第五幕 愚王の末路


 ヨハン、ヨハルヴァ両王子とその軍を組み入れた解放軍はイザーク城に歓呼の声で迎えられた。義勇兵や盗賊団の帰順もありその兵力は今や四万にも達していた。
 「凄い軍になってきたね」
 イザーク城西リボーをのぞむ傾斜部の中央にある平野部で陣を敷きながらセリスはオイフェに言った。
 「はい。やはり両王子とその軍勢の加入が大きいです。訓練も行き届いておりますし武装も良いです。それに加え兵種も多様です。軍に厚みが出て来ました。喜ばしい事です」
 「ペガサスナイトやマージだね」
 「はい。ただこえといった指揮官がいなかったのが不安でしたがシレジアから来た八人を指揮官にする事でそれも解消されました」
 「あとトラキアから来た竜騎兵達とリフィス達盗賊団だね」
 「そうですね。ドラゴンナイトやシーフがいると攻城戦及び城内戦が楽になります。ただ・・・。リフィスの素行が」
 「素行?」
 「はい。何しろ口八丁手八丁の男でして。賭け事はするわ大酒は飲むわ」
 「それ位ならいいんじゃない?」
 「まあそうですが。我が軍の軍律を乱す様な事をしでかさないかと心配です」
 「大丈夫だよ。弱い者虐めが嫌いだしあれで面倒見がいいしね」
 「はあ。あとサフィに付き纏うのもどうかと思いますが」 
 「それを言ったらねえ。ヨハン王子もヨハルヴァ王子も一緒だよ」
 「そうだといいのですが」
 セリスは話を変えた。
 「補給はどうなってるの?」
 「はい、補給路の整備、物資の調達、将兵への給与等全て順調です。補給なくして戦争は有り得ませんからな」
 「いつもオイフェが僕に言っている事だよね」
 「はい。どんな時も食料と武具は欠かせません。それがあって始めて武勇や知略が生かされるのです」
 「あと常に訓練する。闘技場も入れて」
 「闘技場は実戦経験を積む為にも。多額の報酬も得られますし傷を癒すプリーストの修業にもなります」
 「主人が僕達が強過ぎるってぼやいてたよ」
 「ははは、まあ私も皆ここまで強くなるとは思いませんでした。しかしそうでなければこれからの戦いには勝てませんぞ」
 オイフェは真剣な顔になり遠くにその威容を誇示するリボー城を見た。
 「イザーク軍は七万、特にドズル家の誇る斧騎士団とダナン王直属の親衛隊の二つが脅威です」
 「斧騎士団と親衛隊・・・」
 「特に親衛隊は親衛隊長ホプキンズを筆頭にその残虐さと獰猛さで際立っております。ダナン王とあの者達によりイザークは暴虐と非道に支配されておりました。討たなければなりません」
 「うん」
 「勝ってイザークを暴君とその一派から解放するのです」
 黄昏が世界を支配する頃解放軍は陣を整え終わり眠りに入った。夕食は固いパンに馬鈴薯、ソーセージに野菜が入ったシチューだった。量こそ多かったが粗末な食事だった。これは解放軍全ての者がそうだった。

 翌日の朝イザーク軍先遣隊は解放軍が陣取る平野部の下にある傾斜地に到着した。スレッダー将軍率いる斧騎士団である。
 白い長髪に茶の瞳を持ち、茶の鎧に身を包み馬上にある将軍は軍の先頭に立っていた。その後には精鋭斧騎士団一万がいる。
 「いい場所にいるな」
 スレッダーは多少忌々しげに上を見た。傾斜から平野にかけて左右には森が繁り迂回作戦も困難にしている。
 「突破するしかないな」
 スレッダーは手綱を握った。馬腹を蹴った。
 「行くぞ!」
 斧騎士団は全速力で解放軍めがけ駆け上がって来る。その勢いはさながら津波のようである。
 迫り来る斧騎士団を前にオイフェは身じろぎ一つしなかった。そして隣にいる主君に一言言った。
