第二幕 魔剣
−ダーナ城ー
「ジャバローよ、奴等の動きはどうじゃ」
絹の豪華な紫の上着の下にゆったりとした白い服を着た中年男が前の金の顎鬚と頬髭を生やした金髪の男に問うた。灰の鎧に同じ色の上着とズボン、黒マントとブーツの下にあっても充分にわかる引き締まった身体付きのその男に対しこの中年男は醜く太った身体に脂ぎった顔。酒と美食のせいか所々抜け落ちた歯を持つこの男はダーナ一の豪商ブラムセルである。それぞれ傭兵を雇っているダーナの商人達だがその中でも最も多くの兵を持っており商人達による合議制を採る自由都市ダーナのまとめ役でもある。周到な根回しと姑息な陰謀で知られる人物であり街でもその評判はすこぶる悪い。だがその富と傭兵の力によりダーナ一の実力者となっている。その傭兵隊の長こそブラムセルの前の灰色の鎧の男
ジャバローである。
「予想通りメルゲンへ向かっております。明日にでもこのダーナの近辺に進出して来るものかと」
ジャバローは低いバリトンの声で応えた。長年戦場を渡り歩いてきた男らしく鋭い眼をしている。
「そうか、ではじきにメルゲンで戦さとなるな」
「では予定通り・・・・・・」
「うむ。戦争となりシアルフィ軍の後方がガラ開きになった所を奇襲に一気に叩く。そしてあの小僧の首をフリージに届けてやるのじゃ」
「それでブラムセル殿のお株が上がる・・・・・・。フフフ、お流石ですな」
かなり見え透いたお世辞を言う。
「フォフォフォ、あまりそう誉めるな。ところで出撃準備は出来ておろうな」
「勿論」
「よしよし、それでは宴にしよう。勝利の前祝いじゃ」
ジャバローの屋敷の大広間で商人や主立った傭兵達により宴が開かれた。香辛料で味付けされた羊肉やメロン、葡萄酒等が並べられ夜光杯が酌み交される。笛や琴の音に乗り三人の踊り子達が現われ舞を舞う。
三人の踊り子の一人は一つに束ねた黒く長い髪と黒い切れ長の瞳をした細面の整った顔立ちの女である。肌の白い薄く丈の短い上着とそれと同じ色のスリットの深く入ったスカートにオレンジの帯をしている。金のブレスレットやイアリングがその白い肌に映えている。
二人目は濃緑の長い髪に黒い瞳の小柄で可憐な少女である。赤いシャツに極端に丈の短いスカートを履いている。両手に青い帯を持っている。
最後の一人は長い緑髪を上で束ねた緑の瞳を持つ小さく美しい少女である。白い肌を持ち丈の短い淡いえんじ色の上着にスリットが深く入ったオレンジのスカート、薄い赤紫の帯をしている。銀のイアリングやブレスレットが映える。三人は曲に合わせある時は優雅に、ある時は美しく、ある時は静かに舞っている。周りの者達はその余りの美しさに思わず息を呑んだ。
「ダーナにこれ程美しい踊り子達がいたとはのう」
ブラムセルが嫌らしい目つきで三人の踊り子達、とりわけ緑の神の娘を見ている。ジャバローはそれを見てまたか、というふうにフッと薄い笑いを浮かべただけだったがブラムセルの視線の先に気付いたある者は激しい敵意の目で彼を見据えた。
踊りが終わった。三人はゆっくりと動きを止めるとブラムセルの前に行き恭しく頭を垂れ片膝を着いた。
「フォフォフォ、見事じゃったぞ。褒めてつかわす。ところでそなた等名は何というのじゃ?」
ブラムセルは満足気に腹をさすりながら好色そうな眼で三人を見る。彼女等はそれに気付かないふりをしてゆっくりと優雅な仕草で立ち上がった。
「レイリアです」
黒髪に白い服の女が名乗った。
「ラーラです」
赤い服の少女が名乗った。
「そうか、二人共良い名じゃな。してそなたの名は?」
ブラムセルは詰め寄らんばかりに身体を前のめりにして緑の髪の少女に問うた。少女は僅かに眉を顰めたがすぐにそれを直して答えた。
