終幕 南へ


 リボー会戦の勝利により遂にイザーク全土が解放された。ダナン王の圧政に苦しめられていたイザークは歓喜の声に包まれた。とりわけリボー城では解放軍入城の時からお祭り騒ぎとなりどの者も連日連夜宴の中にいた。そんなリボー城に一組の男女がやって来た。
 「やっと着いたわね。どうやらイザークが解放されたというのは本当だったみたい」
 豊かな群青色の髪に同じ色の瞳を持つ細面の美女である。すらりとした身体を白い軍服と赤いズボンで覆っている。その上に白い胸当てを着け裏地が青いマントを羽織っている。ブーツは赤である。
 「ああ。あおれにしても荒波のレンスター湾、よく渡れたな」
 美女の隣のくすんだ金髪に茶がかった鳶色の瞳を持つ引き締まった男らしい顔付きの男が応えた。年齢は女より十程上のようだ。黒の軍服とズボンの上に紫のマントとブーツを着けている。
 「ええ。これもノヴァ神の思し召しね」
 口元に優美な笑みを浮かべて女は言った。
 「ああ、本当にな。さあセリス公子の下へ参ろう」
 「ええ」
 二人はリボー城へ歩いていった。

 −リボー城ー
 戦いに勝利しリボー城に入城した解放軍はリボーに拠点を移し軍の再編成や武具の調達、訓練等を行っていた。そしてその中には資金調達を兼ね闘技場で闘う者達もいた。
 「勝負あり!」
 闘技場のウォリアーが吹き飛ばされ担架で運ばれていく。それを見てガルザスは銀の大剣を静かに鞘に収める。
 「ガルザスさん強いわねえ。もう三十九連勝よ」
 選手用控え室のすぐ近くの席でラナは感嘆の声をあげた。
 「あら、レヴィンさんは四十二連勝よ」
 隣の席のマナが突っ込みを入れる。
 「れどレヴィンさんにはあのフォルセティがあるじゃない。十二神器使えばそりゃあ」
 「使ってないわよ。エルウィンドだけよ」
 「嘘」
 「本当よ。何でもフォルセティは人にあげちゃったんだって」
 「ふうん、何か勿体無いわね」
 「けど強かったわよ。それも無傷だったしね」
 「やっぱり前の戦いからの人は違うわね。ところで他の人達は?」
 「皆二十勝以上はいってるわね。何か皆どんどん強くなっていくね」
 「まあマーティさんとかヨハンさんは怪我も多かったけどね。勝ってたけど」
 二人がそんな話をしているうちにガルザスはまた一人倒していた。
 「これでかすり傷無しの四十勝、シャナン様とどっちが凄いかな」
 「シャナン様じゃないの?」
 「かなあ、やっぱり」
 「シャナン様ってどなたですか?」
 二人の後ろからユリアが頭を出してきた。
 「あら、貴女のとこはもう終わり?」
 ラナがユリアの方を向き声をかけた。
 「はい。皆さんとても強くて」
 ユリアはにこりと微笑みながら答えた。
 「じゃあサフィさんとことスルーフさんとこも終わってるし後はここだけか」
 「私のことは最初に終わちゃったしね」
 マナがそう言った瞬間にガルザスは四十一人目を倒していた。
 「本当に強いわね」
 「相手が可哀想」
 「ところでシャナン様って・・・」
 「あ、御免御免、忘れてた。シャナン様っていうのはイザークの王子様で私達解放軍の副盟主。信じられない位強くて格好良い方なのよ」
 「へえ、そうなんですか」
 ユリアはラナの言葉に少女のあどけない笑みを浮かべた。
 「ところで」
 ユリアは話を変えてきた。
 「ガルザスさんの動きってマリータさんに似ていませんか?」
 またもや相手を一瞬で倒したガルザスを観つつユリアはポツリと言った。
 「えっ、そうかなあ」
 マナが少し首をかしげた。
 「はい、何処となく」
 「うーーん、言われてみればそうかも」
 その時マナはユリアが持っている二冊の書物を見た。