 「今です」
 それに対しセリスは黙って頷いた。そして大きく手を挙げた。
 「撃て!」
 弓が下へ向け一斉に放たれる。矢を身体に受けた兵士達がもんどりうって落馬する。
 「悪いわね!」
 タニアは自分の身体の半分以上はある長弓を思い切り引き絞り矢を放った。矢は一人の騎士の胸を貫きその騎士を大地に落とした。二本目が別の騎士の額を直撃する。
 ロナンが鋼の矢を放つ。恐ろしい程正確に一人また一人と倒していく。見事な腕前である。
 解放軍の強力な弓の斉射に斧騎士団はひるんだ。だがすぐに体勢を立て直し再度突撃を敢行した。
 その時だった。解放軍の陣地から丸太が次々と放り出された。丸太は馬の脚を潰し兵士を地に落とす。
 「くっ、小癪な・・・」
 イザーク軍の動きが再度止まった。空に巨大な影が現われた。
 「ドラゴンナイト!」
 騎士の一人が声を張り上げた。数こそ少ないが一騎当千と謳われたトラキア王国の象徴と言える精鋭である。まさか敵にいようとは。
 「行くぞエダ!」
 「はい!」
 ディーンがエダを連れ急降下する。ディーンの銀の槍が敵兵を貫く。彼はそれを横に払うとすぐに別の兵士を縦に両断した。
 エダは銀の槍を手に眼下の敵に急降下した。敵兵に槍で喉を貫かれ鮮血を巻き上げる。すぐに槍を抜き彼女は急上昇し再び急降下する。
 竜騎士達が離れると再び矢の雨が襲う。それが止めばまた竜騎士が降りて来る。
 「将軍、如何為されます!?」
 一人の将校が尚も先頭で指揮を執るスレッダー将軍に問うた。
 「ぐうう・・・・・・」
 スレッダーは苦悶と憎悪が混在した眼差しで解放軍を見やった。答えは一つしかない。しかしそれは誇り高き斧騎士団にとって耐え難いものであった。だが彼は命令を下した。
 「全軍退却!」
 スレッダー将軍の号令一下斧騎士団は迅速にかつ整然と撤退した。追いすがる斧騎士団を振り切り傾斜を下っていく。
 「追いますか?」
 オイフェの問いにセリスは頭を振った。
 「いや、止めておこう。それよりこちらの負傷兵や負傷し戦場に取り残された敵兵や馬を助け手当てしなければならない」
 「御意」
 セリスの令で負傷した斧騎士団員やその愛馬がたすけられ治療された。兵士の中にはその事に感激しその場で解放軍に加わる者すらいた。
 「見ろあれを!」
 負傷した兵士を肩に担ぐダグダが下のリボー平野を指差した。そこにはイザークの大軍が集結していた。その中心には親衛隊の制服でドス黒くなっておりドズルの大旗が掲げられていた。
 
 「馬鹿者が、あの様な小僧共に何を手こずっておる!」
 豪奢な絹で張られた大きな天幕の中でダナン王が銀の杯をスレッダー将軍に投げ付ける。将軍はあえてそれをかわそうとしなかった。杯は将軍の額に当たり血が顔を伝う。
 鹿の肉を焼き様々な香辛料で味付けしたもの、子羊の胸肉の炙り焼き、鴨のスモークや雉のテリーヌ、新鮮なフルーツに年代ものの葡萄酒、どれも宮廷ならいざ知らず戦陣ではおよそ考えられぬ程の食事である。他にも高山で特別に採れる果実で作られた菓子、生野菜、白身魚のシチュー等三十品はあろう。
 「・・・・・・申し訳ありません」
 額から流れる血をそのままに、膝を地に着きながらスレッダーは主君に詫びる。王はまだ何か言いたげであったがフォークでシレジアから特別に取り寄せたペガサスの生肉を口に入れその端から血を滴らせつつ言った。
 「まあ良い。今は気分が良い故許してやろう」
 「ははっ、有難き御言葉」
 将軍は主君に応えた。
