第三幕 天馬と魔道師と盗賊と


 解放軍が峡谷の戦いに勝利を収めガネーシャ城に入城したとの報はいち早くリボー城のダナン王の下に届けられた。
 「ハロルドめ、何をやっておった!」
 ダナン王は激昂した。その周りにはドス黒い軍服に身を包み胸に犬の首と箒の紋章を飾った者達が控えている。王の親衛隊だ。
 散々怒鳴り散らし周りの物を壊し尽くした後ようやく落ち着きを取り戻したダナン王は肩で息をしつつ家臣に命令を下した。
 「ヨハンとヨハルヴァに叛徒共を討伐するよう伝えろ、一人も生かして返すなとな!」
 「はっ!」
 かくしてイザーク城城主ヨハンとソファラ城城主ヨハルヴァに反乱軍討伐の令が下った。使者達はすぐさまそれぞれの城へ向かった、

 ーイザーク城ー
 ダナン王の次子ヨハンが城主を務めるイザーク城はイザーク南東部にあった。王国の名の由来ともなっているイザーク地方はリボーから見て高地にあり、イザークとリボーの間は長く穏やかな坂になっている。人口密集地であり国都でもあるリボーと比べると流石に劣るがなかなか豊かな地方であり城主ヨハンは多少風変わりながらも父に似ず暴政や弾圧を嫌い、イザークの民からも慕われていた。そんな彼に今深刻な問題が突き付けられていた。
 「やはり反乱軍を討伐せよ、と仰ってますか」
 青い髪と瞳のまだあどけなさが残る若者がヨハンに問うた。ヨハンの部下であるボウファイター、ロナンである。茶色のズボンと胸が大きく開いた上着の上に白い服を着ている。
 「うむ。一刻も早く出撃しろと言って来ている」
 茶色の髪に黒い瞳、凛々しい顔立ちの青年が渋い表情で言った。彼こそイザーク城城主ヨハンである。青い軍服に白のズボン、黄色のマントとブーツを身に着けている。
 「では早速出撃いたしますか?」
 濃茶のやや長い髪と瞳の大柄な若者が主君に問うた。オーシンという。白いズボンに緑のシャツ、その上から肩当を着けている。斧の使い手として知られている。
 「そうすれば私はあのラクチェと剣を交えなければならない。それは嫌だ」
 「しかし出撃なさらないと王から何を言われるか解かりませんよ。王は実子に対してもお厳しい方です」
 やや短めの薄い茶の髪と瞳の男が言った。アクスファイターでハルヴァンという。オレンジのズボンと黄土色のシャツを着ている。ごつい外見に似合わず頭が切れることで知られている。
 「そうなのだ。父上は誰に対しても容赦なさらぬ。例えそれが私やヨハルヴァでもな」
 顎に手を当てヨハンは考え込んだ。暫くして口を開いた。
 「出撃しよう」
 はっ、ですが・・・・・・」
 「兵は動かさぬ。迎え撃つという口実でな。それならば父上も文句はあるまい」
 「はい」
 ロナン、オーシン、ハルヴァン等は出撃の準備に取り掛かるべく部屋を後にした。それを見つつヨハンはひっそりと
呟いた。
 「ラクチェ、出来る事なら闘いたくはないが」
 深い溜息と共にヨハンは部屋を後にした。出撃してからも彼の表情は冴えなかった。

 ーソファラ城ー
 イザーク西部はソファラ盆地という。高い山々に囲まれた広い盆地であり丁度ガネーシャとイザークの中間にその入口がある。湖沼が多く土地は肥えているが十分に開拓されているとは言えない。人口もあまり多いとは言えない。その中で最も豊かな地域にソファラ城はあった。
 城主ヨハルヴァは短気で口が悪いが豪快で気さくな人物として知られていた。そんな彼にも兄とおなじ難問が飛び込んで来た。
 「反乱軍を叩けだあ?冗談じゃねえぞ」
 茶の髪と瞳の荒削りな顔立ちの若者が苦々しげに言った。ソファラ城城主ヨハルヴァその人である。緑の軍服を肩に掛け白いシャツとブーツ、緑のズボンを着けている。手首には白い布を巻いている。
 「しかしそうも言ってはいられませんよ。王は御自身の仰る事に従わぬ者に対しては残忍極まりない御方です」