 「あれ、その書は」
 「はい、リザイアとオーラの書です。リザイアはヨハンさんから、オーラはヨハルヴァさんから頂きました」
 「いつもラクチャ、ラドネイにべったりくっついてるあの二人から?」
 「はい、ラクチェさん達は魔法がお使い出来ないというので光の魔法を使える私に是非、と」
 「ふうん、そうなの。私達からもらった杖も有るしユリアも結構物持ちね」
 三人の少女達が話している時別の三人の少女達が観客席を殺気をみなぎらせつつ歩いていた。
 「ジャンヌ、ここにレスターとディムナがいたのね」
 抜き身の剣を肩に担ぎラクチェが後ろにいるジャンヌへ問う。
 「ええ、間違い無いわ」
 「ここで会ったが百年目、今日こそ引導を渡してあげるわ」
 ラドネイは銀の剣の輝く刀身を見ながら血走った目で言った。
 「二人共そんなに頭にきてるの?」
 ジャンヌの問いは愚問であった。
 「当たり前よ。おかげで始終あの鬱陶しいのに付き纏われてるのよ」
 「ヨハルヴァの奴なんか一日中あたしと離れたくないってしつこいの」
 「・・・・・・はあ」
 「見てらっしゃい、今日こそは」
 この時ラクチェ達は闘技場を見ていなかった。もし見ていたならば驚いたであろう。ガルザスが流星剣を使ったのだから。
 
 「剣の方も上手くなってきたじゃないか」
 別の闘技場でハルヴァンがオーシンに言った。
 「ああ。けど何でオイフェさんはヨハン殿下に剣を使わせたりヨハルヴァ殿下やダグダさん達ウォリアーに弓を習わせたりしているんだ?」
 「何でも攻撃に幅を持たせたいらしい。城の中での戦いや飛兵を相手に出来るようにってな」
 「成程ねえ、流石は名軍師と言われるだけはあるな。おっ、始まるぞ」
 闘技場に一人の男が現われた。紅い縮れた髪に細く黒い瞳、卵型の顔をした白面の男である。裏が赤地の黒く長い上着に黒ズボンを身に着け、その上から灰色のマントを羽織っている。
 「見たところ魔道師みたいだな」
 「何か陰のある奴だな」
 二人は何気無くその男を見ながら話していた。男はエルファイアーで以って相手を一撃で倒した。
 「中々やるみたいだな」
 二人、三人と雷や風の魔法も駆使し倒していく。やがて勝ち数は二十に達していた。
 「おい、あいつかなり強いぞ」
 「ああ、だが次はどうかな」
 今度の相手は重厚な鎧と楯で身を固めたバロンである。解放軍の者達に闘技場の腕利きを片っ端から病院送りにされた親父が切れてこの闘技場最強の男を彼に当ててきたのだ。
 バロンの右腕が下から上に振られ炎が地を走る。炎系の最高位に位置する魔法ボルガノンである。炎は魔道師の足下で大爆発を起こした。
 「やられたか?」
 爆発と共に起こった火煙が消えた。そこには傷一つ受けていない男がいた。
 「流石だな」
 オーシンが称賛の声をあげた。男は影の様に静かに、それでいて疾風の様に速く間合いを詰めてきた。
 至近でエルファイアーを放つ。だがそれは楯に防がれた。
 バロンが間髪入れずその重厚な鎧からは想像も出来ない素早さで大剣を横に薙ぎ払った。男はそれを後ろに宙返りしてかわした。
 体勢を戻し間合いを一気に詰める。まずはウィンドを放つ。敵はそれをまたもや楯で受け止め大剣を振り下ろした。その時だった。
 男は剣が振り下ろされるより速く相手の懐に飛び込んだ。そしてその腹部へエルファイアーを撃ち込んだ直後エルサンダーを放った。
 バロンの巨体が吹き飛ぶ。そして壁に激突し倒れ込んだ。
 「勝負あり!」
 場内は喚声に包まれる。親父がガックリと肩を落とした。
 「凄え奴だな」
 「ああ、うちに欲しいな」
