『チェネレントラ』
第四幕 明かされた真実
マニフィコはダンディーニと別れた後娘達を連れて足早に宮殿を後にした。そして一路自分の屋敷に向かって行った。彼は馬車の中で憮然としていた。
「御父様、どうしたの?」
ティズベが不機嫌そうな顔の父に尋ねた。
「何だか急に機嫌が悪くなられたようだけれど」
「何でもない」
彼は憮然とした声でそれに答えた。
「だから気にするな。よいな」
「え、ええ」
彼女はそれに頷くしかなかった。クロリンデもそれは同じであった。
「それよりもだ」
「はい」
マニフィコはここで話を変えてきた。
「あの娘はどうしているかだ」
「あの娘って?」
二人はそれを聞いて首を傾げた。
「一体誰のこと?」
「わかっておらんな、チェネレントラのことだ」
マニフィコは要領を得ない娘達に少し怒りを覚えながら言った。
「今何処にいるかだ」
「そんなの決まってるわ」
「ねえ」
二人はそう言って顔を見合わせた。
「確かにな」
実はマニフィコにもそれはわかっていた。
「しかし宮殿のあの貴婦人」
彼はそこでまたあの麗しい貴婦人を思い出した。
「あまりにも似ておった」
「そうだけれど」
「まさか・・・・・・」
娘達はそれについてはあまり信じてはいなかった。有り得ないことだと思っていたのだ。
「御父様、考え過ぎよ」
「そうそう」
「本当にそう思うか?」
娘達にそう問うた。
「ええ」
「普通に考えて有り得ないわ。だって」
二人は言葉を続けた。
「あの娘は今うちにいるのよ」
「そして家事をしている筈だわ」
「そうだな」
マニフィコは少し憮然とした顔でそれに頷いた。
「だがそれが果たして本当なのかどうか」
「心配性ね」
「大丈夫よ」
「ううむ」
それでも彼の不安は消えなかった。そうこう話をしている間に屋敷に着いた。
「こちらでしたね」
前から御者の声がした。
「うむ」
マニフィコはそれに応えた。
「ここじゃ。御苦労であった」
「いえいえ」
マニフィコは御者にチップを渡した。金貨二枚であった。
「二枚ですか」
「うむ」
彼は驚く御者に笑顔で応えた。
「済まぬな。少ないか」
「いえ、そのような」
御者は一枚だと考えていたのだ。だが彼は二枚出してきたのだ。それに驚いていたのだ。
「わし等は三人だったな。よし」
マニフィコはここで懐から金貨をもう一枚出した。そして御者に手渡した。
「これでどうじゃ」
「どうも」
彼はそれを受け取って頭を下げた。そして礼を述べた。
「有り難うございます」
「礼はよいぞ」
彼は鷹揚にそう応えた。
「仕事に対する当然の報酬じゃからな。さて」
そして娘達に顔を向けた。
「この働き者に礼を言うようにな」
「ええ」
「有り難う」
「こりゃどうも」
彼は上機嫌でその礼に応えた。そして三人はそれを受けた後で馬車を降りた。そして屋敷の前に出た。
「さて」
マニフィコは馬車が消えると自分の屋敷の門の前で一呼吸置いた。
「行くぞ」
「ええ」
「わかったわ」
何故か娘達もそれに乗っていた。そして二人は何故か自分の家に帰るのに身構えていた。そして屋敷に入った。
「只今」
「お帰りなさい」
すぐに返事が返って来た。それはあの娘のものであった。
「おや」
「ほら」
「やっぱりいるじゃない」
二人の娘は驚いた顔をする父に対してそう言った。
「考え過ぎよ、御父様は」
「確かに似ているけれどね」
「似ている?」
チェネレントラはそれを聞いて不思議そうな顔を作った。
「何かあったのですか?」
「あ、何でもないわよ」
「いいからお仕事を続けてね」
「はい」
チェネレントラはそれを受けて仕事を続けた。見れば掃除をしている。
「昔一人の王様がおられました」
いつものように唄いながら掃除をしている。
「一人でいることに飽きられてお妃様を探すことにしました」
「ちょっとチェネレントラ」
それを聞いたティズベが不満そうな顔で彼女に声をかけた。
「何か」
