第一幕 神剣


 かってレンスターにはマンスター、コノート、アルスター、そしてレンスターの四王国の他にターラ等の自治権が認められた都市が存在しレンスター王家がその盟主として他の王国や都市を束ねるという形で『レンスター連合王国』が存在していた。しかし七六〇年の戦乱の折イード砂漠において盟友シグルドを救うべく槍騎士団を率いて進軍していたレンスター王子キュアンとその妻でありシグルドの妹でもあるエスリン王女をその軍もろともトラキア王トラバントに殺され、二人の娘アルテナも彼のグングニルにより砂漠の露と消えレンスター王家の神器地槍ゲイボルグが持ち去られるといういわゆる『イードの戦い』に始まったトラキアのレンスター侵攻により連合王国は危機に瀕した。これに対しレンスターも盟主レンスター王を中心にトラキア軍を迎撃したが、トラキア王国に内応したコノートの将軍レイドリック、アルスターの宰相グスタフ等の裏切りによりトラキア軍に大敗、レンスター王は戦死した。同時にグランベル帝国はキュアン王子が反逆者シグルドに加担していたという理由でレンスター征伐を宣言し、フリージ家の当主ブルームを指揮官としてレンスターに侵攻した。帝国軍の圧倒的な物量の前にさしものトラバント王も兵を退くしかなく、不本意ながら帝国と同盟を結ぶしかなかった。
 レンスターはフリージ家のものとなりブルームは王となった。独自性の強いレンスターの状況を考え各都市それぞれがそれなりの自治権を持ち、それをブルーム王が束ねるという統治方式だったがブルーム王の統治はグランベル帝国のそれに似た圧政であった。王自体はそれ程でもなかった。だが残虐非道な女として知られる王妃ヒルダ、レンスターを与えられたグスタフ、コノートを与えられたレイドリック、そして雷騎士団の将軍ケンプフ等いわゆる『三悪』といった連中の行いはイザークのダナン王のそれとその無道さにおいて勝らずとも劣らずであった。このままではすぐにイザークと同じ様に大規模な反乱が起こっていたであろうが王には二人の非常に聡明な子があった。
 一人は『雷帝』イシュトー、もう一人は『雷神』イシュタル。この兄妹は若くして王国の両輪となって働きヒルダや三悪のとその一味を抑えていた。それに加え彼等は慈愛を知り、政戦両略に秀でていた為民や将兵にも慕われていた。イシュトーは王国の西の玄関口メルゲンに、イシュタルはトラキアとの境マンスターに駐屯し、東西で多様なレンスター全土を治めていた。だがかってのレンスターを慕う者は多く反乱の火種はくすぶり続けていた。その様な時にセリス公子のイザークでの活躍が伝わり、まず以前よりフリージからの独立を望んでいたターラで不穏な動きが見られるようになった。そしてセリス公子率いる解放軍が遂に蜂起し快進撃を続けているとの報が伝わるとレンスター城でリーフ王子達が城を占拠した。これに対しフリージはイシュトー王子を総司令とし四万の兵を以ってレンスター征伐軍を派遣した。そこにイザーク全土を手中に収めた解放軍が南下して来たのである。

 −レンスター城ー
 レンスター連合王国の時にはレンスターはレンスター王国の王都、即ち連合王国の王都であった。だがトラキアの侵攻により王都は陥落し、美しい王宮も街並みも破壊され多くの人々がトラキア軍により殺された。とりわけ王族はかろうじて逃げ延びたリーフ王子以外は捕らえられ、レンスターの民衆の前でトラバント王の手により首を刎ねられた。その後グランベル帝国の侵攻によりフリージ家の領土となったがかってアルスターの宰相グスタフが領主となりその圧政下に置かれた。
 グスタフは己が贅沢の為に民に重税を課し払えない場合は兵を派遣し徹底的な収奪を行った。民衆の怒りは極限にまで高まり、かってのレンスター王家の統治の復活を望む声が次第に高まっていった。
 その中でイザークでの解放軍の活躍は圧政に苦しむ彼等に希望を与えた。そしてグスタフがアルスター城のブルーム王へ謁見に行っている隙に乗じてそれまでレンスター各地を転戦していたリーフ王子と旧レンスターの遺臣達が城を占拠した。しかしすぐさまイシュトー王子率いる討伐軍が差し向けられた。
 「フィン、戦局はどうなっている?」
