『アラベラ』
第二幕 娘時代への別れ
舞踏会は華やかな空気に支配されていた。明るい灯りが照らす会場は螺旋階段により上のバルコニーと繋がっておりそのバルコニーは舞踏会場を酒や美食と共に見下ろせるようになっていた。今ここに一台の橇が到着した。
「着きましたよ、フロイライン」
エレメールが橇の後ろの扉を開ける。そこから長身の着飾った美女が姿を現わす。
「有り難うございます、ヘル」
アラベラは優雅に微笑んで橇から降りた。その後ろからズデンカも姿を現わした。
「では行きましょう」
「はい」
二人はエレメールに手をとられ会場に入る。その入口にはヴェルトナーとアデライーデが立っていた。
「ようこそ」
「先に来ていらしたのね」
「ええ、貴女の姿を見たくて」
アデライーデは娘に優しく微笑んでそう言った。
「今宵は楽しみなさい。この宴を」
「ええ」
アラベラも微笑み返した。そしてズデンカと共に中に入って行く。
「貴女がエスコートして」
「うん」
弟、いや妹に優しく声をかける。妹はそれを受けて姉の手をとる。そして二人は中に入って行った。
「では私達も」
「ああ」
アデライーデはヴェルトナーに手を差し出した。彼はそれを受けて妻の手を取った。そして二人も中に入って行った。
「まずは御前に会って欲しい人がいるんだ」
「さっき話しておられた方ですね」
「ああ、是非会ってくれ」
「喜んで」
アデライーデは夫に案内され舞踏会の端に来た。そこには彼がいた。
「こちらの方だ」
ヴェルトナーはマンドリーカを妻に紹介した。
「マンドリーカ伯爵だ。どの様な方かは先程話した通りだ」
「こちらの方ですね。あらこれは」
アデライーデは黙って挨拶をする彼を見て目を細めた。
「立派な方ですわね」
「お褒めに預かり光栄です」
見れば彼もタキシードに身を包んでいる。長身に黒と白の服がよく合っている。
「遠い場所から来られたそうで」
「はい、ですが遠いとは思いませんでした」
彼はアデライーデに答えた。
「あの方に会えるのですから」
その声は熱いものであった。
「お嬢様はどちらにおられるでしょうか」
「娘ですか」
ヴェルトナーとアデライーデは目を細めたままそれに応えた。
「あちらです」
そして手で指し示す。そこにはズデンカに付き添われたアラベラがいた。
「彼女ですか」
マンドリーカはその姿を見て思わず息を呑んだ。
「素晴らしい。写真で見るよりも遙かにお美しい」
「また大袈裟な」
「いえ、本当です」
彼は二人の言葉に首を横に振った。
「あれ程美しい方は本当に今まで見たことがありません」
「そうですか。お気に入れられましたかな」
「はい」
「では後はあの娘次第ですね」
「そうですね。果たして私を受け入れてくれるかどうか」
彼は俯いて言った。その顔に不安がよぎっていた。
「大丈夫ですよ」
そんな彼にアデライーデが励ましの言葉を贈った。
「貴方なら。ほら、気をしっかりと持たれて」
「は、はい」
そう言われてマンドリーカは少し戸惑った。だがすぐにその気になった。
「ではそこでお待ちになっていて下さい。私が娘を呼んで参りますから」
「わかりました」
アデライーデはアラベラの方へ歩いて行った。そして娘と何やら話をした。やがて彼女がこちらにやって来た。
「娘のアラベラです。そしてこちらは息子のズデンコ」
アデライーデはアラベラと彼女をエスコートしていたズデンカを紹介した。
「はじめまして」
アラベラは頭を下げる。マンドリーカもそれに対して返礼する。
「アラベラと申します」
「マンドリーカと申します」
二人はそれぞれ名乗った。それを見たヴェルトナーとアデライーデはズデンカを連れてそっとその場を離れた。そして二人だけとなった。
「あの」
先に口を開いたのはアラベラであった。
「どちらから参られたのでしょうか」
「はい」
マンドリーカはそれに対して答えた。
「深い森の中からです」
「森の中から」
「ええ。そこからこのウィーンに出て来ました」
「何故でしょうか」
「それは」
彼は顔を少し赤くさせた。迷った。だが思い切って言うことにした。
「実は・・・・・・」
だがここで思わぬ邪魔が入った。
「フロイライン」
黒い髪に豊かな頬髯をたくわえた男がやって来た。そしてアラベラに声をかけてきた。
「ドミニク伯爵」
アラベラは彼を見てその名を呼んだ。
「一緒に踊りませんか、このワルツを」
聴けば音楽の前奏がはじまっていた。会場にいる者はそれぞれパートナーを選んで踊ろうとしていた。
「申し訳ないですが」
アラベラは微笑んで彼に対して言った。
「今この方とお話しておりますので」
「左様ですか」
ドミニクはそれを受けて退いた。そしてまた二人に戻った。
「お話の続きを」
「はい」
マンドリーカは彼女の許しを得て再び口を開いた。
「御父上から聞いてはいないでしょうか」
