第三幕 雷帝


 ダーナの傭兵達も加え十万に達した解放軍は再びフリージ家の勢力圏であるメルゲンへ向けて南進を開始した。対するフリージはブルーム王の長子であり卓越した軍略と絶大な魔力で知られるイシュトー王子を総司令として迎え撃たんとしていた。遂にシアルフィとフリージ、両家の戦いの幕が開かんとしていた。

 −メルゲン城ー
 レンスター西端に位置するメルゲンは北にイザーク、東にアルスター、南にターラ、そして西にはミレトスをひかえた要地でありレンスターの玄関として知られている。中心地であるメルゲン城はイシュトー王子の居城でもありイシュトー王子の手により城壁は高く濠は深く広い堅城となっていた。そこに今イシュトーは八万の兵と共にいた。
 「そうか、やはりトラバント王は兵を進めるつもりか」
 質素だが決してみすぼらしくはない会議室で樫の木で作られた大きな卓を前にイシュトーは呟いた。卓の上にはメルゲン城とその周辺の地図が置かれている。
 「ターラが独立の動きを見せたのを口実にあの一帯を我が物にするつもりでしょう。あの男の考えそうな事です」
 緑の鎧の下にやや丈の長い白い服に黒ズボンとブーツ、紅のマントを羽織った長身の女騎士が低めの美しい声で言った。灰色の切り揃えられた短い髪に黒い瞳の美しい顔立ちをしている。フリージの聖騎士でイシュトーの部下であるアマルダである。剣術と馬術に秀で杖の使い手としても知られている。
 「まさかトラバント王自ら出陣して来るとは思えないがあの竜騎士団相手だ。二万程送っておいた方が良いな」
 メルゲンに置いていた駒のうち四分の一程をターラへ置いた。
 「二万あればターラのリノアン公女も独立しようなどと思わないだろうしトラキア王も兵を退く筈だ。将は・・・イリオス、頼むぞ」
 「了解しました」
 緑の髪に黒い瞳の締まった顔付きのやや小柄な男がフリージ式の敬礼をした。赤がかった紫の軍服に白いズボン、淡い赤のマントとブーツを身に着けている。剣と魔法、特に雷系の魔法の使い手として知られているマージナイトである。
 「残った六万の兵でシアルフィ軍を迎え撃つ。兵力で差を開けられている、アルスターから援軍が来るまで防護に徹するぞ。ライザ」
 「はい」
 短めの赤髪に紅の瞳の美しい女性が敬礼した。黒い帽子と丈の長い服と赤いズボン、同じく赤のマントとブーツといったいでたちである。マージファイターでイシュトーの腹心として知られている。
 「そなたは第一陣を率い橋頭堡を築け」
 「了解」
 「第二陣は・・・オルエン」
 「はい」
 短く切り揃えた青がかった黒髪に黒い瞳の美しい少女が敬礼した。小さめの身体を青い軍服と白ズボン、赤いマントとブーツで包んでいる。フリージにその人在り、と言われる名将ラインハルト将軍の妹であり自らもマージナイトとして名を馳せている。
 「そなたが率いてくれ」
 「了解しました」
 「フレッド、オルエンの補佐を頼む」
 「解かりました」
 茶の髪と瞳をした端正な顔立ちの騎士が敬礼した。黒い丈の長い軍服に白っぽい色のズボン、紅のマントをスラッとした長身に着けブーツを履いている。フリージ家でも名うての剣の使い手として知られている。
 「主力部隊は私が直率する。リンダ」
 「はい」
 茶の髪に緑の瞳の小柄な可愛らしい少女が答えた。薄い黄緑のスリットが入った膝までの服にタイツの様な白ズボンを身に着けている。先代のフリージ家当主レプトール公の二女であるエスニャとエバンス伯の子でありイシュトーとは従妹にあたる。まだ少女でありながらフリージ家の者に相応しい魔力の持ち主である。
 「御前にはメルゲン城の護りを頼む」
 従兄の言葉にリンダは憤然とした。
 「従兄様、何故私を前線に送って頂けないのです、私ももう子供ではありません、魔法だって・・・・・・」
 顔を見上げ抗議する従妹にイシュトーは優しく微笑んだ。