 白の服とズボンに白と金の鎧、白マントと白ブーツに身を包んだ少年が城内の一室で青髪の騎士に問うた。少年の髪と瞳は茶であり幼さが残るが強い意志と情熱がはっきりと表われている。彼こそがキュアンとエスリンの遺児リーフである。
 「思わしくありません。四方を完全に包囲され攻撃が止む事はありません」
 フィンと呼ばれた青髪と青の瞳の壮年の騎士はレンスター式の敬礼をし答えた。青い軍服と白ズボンの青マントとブーツを身に着けている。やや小柄な主君と比べると頭一つ高い。今まで十数年間主君を護りレンスター各地を放浪していたせいか
ややつれている感がある。
 「流石は雷帝、手強いね」
 「グレイドとセルフィナがイザークに辿り着けばセリス公子からの援軍が期待できるのですがあの波では・・・」
 その時茶の髪と瞳の若い騎士が入って来た。気品のある顔立ちから位の高い貴族の出身であると判る。赤茶の軍服に灰色のズボン、ライトグレーのマントとブーツを身に纏っている。
 「リーフ様、イザークへ向かったグレイド殿とセルフィナ殿からお手紙です」
 「本当かい、カリオン」
 「はい、こちらに」
 カリオンは鳩の足に結び付けられていたらしく風と潮でくしゃくしゃになった手紙をリーフに手渡した。それを読むリーフの顔が次第に明るくなっていき読み終えた時には今にも飛び上がらんばかりだった。
 「フィン、主立った者達を集めてくれ」
 「解かりました」
 フィンは最初主君の喜び様に戸惑ったがすぐに察しがつき早速主立った者達を部屋に集めた。
 部屋に新たに四人の騎士が入って来た。
 最初に入って来たのは赤がかった金髪に黒い瞳の若い騎士である。全体的に生真面目で堅苦しい印象を与える。深緑の軍服に白いズボンとマント、ブーツという格好である。ケインという。
 二人目は波がかった青髪に青い瞳をした細身の騎士で青い軍服と白ズボンに赤ブーツ、そして赤マントを羽織っている。アルバという。
 三番目に入って来た男は先の二人に比べるとやや小柄で茶の髪と瞳の顔も幼い印象を与える若者である。空色の軍服に白ズボン、灰がかった青いマントとブーツという出で立ちである。ロベルトという。
 最後に入って来たのは女騎士だった。見事な金髪を肩の高さで切り揃えた蒼い瞳の美しい少女である。小さな身体を膝までの草色のワンピースで包み、肩からは薄い空色のマントを羽織っている。脚にはマントと同じ色のブーツを履いている。ナンナという。
 「皆聞いてくれ、セリス公子率いる解放軍がこちらへ向かっているそうだ」
 一同が喜びにざわめいた。
 「その数八万、今イード砂漠へ進軍中らしい」
 「・・・どうやら助かりそうですね」
 堅苦しい顔を綻ばせケインが言った。
 「ああ。もうしばらくの辛抱だ」
 「ともあれ援軍が来てくれるってのは心強いですよ、本当」
 アルバが軽く笑った。
 「これでレンスターが救われる望みがでてきたんです、やりましょう」
 ロベルトが拳を握り締め熱く語った。
 「よし、カリオンは北門、ケインは東門、アルバは西門、ロベルトは南門の指揮を執ってくれ。僕とフィンは随時敵の攻勢が激しい場所へ向かう。ナンナは傷付いた兵士の治療を頼む」
 「了解」
 「解かりました」
 「何としてもこの城を守り抜くんだ。そしてこの美しいレンスターの大地を我等の手に取り戻すんだ!」
 「おおーーーーっ!」
 
 城内が解放軍南下の報に沸き返っていたいた頃攻め手であるレンスター軍ではある変化が起こっていた。
 「殿下、やはりメルゲンは戻られますか」
 騎士の一人が銀髪を立たせた黒く細い瞳の長身の若者に問うた。足首まである緑の法衣の下に白ズボンとブーツを履き、緑のマントを羽織っている。彼こそフリージの雷帝イシュトーである。若いながらも政戦両略に長けフリージ家によるレンスター統治の柱の一人となっている。また神器の継承者ブルームからトードの、先代ヴェルトマー公の妹の子であり皇帝アルヴィスの従妹でもある母ヒルダからファラの血を受け継ぎ、マージファイターとして雷と炎の魔法を使いこなす事でも知られていた。性格は父や母に似ず寛容で情を知り、『魔法騎士トードの再来』と呼ぶ者すらいた。この度のレンスター城攻略においては四万の兵を率い、総司令官として出陣し、リーフ達を追い詰めていた。
 「うむ、イザーク全土を占拠したセリス公子の軍が南下して来るとの報告が入った。メルゲンで彼等を迎え撃つ。後の事は頼む」