「いつも言うけれど他に曲ないの?」
「そうよ」
クロリンデも続いた。
「いつもその曲じゃない。他の曲も聴かせてよ」
「そう言われても」
「ああ、もういいわ」
二人はそれを聴いて匙を投げたように言った。
「どのみち貴女にはその唄は合っているんだし」
「声域もね。それを間違えると大変なことになるわよ」
「はい」
そう言われてすこし戸惑っていた。
「貴女の声は低いけれど高めなんだから」
「低いけれど・・・・・・高め」
「そうよ」
二人はそこで答えた。
「貴女の声はね、低いのよ。けれどその低さにも程度があってね」
「はい」
「その中では高い方なの。だから唄う歌には気をつけなさい。いいわね」
「わかりました」
彼女はわからないままそれに頷いた。姉達はそれを見た後で階段に足をかけた。
「それじゃあね。これで休むわ」
「わしもじゃ」
マニフィコも自室に向かった。
「朝になったら起こしてくれ」
「ご夕食は」
「ああ、いい」
「私も」
「私もいいわ」
三人はそれぞれそう答えた。
「宮殿で腹一杯食べてきたからな」
「美味しかったわよ」
「残念ね、行けなくて」
「いえ」
だがチェネレントラはそう嫌味を言われても態度を変えなかった。
「私は私で」
「何かあったのか!?」
マニフィコがすぐに反応した。彼女はそれを見てすぐに見せようとした笑みを消した。そのうえで返答した。
「満足するだけ食べられましたし」
「何だ」
彼はそれを聞いて安堵した顔をした。
「何事かと思ったわい」
「何かあったのですか?」
「いいや」
今度は不機嫌な物腰で手を振った。
「何もない。気にするな、よいな」
「はい」
「少なくとも御前には何も関係のないことじゃ。よいな」
「わかりました」
「わかればよい。さて」
彼は付けていた鬘を外した。だがその中の髪型も鬘と大して変わりはなかった。
「休むとしよう。それではな」
「お休みなさいませ」
チェネレントラは召使の様に挨拶をした。マニフィコはそんな彼女に対して言った。
「明日の朝は玉葱のスープにしてくれ。よいな」
「わかりました」
ここで外で雷鳴が轟いた。マニフィコはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「何かよからぬ予感がするのう」
すると遠くから何かが倒れて壊れる音が聴こえてきた。
「そらきた」
「何か倒れたのでしょうか」
「扉を開けるでないぞ」
彼はここでチェネレントラにそう注意した。
「外は嵐じゃからな」
「はい」
聴けば外はかなりの嵐であった。風と雨の音が聴こえてくる。屋敷に激しく打ちつけていた。
「雨が入ってはかなわんからな。それでは寝よう」
そしてようやく部屋に入ろうとしたその時であった。扉を叩く音がした。
「あら、誰かしら」
「待て、魔物かも知れぬぞ」
チェネレントラは扉に向かった。マニフィコはそれを止めようとしたが間に合わなかった。彼女は扉を開けた。するとそこにはダンディーニがいた。
「殿下」
「殿下ではないわ」
マニフィコはチェネレントラの後ろで忌々しげにそう言った。
「彼は偽者なのじゃ」
「そうですの!?」
「ははは」
ダンディーニはそれに笑いながら答えた。
「確かに私は偽者でした」
「何と」
「それみろ」
マニフィコは不機嫌そのものの顔で彼等の側にやって来た。そしてこう言った。
「一体何の用なのですかな」
「何かありましたの」
「嵐で家が壊れたの?」
上にいる娘達も出て来た。そして下に降りて来た。
「あ」
そしてダンディーニを見た。二人ももう彼のことは知っていた。一応頭は下げたがそれだけであった。恭しく礼をする気にはもうなれなかった。
「やあ、どうも」
「何か御用ですか?」
二人はあからさまに嫌そうな顔でダンディーニを見た。
「いや、何」
彼はそれをおものともせず余裕を以って応えていた。
「実はトラブルが起こりまして」
「ほう」
