第四幕 二人の王子
フィー、アーサー、リフィス達が山賊達を成敗しそれぞれ解放軍へ足を進めていた頃解放軍はガネーシャ南でイザークのヨハン、ソファラのヨハルヴァの軍双方と対峙していた。軍は解放軍一万五千、両王子の軍二万と戦力的には解放軍不利であったがどういう訳か両王子は兵を全く進めようとはせず双方睨み合いの形となっていた。
「何か妙な事になってるね」
天幕の中に置かれた作戦会議用の机を前にセリスは言った。机には地図が広げられ解放軍とヨハン、ヨハルヴァの軍それぞれを表わす駒が置かれていた。
「もうこの状態になって三日になるというのにヨハン王子もヨハルヴァ王子も守りを固めるだけで全く動かない。一体どういう事なんだ」
訝しげに地図を見るセリスを見てスカサハとロドルバンが思わず吹き出した。
「セリス様、ひょっとして御存知ないんですか?」
「えっ、何を?」
スカサハの言葉にセリスはきょとんとした。ロドルバンが真相を打ち明けた。
「ヨハンはラクチェに、ヨハルヴァはラドネイにそれぞれベタ惚れなんですよ。ですからあいつ等軍を動かさないんですよ」
「えっ、そうなの!?」
「ち、違います違います」
「そうですよ、何で私があんなガサツな奴を・・・・・・」
ラクチェとラドネイが顔を真っ赤にして必死に真実を覆い隠そうとする。それをスカサハが剥ぎ取った。
「あいつ等そんな訳で俺達と戦いたくないんですよ。むしろラクチェやラドネイの側にいられるから解放軍に入りたがっている位でしょうね」
「そうか・・・。あの二人はダナン王の暴政にも終始反対していたし悪い人間じゃない。それに腕も立つ。是非解放軍に入れたいな。どうしようか」
「使者を送れば宜しいかと」
オイフェが献策した。
「よし、そうしよう。その使者は・・・・・・」
「適役が二人いるじゃないですか」
レスターとディムナが悪戯っぽく片目をつむって適役の二人を親指で指差した。指された二人の顔にまた火が点いた。
「よし、じゃあ行ってくれ二人共。デルムッド、トリスタン、馬で送ってくれ」
「了解致しました」
了解していないのが二人いた。
「ちょちょっとセリス様それだけは・・・・・・」
「そうです、私はどっちかというとオイフェさんやホメロスさんみたいな人がよろしいかと・・・・・・」
二人がわたわたと慌てふためいて顔を真っ赤にして懸命に断ろうとする。他の者はそれを見てクスクスと笑っているが当の本人達は必死である。他に笑っていないのは骨の髄まで騎士道精神が入った『堅物の中の堅物』オイフェとその愛弟子でそういう事には疎いセリスだけである。そのセリスが二人に知らず知らずに引導を渡した。
「頼む。これには解放軍全体の生死が関わっているんだ。二人共是非行ってくれ」
「・・・・・・解かりました」
青菜に塩を振りかけたようにラクチェとラドネイはうなだれデルムッドとトリスタンに連れられて天幕を出た。まだ周りが笑い転げているのを全く理解出来ていないセリスであった。きょとんとし、何故皆こんなに笑っているのか、とオイフェに目で問うたがオイフェも解かりません、と首を横に振り腕を組み首を傾げるばかりであった。
ーイザーク・ヨハン軍陣地ー
「殿下、リボーから反乱軍を討てとの伝令が来ておりますが」
L字陣の下の部分であるヨハン軍本陣でロナンが主に報告する。
「ううむ・・・・・・」
ヨハンが呻く様な声を出した。
「如何致します?まだ動かないでおきますか?」
「うむ。もう二三日待とう。それで何も無かったら一応攻撃しよう」
「解かりました」
「ラクチェ・・・・・・」
解放軍の方を見てヨハンは愛しい者の名を呟いた。その時解放軍の方から話し合いを求める白旗を掲げた一騎の使者が現われた。
「誰だ!?」
オーシンとハルヴァンが迎えに出た。やがて二人は酷く慌てた様子で陣に戻って来た。
「一体どうしたというのだ?」
凄まじい勢いでヨハンの方へ駆け込んで来た二人を見て彼は不可解そうに尋ねた。
「反乱軍からのし、し、し、使者ですが・・・・・・」