 「確かに御前の魔力は私もよく知っている。しかし御前に万が一の事があったらどうする?亡くなられた叔父上、叔母上や御前の兄であるアミッドに私はどう申し開きをすれば良いのだ?」
 「それは・・・・・・」
 「解かっただろう。御前はもっと強くなれる。前線に立つのはそれからでいい」
 「解かりました・・・・・・」
 「よし、解かってくれたか。今日はもう遅い、早く休みなさい」
 「はい」
 リンダはイシュトーに敬礼し部屋を後にした。その後ろ姿をイシュトーは優しい目で見ていたが)彼女が部屋を去ると一転して深刻な暗い顔で場の一同に対した。
 「本当はリンダも本人の希望通り戦場へ送りたいのだ。彼女の力も頼りになるし今は少しでも有能な将が必要だ。しかしな・・・・・・」
 「御母上ですね」
 アマルダが言葉を発した。
 「そうだ。どうやらエバンスを狙ってリンダを亡き者にせんと陰で画策しているらしい。アミッドが姿を消したのも何か関係があるのだろう」 
 「しかしヒルダ様は今ユリウス様のお招きでクロノスにおられます。まさかこのメルゲンまで・・・・・・」
 フレッドがまさか、という風に言った。
 「いや、母上の恐ろしさは私が最も良く知っている。おそらくこのメルゲン城にも刺客が潜んでいるはずだ」
 「刺客・・・・・・」
 オルエンが息を飲んだ。
 「私は彼女の御両親にはよくしてもらった。それにやはり彼女が可愛い。むざむざ母上の餌食にはしたくない」
 「イシュトー様・・・」
 ライザが深刻な顔の主を見やる。
 「戦場だと暗殺だとは思われまい。戦死したと簡単に言えるからな」
 「・・・・・・・・・」
 一同言葉を失った。その通りだった。戦場においては人の命なぞ塵芥に等しいのだから。
 「私が出陣している間も母上からの刺客が彼女を狙っているだろう。アマルダ」
 「はい」
 「私が留守の間リンダの警護を頼む」
 「解かりました」
 席を立ち敬礼する。
 「ところでミレトスはどうなっている?」
 それに対しイリオスが報告する。
 「全く解かりません。ユリウス皇子が帝国軍正規軍五万連れて進駐されヒルダ様をクロノス城主に任命されてからは全く・・・・・・。ペルルークの城の門は固く閉ざされそこからは誰の通行も許されません。果たしてミレトスでユリウス皇子は何を為されておられるのか・・・・・・・・・」
 「ミレトスか・・・。『ミレトスの嘆き』の・・・・・・」
 「殿下、まさかユリウス皇子は・・・・・・」
 オルエンが顔を蒼ざめさせた。
 「滅多な事は口にするな。それにユリウス殿下は魔法戦士ファラの血を引く方、その様な事は為さらぬ。それに暗黒教団は先の聖戦で滅亡しているのだぞ」
 「はっ、申し訳ありません」
 「解かってくれればいい。しかし近頃の帝国の政策は・・・・・・。あれでは古のロプト帝国と変わらぬではないか。ヴェルトマー家も地に落ちたか・・・・・・」
 「殿下・・・・・・」
 フレッドがたしなめた。
 「済まない。ところで最後に卿等に頼みたい事がある」
 「はい」
 「私に何かあった時はリンダを頼む」
 「殿下、その様な・・・・・・」
 「ライザ、そんな顔をするな。私は幼い頃からリンダを知っているし叔母上や叔父上にも可愛がって頂いたのだ。その恩もリンダへの愛情も変わる事は無い。あの娘にもしもの事があってはならないのだ。頼むぞ」
 「解かりました」
 諸将は席を立ち敬礼した。翌日イシュトーは六万の兵を率いてメルゲン峡谷へ向けて進軍を始めた。同時にイリオス率いる二万の軍がターラへ向けて出発した。

 メルゲン峡谷の入口で解放軍十万とフリージ軍六万は遭遇した。解放軍がフリージ軍の姿を認めた時彼等は既に戦陣を整えていた。
 フリージ軍は歩兵中心の編成だり主にサンダーマージ、弓兵等を前面に配している。イシュトーは戦局全体を見渡せるよう少し高い位置に本陣を置き解放軍を見据えている。