マニフィコは何かを探るような顔で彼を見ていた。
「私も今日はえらいトラブルに巻き込まれましたぞ」
「ははは、そうでしたか」
「他ならぬどなたかのせいでね。まあそれはいいことです」
「はい」
「それで何か起こったのですかな」
「実は殿下がこの近くにおられまして」
「本当ですか!?」
それを聞くとやはり普通ではいられなかった。マニフィコと二人の娘達は声をあげた。
「はい、馬車で移動されていまして」
「それで」
「その馬車が転倒してしまったのです。それでご助力を願いたいのですが」
「そういうことなら」
マニフィコは胸をドンと叩いてそれに答えた。
「我が命、殿下に捧げるつもりです」
「それは有り難い」
それを聞いてダンディーニは笑顔で頷いた。
「チェネレントラ」
マニフィコはここでチェネレントラに顔を向けた。
「はい」
「温かいものの用意を」
「わかりました」
彼女は台所に入った。マニフィコはそれを見届けてからダンディーニに顔を戻した。
「そして殿下はどちらに」
「はい」
ダンディーニは頷いた。それから扉の前の道を開けた。そこから一人の貴公子が姿を現わした。
「ここがマニフィコ男爵のお屋敷ですな」
「はい、殿下」
ダンディーニはラミーロにそう答えた。
「そしてこちらにおられるのが」
「この屋敷の主人でございます。そしてここにいるのが娘達でございます」
「はじめまして」
二人は恭しく頭を垂れた。
「顔をお上げ下さい」
ラミーロは三人に対してそう言った。三人はそれに従い顔を上げた。
「殿下、ご無事ですか」
マニフィコはまず彼にそう声をかけた。
「心配はいりません」
ラミーロは微笑んでそれに答えた。
「馬車がこけただけですから。誰も怪我はしませんでした」
「そうですか。それは何より」
「別の馬車がすぐに来ますし。それまでの間こちらにいても宜しいでしょうか」
「是非とも」
マニフィコは笑顔でそれに応えた。そして恭しくこう言った。
「しかしお身体が冷えられたでしょう」
「いえ、別に。お構いなく」
「そういうわけにはいきません。チェネレントラ」
台所の方に声をかけた。
「もう出来ているか」
「はい」
台所の方から声がした。そしてコーヒーを持って来たチェネレントラがやって来た。
「むっ」
彼女を見たラミーロの顔色が変わった。それはチェネレントラもであった。
「まさか」
「そんな」
二人は互いの顔を見て呆然となった。あやうくコーヒーを落としそうになる程であった。
「おい、危ない」
それに驚いたマニフィコが慌てて声をかけた。
「あっ」
すんでのところでそれに気付いた。チェネレントラはコーヒーを戻した。
「一体どうしたんだ」
「あ、何でもありません」
「いや」
慌てて取り繕うチェネレントラに対してラミーロが前に出た。
「何かあるのですよ、あしからず」
「何か!?」
「はい。ダンディーニ」
ラミーロはここでダンディーニに声をかけた。
「はい」
「ちょっとコーヒーを持っていてくれ」
「わかりました。お嬢様」
「はい」
ダンディーニはここでチェネレントラに声をかけてきた。そして前に進み出た。
「ちょっとそのコーヒーを拝借」
「わかりました」
そしてコーヒーを受け取った。これでチェネレントラは自由となった。ラミーロが彼女の前に出て来た。
「まさか・・・・・・」
「そう、そのまさかなのです」
ラミーロは彼女ににこりと笑って微笑んだ。だがチェネレントラの顔は蒼白となっていた。その場から去ろうとした。
「そんな・・・・・・」
「お待ち下さい」
だがラミーロはそれを止めた。そして彼女に対して言った。
「あの約束、覚えておられますね」
「はい」
彼女はそれに頷くしかなかった。それで流れは決していた。
「それではお手を」
ラミーロの言うままに手を差し出す。彼はそこに指輪をはめた。それで全ては決まった。
「これでよし」
「全ては」
アリドーロはそれを見て会心の笑みを浮かべた。そして二人の間に来てこう言った。