 ハルヴァンとオーシンが話しているうちに男は闘技場を出て観客席に現われた。そして二人の方へ歩いてきた。
 「ん?何だ?」
 男は二人の側で立ち止まった。
 「ちょっと聞きたいのだが」
 「俺達に?」
 「うむ、解放軍は・・・」
 その時観客席で戦場の軍馬の嘶きの様な声が起こった。
 「待ちなさい、レスター!」
 「遂に見つけたわよ!」
 ラクチェとラドネイが抜き身の剣を振り回しながらレスター達を追いかける。追う方には二人の他にジャンヌ、闘技場で一緒になったマリータ、何時の間にか付き合わされているラナとマナである。
 追われているのは二人のアーチナイトと不幸にしてその場に居合わせたタニアとロナンの計四名である。
 「どうして僕達まで!?」
 振り返る。そこには目を怒らせ鬼女の如き形相で追い掛けて来るラクチェとラドネイがいた。
 「済まない!」
 レスターが謝罪する。
 「とにかく逃げましょう!」
 タニアが駆ける。
 壁にぶつかった。四人が顔を蒼白にし後ろを向いた時殺意の気を全身に纏い剣を握る鬼女達がいた。
 「ふっふっふ、やっと追い詰めたわよ、レスター」
 ゆっくりと剣を振り被りながらラクチェ獲物を捕らえた虎の様な目でレスターを睨んだ。
 「ま、待てラクチェ、こおは話し合おう」
 「そ、そうそう、まあ穏便に」
 蒼くなった顔を引き攣らせながらレスターとディムナは必死に二人を宥めようとする。成り行き上当然と言えば当然であるが無駄だった。
 「ええ、あんたを成敗してからゆっくりと聞いてあげるわ」
 「さあ、せめて苦しまないようにしてあげるからね」
 「あ、あわわ・・・・・・」
 その時二人の男が現われた。
 「おいおい、どうしたんだ皆」
 「剣なんか振り回して尋常じゃないな」
 「兄さん達!?」
 スカサハとロドルバンである。二人はゆっくりと双方の間へ近付いて来る。
 「おお、二人共いい所に。実は・・・・・・」
 ディムナが大急ぎで事情を話した。それを黙って聞いていたロドルバンは言った。
 「うん、それはれスター達が悪い」
 そしてニヤッと笑った。
 「ええっ!?」
 「二人共思う存分やっちゃいなさい」
 「よし来た!」
 「お、おいロドルバン・・・」
 オロオロするスカサハだが彼はそれに対し軽く微笑んで言った。
 「まあ見てなって」
 二本の剣がそれぞれ振り下ろされる。それを別の二本の剣が受け止めた。
 「何っ!?」
 剣の主はデルムッドとトリスタンであった。
 「いくら何でも弓に剣ってのは無いだろ」
 「ここは俺達に免じて退いてくれ」
 「誰が!」
 「どきなさいよ!」
 全く聞き入れず二人は今度はデルムッド達に斬りかかった。
 「やっぱりな」
 「じゃあ相手になるぜ」
 四人が剣を交える。それを後ろのマリータとジャンヌ、スカサハが止めに入る。ロドルバンは面白そうにそれを見ている。
 「ちょちょっと止めなさい!」
 「周りに迷惑がかかるでしょ!」
 しかし四人はそれを全く聞いておらずマリータとジャンヌは弾き飛ばされた。二人は切れた。
 剣を抜き四人へ向かって行く。スカサハは今度はそっちを止めに入った。
 「邪魔よ!」
 「どいて!」
 何時しかスカサハも剣を抜いている。だが女剣士二人相手ではスカサハも分が悪い。
 「ロドルバン、来てくれ!」
 「よしきた!」
 待ってましたとばかりに剣を抜きジャンヌの相手を始めた。そこにラルフが通り掛かった。
 「助太刀するぞ!」
 同時にフェルグスもひょっこり出て来た。
 「お、面白そうだな」
 観客席は大騒ぎとなった。ラナとマナは必死に止めようとするが怪我人の傷を癒すくらいしか出来ず騒ぎに油を注いでいるだけであった。