 セリスは筒型の望遠鏡でフリージの陣を見た。全く隙が無い。
 「流石だね。これは容易に攻められそうにないよ」
 横に控えるオイフェに言った。
 「はい、ですがここで我々が立ち往生してしまいますと・・・・・・」
 「レンスターのリーフ皇子やターラが危ないね」
 「はい。一刻も早くあの陣を破らねばなりません」
 「何か策はあるの?」
 「はい」
 その問いにオイフェは頷いた。
 「その策は一体どんなものなの?」
 「それは・・・・・・」
 数刻後解放軍は動いた。騎兵を中心にしてゆっくりと前進してきた。
 「攻撃用意!」
 前線で指揮を執るライザの右手が掲げられると魔道師が手を構え弓が引き絞られる。それに対し解放軍は進むのを止めた。
 「威嚇でしょうか?」
 本陣で参謀の一人がイシュトーに問うた。それに対しイシュトーは首を軽く左右に振った。
 「違うな。シアルフィ軍は有力な飛兵部隊も持っているという。おそらくそれが来るだろう」
 イシュトーの予想通り空からペガサスやドラゴンが現われた。かなりの高度を維持したままフリージ軍へ進んで来る。
 「弓隊、対空射撃用意」
 イシュトーは冷静に命令を下した。弓兵達は上へ向けて矢をつがえた。
 飛兵達はフリージ軍の上空に達するとイシュトーの予想通り一度更に高く上昇し降下の用意を見せた。
 「やはりな」
 イシュトーがほくそ笑む。魔道部隊に前方の解放軍主力部隊への牽制を命じ歩兵部隊に魔道部隊と弓部隊への援護を命ずるとともに弓部隊に迎撃を命じた。
 矢が引き絞られる。ペガサスやドラゴンが急降下する。矢が指から放たれた。その時だった。
 解放軍の飛兵部隊から無数の火球が下へ向けて放たれた。同時にっペガサスもドラゴンも一斉に急上昇した。
 火球は矢を燃やしながらフリージの将兵達を直撃した。直撃を受けた将兵達は熱と苦しみにのたうち回る。
 解放軍の前面に魔道部隊が現われた。既に構えを取っている。
 「撃て!」
 レヴィンが手を下すと一斉に風の刃が襲い掛かる。フリージ側からも雷球が撃たれた。だが雷は風に相性が悪かった。雷は風に切り裂かれ、無数の剣がフリージ軍を撃った。
 メルゲン峡谷は乾燥した荒野であった。その為火の回りが速く炎は瞬く間に燃え広がった。そこへ風が来た。炎は燎原の如く広まっていった。
 「やったわね、アーサー」
 フィーは炎の海と化した峡谷を見下ろしながら後ろに乗るアーサーに声を掛けた。
 「ああ、まさか本当に上手くいくなんてな。やっぱりオイフェさんは凄いな」
 アーサーは下を見下ろしながら満足気に応えた。下では炎と風に倒されたフリージ兵達が転がっている。ペガサスが再び上昇をはじめた。
 「もう一回行くわよ」
 フィーはにこりと笑いながら後ろのアーサーを見た。
 「いいぜ」
 アーサーもそれに応えた。
 再び炎と風の斉射が行われた。炎は更に広がりフリージ軍の陣に隙が出来た。それを見逃すオイフェではなかった。
 「今だ、全軍突撃せよ!」
 凄まじいまでの衝撃がフリージ軍を襲った。一瞬両軍の動きが止まったかに見えた。二つの半月がぶつかり合った形のまま双方共止まった。しかしそれは一瞬だった。フリージ軍の半月は解放軍の半月に突き破られた。
 「いかん!」
 本陣で戦局を見ていたイシュトーはすぐさま馬に乗った。
 「殿下、どちらへ?」
 「前線へ行く、後の事は頼んだぞ!」
 一人の将校の問いかけに素早く答えるとイシュトーはすぐさま坂を駆け降り前線へ向かった。
 「戦局はどうなっている?」
 イシュトーは馬を預け指揮官の一人に声を掛けた。司令官の突然の来訪に彼はいささか驚いたがすぐに落ち着き敬礼をし答えた。
 「はっ、ただ今第一陣が突破され第二陣及び主力部隊も攻勢にさらされております」
 「諸将は?」
 「ライザ将軍とは連絡が取れませぬ。オルエン将軍は負傷しフレッド将軍も軽傷を負っています。