 「解かりました」
 騎士は左手を胸のところで水平にするフリージ式の敬礼をした。
 「私の後の指揮はグスタフ侯爵が執る。もうすぐこちらへ到着するだろう」
 「グスタフ候ですか・・・・・・」
 騎士は顔をしかめた。グスタフの悪行はレンスターでは知らぬ者がいない程だ。イシュトーは顔をしかめた部下を嗜めた。
 「そう嫌な顔をするな。父上がお決めになった事だ」
 「解かりました」
 イシュトーはレンスターの高い城壁を見上げた。城壁の上にはゲイボルグが中心に置かれたレンスター軍の旗が林立している。
 「本来ならばゼーベイア将軍に指揮を執ってもらうつもりだったが彼は元々レンスターの重臣、かっての主君や同僚と戦うのは心苦しいだろうからな。我が妹イシュタルはトラキアの動きが怪しくて動けぬ、ラインハルト将軍もだ。他に将がいないのだ。レイドリックやケンプフなどもっての他だしな」
 「解かりました」
 「頼んだぞ。そして・・・」
 イシュトーは騎士の耳元へ近付いた。そして囁く様な声で言った。
 「もしグスタフが投降したレンスターの将兵や市民に何かした場合は・・・・・・私の名において斬れ」
 と言った。そして馬に乗りメルゲンへ向かった。

 −イード砂漠ー
 かってイードはイザーク王国領であった。
 先の戦乱の時グランベル王国がイザーク征伐に出兵した折イザーク王国のマリクル王子はここを拠点としてグランベルに対抗した。砂漠でのゲリラ戦にグランベル軍は苦戦したが兵力に勝るグランベル軍はイード城を包囲した。この時点でイザークと講和しようとしたクルト王子はランゴバルト公に暗殺され、その罪はバイロン公に着せられた。和平派は粛清され、イード城への総攻撃が開始された。業火の中マリクル王子は十二神器の一つ神剣バルムンクと共に炎の中に消え、ランゴバルト公は城内の将兵や市民を虐殺して城を廃墟とした。イザーク王国がドズル家のものとなってもイード城は廃城とされ長らく誰も近寄らなかった。何時しかこの城に魔物が潜んでいると噂されるようになりイードを通った旅人や行商人達が消息を絶つようになった。これに対しイザーク、レンスター両国は何回か調査隊を送り込んだが真相は解らず終いだった。やがてこの辺りを誰も通らなくなりイードは死の砂漠となった。城は砂漠に覆われ時折ツチブタやフェネックが顔を出す。城門もどうしようもない位寂れている。先の戦乱の傷跡が今だ生々しく残っている。そこから不意に二つの影が飛び出してきた。
 影の正体は二人の少女だった。一人はサラサラとした金髪を後ろ髪だけ伸ばし、それを束ねた青い瞳の小柄な少女である。顔立ちは明るく可愛らしい。青と白のストライブの帽子に黄の上着、白いミニスカートの下に黒タイツを履いている。もう一人は黒のロングヘアに黒い瞳をした整った細身の少女である。背は金髪の少女より少し高い位か。ピンクのバンダナにオレンジ色のシャツ、赤いズボンといった格好である。
 「やったねパティ、大漁よ」
 黒髪の少女が手にした袋を掲げながら金髪の少女に言った。
 「あたしの言った通りでしょ?ディジー。ここはお宝の山が眠ってるって」
 金髪の少女パティも袋を掲げながら朗らかに言った。
 「魔物がいるって聞いたけどそんなのいなかったし」
 「あんなの単なる噂話よ。どうせ行き倒れたか蠍や蜘蛛にでも刺されたんでしょ」
 ディジーはパティが右手に持つ一振りの剣を見た。片刃で三日月の様に反り返った刀身を持ち柄や棹には豪華な装飾が施されている。
 「パティ、その剣何処にあったの?」
 「ああ、これ?祭壇のとこに何か恭しく置かれてたの。高く売れそうでしょ」
 その時城門から一つの影が躍り出て来た。
 「!?」
 出て来たのは青年だった。長い黒髪に深い黒に近い紫の瞳、スラリとした長身に白い端正な顔、紫の丈の長い服に同じ色のズボンを身に着けている。
 「で、出たあーーーーっ!」
 「魔物ーーーーっ!」
 パティとディジーは絶叫した。
 「・・・・・・おい、私が魔物に見えるか?」
 青年はやや呆れ顔で二人に言った。二人は顔を見合わせた後青年をまじまじと見た。そして。
 「御免なさーーーい」
 「間違えちゃったあ」
 とあまり誠意の感じられない謝罪をした。
 「・・・まあ良い。ところで」