「リーンです」
ブラムセルは涎を垂らさんばかりににやけ手招きをしつつ言った。
「そうかそうか、リーンよ。近う寄れ、近う寄れ」
下心丸出しの声でリーンを側に寄せようとした。それに対しリーンはキッとブラムセルを睨みつけるとプィと後ろを向き大広間から立ち去ろうとした。
「こ、これ何処へ行くのじゃ」
ブラムセルは慌ててリーンを引き止めようとする。リーンはブラムセルの方を向き強い口調で言った。
「あたしはあんたみたいな奴が一番嫌いなのよ。そんな下心見え見えの言葉に誰が従うと思ってるの!」
それに対しブラムセルは口の片端を歪ませて言った。
「やれやれ気の強い小娘じゃ。増々気に入ったぞフォフォフォ。だがぞう、口のきき方を教えてやろう」
衛兵が左右から現われリーンの両手を押さえた。
「何すんのよ!」
衛兵達はブラムセルの前へ引き立てて行こうとする。レイリアとラーラがリーンを助けようとした時一人の男が衛兵達の前に立っていた。
「汚い手を離せ、屑共」
先程ブラムセルがリーンを好色そうな眼で見るのを睨みつけていた男だ。見事な金髪に強い光を放つ藍氷色の瞳をした長身の青年である。白面の整った美しい顔立ちからは気品が漂ってさえいる。黒と金の軍服に黒いズボンとブーツの上に黒マントを羽織っている。
「さもなければ俺が相手になろう」
腰にかけている剣を抜いた。大剣と見間違うばかりの大きな剣である。刀身は白銀色の光を放ち様々な宝玉で装飾された柄の部分は黒曜石の様に輝いている。
「この剣は人の血を欲する・・・。貴様等の血を吸わせてやろうか」
「ひっ・・・・・・」
衛兵達に剣を突きつける。場は騒然となった。男の周りを衛兵達が取り囲む。その時二人の男女が出て来た。
一人は深緑の髪に黒い瞳の男らしい顔立ちの大男である。深緑の軍服に白ズボン、赤がかった黄のマントとブーツを身に着けている。もう一人は短く切った黒髪とやや細い黒の瞳をした女剣士である。細いがやや高くしっかりした身体に黒い服と灰のズボン、皮鎧とブーツを着けている。
「もう舞は終わった。今度は剣の舞でも披露するつもりか?」
深緑の男が黒服の男に言った。
「ブライトン・・・・・・」
女剣士も衛兵達と黒服の男の間に入って来た。
「マチュアもか」
「そうよ。あんたまさか本気でその剣を使うつもりじゃないでしょうね」
「うっ・・・・・・」
男は詰まった。マチュアは更に言葉を続ける。
「あんたの腕ならここの衛兵が何人かかろうと敵じゃないでしょうに。何でそんなもの抜く必要があるのよ」
「ミストルティンは神器でありながら血を好む魔性の剣・・・。それを言ったのは他ならぬ御前自身ではないのか」
「ミストルティン!?」
ブライトンの口にしたその言葉に場の一同はどよめきだった。聖戦の折十二聖戦士の一人黒騎士ヘズルが使った神器であり大陸最強と謳われたクロスナイツを率いて活躍した名将エルトシャン王が手にしていた伝説の剣、その力は一個軍に匹敵するとまで言われている。今それを持つ者の名も世に知らぬ者はいなかった。エルトシャン王の遺児でありシャナン王子と並び称される大陸最強の剣客の一人、その男の名は。
「そうか、貴様があの黒騎士アレスか」
ブラムセルが黒服の男を見た。彼はかってエルトシャン王をアグストリアへ商売で行った時に見た事がある。そういえばよく似ている。まるで生き写しではないか。
「俺の名を知っているのか。有り難いな。では話が早い。リーンを自由にして欲しい」
「解った・・・・・・」
渋々衛兵達に命令し下がらせた。リーンはアレスの側にひしと寄り離れようとしない。
「礼を言う。だが二度目は無い」
「くっ・・・・・・・・・」