 「そうか・・・。旗色は我が軍に不利なようだな」
 「残念ながら・・・・・・」
 炎と風の中迫り来る解放軍を見てイシュトーの瞳が決した。
 「全軍メルゲン城へ撤退する。これお以上の戦闘は無闇に被害を出すだけだ」
 「解かりました。では後詰の指揮は私が・・・・・・」
 言いかけた指揮官の口を手で塞ぐとイシュトーは不敵に笑った。
 「一人適任者がいるではないか」
 指揮官はそれが誰かすぐに解かった。眼でそれを拒絶する。それを見てイシュトーは首を横に振った。
 「ライザは行方不明、オルエンとフレッドが負傷していては誰が指揮を執る?私しかおるまい」
 指揮官は視線を下へ落とした。こうなったら絶対に引かない主君の性格を良く知っていたからだ。
 「全軍メルゲン城まで退却せよ!殿軍は私が務める!」
 イシュトーの号令一下フリージ軍は撤退を開始した。負傷した兵士、軽装の兵士から退却し、それを重装歩兵や魔道師が援護する。イシュトーの的確な指揮の下撤退は整然と行なわれフリージ軍は次々と戦線を離脱していく。解放軍は果敢に攻め立てるが魔道師達の斉射と重装歩兵達に阻まれ思うように進めない。
 撤退するフリージ軍の最後の部隊にイシュトーがいた。彼目指し二人の剣士が斬り込んで来た。ラクチェとスカサハである。
 スカサハはイシュトーの右斜め前に、ラクチェは左斜め前に剣を構え位置した。ジリジリと間合いを詰めてくる。
 「見たところ名のある剣士達と見た。良ければ名を教えてくれ」
 「イザーク王女アイラとソフィア候の子ホリンの子、スカサハ!」
 「同じくラクチェ!」
 イシュトーの言葉に二人は即答した。
 「そうか、卿等が解放軍の双子の剣士か。相手にとって不足は無い。我が名はイシュトー、フリージ王ブルームと王妃ヒルダの子、かかって参られよ」
 「行くぞ」
 「行くわよ」
 二人は同時に突進した。イシュトーは構えも取らず悠然と見ている。
 「流星剣!」
 スカサハが銀の大剣を大きく振り被った。真一文字に振り下ろされる。イシュトーは横にかわした。二撃目が斜めに振り下ろされ三撃目は横に薙ぎ払い四撃目は袈裟斬りだった。どれも速さと威力を併せ持った強烈な一撃であった。
 しかしどれも紙一重でかわされた。五撃目を入れようとする。その時イシュトーの右手に緑の稲妻が宿った。
 「トローン!」
 剣を突こうとしたスカサハへイシュトーは拳を突き出した。右手が雷球に包まれ緑の電光が光線となりスカサハを襲う。スカサハは咄嗟に高く跳躍し反転してかわす。
 「月光剣!」
 ラクチェが勇者の剣を思い切り横に一閃させた。イシュt−は後ろに跳んだ。左手に赤い炎が燃え上がる。
 「ボルガノン!」
 ラクチェの足下に炎を撃つ。危機を察したラクチェは横に跳んだ。彼女が今までいた場所で大爆発が起こる。
 「まさか二人掛かりで倒せないなんて・・・・・・」
 「何て奴なの・・・・・・」
 必殺の一撃を難無くかわされ逆に高位魔法を浴びせられた二人は呟く。額に汗が流れている。
 「流石は解放軍きっての剣の使い手達だけのことはある。見事だ。だが私の相手をするにはまだ役不足だな」
 イシュトーは腕に雷と炎をたゆらせながら言った。
 「最後まで闘いたいが生憎私は撤退しなければならない。それで失礼させてもらおう」
 「悪いがもう一勝負願いたい」
 「誰だ!?」
 声の主が歩いて来た。黒い神に濃紫の瞳を持つ男だった。シャナンである。
 「シャナン様・・・・・・」
 「如何に御前達でもまだこの男の相手は無理だ。私が行こう」
 「解かりました」
 二人は退いた。シャナンとイシュトーは互いに向かい合った。 
 「イザークのシャナン王子・・・・・・。お会い出来て光栄です」
 雷と炎を収めイシュトーは頭を垂れた。
 「こちらこそ・・・・・・天下に名高き雷帝と剣を交えられるのだからな」