 小山の様な大男が低くドスの効いた声で言った。ダグダという。元は山賊であったがヨハルヴァの人柄に惚れ込み帰順してその部下になった。怪力で知られまた気概のある人物として有名である。濃い髭が顔を覆い、髪はバンダナで包み白っぽいズボンに濃黄色のシャツを着ている。
 「それは俺と兄貴が一番良く知っている。何せ生まれた時から親父の側にいたからな」
 「でしたらすぐ出撃すべきです」
 茶の髪と黒い瞳の素朴な外見の大男がその外見からは思いもよらぬ小さな声で言った。白いズボンに濃茶のシャツを着ている。
 「簡単に言ってくれるな、マーティ。向こうにはラドネイがいるんだぞ」
 「すいません」
 「いや、謝ることはねえけどよ」
 「けど殿下、結局は出撃しないとどうなるか解かりませんよ」
 黒いショートの髪と瞳の小柄で少年の様な外見の女の子が言った。赤がかった黄色のズボンに黄緑の上着を着ている。
 「おいタニア、殿下に対してそんな言い方は無えだろ」
 ダグダがタニアを叱るがタニアは反発した。
 「何言ってんのよ、父ちゃん。父ちゃんだって殿下の御前で平気でガラガラと笑ったりむしゃむしゃ熊みたいに食べたりしてるじゃない」
 「うっ・・・・・・」
 「それに今は率直に言った方が殿下にとってもいいわ。そうでしょう、殿下」
 「ああ、まあな」
 「ほら、殿下もこう仰ってるわよ。解かった?」
 「糞っ、本当に口の減らない奴だ」
 「父ちゃんの娘だもん」
 「全く・・・・・・。すいません殿下、よく躾ときますんで」
 「構わねえよ、俺は体裁や奇麗事が嫌いなんだ。それよりも考えたんだがやっぱ出撃するぞ」
 「え!?」
 驚いた三人を前にヨハルヴァは続けた。
 「ただしソファラの入口辺りで動かない。これで親父の命令は一応果たしているしラドネイとも喧嘩にならない。どうだ、名案だろう」
 「はい」
 「じゃあ行くぜ」
 「おう!」
 勇ましい声を挙げ三人とヨハルヴァは部屋を出た。そして出撃しソファラとガネーシャ、イザークの境で進軍を止め動かなかった。

 ヨハン、ヨハルヴァ両王子の軍が解放軍を迎撃に出るふりをして軍を止めていた頃ソファラに四騎の天馬が舞い降りた。その中の一頭から一人の少女が飛び降りた。
 「御苦労様、マーニャ。もう少しよ」
 緑のショートヘアをしたエメラルドの瞳を持つ小柄で可愛らしい少女である。膝まであるスリットの入った白い上着に白ズボン、灰色のブーツと白い胸当てを身に着け、イヤリングと白いバンダナで飾っている。
 「へえ、このペガサスマーニャっていうのか」
 ペガサスの背に乗る長い銀髪に紫の瞳をした女性的な顔立ちの若者が言った。白い上着とズボンの上から青いベストを着、白マントを羽織っている。
 「やっと着いたわね、アーサー」
 「ああ、今まで有り難うフィー」
 「いいわよ、お互い様。ところであんたこれからどこ行くの?」
 「レンスター」
 「レンスター!?あんな遠くまで!?」
 呆れてフィーが思わず声をあげる。
 「うん。ちょっと妹を探しにね」
 「妹さんがどうかしたの?」
 「うん、実は妹が危ないんだ」
 「どうして?」
 「俺がトーベで神父をやっていたって話はしたよね」
 「ええ」
 「あれは父さんが病で死んで半年程経った頃かな。家にある人が尋ねて来たんだ。父さんのお墓に参りにね。その時俺の父さんが本当はヴェルトマーのアゼル公子で母さんはフリージのティルテュ公女だと話してくれた。その証がこの痣だと言ってね」
 そう言って左手の甲にある痣を見せる。青い炎の形をした痣だった。
 「そしてティニーという妹がいることも教えてくれた」
 「ふうん。あんたお坊ちゃんだったんだ」
 「まあそういうことになるかな。今はしがない村の神父だけれど」
 「ところでそのお客さんって誰?」