二人は大広間を去って行った。踊り子達や傭兵達も部屋を去って行った。後にはブラムセルとジャバローだけが残った。
「糞っ、何が黒騎士だ、忌々しい奴め」
血管を震わせ歯軋りをするブラムセルにジャバローが宥める様に笑った。
「まあそう怒られますな」
「これが怒らずにいられるか。あの若造め、よくもわしの楽しみを邪魔してくれたな」
「ですからブラムセル殿が怒られる必要なぞ無いというのです」
「貴様っ、わしを馬鹿にしておるのかっ」
脂ぎった顔が真っ赤になり汗が滲み出る。
「大体貴様の部下ではないのか。貴様がしっかりしておらぬから・・・・・・」
「そう、私の部下であるから大丈夫なのです」
「何!?」
「明日我等は出撃します。その先陣は当然アレスに務めさせます。ブラムセル殿はその間に・・・・・・」
「おお、そうかそうか。ジャバローよ、お主も中々悪よのう」
「いやいやブラムセル殿こそ」
「フォッフォッフォッフォッフォッ」
「ハハハハハハハ・・・」
二人が何やら古典的な密談をしている頃アレスとリーンは街から少し離れたオアシスに二人で座っていた。
「アレス、明日出撃するの?」
リーンが心配そうにアレスを見つめる。
「ああ、ジャバローの命令だ」
アレスは葡萄を一粒一粒皿に取りながら話した。
「そう」
皿に入れた葡萄をリーンに手渡す。
「有り難う」
リーンは皮を剥き一粒ずつ口に入れ呑み込む。甘い香りがアレスにも漂ってくる。
「アレス、やっぱりジャバローについて行くのね」
「ああ、あいつは飢え死に寸前だった俺を拾ってくれ今まで育ててくれた」
「けれどあいつはアレスを利用しているだけよ。そのミストルティンが有るから・・・・・・」
アレスの隣に置かれている剣を見た。豪奢な黒い鞘に納められ静かに横たえられている。
「解ってるさ。しかしあいつは今まで俺の親替わりだった。物心ついた時からいつも一緒だった。御前の言う通り俺を利用しているだけなのは解ってる。だが裏切る事は出来ない。それに・・・・・・」
「それに・・・・・・?」
「解放軍の盟主セリス公子は俺の親父を殺したシグルド公子の息子だ。あいつだけは俺のこの手で殺してやる」
アレスの藍氷色の瞳に強い憎悪の光が宿る。
「・・・・・・まだ忘れられないの?」
リーンの澄んだ緑の瞳が暗くなる。
「・・・・・・親父はシグルド公子に殺され身体の弱かったお袋はコノートに戻ってすぐにシグルドを恨みながら死んだという。トラキアがレンスターに侵攻して来た時コノート王家はレイドリックにより一人残らず殺された。王の妹の息子だった俺もレイドリックの一派に命を狙われたがコノートの家臣達に助けられてどうにか生き延びた。しかしその家臣達もその時の傷がもとで死んでしまった。それからジャバローに拾われて今の俺がある。ずっと一人だった。物心着いてから俺はずっと考えていた。何故俺は一人なんだと。次第に解かってきた。親父が殺されたせいだと。憎かった。親父を殺したシグルド公子が。そしてその息子のセリスが。奴等への憎しみで、奴を殺す事だけを望みに俺は生きてきた。忘れられるものか」
「けれど貴女のお父さんとシグルド公子は親友同士だったらしいじゃない。それなのにどうして?」
「そんな事は関係無い。奴はその親友を殺した、それだけだ」
「止めてよ、そんな考え方。あたしだって孤児なのよ。けど・・・誰かを恨んだ事なんて一度も無い」
「リーン・・・・・・」
「踊り子だった母さんがまだ赤ん坊のあたしを修道院預けたってシスターに言われたわ。踊り子になれば何時か母さんに会えるかも知れないと思ってあたしも踊り子になったわ。けど母さんを憎いなんて一度も思った事は無いわ」