 「明日こそはあの小僧の首を我が前に引き摺り出し叛徒共を一人残らず炙り殺してくれる。・・・ホプキンズ、明日は貴様が行け」
 「ははっ」
 そのすぐ側に控えていた男が敬礼した。ドス黒い軍服の胸に犬の首と箒といった珍妙な紋章を描いている。茶色が混ざった黄緑に染めた長くカールさせた髪に全く同じ色の八の字の口髭と三角形に切り揃えた顎鬚を生やしている。この男こそダナン王の腹心でありイザークで暴虐の限りを尽くす親衛隊の長ホプキンズである。顔付きはさながら暗黒教団狩りの審問官のようでありその荒みきった眼は汚れた濃い茶の光を発している。
 「略奪も虐殺も何もかも思う存分やるが良い。わしに逆らう者がどういう末路を辿るか世に知らしめてやれ」
 「御意」
 「さて・・・ガルザス」
 王はホプキンズの向かいに立つ深緑の髪と濃紫の瞳を持つ男に声を掛けた。
 「貴様はいつもの様にわしの身辺を警護せよ。良いな」
 「うむ」
 解放軍のダグダに匹敵する程の長身だが全体的に筋肉質で虎か豹の様な印象を与える。尖った顎が目立ちそれが見る者に更に野性的な印象を植え付ける。胸当てもシャツもズボンも全て黒灰色であり、影の様である。
 「わしは良い用心棒を持った。おかげで今まで誰もわしを傷付ける事が出来なかったのだからな」
 喋りながらくちゃくちゃと下品な音を立てて肉を食べ終え王は言った。そして参軍の一人に言った。
 「晒し首の台を四万程用意しろ。奴等の首を全て城の前に晒してくれるわ!」
 作戦会議は終わった。スレッダー将軍はホプキンズに耳打ちした。
 「くれぐれもお気を付け下さい」
 だがホプキンズは将軍の言葉を小馬鹿にした眼で見て言った。
 「心配御無用。我等が親衛隊は奴等に死ぬまで続く苦しみを与えてやります故」
 そう言うとその場を去った。
 「毒を仕込んだ武器を使うつもりか、下衆共が・・・・・・!」
 ホプキンズの背を忌々しげに見ながら将軍は呻いた。夜は更けやがて新たな戦いの始まりを告げる朝日が両軍を照らし出した。
 
 後にこの戦いはリボー会戦と称されるようになった。参加兵力は解放軍四万、イザーク軍七万、兵力において両軍には大きな隔たりがあった。だがイザーク軍には致命的な弱点が幾つかあった。まずはダナン王の余りにも感情的で場当たりな采配、親衛隊と正規軍の将兵との軋轢、王の重臣達の横流しによる軍の物資の欠如、親衛隊の暴虐による民衆の反イザーク感情・・・・・・。スレッダー将軍をはじめイザークの心ある者は皆この戦いの行く末を案じていたが王は聞く耳を持たなかった。かくして戦いの幕は開かれた。
 ホプキンズ率いる親衛隊は斧騎士団と同じ様に突撃用の陣形を組んでいた。彼等を眼下に見下ろしながらオイフェはセリスに言った。
 「あれが親衛隊です。連中の悪辣さはセリス様もよく御存知でしょう」
 彼等を忌々しげに見ながらセリスに話す。
 「うん。ところで前から気になっていたんだけど親衛隊の紋章の犬の首と箒は一体どういう意味があるんだい?」
 「犬の首は王に反対する者に噛み付き、箒は王に反対する者を排除するという意味だそうです。その実態たるや王の名の下に略奪や殺戮を楽しむ山賊よりも性質の悪い野獣共の群れです。とりわけ隊長のホプキンズはかって暗黒教団狩りの時罪を捏造しては罪無き人々を残忍極まる拷問で嬲り殺しにしその財産を全て自分のものにしていたという男です。私自身の手で成敗したとさえ思っております」
 「暗黒教団狩り・・・・・・・・・」
 セリスが眉を顰めた。
 「暗黒教団は百年前の聖戦で完全に亡び去っております。悪辣な輩共がでっち上げ己が浅ましき欲望の糧としたものです」