 「解からない。紅い髪をしたすごく気品のある男の人だった。その人は俺に言った。妹は今レンスターにいるがヒルダ王妃に命を狙われている。たすけに行けってね。そして家のどこかに父さんが残した魔道書があるから探して持って行くように言った。探し出して家から出た時もうその人はいなかった」
 「何か物語みたいな話ね。けどあたしも似たような境遇だしね」
 「フィーも誰か探してるの?」
 「一応兄さんを。けれど今は解放軍に入れてもらう方が先」
 「兄さんって誰?」
 「セティっていうの。知ってる?」
 「十二神器の一つフォルセティを受け継ぐあの大賢者かい?」
 「あれっ、やっぱり知ってたのね」
 「有名だよ・・・って事は御前シレジア王と四天馬騎士の間の娘か」
 「言ってなかったっけ」
 「初耳だぞ」
 「ちなみにフェミナはマーニャ叔母さん、カリンはパメラさん、ミーシャ姉さんはディートバさんの娘よ」
 「・・・四天馬騎士二世揃い踏みかよ」
 「そういう事、解放軍に入る為にシレジアからここまで来たのよ。あんたも入る?」
 「うーーーん、解放軍も多分レンスターへ行くだろうしな、そうさせてもらうか。いいかな、アミッド、アスベル、スルーフ」
 「俺はそれでいいよ」
 後ろのペガサスから前を長くした緑の髪と髪と同じ色の瞳をした細面の若者が降りてきた。彼がアミッドである。緑のズボンと軍服、青いマントとブーツを着ている。
 「メルゲンのイシュトー王子の下にいる妹と救い出すにはその方がいい。リンダをヒルダの魔の手から救うにはな」
 「イシュトーって『雷帝』?」
 アミッドの乗っていた馬に乗る少女が聞いた。フィーと同じく緑のシュートにエメラルドの瞳、背はフィーと同じ位で顔はフィーより大人びた感じがする。淡い桃の色のスリットの入った上着にズボン、白の胸当てとブーツを身に着けている。
 「ああ、そうだ。すごく出来た人で人質のリンダも可愛がってくれている。しかしあの人でもヒルダから守りきれるか
どうか・・・・・・」
 「それで妹さんを救う為メルゲンから出て来たのね」 
 アミッドはメルゲン伯の父とティルテュの妹とん間に生まれた。両親の死後跡を継ぎメルゲン城の城主となったが妹の話を聞き彼女を救う為すぐに城を出た。留守の間のメルゲンの事は人格者で知られるヴェルダン総督スコピオ公に頼んだ。密かに理由を聞いたスコピオはそれを快く引き受けた。
 「でフィノーラで」
 「私達と会ったのよね」
 緑のショートヘアに同じ色の瞳をしたフィー達と同じ位の小柄で可憐な少女が別の馬から降りながら言った。薄緑のスリット入りの上着にグレーのズボン、白い胸当てとブーツを着ている。彼女がカリンである。
 「そういう事」
 「まあこれも何かの縁ね。君もそう?アズベル君」
 カリンは同じ天馬に乗っていた少年に声をかけた。女の子と見間違うばかりの整った顔にきめ細かな肌、緑の髪と瞳、青い服とズボン、これまた青のマントとブーツと青一色の服装である。
 「いえ、僕はシレジアのセイレーンに生まれました。けれどセティさんに憧れて魔道師になってここへ向かったんです」
 「なんかアーサーもアミッドもアズベル君も偶然私達と会ったのね」
 フィーが言う。
 「本当。私達なんか四人共解放軍に入る為にここまで来たのにね」
 フェミナも言った。カリンもそれに続く。
 「大体途中で行き倒れたらどうするつもりだったのよ。レンスターまで遠いわよ」
 「そこまでは考えてなかったな」
 アーサーはきょとんとして言った。アミッドも同じであった。
 「何とかなると思ってた」
 「絶対にここまで来れるって信じていました」
 アズベルも似たようなものである。
 女性三人組は一言漏らした。
 「あっきれた」
 その時六人の後ろから声がした。
 「皆お話中悪いけど」