 誠意の無い謝罪を受け流し青年は言葉を続けた。
 「君が手に持っている剣だが」
 パティが手に持っている剣を指差した。すると二人は再び叫んだ。
 「何、じゃああんた同業者!?」
 「そんなに欲しいんだったら城から取って来なさいよ!」
 青年は目を閉じ額に左の人差し指を当て俯いた。
 「・・・・・・違う。その剣は私のものなのだ」
 と言った。
 「嘘!?」
 「どういう事!?」
 青年は続けた。
 「その剣は十二神器の一つ神剣バルムンク、我がオード家に伝わる神器だ」
 二人はハッとして顔を見合わせた。
 「って事は貴方は・・・・・・」
 「イザークのシャナン王子!?」
 「そうだが」
 「素敵ーーー、本物なのねーーーっ!」
 「あたしファンなのーーーーっ!」
 シャナンは飛びついて来た二人を手で制しつつ冷静さを失わない声で言った。
 「・・・・・・とにかく返してくれないか」
 それに対しパティは素直に従った。
 「はい」
 とシャナンの手の平に返した。
 「これがバルムンクか・・・・・・」
 シャナンは剣を手に取った。そして鞘の先から柄の先までゆっくりと眺めた。
 「何と暖かい・・・。全身に力がみなぎってくる様だ・・・・・・」
 濃紫の瞳が恍惚としている。シャナンの脳裏に今までの記憶が甦ってくる。
 イザークとグランベルの戦乱を避け叔母アイラに連れられヴェルダンへ逃れた。そこでシグルドに助けられ以後行動を共にする。ヴェルダンからアグストリアに移った時彼にとって決して忘れる事の出来ない事件が起こった。シグルドの妻ディアドラが何者かに捉われ姿を消してしまったのである。シグルドからディアドラの護衛を頼まれていたシャナンはシグルドに泣き叫んで謝った。その時のシグルドの顔は今でも覚えている。反逆者の汚名を着せられたシグルド達がシレジアに逃れた時は共にシレジアへ移った。リューベックの戦いの直後シャナンはオイフェと共にセリスや子供達を連れてイザークへ落ち延びた。そしてその地でシグルドの死を知った。自らの軍を安全な場所に逃がす為楯となりその傷により死んだのだ。それを聞いた時オイフェはその場に崩れ落ちた。シャナンは黙ってセリスを抱き締めた。セリスはそんなシャナンの顔を見て無邪気に笑っていた。泣かなかった。二度と泣かないと決心したからだ。叔母アイラとその夫ホリンは仲間達と共にシレジアに潜伏し会う事は無かった。しかし寂しくはなかった。オイフェや子供達、エーディン、ミデェール、そして何よりセリスがいたからだ。シャナンはセリスの兄の様な存在となり常に共にあった。寝食を共にし戦場でも一緒だった。セリスを護りたい、その一心で戦い抜いた。剣技は比類無きものとなった。だがそれに満足しなかった。もっと力が欲しい、セリスを護り共に戦う為の力が欲しい、その為にイード来てバルムンクを探し回ったのだ。そして今その求めていたものが手の中にある。シャナンの身体が喜びに打ち震えた。
 その時だった。城門から次々に影が現われた。それぞれ手に剣や弓を持ち三人へ向かって来る。
 「どうやらこいつ等が魔物の正体らしいな。何の事は無い、単なる賊だ」
 シャナンはバルムンクを抜くと跳躍した。
 低く跳びすれ違いざまに戦闘の剣士を斬り捨てる。着地と同時に振り返り横の弓兵を倒す。そのままの回転で真後ろの賊達を横に両断する。回転が止まると同時にその前にいた敵の足を薙ぎ払う。
 今度は高く跳んだ。まず跳びざまに一人の賊の頭を縦に斬った。宙を飛びながら右の弓兵の口から上を斬り飛ばすと左の剣士の胸を刺し貫く。着地ざまに眼の前の敵を両断する。まるで舞うかの様に美しい剣技である。
 「すっごーーーーい!」
 「流石イザークの王子様!」
 シャナンの剣技を見て嬉しそうに飛び跳ねる二人にシャナンは言った。
 「二人共、騒いでいる暇があるなら逃げろ。ここは私一人でどうにでもなる」
 「逃げるって何処に?」
 「イザークの方だ。あそこには我が解放軍の協力者も多い」
 「リボーの辺り?それならもう解放軍が解放したわよね」
 「イザークはもう全部解放されちゃったわよね」
 「何っ、それは本当か?」
 今度は逆にシャナンが驚いた。
 「ええ、あたし達ここ来る前リボーによったから」
 「大騒ぎだったよね」
 「そうか、セリスが・・・・・・」