 「・・・あの男と親衛隊、そしてダナン王を倒さなければイザークに明るい未来は無いね」
 「はい。奴等に下す正義の審判を私は今ここに用意しております」
 「正義の審判?」
 「そうです。もうすぐ戦争が始まります。その時御覧頂けます」
 オイフェは目の前の解放軍の陣を見て笑った。それは勝利を確信した笑みであり、かつ己が策成功させようという軍人に共通する種の喜びを含んだものであった。
 
 朝靄が消えた頃親衛隊は動き始めた。坂を怒涛の如く駆け上がって来る。
 「来ました」
 若い将校の字鳥がラルフに伝える。ラルフはすぐさまセリスとオイフェのいる本陣に伝えた。
 「行きましょう」
 オイフェに促されセリスは前線へ出た。今将に親衛隊が弓を引き絞ろうとしている。
 「撃て!」
 解放軍の陣から弓が一斉に放たれる。何騎かが落馬しそのまま動かなくなる。
 「そのまま進め」
 動ずる事なくホプキンズは命令を下す。ドス黒い嵐が再び解放軍に襲い掛かる。
 「魔道部隊、撃て!」
 弓兵と入れ替わり魔道師達が魔法を放つ。嵐が切り裂かれ炎に包まれ倒れていく。
 「思ったより魔道師が多いな。しかし次に撃つまで時間がある。そのまま突撃だ」
 人形の様に全く表情を変える事無くホプキンズは命令する。だが進めなかった。
 すぐさま第二撃が斉射された。親衛隊の兵士が次々に撃ち倒されていく。
 「何っ!?」
 ホプキンズの眼が大きく見開かれた。一射目からほぼ間髪を入れず第二射が来たからだ。
 「私達が何の用意もせずにここへ来ているとでも思っていたのか!?」
 解放軍に近寄ることすら出来ず撃ち倒されていく親衛隊の将兵達を見ながらオイフェは言った。騎兵隊の突撃に対し解放軍は『多段斉射』でもって対したのだ。
 まず一組目が撃ち後ろに下がり二組目が撃つ。二組目が下がり三組目が撃つ。そしてそれを繰り返す。戦術としてはフリージの誇る雷騎士団が得意とする『カラコール』等があり取り立てて斬新な戦術ではない。ただ解放軍にまさかこれだけ正確に魔道を使える技能があると思っていなかった親衛隊は狼狽した。
 「よし、次だ!」
 今度は投石器から巨大な岩が放たれた。岩石は放物線を描き親衛隊目がけ落下する。
 岩石が兵士の頭を直撃した。首から上を棒で割られた西瓜の様に四散させ兵士が落馬する。岩はバウンドし別の兵士の腹を直撃する。それが次々と放たれ頭上から襲い掛かる。同時に前からは弓と魔道が斉射される。
 弓と魔道と投石の攻撃により親衛隊が恐慌状態に陥ったその時彼等の上空に新たな脅威が現われた。
 「ペガサスナイト!」
 今度はペガサスナイト達だった。弓騎兵達がしきりに動き弓を放つ。だが天馬達は弓の射程内には決して入ろうとせず遠巻きに飛ぶだけだ。だが親衛隊はそれに惑わされかろうじて保っていた陣が崩れてしまった。それは全てオイフェの読み通りであった。
 「よし、弓部隊及び魔道部隊は全軍一斉射撃!その後騎兵隊全軍突撃!」
 「おお!!」
 弓が空を埋めんばかりに放たれ炎や雷が壁として敵を撃ち、解放軍の全騎兵が一斉に地響きを立てながら突進して来た。
 「ヒイイイイイイイッ!」
 悲鳴を上げた兵士の頭へヨハンが勇者の斧を振り下ろす。続けて横の兵士の胸を薙ぎ払う。ただの力技ではない。技と速さまで併せ持っている。
 騎兵隊と呼応して天馬達も急降下して来る。竜騎兵達もいた。
 ダナン王の誇った親衛隊は今や為す術も無く今まで自分達が行ってきた悪行を裁かれる罪人の集まりに過ぎなくなっていた。次々に倒れていく。