「そうか、強いんだな・・・」
「人を恨んだって何も生まれないわ。それどころかあたしは母さんにとても感謝しているのよ」
「感謝?」
「ええ。踊り子になったからアレスに出会えて今ここに一緒にいられるもの」
「リーン・・・・・・」
リーンはアレスに抱きつき胸元に顔を寄せた。そして耳元で小さな声で言った。
「明日は出ないで。傭兵なんか辞めてずっとあたしと一緒に暮らそう・・・・・・」
アレスも両腕でリーンの頭を抱き締める。
「リーン・・・・・・・・・」
夜が更けた。陽が姿を現わすと共にダーナの傭兵達は出撃した。その中にはアレスもいた。
「アレス・・・・・・」
リーンは城門の上から出撃するアレスを見送った。アレスは城門の方を振り向くと無言のまま馬を進めた。
傭兵達は見えなくなった。リーン達も城門を降りようと階段へ向かった時だった。
数人の衛兵達が現われリーンを取り囲むと両腕を掴んで連れて行った。
「何するのよ!」
必死に暴れるが衛兵達の力は強くそのまま連行される。行く先は・・・・・・。あの男の館だった。
リーンがブラムセルの館に連れて行かれるのをレイリアとラーラが見た。門からは入れない。レイリアの頭に稲妻が煌いた。動いた。
「ラーラ、貴女確か前は盗賊だったわね」
「はい」
「頼むわね」
リーンはブラムセルの部屋に連れて行かれた。そこにはやはり奴がいた。
「フォフォフォフォ、待っておったぞ、リーンよ」
宴の時とは比べるまでもない位好色な笑みを浮かべリーンににじり寄って来る。
「さあ大人しくしておれ。悪いようにはせぬ」
よく童話や古典的な劇で見るありたきりの悪党の言葉である。当然リーンはそんな言葉を信じない。捕まえようとしたブラムセルの腹を思い切り蹴飛ばした。
「ぐぉっ!」
しかし男は怯まない。尚も女に覆い被さろうとする。頬をひっぱたかれ顎にアッパーカットをお見舞いされた。特にアッパーカットは効いたらしい。骨が派手に折れる音がした。しかし怯まない。尚も来る。引掻かれる。紅のマニキュアが塗られた長い爪が絹の衣を切り裂く。衣がズタズタにされる。余りの痛みに怯んだら蹴りが急所に入る。ブラムセルの傷は何時しか生きているのが不思議な程にまでなっていた。しかし諦めない。血塗れの死後五十年は経たかの様な姿になってもまだリーンににじり寄って来る。真に恐るべきはその色欲である。
身体が傷で赤く青く白くなり服もボロ雑巾の様になろうともブラムセルは立ち上がりリーンに襲い掛かろうとする。その時だった。
「いい加減にしな、このヒヒ爺!」
部屋に乱入して来たレイリアの右ソバットがブラムセルの鼻っ柱を直撃した。ブラムセルは思い切り吹っ飛び派手な音を立てて壁に背を打ちつけ目を回しそのまま動かなくなった。
「リーン!」
レイリアがすっかり怯えきっているリーンへ駆け寄り抱き締めた。
「レイリア・・・・・・有り難う」
リーンもレイリアを抱き締める。リーンが小柄な為かレイリアの胸に顔を埋めている様だ。
「よく頑張ったわ、本当に。・・・あんたに万一の事があったらアレスに何て言えば良いんだか・・・・・・」
「御免、本当に御免。また助けてもらって・・・・・・」
「何言ってんのよ、あたし達友達でしょ。友達の為だったらあたしもラーラも一肌でも二肌でも脱ぐわよ」
「ラーラまで・・・・・・」
「あの娘は元々シーフでしょ。まず彼女に壁を飛び越えてもらって壁の上からロープで伝って館に入ったのよ。それからここまで忍び込んで来たって訳」
「そうだったの。ところでラーラは?」
「ええ、彼女はいざという時の為に・・・・・・」
そのときレイリアの一撃で気を失っていたブラムセルが息を吹き返した。
「ぐううううううう・・・」