「残念ながら彼女は首を横に振った」
「そうですか。それなら」
彼はそれを受けてまた口を開いた。
「では詳しくお話させて頂きます」
「はい」
アラベラは耳を澄ませた。そしてマンドリーカに顔を正対させた。
彼はその顔に心を奪われずにはいられなかった。だが気を取り直し言葉を発した。
「私には美しい妻がおりました。まるで天使の様な妻でした。ですが」
彼はここで悲しげな顔になった。
「彼女は私の側には二年しか留まってくれませんでした。私を一人残して天界へ旅立ってしまいました」
「それは気の毒です」
「私は長い間一人で悲しんでおりました。そんなある日一通の手紙が私のところに届けられました」
「手紙が」
「はい。それは貴女の御父上からの手紙でした」
「父が」
「そうです。そこには貴女の写真が添えられていました」
彼はここで言葉に溜息を少し含まさせずにはいられなかった。
「私はその写真を見て忽ち心を奪われました。その写真に私は恋を覚えずにはいられませんでした」
彼は言葉を続ける。
「深い森の中にいて悲しみに閉ざされた心を開いてくれたのです。貴女が」
「私が」
「ええ。そして私はここまで来ました。貴女に御会いする為に。この街に出て来たのです」
言葉を続けようとする。だがここでまた邪魔が入った。
「フロイライン」
ワルツが終わったところであった。大柄な男がアラベラの側に来た。
「こちらの方は」
「ラモーラル伯爵ですわ」
マンドリーカに説明する。二人は会釈をする。
ラモーラルはそれが終わるとアラベラをワルツに誘った。だが彼女の返事は先程と同じであった。
また二人になった。華やかなワルツの調べと踊りが後ろを飾る。
「あの」
アラベラは彼に対して声をかけた。
「はい」
「お掛けになりませんか。貴方のお話を詳しくお聞きしたいですから」
「よろしいのですか?」
「喜んで」
アラベラは微笑んでそれを了承した。二人は側にあるテーブルに向かいに座った。
アラベラは優雅な微笑みをたたえてマンドリーカを見ている。彼はそれを受けて内心ホッとしていた。
(話は聞いてもらえるようだな)
「あの」
まずはアラベラが口を開いた。
「はい」
「では詳しいお話を」
「わかりました」
彼はそれを受けて話をはじめた。
「私には叔父がおりました。かって貴女の御父上と共に騎兵隊におりました」
「父とですか。それはもうかなり前のことでしょう」
「はい。その頃私は幼かった。そして何も知らなかった」
話す彼の心の中に森が浮かんだ。
「そして当然貴女のことも知らなかった。当然ですが」
「それはまあ」
アラベラはそれには苦笑するしかなかった。
「それから時が経ち私は今の姿になった。そして孤独に沈んでいた」
「奥様のことですね」
「ええ。そんな時に私のところに一通の手紙が届けられました。本来は叔父のものでしたが」
「叔父様はどうなされたのです?」
「亡くなりました。急な病で」
「そうでしたの」
アラベラは問うてはいけないことを問うたと思った。思わず顔を伏せる。
「申し訳ありません、酷いことを尋ねてしまって」
「いえ、いいのです」
だがマンドリーカはそれを気にはとめなかった。
「叔父は安らかに旅立ちましたから。私はそれを見て叔父が天国の平和を得たのだと思いましたから」
「そうなのですか」
「はい。その手紙は本来は叔父に宛てられたものでした。ですが一人となった私が受け取ったのです」
「そこに私の写真が入っていたのですね?」
「そうです。そして私はこの街に来ました。貴女に御会いする為に」
「まあ」
アラベラはそれを受けて顔を明るくさせた。
「嬉しいですわ。私なぞの為に。ですが」
彼女はここでためらいがちに顔を伏せた。
「私にそこまでして頂く価値はありませんわ」
「いえ」
だがマンドリーカはそれに首を横に振った。
「私にはあります。貴女はそれ程素晴らしい方なのですから」
「またそのような」
彼女は身を引くそぶりを見せた。だがマンドリーカは真剣であった。
「私の全てを貴女に捧げましょう。それが偽りだと思われるなら・・・・・・」
彼はここで一旦言葉をとぎった。それから再び口を開いた。
「私は永遠に貴女の前から姿を消しましょう」
「そこまで思われているのですか」
「はい、この想い、神にかけても誓いましょう。永遠に変わらないと」
彼の声は次第に強くなってきた。アラベラはそれを受けて頷いた。
「わかりました」
そしてこう言った。
「今まで私は待っていました。私を心から愛して下さる方を。私を力強く愛して下さる方を」
マッテオにも他の三人の伯爵達にもそうした愛はなかった。彼等はただ彼女を崇拝する愛であった。
だがアラベラはそれを本当の愛とは思えなかったのだ。マンドリーカの様に純粋で、それでいて力強く自分に向かって来てくれる、そんな愛を待っていたのである。