 その中にホプキンズがいた。オイフェは他の騎兵達を斬り倒しながら彼の方」へ突き進む。
 「ホプキンズ!今までの悪行の報い思い知るがいい!」
 「くっ!」 
 オイフェの剣がホプキンズの左肩から心の臓まで切り裂いた。剣を振る間も無かった。
 鮮血が間欠泉の如く噴き出す。それに構わずオイフェはホプキンズの首を刎ねた。首は天高く飛び上がりオイフェの右手がその髪を掴んだ。
 「奸賊ホプキンズ、成敗したり!」
 解放軍の間から喚声が湧き上がる。オイフェは続けた。
 「親衛隊は一人たりとも生かして帰すな!」
 所詮は王の名の下蛮行を繰り返すだけの連中である。解放軍の敵ではなかった。
 戦局は一方的な殺戮に等しいものとなっていた。親衛隊の将兵達は坂道を転がり落ちる様に逃げる。それを解放軍が火が点いた様に攻め立てる。親衛隊の後方には歩兵部隊が続いていたが彼等はその歩兵達の陣へ雪崩れ込んだ。
 「どけ、道を開けろ!」
 親衛隊の兵士達が助かりたい一心で味方であるイザークの兵士達に毒の剣を振り回す。
 「何という奴等だ」
 自分だけが助かりたいが為に味方に剣を振るう。その光景を見てディーンが一言漏らした。彼のいたトラキア軍は王の下強い団結心を持っており、仲間に剣を振るう事はおろか、見捨てる事さえ考えられぬ事であった。
 「嫌な光景だな。生きてる資格が無えな」
 彼等を良く知るヨハルヴァでさえ不愉快さを露にしていた。平野に入った解放軍は騎兵隊と飛兵隊が左右に分かれた。中央には歩兵隊及び魔道部隊が押し寄せる。
 「鎌ィ足と弓が同士討ちにより混乱しているイザーク軍へ向けて斉射された。多くの兵達が傷付き倒れたところへ歩兵達が切り込む。
 ハルヴァンが鋼で出来た大斧を右に左に振り回す。厚い鎧を何無く叩き割りイザーク兵達を血に染めていく。
 彼の隣ではオーシンが縦長になった斧頭を持つ変わった形の斧を振っている。プージという。あまり知られていないが扱い易くオーシンはそれを片手に軽々と闘っている。マーティは自分の身体程もある戦斧を敵兵の頭へ振り下ろす。兵士は兜ごと頭を両断された。
 彼等に増して力を振るう者がいた。ダグダである。数十キロはあろうかという鎚を丸太の様な両腕で右に左へと振るう。それを受けた兵士達は皆岩の直撃を喰らった様に潰れていった。
 「どけどけえ!死にたくない奴は野郎は俺の前に出るんじゃねえ!」
 勇者の斧を両手に持ちヨハルヴァが突き進む。彼の周りで首が、腕が、胴が乱れ飛びさながら鬼神の如きである。
 戦局は解放軍に分があるのは誰が見ても明らかであった。親衛隊は最早殆どが討ち取られ、中には剣を向けた味方に返り討ちに遭っている者もいた。将兵達の中には投降する者も現われだしておりイザーク軍は壊滅寸前という有様であった。その中で軍を立て直そうと必死に奮闘する者もいた。
 「怯むな!敵の数、多くはないぞ!」
 馬上で斧を振りスレッダー将軍は崩れていく自軍を懸命に叱咤激励し立て直そうとする。だが戦死する者、投降する者、傷付く者はイザーク軍の将兵ばかりであり解放軍に空と陸から暴風さながらの攻撃を受け続けていた。斧騎士団もその数を減らしていきスレッダーの前にも一騎の若い騎士が現われた。
 「敵将とお見受けした、勝負!」
 デルムッドである。左手で馬の手綱を握り、右手に銀の大剣を持っている。既に幾人も倒したのであろう、剣は血に染まっている。
 「面白い、我が名はスレッダー。この名にかけ卿の誘い受けよう!」
 「有難い、我は解放軍の騎士デルムッド、参る!」
 「デルムッドか、覚えておくぞ!」