全身血塗れになり鼻や唇からも血を流しよろめきながらも立ち上がった。そして二人に指を突きつけガマガエルの様な声で叫んだ。
「こいつ等を牢屋へ放り込んでおけ!」
衛兵達が来た。彼等に囲まれ連行されながら二人は呟いた。
「まだ生きているなんて・・・・・・」
「しぶとい奴・・・・・・」
出撃したダーナの傭兵部隊三万はダーナ南を移動していた。間もなく解放軍が通り過ぎる頃である。
「アレス、御前本気であの踊り子と付き合っているのか?」
ジャバローは軍の先頭で馬上にて自分の傍らで同じく馬上にあるアレスに問うた。それに対しアレスは戸惑う事無く返した。
「ああそうだ。悪いか?」
ジャバローはそれを聞き表情を変える事無く言った。
「・・・・・・そうか。一つ言っておこう。女は遊ぶだけにしておけ。俺達は傭兵だ。それに御前には合わん」
「そんな事は俺が決める。いくらあんたでもそんな事にまで口出ししないでくれ」
「そうか・・・・・・。まあ良い。いずれ解かる。まああの娘も今頃ブラムセル殿に・・・・・・」
その言葉を聞きアレスの表情が一変した。それまでの固い顔が驚きと不安、焦りで崩れていく。
「何!?どういう事だ!?」
「そのままだ。それとも最後まで言わせるつもりか?」
「あんた・・・・・・まさかそれを知っていて俺を・・・・・・」
ジャバローはアレスの方を振り向かず前を見たまま言葉を続ける。
「だったらどうだというんだ?言っただろう、女は遊ぶだけにしろ、と。さもないと・・・・・・・・・」
「くっ・・・・・・見損なったぞ、あんたとはもうこれまでだ。俺はリーンの下へ行く!!」
アレスは馬首を返しダーナへと駆け出す。ジャバローはそれを外見は冷静に見つつ表面上は落ち着いた声で言った。
「良いのか?傭兵の掟、知らぬ訳ではないだろう。裏切り者は・・・・・・」
「構うか!俺はリーンを救い出す!!」
「そうか・・・ならば仕方無い。死ね!」
ジャバローが右手を上げると傭兵達が一斉にアレスへ襲い掛かる。
「させるか!」
アレスが腰の魔剣を抜く。大きな刀身が妖しい光を放つ。その時だった。
「アレス、加勢するぞ!」
ブライトンが馬に乗りこちらに来た。手には大きなキラーアクスがある。業物だ。その後ろには彼の部下達が続く。
「ブライトン!」
「あたしもいるわよ!」
マチュアが鋭い大剣を手に駆けつけて来た。やはり部下達を引き連れて来ている。
「マチュア!」
「あんたには今まで助けてもらってきたからね、今度はあたし達が助ける番よ!」
「済まない・・・」
「礼はいい。皆、俺達と共にアレスを助けたい奴はついて来い!」
激しい剣撃の音が響き渡る。
この時解放軍はダーナの南へ到着していた。その目の前では傭兵達が二手に分かれ争っていた。
ブライトンは大型の斧を両手に持ち右に左にそれを振り回す。肩や頭を叩き割られ、胸や脇腹に一撃を受けた傭兵達の血で周りが血に染まっていく。
マチュアが女とは思えぬ膂力で鋼の大剣を片手に暴れ回る。剣を敵兵に突き刺すとその胸を蹴りながら剣を引き抜き右に薙ぎ払う。二人の敵の首が飛ぶ。
二人共一騎当千の強さである。だがその二人をも凌駕しているのがダーナへ向けて突き進む黒い軍服の男だった。彼が手にする大振りの剣が疾風の様な速さで煌く。
「な、何だあれは!」
そのあまりの剣技に肝を抜かれたレスターが男を指差した。
「馬ごと人を両断している。あんな奴は初めて見た」
普段は落ち着いた態度のラルフも驚きの表情で目を見張る。
「それにしてもあの男の持っている剣は何だ?えらい業物だが・・・・・・」
シヴァまでもが目を見張っている。黒い男の周りが紅に染まっていく。