 大人の声だった。フィー達と比べると長身で顔立ちも大人の女性の美しさがある。やや長めの緑の髪と瞳を持ち空色の上着に黒いズボン白のブーツに胸当てを着けている。ミーシャである。
 「そろそろ行きましょう。解放軍は今ガネーシャにいるそうよ」
 「あ、はい」
 「じゃあ行きますか」
 六人は再び天馬に乗った。ミーシャのペガサスを先頭に楔形の陣形で四騎は天に上がった。すぐにミーシャは後ろに乗る青年に声をかけた。
 「スルーフさん、すいません。何か妙な一行にいれてしまいました」
 「いえいえ、旅は一人より大勢の方が面白いですよ」
 金髪碧眼の気品のある顔立ちの美しい青年である。細い普通位の背を持ち手首や裏地を紫で彩った膝までの白い法衣とズボン、ダークグレーのマントで覆っている。
 「ブラギの塔でクロード様に言われて『世界を救う光となる者』を探す為旅に出て早一年、その間色々とありましたが今はこれまでになく楽しい気分です。それもミーシャさんや皆さんのおかげです」
 「そんな・・・・・・」
 「それに私も解放軍のセリス公子やシャナン王子には以前より興味がありました。彼等とも一度はお会いしたいと思っていたのです」
 「そうだったのですか」 
 暫くして一行の眼前に三つの小さな村が見えてきた。そしてそこへ向かう怪しげな一団も。
 「賊みたいね」
 ミーシャがその整った眉をしかめた。
 「私達とカリン達が一つ目の村、フィーとフェミナ達が二つ目の村、そして最後の村はそれぞれの村の賊を倒してから急行する、それで行くわ」
 「ええ、それでいいわ」
 「行くわよ!」
 アーサー、アミッド、アズベル、スルーフが天馬から飛び降り、ミーシャ、フイー、フェミナ、カリンは天馬の速度を速めそれぞれの村へ急行した。風が動いた。

 村では山賊の一人が民家の扉を斧で叩き破り、中年の夫婦と子供達を脅して僅かな金目の物や食料を巻き上げ悦に入っていた。
 「へっへっへっ、たまんねえなあ」
 干した豚肉を葡萄酒で流し込みながら山賊は下品な笑い声をあげた。
 「戦争が起こってくれてうっとおしい兵隊共が他所へ行っちまうなんてな。おかげで俺達は楽に町や村を襲えるってもんだ」
 「そいつは良いな」
 後ろから声がした。
 「おう、そうだろう。弱い奴等から巻き上げた酒や食い物を頂くってのはな」
 「しかしそれも最後だな」
 「へっ、何でだ!?」
 「御前が今ここで死ぬからだ」
 「何い!?」
 山賊が振り向いた場所にはアーサーが立っていた。肩の高さで上へ向けて開かれた手の平には紅い炎が人魂の様に燃え盛っている。足下には二人の山賊が炎に包まれ倒れている。
 「貴様、何者だ!?」
 炎を手に見構えつつアーサーは山賊を仮面の様に全く表情を変えず見ている。
 「これから死ぬ奴に言う必要も無いだろう」
 「手前!」
 山賊はいきり立ってアーサーに向かって来た。アーサーはゆっくりと手を前に出し火球を撃ち出した。
 「ファイアー!」
 火球が山賊の腹を直撃した。吹き飛ぶ様な姿勢で動きが止まった次の瞬間もう一撃が山賊の頭部を直撃した。
 「弱いね。やっぱり山賊なんてこの程度かな」
 「あれっ、まだ三人しか倒してないの?」
 民家の上からからかう様な声が聞こえた。
 フィーである。
 「そういうフィーは何人倒したんだよ」
 ムッとした顔でアーサーは上を見上げる。
 「私?私は六人よ」
 得意そうにアーサーを見下ろすフィーをアーサーはにやりと笑って見返した。
 「勝った。七人」
 「えーー、嘘」
 「嘘なもんか。全員ファイアーかエルファイアーで倒してるからすぐ分かるぜ」
 「うっ、やるわね。綺麗な顔して」
 「おいおい、それは俺が言う言葉だぜ」
 「なっ・・・・・・」
 フィーは顔を紅くして飛び上がった。
 「とにかく・・・負けないわよ!」