 シャナンは嬉しそうに、感慨深げにリボーの方を見た。
 「だとすれば話は早い。すぐリボーへ行け」
 「うん」
 「了解」
 「やけに物分りがいいな」
 その言葉に二人はにっこりと微笑んだ。
 「だってねえ」
 「セリス様って・・・」
 二人は声を合わせた。
 「凄い美形なんでしょ?」
 「・・・まあ私の目から見てもな」
 二人の緊迫感の無い浮いた態度にシャナンは再び呆れ返った。
 「でシャナン様、セリス様ってどんな女の子が好みなの?」
 「あたしみたいな黒い髪の女の子よね」
 「何言ってんのよ、あたしみたいな金の髪の元気な美少女よ」
 「美少女!?ちょっとは自分の身長考えて言いなさいよ。そこらの子供より小さいくせして」
 「そう言うあんただって大して変わらないじゃないのよ」
 「あーら、これでもパティより高いわよ」
 「殆ど変わらないじゃないの」
 言い争いを始めた二人にシャナンは瞼を右手の親指と人差し指で押さえ暫し瞑目した。いい加減頭にきた。
 「・・・・・・二人共、そんな事をやっている暇があったら早く行ってくれないか」
 「あーーっ、忘れてた」
 「今行きまあーーす」
 二人は脱兎の如く東へ駆けて行った。砂に全く足を取られず信じられない速さでたちまち見えなくなった。
 「・・・やっと行ったか」
 すぐに城門から新手が現われた。すぐにシャナンを取り囲んだ。
 「どうやら死に急ぐようだな」
 不敵な笑みを浮かべた。バルムンクの刀身が眩い光を発した。

 シャナンがイードの廃墟で二人の盗賊少女と会う少し前解放軍八万は二手に分かれ進軍していた。一方は騎兵隊や天馬騎士、魔道師等からなる主力部隊で一路メルゲンへ向けて南下していた。一方はセリス直率の軽歩兵隊でシャナンが向かったイードへ進んでいた。主力部隊の先陣はデルムッドとフェルグス、ディムナが務め、グレイドとセルフィナ、そしてセイラムが先導となっていた。
 「砂漠だからどんな酷い進軍になるかと思ったけど予想したよりずっと楽だな」
 デルムッドは馬を進めながらフェルグスに話し掛けた。
 「リボーからメルゲンには路が整備されているからな。だから砂に足を取られたりしないんだ」
 「そうだったんだ。イード砂漠っていえば砂に足を取られて進めないってイメージがあるからな。俺結構心配してたんだ」
 二人の隣のディムナが言った。
 「砂に足をか・・・。アカネイアの伝説にもそういった場面があったな」
 「あれだろ、単身砂漠を突っ切る場面」
 フェルグスが言った。
 「竜や凶暴な蛮族と闘いががら進むんだよな。まさかここの魔物もそんなんじゃないよな」
 デルムッドが表情を暗くした。
 「アカネイアにいるっていう炎を吐く飛竜やバレンシアのガーゴイルとかか?」
 「それかトラキアがあのイードを秘密の基地にしているかだな。あのトラバント王だ、隙あらばレンスターを手に入れようと今でも考えているぜ」
 「補給は?」
 トラキア説を述べたフェルグスにディムナが問うた。
 「ダーナがある。今あの街を牛耳っているブラムセルって奴は胡散臭い奴だ。レンスターに媚を売りながら裏でトラキアと繋がっているなんて事は十分考えられる。まあ飛竜だろうがトラキアだろうが腕の発つ弓兵がいれば恐るるに足らず、だ。頼むぜディムナ」 
 「あ、ああ。照れるな」
 和気藹々と明るく話す三人を見ながら先頭を進むグレイドとセルフィナは微笑んだ。
 「仲が良いわね、三人共」
 セルフィナは豊かな群青色の髪をたなびかせながら微笑んだ。美しく気品ある笑顔だ。
 「ああ、あの三人だけじゃない。解放軍は本当によくまとまっている。セリス公子、若いながら将として見事な人物だ」
 「そうね。ところでこの砂漠の魔物って何なのかしら。まさか本当に飛竜やトラキア軍だとしたら・・・」
 グレイドは足下の砂を見ながら妻に言った。
 「私はゾンビではないかと思う。イードでは多くの者が殺された。怨念も強い事だろう」
 「ゾンビね・・・・・・。バレンシアの邪法で妖術師達により動かされる生ける骸・・・・・・」
 「あくまでも良そうだ。本当にいるのなら盗賊か何かであって欲しい」
 「ええ」
 二人の後ろを進んでいたセイラムが不意に立ち止まった。
 「あれ、どうしたんだい?」