「オイフェさん、どうします?参戦しますか、それとも傍観しますか?参戦するならどちらに・・・・・・」
上からのエダの問いかけにオイフェは少し眉を動かした。そして高々と右手を上げ言った。
「騎士は困っている者、追い詰められている者を見棄てはしない。全軍あの黒服の男達を助けるぞ!」
「おお〜〜〜っ!」
普段はオイフェの全く融通の利かない騎士道精神に辟易していた一同も今回ばかりは賛同した。武器を構え傭兵達へ突進していく。
漁夫の利を狙っていた筈の解放軍に逆に急襲されたジャバローの傭兵部隊は大混乱に陥った。アレスはその間に囲みを突破し一路ダーナへ疾走した。
城壁が見えてきた。馬足を緩める事無くそのまま突き進む。
城門を越えた。行く先は本能的に解かっていた。
大通りを一直線にブラムセルの館へ駆ける。扉が見えた。その時扉の前に奴がいた。
「痛ててててててて・・・・・・。あの小娘無茶苦茶しおって・・・・・・」
病院に行っていたらしい。身体中に包帯を巻き従者達に支えられてヒィヒィ言いながら扉を開かせる。
「この傷が治れば思い知らせてくれる。覚えておれよ」
館に入ろうとする。その時だった。地響きの様な蹄の音にふと大通りの方を振り向いたブラムセルの顔が凍りついた。
「な・・・・・・・・・」
美しい顔をベルセルクの様にしたアレスがブラムセルへ向けて突き進んで来る。ミストルティンが振り上げられる。
「貴様っ!」
魔剣が一閃される。ブラムセルは凍りついた表情のまま動かなくなった。身体が左右にゆっくりと割れていき霧の様な鮮血が真中に残ったが地に落ち血溜りとなった。
馬を飛び降りた。そのまま館へ入った。
「リーーン!」
恋人の名を叫びながら館の中を捜し回る。地下へ続く階段があった。駆け降りる。
そこは牢獄だった。鉄格子の部屋が幾つかある。通路の奥にラーラとレイリアが立っていた。
「二人共・・・何故ここに!?」
「詳しい話は後で。リーンならその部屋の奥よ。行ってあげて」
レイリアが指差した部屋に入った。そこにリーンはいた。
「リーン!」
リーンに駆け寄り抱き締める。リーンは思わず床にしゃがみ込む。
「アレス・・・来てくれたのね・・・・・・」
緑の瞳に涙が滲んでくる。
「済まない・・・・・・俺が早く気付いていたら・・・・・・大丈夫だったか?」
「うん。レイリアとラーラが助けてくれたおかげで何とか・・・・・・」
「そうか・・・だから二人共ここに・・・・・・じゃあ牢の鍵はラーラが・・・・・・」
「ええ、だからあたし助かったの。そしてアレスも来てくれた・・・・・・・・・ずっといてくれる?」
「リーン、もう俺は離れない。御前をずっと抱き締めてやる。ずっと御前を護ってやる。死ぬまで離れないからな」
「アレス・・・・・・」
リーンの瞳から涙が溢れ出しアレスの黒い軍服を濡らす。二人はそのまま抱き締め合っていた。
二人が館を出たときダーナには解放軍が入城していた。街の人々は歓喜の声で彼等を迎えている。
館にある一団が進んで来た。皆解放軍の主たる将達だ。四十人程いる。その中にはブライトンやマチュアもいる。
「二人共無事だったんだな」
アレスが微笑む。
「ああ、解放軍に助けてもらった」
「それで考えたんだけどあたし達解放軍に入ることにしたの」
「そうか・・・・・・」
一団の中心にいた少年が前に出て来た。アレスの藍氷色の瞳の光が別の種の輝きになる。
「君が黒い服の騎士だね。話は聞いたよ」
「あんたは?」
「僕?僕はセリス。解放軍のね」
「・・・・・・そうか、貴様がセリスか」
鞘から剣を引き抜いた。そしてセリスに突きつけた。
「俺の名はアレス。貴様の父シグルドに殺されたノディオン王エルトシャンの子だ。父の仇を討つ為、御前を殺す為に今まで生きてきた。今ここで親父の仇を取ってやる!」