「只今殿下のお妃が決まりました」
「えっ!?」
それを聞いてマニフィコ達はやや場違いとも思える声を出した。
「あの、今何と」
「ですからお妃が決まりましたと」
アリドーロは済ました様子でそう答えた。
「冗談ですよね」
「いいえ」
その言葉に首を横に振った。
「まさか」
「またまたそんな」
「私は嘘は申しませんよ」
「それでは私達は」
「残念でした」
ティズベとクロリンデにはそう答えた。
「殿下のお妃様はこの方に決まっていたのです」
「何時の間に」
「貴女達の知らない間にです」
「私も知りませんでしたが」
「男爵」
まだ話がわかっていないマニフィコに対して語った。
「時間は一つではないのです」
「といいますと」
「私は今ここに時計を持っておりますね」
「はい」
ここで彼は懐から懐中時計を取り出してマニフィコに見せた。
「そして貴方も持っておられますね」
「ええ、こちらに」
マニフィコもそれに習って時計を取り出した。
「持っておりますよ」
「はい。そしてあちらにもありますね」
今度は屋敷の壁にかけてある時計を指差した。古い時計であった。
「はい」
「そういうことです。時間は全ての人がそれぞれ持っているのです。おわかりになられましたか」
「ううむ」
そう言われてもまだもう一つわからなかった。マニフィコは首を傾げていた。
「わかったようなわからないような」
「まあおいおいおわかりになればいいことです。さて」
彼は話を元に戻してきた。
「何はともあれこれで殿下はお妃を迎えられることになったわけです」
「それはお待ち下さい」
マニフィコは慌ててアリドーロを止めようとする。
「何故ですか」
「この娘ですが」
「はい」
「女中ですよ。それがお妃には」
「おや、おかしいですな」
アリドーロはそれを聞いておかしそうに笑った。
「確かこの屋敷には三人の娘がいた筈ですが」
「死んだと申し上げましたが」
「死亡通知は届いておりませんよ」
「うっ・・・・・・」
そこまで調べられているとなると事情が違っていた。マニフィコは言葉を止めた。
「彼女は確か貴方の二番目の奥方の連れ子でしたな」
「はい・・・・・・」
ここまできてシラを切れる程図太い人間ではなかった。彼は止むを得なくそれを認めた。
「それでは男爵家の者であることには変わりがありません。それではそちらの御二人と同じ資格があるのです」
「確かにそうですが」
「まだ何か仰りたいことは」
「いえ」
流石にこれには参ってしまった。もう何も言えなかった。
「それでは宜しいですな」
「はい」
「じゃあ私達は」
「とんだくたびれもうけというわけですね」
「ははは、人生は長いです。そういうこともありますぞ」
アリドーロはそう言って二人を慰めた。
「まあ少しは人生の勉強になったことでしょう」
「高い授業料だったわ」
「こんな高いのははじめてよ」
「払わせたのは私ですがな」
ここでダンディーニが出て来て笑顔でそう言った。二人はそれを見て口を尖らせた。
「そうよ、上手く騙されたわよ」
「貴方役者になったら。成功するわよ」
「生憎私は今の仕事が気に入っておりまして」
彼は二人にそうすげなく返した。
「他の仕事に就く気はありません」
「フン」
「調子がいいんだから」
「ははは」
ラミーロはその一部始終を見ていた。そして話が終わるのを見届けてから静かにこう言った。
「もういいか」
「あ、はい」
これに一同畏まった。彼はそれを見届けるとまた口を開いた。
「それでは今ここに宣言する」
「はい」
「私はこの女性を生涯の伴侶とする。よいな」
「是非ともそうなさいません」
「殿下とお妃に神の御加護があらんことを」
「うむ」
アリドーロとダンディーニの祝辞に微笑みを以って答える。そして今度はチェネレントラに顔を向けた。
「宜しいですか」
「お待ち下さい」
だがそれでも彼女は首を縦に振ろうとはしなかった。