 デルムッドが声をかける。だがセイラムの耳にその言葉は入っていなかった。
 「・・・・・・来る」
 「え!?」
 不意に左右から一斉に影が現われた。弓を放ち剣を振りかざし襲い掛かって来る。
 「魔物の正体らしいな」
 グレイドは矢を楯で受けながら冷静な態度を崩さず手槍を投げた。一人の弓兵の胸を貫き岩に突き刺さる。
 「そうらしいわね。けど本当に魔物じゃなくて良かったわ」
 セルフィナが馬上から矢を放つ。剣を持つ敵の喉を射抜いた。
 「敵は少ない、落ち着いて戦え!」
 グレイドの槍が大気を壊さんばかりの唸り声をあげ敵に襲い掛かる。腹を貫かれた敵が砂漠に倒れる。
 セルフィナが再び弓を引き絞った。矢は光の様な速さで宙を飛び敵兵を倒した。
 解放軍の者達も流石である。一人また一人と倒していく。
 敵の後ろに一人の魔道師がいた。奇妙な漆黒の法衣を着ている。だが形勢が不利と見るや踵を返して逃走した。
 「奴は私に任せてくれ」
 セイラムはそう言うと砂の上を滑る様に逃げる敵を追い詰める。
 どれだけ逃げたであろうか。後ろを振り返った。敵はもう見えない。上手くまいたらしい。後は仲間の援軍を頼むだけだ。前を向いた。そこには死がいた。
 「悪いがここを通すわけにはいかん」
 セイラムだった。魔道師の動きを読み先回りしていたのだ。
 「周りには誰もいなかったのを不運に思うんだな」
 セイラムの周りが急に暗くなった。そして数個の黒い渦が現われた。
 渦は次第に人の顔のようになった。否、それは顔そのものだった。それが宙に浮いている。
 「これの威力・・・知っているだろう」
 「くっ・・・・・・」
 黒い顔が一斉に襲い掛かった。顔が魔道師に当たると黒い瘴気をシュウシュウと出した。
 「死ね」
 魔道師は肌をドス黒く変色させ倒れた。苦悶の表情を浮かべ息絶えんとしていた。いまわの際にセイラムを睨み付けた。
 「裏切り者・・・・・・」
 と呪詛の言葉を吐いた。セイラムはその言葉を背で受けた。
 「・・・貴様なぞに解からんよ」
 振り向かず死体に言い返した。
 先頭部隊が襲われたとの報はすぐさま主力部隊を率いるオイフェにも伝わった。
 「やはり魔物の正体は賊か。それならば対応する方法は幾らでもある」
 後ろの伝令役の将校達を見やった。
 「飛兵達に伝えよ。軍の周りを広く飛び賊を探しそれを報告せよ、とな。歩兵と弓灰、及び魔道師は隊を組み敵に当たれ、騎兵隊はその援護、僧侶は治癒に当たれ」
 「はっ」
 「全軍に伝えよ、多少進軍が遅れても構わぬ。賊を探し出して殲滅せよ!」
 「はっ!」
 伝令将校達はそれぞれの部隊へ命令を伝えに向かった。オイフェはそれを黙って見ていた。そして思った。
 (民衆を害すだけが能の賊共なぞ敵ではない。そしてその様な賊共にセリス様の夢を壊させはせぬ)
 こうして砂漠での戦いが幕を開けた頃セリスはスカサハやラクチェ達剣士も主だった者達と軽歩兵五千を連れイード城へ向かっていた。
 「本当に見渡す限り砂ばかりね」
 マリータは額の汗を手で拭いながらぼやいた。
 「砂漠は初めてか」
 マリータの隣で服に付いた砂を払いながらガルザスが聞いた。
 「ええ。レンスターは水と緑ばかりで砂は小川のサラサラした砂しか知らないの」
 「レンスターか・・・。確か御前はフィアナにいたのだな」
 「そうよ。リフィスさん達についてイザークに行くまでエーヴェル母様と一緒だったの」
 「エーヴェルか。懐かしいな・・・」
 ガルザスはふと遠くを見る目をした。
 「母様を知ってるの?」 
 「ああ。もう長い付き合いだ」
 「長い付き合いって・・・私そんなの全然知らなかったわよ」
 「そうだろうな。俺がエーヴェルに最初に会ったのはまだ御前の親が生きていた頃だ」
 マリータの瞳が大きく見開かれた。そしてガルザスを見る。
 「えっ、じゃあ貴方私の父様と母様の事を知ってるの!?」
 「ああ、多少な」
 「教えて、教えてよ!私の父様と母様ってどんな人だったの!?」
 「・・・・・・いずれ解かる。それより客人だ」
 「え!?」
 客人はパティとディジーだった。二人はマリータ達を見つけると全速力で走って来た。
 「あんた達解放軍?」
 パティがマリータに尋ねてきた。 
 「えっ、そうだけど」
 「じゃあセリス様おられるよね」