 捨て台詞を残しフィーは飛び去っていく。ハイハイと手を振り見送るアーサーは内心思った。
 (中々面白い奴だな)
 だが数秒後断末魔の叫びとフィーの声が聞こえてきた。
 「アーサー、これで五分五分よおっ!」
 (負けん気の強い奴だ)
 呆れた。

 「エルサンダー!」
 アミッドがアンダースローの要領で投げた雷が山賊を直撃する。腹を撃ち抜かれ山賊は大地に伏す。
 「どうする?残るは御前一人だが」
 すっかり気負わされ壁に背をつく山賊を前にアミッドは冷たい声で言った。山賊の仲間は既に何人か死体になり転がっている。
 「降伏するなら命は助けてやる。ただし二度と村人達を苦しめないという条件付きだがな」
 「くっ、くそ・・・・・・・・・」
 山賊の背は完全に壁についた。アミッドが迫って来るように感じられた。
 「ちっ、ちくしょおおおおお!」
 自暴自棄になり斧を振り被り向かって来る山賊をアミッドは冷静に見ていた。
 「馬鹿が」
 渾身の一撃を難無くかわすと山賊の左耳のすぐ側に左手の平を当てた。
 「サンダー!」
 雷球が山賊の頭を消し飛ばした。頭部が消えた山賊はそのまま倒れ込み動かなくなった。
 「こうなると解かっていただろうにな」
 その時後ろから三人の山賊が現われた。
 「また死にに来たか」
 アミッドが雷を放とうとした時上から大きな影が舞い降りて来た。
 「!?」
 その影はたちまち三人の山賊を細身の槍で突き倒してしまった。少し驚くアミッドに影は振り向いた。
 「私にも美味しいとこ頂戴ね」
 「フェミナ」
 アミッドの驚いた声を聞きフェミナはにっこりと微笑んだ。

 アーサー達四人が村に侵入した山賊を蹴散らしていた頃別の村では村の大路でアズベルが数人の山賊を相手に闘っていた。
 「エルウィンド!」
 アズベルの右手が横に切り払われると大きな鎌イ足が現われ山賊の一人を両断した。その隣ではカリンが細身の槍を馬上で振り数人の山賊を相手にしている。
 「負けないわよ」
 その細い腕からは信じられない程力強く素早い突きが繰り出され山賊を次々と倒していく。
 アズベルが目の前の山賊をエルウィンドで倒した時カリンは自分に襲い掛かる山賊を全て倒していた。ふと隣のアズベルの方を見た時アズベルの背中に斧を叩きつけようとする山賊がいた。
 「アズベル君、危ない!」
 だがカリンが悲鳴をあげるより早くアズベルは背中への一撃を振り向きもせずかわし山賊の首のすぐ横を手刀で払った。
 「ウィンド!」
 斧を振り下ろしたままの姿勢で山賊は動かなくなった。やがて山賊の首がコマ送りの様にゆっくりと地面に落ちると切り口から鮮血を噴き出し身体も地面に倒れた。
 膝を着きながらも手で服の砂を払いながらアズベルは立ち上がった。そしてカリンの方を見て言った。
 「どうしたんですか、カリンさん」
 少し驚いたような顔である。
 「あ、別に」
 と言葉を濁すだけであった。外見に似合わぬ強さに驚いていたのはカリンの方だった。

 「母様、見てて!」
 ミーシャが天馬を急降下させ民家を襲おうとしていた山賊に銀の剣を振り下ろす。山賊は頭を西瓜の様に叩き割られ倒れる。
 「この女、死にやがれ!」
 仲間を殺された山賊が斧を下から振り上げた。ミーシャは斧を持つ手首を斬り飛ばし返し手で袈裟斬りにした。
 「そんな攻撃!」
 血走った眼で襲い掛かる山賊達を切り伏せミーシャは彼等をきっと見据えた。その時彼女の脳裏に今までの己の人生が浮かんできた。