「どうしてですか。約束は果たしたというのに」
「しかし」
「まだ何かあるのですか」
「はい」
彼女は頷いた。そしてマニフィコ達に顔を向けた。
「あの方達が」
「あの者達がどうしたのですか」
ラミーロはマニフィコ達に顔を向けて不思議そうな顔をした。
「彼等が貴女に冷たくしていたことは私も知っておりますよ」
「いいえ」
だがチェネレントラはそれには首を横に振った。
「私はそうは思ってはおりません」
「何故ですか」
それを聞いてさらに不思議に思った。
「今までのことを最もよく御存知なのは貴女でしょうに」
「確かにそうです」
それは彼女も認めた。
「けれどだからこそ、です」
「だからこそ」
「そうです。私はあの方達のことをよく知っているつもりです」
「ふむ」
アリドーロはそれを見てまた微笑んだ。
「私が思っていた以上だな。よくできた方だ」
次にマニフィコ達に顔を向ける。見れば三人は暗い顔をしてヒソヒソと話をしていた。
「参ったことになったな」
「そうね」
「今まで冷たくしてきたし。これからどうなるのかしら」
「これかのう」
マニフィコは両手で自分の首を締める動作をしてみせた。
「お妃様を怒らせた咎で」
「そんな・・・・・・」
「いや、きっとそうなるぞ」
マニフィコはそう言いながら暗い顔をしたままであった。
「今までのことを思うとな」
「そうよね」
娘達もそれを聞くと暗澹たる気持ちになってきた。
「あれだけのことをしてきたのだから」
「きっとね・・・・・・」
「うむ」
「お困りのようですな」
そこへアリドーロが声をかけてきた。
「恐ろしいですかな、今の状況が」
「ええ」
「正直に申し上げますと」
三人はそれぞれ答えた。
「私達は縛り首でしょうか」
「それで済むかしら」
「八つ裂きかも知れんのう」
「八つ裂き・・・・・・」
娘達はそれを聞いて顔をさらに青くさせた。恐怖に心が支配されてしまっていた。
「そんな・・・・・・」
「よくて車輪刑」
車輪で両手両脚を砕く処刑である。欧州では比較的ポピュラーな刑罰であった。
「いや、逆さ鋸引きかも」
「止めてよ・・・・・・」
「そんなの聞いていられないわ」
「しかしわし等の運命はもう・・・・・・」
マニフィコもそれは同じであった。やはり彼等は死の恐怖に怯えていたのだ。
「大丈夫ですよ」
しかしアリドーロはここでそう言って三人を安心させようとした。だが彼等はそれでも暗い顔のままであった。
「貴方は何も知らないのです」
マニフィコはそう語った。
「私達と彼女のことを」
「知っておりますよ」
だが彼はあえてそう答えた。
「知っているからこそ今ここにいるのです」
「そうですか」
「御気遣いは有り難いですけれど」
「暗くはならないように」
彼はそう言って三人を嗜めた。
「暗い気持ちだと何事も駄目になってしまいますぞ」
「もう駄目になっております」
「はい」
「私達を待っているのは絶望だけですから」
「ふむ、確かにそうですな」
アリドーロはその言葉に頷いた。
「今のままでは貴方達を待っているのは絶望だけです」
「はい」
「しかしそれを変えることも可能なのですぞ、希望に」
「またそのような」
「私達も分別はあるつもりです。大人しく裁きは受けるつもりです」
「落ちぶれたとはいえ貴族ですし」
「全てはお妃様次第だとしても」
「えっ」
三人はそれを聞いて顔を上げた。そしてアリドーロに顔を向けた。
「あの娘次第ということは」
「そのままです」
アリドーロはにこりと笑って答えた。
「全てはお妃様の御心次第です」
「では駄目ではありませんか」
「それは私達にもわかりますわ」
「そうでしょうか、果たして」
アリドーロは思わせぶりにそう言った。
「本当にそう思われますか」
「何を今更」
マニフィコはそう答えて首を横に振った。
「どうせ私達は」
「あの娘、いえお妃様のことは私達が最もよく知っておりますわ。だからこそ」