 デルムッドの大剣とスレッダーの斧が撃ち合った。十合、二十合と撃ち合わされたがやがてスレッダーの斧の動きが鈍くなってきた。それを逃さずデルムッドは剣を一閃させた。
 スレッダー将軍は胸から血を噴き出し落馬した。そして血の海の中小さく呟いた。
 「負けたか・・・・・・」
 そして事切れた。

 軍の後方にある本陣で数人の斧騎士団将校達とガルザスに守られダナン王は全体の指揮を執っていた。だがその指揮たるや支離滅裂であり相矛盾する命令を乱発し、戦局を更に混乱させていくばかりであった。
 「ぬうう、役立たず共が!」
 解放軍は本陣のすぐ前まで近付いて来た。激しい戦闘がダナン王の前で繰り広げられている。
 「くそっ、忌々しいがここは撤退だ」
 王は呻く様に言った。顔が真っ赤である。
 「馬をもて。わしは先に城へ帰る。御前達はここで足止めをしておれ」
 「陛下、いくら何でも王が臣下を見捨てるなどは・・・ぐうっ!」 
 将校の一人が口から血を噴き出し倒れた。王が切り捨てたのだ。
 「貴様等はわしの為だけに戦えばいいのだ。主の為に死ねるのだから本望であろう」
 「・・・・・・・・・!!」
 その言葉に絶句する斧騎士団の将校達を尻目に王は馬に乗り一目散に城の方へ駆けて行った。主君の王にあるまじき卑劣な行いに斧騎士団の騎士達は顔面蒼白になっていた。ただガルザスだけが平然としていた。
 「ガルザス殿、如何致しましょう」
 ガタガタと声を震わせながら騎士の一人がガルザスに問う。彼はその鋭い濃紫の瞳を解放軍に向けたまま重く低い声で言った。
 「知れたこと。戦うまで」
 さらに続けた。
 「どうせ何時かは死ぬ身。今ここで死んでも俺にとって別にどうという事はない」
 言い終わると背の大剣の柄に手を掛けゆらりと解放軍の方へ向かって行った。
 目の前では解放軍の戦士達が縦横無尽に剣を振るっている。その中にマリータの姿があるのを彼は認めた。
 「・・・・・・・・・!」
 小さい身体を素早く動かし敵を次々と斬っていく。それを見てガルザスは足を止めた。
 (ここに来ていたのか)
 ガルザスは誰にも気付かれぬ程ではあるが親が子を見る様な優しい光でマリータを見た。
 (まだ未熟だが立派になったな。まさか生きているとは・・・・・・)
 ガルザスは足を完全に止め後ろの騎士達の方へ向き直った。
 「気が変わった。俺は解放軍につく」
 「ええっ!?」
 騎士達が皆一様に驚いた。だがそれに対しガルザスは構わず騎士達に言った。
 「御前達は自分で考えろ。戦って死ぬも良し。降って生きるもよし」
 更に言う。
 「だがあの王の為に死ぬのが望みではあるまい。ダナン王とセリス公子、どちらが主とするに相応しいか解かっている筈だ」
 続ける。
 「セリス公子に仕えたくないというのならヨハン、ヨハルヴァ王子の下に行けばいい。あの二人は多少変わっているがひとかどの人物だ」
 騎士達は俯き思案の表情を浮かべていた。
 「といっても結論はでているだろう」
 ガルザスの言葉に騎士達は頷き皆一斉に己が武器を地に捨てた。

 部下達を棄てて逃げ出したダナン王は居城リボー城の城壁のすぐ側まで来ていた。馬は乗り潰し徒歩である。汗と砂塵にまみれ肩で息をしている。高い城壁である。城の規模も壮麗さも他のイザークの城とは比較にならない。ダナン王が生まれ故郷ドズル城に似せて造らせた城である。建造には多くの民の犠牲があった。イザーク王国の王都として知られている。その城壁の前で王は忌々しげに戦場の方を見た。