 ミーシャはシレジア四天馬騎士の一人ディートバの娘に生まれた。父はシレジアの騎士だった。彼女が生まれてすぐアグストリアからシグルド公子とその軍勢が亡命してきた。その中にはシレジア王子レヴィンとその妻である四天馬騎士の同僚フュリーもいた。彼女は既にその腕の中にセティという男の子を抱えていた。そして一年程して女の子を産んだ。その女の子はフィーと名付けられた。同じ頃マーニャはフェミナを、パメラはカリンを産んだ。四天馬騎士達はそれぞれの娘を連れラーナ王妃の下へ参上した事もあった。年長のミーシャは母の手の中でまだ赤子の三人の頭をその小さい手で撫でていたと後にレヴィンは語った。
 だげその時シレジアは王位継承問題で分裂寸前であり(これはヴェルトマー公アルヴィスが先王の弟ダッカー、マイオス両公を煽っていたという経緯があった)フィー達が生まれてすぐに内乱が勃発した。マーニャは近衛隊長という立場から王妃に、フュリーは仲間であるシグルド達に、それぞれ従った。王妃が後継者に息子であり神器の後継者レヴィンを指名していた為シグルドは仲間でもある彼に協力を約束した。パメラは主君ダッカー公に、ミーシャの母ディートバは主君マイオス公にそれぞれ従った。グランベルからユングヴィ公アンドレイがマイオスに協力し、ドズル公ランゴバルトがリューベック城を占領する等グランベルの介入もあった激しい内戦であり、ダッカー公もマイオス公も戦死し四天馬騎士のうちマーニャ、パメラ、ディートバの三人が戦場の露と消えた。
 母を亡くした三人はそれぞれの父により育てられる事となった。だがバーハラの戦いの後グランベルがシレジアに進攻し、シレジア王に即位していたレヴィンは全軍を以って迎え撃ったがシレジアの戦いでグランベルの圧倒的な物量の前に敗北した。その時近衛軍の将軍であったフェミナの父も戦死した。またシレジア城陥落時に王妃はレヴィンとフュリーを逃がす為あえてアルヴィスに立ち向かいそのファラフレイムの前に倒れた。この時ミーシャの父も市民を逃がす為最後まで戦い戦死している。
 王妃やミーシャの父達の死を賭した戦いによりかろうじて城を逃れたミーシャ達はトーヴェ城南の小さな村に潜んだ。近くの村にはシグルドの軍におりシレジアの戦いにも参加したノイッシュやホリン達もいた。孤児となったミーシャ達はフュリーに引き取られ彼女の養子となった。
 フュリーは心優しい女性でありミーシャ達を実子フィーと分け隔てなく育てた。ミーシャは四人の中で年長という事もあり女の子達のリーダー的な役割を担うようになった。やがてペガサスに乗る事を教えられ剣や槍の使い方も教わった。
 やがてフュリーが病で世を去りセティ、ホークが修業の為シレジアを後にし暫くは四人で暮らしていた。だがセリス達解放軍の存在を知り彼女達は意を決してシレジアを発ったのだ。
 途中アーサー達と会い道中を共にする事となった。今まで自分の娘のように慈しんでくれたフュリーももういない。だがこれからは自分の力で戦わなくてはならない。ミーシャはそう意を決したのだ。
 民家の上から斧を両手で振り上げ山賊が飛び降りて来る。そのままミーシャを一撃で打ち殺すつもりだ。
 ミーシャは冷静にそれを見ていた。そして天馬に地を蹴らせた。
 「やらせない!」
 飛び上がると同時に剣を横に一閃させた。ミーシャが民家のすぐ上で天馬を山賊の方へ振り向かせた時山賊は胸から真っ二つにされ地面に落ちていった。

 二つの村の丁度中間点でスルーフは他のメンバーを待っていた。プリーストであり戦闘の魔法を使えない為そこで皆を待つと同時に手にするリブローの杖で離れた仲間の傷を癒す事が彼の仕事である。
 スルーフは双方の村を交互に心配すな顔で見ている。結構時間が経っているが誰も帰って来ないからである。だがそれは杞憂だった。
 二つの村から四騎の天馬がスルーフの方へ来る。そのうち三騎の後ろにはもう一人乗っている。全員無事だった。
 「済まない、遅くなった」
 フィーの後ろに乗るアーサーが言った。
 「急ぎましょう」
 スルーフはそれを責めるまでもなく言った。そして僧侶とは思えぬ程の身のこなしでミーシャのペガサスの後ろに飛び乗った。 
