後に我等を皆殺しにしてからに、ですな」
 「何!?」
 声の主はオイフェだった。腕を組み微動だにせず口だけで語った。
 「トラバント陛下、貴方様は謀略と奸計で世に知られた御方、これ位の事は考慮に入れておりました」
 「どういう事だ!?」
 「御自身の軍の周りを御覧下さい。さすればお解り頂けるかと」
 「!?」
 王は騎士の一人を偵察に行かせた。彼はすぐに血相を変えて戻ってきた。
 「陛下、大変です!我が軍はシアルフィ軍により完全に包囲されています!」
 「くっ!」
 シャナンは会談が行なわれる前から軍を動かしトラキア軍を包囲していたのだ。
 「よし、セリス達に何かしでかそうものなら総攻撃に移るぞ」
 解放軍はすぐに総攻撃を仕掛けられる距離にいる。構えまで取っている。
 「・・・抜かったわ、まさかわしの策を読んでおったとはな・・・・・・。だがそれでどうなる?今貴様等は我が軍の中にある。果たしてこの囲みから生きて帰れると思っているのか」
 「その事なら御心配なく。彼女がおりますから」
 ユリアが前に出て来た。手には豪華な装飾で飾られた杖が握られている。
 「ワープ、か」
 「この娘はシャーマンでしてね。特殊な杖を使わせたら我が軍で右に出る者はおりませぬ。我等全員この場から去る事なぞ造作も無いこと」
 「フン、万事において抜かりは無し、か。どうやらわしの負けの様だな」
 王は顔をしかめた。
 「それではこちらの要望をお伝えしましょう。ターラから撤退し、以後ターラ山脈と峡谷を境とする事。よろしいですね?」
 オイフェの言葉を呑むしかなかった。

 解放軍側の要望を全面的に受け入れたトラキア軍は撤退をはじめた。次々と南のトラキアへ向けて飛び去っていく竜騎士達を眺めながらセリスはオイフェに問うた。
 「果たしてあのまま帰ってくれるかな」
 「まさか。あのトラバント王ですよ。隙あらば再びターラに介入しようと企むに決まっています」
 「じゃあどうしよう。我々はこれからレンスター救援に向かわなければならない。ターラに振り向けられる兵力は・・・・・・」
 「はい。しかもレンスター救援だけはありません。ターラ北東にはダンドラム要塞があります。守将はレイドリック。かってトラキアのレンスター侵攻の折コノート王国の家臣でありながらトラキアと内通しコノート王を暗殺しレンスター王を謀殺した男です。しかも今はかって自らとともにコノートを裏切った物共を配下としランツクネヒトを編成しフリージの手先となり悪逆の限りを尽くしているのです」
 「ランツクネヒト・・・・・・。確か神兵軍の事だね」
 「誰もそうは呼んでおりませぬ。そう言っているのは連中だけです。あの者達の行く所殺戮と掠奪、暴挙の嵐が起こり後には草木さえ残りません。ですからイシュトー王子に要塞に入れられたのですがそこでも周辺住民や旅人に悪行を働いております。奴等を成敗し民を安んじアルスターへの路を確保しなければなりません。レヴィン様に二万の兵を率いて向かって頂きます。他にイリオス、とダンディライオンの面々、そしてシャナム等を向かわせます」
 「しかしランツクネヒトも二万だろう?難攻不落のダンドラム要塞にその程度の兵力じゃ・・・・・・」
 「解かっております。レヴィン様に策をお渡ししております」
 「そう・・・・・・」
 セリスは不安を覚えた。だがここはオイフェを信じるしかない。
 「主力はアルスター方面へ向かいアルスターから進撃して来る敵の主力部隊を迎撃します。この指揮はシャナン様に執って頂きます」
 「えっ、じゃあ僕は!?」
 「セリス様は私と共に精鋭の騎兵隊五千を率いレンスターへ急行します。メルゲンからレンスターには最北の路を通ります。この路は大軍の通行には不適ですが騎兵の運用には適しておりレンスターへも最短距離です。またフリージ軍もアルスターへ向けて進撃する我が軍の主力に気を取られこの路は手薄になります。ここにすべきです」
 セリスはオイフェが広げた地図を見た。そして言った。
 「よし、そうしよう。ところでターラの方だけれど・・・・・・」
 オイフェは不安げな主君を安んずるかの様ににこりと微笑んだ。
 「その事も御心配には及びません。今我が軍が解放した地域から続々と志願者が集まっております。その総数は二万に達しようとしております。この兵達をターラの守りに就かせます。ですが集結にまで時間がかかりますのでとりあえずはターラからの志願兵四千をターラ峡谷に配しましょう」
 「成程、あそこならトラキアの進軍も防げるね」
 「はい、そしてあの峡谷に関を築きましょう。そうすればトラキア軍はターラに侵入出来なくなります」
 「流石だね、オイフェ。これでターラ方面は大丈夫だ」
 「今日はターラへ戻りましょう。そして明日の朝かにはターラを発ちアルスターへ向かいましょう」
 解放軍は日暮れ前にはターラ城へ着いた。そしてターラまでのきょうこうぐんとトラキア軍との駆け引きの疲れを癒すべく眠りに入った。
 セリス達も軍議を終えそれぞれの部屋へ帰ろうとした時だった。軍議が開かれていた大広間にリノアンとオルエン、フレッドの三人が入ってきた。
 「どうしました?三人共お揃いで」 
 「・・・・・・・・・」
 三人は無言のままセリスに近付きその足下で片膝を着いた。
 「えっ・・・・・・」
 戸惑うセリスに対しリノアンが静かに語りだした。
 「ターラを救う為にお来し頂き、その上トラキア軍を退けていただき有り難うございます。このリノアン、感謝の念が絶えません。そしてセリス公子、貴方の騎士として、聖戦士としての素晴らしさに魅かれました。どうかこの私を解放軍にお加え下さい」
 「えっ、けれどターラは・・・・・・」
 「はい。私の不在の間は市民会にターラの政務を委ねます。既に市民会から了承を得ました」
 「そうですか・・・。リノアン公女、貴女の力は我が軍にとって大きな力となるでしょう。これからも宜しくお願いします」
 「はい」
 セリスはリノアンを発たせその細く小さな両手を握り締めた。オルエンはそれを見ながら静かに微笑みセリスに言った。
 「私達二人、ターラを救援に向かい、トラバント王に対しても臆する事無く仁愛と結城を忘れなかったセリス公子に心打たれました。今までの事を考えると図々しいと思われるでしょうがどうか我等二人、解放軍の末席にお加え下さい」
 セリスは二人に優しく微笑んだ。
 「勿論だよ。喜んで二人の参加を歓迎させてもらうよ」
 「セリス公子・・・・・・」
 「な〜〜〜んだ、やっぱりうちに入るんだ。全く最初からそうすればいいのに。本っ当に素直じゃないんだから」
 「何ですって!?」
 憎まれ口を叩いたパティに対しオルエンが挑みかかる。あわや取っ組み合いの事態になったがまたレスターとフレッドが間に入り事態は収まった。離されてもいがみ合う二人だったが何はともあれまたもや心強い仲間達が解放軍に加わった。