 「えっ、ええ、まあ」
 マリータはきょとんとしている。
 「連れてって」
 「ちょっと、そんな簡単に・・・・・・」
 見知らぬ少女の強引な主張にマリータは困惑している。
 「いーじゃん、いーじゃん。堅苦しい事は言いっこ無し」
 「ちょっと、大体あんた達何者・・・」
 「あたし達?義賊よ」
 「そうなの・・・って要するに盗賊!?」
 「チッチッチッ、違うわね。あたし達は悪い金持ちや帝国からしか盗まないのよ」
 「結局同じ事でしょーーが!」
 パティとマリータが妙なやりとりをしている間にガルザスから知らせを受けたセリスがスカサハとラクチェを伴って現われた。
 「えーーっと、僕に会いたい人ってのは?」
 「あ、セリス様」
 マリータが振り向いた方をパティも素早く振り向いた。そしてセリスも見るなり飛び上がった。
 「わーーーい、、本物のセリス様だあ!」
 「えっ!?」
 一瞬戸惑うセリス。
 「噂で聞くよりずっとお奇麗、女の子みたい!あっ、あたしパティ、そこにいる相棒のディジーと義賊やってます、義賊っていうのは悪い金持ちや貴族からお金や財宝を頂戴する正義の盗賊でして・・・」
 「ちょちょっとパティ、シャナン様の事忘れてるわよ」
 ディジーが突っ込む。
 「あ、そうそう。あたし達イード城の前でシャナン様にお会いして」
 「シャナンに!?」
 セリスの顔色が変わった。
 「はい。それであたしが悪い盗賊からシャナン様にお渡しする為に保管したバルムンクをお渡ししたら悪い奴等がぞろぞろ出て来て・・・・・・」
 「急ごう!」
 セリスはパティの話を最後まで聞かずイード城へ向けて走り出した。他の者達がそれに続く。
 「セリス様って足速いのね」
 「軽口叩いてる場合じゃないかも」
 盗賊二人組もそれに続いた。

 セリス達がイード砂漠の城門の前に着いた時そこには誰もいなかった。ただ賊のものと思われる屍が累々と横たわっているだけだった。 
 「シャナン・・・・・・」
 セリスは呟いた。その時城門から一人の男が現われた。 
 「シャナン!」
 それはシャナンだった。セリスの顔が見る見る明るいものになっていく。
 「久し振りだな、セリス。来てく・・・・・・」
 シャナンが言い終わる間も無くセリスはシャナンに抱き付いていた。
 「無事だったんだね、良かった。本当に良かったよ」
 「セリス・・・・・・」
 シャナンも笑っていた。二人はひしと抱き締め合った。
 「暫く見ないうちに成長したな。イザークの解放・・・よくぞやってくれた」
 「御免、シャナンが戻って来るまで待てなかった。けどこれからは一緒に戦おうよ」
 「勿論だ。私は今までこの日を待ちわびていたのだからな」
 「有り難う、本当に有り難う」
 二人は離れた。セリスはイード城の城門を見た。
 「ところで盗賊は・・・」
 「ああ、全員私が成敗した」
 「よし、じゃあ一刻も早くオイフェ達と合流しよう。皆シャナンが来るのを楽しみにしてるよ」
 「ふふふ、私も人気者になったな」
 シャナンはセリスと共に歩き始めた。ラクチェやスカサハ達もやって来た。
 「私の替わりにセリスを護ってくれたようだな、礼を言うぞ」
 「いや、お礼なんてそんな・・・・・・」 
 「俺達ただ夢中で剣を振り回していただけで・・・・・・」
 シャナンは赤面する二人に優しい微笑で返した。 
 「最初はそうだっただろう。だが今は違う。見違えるまでになったな」
 「そ、そうかな・・・・・・」
 「そうだとも。成長したな、二人共」
 「ま、まあ俺達だけじゃないですよ。皆かなり強くなったし新しく参加した奴も強いのばっかりですし」
 「新入りか。楽しみだな」
 シャナンを囲んで和気藹々と話すセリス達だがそのすぐ後ろでレヴィンはイザーク城を疑念の目で見ていた。
 「・・・・・・・・・」
 「行こう、レヴィン」
 「あ、ああ」
 イードの『魔物』を掃討した解放軍は副盟主シャナンの帰還、盗賊二人の加入等の収穫を得て再びメルゲンへ足を進めた。夜イードの南で天幕を張り解放軍の将兵達は疲れた身体を休めていた。その天幕の一つにレヴィンはいた。夜には急激に冷え込む砂漠の気候を考え毛布を数枚重ね着している。
 「やはり気になる・・・・・・」
 レヴィンは毛布の中で昼のイード城の事を考えていた。あの城からは微かであるが異様な邪気が感じられたのだ。