いつも冷静なハルヴァンさえもが完全に取り乱している。
「使者が!?」
ヨハンは更に突っ込んだ。
「デルムッドと・・・・・・」
オーシンも酸欠の川魚の様に口をパクパクさせている。
「デルムッドと・・・・・・?」
完璧なタイミングでハルヴァンとオーシンの声が合った。
「ラクチェです!」
「ラクチェ!!」
その名を聞くや否やヨハンは喜び勇んで白旗の方へ駆けて行った。その後をロナン、そして肩で息を切らしながらもオーシンとハルヴァンが必死に追いかけて行く。
「ラクチェーーーッ!」
両手を思い切り広げてヨハンはラクチェへ突っ込んで来る。それを見てデルムッドは引いたが当のラクチェは整った眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰した顔で見ている。
「ああ、遂にこの時が・・・・・・」
抱き締めようとしたその瞬間ラクチェはヨハンの顔を右手の平で思い切り押し止めた。
「えーーーーい、うっとうしい」
「ふふふ、つれないな。だがそんな所も私は好きだ」
俯き目を閉じ右手でヨハンを制したまま左の人差し指を額に当て眉をひくひくさせた後ラクチェは口を開いた。
「絶対に来たくはなかったけれど。・・・・・・ヨハン」
「何だい?我が愛しき人よ」
腰の剣に手を掛けそうになるが思い止まり言葉を続ける。
「セリス様からお誘いよ。解放軍に入って一緒に戦わないかって」
「え!?」
「どうすんの?あんたもお父さん裏切る訳になるし心苦しいだろうから無理強いはしないわよ」
「・・・・・・そんな事は決まっている」
ヨハンはラクチェを見て微笑んだ。それを見てラクチェの全身に悪寒が走った。
(これはやっぱり・・・・・・)
ヨハンが今から最も危惧している事を言うのだと直感した。
「皆」
ヨハンは自分の軍の方を向いた。そしてラクチェが最も怖れていた言葉を発した。
「今より我が軍はセリス公子の軍と合流する。そして帝国の圧政に苦しむ民衆の為、正義の為に戦う!異存は無いな!」
ヨハンの軍からオオーーーーッと賛同の雄叫びが沸き起こる。その雄叫びの中ラクチェはがっくりと肩を落とした。しかしヨハンはその両肩を強く抱き締めた。
「ラクチェ、私達はこれでいつも一緒だ。もう離さないぞ!」
満面に笑みを浮かべるヨハンであった。
ーソファラ・ヨハルヴァ軍陣地ー
ラクチェとヨハンが陣で話していた全く同じ時ラドネイとヨハルヴァも会っていた。
「来てくれたんだな、嬉しいぜラドネイ」
天幕の入口で立ちながら話をしているヨハルヴァの顔からは笑みがこぼれそうだ。
「ヨハルヴァ、セリス様から伝言よ」
いかにも嬉しそうなヨハルヴァに対しラドネイは腕を組んでそっぽを向きつっけんどんに話す。
「解放軍に入らないかって。まあ強制はしないわよ。あたしは別に戦ってもいいんだし。それにあたしは・・・・・・んっ!?」
ラドネイの口をヨハルヴァは自分の手で塞いだ。
「むぐっ!?(な、何すんのよ!)」
「その先を言う必要は無えぜ」
ヨハルヴァは小さく首を横に振り言葉を続ける。
「んっ、んんーーーーっ!(離しなさいよ、ちょっと!)」
必死に逃げようとするが叶わない。
「野郎共!」
ラドネイを押さえながら自分の軍に大声で言う。
「俺達は今から解放軍だ!理屈はねえ!いいな!!」
「おおーーーーーーーーーっ!」
「むぐぅっ、んっ、んむーーーーっ!(ちょちょっとあんた達、あたしの言う事最後まで聞きなさいよ!)」
「ラドネイ、俺は御前の為に戦うぜ!」
「はむう、あうーーーーっ!(ふ、ふざけないでよ、何であたしがあんたなんかと!)」
「片時だって離れるもんか!」
「んーーーーっ!!(嫌あーーーーっ!!)」
ヨハルヴァに抱き締められラドネイは何回も高く振り回されていた。
こうして、解放軍に新たな戦力が。
美姫 「親の絆よりも、女なのね」
まあ、親が親だし。
この辺りは、原作通りだね。
まあ、二人共仲間に入っているから、現実には少し違うけど。
美姫 「さー、次回が楽しみよ」
早速、次を読むとしますか。