「えっ・・・・・・」
一同は騒然となった。シャナンとオイフェが二人の間に割って入り一同がセリスを守る為取り囲む。
「どけ。さもなければ貴様等も斬り捨てるぞ」
シャナンがバルムンクを抜く。一同も剣や槍、斧を構える。弓や魔法も今将に放たんとする。だはそれをオイフェが止めた。
「お止めください、シャナン様!皆も武器を収めよ!彼は誤解しているだけなのだ!」
「オイフェ・・・・・・」
「私はあの場にいたから知っております。シグルド様はエルトシャン様を殺してなぞしておられません!」
「何っ、どういう事だ!?」
レヴィンも前へ出て来た。
「君はその話をおそらく君の母上から聞いたのだろう。君の母上はその時アグストリアにいなかった。真相を知らなかったとしても無理は無い」
「くっ・・・・・・・・・」
「御免、皆ちょっと通して」
セリスが出て来た。
「セリス様・・・・・・」
「良いんだオイフェ。・・・・・・アレス王子」
セリスはアレスに向き直った。
「君の父上と僕の父上は親友同士だったという。そんな事があったとは考えられない。ここは剣を収めてくれないか」
「・・・・・・・・・」
アレスはゆっくりとムストルティンを鞘に戻した。
「信じてくれ、なんて虫の良い事は言わない。けど君の信じている事が若し真実なら・・・・・・・・・その時は君の好きなようにすればいい」
アレスは暫く俯いていたが顔を上げた。
「良いだろう、この場は許してやろう。だが忘れるな。貴様の首は俺が取ってやる」
「好きにすればいい。それ位の覚悟は出来ている」
「・・・・・・その言葉憶えておけ」
リーンが出て来た。
「あの・・・・・・セリス様・・・・・・」
「君は?」
「リーンと申します・・・踊り子です。アレスの・・・・・・知人です」
「アレス王子の・・・・・・」
「あの・・・あたしも解放軍に入れて下さい」
「え・・・・・・けど・・・・・・危ないよ」
「それは解かってます。けれどあたしの踊りで皆を元気付けられると思うんです。ですから・・・・・・お願いします!」
「う〜〜ん、父上の軍にもシルヴィアという踊り子がいて皆を元気付けていたというし・・・よし、君の参加を歓迎しよう。ただし無理をしちゃいけないよ」
「はい・・・有り難うごっざいます!」
リーンは深々と頭を下げた。
「リーン・・・・・・」
アレスがリーンの両肩を両手で抱いた。
「アレス・・・・・・」
リーンその手に自分の手を重ねた。二人の想いが手を通して互いに伝わる。
「あの・・・公子様」
館の扉からレイリアとラーラが出て来た。
「君達は?」
「あたしはレイリア、この娘はラーラ。リーンの友達です」
「よろしくお願いします」
「リーンのお友達?じゃあ君達も踊り子?」
「はい。セリス様がよろしければあたし達も入れて下さい。一人より二人、二人より三人の方が良いでしょう?」
「う〜〜ん・・・いいか。よろしく」
「こちらこそ」
ダーナの戦いは傭兵部隊の仲間割れに乗じた解放軍の地滑り的な勝利に終わった。解放軍はほぼ損害を被る事無く勝利を収めただけでなく中継貿易で栄えるダーナや多くの傭兵、黒騎士アレスを筆頭とした優れた将達を手に入れた。ここでもセリスの採ったダーナに対する施策は今まで通りのダーナの地位と自治を約束した寛容なものでありダーナ市民の支持も取りつけた。これにより解放軍は多大な資金及び武具の上納を受け、更に力を増強させた。解放軍の到来に街は沸いた。その中アレスとリーンは街の通りにある病院に向かっていた。
「ここだな」