「では・・・・・・」
「はい、私は元々決めておりました。今日で娘時代に別れを告げるつもりだと」
「別れを、ですか。娘時代に」
「ええ。そして新しい時代に足を踏み入れるつもりでした」
「それが今日」
「そうです、そしてその永遠の伴侶を選ぶつもりでした。そしてその人が今日私の前に姿を現わして下さると信じておりました」
彼女はそう言いながらマンドリーカを見据えていた。目の光が強くなっていた。
「そして今姿を現わして下さいました」
「それは・・・・・・」
「貴方ですわ」
アラベラは微笑んでそう言った。
「ようやく私の前に姿を現わして下さいましたね」
「はい」
マンドリーカはそれを受けて頷いた。
「私を選んで下さったのですね」
「いえ、違いますわ」
アラベラは首を横に振って答えた。
「貴方が私を選んで下さったのです、永遠の伴侶に」
「では・・・・・・」
「はい。貴方の申し出を謹んで受け入れさせて頂きます」
それで全ては決まった。アラベラの娘時代が今終わりの始まりに入った。
二人はその終わりの始まりの中に足を踏み入れた。だがそれはあくまで終わりの始まりであり全てが終わったわけではないのである。
「それでは水が必要ですね」
「水?」
「はい、これは私の故郷の習わしなのですが」
マンドリーカはそれについて話をした。
「結婚が決まった娘は自分の家からコップに一杯の清らかな水を夫となる者のところへ運んで来なければならないのです。結婚を清める水を」
「そんな習わしがあるのですか」
「はい、私の故郷だけでしょうが」
彼は熱い声で語った。
「美しい習わしですよ。これにより二人は清められ神の祝福を得られるのですから」
「そして晴れて結ばれるのですね」
「はい」
彼は答えた。
「是非私も貴女から水を受け取りたい、清らかな水を」
「わかりました」
アラベラは微笑んで答えた。
「ではその時に」
「わかりました。ではその時に」
二人は頷き合った。そして心は今その水を受け取っていた。だが本当の水はまだであった。
「けれどその時はもう少し待って頂けますか」
「どれ程ですか?」
「一時間程。娘時代に最後の別れを告げたいので」
「わかりました」
マンドリーカはそれを認めた。
「では私は喜んで待ちましょう。貴女がその清らかな時代に最後の別れを告げられるのを」
「有り難うございます」
だが礼を言う彼女の顔にすっと影が差した。マンドリーカは不意にそれに気付いた。
「どうされたのですか?」
「はい。やはり寂しいものですから」
彼女は力なく微笑んでそう答えた。
「楽しかった今までの娘時代。それが終わると思いますと」
「そうですね。私もそうでした」
マンドリーカにもそれはわかった。
「私もあの子供だった時が懐かしい。少年だった時も。今はもう戻ってはきませんが」
「ええ」
「それと別れを告げられに行かれるのですね。お辛いでしょう」
だがそれは誰もが潜り抜けなければならないものである。マンドリーカもそれはわかっていた。
「ええ。けれどやらなくてはなりませんから」
そう言ってまた微笑んだ。今度は強い笑みであった。
「それではこれで」
そして席を立った。マンドリーカは微笑みでそれを送る。
「どうぞ」
「はい」
こうして彼女は席を立ちその場を後にした。そして娘時代への決別に向かった。ここで不意に場内が騒がしくなった。
「!?」
マンドリーカはその騒がしくなった方に顔を向けた。見ればそこに大勢の人だかりができていた。
「パーティーのメインディッシュでも来たかな」
だがそれは違っていた。見れば誰かが来たらしい。
「身分のある方から。いや違うな」
そうだとするとここにいる者全てに声がかかる筈である。どうやらそういうものではないらしい。
「おい、フィアケルミリが来たぞ!」
その人だかりの中の誰かが言った。
「フィアケルミリ?誰だそれは」
マンドリーカは立ち上がってそれを見て呟いた。
「おや、御存知ないですか」
そこで側を通り掛かった男がそれに応えた。
「ええ、遠くにいましたので」
「そうですか。では仕方ありませんね」
彼はそれを聞き納得したように頷いた。
「今売れっ子の女優でして。歌手でもあります」
「女優ですか」
彼にはあまり縁のない職業であった。あまり劇場には行かない彼にとっては女優と言われてもピンとくるものはない。
「そうです、とにかく美しいと評判でしてね。一度御覧になられるべきかと」
「そうですか」
だが彼は動く気にはなれなかった。その場に立っていることにした。
「あの人が戻って来るまでここにいるとするか」
そして騒ぎをよそに一人酒や食べ物を楽しんでいた。
「ふむ」
少し武骨ではあるが気品は備わっている動きであった。
「いいな。やはりウィーンだけはある」
彼はテーブルの上の料理を食べながら呟いた。