 鞘から剣を抜きその剣を顔の前に縦に置くイザークの敬礼でシャナンも応える。
 「それでは死合いましょう」
 「うむ」
 双方構えを取った。二人の間に風が吹いた。
 まずイシュトーが動いた。左腕が炎に包まれ地面に投げ付けられる。
 「ボルガノン!」
 高く燃え広がった炎が地走りしてシャナンに襲い掛かる。シャナンは跳んだ。大地が爆発する。
 シャナンが跳んだ間にイシュトーは剣を抜いた。普通の鋼の剣である。
 地に降り構えを取るイシュトーをシャナンは見た。
 「どうやら普通に剣を使うわけではないな」
 イシュトーはそれに答えず無言で笑った。
 離れた間合いでありながらイシュトーは剣を突き出した。
 「トローーン!」
 剣に稲妻が宿るやいなやそれは雷となり放たれた。雷の光が一直線にシャナンへ襲い掛かる。だが雷はシャナンの身体をすり抜けた。
 シャナンが雷を見切りでかわした次の瞬間剣に炎を宿らせたイシュトーが斬りかかって来た。バルムンクでそれを受ける。
 イシュトーはさらに一撃を加えんと剣を振り下ろした。シャナンはその一撃を受け流しそのまま脇腹を狙う。だがイシュトーはそれを紙一重でよけた。
 打ち合いは百合を越えた。両者は互いに譲らず五分と五分の勝負が続く。イシュトーは雷を宿らせた剣を叩き付けた。シャナンはそれを受けた。間髪入れず二撃目が来る。今度はよけた。イシュトーの体勢が僅かだが崩れた。それを見逃すシャナンではなかった。
 (もらった!)
 流星剣を出した。一撃、二撃とバルムンクが繰り出される。三撃目、四撃目、イシュトーは信じ難い身のこなしでかわす。五撃目がきた。シャナンはこの一撃にかけた。イシュトーは後ろに跳ぼうとする。だが剣の方が速かった。
 イシュトーの胸をバルムンクが一閃した。急所は外したがかなりの痛手だった。思わず片膝を着く。
 「・・・・・・私とここまで渡り合うとはな。流石は雷帝と呼ばれるだけはある」
 シャナンは剣を構え直した。
 「これで最後だ」
 「くっ・・・・・・」
 シャナンが斬り掛かろうとしたその時だった。淡い青の光がイシュトーを包んだ。
 「むっ・・・・・・」
 それはレスキューの杖だった。術をかけた者を近くへ呼び戻す術である。光が消えた時イシュトーの姿は何処かへ
消えていた。
 「メルゲン城・・・・・・か!?」
 だがシャナンは直感的に違う、と感じた。同時に近いうちに再び会う事になると感じた。

 「我が軍の敗北!?」
 大広間で報告を聞きリンダは一瞬己が耳を疑った。兵力で劣っていたとはいえあの従兄が敗れるとは考えられなかったからだ。
 「残念ながら・・・・・・ライザ将軍は行方不明、オルエン、フレッド両将軍は負傷、イシュトー様は何者かに御命を救われた様ですが現在のところ御行方が解かりませぬ」
 「兵の被害は?」
 「被害はそれ程多くはありませぬ。ですがもう一度打って出るというのは・・・・・・」
 「そう・・・援軍が来るまで篭城するしかなさそうね」
 リンダは隣のアマルダの方へ顔を向けた。
 「アマルダ将軍」
 「はい」
 「指揮は私が執るわ。援軍が来るまで頼むわね」
 「解かりました」
 アマルダは思った。イシュトー王子の目は正しかった、と。目の前にいる小柄な少女は立派に将としての務めを果たせる、この少女について行きたい、と。
 「リンダ様」
 アマルダは思わず口にした。
 「はい」
 「このアマルダ命に替えてもリンダ様を御守り致します。どうか御一緒させて下さい」
 「将軍・・・・・・」
 二人は城門の上に立った。解放軍の大軍が姿を現わした。そこから一騎前に出て来た。
 「何?」 
 その騎士は白旗を掲げていた。どうやら話し合いの使者らしい。
 「入れてあげて」
 リンダとアマルダは大広間において使者との会見の場を設けた。使者は入室すると片膝を折り敬礼をした。使者はブライトンと名乗った。話の内容は解放軍に是非リンダと話がしたいという者がいるというものだった。