外見は多少古いが結構大きな病院である。中は外見とは異なり新しい。二人は病院内のシスターに案内されてとある部屋に向かった。
部屋にはジャバローがいた。頭や胸、腕に包帯を巻きベッドに横たわっている。
「何しに来やがったこの野郎」
ジャバローは二人を見るなり言った。
「あんたが生きていると聞いてここへ来た。どうやら元気そうだな」
「ふん、ただ見舞いに来たってわけじゃなあだろうが」
「・・・・・・・・・」
「聞いたぜ、おめえあの後ブラムセルの旦那を殺ってそこの小娘を救い出したんだってな」
「・・・・・・・・・」
「そして解放軍に入ったらしいじゃねえか。へっ、おかげで俺はこの様だ。暫くは動く事すらままならねえ」
「済まない・・・・・・」
「何謝ってんだよ、手前が選んだんだろ。それにもう手前は傭兵じゃねえ。俺と手前は敵同士だったんだ。敵に謝る馬鹿が何処にいるんだ」
「そうか・・・そうだったな」
「ふん、やっと解かったかこの大馬鹿野郎が。まあ気分が良くなってきた。良い事を教えてやるぜ」
「良い事・・・!?」
「そうだ。御前解放軍にいるんだろ、御前の親父の仇の息子のいる」
「ああ・・・・・・」
「それの事だよ。俺は御前の親父さんとあのセリス公子の親父さんのシグルド公子が戦っていた時アグスティのシャガール王に雇われていた」
「それは前聞いた」
「まあ聞け。俺達傭兵部隊がシグルド公子の軍に蹴散らされほうほうの体でシルベール城に逃げ帰った後エルトシャン王率いるクロスナイツが出陣した。しかし数日後エルトシャン王は帰還して来た。そしてシャガール王と何やら二人で話し込んだらしい。暫くして俺の同僚のうち何人かがシャガール王に呼び出された。後でそいつ等に聞くと部屋には血糊の付いた剣を手にし肩で息をするシャガール王と血の海の中袈裟斬りにされ横たわるエルトシャン王がいた。シャガール王は死体を奴隷の墓に放り込めと命令したらしい。ズタズタになったエルトシャン王の死体は袋に入れられ墓に放り込まれた。その直後俺達は トラキアの竜騎兵共と一緒に出撃させられたがシルベール城は陥落しシャガール王も倒された。エルトシャン王の亡骸を墓に放り込んだらしい同僚は皆その時に戦死し俺はレンスターへ流れ着いた。そしてそこでまた傭兵家業をやっているうちにおめえを拾ったのさ」
「本当・・・・・・なのか!?」
「嘘だと思うのならそう思えばいいさ。しかしおめえは解ってる筈だ」
「・・・・・・・・・」
「それにおめえはもっと大切な事を心の底で気付いているだろ。人を恨んでも何も生み出さねえってな」
「・・・・・・・・・」
「まあ良いさ。おめえはおめえの生きたいように生きな。最後にこれを貸してやるよ」
ベッドの中からある物を取り出した。それはジャバローがいつも手にしていた銀の剣とスキルリングだった。
「これを・・・・・・ジャバロー、あんた・・・・・・」
剣と腕輪を手にしたアレスの表情が驚きに変わった。
「何勘違いしてやがる、貸すだけだって言ってんだろうが」
「有り難う・・・・・・」
「貸すだけだって言ってんだろ、礼なんかいらねえよ。いいか、俺の傷が治ったら返せよ。絶対だぞ、絶対」
「解った・・・・・・」
「ふん、やっと解ったか。じゃあ俺は疲れたから少し寝かせてもらうぜ。起こすんじゃねえぞ」
ジャバローは目を閉じて話を止めた。それを見届けたアレスとリーンは頭を垂れた。部屋を去る時神父と会った。その時神父に対しアレスは言った。
「葬儀を頼む」
驚いた神父が部屋に入りジャバローを調べた。彼は既にヴァルハラに旅立っていた。
アレスにリーンと、更なる戦力が増えていく。
美姫 「各地を解放しながら、セリスたち一向はレンスターへと歩み続ける」
それでは、また次回で。