「洗練されているというのはこうした料理を言うのかな。うちの料理とは違う」
だが彼はそう思いながらも故郷の料理も思い出していた。
「私にはどちらが合うかな」
それは自分でおおよそのことはわかっていた。だが今はこの都の酒と料理を楽しむことにした。
「土産話にはいいな」
彼は食べ続けた。そして騒ぎには背を向けるのであった。
その頃フィアケルミリは男達に囲まれながら螺旋階段のところに来ていた。
「皆さん」
彼女は高い声で周りにいる彼等に声をかけた。
小柄で丈の短い白いドレスを身に纏っている。明らかに舞踏用のドレスではない。どちらかと言うと演劇用であろうか。そして羽のついた絹の帽子を被っている。その帽子からは金色の巻いた毛が零れ落ちている。
その金色の巻き毛が覆う顔は白く可愛らしい顔立ちをしている。まるで少女のようにあどけない表情だ。そしてその中に湖よりも青い瞳と紅の薔薇の色をした唇がある。その唇の端の笑みはあどけない顔とは違って誘惑を漂わせている。少女の趣と娼婦の妖しさを併せ持った顔であった。そしてドレスの胸には深紅の花があった。
「皆さんは天文学にはお詳しいでしょうか」
彼女は彼等にそう尋ねた。
「いえ」
彼等はそれに対して首を横に振った。
「残念ながら私達は」
どうやらこの場には天文学者はいないようである。
「そうですか」
だが彼女にとってそれはどうでもいいことであるようだ。言葉を続けた。
「皆様は御自身のことがわかってはおられませんわ」
彼女はくすりと笑ってこう言った。
「といいますと」
「殿方は生まれついての天文学者ですわ。星を探し出すことの天才ですから」
「はて」
だが彼等はそれには首を傾げた。
「それはどういう意味ですかな」
「うふふ」
ここでフィアケルミリは笑い声を出した。それから答えた。
「皆さんは星を探し出されるとそれを崇められますわ。そしてその星とは」
螺旋階段の下に彼女がいた。アラベラである。
「こちらの方ですわ」
そう言いながら胸に差していた花を手にとった。そしてそれをこちらに顔を向けたアラベラに投げる。
アラベラはそれを手にした。そこで一同は歓声に包まれた。
「また賑やかだな」
マンドリーカはそれをよそにまだ食事を採っていた。そこに誰かがやって来た。
「あら」
それはアデライーデであった。
「貴方だけですね」
「はい」
彼はそれに答えた。
「アラベラは」
「別れを告げられに行かれました」
「別れを。誰にですか?」
「娘時代にです」
彼はそれに対して微笑んでそう答えた。
「新たな時代に足を踏み入れられる為に」
「そうだったのですか」
アデライーデもそれを聞いて微笑んだ。
「それでは安心ですわね」
「はい、あの方は素晴らしい方です」
彼はうっとりとした眼差しでこう言った。
「姿だけでなく心までも素晴らしい」
「それは買い被りですわ」
アデライーデは娘があまりにも褒められているので恐縮してしまった。
「いえ、私はそうは思いません」
だが彼はそれを否定した。
「私は決めました。あの方を妻に迎え入れたいです。そしてあの方もそれを受け入れて下さいました」
「まあ、それは」
「そして貴女と貴女の御主人をこれからは父、そして母と御呼びしたいのですが。宜しいでしょうか」
「喜んで」
彼女はそれを受けて静かに頭を下げた。二人もまた来たるべき幸福を楽しみに待っていたのであった。
だがここに不安に心を支配されている二人がいた。
「アラベラはここなんだね」
マッテオは焦燥にかられた顔で後ろにいる少年に対して言った。
「うん、そうだよ」
ズデンカは彼を気遣いながらそれに答えた。
「遂にここまで来たけれど」
その声も不安に満ちたものであった。
「けれど彼女は僕には目もくれないだろうな」
そう言って溜息をついた。だがズデンカがそんな彼を励ました。
「そんなことないよ。姉さんが愛しているのは君だけだよ」
「君はいつもそう言ってくれるけれど」
今の彼にはその言葉を信じることはできなかった。
「気を確かに持って、ね」
「うん」
彼、いや彼女に励まされながら辺りを見回す。ズデンカはそんな彼に対して言った。
「ちょっと待っていてね。姉さんを探して来るから」
「探してきてくれるのかい?」
「そうだよ。だからここで待っていてね」
「わかったよ」
彼はそれに頷いた。ズデンカはそれを見てそこから立ち去った。そして会場の周りを探しはじめた。
「彼はいつもああして僕の為に尽くしてくれるけれど」
だがマッテオはそれを哀しげな瞳で見ていた。
「僕にはわかってるんだ。結果がやっぱり明日には異動を願い出よう。そして全てを忘れよう」
そして側の椅子に崩れ落ちた。彼は完全に希望を見失っていた。
しかしズデンカは違っていた。何としても彼を救おうとしていた。
必死に姉を探し回る。だがその姿は何処にもなかった。