 「どうすべきかしら、将軍」
 リンダはアマルダに意見を求めた。彼女は暫し思案したが口を開いた。
 「御会いすべきかと存じます。シアルフィ軍のセリス公子、若いながら良く出来た人物と聞いております」
 「解かったわ、ブライトン殿でしたわね」
 首を縦に振るとブライトンの方へ向き直った。
 「セリス公子にお伝え下さい。是非御会いしたいと」
 「はっ」
 二刻後リンダは後方に軍を置いたうえでアマルダと数人の護衛の騎士を伴い会見の場へ向かった。向こうには解放軍の陣がありシアルフィの旗が林立している。暫くすると数人解放軍の方から歩いて来た。先頭には青い軍服とマントの少年がいた。
 「あれが・・・・・・セリス公子」
 リンダはセリスを見て思わず呟く。
 「まるで女の人みたい・・・・・・。綺麗な人・・・・・・」
 セリスはシャナン、オイフェ、レヴィン、そして他に二名連れている。二人の前に来るシアルフィ式の敬礼をした。二人もフリージ式の敬礼で返す。
 「リンダ王女ですね」
 声や仕草からも悪い印象は全く受けない。むしろ優しげで心地良く魅力さえ感じる程である。
 「はい」
 リンダは答えた。敵と会う為気を張り詰めて来たのだがいささか拍子抜けした。
 「私は解放軍を率いるセリスという者です。実は貴女と御会いしたいという者がいて会見の場を設けました」
 「はい。そしてその者とは?」
 「こちらです」
 セリスに手で示された者が前に出て来た。それはリンダが非常に良く知る者だった。
 「アミッド兄さん・・・・・・」
 「久し振りだな、リンダ」
 リンダは思いもよらぬ再会に驚いた。アミッドは突如行方をくらましたと聞いていたからだ。
 「どうしてシアルフィ軍に・・・・・・!?」
 妹からの問いに対し兄は落ち着いて答えた。
 「御前を迎えに来たんだ。ヒルダの魔の手から救う為にな」
 「叔母様が!?まさか・・・・・・・・・」
 アマルダの方を見た。暗い顔で頷く。
 「まさか・・・・・・そんな・・・・・・・・・」
 「嘘だと思うのなら後ろを見てみな。お付の騎士さん達、騎士にしてはやけに人相が悪くねえか?」
 「え・・・・・・!?」
 解放軍の最後の一人が出て来た。アーサーである。
 「身近にも刺客はいるだろ。そう、すぐに命を狙える場所にな」
 後ろの五人の騎士達の顔が崩れだす。それは悪事を企む者が忌々しい真実を暴き出された時の顔だった。
 「そんな・・・・・・・・・」
 アマルダの手が剣にかかる。
 「さあてどうする?降参するなら良し、さもなければ・・・・・・」
 アーサーの言葉に刺客達は追い詰められていく。そして遂に自暴自棄の行動に出た。
 一斉にリンダへ襲い掛かった。既に柄に手を当てていたアマルダが銀の剣を抜きたちまち二人を斬り捨てる。しかし残る三人がリンダに襲い掛かる。
 「エルサンダーー!」
 リンダが雷を放つ。一人目の刺客を倒した。二人目が剣を突き出すがそれをかわし相手の右頭部に至近で雷を直撃させる。イシュトーが認めただけあって強力な魔力と鮮やかな身のこなしである。だがこの時左がガラ空きになっていた。
 最後の一人が剣を振り下ろしてきた。間に合わない。アマルダがこちらへ駆けて来るがもう襲い。リンダは死を覚悟した。剣が彼女の頭に吸い込まれる様に落ちていく。
 件が刺客の腕ごと吹っ飛んだ。エルウィンドだ。リンダは思わず魔法の飛んで来た方を見た。風の主は兄だった。妹の危機に兄が放ったのだ。
 リンダがエルサンダーを放つ。アマルダが剣を突く。胸と脇と同時に撃たれ刺客は事切れた。
 「兄さん・・・・・・・・・」
 「俺だけじゃないぜ。周りを見てみな」
 「えっ!?」
 リンダは兄の言葉に従い周りを見た。すぐ側でアマルダが剣を構え解放軍の一同がリンダを護る様に外を向いて円を組んでいる。
 「えっ、敵の私を・・・・・・」