 戦闘は既に終わっているようだ。反乱軍の勝利に終わったらしくセリスを讃える声が王の耳にも入って来る。
 「糞・・・このわしがあの小僧の寄せ集めの軍に負けたというのか・・・」
 夕陽の中汚れ斬った顔を橙に照らし出され王は悔しさと怒りの入り混じった表情を浮かべている。その時だった。
 「遅かったな、ダナン」
 城壁の上から声がした。それも王である自分を呼び捨てにして、だ。
 「誰じゃ、わしを誰と・・・・・・」
 顔を見上げたまま王は言葉を呑んだ。城壁にはドズルの旗ではなくシアルフィの旗が林立し城壁には自分の手足として暴政の手助けをしていた。大臣や貴族達の首が置かれていた。そして城壁の上に立つようにして緑の髪に白面の男がいた。
 「レヴィン・・・・・・」
 「リボー城は陥落した。貴様の部下達も全て処刑した。残るは貴様だけだ」
 「くっ・・・・・・」
 城壁に背を向け王は別の方へ逃げようとした。
 「逃げられんぞ」
 レヴィンが声を掛けたその時ダナン王の前に現われた者達がいた。
 解放軍であった。セリス、オイフェをはじめとした解放軍の主だった将達は全員いた。その中にはヨハンとヨハルヴァもいた。
 「この馬鹿息子共!女に惑わされ親に刃をむけるとはどういうつもりじゃ!」
 二人の息子を指差し口から泡を飛ばしつつ口汚く罵る。それを見てヨハンは言った。
 「それは父上が御自身を振り返ってから仰って下さい」
 ヨハルヴァも言った。
 「俺達はもう親父のやり方に愛想が尽きたんだ。悪いがもう縁を切らせてもらうぜ」
 王は肩をワナワナと震わせた。
 「こ、この・・・・・・」
 完全に逆上していた。セリスが前に出て来た。
 「ダナン王、今まで貴方の暴政により多くの者が苦しみ死んでいった。今その報いを受ける時だ!」
 と言い剣を抜いた。しかしそれを城壁の上のレヴィンが止めた。
 「止せ、セリス。こいつは私がやる」
 そう言うやいなや城壁の上から飛び降り脚を折り曲げ手を着け着地した。その姿を見てフィーは声をあげそうになった。
 「貴様の相手は私がしよう。久々の実戦になるしな」
 「くっ・・・・・・」
 「どうした?自害するか?それも良いだろう。せめて最後は王らしく死ね」
 「ぬ、ぬおおおおおっ!」
 レヴィンの挑発に切れた王は斧を振りかざしレヴィンへ突進した。レヴィンは眉一つ動かさずそれを冷静に見ていた。
 「馬鹿が・・・」
 一言呟くと右手を肩の高さに掲げた。
 二つの影が交差した。レヴィンは風にマントをたなびかせながら不動の姿勢だったがやがて王の方を見た。
 ダナン王は斧を振り下ろしたままの姿勢で止まっていた。やがて斧を持つ手が肘からオチ右肩から左脇にかけ鮮血が噴き出た。次に左腕が肩から落ち両脚の膝から血が噴き出た。最後は首がゴロリとオチ夕陽に染められた血の海の中に沈んだ。

 ダナン王の死をもってリボー会戦は終結した。参加した兵力は前述の通り解放軍四万、イザーク軍七万。損害は解放軍数千に対しイザーク軍三万近く、特に親衛隊は全騎討ち取られその首は王やその家臣達と共々リボー城の城門に晒される事となった。残ったイザークの将兵達は解放軍に組み込まれ解放軍はこの会戦の勝利によりイザーク全土と多くの兵力を手に入れる事となった。
 



イザークを何とか解放したね。
美姫 「本当ね。でも、まだ序の口」
そう。まだまだ、厳しい道のりが…。
美姫 「次はいよいよ、第一幕のラスト!」
さーて、どんなお話かな〜。



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