「ここにはいないのかしら」
次第に焦りを覚えはじめた。ふとそこに両親の姿が目に入った。
「あれは」
彼女はそれを見て身を隠した。
「今見つかってはいけないわ。姉さんに知られるかも」
彼女は別の場所へ移った。そしてまた姉探しをはじした。
「お待たせしました」
マンドリーカは二人のところに戻って来た。どうやら何か都合があったらしい。
「いやいや」
ヴェルトナーは笑顔で彼を迎えた。
「私も今ここに戻って来たばかりですから」
「そうですか。それならよかった」
マンドリーカもそれを受けて微笑んだ。そして二人に言った。
「では宴もたけなわですし食事にしますか」
「いいですな。御前はどう思う?」
彼はここで妻に問うた。
「私もそれに賛成です」
彼女も拒む理由はなかった。微笑んでそれに応える。
「それならよかった。実は先程ここの給仕に話をしまして」
「はい」
「お酒と料理を用意してもらいました。全て私からの贈り物です」
そこで会場に豪華な料理とワイン、そしてシャンペンのボトルが山の様に送り込まれてきた。
「さあどうぞ。そう」
彼はここで会場にいる全ての者に対して言った。
「ここにいる全ての方に!今日は私の祝いの日ですから!」
「おお!」
「本当ですか!?」
「はい!」
彼はそれに応えた。
「さあ皆さん今宵は存分にお楽しみ下さい。このマンドリーカ、是非皆さんに喜んでもらいたい!」
そして彼は給仕を呼んだ。
「いいかい」
注文を開始した。
「まずは馬車を一台、いや二台用意するんだ」
「わかりました」
その給仕はそれを聞いて頷いた。
「それから花屋に頼んで店の売り子を起こすんだ」
「何故ですか?」
「決まっているじゃないか」
彼はここでにこりと微笑んだ。
「花を買うんだ。いいかい、ここからが肝心だ」
「はい」
そう言われて給仕は顔を引き締めさせた。
「まずは薔薇だ。それも一つの馬車に紅と白の薔薇を半分ずつ」
「わかりました」
給仕はそれをメモした。
「そしてもう一つは椿だ。こっちも紅白で」
「半分ずつですね」
「そうだ。全ては私の妻となる人の為。いいかい」
「勿論です」
彼はそれを受けて笑顔で答えた。
「それにしても何という素晴らしい贈り物でしょうか。そこまでの花を贈られるとは」
給仕はそう言って彼を称賛した。
「いや、当然のことだよ」
だがマンドリーカはそう返した。
「私は彼女を愛しているのだから。彼女はその花の上で踊るんだ。娘時代の最後の踊りを」
「貴方の贈られた花の上で」
「そう、そして私は彼女を迎える。私達はそして永遠に結ばれるんだ」
声も表情も恍惚となっていた。彼は半ば夢の世界にいた。だがそれは現実の夢であった。
「では頼んだよ。すぐにね」
「はい」
給仕は答えた。既にメモはとってある。
「紅と白の薔薇を一つの馬車に、そして同じく紅と白の椿をもう一つの馬車に」
「うん」
「では暫しお待ちを。花の山が貴方達を祝福するでしょう」
そして給仕はその場を後にした。花の山を持って来る為に。
アラベラはこの時バルコニーにいた。そこで誰かを待っていた。
その瞳は窓の向こうの夜空を見ていた。そこには濃紫の空がある。
そしてそこには無数の星達もあった。色とりどりの光を放っていた。
彼女はそれを見ていた。見ながら一人想いに耽っていた。
「かってこれ程までに夜がいとおしいと思ったことはなかったわね」
彼女はふとそう呟いた。
「娘時代には思わなかったことなのでしょうか。そしてこれからはどう思うようになるのかしら」
星が彼女の青い瞳の中に映る。それは静かに瞬いていた。
「夜が怖かった時もあったわね。そして月や星の美しさにだけ見惚れていた時もあったわ」
幼かった頃と娘だった頃。だが今は違う感情を持つようになっていた。彼女は次第に娘ではなくなっていた。
「これからはこの夜の空を一人ではなく二人で見たい。そう」
ここで彼の顔が頭に浮かんだ。
「あの人と」
そこへ会場のスタッフがやって来た。
「ドミニク伯爵をお招きしました」
「有り難うございます」
彼女はそのスタッフに振り向いて礼を言った。
「御苦労様です」
「いえ、そのような」
礼を言われた方が恐縮してしまった。それ程までに優美な微笑みであった。
彼は下がった。そしてドミニクが階段を上がって来た。
「フロイライン、ここに私をお招きした理由は」
「はい」
アラベラは一瞬目を伏せた後で答えた。
「先程の踊りですが」
「はい」
「あれは私の最後の踊りです」
「といいますと」
彼にはその言葉の意味がよく理解できなかった。問わずにはいられなかった。
「私はこれからは一人の方とだけ踊ることになりますので」
「それはもしかして」
彼はそれが自分への告白ではないのはわかった。彼女の言葉の様子でわかった。