 トラキア軍は峡谷の中間辺りで野営をしていた。後方にはターラの村々の灯が見える。
 「糞っ、もう少しのところだったのに」 
 トラバント王は村の灯を見ながら忌々しげに呟く。
 「だが見ておれ。何時の日か必ずターラもレンスターも我が物にしてくれる」
 王の脳裏にセリス公子の顔が浮かんだ。
 (あの小僧、良い眼をあしておった・・・・・・)
 次にアリオーンとアルテナの顔が浮かんだ。
 (あ奴等も同じ眼をしている。これからの時代を作る者達か・・・・・・)
 王は手に持つグングニルに目をやった。
 (こいつも何か感じているやも知れぬ。新しい時代が来ようとしている事を・・・・・・)
 峡谷の上に広がる空を見上げた。限りなく黒に近い紫の夜の空に様々な星々が輝いている。
 (星達があの小僧の下に集うか。そしてわしの様な者は退場するか・・・・・・)
 だが王は視線を元に戻しキッとターラの方を見据えた。
 (だがわしは敗れはせん。わしは我が夢を実現させるまで死ぬわけにはいかぬ)
 会談の時解放軍が出してきたトラキアの工作員達の顔が頭に浮かんだ。
 (あの者達の為にも敗れてはならん。たとえわしが世の者に何と思われようと何とそしられようとも構わぬ。トラキアの為にもな)
 再び二人の顔が頭に浮かんだ。
 (あ奴等の為にも。二人にわしと同じ道を歩ませてなるものか、あいつ等は血塗られた古い時代の道ではなく新しい時代の道に生きるのだ)
 またグングニルを見た。
 (その為にも、まだ力を貸してくれ。トラキアにかっての栄光を取り戻す為にもな・・・・・・)
 槍は何も答えなかった。トラバント王は暫し無言のままグングニルを見ていたがやがて己が天幕へ帰った。空の中心には青い巨大な将星が増々その輝きを強めその周りを幾多の星々が取り囲んでいた。その星々から離れた場所に二つの星が現われ輝きはじめた。



やはり企みごとをしていた会談。
美姫 「しかし、そこは敵の策を見事に読んだオイフェ」
かくして、会談は一応の決着を試みる!
美姫 「しかし、これであきらめるような王だろうか…」
若干どころか、多分な不安を残しつつも、とりあえずは会談終了〜。
美姫 「という事で、次回よ〜」



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