 「敵だとかそんなのはこの場合関係無い。奸族に狙われている俺の妹を助けてくれただけさ」
 「そう・・・・・・有り難う」
 リンダは微笑んだ。瞳がうっすらと滲んでいる。
 「御前さえ良ければだけど俺達と一緒に来ないか?」
 「ええ」
 「それでは私も」
 アマルダが入ってきた。
 「えっ、将軍貴女は・・・・・・」
 リンダの問いかけにアマルダは目と口で微かに笑った。
 「私はアルヴィス皇帝に憧れ軍人となりました。しかし近頃の帝国のやり方は目に余ります。最早帝国に正義はありません。・・・・・・それに私は王女の御心に感激致しました。是非お供させて下さい」
 「いいの、私なんかと一緒で・・・・・・」
 「勿論です」
 「有り難う、本当に有り難う・・・・・・」
 リンダは涙を流しながら小さい体を思い切り伸ばしてアマルダを抱き締めた。それを隣で見ているアミッドは妹が解放軍に参加した嬉しさと妹が自分を抱擁してくれなかった寂しさに苦笑いした。
 リンダとアマルダの解放軍への参加によりメルゲンの戦いは幕を降ろした。シアルフィとフリージの戦いはまずはシアルフィの勝利となった。解放軍十万、フリージ軍六万の兵力が参加したこの会戦は解放軍二千五百、フリージ軍七千五百の被害であった。敗戦にもかかわらずフリージ軍の被害の少なさはイシュトーの優れた指揮の賜物だった。負傷したオルエン、フレッド両将軍は傷を治療されたが解放軍への参加を拒み捕虜扱いとなった。解放軍の兵力は十五万となり勢いは更に高まった。
 「オイフェ、いよいよレンスター解放に取り掛かれるね」
 セリスは再編成と補給を整え出撃準備を進める軍を見ながらオイフェに言った。
 「はい。アルスターはまだ兵を集結させている状況と聞きます。今急襲すれば絶対に勝てます」
 「よし、準備が出来次第すぐに出陣だ」
 その時二人へディジーが駆け寄って来た。
 「あのお、セリス様、オイフェ様」
 「どうしたの?」
 「あたしの知り合いが来てセリス様に御会いしたいって言ってるんですけど」
 「知り合い?」
 「はい、この人達」
 ディジーが連れて来たのは三人の若い男女だった。
 一人は青い髪と瞳の爽やかな顔立ちの男だった。全体的にスラリとしているが身体は引き締まっている。背は普通位か。褐色の上着に深い草色のズボンと緑のブーツ、こげ茶のチョッキを着ている。
 二人目は長い灰色の髪と細く青い瞳を持つ男である。何処か暗い感じがする。青い上着と白のズボン、腰には大きな剣を下げている。
 三人目は短めの緑の髪と大きな緑の瞳を持つ小柄な可愛らしい少女である。オレンジの上着に同じ色の半ズボン、肩には紫の布が掛けられている。
 「この人達は?」
 「うん、ターラ近辺で義賊をやってる『ダンディライオン』の人達なの。この人が頭目のパー・・・・・・」
 「あっ、手前リフィスじゃねえか!最近噂を聞かねえと思ったらこんな所にいたのか!」
 ディジーに紹介されようとしていた青髪の男がサフィに纏わりつきながらこちらへ来たリフィスを見るなり声をあげた。
 「げっパーン、手前どうしてここに・・・・・・」
 「あっ、お姉ちゃん!」
 緑髪の女の子がサフィに駆け寄って来た。
 「ティナ、どうして貴女が・・・・・・!?」
 「うんあたしね、お姉ちゃんがターラ出た後寂しいからお姉ちゃん追っかけてターラを出たんだ。けれど途中で悪い奴等に取り囲まれちゃったの。その時ここにいるパーンさんとトルードさんに助けてもらって。二人共とっても強いんだから」
 二人の側では灰色の髪の男トルードが無言で立ちパーンとリフィスが何やら言い合っている。
 「あの、ディジー」
 「はい」
 セリスはその場に多少気負されながらも改めてディジーに問うた。
 「もう一度聞くけどこの人達は一体・・・・・・」