「私達のこともわかります」
「深刻に考えておられますな」
「どうして深刻でいらずにおれましょう」
三人はそう返した。
「これから処刑が待っているというのに」
「私はそうは思いません」
「またそう仰るが」
「お妃様は」
彼は話しはじめた。
「心優しい方です。それは私が保証します」
「先生が」
「はい」
彼はまたもやにこりと笑ってそれに応えた。
「私が最初に貴方達の屋敷にお邪魔した時のことは覚えておられますね」
「ええ」
「勿論です」
ティズベとクロリンデがそれに頷いた。
「あの時はどうも」
「はい」
二人はここでアリドーロのやんわりとした嫌味を甘んじて受けることにした。後悔していた故であった。
「あの時貴女方は私には何も下さいませんでしたね」
「申し訳ありません」
「本当にものがなかったもので」
二人はそう言って頭を下げた。
「それはわかっておりました」
「では何故」
「お妃様はそんな中で私に恵んで下さったのです、パンとコーヒーを」
「何処にそんなものが」
「ご自身のお食事から。ささやかなものでしたが」
「そうだったの」
「あの娘だってろくに食べていないのに」
「そう、その中から私に恵んで下さったのです。何と心の優しい方でしょうか」
「けれど私達は優しくはなかった」
ティズベはそう答えた。
「そんな者に恵みは与えられないわ」
「それは違います」
だがアリドーロはまたそう答えて二人を宥めた。
「よろしいですか」
「はい」
「貴方達がとられるべき道は二つあります」
「二つですか」
「そうです。このまま縛り首の恐怖に怯えるか、若しくはあの方に慈悲を乞うか、です。どちらに致しますか」
「そう言われても」
三人はそう言って口篭もった。
「私達は許されはしないでしょうし」
「彼女も許すつもりなぞないでしょう」
「そう思われているのですね」
「はい」
三人は項垂れてそう答えた。
「そうとしか思われません」
「縛り首になっても宜しいのですかな」
「それは・・・・・・」
力なく首を横に振った。
「そうでしょう。そうだと思いました。それでは駄目元でやってみてはどうですかな」
「許しを乞うのですか」
「はい」
アリドーロはそう答えて頷いた。
「それしかありませんぞ」
「わかりました」
マニフィコはそれに応えた。
「それではやってみます」
「御父様」
「よいか」
彼は娘達に対して語りはじめた。
「よしんばわしが縛り首になるとしてもだ」
「はい」
「御前達の命だけは救ってみせるからな。あの娘が一番憎んでいるのはおそらくわしじゃから」
「いえ、私かも」
「そんな、私よ」
「どうやらどうしようもない連中ではなかったらしいな」
アリドーロはそれを見て呟いた。
「ならばよし。それでは最後の舞台に向かおう」
彼はその場を後にした。三人だけが残っていた。彼等はまだ色々と話をしていた。
「それではよいな」
最後にマニフィコがそう念を押した。
「ええ」
「それしかないわね、やっぱり」
娘達が頷く。それを受けてマニフィコも決意の色を固めた。
「では決まりだ」
「はい」
そして三人もその場を後にした。こうして最後の舞台への準備は全て整ったのであった。
ガラスの靴とは違うけれど、一応、再び王子と出会う。
美姫 「それにしても、何て優しい子なのかしら」
うんうん。どっかの誰かさんとは大違い。
美姫 「誰のことかしら?」
べ、別にお前の事だなんて言ってないだろ。
美姫 「ほうほう。まあ、その辺りは後でじっくりを聞いてあげるわ」
め、目が笑ってないんですけれど……。
美姫 「ともあれ、次回はどうなるのかしらね」
一体、どんな結末が待っているのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
ではでは。
美姫 「さて。それじゃあ、あっちの部屋でじっくりとね…。うふふふ」
いや〜。た〜す〜け〜……。