 「・・・どうしよう?」
 ロナンがポツリと三人に言った。
 「・・・ってどうするのよ」
 タニアが言った。そこへ相手が現われた。
 「おっ、やってるねえ」
 ホメロスだった。アーサー、アミッド、アズベルも一緒でsる。
 「どれ俺も」
 軽くウィンドを放った。それはタニアの足下を掠めた。
 「何すんのよ!」
 タニアはムッとして矢をホメロスに放った。彼はそれを首を捻ってそれをかわした。
 「きつい御言葉」
 「あんたが悪いんでしょう!」
 「じゃあ相手になるぜ、お嬢ちゃん」
 「望むところよ!」
 「止めろーーーっ!」
 瞬く間に弓と魔法、四対四の撃ち合いが始まった。そこに今度はペガサスナイトの面々がやって来た。ペガサスには乗っていない。
 「ミーシャ姉様、あれ!」
 カリンが現場を指差す。
 「解かってるわ、止めさせましょう!」
 「はい!」
 ヨハンとヨハルヴァ兄弟が来た。
 「馬鹿な事は止めるんだ!」
 「これ以上暴れると承知しねえぞ!」
 ダゲダとマーティも出て来た。
 「何か凄い事になってますよ」
 「腹ごなしに丁度いいな」
 賭博場から出て来たリフィスとシヴァ、サフィが歩いて来た。
 「へへへ、勝った勝った」
 リフィスは小銭の入った袋をジャラジャラと鳴らせ満足そうである。
 「どうせイカサマだろう」
 シヴァが一言言った。
 「いいじゃねえかよ、これも芸のうちだ。おい、あっちで皆楽しい事やってるぜ」
 「うむ」
 「行こうぜ。行って遊ぼうぜ」
 「ちょ、ちょっとリフィスさん・・・・・・」
 サフィの言葉も聞かずリフィスは騒ぎに飛び込んだ。シヴァは近寄ったところで火球が顔の横を掠めたので無言で剣を抜きその中へ入って行った。サフィも皆を止めようとするがそれよりも怪我人を癒す方に忙しかった。
 何時の間にかディーンもエダいる。スルーフも来た。役者は全員揃った。

 「解放軍というのはあれだな」
 「・・・・・・ああ」
 「残念ながら」
 大乱闘と指差し問う赤髪の男にハルヴァンとオーシンは情無い声で答えた。
 「ちょっとあんたはそこにいてくれ。俺達も止めに入る」
 「すぐに帰って来るから」
 「ああ」
 最早めいめいが片っ端から切りつける、射つ、撃つ、突く、殴る、蹴る、噛む、引っ掻くの出鱈目な乱闘になっていた。椅子が、喰い残しの骨が、剣の鞘が、杖が、僧侶達は誰が怪我人か解からず誰彼構わず杖を振っている。その中一人ポーーーッと立っていたユリアが騒ぎの中へ歩いて行った。
 そこへ一斉に剣が、槍が、斧が、魔法が、弓が襲い掛かるが全てユリアの足下や至近で止まった。
 「ユリア!?」 
 「危ないからどいてなさい!」
 「いえ、危なくなんかないです」
 ユリアはにこりと笑い言った。
 「だって皆さんお互いに楽しんでやってらっしゃいますから。危険な筈がありませんわ」
 「うっ・・・・・・」
 「ラクチェさん達だって本気でレスターさん達を斬るおつもりではなかったのでしょう?」
 「そ、そりゃあまあ・・・・・・」
 「確かに頭にきてたけど」
 「皆さん本当はお優しい方ばかりです。そんな方々が本気で仲間を傷付ける筈ありません」
 「う、うん・・・・・・」
 ユリアの前に一同喧騒から醒め静かになった。小柄で華奢なユリアがまるで慈愛の女神の様に見えた。
 「いいかな」
 忘れられかけていた男が輪に入って来た。そして皆に何やら話始めた。
 
 「しかし我が軍の指揮官達が総勢で騒ぎを起こすとは・・・・・・」
 城の大広間でその一同を前にオイフェは目くじらを立てている。
 「まあいいじゃないか、オイフェ。幸い誰も怪我はしていないんだし」