「ええ。今度御会いする時は若い時、娘時代のお知り合いということになるでしょう」
「フロイライン」
彼はそれを受け入れたくはなかった。アラベラに何か言おうとする。だがアラベラはそれより先に言った。
「貴方の御厚意はわかっておりますわ。けれど私は」
「そうですか」
彼は目を伏せて頭を下げた。
「では仕方ありませんね」
「はい」
彼はそれでバルコニーを去った。そして次の者が来た。
「御呼びですか、フロイライン」
今度はエレメールがやって来た。
「伯爵」
アラベラは彼に声をかける。そして前に出た。
「握手をして頂けませんか」
そして手を差し出す。
「ええ、喜んで」
彼にはその握手の意味が大体わかっていた。拒みたかった。だが拒むことはできなかった。
握手をした。そして二人は手を離した。
「握手して頂き感謝していますわ」
「はい」
「ではさようなら。今度御会いする時は今とは違いますが」
「ええ、わかっておりますよ」
彼は微笑んでそれに応えた。
「御幸せに」
「有り難うございます」
エレメールは頭を垂れた。そして彼もその場を去った。
アラベラは窓に目を向けた。だがすぐにまた誰かがバルコニーにやって来た。窓越しにそれが見えた。
「ラモーラル伯爵」
彼女はそれを確認して彼に身体を向けた。
「御待ちしておりましたわ」
「そうですか。呼んで頂き感謝しております」
「はい」
「貴女の仰ることはわかっております。先程御二人とすれ違いましたから」
「そうですか」
「彼等は何も言いませんでした。そして私も何も言いません。ただ」
「ただ?」
「最後にその手に接吻をすることをお許し下さい」
「わかりました」
彼女は微笑んでそれを受け入れた。そして手をすっと差し出す。
ラモーラルはその前に跪いた。そしてその手に自らの手を添え口を近付ける。そして接吻をした。
それを終えると立ち上がる。そして言った。
「さようなら」
「はい」
ラモーラルも去った。こうして彼女の別れは終わった。
「終わったわね」
今娘時代への別れが終わったことを感じていた。
「あとはあの人に水を捧げるだけね」
不意にここで夜空に浮かぶ水瓶座のことが頭に浮かんだ。
今窓からはそれは見えない。だが心にそれを見ていた。
天空の神ゼウスが自らの側に置く為に鷲となってさらった少年である。だが彼女は今そこにその少年とは別のものを見ていたのだ。
「結婚を祝福する清らかな水」
それが今の彼女の心の中にあった。
「私の手の中にそれが入る。そして私はあの人にそれを捧げる。それで私の娘時代は完全に終わる。そして私は」
彼女は夜空の中にある白く一際大きな星を見た。
「あの星を二人で見ることになるのね」
そして微笑んだ。目を伏せるとその場を後にした。バルコニーにはただ星とキャンドルの光だけがあった。
その頃マッテオはズデンカと共にいた。
「姉さんはいたのかい?」
「え、ええ」
彼女はその問いに戸惑いながらも答えた。
「そうか、それならいいけれど」
彼はそれを聞いてとりあえずは胸を撫で下ろした。
「そして何と言ってるんだい」
「うん」
彼女はここで一瞬目を伏せた。だが顔を上げてマッテオに対して言った。
「手紙を預かってきたよ」
「手紙か。まさかそれは」
「そうさ、君の手紙への返事だよ」
彼はそこで懐から一通の手紙を取り出した。
「これさ」
そして彼にそれを差し出した。
「気持ちは有り難いけれど」
だが彼はそれを手にしようとはしなかった。
「どうして?」
ズデンカはそんな彼に問わずにはいられなかった。
「怖いんだ、受け取るのが」
彼は沈みきった顔で答えた。
「もし絶縁の手紙だったら」
「そんな筈ないよ」
「いや、やっぱりいいんだ」
彼は臆病になっていた。
「やっぱり転属を願い出ることにするからそれでいいだろう」
「諦めるには早いよ」
「もう充分だよ。結局彼女は僕には高嶺の花なんだよ」
「マッテオ」
だがズデンカはその手紙を無理矢理彼に手渡した。
「開けてみて」
「ここでかい?」
「そうさ。そうしたらわかるよ」
ズデンカはそう言った後で顔を逸らした。そして心の中で呟いた。
(私の気持ちは届かなくてもいいわ)
「わかったよ」
彼はようやく頷いた。そして意を決して手紙を開けた。そこから鍵が姿を現わした。
「これは」
「何処の鍵か知りたい?」
「うん。何処の鍵だい?」
彼はズデンカに問うた。
「しかも手紙はないし。これはどういうことなんだい?」
「部屋の鍵だよ」
「部屋の」
マッテオには何が何だかまるでわからなかった。
「こっちに来て」
ズデンカはここでマッテオを隅に導いた。
「うん」
彼はそれを受けてそこにきてた。ズデンカはそれで話をはじめた。
「姉さんの部屋の鍵だよ」
「まさか」
「本当だよ。僕は嘘は言わない」
ここでマンドリーカが通り掛かった。
「おや、あれは」
見ればズデンカがいる。彼は目を止めた。