 「ターラの周りで悪い奴等や帝国相手に盗賊やってる『ダンディライオン』の人達です。今リフィスさんと再会の喜びを分かち合っているのがパーンさん、あそこに立っているのがトルードさん、そしてサフィさんの妹さんがティナちゃんです」
 「・・・・・・そう。ところでそのダンディライオンの人達が僕達に何の用かな」
 「え〜〜と、それは・・・・・・。あっ、パーンさん、セリス様が呼んでますよ」
 「ん!?」
 既にリフィスと取っ組み合いの喧嘩にまで発展していたパーンは手を止めディジーの方を見た。
 「ここに来た訳を知りたいそうよ」
 「あ、悪い。忘れてた」
 「・・・・・・・・・」
 セリスはともかくオイフェの額の血管が浮き出ていた。
 パーンはセリスの前に立つとやや野放図な敬礼をした。
 「初めまして、セリス公子。俺はターラの盗賊団ダンディライオンの頭目やってるパーンといいます」
 「よろしく。僕は解放軍のセリス。ところで君達がここに来た理由は?」
 その言葉に急にパーンの表情が深刻かつ険しいものになる。
 「・・・・・・もし良かったら俺達を解放軍に入れてくれませんか?」
 「それは大歓迎だよ。今は少しでも人材と兵が欲しいしね。けどどうしてそんな深刻な顔をするの?」
 「・・・・・・図々しいのは解かってます。そちらにも都合があるのは解かってます。けれど頼みたいんです。・・・・・・ターラを救ってくれませんか」
 「えっ、ターラを・・・・・・」
 唖然とするセリス。サフィの顔が凍りつく。
 「今ターラはフリージのイリオス将軍率いる二万の軍に包囲されています。いや、それだけならまだいい。トラキアの竜騎士団が帝国との同盟を口実にターラを我が物にしようと進出して来ているんです」
 「トラキアが!?」
 今度はオイフェが顔色を変えた。トラキア軍の強さと卑劣さ、そして強欲さを彼はよく知っていたからだ。
 「セリス様、これは一大事です。フリージのイリオスという者、出世欲は強いところがありますが市民や降伏した者には手出ししない人物と聞いております。しかしトラキアは違います。トラバント王はどんな卑劣な恥ずべき行為も平然と行なう男、おそらくターラが帝国に反逆を企てたという理由で己が領土に組み込むつもりでしょう。そうなればターラの市民は反乱の咎で皆殺しです。ですが我が軍は一刻も早くレンスターへ向かわなければなりません。どう為されますか?」
 「・・・・・・それは決まっているよ」
 セリスはオイフェの瞳を見た。青い瞳が強い意志で輝いている。
 「オイフェはいつも僕に言っていたよね。君主は弱い者、守る術を持たない者の為に戦わなくてはいけない、って。今がその時だ。確かにレンスターのリーフ王子達が気懸りだけどそれよりも何の罪も無いターラの人達がトラキアに脅かされるのは見るに耐えない。すぐにターラへ行こう!」
 セリスの言葉にオイフェは片膝を着いて礼をした。
 「・・・・・・それでこそ我が主君です。よくぞ御決断なされました」
 諸将も兵士達もセリスの周りに集まっていた。セリスが剣を高々と掲げた。
 「行こう、ターラへ。トラキアの魔の手からターラと市民達を救うんだ!」
 解放軍の将兵達が手にした武器を高々と掲げ叫び声ヲアゲル。ティナはサフィに抱き付いて飛び回りパーンは満身に笑みを浮かべトルードの肩に手を置いた。とルー度はそれに対し表情を変えず無言で頷く。
 新たな仲間達を加え解放軍は一万をメルゲンに置き十四万の大軍をもってターラへ進軍を始めた。ターラという花を巡ってフリージ、トラキア、そしてシアルフィの三家が刃を交えんとしていた。



イシュトーを何とか退け、次の目的地はターラ!
美姫 「確実にその勢力を増やしつつ、セリスたちの戦いはまだまだ続く〜」
さあ、早速次回を読もう!
美姫 「そうしましょう、そうしましょう♪」



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