 「セリス様、それがお甘いというのです。大体この者達ときたら休みの日は闘技場で暴れて大酒を飲み食べ散らかす始末、指揮官達がこれではしめしがつきません」
 「けれど別に民衆に迷惑をかけているわけではないんだし良いじゃないか。たまには息抜きも必要だよ」
 「・・・・・・解かりました。セリス様がそう仰るのなら・・・・・・。さて卿等」
 オイフェは改めて一同へ向き直った。
 「今回はセリス様の寛大な御心に免じて不問とする。だが今後このような事は起こる事が無いよう」
 オイフェは彼にしては非常に短い小言で終わらせた。次はセリスが一同に聞いた。
 「ところで新たに我が軍に入りたいというのは誰だい?」
 「はい、こちらに」
 オーシンとハルヴァンに伴われ闘技場で鮮やかな勝利を収めた男がセリスの前に出て来た。
 「セイラムと申します」
 男は左手を胸に置き片膝を地に着け静かに頭を垂れた。
 「宜しく。僕はセリス。我が軍に参加してくれるそうだけれど」
 「はい」
 「じゃあ立って」
 「え・・・!?」
 キョトンとするセイラムをセリスはすぐに立たせた。
 「君の参加を歓迎するよ。これから一緒に帝国の圧政から皆を解放しよう」
 「はい・・・」
 イザークやレンスターでは考えられぬおおらかな若き盟主の応対にセイラムは面食らった。同時に好意も持つようになった。
 「さてオイフェ、新しい仲間も入り皆も揃っている事だし今後の方針について何か考えを述べてくれ」
 「そうですね、訓練も軍の再編成も済みましたしとりあえずはシャナン様の御帰還をお待ちして・・・」
 「悪いがそんな時間は無いぞ」
 レヴィンとガルザスが一組の男女を連れて大広間に入って来た。先程の騎士達である。
 「この人達は・・・」
 「レンスターから来た騎士だ。名は・・・」
 「グレイドです」
 「セルフィナです」
 二人はそれぞれ名を名乗りセリスに敬礼をした。
 「セリス公子」
 くすんだ金髪の男グレイドがセリスに話しはじめた。
 「今レンスターはフリージのブルーム王や王妃ヒルダとその取り巻き達の圧政に苦しんでおります。ですがこの度
レンスター王子キュアン様とエスリン様の遺児リーフ様がレンスター城で挙兵なされました」
 「リーフ王子・・・叔母上の子で僕の従兄弟の・・・」
 「はい。私も参加したのですが多勢に無勢、我が軍はレンスター城にてフリージの軍勢に包囲されてしまいました」
 「そしてどうなったの?」
 「リーフ王子は私とそこにいる我が妻セルフィナにイザークへ行きセリス様が率いておられる解放軍に救援依頼を求めるよう言われたのです」
 「その為に我等二人小舟でレンスター海の荒波を超えここまで来ました。どうか我が主君と祖国をお救い下さい」
 冷静ではあるが真摯な二人の話を聞きセリスはオイフェの方へ顔を向けた。
 「オイフェ・・・」
 「解かっております。リーフ王子はシグルド様の御親友であったキュアン様とシグルド様の妹君エスリン様の御子息、お救いせねばなりません」
 「有り難う。よし、皆!」
 セリスが腰の剣を抜き高々と掲げた。
 「これより我が軍はレンスターへ向かう。レンスターの民衆を暴虐の手から解放し窮地に陥っているリーフ王子達を救うんだ!」
 一同もそれに賛同し拳を突き上げおおっと雄叫びを上げる。解放軍の進路は決まった。
 「有り難うございます、これでレンスターが救われます」
 「僭越ながらレンスターまでの道案内は私達が勤めさせて頂きます」
 グレイドとセルフィナは今にも泣き出さんばかりであった。そしてセリスの手を握った。
 「問題は近頃イード砂漠に現われるという得体の知れない賊の一味だな。何とかしないとレンスターに行く前に全滅してしまうよ」