「ここで何を話しているのだ」
本来なら立ち聞きなぞしない彼だがこの時ばかりは何故か違った。ふと足を止めてしまったのだ。
しかも話をしているのは軍服の男である。どうやら将校のようだ。
「若いな。それに顔立ちもいい」
だが彼の顔が暗いものであることも見逃さなかった。
「訳ありなのかな」
さらに気になった。それで耳を澄ませた。
「姉さんの部屋の鍵だよ。嘘は言わないから」
「本当なのか」
マッテオにとっては夢の様な話であった。マンドリーカにとっても。
「どういうことだ」
彼はそれを聞き顔を顰めさせた。
「聞き違いか!?私の」
だが違った。その証拠にズデンカは続けた。
「よく聞いてね」
「うん」
マッテオはここで彼の声が女のものだということに気付かなかった。マンドリーカもであった。彼等は冷静ではなかった。
「まずこの鍵で部屋に入ってね」
「わかった」
(本当は私の部屋の鍵なのだけれど)
しかしそれは決して言うことはない。
「彼女はすぐに来るわ。わかったわね」
「うん」
マッテオはそれに頷いた。
「彼女は絶対に貴方を不幸にはしないわ。だから安心してね、本当に」
「本当なんだね!?」
マッテオは問うた。
「ええ」
ズデンカはそれに頷いた。
「すぐにね。だから安心して」
「うん」
マッテオはようやくその話を信じられるようになってきた。マンドリーカはまだ信じられない。
「じゃあね。僕はこれで」
(用意しないと)
「わかったよ」
彼は頷いた。
「じゃあ行こう。いつも有り難う。今回は特に」
「いいのよ」
ズデンカは目を伏せた。やはりその声も言葉も女のものとなっていた。しかし純真なマッテオがそれに気付く筈もなかった。マンドリーカは普段なら気付いたであろうが今の状況ではそれは無理であった。
「それじゃあ」
「うん」
ズデンカは先に行った。マッテオはそれを暫く見送っていた。
「女の人の心とはわからない。これはどういうことなんだ」
「おい」
マンドリーカは彼に後ろから声をかけた。しかしマッテオはそれに気付かなかった。そして立ち去った。
「しまった!」
追おうとする。しかし速い。追いつけはできそうにない。
「しまった・・・・・・」
マッテオは去ってしまった。マンドリーカはその消えていく後ろ姿を見て顔を顰めさせて首を横に振った。
「もしやと思うが。いや」
彼は考え込まずにはいられなかった。
「そんな筈はない」
その顔は蒼白になっていた。
「アラベラという女性がこの場に二人いる、いやそれはない」
ズデンコが言っていた。それが何よりに証拠であった。
「しかし彼女は今もこれからも会場にいる。彼に会うとしてもそんなことはできはしない筈だ」
冷静になろうと務める。しかしそれは不可能であった。
「抜け出る!?どうやって」
ここで音楽が耳に入って来た。美しいワルツの調べだ。
「あの曲に紛れて。全ては宴の中なのか。そして彼女は姿を消す」
踊りを終えた人々が出て来た。場所を移すのだ。今度は酒を本格的に楽しむ為に。そして賭け事や話を。宴は新たな場に移ろうとしていた。
「むう」
彼は出て来る人々を見た。だがそこにはいなかった。
「やはりいないのか。それではやはり」
出て来る人々の中にはフィアケルミリもいた。しかし彼はそれには気付かない。考え続ける。
「ううむ」
ここでフィアケルミリが彼に話し掛けてきた。
「もし」
「はい」
彼はそれに顔を向けた。
「何でしょうか」
「貴方は場所を移られないのですか?ここに立ってばかりのように見受けられますが」
「それですが」
暗い顔をして答えた。
「ちょっと事情がありまして。もう少ししたら向かいます」
「そうですか」
彼女は納得できなかったがその場は退いた。そして男達に取り囲まれながら宴の場に向かった。
そこからは既に酒や食べ物を楽しむ声が聞こえてきている。多くの者はそれを聞いて自分も心を楽しくさせていく。だがマンドリーカだけは違っていた。そこに彼の従者の一人が来た。
「旦那様」
「どうした」
彼はその従者に対して答えた。
「お手紙を預かっておりますが」
「誰からだい!?」
声は怖いものとなっていた。だが彼はそれに気付かない。
(もしや)
ふと思った。そしてそれは当たった。
「アラベラ様からです」
「やはりな。ちょっと待て」
彼は自分の従者に言った。
「手紙を調べてくれ」
「手紙をですか」
「そうだ。鍵が入っていないかな。頼むぞ」
「はあ」
彼は言われるまま手紙を調べた。
「そのようなものはないようですか」
「そうか」
だが彼の不安は増す一方であった。
「気になるな」
彼は顎に手を当て考えに入った。
「恐ろしい。この手紙が」
「では読まれるのを止めますか?」
「いや、それは待ってくれ」
だがマンドリーカは読まないではおれなかった。
「読もう。手渡してくれ」