 四騎は全速力で三番目の村に向かった。向かった山賊の数が最も少なく一番遠かった為最後にしたのだ。やがて八人はある事に気付いた。
 「何かあまり荒らされていないみたい」
 カリンが言った。
 「確かに。もっとやられてると思ったけれどな」
 アミッドが顎に手を当て訝しげに言う。
 「村の人達が頑張っているのかも知れないけれど山賊の連中がまた村の中にいるのは間違い無いと思うけどね」
 フィーが村を見据えつつ言った。アーサーも続く。
 「どっちにしろここは」
 「行くわよ」
 ミーシャが決めた。四騎はそのまま村の上へ進んだ。
 上から見て村は全く荒らされていなかった。見ると井戸の辺りで人が集まっている。剣撃の音と罵声が響いている。闘いが行われていた。
 「行きましょう」
 四騎がそこへ行くとそこで何やら二つに分かれて争っていた。
 一方は彼女達が先程まで闘っていた山賊達の仲間のようである。それぞれ大きいが粗末な斧に古い皮鎧が身に着けている。既に十人程倒されている。それでもまだ十人位残っている。
 もう一方は僅か四人であった。三人が前に出て剣を持ち後ろにいる残る一人を護る様に陣を組んでいる。
 中央の一人は細身の男で黄色の上着に紫のズボンとブーツを身に着けている。茶色の髪は濡れた様な感じであり茶の瞳はやや切れ長でつりあがっており何処かずる賢そうな印象を与える。
 右側にいるのは片刃の刀を持つ男で白っぽいズボンと胸の開いた濃紫の上着の上に黒く丈の長い服を着ている。黒い髪と瞳を持ち切れの長い瞳は全体から漂う陰を更に強くしている。
 左側は白ズボンに緑の丈の長い上着を皮のベルトで止め、皮鎧を着けた小柄な少女である。やや長めの黒髪と鳶色の瞳は幼なさが残りながらも整ったその顔を気が強そうにしている。
 後ろにいるのは波がかった緑の髪と澄んだ緑の瞳をした美しい女性である。足まで隠れた黄緑の法衣に同じ位の丈の前が大きく開いた薄緑の服の上にフードの付いた白マントを羽織っている。手にした杖から彼女がプリーストであると解る。
 「どうやら本気で俺に逆らうつもりらしいな」
 中央の男が剣を担ぎ眉をやや歪めて怒気を少し含めて言う。
 「じゃあ仕方無ね、死んでもらうぜ」
 男が山賊達へ突っ込むと左右の二人もそれに続いた。
 三人はそれぞれ形は違うが見事な剣技である。中央の男は素早い動きで大きめの剣を器用に振り相手の死角に潜り込み急所を突く。ややトリッキーな剣術である。左の少女はまだ未熟さが残りながらも一本気な剣であり一人また一人と確実に倒していく。
 特に凄いのが右の男である。水が流れる様に無駄の無い動きで敵の攻撃をかわし流星の如き速さで剣を一閃させる。十人程いた山賊達はたちまち一人残らず斬り伏せられた。
 「へっ、大人しく俺に従っていりゃあ死なずに済んだのにな。ん?」
 中央の男が上にいたフィー達に気付いた。
 「おーーいそこの姉ちゃん達降りて来な」
 四騎は広場に降り天馬から降りた。
 「さてと、御前さん達は何者だい」
 やや軽い口調で中央の男が問うた。
 「すいません、覗き見るようなつもりじゃなかったんです」
 フェミナが申し訳無さそうに言う。それに対し男は肩をすくめた。
 「おいおい、別に殺そうとか金巻上げようとかいうつもりじゃないんだ。見た所あんた達はペガサスナイトに魔道師、後そこの白い服の兄ちゃんはプリーストってとこか。こんな田舎に何しに来たのか聞きたいのよ」
 「えーーーと・・・・・・」
 「えーーーと?」
 アズベルが下を俯きながら言いかけようとする。男がそれにつられる。
 「僕達セリス様の解放軍に入る為にここへ来たんです」
 「解放軍?ティルナノグの?」
 「はい」
 「へえ・・・・・・」
 男が何か意地悪そうな笑いを浮かべた。
 「奇遇だねえ、俺達と同じだ」