 「それでしたら私が」
 セイラムが出て来た。
 「あの者達がどういう方法で襲って来るかは良く知っております。あの砂漠を一人で越えてここまで来ました故。
お任せ下さい」
 「頼むよ」
 この時解放軍の誰もがセイラムの細い瞳が強い決意と若干の辛さで彩られていたのに気付かなかった。気付いたとしてもそれは解放軍と共に戦っていこうという種のものであると感じたであろう。確かに一面においてそれは合っていた。だがより深い一面には触れていないという点で間違いであった。

 −バーハラ城ー
 百年前の聖戦によりロプト帝国が滅亡し十二聖戦士達がそれぞれ王や大公となりグランベルを治めることになった時バーハラは十二聖戦士の指導者であり皇帝ガレを光の神器ナーガで倒した聖者ヘイムがそれぞれ大公となったバルド、ウル、トード、ドズル、ブラギ、そしてファラの六聖戦士をまとまるグランベル国王となったのに伴いグランベル王国の王都として定められた。七六〇年の戦乱により六公国が廃されグランベル帝国が建国された時もその地位は変わらずヴェルトマー=バーハラ皇帝家の帝都であり続けた。三重の城壁に囲まれた帝都は二百万を越える人口を擁し、皇帝アルヴィスが鎮座する本城は壮麗な造りで知られている。
 外部は堅固な城壁、内部は白亜の大理石を基に多くの黄金は白金、色とりどりの水晶や宝玉で飾られていた。部屋数は千を優に越え、精強をもってなる炎騎士団と共に帝国の権威の象徴としてグランベル大陸全土を圧していた。その中の一室に暗い影が集まっていた。
 「そうか、イザークが陥ちたか」
 黄金と白金の刺繍で飾られた豪奢な丈の極めて長い黒い軍服とズボン、マント、そしてブーツで身を包んだ少年が言った。奇妙な声である。澄んだ高い硬質の美声と同時に肉食獣の唸り声の様な声が同時に発せられている。細く女性の様な身体に雪の様な細い中世的な白面、それとは対照的な深紅の長い髪にルビーの瞳、額には奇妙な紋章がある。白く細長い指には長く伸びた紅い爪が生えている。
 「それに呼応し各地で反乱が起こりセリス公子の下に多くの者が集まってきていると」
 周りで蠢く無数の影達が部屋の中央で腕を組み立っている少年に不気味な声で囁いている。見れば部屋は闇夜の様に黒く染められ蛇や蟾蜍、鼠、家守といった生物達が徘徊し、照明のシャンデリラは一つ一つが血の様に紅い水晶で作られた髑髏である。
 「ふふふ・・・・・面白い」
 少年は不可思議な声をまた発した。
 「再び戦が始まる。今度こそ私が世を支配する」
 少年は髑髏のシャンデリラから下がっている一匹の蛇を掴み取るとその腹を握り潰し、頭をそのまま口に入れ喰った。肉を潰し咀嚼する胸の悪くなる音がし手がドス黒い血で染まっている。
 「ミレトスに行くぞ。そして彼の地を他の国より遮断しろ。猫の子一匹たりとも通さぬ程にな」
 影達が頭らしきものを垂れ闇の中に消えていった。部屋には少年一人だけが残った。
 「いよいよ私の世界が再び幕を開ける。恐怖と絶望に覆われた世界がな」
 少年は笑った。紅い髑髏に照らされるその影は人のものではなく禍々しい竜のものであった。

 第一夜 完


                                       2003・10・24



次はレンスターか。
美姫 「リーフ王子の登場ね」
ワクワクだな。
美姫 「早く、第二夜が始まらないかしらね」
うんうん。楽しみにして待とう。
美姫 「それでは、次をお待ちしてますね」
ではでは。



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