「はい」
従者は主に言われるままにその手紙を差し出した。そして彼は手紙の封を切った。そして中身を取り出した。
それから読みはじめた。
「今日は貴方に『お休み』と申し上げます。私は家に帰ります」
彼はそれを読んで愕然とした。
「やはり・・・・・・!」
その次の『明日から私は貴方のものです』という言葉はもう目には入らなかった。彼は憤りで身体を震わせた。
「彼女の名前すらない。小文字のイニシャルがあるだけだ。それも当然か、私の様な者には」
憤りを必死に抑えながら言う。
「所詮私なぞその程度なのだ、田舎者には」
心の中を悔しさが支配していく。だがそれを何とか抑える。
しかしあちこちから溢れ出るのは我慢できなかった。
彼は従者に顔を向けた。
「おい」
「はい」
彼は主に何時になく怖い顔に驚きを隠せなかった。彼は普段は極めて温厚で寛大な主人であるからだ。
「すぐにここにいる人達にふんだんにふるまうってくれ。私の奢りでな。お金はあるから」
そして懐から財布を取り出しそこから札束のかなりの部分を取り出した。
「これで足りるだろう」
「わかりました」
ここは意見をすることを止めた。彼は頷くとその場から姿を消して難を逃れた。
「何ということだ」
マンドリーカは従者が去った後会場へ戻った。ガックリと肩を落としていた。そこでアデライーデがやって来た。
「もし」
「はい」
彼はただならぬ顔で彼女に顔を向けた。
「何でしょうか」
「私の娘達は何処でしょうか」
「それは私がお聞きしたいです」
彼は溜息混じりにそう言った。
「彼女が何処にいるか。ここでないことは確かでしょうが」
「それはどういう意味でしょうか」
彼女も彼の只ならぬ様子に気付いた。
「宜しければお話願いませんか」
「お話することなぞ」
彼はそう言って顔を顰めさせた。
「私にはありません。ですが貴女の娘さんにはおありでしょう。色々と弁明が」
「弁明」
彼女は彼の言葉とその口調に嫌な思いをせずにはいられなかった。
「御言葉ですが」
そして反論せずにはいられなかった。
「私の娘は人に弁明するようなことはありませんよ」
「それはどうだか」
シニカルに返そうにも感情が憤っている為それもかなわなかった。
「人には色々と表裏がありますからね」
「どういう意味ですか!?」
これにはアデライーデもカチンときた。
「私の娘を侮辱することは許しませんよ」
「侮辱!?とんでもない」
彼はすぐにそれに返した。
「私は事実を申し上げているだけですから」
「・・・・・・・・・」
アデライーデは沈黙した。だがそれは言葉がないからではなかった。怒りにより沈黙しているのであった。そこに
ヴェルトナーがやって来た。
「おや、どうしたんだい?」
彼は二人の様子に慌ててこちらにやって来た。
「あなた」
アデライーデは夫に援軍を頼んだ。
「あなたからも仰って下さい」
「何をだ?」
マンドリーカを見ながら妻に応えた。
「娘を守って下さい、お願いですから」
「アラベラをか」
「はい」
彼女はそれに頷いた。
「一体何のことかよくわからないが」
彼はいぶかしながらマンドリーカを見ている。
「例え誰であれ娘を侮辱するのなら許さないぞ」
「そうですか」
マンドリーカはそう言われても頑なであった。
「では貴方は娘さんが私を騙しておられてもそう仰るのですね」
「騙すだと!?」
彼はそれを聞いて血相を変えた。
「取り消したまえ、娘は決してそんなことはしない」
「それはどうでしょうか」
だが彼も引き下がらなかった。
「現に娘さんはここにはおられないのですよ」
「それは本当か!?」
彼は妻にそれを尋ねた。
「私も探しているのですが」
アデライーデも弱っていた。
「ほら、御覧なさい」
マンドリーカはそれを見て言った。本来ならここで皮肉っぽく言うのであろうが彼の気質と今の感情がそれを許しはしなかった。
「おそらく御自身の部屋ではないでしょうか」
ここで彼は言った。
「何があったのかはわかりませんが」
「それは本当か!?」
ヴェルトナーは彼、そして妻に問うた。
「ここにいないとなると」
彼女は弱い声でそれに答えた。
「あの娘、気紛れだから」
「よし」
彼はそれを聞いて頷いた。
「ではすぐに向かおう、いいな」
「はい」
「喜んで」
アデライーデとマンドリーカは彼の言葉に頷いた。
「ではこれで決まりだ」
ヴェルトナーはそう言うとマンドリーカに顔を向けた。
「一緒に来たまえ、いいね」
「はい」
彼もそれを了承した。そして三人はその場を後にした。その後ろでは華やかな宴がまだ続いていた。
何やらややこしい事に。
美姫 「言われもない事を言われるアラベラ」
果たして、誤解は解けるのか。
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。