 「えっ!?」
 八人が目を丸くした。
 「まずは名乗ろうか。俺はリフイス。元はイザーク軍にいたが嫌気がさして辞めてたまたま出会ったこのシヴァと一緒にイザーク軍相手に盗賊をやっていた」
 右の男を親指で指しながらリフィスは話を続ける。
 「で何年かやってるうちに子分も増えて俺はそいつ等のボスになった。今村を襲った連中がその一部だ。こいつ等俺達が留守にしている間に村を襲ったんで斬ってやったんだ。見たところあんた等にもやられたらしいな」
 血糊の着いた槍や剣を一瞥して更に話を進めた。
 「この前俺とシヴァは船でレンスターに渡ってフリージ相手にレジスタンスをやっているエーヴェルって人に会いに行った。この人の事は知っているかな」
 「ええ、。『フィアナの女神』って」
 ミーシャが答えた。
 「なら話が早い。俺もシヴァもあの人にはフリージ軍相手に仕事する時結構世話になっててな。仕事ついでに礼を言いに行ったんだ。そこにこの人がいた」
 後ろにいた女性を指差した。
 「サフィっていうターラのプリーストさんだ。何でもその街を治めてるリノアンって人がフリージの支配から抜け出したいらしくてその人の頼みで街を救けてくれる勢力を探しているらしい。それでエーヴェルさんが言うにはティルナノグのセリス公子が良いらしくてそこへ行く事になった」
 井戸の水を飲みリフィスは続ける。
 「けど女の人一人じゃ危ないだろ。それに俺はこの人のけなげさに打たれた。たすけてやろうと思ったのよ。一緒に解放軍に行こうと決心したのさ。なあシヴァ」
 「うむ」
 シヴァは無表情で頷く。
 「そして俺は波が荒くなる前にレンスターを発ってイザークへ行こうとしたらエーヴェルさんに呼び止められた。娘も連れて行ってくれってな。それがこの娘マリータだ」
 左の少女を指差した。
 「何でも子供の頃奴隷商人に売られそうになっていたのをエーヴェルさんが助けて養子にしたらしい。解放軍に一緒に連れて行って欲しいってな。俺は断った。世話になっているエーヴェルさんの娘さんにもしもの事があっちゃいけねえからな。けどエーヴェルさんのたっての頼みでマリータを連れて行く事にした。それで大急ぎでイザークへ帰ってたら今倒れてるこいつ等が村に襲い掛かるとおだったんでやっつけたらそこにあんた達が来たってわけだ」
 「へえ、そうだったの」
 「そういう事だ」
 フィーは言葉を返した。
 「であんた達はどうする?俺達は残った子分達を集めてそれから行くが」
 「私達はすぐに行くつもりですが」
 ミーシャが応えた。
 「そうか、解放軍は今ガネーシャにいるからな。そっちへ向かえよ」
 「有り難うございます」 
 アズベルが礼を言った。
 「じゃあ元気でな。解放軍でまた会おう」
 ガネーシャの方へ飛んで行く一行にリフィス達は手を振った。一行もそれに返した。
 村が山に隠れ見えなくなった頃フェミナがフィーに話し掛けた。
 「ねえ、あのリフィスって人の話だけど・・・・・・」
 「何?」
 「絶対嘘は入ってるわよ」
 「サフィさん見る眼違ってたじゃない。多分あの人の事好きなのよ」
 鋭い。
 「あの人の側にずっといたくて解放軍に入るんだと思うな」
 「ふうん、けどいんじゃない?」
 フィーは素っ気無く言った。
 「根は悪い人じゃないみたいだしね。それに戦力になるんだったら問題無いわよ」
 「うーーん、それもそうね」
 「行きましょう」
 「ええ」
 一行は翼の速度を速めた。その下には緑の山々と碧い湖や河が広がっていた。



他の者たちも、徐々に終結しつつある中、解放軍はどうなっているのか。
美姫 「さあ、感想は短いけれど、次にいくわよ、次!」
へいへい。



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