 「行くか」
 起きた。そしてワープの杖を握り外へ出た。だが彼は気付いていなかった。ワープの杖による緑の光に包まれる時一人見ている者がいた事を。

 朧な光を放つ満月に照らされイード砂漠が砂漠に浮かんでいる。寂しくも幻想的な景色の中にレヴィンはいた。
 壊れた城門をくぐり中に入る。市街地は荒れるに任せてあった。コヨーテの遠吠えの声やチチッというトビネズミの鳴き声の他には何も聞こえない。
 城に入る。盗賊達の死体があちこちに転がり死臭を放ちはじめている。その中には数体法衣を着た魔道師が転がっている。
 死体の胸を調べた。一冊の魔道書があった。それは黒い表紙にレヴィンが今まで見た事の無い紋章が描かれた奇妙な魔道書だった。
 「・・・・・・・・・何だこれは」
 手に取り中身を読んだ。全く知らない文字で何やら書かれている。
 「解からん。ユグドラルのものではない」
 レヴィンは大陸各地を放浪して得た知識を検索した。だがそのどれにも当て嵌まらなかった。
 「アカネイアのものでもバレンシアのものでもないようだ。一体何処の大陸の魔道書なのだ」
 その時昔シグルドに聞いた話を思い出した。彼とその妻ディアドラがヴェルダンで闘ったサンディマという魔道師はもしかしたらロプトマージだったのかも知れない、と。
 「まさかな・・・・・・。ロプト教団はあの聖戦で滅亡した。当のシグルドも信じていなかった。そんな事は有り得ない。・・・・・・だがこの悪寒は何だ」
 魔道書を持ちながらレヴィンの表情が病人のそれの様に蒼ざめていく。その時部屋の片隅に光が差し込んでいるのを見た。
 「壁が崩れているのか?」
 壁に近付いた。小さな穴が開いている。軽く押してみた。鈍い音を立てて後ろに落ちた。その向こうには抜け道が続いていた。
 「イード城にこんなものがあったとはな」
 他の壁も簡単に崩れた。レヴィンは道を進みだした。やがて城の橋の墓場に着いた。墓の中に一つ荒らされたような墓があった。
 「どうやら荒らされたわけではないな」
 開けられた棺の中には屍ではなく階段があった。地下へと続いている。
 「カタコンベか」
 トーチの杖で灯りを取り中へ入って行く。
 レヴィンは中へ入るにつれ己が目を疑うようになった。
 「これは・・・・・・何なのだ」
 壁に描かれている絵は古に伝わる暗黒竜のものであり禍々しい銅像やレリーフが飾られていた。
 「ロプト教団・・・・・・まさか本当に残っていたというのか」
 誰もいない部屋には子供が描いたものと思われる暗黒竜が十二聖戦士達を倒す落書きがあった。他の部屋にはかってガレと共に反乱を起こした十二魔将の小さな像が置かれていた。更に奥へ進む。そこは祭壇であった。レヴィンはそこにこのカタコンベに入るまで信じていなかったものの最も恐るべきものを見た。それは巨大な暗黒竜ロプトゥスの漆黒の像だった。
 「今更この世で何を為すつもりなのだ・・・。暗黒神も帝国もガレも滅び去ったというのに・・・・・・」
 “いや、まだ暗黒神は滅び去ってはいない”
 「誰だ!?」
 レヴィンが振り向いた方には淡い緑の光の輪が浮かんでいた。そしてその中に一人の美しい若者がいた。
 “私の事は知っていよう。風使いセティの末裔よ”
 「まさか・・・・・・」
 “そう、私の名はフォルセティ。汝が為すべき事、そして私が為さねばならぬ事を教え為す為にここへ来た”
 「私が為すべき事・・・・・・」
 “そう、それは・・・・・・”
 二刻程経ったであろうか。イード城からレヴィンが出て来た。それは確かにレヴィンだった。しかしその表情、物腰、発せられる気等は今までのレヴィンとは何かが違っていた。今までのレヴィンに別の何かが憑依したかの様だった。それを遠くで見ていたセイラムはワープで姿を消した。レヴィンはそれに気付いたか気付いていなかったか城を見た。そして杖を使わず手でワープを使い消えた。淡い緑の光と共に。




バルムンクがシャナンの手に…。
美姫 「シャナンも合流して、更なる戦力アップ!」
さあ、次はどんな戦いが待っているのか!?
美姫 「次回も楽しみ〜」



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